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『孤独のアリス』 作者: 要介護認定
※微妙に『活字中毒』の続きっぽい?
※単品でも楽しめます。
※うおォン
……とにかく腹が減っていた。
人里で行われた魔理沙の葬式に『同族だから』という理由で参加したのは良いものの、思ったよりも長くかかってしまった。ストレスと自分の腹を天秤にかけて、食事会を断ったのはやはり失敗だったか……。
ふと空を見上げる。黒く染まり始めたそこには、早くも月が顔を覗かせて私達を見下していた。
魔理沙が死ぬ事に異論がある訳ではない。彼女は人間だったし、何時も急いた生き方をしていた。誰かの恨みを買って殺されても、別段おかしなことではなかっただろう。
頭を振る。何を考えてるんだかと自嘲する。いつも他人に迷惑ばかりかけていた人間風情に、私が同情? 馬鹿も休み休み言え。そんな事よりも自分の腹の方が大事だ。私は視線を周りの暖簾へと向けた。
蕎麦屋、鮨屋、菜館に喫茶店……実に豊富な飲食店が立ち並ぶ。小耳に挟んだ話だが、最近ではレストランも出来たとか言っていた。たかが人里、されど人里。嘗めていると思わぬしっぺ返しを食らう。
だがいざ何を口にしようかと考えると、どうしても後込みしてしまう。それもこれもこの喪服がいけないのだ。体面というものもある為、大口を開いて食事をするという訳にもいかない。しかし、腹が減っているのは事実なのだ。
とぼとぼと歩きながら考える。周りの視線は然して気にならなかった。
わざわざ人里まで来て、掛け蕎麦一杯というのも味気ないし、喪服で鮨屋は言語道断。菜館の料理は油っこ過ぎて私の口には合わない。かといって喫茶店では腹が膨れるメニューがなさそうだし、独り喪服でレストランに入るのは勇気がいる。
「……ちっ」
周りの人々が一斉に私から視線を外す。焦るんじゃない。私は腹が減っているだけなんだ。腹が減って死にそうなんだ。
そうやってうろちょろと看板を見て回っている内に、いつの間にか人里の端の方まで来てしまった様だ。人気もまばらで、人間特有のあのうるささがまるでない。
ああしまった……そう後悔しても後の祭りだ。もう一度あの通りに戻るというのも気が引ける。決して私が人付き合いが苦手などとという訳ではないのだが、今は喪服姿なのだ。こんな姿の女性が何度も通りをうろうろするのはおかしいだろう。奇異の目で見られては、もう二度と人里で人形劇など出来ないだろう。
つかの間の逡巡。仕方ないと吐息を漏らし、私は人里に背を向けて歩きだした。一瞬空を飛んでいこうかとも思ったが、それもすぐに取り消した。空の情景を思い出すと、自然と死んだ彼女の顔が浮かぶのだ。世辞にも交流が深かったとは言えないが、それでもこう記憶に残るとなると、彼女の存在感の大きさが今更ながら実感出来た。こんな気持ちになったのは飼い猫が死んだ時以来だろうか。そう考えると少しだけ笑えた。
ふと、何かが私の鼻腔を擽った。何かを焼いたかのような香ばしさと、どことなく甘い香り。なま暖かさを伴ったそれは、焼き鳥のそれに良く似ていた。
こんな人里から離れた場所に屋台でもあるのだろうか? ほんの一握りの疑問を胸に抱きながらも、足は自然と匂いの元へと向かっていた。
雑木林を少し進んだ所に、それはあった。あばら屋を元にして作ったかのような粗末な屋台。こちらの視線に気付くことなく、即興の歌を歌いながら八目鰻を焼く店主。そしてそこから漂ってくる、何とも言えない"タレ"の香り……思わずごくりと喉が鳴った。気が付くと私の唇は勝手に言葉を紡いでいた。
「すみません」
「あ、はいはーい。すみません、ちょっと寄って貰っていいですか?」
店主は歌うのを止めると、屋台の中心で陣取るかのように座る客に声をかけた。酒を飲んでいたその客は、無言で席を空けると再び手中のグラスを傾ける……私に全く気付かない所を見ると、相当酔っているに違いない。そういえばと、昼間式場で会った時も死人のような目をしていたのを思い出した。周りに無造作に置かれた酒瓶の数からして、やけ酒という結論に至るのにそう時間はかからなかった。
「何にします?」
私が隣の客に視線を向けていると、やけに人懐っこい笑みを浮かべた店主が注文を問う。帽子からちょこんと覗く両耳が、彼女が人外である事を物語っていた。
「何があるの?」
「えーっと、八目鰻の蒲焼きが目玉ですけど、それを摘みながらお酒を飲むのが一般的ですね」
酒……か。ちらりと隣の酔客を横目で眺める。酒を飲んで酔うのもいいかもしれないが、今は酒よりも白米が食べたい気分だった。葬儀の際、祭壇に置かれた供物――箸の刺さった白米がやけに印象深く残っていた為だ。
傍目から見れば罰当たりも甚だしいかもしれないが、初めて葬式を目にした私にとって、それは衝撃的だった。まさかあの式場で『白米が食べたい』という欲望を抱くとは、私自身思ってもみなかったが、一度そう考えてしまうと中々思考を停止することが出来ないのも事実である。
閑話休題。
「ご飯はあるかしら?」
「もちろんです。丼にしましょうか? 個別で注文するより、少しだけお安くなりますよ」
再び逡巡。安いことは良いことだが、果たしてそれで本当にいいのだろうか? 私が食べたかったのは、どちらかと言えば白米だ。八目鰻を求めてこの屋台に足を運んだのではない。
少しだけ両者を想像してみる。片やほかほかと湯気を立ち上らした白米と、その茶碗の側にそっと添えられた熱々の八目鰻の蒲焼き。片や両者湯気を立てつつも白米の熱を更なる熱さで蓋し、じんわりとタレが染み込んだ八目鰻丼。腹に入れれば両者の違いは全くない。だが、値段の差で考えれば、やはり丼がベストだろうか……?
ええい、儘よ。ここは店の個性とも言える"タレ"が良く味わえる丼にしよう。
「じゃあそれで頼むわ」
「はい、丼一丁〜♪」
再び歌いながら八目鰻を焼く作業に戻る店主。つやつやとした光沢を放つ八目鰻、恐らく事前にタレをよく塗っておいた物だろう。これなら思ったより早く出来そうだ。
パタパタと、所々煤けた団扇を控えめに使う音が聞こえてくる。丁度焜炉とカウンターを挟む形で座っている私達を、何気なく考慮してくれての事だろう。なかなか気の良い店主じゃないか。
しかし注文を終えると、何とも手持ちぶさたになってしまう。苦し紛れに店主が渡してくれたお冷やを口に含むが、その程度で空腹が紛れる訳がない。仕方なしに私は屋台を見回してみる事にした。
私の第一印象としては『粗末』というものがあったが、こうしてよくよく眺めてみると意外に味のある屋台だ。天井や壁には穴が一つとして見つからず、目立つような油汚れも然してない。そういえば焼き終えて汚れた串はきちんと水の張られた樽に浸かっているし、タレや八目鰻の入れられた壷は古い外見と反してよく磨かれていた。
ちらりと壁に目をやれば、煙を染み込んで黒ずんだ木目が確認出来る。もう何年もこの屋台を続けているであろう事は明白だった。それ故に、清潔には人一倍――この場合は妖怪一倍だろうか――気を使っているに違いない。
なるほど、素晴らしい。店の運営精神としては満点を差し上げたい。
残念な点としては店自体が小さい事が挙げられるが、こういった妖怪の運営する店――それも屋台となれば、この大きさが丁度良いのかもしれない。
「お酒お代わり」
「お客さん、あんまり無理しないで下さいよ?」
「お代わり」
「……はぁ」
店主は吐息を一つ吐き、差し出されたグラスに酒を注ぐ。客の方は並々と注がれたそれを一瞥すると、一息で呷った。傍らに置かれた酒瓶の数は二桁を越えている。店主が心配するのも頷けた。普段の彼女のペースを知っている私ですら、飲み過ぎだと分かった。
客はだんっ、と豪快な音を立ててカウンターにグラスを叩きつけた。酒気を盛大に含んだため息に、私は思わず顔をしかめた。
「あのクソ天狗……勝手に好き放題に嘘八百書きやがって……っひ、あー、お陰でこっちは良い迷惑よ……」
こっちが良い迷惑だ。そう思いつつ、客のぼやきには口を出さない。酔っぱらいを下手に刺激するとどうなるか、私は嫌と言うほど知っている。店主も覚えがあるのか、苦笑しながらも問い返した。なかなか律儀な店主だ。
「大変ですね〜、パチュリーさんも」
「そうよ、大変なのよ。あの白黒が死んで清々したってのは確かに当たってるわ。これで私の図書館から本が無くなることもないし、犯人には感謝してるぐらいだけどね・……どうして本が戻ってこないのに犯人扱いされるのかしら?」
そういえば、この間ばらまかれていた新聞の見出しにはでかでかと『犯人は七曜の魔女!?』と書かれていた気がする。あまり外出しなかった為に、彼女がどれほどの仕打ちを受けたのかは知らないが、ある程度の予想はついた。あの天狗とまともに取り合って、得をする訳がないのだ。
「お陰で天狗にはうるさいぐらい付きまとわれるし、レミィからは紅魔館のイメージダウンに繋がるからって言われて追い出されたし、魔理沙の葬式の為に人里に行けば天狗の与太話に感化された人間に睨まれるし……もう本当、アイツを焼き烏にしたいわ」
「あんまりそういう事を公言しない方がいいですよ?」
「いいのよ。もう捨てる物もほとんどないしね、っく」
そうしゃっくりで締めくくり、客は真っ赤な顔でけらけらと壊れたように笑う。それを見て思わず、店主は吐息を一つこぼした。当たり前だ。イカれた酔客の相手ほど疲れるものはない。彼女の隣に座っているだけの私ですら疲労を感じる。
おかしいな、私はただ白米を食いたかっただけなんだがな。どうして彼女の与太話をこうして横で聞いていなくちゃいけないんだ? ・・・・・・少しづつ苛立ちが募っていくのが良く分かった。
いや、待て。焦るんじゃない。まだ席を立つな。耐えて耐えて耐えぬえてこそ、真に美味しいご飯にありつけるのではないか? うん、そうだ。そうに決まっている。
人形を叩きつけたくなる衝動を、お冷やを飲むことで抑えつつ、私は八目鰻丼が出てくるのを待った。傍目から見れば、私の眉間の皺は深く刻まれていたことだろう。
「まったく……最後の綱とも言える子悪魔にも逃げられるし、本当、踏んだり蹴ったりよ」
「それはそれは……」
「第一ねぇ……何で私が第一容疑者なのよ! 私以外にも容疑者ならいくらでもいるでしょ!? あの子沢山恨み買ってたじゃない! それに肉体だけ燃やすなんて、私じゃなくてもアリスだって出来るわ!!」
チラリと店主に視線を向けられ、ため息で返事を返す。本人を隣にして何を豪語しているんだろうかと、つい呆れてしまった。というか、本当に気づいていないんだろうか。確信犯だったら蓬莱人形を贈呈してあげよう。
「お待たせしました〜」
「ありがとう」
お、来た来た。ようやく来ましたよ。淑女らしからぬ『食』に対する喜びを押さえつつ、素直に店主に礼を言う。ちゃんと勘定は払うというのに、なぜ礼を言うのかは永遠の謎だろう。
どんっ、と重たそうな音を立ててカウンターに置かれる丼。白米の白と八目鰻の茶色、二色の対比が素晴らしい。粒の立った米はほかほかと淡い湯気を立て、その上に乗った八目鰻は、未だぱちぱちと小さな破裂音を伴い"タレ"特有の光沢を放っていた。丼の隣には、そっと申し訳程度に置かれた漬け物と……肝吸い。
おかしい、肝吸いが丼に付くとは聞いていなかったが……そう思い、チラリと店主に視線を向けると、申し訳なさそうに肩を竦め、次いで私の隣に視線を向けた。なるほど、いわゆる"迷惑料"という奴か。好意はありがたく頂くとしよう。
「いただきます」
両手を合わせての挨拶。なにやら店主が驚いたかのような表情でこちらを見たが、無視した。
まずは肝吸いから着手する。朱塗りの椀を傾け、少量の具と共に汁を口に含む。軽く二、三度咀嚼し、しっかりと味わってから飲み込んだ。
……ふむ、これはなかなか。
少々薄味ではあるものの、それもまた肝特有の苦味を引き立てる要因になっている。お吸い物自体そう味の濃い物ではないが、出汁が良く効いているのだろう、風味は最高の物だ。
……最初にこれを食べ尽くすのはもったいないな……。
「お代わり」
「お客さん、もうそろそろ止めといた方が……」
「うっさいわねぇ、ロイヤルフレヤ食らわすわよ?」
熱々の八目鰻の蒲焼きに、箸を突き立てて下の白米と共に分離する。蒲焼き、白米を二対八の割合で箸に乗せ、そのまま口へと運んだ。
んっ、これは……っ!?
甘辛く、コクの深い"タレ"と米特有の甘みが合わさり、何とも言えないハーモニーが口の中で奏でられる。餅のような米の食感とコリコリとした柔らかい骨を噛み砕く食感が顎をさらに楽しませる。
口の中がタレの味一色で染まってしまったと感じれば、そばに置かれた漬け物に箸を伸ばせばいい。かりっとした心地よい音と共に程良い酸味が口の中に広がり、タレの味をさっとぬぐい取ってくれる。そうすれば再び八目鰻独特の味を堪能できる。
むぅ……非難するべき点が見つからない。今まで食べた丼の中では一番の出来だと言っても過言ではないだろう。
かっかっと音を立てて掻き込む度に、私の胃の中へ白米と八目鰻が入ってくる。美味しいご飯を食べる時というのは、生を実感する瞬間だ。今私がここに居るのだという事を、舌が――身体が雄弁に語ってくれる。
急いで食べ過ぎて喉に詰まりそうになれば、肝吸いの出番だ。一口程度を口に含み、静かに嚥下。身と肝が一緒になって胃へと到達すると考えると、少しだけ得をした気分になったのは何故だろうか。いや、実際得した気分だ。これで○○○円とは、本当に良心的な店主だ。
「あーったく、何で私なのよ、何で私だけなのよ。糞が、違いの分からない蛆にも劣る糞共が。こうなったら明日にでも人里焼き払ってやる。塵すら残さないわよ」
「だからお客さん、そういう事を声高々と言うのもどうかと思いますよ」
「いーのよ、私が言ってるんだから何も問題はないわ。蒲焼追加」
言葉を失念しつつも、止めとばかりに白米と蒲焼をんぐんぐと口一杯に頬張る。無論、丼の容器には米粒一つとして残っていない。こんな美味しい物が食べれたのだ。残さず食すというのが筋というものだろう。
締めはやはり肝吸いだ。漬け物を少量摘んでから、椀を傾けて最後の最後までその味を楽しむ。漬け物で一新された口の中に広がる、肝吸いの味――椀の底に沈んでいた微かな苦味――余すところなくその味を堪能し、嚥下すると思わず『ほぅ』と吐息が漏れた。
そうして一息吐いていると、どことなくゆったりとした空気を感じ取れた。店主は一心になって注文された蒲焼を焼き、隣の客は静かに酒を呷る。ぱちぱちと炭が弾ける音が心地よく、しばし店主の手を目で追った。一匹の八目鰻が蒲焼へと変化する過程は、事の他面白かった。
「お愛想お願い」
「あ、はいは〜い。えー、○○○円になります」
財布を取り出し、丁度の額をカウンターに乗せる。これなら八目鰻を焼いている最中の店長に手渡すより良心的だろう。それを察してくれたのか、店主も笑顔で応えてくれた。
「ありがとうございました〜」
私が席を立つと、笑顔で会釈してくれた。気持ちの良い店主だ。それでも手だけはせわしなく動き続けているのだから、流石としか言いようがない。きっと屋台を開いてから長いのだろう、妖怪の屋台という看板も伊達ではなさそうだ。
白米と八目鰻で満たされた腹を抱えつつ、私は帰路についた。自分の意思とは関係なしに急いで食べた所為だろうか、歩くだけだというのに少しばかり辛い。だからといって飛んで帰る訳にもいかないだろう。そんな何でもかんでも魔法に頼ってしまっていては、あっという間に肥えてしまう。私には生まれもって備わっている、二本の健常な足があるのだから。
さて、帰ったら何をしようか。あの白黒が亡くなったのだから、彼女の複製人形でも稼動させてみようか? そうだ。複数体の白黒魔女を同時稼動させ、自己の二律背反というストレスで精神を病む過程を見るのも楽しいかもしれない。っと、その前に彼女の魂を確保する方が先か。ゴキブリ魔女の癖に面倒臭い。
自然と笑みが零れる。結局あの白黒が死んでも、暇つぶしには事欠かない。ただ研究資料が消える事がなくなるだけだ。なんて無価値な人間だったのだろう。あんなのが魔法使いを語っていたなんて、今考えてみれば可笑しな話だ。
さぁ、これからまた忙しくなりそうだ。私は早く研究に着手するためにも、帰路を急いだ。
「はい、蒲焼お待ちどうさま〜」
「んむ、相変わらずいい焼き加減ね。それにタレの濃さも申し分なし……酒の摘みを作る腕は咲夜以上ね」
「ありがとうございます。ところでお客さん、御代は?」
「あるに決まって――あっ」
ぞうさんひよこ氏「アリスちゃんは、グルメだと思う」
要介護認定「グルメ! そういうのもあるのか」
うん! これこれ!
要介護認定
- 作品情報
- 作品集:
- 5
- 投稿日時:
- 2009/10/25 04:54:20
- 更新日時:
- 2009/10/25 16:51:11
- 分類
- アリス
- 八目鰻
- 孤独のグルメパロ
食事描写も読んでて腹が減るくらい良かったけど、パチュリーの災難っぷりも良かったw
あと飯食ってる横で管巻いてるパチュリーにアリスが切れて、アームロックかますんだろうなぁと思ったのは私だけじゃないはず
NO!NO!NO! NO!N…がああああ
あとみすちー可愛い。
誰にも邪魔されず
自由で
なんというか 救われてなきゃあいけないんだ。
独りで静かで豊かで……
スルスル読めました。
アリスー!
是非とも