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『真夜中のデッド・リミットA−2』 作者: マジックフレークス
“ゆっくり、すこしずつ敵意がかたちづくられ、現実の軍拡競争、コミュニケーションの断絶とつづき、最後にふたつの災いのうち軽いほうを選んで戦いの火ぶたがきられる。それが古典的な発作型戦争のパターンなんだ”
午後2時
河城にとりは自身の研究所兼作業場で、ある物体とかれこれ3日ほど葛藤していた。それは大きな円錐形をした金属であるのは見て分かるのだが、どうにも中に何か入っていそうなのである。そもそも外から流れ着くものがただの金属の塊であるはずが無い(と彼女は思っている)。大概は意味のあるものなのだから、解体して中身を見たかったのだ。だがそれは分厚い特殊な金属で覆われているらしく、解体用の工具の歯をことごとくだめにした上に、分解するにも組立てた跡すらない。ネジ頭があればまわせるのだが、特殊な溶接のようなものでもしたのか表面はつるつるしているのだ。まるで設計思想の段階からこの物体そのものをブラックボックス化させる気でいるようであり、好奇心と技術者魂の塊であるにとりは余計に取り付かれてしまったのだ。意地になっているとも言う。しかし、そのモチベーションもそろそろ限界に来たようだ。
「ああ〜〜もうだめだ〜。せめて表面になんか書いてあるとか取っ掛かりでもあるといいんだけどなぁ。この間の箱は外の世界の言葉を研究してるやつに表面の文字を読ませたら開けれたのに〜」
それには何も無かったのだ。だからこそ、河童仲間達もそれがただの金属塊だと結論付けてくれて、にとりがそれを自由にしていいことになったのだ。これほどの重さのある物を運ばされた天狗達に対しても、ゴミだったから調べるのやめたと言う訳にもいかないのである。
「ちょっと気分転換でもしようかなぁ。地霊の湯にでも浸かればいいアイディアでも湧いて出てくるかもしれないし」
はぁ、とにとりは溜息を吐いて外へ出る。軽く伸びをしたあとで散歩に出ることにした。
にとりの庵と地底から湧き出る温泉のちょうど中間地点に彼らはいた。一様に黒い服を着て何かを手に持っている男達が6人。彼らはにとりを待っていたように道の周囲の枯れ木の間からにとりの前に現れたのだ。
「こんにちは」
「? こんにちは」
疲れていたにとりは彼らの格好と様子が普通ではないことに気づいていたが、妖怪の山の中腹近くまで来ている人間に対して警戒することを怠った。
「私達は博麗の巫女と呼ばれる方を探しています。どちらにいらっしゃるかご存知ありませんか?」
(この人たちの持っているものって……外の道具? 幻想郷じゃ見たこと無い。服も持ち物も黒い色してるけど、持ち物の方は鉄製なのかな? 博麗の巫女を探してるくらいだから外来人だと思うけど、もしかしたら面白い話が聞けるかも♪)
「うーん、ずっと家に篭りっきりだったからわからないなぁ」
「では地霊殿と守矢神社という場所はご存知ですか」
「その二つは知ってるよ。でも何でそんなこと聞くの?」
にとりはそれらの場所のことはよく知っていた。守矢神社は山の妖怪は大体知っているだろうが、地霊殿について詳しいのは自分と文くらいのものだろう。
「巫女がどちらかにいるかもしれないのです。よければ案内していただけませんでしょうか」
「ふーん。案内するのはいいんだけど、あなたたち外から来た人でしょう? かわりに外の話を聞かせてよ。それならいいよ」
「お任せください」
「あたしはにとり。河城にとりだよ。よろしくね」
「私はオーエンです。オーエン・リチャードソン。彼らは私の仲間達です。よろしくお願いします」
他の5人は言葉は発しなかったが、爽やかな笑みを浮かべてお辞儀をしたので、にとりは好感が持てた。7人はとりあえず近い方の地霊殿に通じる洞穴へ向けて歩き出した。
午後3時
永遠亭の実質的な指導者八意永琳は思考をめぐらせていた。スキマ妖怪の式から聞かされた話、幻想郷が外部からの侵入者から攻撃を受けている可能性があることを。
彼女にしてみればそれは月からの姫奪還、あるいは幻想郷そのものへの侵攻の可能性がある話だ。幻想郷は閉じた楽園で外部からの侵入を防ぐことは永夜の異変を起こしたときに聞いていたが、実際に月からの使者が幻想郷にやってきたこともあるのだ。月の側には自分達に対して危害を加えたり拘束したりするつもりが無いことはわかったが、その時に件のスキマ妖怪を含めた幻想郷の者達が月とケンカしている。彼女達がお遊びだったように、月の者達も遊びで幻想郷に攻めてこないと言えるだろうか? 少なくとも妹の方はないが姉の方はありそうだ。永琳は過去の事を思い出していた。
「協力を要請されたというのも例の件とよく似ているわね。たぶん幻想郷中に協力を要請しているんでしょうね」
「情報が少ないと思います。ウサギ達を使って情報を集めるべきではないでしょうか?」
鈴仙・優曇華院・イナバという名の月の妖怪兎がこれに答える。彼女は永琳の薬学の弟子であり、何らかの事態において動いてもらう部下でもある。
「あの者達の考えることに思いをはせるよりも、実際に進入してきたという連中に会う方が早いわね。外から来たと言うなら、月から来たか外界から来たかしか無いのでしょうから」
「ではそちらの方は私とてゐで向かいます。師匠と姫はどうされますか?」
永琳は少し思案したあと、姫についての考えは打ち捨てた。ここが直接攻められるのでない限りは姫に伝えることでもない。
「あの女狐が言った事が事実ならば、つまり幻想郷が断絶されたこと自体は私達には好都合なことよ。もちろん幻想郷が崩壊するのは困るけれどね。だからとりあえず様子見ね、あなた達の報告に期待するわ。それに私達は闘いに参加するよりもサポートの方が向いているでしょうしね」
「では彼らが来た可能性があるという博麗神社を尋ねてみます」
「気をつけてね」
「私はこれでも元軍人ですよ」
以前巫女が侵入したときは役に立たなかった自分に、再度恩返しの機会が向いてきたと張り切る鈴仙だった。
河城にとりと6人の黒ずくめの男達一行は、地霊殿に至る洞穴の前にまでやってきていた。道半ばからもそこには数名の天狗と河童が立っていたのが見える。男達のうちにとりと会話していたのはずっと一人だったが、にとりは彼との話に夢中だったので気がつかなかった。話はにとり達が拾ってきて研究しているものが、外の世界でどのように使われていたか、なぜそれらが使われなくなり忘れ去られたのか、そして男が知る現在の技術についての知識が披露される頃にはにとりは話に夢中になっていた。そうこうして洞穴の前の天狗達が気づく距離に来るころには、にとりとその男以外の5人は周囲にいなかったのだが、にとりも見張りも気づかなかった。
見張りの妖怪達は河童の河城にとりが見知らぬ人間を引き連れてこちらに向かってきているのは分かったが、当のにとりがさも楽しそうにその男と会話していて判断に窮する。上からの命は幻想郷を脅かすほどの侵入者が山に現れるかもしれないから、間違っても地底には行かせるなとのことだった。だが命令を下した上司も、そして見張りを言い渡された者達も半信半疑だったのだ。まして目の前の男は河童のにとりと意気投合しているように見えるし、たったの一人。その上この白銀の雪山で黒ずくめの格好をしているから目立つのだ。彼がそうだとは思えなかった。
「ここでどうしたんですか? 皆いつもは地底には近づかないのに」
「怪しいやつが山に侵入するかもしれないから、ここを守るように仰せつかったまで。河童、お前の隣の男はこの上なく怪しい。何者だ?」
にとりはすっかりこの男に気を許していたので、天狗の物言いに噴出しそうになった。
「この人達は外から来た方々です。博麗の巫女がこの先の地霊殿か守矢神社にいるかもしれないと聞いて伺ったそうですよ」
「私は巫女に用があるのです。通していただけませんでしょうか?」
「だめだ! ここは何人も通すなとの達しだ。巫女に会わせる訳にはいかない。立ち去ってもらおう」
見張りたちは二人の前に立ちはだかり地底への入り口をその身をもって塞いだ。
「そんなぁ、この人たちはわざわざこんなとこまで……。あれ? 他の人は???」
にとりは振り返って男達を指し示そうとして気がついた。見張りたちは最初のにとりの紹介が複数であることに気がつけばよかった。見張りがついていることと彼の言葉で、霊夢が地霊殿にいることを暴露してしまったことに気がつくべきであった。
椛のときと同様に、5名の見張り達は音も無くその場に崩れ落ちる。正確には全員同時ではなく、ばたばたばたといった感じなのだが、体中に穴を開けられた彼らは2,3秒もかからず全滅した。
「えっ。えっ。えっ?」
状況がよく分かっていないのはにとりである。目の前で今まで話していた者達が死んだことに理解が追いつかない。
「さて、にとりさん。博麗の巫女が地霊殿にいることは分かりました。あなたのおかげです。有難うございます。もう一つのお願いでしたが、これから私達と一緒に守矢神社まで行ってくれませんか? 先ほどの道中のお話ですと、この山のトップが居られるようですのでお話がしたいのです」
そう男が話すと、複数の方向から先ほどの5名が現れた。見張りがにとり達に気を取られている間に迂回して潜んでいたのだろう。だれも笑みを浮かべてはいなかった。笑みを浮かべていたのはにとりの隣の男だけ。最初に会った時や話をしている時の笑みと同一のものだった。
にとりは言葉も無くイヤイヤと首を横に振る。少し涙目になっている。
「困りましたね。先ほど会った白い犬のような少女や、鳥のような少女と同じ目にあなたをあわせたくは無いのですが」
「!!!椛と文ちゃんに何をしたの!」
にとりは彼の言った特徴に合致する2人に心当たりがあった。2人同時にイメージされたからこそ少ない情報で特定できたのかもしれない。そしてそれは合っているのだが……。
「……お2人は我々の仲間が拘束しています。ですが2人とも我々の意に従ってはいただけないようなので始末しようかと思っていたところです。あなたが協力していただけるのでしたら2人は開放いたしますよ」
「協力できないといったら?」
「この山に我々に協力して頂ける方はいないと判断いたします。あなたと拘束中の2人には死んでいただいて、今後道中出会う妖怪にはここで横になっている者達のようになってもらいます」
そう男は淡々と言って、周囲の天狗と河童の死体を手で指し示した。
「守矢神社まで送ったら、ほんとに2人を助けてくれる?」
涙目を通り過ぎてもう泣き顔だった。ぐずぐず顔のにとりは自分のことと友人のことしか考えられない。冷静に考えれば色々と気づくことが出来たかもしれないが、それはそれで辛いことかもしれない。
「出来ればその後の話し合いで我々のことを口添えしてください。交渉が上手くいかなかったり私達が命を落とすようなことになれば、私達の仲間には拘束している2人が不要になってしまいますので」
そういった男はやはり笑顔で、この場で6人のうち3人が守矢神社に、3人が地霊殿に向かうことに決めた。山頂に向かう3人の黒ずくめの男達にはにとりと話していた男も含まれ、4人は山頂を目指した。
午後4時
守矢神社には山の妖怪の代表者と命蓮寺の僧と従者達が集っていた。当然その場には守矢神社の3柱の神達もいる。
「……と言うわけで私達は皆さんのお手伝いが出来ないものかと伺ったしだいです。私とこの子達に出来ることがあれば何なりとお申し付けください。人妖が平和に共存するこの幻想郷こそ我らが理想。ここを守るためには力を惜しみません」
命蓮寺の代表者であり、大魔法使い(僧侶系と魔法使い系の両方の呪文が使えるが賢者とは名乗りたくない人のこと。月やスキマの人と被るためだと思われる)でもある聖白蓮はここに来た経緯を説明したあとでそのように締めくくった。
「私達はその異変とやらが実際に起きているか確認してはいないんだ。今は天狗や河童達が協力して情報の収集に当たっているところさ。だからあんたの申し出は有難いけど、今あんたら数人が天狗たちに加わったって混乱するだけさ。ま、なんか起きるまでおとなしくしていてくれないか? 私達もそのつもりだから」
神奈子は白蓮の熱意に押されながらも、今は適当にあしらうのが良策と判断した。有難く彼女達を仲間に迎え入れても、それは山の妖怪の力を信用して無いととられかねない。追い返したら追い返したで心が狭いとか、何か企んでるとか言われてしまいそうで嫌だ。いずれにせよ白蓮に言ったように自分達も動けないのだ。相手から出向いてくれればそれに越したことはないのだが。
「我々はそれでも構わないのですが、私を慕ってついて来てくれた子達の中には探し物が得意な子や、姿を変えられる子もいます。お役に立てるのではないでしょうか」
「我々の仲間全員にあなた方の事を伝えねば、あなたのお仲間とやらを攻撃してしまうかもしれませんぞ」
天狗の幹部がそのように発言したことで、結局は白蓮たちは神社で待機させてもらうことになった。
「そういえば、まだ哨戒の天狗や見回りに飛び回っている烏天狗たちからの報告は来ていないの? 本当に何かが山に来ているわけ?」
話し合いを神奈子に任せて沈黙していた諏訪子は、ここでふと疑問を口にした。
「侵入者を発見した、侵入者と交戦した、あるいは誰かが不審な死に方をしていた。と、いったような報告はきていません」
「じゃあ、やっぱり巫女の勘が外れてたんじゃ」
諏訪子の言葉を遮るように天狗は答えた。
「しかし、ある持ち場で哨戒についていた者が行方不明です。その者は博麗神社の方角を主に監視しており、博麗の者との交戦経験もある実力者です。我々が監視を強化したときにその者にも伝令しようとしましたが、誰も見たものは無く死体もどこにもありません。それともう一つ。あなた方の巫女と一緒に博麗から話を聞いた烏天狗、射命丸文も同様に行方不明です。我々に巫女の話を伝えた後で消息を絶っています。彼女の場合、方々を飛び回っている可能性も否定できませんが」
「おいおい、滅茶苦茶大事なことじゃないか。何で今まで言わなかったんだい。見つかってないって言うけど探したんだろうね?」
神奈子の言葉には状況に対する苛立ちか、責めるような響きがあった。
「確たる事実ではないことを報告するわけにはいきません。別の哨戒天狗に彼女の持ち場と監視範囲をざっと調べさせませたが、戦闘の跡や死体、血や武器などは発見に至りませんでした」
「戦闘にならないくらいあっさり負けたのかもよ。血も死体も残さず食われたのかもしれないね♪」
それまで白蓮の背後で話を聞いていたナズーリンが発言する。他所者の下っ端による無神経な発言に周囲の空気が重くなる。
「部下が失礼を。話に参加させていただきたいのですが、我々も山に来るときに思ったことは外の積雪はかなりのものだということです。今も雪は降っているし、足跡などの痕跡も四半刻もすれば消えてしまうのではないかと思います。仮にその方が敵にやられて命を落とされたとして、その方の体と武器が雪の下に埋まったとしたらどうでしょうか。近づいてみれば分かるかもしれないですが、遠目には雪は光を反射してただ白く映るだけだと思います。血や死体がその上にあれば確かに目立ちますが、その下にあれば全く見えなくなるのではないですか?」
白蓮の部下でナズーリンの上司、寅丸星は部下をフォローしつつ場の空気を変えようと発言する。だがそれはそれで背筋の凍る話だ。巫女の言う敵は発見されると目撃者を音も跡も無く殺して埋めると言うのだ。そいつはもうすでに山に侵入しているだろうし、まだ誰からも発見の報告は届いていない。それは実際に誰も敵と遭遇していないのか、報告に来ることが出来なくなったのか……。
結果的に場の温度はさらに下がったようだった。
「それを確かめる術は広範囲にわたって積雪を掘り返してみるより他に無い。それには十分な人手がいる。見張りや見回りに出している者を使うしかないが、それが事実だとすればそれほど危険な相手がもう山に侵入していることになる。今から死体を見つけたところで、その危険が確信できると言うだけだ。それなら同じ人手で直接探すのと何が違うというのだ? それに山の外縁部に人員を回せば、それだけこちらの監視網と守りが薄くなるぞ」
完全に論破されてしまった星は、しゅんとなってしまった。しかし彼女の仮定は間違っていないし、神々と自分の主に十分な危険性を示したことは大きい。
そこに報告が入る。
「申し上げます! こちらの神社に徒歩で近づいてくる集団があります。人数は4人で、内1人は河童です。他の3人は黒ずくめの格好をした不審な連中です。真っ直ぐ神社への道を登ってきています」
見張りの天狗が飛び込んできたことで、神社の中で停滞していた時間が動き出した。
紫は地霊殿に来ていた。地上の妖怪はすべからくあまり来たくない所ではあるのだが、ことここに至って霊夢と話さない訳にはいかずに赴いたのだ。霊夢の陰陽玉越しに来たことがあるので、スキマを使って一瞬で来れたのだが。
霊夢が匿われている地霊殿のホールは十分な広さがあり、霊夢は入り口から奥に行ったところに鎮座している。彼女は如何なる攻撃も防ぐだろう強力な防御結界を張っていた。今は主のさとりがペットを呼んだり、地獄の妖怪に協力を仰ぎに行っているところで誰もいない。建物を壊されたくないとかで、侵入者は地霊殿の前で迎え撃つ事になっているが、やられてしまったときはこのホールで決戦ということになる。
「こんにちは霊夢。遅くなったかしら」
「あんたのことだから今まで寝てたわけではないんでしょ。そっちの方はどうなの?」
「萃香が敵を確認したわ。外界から来た人間で、少なくとも38人。外の世界の武器を持ち込んでいるみたいで、天狗が一匹殺られてたそうよ。こちらに向かっているのはとりあえず29人みたい」
自身を守る強力な結界を張った霊夢はその中で溜息を吐いた。
「こっちの方は?」
「山の妖怪と守矢神社は協力体制に入ったわ。あなたの根回しもあるけど、実際に仲間に被害が出たことに彼らもそろそろ気づくでしょうから、本気になってくれるでしょうね」
「他の連中はどうしたの」
「命蓮寺は助っ人に来てくれるそうよ。他はまだ動かないわ。こういうことは私から言ってもこれ以上の効果は無いから、自分達で情報収集してから来るでしょうね。いずれにせよ戦争が起こるのは間違いないのだから、それから駆けつけることになるでしょうね」
話している内容とは程遠い呑気な台詞だった。霊夢も予測していたことなのに少し呆れてしまった。
「萃香は?」
「博麗神社に残ってた9人と戦いに行ったわ。倒したらこっちに来るって言ってたけど、まだみたいね………」
「そう………」
「あんたはどうすんの?」
「はっきり言うけど、私も逃げ回ることにしたわ。あなたの博麗大結界と私の幻と実体の境界のどちらか一つでも無くなったらいけないでしょう。あなたと同じで守りに徹することにするの。それまでは連絡役といったところかしら」
「あんたが簡単にやられるたまには見えないけどね」
「それはそれ、これはこれ。外界との接続点が消えたのは分かっているでしょう。幻想郷の維持ができたとしても、今後は外から物が流れ着くことはなくなるわ。私の能力で食料となる人間を攫ってきたとしても、幻想郷の発展は無くなる。養える妖怪の数も減るわ。今まで定期的に外から人や物や妖怪や神とかが入ってきたからこそ、幻想郷は流動して来れた。これから本格的な停滞が始まるわ」
最初は霊夢も紫も以前の状態を復元することを考えいたが、敵が外の人間であり、彼らが境界を破壊したと言うことが確定したのなら話は別だ。彼らにとって幻想郷が不要の存在になったのだ。今後何とか元に戻せたとしても又同じことをされるだろう。
「戦う前から勝った後のことを考えているなんてさすがね。それも私かあなたが死んだら無くなっちゃうんでしょ。まあ、だから私が自分の身を守るように紫も自分の身を守るわけね」
「あなたの命は私が絶対に守るわ霊夢」
「……ありがと」
午後5時
3人の男と河童のにとりは守矢神社まで来た。前には3柱の神と最近できたお寺の妖怪達、後ろも横も周りはにとりの仲間たちが包囲している。彼らが来てからあっという間に囲まれたのだが、双方の誰一人として言葉を発することは無かった。
にとりは何か言わなければと思いつつも言葉が出てこない。
「こんにちは。いえ、この時間はこんばんはと言うべきなのでしょうか? はじめまして、私はオーエンという者です」
「何の用だ」
代表は神奈子らしい。彼女が男の会話に応じる。
「博麗の巫女様に会いに来ました」
この守矢神社に彼女がいないのは分かっている。彼の言う会いに来たはただのブラフか、あるいはこの幻想郷にと言う意味だろうか。
「生憎とここには居ないよ」
神奈子と早苗は彼らの装備が外の世界の物であり、彼らが軍人と呼ばれる兵士ではないかとすぐさま気づけた。早苗はそれ程詳しくは無いにしても、数々の映画やドラマ、ニュースなどで見たことのある、特殊部隊の人間だと判断できた。神奈子はここ最近の戦争に呼ばれたことは無いけど、戦神であるからその辺はわかる。彼らが持っているのは銃と呼ばれる武器であり、それらが殺傷力の高い弾を放つことは知っている。ここにいる者は誰一人、それを受けたことは無いのだが。
「それは存じています。我々の仲間が博麗の巫女がいると思われるところに向かっております。私達は彼らが無事に巫女の下に辿り着けるように援助したいのです」
「“それ”が用か? つまり邪魔をするであろう我々の足止めに来たと言うわけだな。その河童は人質か?」
神奈子達は男達の隣にいるにとりを向いた。渦中のにとりは涙顔でどうしたらいいかわからなくなっている。これだけ大勢で囲んでいれば、万が一にも神奈子達が負けることはありはしないだろう。しかしそれでは椛と文が、あるいは自分も、殺されてしまうかもしれない。神奈子達にこのことを伝えるべきだろうか? 彼らの交渉とやらが上手くいけば、自分達は助かるかもしれないのだ。
「神奈子様、皆聞いてください! 私だけじゃなくて、椛と文ちゃんも捕まってるの。言うことを聞かないと二人とも殺されちゃう!」
「……行方不明の天狗二名の名前です」
天狗の幹部の男は神奈子達に聞こえる小さな声で付け加えた。
「つまり人質は3人ってわけだ。お前達3人と釣り合いが取れてるってところかい。だが残念だけどあんたらをここから生かして返すわけにはいかないね。神は人の脅しに屈することはないし、お前達の言うとおりに動くつもりも無い。私らはお前達を滅して、お前達の仲間とやらも皆滅ぼすぞ。話があると言うのならその者達を開放してからだ。無論、博麗の巫女を傷つけると言うのなら話にもならないがな」
ここにきてにとりは思い違いをしていたことに気がついた。彼らはすでに洞穴を見張る者達を屠っている。神奈子の言う話とは、自分や椛と文、その他幻想郷の者達を誰一人傷つけていないのならばする余地があるというもの。事実、彼らは見張りの天狗と河童を殺しているのだ。神奈子達は今は知らないようだが、知れば激昂するに違いない。彼らに味方しても自分達が助かる目が消えたように思えた。
「この人たちは6人いました! 半分の3人は地霊殿に向かっています! 見張りについてた天狗たちはこr―――」
ダァ―――――ン
にとりの後ろに待機していた男は素早く銃を構えて彼女の頭部を撃ちぬいた。その一瞬前には神奈子と会話していた男が右手を小さくあげていた。
にとりが死亡したこの瞬間に戦いは始まった。3柱の神々は目前の敵に弾幕と物理攻撃を浴びせる為に構え、20余名の山の妖怪達は怒りも露に弾幕を展開する用意をし、命蓮寺の6名(と雲山で7名?)の妖怪達は彼らを援護できる準備を整える。傍目にはおよそ30名の人外対3名の人間の戦いが始まるものと思われた。
にとりを射殺した男はそのままの体勢で狙いを神奈子に向け、素早く単射で2発撃った。二人の男はすぐさま飛びのいて神社の燈篭を遮蔽物にして隠れ、銃を構えて狙いを定める。それと同時に周囲を囲う天狗や河童達に多方向から銃撃が浴びせられる。それらには音の無いものと、発射音を伴うものの両方があったが、これらはにとりが撃たれてから2秒と経たない間に起きたことであり、山の勢力は反撃の態勢を整え切れていない。
「ぐっっっ――――」
神奈子は続けざまに胴に2発の銃弾を受け仰け反った。神である神奈子にとって厳密な死とは信仰不足による消滅のみであり、肉体的ダメージはすなわち自らの力の一部を削がれることに等しい。つまり死にはしないが、銃弾によって抉られた肉体を持てる力で修復するために神力の一部と時間を消費するのだ。
「早苗っ!」
神奈子が撃たれると同時に諏訪子は早苗を庇う様に彼女の前に飛び出した。現人神は直接の信仰がなくても存在の維持は可能だが、その体は魔法使いや力ある巫女、あるいは人に近しい妖怪と同等のものである。死なない諏訪子は早苗の壁になるべく飛び出したのだ。
反撃が開始される前に3柱の神々は動きを封じられ、20余名の妖怪達の内4名が致命傷を受けて崩れ落ちる。残りの者は慌てて目の前の3人の敵に殺す弾幕を放つ。それがいけなかった。包囲している者達は天狗と河童が半分ずつ位であるが、彼らの内数名は滞空していないのだ。包囲した人間と同じ高さにいる者達が、彼らを囲うように広範囲の弾幕を展開する。即ち、向かい合いになっている味方との相打ちを考えていなかった。
3人の人間は妖怪の妖力によって作られた弾の一部が当たる。にとりを撃ち、神奈子を撃った者はその中心で直立していたため多量の弾幕を浴びた。しかし、多くの弾が目標に当たらずにその先まで飛んでいった。滞空している者は下方に向けて放ち、また上方に飛んでくる弾も無いので、最初に撃ち落された者以外は無傷だ。だが地上にいた者は仲間が放った弾を浴びることになってしまった。
「あそこだ! あいつら白い服を着てるぞ! 他にもいる!」
ナズーリンが銃の発射音を聞き分けて、その内の1箇所をダウジングロッドで指し示す。そこにはよく目を凝らさねば見えないが、たしかに白い格好をした人間が雪の中にいる。数名の天狗達が殺られたのは彼らによるものだった。この時も彼らの攻撃は、仲間を包囲している妖怪達に向かって放たれ、次々と撃ち落されていった。
「ナズはペンデュラムで皆のガードを、村紗と一輪はナズの指し示した場所にアンカーとパンチを打ち込むんだ! 聖は私と一緒に周囲の敵が潜んでいそうな所にレーザーを浴びせて威嚇しましょう。ぬえは姿を隠して敵を見つけて攻撃してくれ」
星はすぐさま自らの成すべき事を見出し、部下と同胞と主にさえも指令を下す。彼女の指令は的確で、実際に命蓮寺の総務を任されている彼女の言葉に皆は従った。
「げんこつスマッシュ!」
「撃沈アンカー!」
一輪と村紗のスペルカードを利用した直接攻撃が発動する。狙われた男は迫り来る雲山の拳に銃撃を受け止められ、視界を塞がれたところに呪力で作られたアンカーを打ち込まれる。数多の船舶を沈めてきたその塊に押しつぶされて男の半身は両断された。
「ペンデュラムガード」
狙撃手と神社の中央で生き残っている2人の兵士からの銃撃をナズーリンの展開する菱で囲い、神達と仲間達の両方を同時に守護する。頂点が正面に向けられた菱形は、ライフルによる銃弾をその侵入角により外にはじき出すように作用した。ナズーリン達が意識したわけではないだろうが、実に効率のいい防御だった。これを撃ちぬくにはAPFSDS(装弾筒付翼安定徹甲弾)のような進入角度によらない戦車砲弾が必要だろう。
星の言葉は激昂した天狗達には届いていないのか、彼らは潜伏した伏兵に攻撃されその数を減らしていく。しかし3柱の神々には届いていたようで、体勢を立て直した神奈子は上空に飛び上がった。
「風神様の神徳」
風を司る神たる神奈子は上空から周囲を見渡し、風の流れを神社の周囲の広範囲にわたって巻き起こした。神力を込めた風は雪の大地に吹き荒れ、巻き上げられた雪はそこにある静物、即ち枯れ木や潜伏していた人の形に堆積する。視界を塞がれて攻撃を封じられた上に、雪が体に絡まって身動きがとれなくなり場所が特定される。そのようにして神奈子が発見したのは1人数を減らした5人の兵士だった。
ひゅばっーーー
「ゲボォッ 」
風神の力によって地上はドーナッツ状範囲に吹雪を巻き起こされたが、神奈子自身は上空で静止していた。雪は降っていたが視界が悪いわけではない。
神奈子は先ほど修復したばかりの腹部に大きな穴を開けて墜落してゆく。死にはしないが、ただでさえ力を使った後だから回復は遅いだろう。
彼女を撃ったのはそこから直線距離にして1500m離れた山すその沼地に潜んでいた者達だ。彼らの攻撃は雪の中で超長距離から正確に目標の胴体を貫いた。山の神社という高地に対して低地からの狙撃であり、射角の関係上10m以上飛び上がっている者しか狙えないが、ある意味で最高のタイミングで狙撃が成功したといえる。
タァァァーーーーーン
3秒遅れてから遠くから音が届く。雪と距離の影響もあり、それは神社の者達には掠れてしまうような小さい音だった。何より天狗と神々はそれどころではないし、寺の者達もそれ程の長距離は想定していない。というより、幻想郷の戦闘で超長距離精密攻撃などを想定している者はいまい。
「全員高く飛んではいけません。私たちは地に足をつけた状態で、神奈子さんが見つけてくれた人たちを一人ずつやっつけましょう」
それでも激昂する天狗たちと呆然とする神々を導いたのは、この状況でも冷静な白蓮だった。彼女の仲間達はそれに従い、我に返った諏訪子と早苗もそれを援護する。
同時に雪に埋もれていた5人の伏兵も戦闘に復帰する。天狗の怒りの矛先を向けられた神社中央の3人の兵士は、すでに蜂の巣になり命を落としていた。
それからの戦いは比較的一方的だった。ペンデュラムでガードしつつ主の言うとおりに各個撃破を行ってゆく。星と白蓮を含めた5人で1人ずつに集中して弾幕とレーザーを浴びせかける。諏訪子は鉄の輪を投げつけ、早苗は神奈子ほどではないが神の風を起こして攻撃されている者以外の視界を封じた。ぬえは姿を隠しつつ敵に接近して味方が攻撃されないように援護した。
だが最後に残った敵の1人は素早く行動した。自分以外の仲間がやられる中、神社中央の3人の死亡を確信したとき彼は動いた。消音のライフルを用いて天狗を狙撃していた彼は、ライフル弾が巨大な菱形に阻まれるようになったことで状況が変化したことを認識していた。自分達の全滅は織り込み済みだったのだが、冷静に反撃に転じた敵の1隊はほぼ無傷でこちらの勢力を屠っているのだ。自分の最後の仕事として彼らにダメージを与えなければならなかった。
男は武器を放棄して雪上を走り出し、腰に下げていた円筒を2つ取り外した。敵が自分以外の味方を滅ぼしてこちらに狙いを定めたとき、彼は円筒の安全装置をはずしていて彼女達に向かってそれを投擲する。それは3柱の神と彼女達を守るように前に出ていたナズーリン、そして一輪の攻撃を代行している雲山らのいるすぐ近くに落下した。円筒を投げた男はその背後に素早く回りこんだぬえにより、その羽のかぎで串刺しにされて絶命した。
地を少し転がった円筒は、内部の固体が化学反応を起こして気化、噴出孔が開かれ高圧のガスが噴出して一瞬で周囲を満たした。そのガスは爆燃性のある気体であり、円筒の装置が予定された時間差でそれらに点火した。半径にしておよそ数メートルの空間に、あっという間に満ちた気体が一斉に燃焼した。
それはサーモバリック(熱圧力)爆薬と呼ばれる爆弾であり、筒の内部には気体爆薬の材料となる物質が入っているだけで、使用時に合成してから点火・爆発させるというものであった。それはごく小さな体積と重量から巨大な気体爆弾を作り出すという兵器だった。
その気体が満ちた空間内にいた者は全方位からの爆風を長い時間浴びるという体験をし、それより外にいた者は避けようも無い広範囲の衝撃波を全身に叩きつけられた。
結果として、守矢神社を襲撃した兵士はにとりを連れてきた3人と、雪上迷彩を着込んで潜伏していた6人の9人全員が死亡。超長距離から狙撃してきた者は依然として存在し、迂闊には動けない状況だ。しかし、それ以前に幻想郷防衛勢力側は甚大な被害を被った。
河城にとりが死亡の他、天狗と河童の戦闘部隊23名のうち14名死亡6名重傷、残りの3名も爆風で鼓膜がやられていて、戦力としては完全に消滅している。
八坂神奈子は重傷を負った後に爆風に巻き込まれて満身創痍で、体の修復には数日かかるだろう。洩矢諏訪子は爆発の寸前に早苗を突き飛ばして爆風から遠ざけることに成功したが、当の早苗は爆圧と衝撃波からは逃れられず、体表面に目立った外傷は無いものの急性無気肺と一酸化炭素中毒を起こした事による窒息で死亡していた。幸か不幸か諏訪子も神奈子と同様に体中がずたずたに引き裂かれてまともに動けるような状態ではなく、2柱とも早苗の死をしばらく認識できはしないだろう。
ナズーリンは1次元の攻撃を完璧に防いでいたペンデュラムが3次元の攻撃に対して全く意味を成さず、周囲の空気が燃え上がった中心近くにいたため、熱と圧力で体はバラバラになって黒焦げの四肢が周囲に転がっていた。雲山はガスの一部が自分と混ざり合い、それが爆燃を起こしたことで存在が霧散し消滅した。
雲居一輪、寅丸星、村紗水蜜、聖白蓮の4名は爆心から離れていたため、爆風と衝撃波を浴びることになった。ただ彼女達の内3人は妖怪であり、早苗のようにそれだけで死亡する事は無く命は繋ぎ止められた。白蓮は身体を強化していたのと星が目の前に立っていたおかげで、吹き飛ばされて境内を転がっただけですんだ。3人の妖怪はやはり外傷は多くないが、内臓の一部が破裂したり肺が萎縮していて呼吸が困難になっていた。鼓膜が破れていて白蓮が駆け寄った時の声が聞こえていないようである。
最後の男に止めをさしたぬえは無事で白蓮は軽症だったが、それ以外の者は全滅したと言える状況だった。
以上がにとりが撃たれて戦闘が開始されてから、およそ4分の間に起こった出来事である。
死んだ男達は彼らに与えられた目標を完璧に達成した。
紫は山の戦闘をスキマ越しに観察していた。幻想郷の2勢力が壊滅するさまを、まさに高みの見物を決め込んでいたと言うわけだ。
「…………」
彼女は無言でスキマを開き、自分の成すべき事を成すために移動する。
2人の男は一世一代の大仕事をたった一撃で決めた。2人は山での戦闘が開始されると同時にロラゼパムとメタンフェタミンと言う薬物を服用した。後者の薬の効果で異常なまでの集中力を発揮し、山の神社の上空にいる天狗までの距離と仰角を観測手が割り出した。頭脳が素早く回転し、降雪と風と重力と角度と距離の全ての要素を含めた弾道計算を行った。観測手は目標に対する着弾補正を狙撃手に伝え、狙撃手は .416と呼ばれる口径の実包が薬室に入っている銃の安全装置を外した。それは霧雨魔理沙の体を分断した銃であり、萃香の頭部と心臓を射抜いた銃と同じ種類の物だった。
ロラゼパムの効果で全身の筋肉は弛緩し、大地に固定された対物ライフルは全く動かずに山頂を見上げていた。天狗たちにも狙いは定まり彼らを撃つことができたが、彼はそれをしなかった。天狗たちは周囲に潜伏している者の攻撃を受けて徐々に数を減らしていたからだ。
その時1人の敵が高く飛び上がり、周囲に風を巻き起こしているのが観測できた。あの様子では仲間達は攻撃を封じられていることだろう。
狙撃手はゆっくりとその者に狙いを移し、氷のような心で引き金を絞った。シアー(引き金を引くときに動く部品。中のばねが重ければ暴発事故がおきにくく、軽ければ引ききるまでに余計な筋力を使わないので銃が動かない)が極限まで軽くカスタムされているそれは殆ど抵抗も無く作動し、大きな反動と共に弾丸を吐き出した。初速1000m/s、13000Jのエネルギーを持った弾丸は、その重量から雪と風の影響を最小限に抑えて目標まで2秒間ほど飛行した。
目標が落下していくことで命中は確認され、その後は2人の出番は無かった。神社の場所で爆炎が上がったことにより、仲間の全滅とあの場所での戦闘の終結を2人は理解した。
彼らは薬物で異常なまでの集中力を得ていたのだが、それを1人は狙撃に費やしてもう1人は周辺警戒に費やしていた。だが自分達の直上に音も無く開いた空間の断裂に2人は気がつかなかった。
紫は神奈子が狙撃された事と、萃香より聞いていた別働2名の存在を即座に結びつけた。9人の兵士に山の勢力が相打ちにまで持ち込まれた事は彼女にとっても予想外だったが、彼女はこの2人の危険性が最も高いと判断する。彼らを放置して潜伏でもされたならば、山に向かう増援勢力が今後現れても撃ち落されてしまうとの考えであり、実際に彼らの任務はそのようなものだった。
音の方向からおおよその位置を割り出し、上空からスキマを少しずつ近づけた。発見されても攻撃を受けない安全策であり、そうして直上まで移動して彼らを捉え、正確な座標を入手した紫は周囲に多数のスキマを展開する。
男達は自分達の周辺に紫色をバックにした、多数の目を描いたような絵の様な物が突如出現したことに驚愕したが、すぐさま腰につけていたPDWを抜きそれらに向かって連射を加える。だが、効果は無かった。紫はスキマから弾幕を出現させ、全方位から彼らを滅多打ちにした。
弾幕ごっこではない攻撃を30秒ほど続けた後、2人が細切れの肉片に成り果てていることを確認してから紫はその場を後にした。
腕の立つスナイパーを仕留める方法は二つしかない。一つはより腕の立つスナイパーによるカウンタースナイプ。もう一つは潜伏しているであろう広範囲にわたる空爆を行うことだ。
紫は彼らを“空爆”して仕留めた。
(彼らは僅か11人で神を含めた30の人妖を殺傷した。果たして地底は18人の侵攻を受けても耐えられるだろうか)
紫は僅かに思案して、再度博麗神社へのスキマを開いた。
彼女は友人が帰らないことを理性の部分で理解していたし、それが彼女の望みがもたらした結果であることは知っている。だが、それを受け入れることができるかどうかは別の問題だ。
午後6時
洞穴から地底に降りていく途中、旧地獄の一丁目と橋が見えてくる前の場所には、土蜘蛛の黒谷ヤマメとつるべ落としの怪キスメがいた。2人は昼ごろにやってきた霊夢と、
「侵入してくるやつがいたら全力で攻撃しなさい」
「じゃあ、あんたを全力で攻撃しなきゃ」
「あたしは忙しいのよ。わかったわね?」
「……行っちゃった」
と、いったような会話をした。ヤマメもキスメもここいらで遊んでいるだけだったのだが、数時間前に旧地獄から使いの妖怪が来て、霊夢と同様のことを言っていったので朧げながら状況を理解する。なんでも危険な奴が地獄に攻めて来るらしい。2人は不安もあったが少しだけ楽しみに感じている。本気で戦えのくだりはよく分かっていなかった。
歩きより早く、かつ走ってはいないような音が聞こえてくる。音が反響して聞こえるため、2人は経験から侵入者が地上から200m程入った、自分達の場所から300m程の所に来たと判断した。
洞窟内は日の光が入らなかったが、各所に光を発する苔や茸などがあるせいか先が見える程度の明るさはある。普段から暗いところで暮らしている2人は慣れていたのでよく見えていたのだ。直線が見通せる100m程先に侵入者が出てくれば2人は攻撃できる。問答無用でやっていいと言われていた2人は、楽しそうに弾幕をはる構えをした。
この距離ならば、闇に慣れていない者が飛び出してきたら自分達への反応が遅れるだろう。キスメなどはもとより相手の前に飛び出して弾幕をばら撒き、それで相手が驚いた顔を見るのが楽しみなのだから。
そして彼女達が予想した通りのタイミングで先頭の者が視界に入る。向こうもこちらに気がついたようだが、その前にキスメとヤマメの通常弾幕が浴びせかけられた。
「Ambush!」
男は後続の者に伝えるためか大きな声で叫んだ。同時にすぐ脇の壁に張り付いて回避しようとする。しかしキスメもヤマメも放ったのは全方位弾だった。
男は腰を低く落として右手で銃を突き出しながら左手で顔を覆う。2人の弾幕は彼の左手の甲や胸、脚に命中していく。―――そしてそれは、とても痛かった。一撃一撃が格闘家のパンチのようだ。通常の弾幕ごっこよりは強力な攻撃であり、普通の人間が喰らえば相当痛い目にあうか、当たり所が悪ければ死んでしまうような攻撃だ。屈強な男とはいえ、特殊繊維の衣服を着ていなければ悶絶していただろう。顔を防いだ左手は露出していたため痺れてしまい、一時的と思われるが機能不全に陥った。
隠れることも回避することも、そして耐え続けることも難しいと判断した彼は反撃にでる。顔の覆いを解くことも両手で支えることもできないが、片手でPDWを前方に構えて単射で3回引き金を引いたのだ。
ブッ、ブッ、ブッ
バキッ、チューン、ビシュッ
「キャッ!?」
詰まったような音がして弾丸が発射される。一発はキスメの桶の側面に当たって穴を開けたがキスメ自身にケガはない。狙いのつけられていない弾は大きく逸れて地面と遠く背後の壁を削る。
「大丈夫、キスメ? んにゃろ〜、よくもキスメを〜」
2人は僅かに攻撃を中断した。それはスペカ宣言程の僅かな時間、通常弾からの切り替えの時間。基本この時間は体力が減少しない無敵時間だが、それは弾幕ごっこのお話。攻撃を受けていた男は片手で素早く銃を構え直し、弾幕の死角に隠れていた仲間たちはバトルライフルを持って飛び出した。
後ろから素早く飛び出した2人と先頭の男は、たちまちにヤマメたちに弾丸を浴びせかける。キスメの桶は穴だらけになって砕け散り、キスメもヤマメも体中を破壊されて倒れ伏した。キスメの白装束が朱に染まり、ヤマメの茶色の服は血の色を隠した。
先頭の男は左手が痛みで動かしにくくなったので薬を飲んでから侵攻を再開した。
鈴仙はてゐと一緒に博麗神社を目指していた。女狐に知らされた今回の異変に関して、永遠亭の立ち位置を決定するための情報収集だ。彼女達は霊夢が地底にいて神社に居ないことや、その神社には敵勢力の一部が残っていることも知らなかった。
永遠亭の実質的な責任者である永琳があまり乗り気ではないので、少なくともてゐも同様にやる気が無かった。鈴仙は異変が戦に関係しているということもあり、師匠達に恩を返せるというプラスと戦いに対するマイナスのメンタリティが内在していた。そんなわけか、2人とも飛んでいけるのに歩いて移動している。鈴仙は薬売りの営業周りが板についていたせいかもしれない。
辺りは薄暗くなっていたが、2人は竹林を抜けて博麗神社まで10分ほどのところに来ていた。
「幻想郷が外界と離れてもウチラは困んないジャン。妖怪兎もあたしもレイセンも人間は食べないんだし。それより他の妖怪達がお腹へって弱ったら、永琳と姫の力で幻想郷を支配できるよ」
てゐはずっとこんな調子だ。さっきも、“どうせ侵入者がいるんなら、竹林にいっぱい罠を仕掛けておこうよ。攻めてきてもきっと撃退できるよ♪”と言っていた。
「そんなの師匠も姫も望んでないわよ。2人とも支配なんてめんどくさいとか言いそうだし、人里の人間が食べ尽くされて全滅したら、薬を買ってもらうことも食べ物や道具を買うこともできなくなっちゃうわよ。それとも私たち兎だけで農業から工業まで全部やるの?」
「それはそれでめんどいウサ〜」
てゐはさもつまらなそうに地面の石を蹴り上げる。もうかれこれ1kmくらいは同じ石を蹴っている。学校帰りにやるアレである。
「わかってるなら言わないでよ。ま」
まったくもう。と、言いかけた。
石は高く遠く、鈴仙の鼻先5m程先に落ちるかと思われた。しかしそうはならず鈴仙の顔の前方で石がはじける。
パシュッ
鈴仙の頬を何ものかが掠め、一筋の血が流れ出す。
「え?」
口では間抜けな声が流れたが、元軍人の鈴仙は自分達が狙撃されていることがすぐさま理解できた。音は前も今もしていない。狙撃に対処する方法は、ジグザグに逃げながら遮蔽物の陰に隠れるしかない。すぐに走り出した鈴仙はてゐの方を向いて、
「てゐ、すぐに物陰に隠れるのよ! できる限り動きながら!」
しかし、てゐは微動だにしない。鈴仙達は雪原地帯にいたのだが、神社に通じる道は林の中の林道だったので、来た道を戻るより前に進んだ方が遮蔽が多くなる。
鈴仙は素早くてゐの左腕を掴んで前に走り出し―――
てゐは眉間に穴が開き、そこから血と脳の一部と思われる灰色の液体が流れ出していた。鈴仙に引きずられたことで前に倒れようとしている。
鈴仙は何かを考えられる状況ではなかったが、全くの反射的に横っ飛びをした。自分が今いたところを銃弾が掠める。今度は同時に数発襲い掛かってきて、てゐの体が穴だらけになる。僅かに遅れて今度は複数の銃声が聞こえてきた。
鈴仙は本能の命ずるままに走り、遮蔽物の陰に飛び込んだ。今度は相手はほとんど連射してきていたが、運よく彼女に致命傷を与えたものは無かった。2発が手と足の筋肉を少し削いだが、妖怪兎の彼女ならたいした傷では無い。危険に対して思考よりも先に体が反応する鈴仙だから助かった。彼女はそうして、味方が殲滅されるような戦場からでも逃げ延びれたのだ。てゐが死んだことを慮っていたら、あっという間にてゐと同じ場所に逝けたであろうに。
「てゐッ! てゐッッ!! あああああああぁぁぁ……」
いまさらながら涙が出てくる。大木の裏に隠れた時から今まで、停止していた頭脳が急速に回転しだす。
鈴仙には解ったのだ。自分が助かった理由が。だが本当に鈴仙にとって、“何も知らずに死ぬ”ことよりも、“友人が自分を助けて死んだのに、自分自身は生き延びる”ことの方が幸運であるのかは分からなかった。
鈴仙の耳には軍靴の音が聞こえる。やつらは私を追って殺しに来る。今は死ねない、やつらに復讐するまでは。
鈴仙は遮蔽物の陰を上手く利用し、自分自身の波長を操作して姿を捉えにくくした上で一時その場を離れた。
実際は誰も追撃を加えようとはしていない。狙撃手が遮蔽物から出たところを狙えるように場所を少し移動したが、鈴仙の能力で狙いが定まらなかった。薄暗い夕闇の中、相応の装備を持たず目視狙撃に失敗したならば、追撃は危険が多すぎるとの判断だ。鈴仙が聞いたのは妄想の音か、あるいは過去のフラッシュバックか。
「「「…………」」」
そこには3妖精がいる。彼女達はそれぞれサニーミルク、ルナチャイルド、スターサファイアという名前があり、現在博麗神社裏の巨木に住み着いている。
彼女達はそれなりに平和に暮らしてきていたのだが、昼過ぎくらいにお茶を楽しんでいたところ散発的に乾いた音が聞こえてきた。弾幕ごっこの中にはあのような音を発するものがあるかもしれないが、3妖精には今まで聞いたことの無い音だった。いずれにせよ巻き込まれてはかなわないし、たびたび聞こえてきたのでルナの能力で遮断した。半刻ほどしてから解除したが、もう音は止んでいた。
少し前に、彼女たちの家にスキマ妖怪が訪ねてきた。それも彼女の能力を使って、いきなり内部に訪ねてきたのだ。失礼極まりない話だが3妖精がそれを指摘することは無い。3妖精はこの木に住むときに彼女と一度対峙しているのだ。彼女の話はこうだ。
“博麗神社は外から来た侵入者に占拠された。そいつらは鬼や神を倒してしまうくらい強い。でも、あなたたちの能力でやっつけられるかもしれないから、もしここに永遠亭や紅魔館の者が現れて彼らと戦うことにしたのなら、その者を助けてあげなさい”
その話をした後でスキマ妖怪は帰ってしまったが、今、昼に聞こえたような音がもう一度聞こえてきた。今度は数秒間聞こえただけで、以後は何も無かったが。
3妖精は皆無言で机を見つめている。彼女はこうも言っていた。
“これは私からあなた達に対するお願いであって命令じゃないの。彼らが強いのは確かだから、戦いに協力するかどうかはあなた達が決めなさい。傷つきたくないのなら、ここから外に出なければいい。あるいは彼らがあなた達を襲ってきても、あなた達の能力ならば逃げおおせることはできる。だけど覚えておいて。彼らを放っておくと幻想郷が滅びるかもしれないということを”
あれが“彼ら”とやらの戦いの音なんだろうか。3妖精は永遠亭の鈴仙と紅魔館の咲夜の2人には面識がある。2人には自分達の能力が通用しなかったし、先ほどのスキマ妖怪や鬼や神ほどではないが実力者だ。だが、鬼や神が適わない相手に自分達の能力が通用するのか、彼女達と協力したとして適う相手なのか分からなかった。
3妖精は仮に死んだとしてもただの一回休みなのだが、それでも死が怖くないはずが無い。
3妖精は無言で、誰も来ませんようにと祈ることにした。
午後7時
今は冬、この時間になれば外は闇に包まれている。夜こそ妖怪の時間。
吸血鬼レミリア・スカーレットは日常と替わらない一日を謳歌した。幻想郷の賢者を名乗る年増ババァに乗せられるのはごめんだ。あんな思いは二度としたくはない。九尾の狐の話など信用できるはずがないのだ、たとえ大切な友人である霊夢が危険であるなどと言われても。
それほどまでにレミリアの八雲に対する不信感は強かった。いっそ藍が伝えに来ない方が良かったんじゃないかというくらい。
しかし、それも少し前までの話。紅魔館のテラスからでも見える山の異変。山の神社がはじけたと思ったら、遅れて届く耳慣れない遠雷の様な音。あそこで何かが起きている。狐の言うことが正しければ、それは霊夢の身に関すること。
「咲夜、支度をなさい。妖怪の山に向かうわ」
「はい。お嬢様」
紅魔館の主レミリアは友人の魔女と門番に留守を任せ、従順なる従者十六夜咲夜を連れて山に向かう。
あそこで何か面白いことが起きている。私だけ仲間外れにしようとしてもそうはいかないのだ。
「咲夜、私は全速で山に向かう! 時を止めてでもついて来い!」
「はい。お嬢様」
2人は雪と闇の中、空を駆けてゆく。
ザッザッザッザッザッーーー
勇儀とパルスィ他旧地獄の妖怪達は、洞穴内に反響する大きな音を聞いて侵入者が入ってきたことは分かった。その後で足音も聞こえてきているので、キスメとヤマメは突破されたのだ。地上で起きた事を知るものはこの場にはいない。2人が死んでいるとは皆わざわざ考えたくも無いだろう。
勇儀は全員の前に出て待機する。そこに彼らはやってきた。手に何か持っていて、その物の先から光が出ている。彼らは橋の対岸、ところどころ突き出た岩陰に体の大部分を隠しながら光を放つそれを勇儀達に向けてきた。光の数は9つ。両者は対峙した。
「あんたらが幻想郷に来たっていう侵略者ってやつかい?」
言葉を発したのは勇儀だった。
「私達にはあなたたちに敵対する意思も、攻撃する理由もありません。ただ博麗の巫女に会いたいだけです。彼女に用件がある、それだけなのです」
「まず、名前を名乗ってほしいね」
「レオ・エザキです」
彼女はそう名乗った。
「ここに来る間に桶にはいった娘と、蜘蛛みたいな娘がいなかったかい? あんたらが会っていない筈はないよ」
「彼女達は我々にいきなり攻撃してきたので、やむなく反撃させてもらいました。ですが、彼女達は無事です。必要ならばここに連れて来ましょう」
勇儀は空を仰いだ。地底で空などというのはおかしな話だが、額の角が直上を向きゆっくりと目が閉じられた。
「そうか、2人は死んだのか。お前達の手によって。ならば私達にはお前達を攻撃する理由も、殺す理由もできた。さあ、勝負といこうか人間。忘却の彼方に置き去った鬼の恐怖を思い出させてやる」
勇儀は静かに怒りを発し、周りの妖怪はそれに応える。彼女がいかに訓練を受けたプロフェッショナルであれ、嘘に敏感な鬼には通じない。彼女の言った事が嘘であるならば、結論は一つしかない。
侵入者達も口先の小細工は通用しないことが分かれば早かった。彼らにとって、ここでの言葉は武器の意味しかない。通用しなければより強い武器で攻撃するだけだ。
戦端が開かれた。
バン、バン、バン、バン………
ガシャン、バキッ、ガァン、ドサッ………
彼らの位置を示す光のすぐ上から閃光が走る。そして勇儀達の背後が暗くなる。彼らの初撃は旧地獄の明かりを狙ったものだった。勇儀達が考えるよりずっと早い彼らの弾幕は、文字通り目にも留まらぬ速さで目標を次々に破壊していく。
だが、これはある意味で妖怪達に有利だ。彼らは地底暮らしが長いのだから、侵入者より闇には慣れているはずであり、彼らは自分の放つ光で場所を教えているようなものだ。
「グェッ」
バウンッ
弾の一つが妖怪達の中心に落ちたと思ったら、その弾は爆発して煙を噴き出した。立て続けに6発の同様の弾が周囲に落ち、勇儀達の周囲は煙が充満する。
「ゲホッ、ゲホッ、ウッ…ぐぁ……」
煙に巻かれた数名の妖怪が崩れ落ちる。暗くてよく見えないし、他の者も自分が苦しいので構うことができない。彼らの中には毒や病気を操る能力者もいて、そのせいで忌み嫌われ地獄に落とされたことを知っているので、この攻撃がその様なものである考えに至る者もいる。
これは彼らの1人が放った攻撃なのだが、この7発のガス弾には2種類あった。一つはCNガスという名の催涙弾で、もう一つは青酸ガス弾である。これらを用いた理由は二つ、一つは毒ガスが妖怪に通用するかが男達に解からなかった事。もう一つは仮に通用しなくても自分達に被害が出ないことである。強力な毒ガスであるVXやサリンを用いれば、神経系に作用して彼らを殺せるかもしれないが、皮膚吸収でも致死性のある強力すぎるガス剤は、特殊な装備をしなければ自分達もやられてしまう。それに対し青酸ガスは強力ではあるが、無毒化も早く蓄毒性も低いので中毒死さえしなければ回復も早い。加水分解するので、少々時間を置けばガス地帯を走り抜けることもできる。
妖怪達がガスで死ねば僥倖、そうでなくても催涙ガスで視界を塞いで橋の対岸から銃撃するまでのこと。彼は仲間が話している間にショットガンのチューブ内に交互に両ガス弾シェルを入れ、セミオートで数秒のうちに撃ち尽くした。
勇儀は彼らが光を消してガスを撃ちこんできた事に少しだけ気を取られたが、すぐさま息を止めて彼らに向き直った。
彼らの光は7つになっていた。
ドダダダダダダダダダ………
彼らの中央付近から光の奔流の様に何物かが飛来し、自分と周囲の物を薙いだ。他の5つの光を放つ場所からは、バン、バンとリズムを刻むように正確な攻撃が続く。
ガスにやられ地に伏していた者も、状況の変化についていけず混乱していた者も、仲間がやられていることに激昂して雄たけびを上げる者も、等しく殺していく。
勇儀だけは何発もライフル弾を受けても倒れることはなく、体中を自分と仲間の血で塗れさせている。
約20秒が経過した。軽機関銃がボックスマガジンの200発を吐き出しきった時、旧地獄跡を守るように立ちはだかっていた者達は1人を除いて皆一様に倒れ伏していた。
勇儀はその中で立っていた。仁王立ちする武蔵坊弁慶のように。右目が潰され、体中に弾丸がめり込んでいる。友がいた横を見やる。パルスィは鬼ではあったが、勇儀ほどの頑丈さは持ち合わせていなかったようだ。胸と腹に数発の弾が通り抜けた跡があり、もうその目に生気を宿してはいなかった。
ここに集まった者達は40名以上いたはずなのだが、一本道の道中を塞ぐように固まっていた彼らは、射撃訓練場にある黒い人型の的の様なものだった。勇儀以外の妖怪達は重い7.62mmNATO弾の一撃と毎分750発の6.8mmレミントンSPC弾の連射に耐えられなかった。
「……私たち鬼という種族はな、人間達に追われたらいつだってその場所を後にしてきた。人間達が私らを必要としないのならば消え去るのみだ。私らの力があれば人間達を滅ぼすことも、従わせることも出来たのにだ。私らはそんなこと望んでいなかった。お前達人間がいなければ私らは存在する意味がないからだ。だからお前達が鬼に絶滅して欲しいと言うならば、私はそれを受け入れよう。私はこれから、今この時からお前達を命あるまで殺し尽くす。殺して殺して殺し尽くしてやる! 私が死ぬまでなぁ!!!」
勇儀は手近な岩石を掴み上げると、ベルトリンクを交換している機関銃手に投げつける。彼は岩陰を遮蔽に隠れていて勇儀の姿は見えていないが、同時に彼女の攻撃から身を守れる場所だった。そのはずだったのだ。
勇儀の投げた岩石は遮蔽物に当たり、自身の力に耐え切れずに岩壁諸共砕け散る。それらは運動エネルギーを有したまま石片となって、散弾のように機関銃手に襲い掛かる。彼は防御をすることも出来ずに石のシャワーを浴び、それらは彼の服を貫くことは出来なかったが、首から上に当たった石は顔と頭を滅茶苦茶にしつつ千切り飛ばした。
残った者達は半数が勇儀に攻撃を加え、残りの半数が移動して場所を変える。これらを交代で繰り返してくる。勇儀の目に突き刺さったライフル弾は彼女の視力を奪っていたようだったので、まるっきり効いていない訳ではなさそうだった。
勇儀はその中の3人に狙いを定めると一気に距離をつめた。
「四天王奥義! 三歩必殺」
彼らが勇儀以外を“殲滅”してしまったことが裏目に出た。山での戦いもそうだったのだが、こと妖怪達は集団戦に慣れていない。広範囲に攻撃できる技を多く有しているからこそ、仲間を引き連れていることが足枷になる。直線攻撃以外では、仲間を巻き込んでしまうのだ。だが、“キレた”彼女は死んでしまった仲間を気にかける必要は無くなり、この地底の建造物のことすら眼中になくなった。
宣言をしてから勇儀の周囲に力が奔流をなす。一歩目で力の波動とでもいうものが勇儀から半径5mにわたってクレーターをつくる。二歩目でさらに5m先に力が及び、その力場にいた男が圧潰した。深々度で潜水艦がそうなるように、耐え切れない外圧が加わった男の体は中心に向かって潰れたのだ。さらに三歩目でその5m先に衝撃が襲い掛かる。衝撃によって残る2人は吹き飛ばされた。1人は天井から垂れ下がる鍾乳石のような尖がりに突き刺さり、もう1人は逃げ場のない壁に打ち付けられて圧死した。
「Reloading!」
生き残りの1人は勇儀から距離をとりながら仲間に叫び、チューブ内にシェルを装填していく。他の2人は勇儀に牽制射撃を続けている。
勇儀は叫んだ男も気にはなったが、先ほどから体中に飛礫をプレゼントしてくれている2人に向き、内1人に向かって多量の弾幕をぶつけた。男は先ほどヤマメたちに弾幕を食らわされた者であり、その時と同様に顔を片手で覆って防御した。
男の胴体と左腕に弾幕が激突した。胴の一撃はボクサーのボディーブローを思わせる強烈な攻撃で、同時に左手に受けた衝撃により服の袖の中で腕は断裂し千切れる。直後に手の覆いがなくなった顔面に弾が当たって、頚椎が90°後ろに折れた。
勇儀は弾を放ちながらなぞる様にもう1人の方に狙いを動かした。狙われた男はすぐさま伏せたので被弾しなかった。
勇儀の弾幕は洞窟の壁や天井に多数命中して、洞窟全体を激しく揺らした。彼の頭上が崩れ落ち、男は下敷きになった。
6人を次から次へと屠った勇儀はゆっくりと7人目の男に向き直る。男は下部から光を放つ彼らの武器を彼女に向けていた。ガス弾が発射されたときと同様に乾いた音が立て続けにし、連射されたそれは勇儀の体と傍の地面に着弾する。
直径18mm程しかないシェルが爆発し、勇儀の体表面と足元で小爆発が7度起きた。
勇儀は立っていた。
服と呼べるものはなく、布切れが僅かに張り付いているだけ。角の先が欠け、両の目は潰れている。頬が削げ歯が砕けて顎の骨が露出している。腹が裂けて内臓がはみ出ている。左肩が外れているのか、心なしか右腕より長く見えてだらりとぶら下がっている。そして―――
そして、勇儀は前に歩き出す。男のいる方に向かって。右手を前に掲げて弾幕を放つ。狙いのそれた弾幕は男の足元に命中する。それでも威力のある弾は男の右足首を捩れさせ、左足は根元から千切れて後方に転がった。
男は激痛を堪えながらもポケットから薬剤を出し服用する。それでも動くことは出来なかったが、痛みはなくなった。ゆっくりと鬼が近づいてくる。ポーチからスラッグ弾(散弾銃で使う一発の大きな鉛を撃ち出す弾。もう散弾ではないが威力は非常に大きい)を取り出して銃に込めていく。もう10m程に近づいた勇儀に銃を向け、ある分の弾を吐き出した。
弾を撃ち尽くした男は自分が敵にした相手というものにようやく気がついた。
(ああ。なんて美しい)
体中に穴をあけ、顔が半壊している勇儀は男の前に立つ。右腕を上げて男の顔を掴む。少しずつ力を加えていき、指がめり込んでいくのがわかる。そのままに男の顔面を握りつぶした。支えを失った男の体は崩れ落ちる。
勇儀は両の目がもう見えていないにもかかわらず、体の向きを変えて歩き出した。仲間達の死体があるところに移動して、そして力尽きる。
勇儀が横になった場所の隣にはパルスィの遺体があった。2人の右手が重なっていた。
レオ・エザキと名乗った女ともう1人は、乱戦になる前にライトを消して匍匐前進で進んでいた。地底の町の照明が薄くなり、黒い服を着ている2人は勇儀たちにも旧地獄の戦闘に参加しなかった妖怪達にも発見されずに先に歩を進めていた。
あとがき
話は残り一つで完結すると思います。
1で予想以上の評価とコメントを頂けて嬉しい限りです。
私の文章は自分で読み返してみても堅苦しく、かつ“〜〜だった”という過去形や“〜〜である”などの書き方を多様しています。疲れる文章を読んで貰った上にコメントまでして頂けるとは、とても幸せです。コメの数が一つでも増えてると開いて見てしまうくらい。
話のネタバレになることは極力しないつもりです。Aのみの話では判らない事もあると思いますが、今後製作していくBとCの話で一応の説明をつけたいと思います。
ネタバレにならないところでは、彼らの武器や装備は、文中で表されていない限りは特殊な物ではありません。現代に存在している物であり、威力も必要以上に誇張しているつもりはありません。それらの攻撃で幻想郷の強者達がやられるはずないとお考えの方もおいででしょうが、話の都合上ですのでお許し願いたい。
それと幻想郷の地理は“バレエイメージ研究所日誌”というブログの幻想郷の地図を描いてみたを参考にさせて頂いております。
地霊殿ストーリーで神社の裏から出てきたはずの温泉が山にあるのは、それを自分が失念していたのと、地霊エキストラの話で地底⇔妖怪の山のイメージが重なった結果です。書いてる途中で気がつきました。それらを修正すると全てあぼーんになるので独自設定として許してください。
最後になりましたが、読んでいただいた方とコメントをしてくださった方全てに謝意を。
5/8/2010 本文一部修正、読みやすくして一部の語句に解説を入れました。
マジックフレークス
作品情報
作品集:
6
投稿日時:
2009/10/27 10:35:25
更新日時:
2010/05/08 20:55:45
分類
幻想郷戦争
あ、徳の高い僧侶連れて来られたら終わりか
もしくわ掃除機持ったヤンキー
昔の友達をおもいだしたよ
まあ弱点の日光の直撃食らって気絶で済んでしまう吸血鬼に、殺しても死なない連中や既に死んでる亡霊が出てきたらそこで話が終わっちゃうよな。
そしてまさかの三月精
でももうちょっと妖怪側が強くてもいい気がするかな
次でどんな結末になるか期待してます
超長射程からの一方的な攻撃、連携は戦いの基本だけどよく考えると幻想郷はそれが無いんだよな
戦い方と戦いへの考え方に人間と妖怪の違いが大きく現れているね
それにしても外界から接点を切り離すってことは捨て身覚悟で来た部隊ってことなのかな?
幻想郷を壊すだけならより強力な兵器を投入したほうが早そうだけど
結界に人がくぐれるくらいしか穴が空けられなかったって事なのかな?
AだけでなくBとCを制作すると書いてあってwktkした。
続きを靴下だけ履いて待ってます。
これは勝ったとしても、とてつもなく悲惨なことになってそうだな・・
たとえ侵略者が現れようと、財務大臣と慧音が命をかけて王国を守り、
私が家の中で柿ピー食いながら家畜と戯れてくつろいでやるモコ!!
核じゃね?
違うにしろ弾道ミサイルの弾頭っぽいよね
冷戦時代のICBMとかロストテクノロジー化しているとか言うから
幻想入りしていてもおかしくないよね、多分
レミリアは次回参加じゃないかな
山に向かうって言ってるし
いきなり勇パルになって寒かった
もう少し軍人側に派手に無双してSATSUGAIして欲しい気もしますが
まあ全勢力の神様や鬼が相手じゃ仕方ないですかね
しかし鬼とか正面から戦う様なキャラがやや不利な反面
完全に隠れて戦える紫は絶対的有利ですね
蓬莱人もこれくらいの人数の攻撃なら物の数じゃないでしょうが
拘束用の装備とか持ち出されると危ないかな?
幽々子様は二柱がやられてるから危ないけど能力が能力だから善戦しそう
レミリアは………咲夜さんがついてるからそれなりに健闘出来るよね!
それこそ相手より先に索敵を成功させてその時点で時を止めて必殺の攻撃を仕掛けでもしない限り。
冥界も彼岸と同じであの世だから全スルーという可能性がふと思い浮かんだりした
まあ人間だし早苗だし、しょうがないか
しかしほかの人も言ってるけど、幻想郷側が勝ったとしても
その後かなりきつそうだな…
交渉も何にもなしにいきなり幻想郷潰しにかかる理由がどうしても思いつかない。
オメーはだまっとれ
それを言い出したら産廃のSSの大半は「妖怪はバラバラになってもすぐに治癒する」って設定無視してるわけで、
矛盾の数々はあんまり深く考えない方が楽しめるかと
ツンデレさんご苦労様です
もうちょっとほんわかレスしようぜ
まぁ、楽しめる楽しめないは人それぞれだから仕方無いにしてもだ
外の世界はもうないので侵入者側も超必死
と読んだ
地獄へ行ってもお供させていただきます
何となく適当にまとめてみた
・魔法の森
アリス、魔理沙死亡
・妖怪の山
秋姉妹、雛、ぬえ、白蓮以外死亡or戦闘不能
レミリア、咲夜急行中
外界部隊残り9名
・地底
1〜3ボス死亡
外界部隊2名、地霊殿へ
・博麗神社
萃香、てゐ死亡
鈴仙頑張る
外界部隊5人、重症1人
……山の運命がレミリア達にかかっているな
それよく聞くけどソースはどこなんだ?
確か求聞史紀だったきがする
ここ以外じゃ拝めそうにないSSだし
中身も悪くない
と個人的には思う
戦車とか出てくると大味になりすぎるからこれで丁度いいな
虐待虐殺が多い中でこういうネタは変化球として楽しめる
いやぁいい感じにどちらも死んでいっていいね!
死ぬよもっと死ぬ
確かに軍人強すぎ、幻想郷勢力の体脆すぎ・・・とか気になるけど、それは作者も言ってる以上「この話はそういう設定なんだ」と思うべきかと。
二次創作で原作設定とのズレを指摘してもしょうがないし、作者が断ってる限り、原作と矛盾する設定でも構わないと思います。
先に注意書きくらいあってもいいとも思いますが。
これ以上やると空気が悪くなりますよね、すみません。
なので最後に一つだけ。
>>25
むしろ生の軍事知識ある人間の方が少ないだろうとw
特に現代日本ではね〜。
貴方自身は自衛隊かどこかの傭兵か、なんらかの形で軍隊経験あるもしくは現役なのかもしれないが、そんな人は少数派、普通は本かネットでしか情報得られないでしょ。
まぁ、アメリカに行って実銃撃ってきた(もちろん射撃場で)とか基地祭なんかで一般公開されてて・・・とかってぐらいならあるだろうし聞いたことはありますが。あ、後は徴兵制取ってる国の人ならほぼ全員経験あるか。
うわこれ何の話だよ・・・長々と失礼しましたorz