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『猫と式』 作者: ウナル
《注意!!》
※ あとがきにネタバレがあります。ネタバレがいやな人はあとがきを最後に読んでください。
※ このSSには暴力表現やグロテスクな描写が含まれています。
※ オリジナル設定が含まれています。
「ん……。んにゃ〜? ここは何処? 藍しゃま? 藍しゃま〜?」
暗い部屋の中で私は目を覚ました。
あれ? なんで、藍しゃまの尻尾がないの? さっきまであったのに。
もしかしたら、もうご飯の準備に行っちゃったの? なら、私もお手伝いしないと。
ゴシゴシ目を擦る。ようやく視界が開けてきた。
「……あれ? ここ何処?」
薄暗い蔵の中みたい。
藍しゃまは? 紫様は?
「えっと……。私は藍しゃまと一緒に家に帰って……。それからお昼寝をして……。それから……それから……」
それから……の先が思い出せない。
まるで頭に霧がかかったみたい。もやもやして……う〜頭が痛いよぉ。
藍しゃま、何処にいるの?
辺りを見回すと筋のような光がある部分があった。
きっとあそこが扉だね!
「誰か! 誰かここから出してよ! 私を、私をここから出してよーっ!!」
分厚そうな木の扉を叩く。
でも、物凄く頑丈な扉は押しても引いても引っかいてもビクともしない。
あ! いけない! 扉や壁を引っかいたらいけませんって藍しゃまに言われてたんだ!
ごめんなさい藍しゃま……。
でも、こんなボロボロの蔵だし、別にいいよね?
橙が引っかかなくてもボロボロだったもん。傷も全然目立たないよ? だからいいよね? うん! 藍しゃまも許してくれるよ!
「誰か! ここから――。ぎゃんっ!」
いきなり扉が開いた。
石畳が目の前に迫って咄嗟に顔を庇う。
思いっきり滑って手や足を擦りむいちゃった。
血? 血が出てるの? 血が出てるよ!
「うわぁぁぁん! 藍しゃま! 血が出ちゃったよーーー!!」
「なんだ。もう起きてたの」
聞きなれない声。涙のにじんだ目で上を見上げるよ。
そこには紅白の巫女服を着た少女がいる。
妖怪退治屋。博麗の巫女。博麗霊夢だ!!
「れ、霊夢? なんでここに?」
「ふーん。ちゃんと話はできるみたいね。知識もある。よしよし」
「へ? 何言って……。にぎゃ!?」
痛い!
いきなり突き飛ばされ、蔵の中に押し込まれた。
「にゃ、にゃにするのよ!? このクサレ巫女! バカ! こんなことして藍しゃまが黙っていると思ってるの!?」
「チッ、ずいぶんな言葉遣いね。いやその前に……“藍しゃま”?」
「そうだよ! 私に手を出したら藍しゃまがただじゃおかないんだからね! 藍しゃまは怒ると怖いんだよ! おバカな巫女なんかあっという間にたたんでポイだからね!!」
「……ぷっ」
な、なによ! いきなり笑い出して!
それにその目つき。何なのよ!
どうせ藍しゃまを倒せるとでも思ってるんでしょ? お生憎様! 藍しゃまは本当に強いんだぞ! 弾幕ゲームでは負けたかもしれないけど、本気の藍しゃまは本当に怖いんだぞ! 巫女なんか尻尾の一振りで倒しちゃうんだ! 後で泣きながら後悔しろバーカ!!
「貴方。まさかそれ、本気で言ってるの? あー、これは予想外だったわ」
「にゃ、にゃにがおかしいのよ!? 藍しゃまは本当に強いんだよ! それに紫様だって黙ってないよ! 巫女だからって特別扱いなんかされないよ! きっと今にボッコボッコのぎったんぎったんに――」
「うるさいよ。バカ猫」
その言葉を全部聞き終える前に胸に激痛が走る。
ほっぺたにさわっているのは床?
あ? 痛い……。お腹が痛いよぉぉ!!
蹴られた? 蹴られたの?
き、きぼじわるいぃ……!
痛い痛い! 気持ち悪いよ!!
「ぐばっ!! げ……っ! ぐげぇぇぇ……」
「少しは頭がはっきりしてきた? なら言ってみなさい。“霊夢様”って。貴方の主人はこの私なのよ?」
「ぅげぇぇぇ……」
「ほら言ってみなさいよ。貴方の主人は誰?」
「お、お前は……。私のご主人様なんかじゃないぃぃ……。ゲホッ! 私のご主人様は藍しゃま……だ…もん……」
「ふー。聞き訳が無いわね」
がしゃん! 目の前に何か金属の箱が置かれた。霊夢がふたを開けると、中にはペンチやカナヅチやノコギリといったものが入っているのが見える。
きっと工具箱だ。藍しゃまもよく使っている。
屋根の修理をしたり綺麗な棚を作ったり。藍しゃまは本当に何でもできるんだ。
でも、そんなの何に使うの?
「さて、何から使おうかしら。あんまり傷が残るのはダメよね。使い物にならなくなったら元も子もないし」
「い、いや……! な、な、何する気?」
「うーん。じゃあ、ノコは使えないわよね。まあ、尻尾なんてあってもなくても同じか。それじゃあペンチ……。切り落とすのもねえ。じゃあやっぱりコレかな?」
「や、やぁーーーーーっ!!」
怖い! 怖い! 怖い!
何だかわからないけど、ここにいちゃいけない気がする!
霊夢は箱をいじってるし、今なら逃げれる!!
「逃げられないわよ」
「ぎゃん! な、なに!?」
蔵の出口に……壁?
透明な壁ができてる!?
「結界を張らせてもらったわ。簡単なものだけど。ま、貴方じゃ突破はまず無理ね」
「そ、そんなことないもん! ぐ、ぐぎぎ……!」
「そんな爪を立てても無駄よ。蔵の扉も破れなかったくせに何やってんだか。さてと」
「ひっ!?」
霊夢、来ないでよ! それに何を持ってるの? それはカナヅチ? そんなの何に使うのよ!?
「右と左どっちが好き?」
「え?」
「右と左どっちが好き? 早く答えなさい」
「えっと……。右?」
「そ」
ガンッ!!
え?
あれ?
なにコレ?
橙のおててに
釘が刺さってるよ?
釘がおててを貫いて床に刺さってるよ?
「ぎにゃああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
「霊夢様は?」
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いたいたいたいたいたいたいたいちあちあちあいた!!」
「霊夢様は?」
ガンッ!!
「ぎぃぃぃぃぃぃぃィいぃぃぃぃぃぃぃィィぃぃいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっぃい!!」
「早く言いなさい。それとも左手にも欲しいの?」
「抜いて抜いて抜いて抜いて抜いててええててててええてえてええてててっ!!」
「れ・い・む・さ・ま」
ガッ!! ガンッ!! ガッガッ!!
「ぎっひぃぃぃぃぃぃぃぃぃい!! れ、れ、れいうしゃまぁぁぁあぁぁぁあぁぁ!!」
「霊夢様よ。はっきり発音しなさいクズ」
「ああっぁぁぁぁぁぁああっ!! れいうしゃまぁ! れいうしゃまああ! れいうしゃぁぁぁあぁあ!!」
「ほんっと使えないわね。なにコレ? 生ゴミ? ご主人様の名前もちゃんと言えないの? あんた何なのよ?」
「イタイイタイイタイタイイアイアイアァァァァッ! やだぁ! もうやだぁ! 助けてぇぇぇえっ!! 藍しゃま! 藍しゃま! 藍しゃまままああああああああああああああああっ!!」
「黙れ」
ガンッ!!
頭が痛い!
熱い熱い熱い!
なになになに!? 血? 血!?
霊夢が橙を殴ったの?
なんでカナヅチに血がついてるの?
もしかしてそれで私を――
「うわあぁぁぁあんっ! うわぁぁぁあんっ!」
「泣くな。うざったい」
ゴッ!!
「ぎっ! ぃぎぎぎぎぎぎぎっ!!」
「いい? これから私が言うことを良く聞きなさい。一度しか言わないわ。もし聞き返したり、言ったことを守らなかったりしたら貴方の尻尾を切り落とす」
「いぃ!? やだやだやだやだ!!」
この尻尾は藍しゃまがお手入れしてくれる大切な尻尾なんだよ?
お風呂上りに丁寧に櫛ですいてくれる自慢の尻尾なんだよ?
毎日舐めて綺麗にしている尻尾なんだよ?
これが無くなったら……。私、私、藍しゃまに嫌われちゃうよぉぉぉぉぉっ!
「まず1つ、これからは私のことを霊夢様と呼びなさい。二つ、私の言うことに絶対服従しなさい。三つ、二度と過去のことを全て忘れなさい。藍のことも紫のことも全部」
「えっ!? ら、藍しゃまを! そ、そんな!? やだよぉ!! 他のどんなことでも従うけど藍しゃまの事を忘れるなんてできないよ! そんなことするくらいなら――」
「そんなことをするくらいなら……何?」
言ってはっと気づいた。
霊夢の目が物凄く怖い。その目で私を睨んでくる。
ゆっくりと私の背後に霊夢がまわる。
「な、なにするの!?」
「聞き分けの無い駄ネコにはお仕置きよ。さっき言ったでしょう。無駄な尻尾を切り落とす」
「に゛ぃ!? やだやだやだーーーーーーーー!!」
足をバタバタ振り回す。
でも、釘を打ちすえられた左手は床にぴったりとくっついて離れない。
無理に引き抜こうとしてかえって血が溢れ出した。
焼け付くみたいに痛い!!
そのまま、うつ伏せの姿勢で動けない私に霊夢が乗っかってきた!
「や、やめてやめてやめて! お願いだから! 言うこと聞くから! しゃからわないから! 霊夢しゃま! 霊夢しゃまぁぁぁぁ!」
「じゃあ、藍のことを忘れなさい。藍のことを全部忘れて私を主人としなさい」
「ひぅ!?」
「藍を取るか尻尾を取るか選びなさい」
「……………」
そ、そんなの……。
そんなの……。
………
……
…
『橙。ダメだぞ。きちんとお風呂に入らないと』
『にー。だって藍しゃま。私お風呂って嫌いなんだもん』
『お前はこの八雲藍の式なんだぞ。きちんと身だしなみをしておかないとみんなに笑われるぞ。明日はお前をみんなに紹介するつもりなんだから』
『……藍しゃま。お風呂に入っても式は外れない?』
『外れない外れない』
『ホントにホント?』
『ホントにホント。それに式が外れてもまたすぐに付けるよ。なんでそんなに式が外れるのがイヤなんだ?』
『だって……』
『だって?』
『だって……。式が外れている間は私、頭が悪くなって藍しゃまのことわからなくなっちゃうんだもん……。こんなに私は藍しゃまのことが好きなのに式が外れるとバカになっちゃうんだもん。藍しゃまのことを忘れちゃうんだもん』
『橙……』
『私はいつも藍しゃまと居たいんだもん……』
『……わかった。じゃあ、私も一緒にお風呂に入るぞ。これなら安心だろう?』
『藍しゃま!!』
『こらこら抱きつくなよ。よしよし。しっかり尻尾まで綺麗にしてやるからな。お前の自慢の尻尾なんだろう?』
…
……
………
「どっち?」
私は尻尾をピーンと張り詰めらせた。
「……切ってよ! 藍しゃまのことを忘れるくらいなら尻尾なんかいらないもん! 藍しゃまはきっと尻尾のない私でも好きだって言ってくれるもん!」
言いながら、私は泣いてしまった。
自分でもビックリするような大きな涙だ。目からガラス玉が落ちてるみたいだ。
ネコの尻尾はトカゲと違って切られれば絶対に生えてこないの。
大切な、大切な尻尾は今日でお別れなんだ。
そう思うと、涙なんか止められないよぉ……。
でも、泣き声はあげないよ。藍しゃまの為にも!
「う……っ」
あれ? いつまでたっても痛みがこないよ?
霊夢?
「……嘘よ」
「……え? いま……なんて?」
「尻尾を切るなんて嘘っていったの。本気で尻尾を切るわけないでしょ。手に釘くらいなら傷も塞がるけど、尻尾を切ったら取り返しがつかないもの」
「……ほんとう?」
「本当よ。貴方だって、本気で切られるとは思っていなかったんでしょう? ちょっとした脅しだと思ってたんでしょう?」
「……………」
落ち着いて考えれば霊夢が勝手に私を傷つけられるはずは、やっぱりない……よね。
うまく傷を隠せる方法があるから頭を殴ったり釘を刺したりしたんだよね。
尻尾を切ったらさすがに隠しようがないよね。そんなことするはずないよ。
そんなことしたら、コクサイ問題だよ。
偉そうなこと言ってて、やっぱり藍しゃまのことが怖いんだ。
そうだよ。私が叫べば藍しゃまが飛んできて、このバカな巫女をやっつけてくれるはずだもん。
「そうでしょ? 本当はするはずないって思ってたんでしょう?」
「……うん。そうだよ。だってこんなことしたら霊夢は藍しゃまにボコボコにされるもん! 霊夢もボコボコにはされたくないでしょう!?」
「ボコボコにはされたくないわねえ」
「でしょう! なら、早くどいてよ! 釘も取って! ちゃんと手当てもしてよ! このバカ巫女! バカ霊夢! そうだ! 藍しゃまの好きな油揚げをくれたら告げ口するのやめてあげるよ! それで手をうってあげるよ! 私は優しいから!!」
「そう」
「うん! だからこの――」
ぶっちぃぃ!!
あれ?
お尻が熱いよ?
どんどん熱いのが広がっていく。
あれ?
……なんで?
なんでなんでなんで?
「あぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!! 尻尾がぁぁぁぁ!! 私の尻尾がぁぁぁぁぁ!!」
「ホント。何やってるのかしら私。こんな奴相手に。ああ面倒くさい」
「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!! 嘘だって言ったのにィぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいっ!!」
「そうね。で、貴方はそれを聞いた瞬間あっさり私への畏敬の気持ちを忘れた。手のひらを返したみたいに汚い言葉を私に投げつけた。私の言葉なんてその程度だと思ってたんでしょう?」
ぶっぃちちちっ!!
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああっ!! やめてやめてやめてやえやえやえーーーーーーーーーーー!!」
「やめないわ。私の言葉を聞かなければどうなるか、その身に染みこませないといけないの。これはあなたの為なのよ」
霊夢は私の尻尾を両方とも千切ってしまった。
お尻を触るとほんの少しだけ、尻尾の残りがあるだけだ。
もう藍しゃまにに尻尾を洗ってもらうこともできない。ブラッシングしてもらうこともできない。藍しゃまの腰に尻尾を絡めて抱きつくこともできない。
「うそだよぉぉぉぉぉ……。こんなの……こんなの嘘だよぉぉぉぉぉ……」
「まだそんなこと言っているの? いい加減――」
「おーい霊夢―? ここか?」
蔵の扉から尖がり帽子が顔を出した。
知ってる! 霊夢と一緒に妖怪をいじめる魔法使いだ!
「ああ。魔理沙。来たの」
「来たの、って呼んだのはお前だろ? ん? なんだソイツ? 誰?」
「こいつのことで呼んだのよ」
「ああ。もしかしてあれか?」
魔理沙の相手をするためだろう。霊夢は右手の釘を乱暴に抜き、私を蔵の中に転がした。
右手とお尻の痛みで私はロクに目も開けられなかった。
「うっ……ぐぅ……らぁ………」
重い音と共に蔵の扉が閉められる。がしゃん、という音は鍵をかけられた音と思う。
二人は何か話しながら神社の方に去っていった。
「ううっ……。藍しゃま……藍しゃまぁ……」
このくらいでは死なない、と思う。でも痛いのは痛いよぉ。
もし屋敷でこんな怪我をしたらすぐに藍しゃまが飛んできてくれるのに。傷薬と包帯で綺麗に治してくれるのに。
でも、そんなことをしてくれる人はここにはいない。藍しゃまはここにはいないんだ。
「藍しゃま……。何で来てくれないの? 私は、橙はここにいるよ?」
いつの間にか泣きつかれ、私は眠ってしまっていた。ズキズキと痛む手を抱くようにしながら身をまるめて蔵の中で夜を過ごした。
たった一人の夜。心も身体もとっても寒かった。
◆◆◆
それからのことは言いたくもないよ。
霊夢がくれるご飯はほとんど生ゴミと一緒だった。
腐りかけの野菜。残飯。よくわからない死体。糞。
臭くて臭くてとても食べられなかった。「こんなの妖怪の食べ物じゃない!」って叫びたいよ。
でも、一度「こんなもの食べられないよ!」と反抗したらアゴが動かなくなるまで顔を殴られた。
それ以来、恐ろしくて何が出てきても黙って口にするようにしてる。痛いのはヤだもん。
でも、藍しゃまと紫様と一緒に食べた焼き魚の味をどうしても思い出してしまう。皮はパリパリで身はホクホク。藍しゃまだからできるぜつみょうな火加減だよ。
……あの焼き魚また食べたいなぁ。
霊夢は毎日よくわからないことを繰り返すの。
文字を読ませたり、計算をさせたり、箒を持たせて神社を掃除させたり。
少しでも気に入らないことをしたら、物凄く痛めつけられた。
今も左手の薬指と小指が動かない。思いっきり踏みつけられて骨が折れたみたい。
まぶたの上が腫れて周りがよく見えないし、尻尾がないから何度も転んじゃった。
そのたびに霊夢は私に“おしおき”した。
弾幕を撃ち込まれることはいつものこと。爪の間に針を刺す、逆さに吊るして箒で叩く、カナヅチで指を潰す、お尻に棒をつっ込まれる、変な玉で押し潰す。
全部全部とっても痛かった。
今では耳も千切れ、体中にアザや火傷の跡がある。毛もところどころハゲちゃった。もうずっとお風呂に入ってないから毛並みはボサボサ。それにくちゃい。きっと昔の私と比べたらドブネズミみたいになってるよ。
藍しゃまごめんね。こんな橙が藍しゃまの式だってわかったら、きっと藍しゃままでみんなから笑われちゃうよね。ごめんなさい。
魔理沙が来ることもあったね。ちょっと私と話をしてはげらげら笑う。何がそんなに面白いのか全然わからない。そして、霊夢と同じように私を痛めつけて帰って行くのだ。
え? 逃げないのかって?
もちろん、何度も逃げようとしたよ。
でも、蔵からはどうやっても逃げられなかったよ。
爪が折れるまで壁を引っかいたけど、私の指が血塗れになるだけだった。それに結界もあるし、私の力じゃどうやっても逃げられないんだよ。
蔵の外に出してもらえるときは変な札が貼られるんだ。
これは霊夢にしかはがせなくて、霊夢が少し力を込めると爆発するみたい。
庭掃除をしているときに隙を見て逃げようとしたけど、鳥居をくぐる前に右足が爆発して転んだ。
「私言ったわよね? 爆発するって? そんなに爆発させて欲しいの?」。そう言って霊夢は私の身体にたくさんの札を貼ってランダムに爆発させる“おしおき”をした。その日は痛くて寝ることもできなかった。
そんな事をくり返されて、いつしか私は反抗する気力も奪われていった。
「バカネコ。今日のエサよ」
「霊夢様! この薄汚いバカネコにいつもエサを恵んでくだしゃりありがとうございます!」
「まだ“待て”よ」
「にゃ!」
「よし」
「はぐあぐはぐもぐもぐ!」
安っぽい器に盛られた残飯飯に顔をつっ込む。
すっぱいニオイが拡がり、身体が「これはご飯じゃないよ!」って警告する。
でも、これ以外にご飯はない。食べるしかないの。箸はおろか手を使うことも霊夢は許してくれない。本当に動物に戻った気分で私はエサを食べていく。
もちろん、一口くちにしただけで吐きそうなくらいまずいよ? でも食べないともっとひどい目に合わされる。
涙をこらえてエサを食べる私を見て、霊夢は満足げに頷くの。
私は霊夢の従順な式神になっていた。霊夢の言うことを無条件で行い、霊夢のおしおきをひたすら謝りながら耐えた。神社の境内を葉っぱ一つ無いように掃除して、便器を舐めれるくらいに綺麗にした。
でも、私の中には藍しゃまへの思いがまだあった。
霊夢の前では従順なふりをして私は藍しゃまを忘れてはいなかったんだよ。
尻尾を切られるときには強がったけど、こんな姿を見て藍しゃまはどんな気持ちになるか想像してしまうよ。こんな風にした霊夢に対して怒ってくれるのか、それともこんな私を捨ててしまうのか。ずっとずっと不安に思う。霊夢に笑顔を作っているときもそんなことばっかり考えてた。
でも、きっと藍しゃまなら……。
脱走のチャンスが訪れたのは霊夢に掴まってから一週間経ったときだった。
「こんな風に戦うのは久しぶりね博麗霊夢!」
どういう事情かはわからないけど、吸血鬼が神社にやってきた。そして、霊夢と激しい弾幕ゲームを始めたのだ。
弾幕ゲームとはいえこのレベルの妖怪になると家屋や森林を破壊するほどの威力になる。霊夢は神社が壊されるのがいやで結界を展開していたようだけど、それじゃあ吸血鬼の攻撃を受け続けることはできないみたい。どの道防戦一方じゃ負けちゃうしね。
霊夢は一時的に結界を解いて吸血鬼に向かっていった。もちろん、吸血鬼はそれを迎え撃つ。その弾幕の一つが、私が囚われている蔵に飛んできたんだ。
「うにゃいっ!」
身を伏せて衝撃に備える!
うまく弾幕は蔵の壁を壊してくれたようで、私はそこから逃げることができたのだ!
私は一目散に森へと逃げた。途中誰かが叫んでいたような気がするが無視する。ここに私の味方なんていない!
ご飯が少なくて一回り小さくなった身体で私は森の中を走る。
もう絶対にこんな神社には戻りたくないと心の中で決めた。
藍しゃま! 今帰るよ!!
◆◆◆
「お腹へったよぉ……。苦しいよぉ……。藍しゃまぁ……」
がむしゃらに走っていたので、ここがどこかわからない。
博麗神社の周りには森があるからたぶんその中だとわかるくらい。
いつもは飛んで移動していたからそんなに広くないと思っていたけど、実際は物凄く広かった。
飛んで移動すればいいんだけど、なんでか飛べなくなっていた。きっと霊夢が何かしたんだ。だから私は歩いてこの森を抜けなくちゃいけなかった。
本当はお腹がペコペコでとても歩ける状況ではなかった。
でも、後からあの巫女が追いかけてくるような気がして追い立てられるように走った。何度も後を確認しながら森の中を走った。
里だ。人間の里にたどり着けばきっと助かる。
私は妖怪だけどちゃんと話せば人間の中にも自分をかくまってくれる人がいるはずだ。後は藍しゃまが里に買い物に来るのを待つだけだ。人間の里にさえ着けば私は助かるんだ。
そう自分に言い聞かせて木の棒みたいになった足を満身の力で前に進める。
辺りはすっかり暗くなっていた。
夜は怖くない。これでも私は化け猫だ。でも一人は怖い。
そんなとき、私は一匹の子ネズミを捕まえることに成功した。何度も何度も挑戦してようやく手に入れたご飯だ。
涙が出るほど嬉しかった。肉なんてもう何日も食べていない。普段食べている残飯を思い返して自然の恵みに感謝した。
「がみざまありがどうございまず!!」
私が口を開けてネズミを食べようとした瞬間、背後で草が揺れ動く音がした。
「ひっ!? だ、誰!?」
あの極悪巫女が追いかけてきたのかもしれない!
慌てて隠れられそうな場所を探すが、私がそれを見つけるよりも早く影が草を分けて出てきた。
「くぉ…ん」
「き、きつね? きつねの赤ちゃん?」
やせ細った身体にボサボサの毛並み。ふらふらとおぼつかない足取りで小さなきつねは私の方にやって来た。
あんまりにも小さいから赤ちゃんと見間違えたけど、本当はそこそこ育ったきつねみたい。だけど、ご飯が食べられずに身体が大きくならなかったみたいだ。
子きつねは私の足元まで来て、もう一度「くぉ…ん」と力なく鳴いた。
「こ、このネズミが欲しいの?」
「くぉーん」
「ダ、ダメだよ! これは私のだもん! 分けれるくらいに大きくもないよ! あげられないよ!」
捕らえたネズミはとても小さい。本当に一口サイズだ。そんなのを分けることなどできるはずがなかった。
子きつねは無表情な目を私に向けていた。
本当は用心深いきつねがここまで大胆な行為に及んだのは、私がネコだからではなく本当に切羽詰っていたからだろう。
それでもこの子きつねは私からネズミを奪おうとはしなかった。ただ私を見つめるだけ。こんなんだから小さいままなんだ、自然界は弱肉強食だと言ってしまうのは簡単だけど、誰か一人くらいこの子の味方をしてあげるべきだと思った。
「うー」
「……………」
結局、投げ捨てるようにネズミを放った。子きつねはむしゃぶりつくようにそれを食べた。その食べっぷりに私はヨダレが流れ出るのを止められなかった。子きつねは涙を流して、血の一滴も残さずネズミを食べ切った。
「あ…あ……。私のネズミ……」
自分でやったことだけど今更後悔しちゃう。あのネズミを食べていれば里まで歩くことなんからくしょーだったのに!
でも、ネズミはもういない。いるのはこの子きつねだけ――
「あれ?」
そこで閃いた。
「そうだ。そうだよ! 目の前にお肉があるじゃない!」
子きつねはキョトンとした顔をしていた。
肉つきは良くないけど、少なくともあの小さなネズミよりはお腹が膨れるはず! それにお腹に入ったネズミも食べるんだから、結局ネズミも食べれるんだ!
凄い発見をした! こういうのをなんて言うんだっけ? 一石二鳥?
先ほどの殊勝な心はどこかへ吹き飛んでしまった。今の私にはこの子きつねが足つきお肉にしか見えなくなっていた。ぷにぷにした頬。柔らかそうなお腹。食べごたえのありそうな足。自然とヨダレが溢れ出す。
「ふふふ……。ごめんね。きつねしゃん。でも、自然はやっぱり厳しいんだよ……」
舌なめずりをする。もう私の頭にはこの子のどこにかぶりつこうかということしかなかった。だが、子きつねは立ち上がると尻尾を振った。
「え? ついてこいって?」
「くぉーん!」
少しだけ力強くなった鳴き声。子きつねは森の中を歩き出した。
まあ、食べるのはもう少し後でもいいと思う。この子が何をしたいのか確かめてからでも遅くはないよね。
体力は落ちてるけど私は化け猫。こんなきつね簡単に捕まえられるもん!
子きつねについて行くと斜面に開いた穴に辿りついた。多分、この子が見つけた秘密の隠れ家だ。私が入って寝そべれるくらい広いしうまく外から見えない。その上、中は温かくとても過ごし易い。
この子が今まで生きてこれたのはこの洞窟があったからだろう。見れば洞窟に生えているコケが削り取られたような跡がある。
まったく全てがうまくいく! ご飯が住処まで持ってきた!
これで里まで行ける! そう私は確信した。私は助かるんだ!!
また藍しゃまの尻尾をもふもふできる! また藍しゃまと一緒にお風呂に入れる! また藍しゃまと一緒に美味しいご飯が食べれる!
そんな妄想をしながら私は洞窟の中に入っていった。
「いい住処だね!」
そう言ってあげると、子きつねは嬉しそうに「きゃんきゃんきゃん」と返事をした。
これから食べられるとも知らずに……。バカなきつねさんだね!
子きつねは洞窟の奥で横になった。落ち葉のベッドはなかなか快適そうだ。それが今から血で汚れるのは少し残念だけど、仕方が無いよね。これも私が藍しゃまと再会するためだもん。
だけど、私が落ち葉のベッドにいつまでも来ないからか、子きつねが振り返った。
「くぉ?」
首をかしげ不思議そうに見つめてくる。その顔を見ているとすぐに襲い掛かる気は消えていってしまった。
「……そうだね。こいつが寝てから襲えばもっと確実だよね。私頭いい!」
「くぉ?」
マヌケ面の子きつねの横に寝そべる私。それを見て子きつねも安心したのか落ち葉に顔を伏せた。
「ふふふっ……。ごめんねえ。せめて苦しまないように食べてあげるからね」
口の端からヨダレを流しながら私はタヌキ寝入りをした。子きつねはもううとうとしていたのか、目を開けたり閉めたりしてついに目をつむった。
「くふふ……。しゃーて……」
久々に自慢の爪と牙を使うときが来た。そう思って身体を起こそうとしたとき。
ぽふっ、と子きつねの尻尾が私の顔に当たった。
「あ……」
懐かしい。本当に懐かしい感覚だった。
藍しゃまの尻尾もふもふ。九本の大きな尻尾の中に飛び込むと物凄く温かいのだ。まるで母さんの中にいたときのように。そして、藍しゃまはそんな私に何も言わずずっと尻尾を揺らしていてくれるのだ。揺り篭のように。
もちろん藍しゃまの尻尾はこんなボサボサで小さくてホコリっぽいものじゃない。もっとふかふかで柔らかくてツヤツヤだ。
でも、どこかこの尻尾と藍しゃまの尻尾は似ているのだ。
「うっ……っぅ……」
横を向く。そこには安心しきった顔で眠りにつく子きつねの姿がある。私が何かしようなどとまるで考えない無邪気な寝顔だ。
もしかしたら、藍しゃまの尻尾に包まれているときの自分もこんな顔をしているのかもしれない。
「うっ……あっ……。藍しゃま……藍しゃま……!」
思わず子きつねに抱きついてしまった。眠りかけたところを起こされてびっくりしたみたいだ。
だけど、私が頬をすりつけると子きつねは何も言わず目を細めた。私の行為を何も言わずに受け入れてくれた。
「う……うぅ……っ! ごめんねえ! ごめんねえ! 食べようとしてごめんねえ!!」
「くぉ」
子きつねは小さく鳴いただけだった。私と子きつねは身を寄せ合い、抱き合いながら眠りについた。本当に久しぶりに安心して眠れた日だった。
今は一人じゃない。小さいけれど友達がそばにいるんだ。
だから、とっても安心だ。
◆◆◆
子きつねが起き上がったのを感じて目が覚めた。
「んにゃ〜? もう朝? 全然眠った気がしないよぉ」
視界がはっきりしてきても辺りは暗かった。まだまだ夜のようだ。
だけど子きつねはしきりに辺りを警戒し、くんくんと鼻を鳴らしている。
そこでようやく気づいた。この穴のすぐそばに狼がいるのだ。それも二頭。
たぶん獲物の匂いを追ってここまで来たのだろう。辺りを見回し住処を探しているようだ。
「にっ!? ど、どうしよう……!」
普段の自分なら狼くらい簡単に追い払える。これでも私は化け猫だもの。妖怪の山の猫の里に来た狼の群を何度も追い払った。
でもそれは健康時のときの話だ。
今は体力も低下しているし、なぜだか妖術も使えない。それでも一頭くらいはなんとかなるかもしれないが、さすがに群を相手にすることはできない。
相手は二頭。一頭を相手にしている間にもう一頭が仲間を呼んで来てしまう。
「お願い見つからないで……!」
祈る。それしか思いつかなかった。幸いこの住処はかなり見つかりにくいし、大きな狼は奥まで入ってくるのは難しいはず。でも、見つかればアウトなのは変わらないかな……。
狼はしきりに匂いをかぎ、獲物がどこに潜んでいるか特定しようとしていた。
狼の嗅覚は鋭い。遅かれ早かれここを嗅ぎつけてしまうだろう。
それを察知したのか、子きつねが動いた。
住処から走り出し、狼たちの前に躍り出る。
「そんな! ダメだよ!! 戻って――」
戻ってきて、どうしろというのだ。もはや子きつねは狼に見つかってしまった。いまさら住処に戻っても追い詰められるだけだ。そうなれば自分もおしまいだ。
子きつねは狼たちを挑発するようにくるくると回った後、一瞬だけ住処の方を見た。顔が合う。
「あ――」
何かを思う暇もなく子きつねは森の奥へ走って行ってしまった。その後を狼も追っていく。
「きゃんきゃんきゃん!」と大きな鳴き声をあげながら、子きつねは小さい身体を振り回して懸命に走っていく。だが、所詮子どもの足と狼の足。いつかは追いつかれ、その身を食いちぎられるだろう。
そして、残された私にあるのはあの一瞬の子きつねの顔。
「わかったよ……。私は絶対に……」
狼の声がだいぶ遠ざかったのを確認し、私も住処から走り出した。
人間の里目指して痛む足を振り回す。
この身体は一人のものじゃない!
あの子の分の命が詰まってるんだ!
絶対に人間の里に辿りつかなきゃ!!
藍しゃまのもとに辿りつかなきゃ!!
◆◆◆
夜通し森の中を走り回り、人間の里についたときには朝になっていた。
朝日を浴びながら私は畑の間を抜けていく。人間たちはもう動き始めているようで、ボロボロの姿の私を見て逃げ出すものもいた。
だけどそんなことに構ってられない。藍しゃまのところに行かなくちゃ。
すぐそばを流れていた川に倒れるように頭をつっこむ。水を飲み、ようやく一息ついた。土手に身を倒し、荒く息をつく。人間たちの目なんか気にしてられない。
「藍しゃま……早く会いたいよぉ」
そのまま私の意識は泥のような眠けの中に埋もれていってしまった。
目を覚ましたとき、周囲はだいぶ騒がしくなっていた。
もうお昼だ。人間も妖怪も活発に動いている。
土手に伏せながら辺りを見回す。メガネをかけた男がダンゴを食べていたり、緑髪の巫女が信仰について語っていたり、日傘を差した女性が花を届けたりしている。
その中に博麗の巫女と白黒魔法使いがいなくて私は胸を撫で下ろした。
そして、民家の影から現われたのは、
「藍しゃまっ!!」
綺麗な黄色の髪、ふんわりとした九本の尻尾、お手製の買い物かご、全身から溢れ出す藍しゃまオーラ。
身体が勝手に動き出す。ぶるぶると震えたかと思うと、藍しゃまの方に走り出していた。
「藍しゃま! 藍しゃま! 藍しゃま!!」
やっと会えた! やっと会えた!
思いっきり抱きつこう! 胸に顔を埋めてこう言うのだ!
『藍しゃまなんで助けに来てくれなかったの! 罰として尻尾もふもふさせてよね! それにご飯はお魚を用意してよ! 後、添い寝も! 一緒にお風呂も入るよ! それにそれに……大好き藍しゃま!!』
走る! 走る! 走る! 後もう少し! 後少し!
「藍しゃまーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
そう叫んだとソレは同時だった。
「藍しゃまーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
藍しゃまの向かい側から“私”が現れた。
え?
どういうこと?
なんで私が二人いるの?
藍しゃまはその私と親しげに話している。そして、とても温かい笑みで頭を撫でる。
「偉いぞ橙。ちゃんとお使いできたな」
「えへへ〜。でも、このくらいできて当然ですよ! もう子どもじゃないもん!」
「そうか。ついこの前までお風呂を嫌がってたのにな」
「そんな何年前の話ですか。あ、買い物かご持ちます藍しゃま!」
「そうか? じゃあ頼もうかな」
「はい! 任せてください!」
その橙は藍しゃまから買い物かごを受け取り、一緒に歩いていく。
かつて私がそうしたように仲むつまじく。
「えい! 藍しゃまの尻尾!」
「こらこら。それは屋敷についてからだ。今日は橙の大好きな焼き魚にするぞ。いっぱい食べていいぞ。どうせ紫様は寝てるだろうし」
「本当ですか! やったー!!」
「食べ過ぎてお腹を壊すなよ」
「はーい!」
その橙と藍しゃまは二人で屋敷の方へと歩いていく。
「どうして? どうして?どうして?どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして?」
なんで?
なんで? 橙が二人いるの?
橙は私だよ? 私が橙だよ?
「あ、ア、あ、ア、あああああああああああああアアアアアアアああああああああああああああああああああああああああアアアアアアあああああああああああああああああああああああああアアあああああああああああああああああああああああああああっ!!」
私は走り出した。あの二人を追って。
そうだ! きっとそうだ! あの橙は巫女が用意したニセモノだ!!
私を誘拐してもバレないようにニセモノを藍しゃまに当てつけたのだ!
そうに違いない!!
なら、ニセモノは殺さないと!
ニセモノはニセモノだもん!! ニセモノは殺して、本物がニセモノを追い出して、ニセモノが本物で、本物をニセモノに―――――
違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う!違う違う違う!!
「あああああああああああああっ!! 藍しゃまァぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁっ!!」
ニセモノを殺さないと!! ニセモノを殺さないと!!
「ひっ!?」
私は爪を伸ばしニセモノに襲い掛かった!!
ニセモノは不意をつかれ、私に押し倒される!
「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇっ!! ニセモノは死ねぇぇぇぇぇっ! 死んでしまえぇぇぇぇぇぇぇっ!! そこはっ! そこはぁっ!! 私の居場所だぁぁぁぁぁぁぁあっ!!」
「ぎにゃああああああああああああああああああああああああああああっ!! 助けてぇぇぇ! 藍しゃま! 藍しゃまぁぁっ!」
ニセモノが叫んでいる。
バカめ!!
藍しゃまがニセモノの言葉なんかに惑わされるか!
私が現われた以上、藍しゃまは――
「橙から離れろっ!!」
わき腹に重たい衝撃を受けて、私は土肌の道に吹き飛ばされた。
何が起こったかわからず横を向くと、愛おしそうにニセモノを抱きかかえる藍しゃまの姿がある。
「橙! 大丈夫か!?」
「だ、大丈夫だよ! 大丈夫だよ藍しゃま!」
ニセモノは顔に軽く引っかき傷ができただけのようだ。運の良い奴め。
いやそれより、藍しゃま?
なんで私を蹴り飛ばしたの?
そいつはニセモノだよ! 藍しゃま!
「貴様!! よくも橙を!! コロス! 死んで償え!」
「ら、藍しゃま!? 私は――」
その一言を言うよりも早く藍しゃまの弾幕が眼前をおおった。
凄い光だ。
やっぱり藍しゃまは凄い。
藍しゃまの初めてみる怒った顔。
ああ藍しゃま。やっぱり怒ったら怖いんだね。
見たか霊夢! 怒った藍しゃまはとっても怖いんだぞ!
でも、藍しゃま。
私の言葉を聞いてよ。
私の名前を呼んでよ。
藍しゃまって呼ばせてよ。
また尻尾もふもふさせてよ。
私の尻尾はなくなっちゃったけど。
一緒にお風呂に入ろうよ。
一緒のお布団で寝ようよ。
ねえ、藍しゃま……
私は――
――――――橙だよ?
「死ね!!」
◆◆◆
雨が降りだした。
ぽつぽつとほほに当たるよ。
凍えそうに寒い。
変だな? 今は夏じゃないの?
あの氷の妖精でも近くにいるのかな?
んー。よく見えないや。
ここは何処だろう?
藍しゃま?
藍しゃまはどこ?
どこに行ったんだろう?
そうか。買い物を終えてご飯の支度だ。
今日は焼き魚だって。嬉しいな。
藍しゃま。藍しゃま。
尻尾もふもふしていい?
うわあ……良い気持ち……。
とっても気持ちいいよ。
温かくてふわふわでまるで雲の上みたい。
あれ?
変だよ藍しゃま……。
なんで目が熱いの?
あれ? あれ? あれ? あれ?
わかんない。わかんないよ。
藍しゃま。
藍しゃま。
藍しゃま。
藍しゃま――――大好き。
◆◆◆
博麗神社。その縁側で霊夢はお茶をすすっていた。
そこに箒に乗って魔理沙がやって来た。
「おう。霊夢」
「ん」
「どうしたんだ? 苦い顔して」
「いえ、式神って案外難しいんだなって」
「あああれね。あれは面白かったな」
「まさか橙の記憶が式の方に記憶されてるとはね。びっくりしたわ」
「せっかく橙からはがれた式神を利用して便利な召使い作ろうってしてたのにな。飼い犬に手をかまれちゃ世話ないぜ。レミリアとの戦いの間に逃げられたんだって」
「ええ。まあ、後始末はしたから紫には気づかれていないと思うわ」
霊夢はお茶をすする。魔理沙は懐から自分用の湯のみを取り出し勝手に茶を注いだ。小皿に乗せられた羊羹を一つ口に入れる。
「……結局記憶を消しきれなかったわ」
「術式の方を解析して記憶の部分を消去できない? 手間はかかるけど、一からしつけるより確実だぜ?」
「いやよそんなの面倒くさい。そこまでするなら自分で家事した方が早いし」
「なら私にくれ。うまく術式を変えれたら霊夢にもおすそわけするぜ?」
「好きにしなさい」
「恩に着るぜ」
そう言って巫女と魔法使いは別れた。
妖狐と化け猫は屋敷で遊んでいる。
子きつねは食べられ、狼はいくばくか腹を満たした。
そして、小さな化け猫が死んだ。
おわり
誰かになったつもりで無駄な努力をくり返し、できないことを人のせいにして、周りの人間に迷惑をかけ、そして最後は惨めに死んでいく。自分はそんな人間ではないかと思う日々。
いっそ役割を割り切れればいいのに、過去を忘れて生きればいいのに、下らない気持ちに振り回されて自分を傷つける。そんな日々。
さて、本文の話に移りましょう。
本当は猟奇とか拷問とかの話も書けるようになりたいな、と思い書き始めたのですが結果はこんな感じ。どうにも自分はシンプルにまとめられず長い話にしてしまうようです。今回は15000字くらいでした。
「橙は化け猫で式神をつけてやっと幼児レベルの知恵を持つとのこと。ならば、式神のない状態ではまともな知恵も記憶力もないのではないか。では橙としての記憶や性格はどこにあるのか? 考えるまでもない式の中だ」
という理屈で考えたネタです。この理屈が通るのなら101匹橙ちゃんとかもできることになります。逆に霊夢と魔理沙が目指したように自分に都合の良い橙も作れるのかもしれません。橙自身の性格も本当にそれが橙本来のものかもわかりません。とはいえ、人間も似たようなものかもしれませんが。
長文失礼しました。ここまで読んでいただけたことを心から感謝します。
ウナル
http://blackmanta200.x.fc2.com/
- 作品情報
- 作品集:
- 5
- 投稿日時:
- 2009/10/14 04:20:59
- 更新日時:
- 2009/10/14 13:20:59
- 分類
- 橙
- 八雲藍
- 調教
- グロ
いつまでたっても半人前の幽霊も
月しか見ようとしない不死鳥も
相手の事情を鑑みない黒白も
疎まれて死んだであろう亡霊も
みんなみんな楽しそうじゃない。
それでいいじゃない。
期待させておいて突き落とすのは心にぐっとくる
藍様も「あ、式はがれた。仕方ないもう一回くっつけるか」くらいの感覚だったらもうね…
それ相応の口調で話が進んでいくと、妙に残酷な印象を受けました。
サドスティックなSSはやはりいいものだ
しかし恐ろしい話しだね剥がれた式の方も記憶を持っているなんて。
はたして橙の記憶や精神は本物なのか?そこを考えると藍しゃまが都合よく人格を作っているようにも思えるw
>>1 私の正体をどう隠すかは結構迷いましたね。三人称にすると「彼女」とかになって違和感があるので。橙の一人称だと描写しにくいという……
>>2 上げて落とすのは文章の基本だと最近学びました。かなり希望の無い構成なので子きつねちゃんを登場させて上げてみましたが、どうでしょう?
>>3 原作基準だと小学校高学年くらいの口調なのにここでは幼稚園生みたい……。未だに悪いクセが残っているようです。
>>4 そういってもらえるとありがたいです。でも、そこがメインのはずなのにいつの間にかゴリゴリ減っていたという……
>>5 nekojitaさんにそう言ってもらえるとともて励みになります。これからも精進していきます。
>>6 幼い口調は私の主観橙だからです。なので本物の橙も同じ口調です。後、正確には剥がれた式の方にもではなく、橙の人格は式の中にあるという感じです。言ってみればデータをパソコン本体には残さず全て外付けHDに入れている感じかな、と。本文で説明不足だったようですね。申し訳ありません。
>>7 そのうち魔理沙が「便利なお手伝いさん! 手ごろな妖怪に付けるだけ!」とかいう式神販売を始めるかもしれませんね。
>>8 あくまで自分の設定ではですが。逆に藍くらい高位の妖怪ならばこの設定は適用されないかなと考えています。自分の中に十分なデータ保存領域があるでしょうし。
惹き込まれました
そういえばアンパンマンも…