Deprecated: Function get_magic_quotes_gpc() is deprecated in /home/thewaterducts/www/php/waterducts/neet/req/util.php on line 270
『憂鬱に係わる散文詩』 作者: nekojita

憂鬱に係わる散文詩

作品集: 6 投稿日時: 2009/10/27 19:24:44 更新日時: 2009/10/30 02:10:33
 





 霧雨魔理沙は平凡な人間一人としてこの世の中に埋没してしまう気は生来無かったのである。物心ついたときから、否、この世に生を受けたその瞬間から自分という存在をこの世界に拡散させようという野望を抱いていた。根拠無く自分の天才を確信しており、自分と言う人間がいかに凄い奴かを世の中全てに知らしめることだけを目標に生きてきた。これは多くの男が持つ気質であったが、実際霧雨魔理沙の生き方の本質はこれだった。所詮五十年余りで死んでしまう身で有れば何か大事を成さねばならぬ。幼い頃からそう決めてきた。ところが何をやっても、自分の才は感ぜられなかった。
 物を書いたし、いくつかの楽器、実は絵画に手を出した事さえ有った。どれをとっても人並みかそれ以上にはできたが、逆に言えばそこまでで終わってしまうのだった。何をやっても所詮は凡才だった。美味い料理を作れたからといって料理人になれないのと同じである。料理人になるには、物凄く美味い料理を作れなくてはいけないのだ。なまじ感受性を人一倍持っていたばかりに、追う努力をいくらかやってみて自分の伸びしろをはかりとった時点で、自分よりも遥かに優れた能力を持ち合わせる者が先行していて、自分の能力では生涯追いつかないと悟ってしまう、またそう決めつけてしまうそうするともうやる気は大変な勢いで減衰するのだ。
 人がこと芸術において感じる絶望や劣等感は、芸術の才は所詮奉仕の才であるという事実に矛盾するようではあるが、普通他人からの評価の量が、自分より大きい者が居るという事から生まれるのではない。本当の絶望はそうではなくて、飽くまでも自分の評価基準で、自分の作品より、客観的に良い物を生み出しうる者が存在する事によって、生み出され、掻き立てられ、増大していくものだ。魔理沙は頭が良かった。魔理沙の早熟は、十歳ごろにはそういう絶望、自分を表現する場としての、芸術に対する失望を感じていたのだ。



 やがて凡下と一緒の世界には居れぬとばかりに家を飛び出し駆け出しの魔法使いになってみたは良いものの、やはり魔法論理の研究にしても自分より遥かに優秀とわかる人物が身近にさえ何人も居た。―――複雑な実験をして新たに発見、証明したと思った理論をパチュリーに自慢しに行った所、一冊の本を提示されて言われたのは、

「ここに載ってるわ。基本的な事よ。あなたったら座学を馬鹿にするから……。それにこの証明、こことここに明らかな不備があるわよ。粗忽者のあなたらしい。これを解消するにはこうやって……」

 ―――身近に何人も居るのだから世界には何千人と居る事が予想されるのだった。弾幕については、幻想郷で第一人者と言われていないでもないがどうやっても勝てない相手が居る。その一人である博麗霊夢はかつて魔理沙の新開発、取って置きの弾幕を、『無駄が多くて完成度が低い』と称したのだった。それで、ほう一体どんな完成度の高い弾幕が飛び出すんだなんて茶化したら、美しさ威力共に確かに段違いのスペルによって撃墜されたのだった。そもそも大物妖怪勢からはいつだってなめられっぱなしだ。それでもこの二つだけは努力を続けるのは何故だろうか……。



 簡単な事だ。もしも自分が、魔法や弾幕の努力を止めてしまえば、もう自分には何もないということを魔理沙は分かっているのだ。彼女は決して、努力家という訳ではないのだ。それどころか、己の無能力から逃げ惑う一人のダメ人間なのだ。


 ある二十五日を費やした魔法の実験が失敗に終わった時、即ち自分の立てた仮説が完全に否定された時、魔理沙は自分の体を青く塗り潰す憂鬱と共に、ある一つの突き抜ける戦慄を感じた。
自分が一生涯を力及ばぬ故のこの憂鬱と共に過ごしてゆき、またこれを携えて死ぬ事になるのではないか、と魔理沙は慄いたのである。なんでもない、雑然とした部屋、実験結果を事細かに綴った、今ではゴミ同然の憎たらしいノートの、その文字が急に、ぼっと霞んだ。泣いている、と気付いたのは幾秒か過ぎた後であった。たった二つ残ったがむしゃらに努力して時間を潰せる対象、そのうち一つでまた改めて自らの非才を思い知らされたのが思いの外辛かったし、何よりもその戦慄、身を引き裂くような激情が魔理沙の心の一番弱い所に染み込んだのだった。



 人間は心を腐らせぬために、常に、何としても、時間を潰す手段が必要なのであるが、魔理沙はそれを持たない時が有った。
 そもそも魔理沙の暮らしにおいて、取り立ててやるべき事等無い。自分のやりたい事を素直にやるのみであるから、例えば大失敗の後のような何に対しても、弾幕にも魔法にも、やる気が出ない時、更に人と話す気さえも起こらない時には、彼女は本当に何もしない。何もすることが無いのだ。この時ほど自分の憂鬱が強く暴れ出す時は無い。眠ろうとしても眠れないならば、全ての内臓を強い力で擦り潰されるような強い苦しみを感じながらただじっと部屋の安楽椅子に座っている。何か時間を潰す手段が有ればなんとか防御ができるのだけれど、今魔理沙はそれを持っていなかった。
 自分というやつは一体何のためにここに居るのか。何かをやらねばならぬのにやる気分にならぬまま時間は刻々と喪われていく。なおなんという陰鬱。余りに強大過ぎるから、魔理沙は、気を紛らわす手段がなにも思いつかない時には、いつも身を伏せてこれをやり過ごそうとするのだ。逃げ切れなくなる日がいつか来る事を漠然と予想している。何故なら自分は既に捨ててしまっているからだ。天才を証明せんと世に繰り出す段階で、人が常に非才の余りに逃げ帰る場所を。つまりは親、家族を。



 件の失敗から一週間をそういう風に何もしないで過ごした。いつも何もしない間は暇を潰すために大量に食事をしたりして気を紛らわせるのだけれど、丁度食料の備蓄が無かった事も有ってそんな気分にもならず既に通算二十食ほど抜いていた。七日間水を飲むだけで過ごしてきた。外見は酷い有様であろうが部屋に鏡も無いので全く気にならない。体調も動かない限りは気にならない、と思っていたが……。
 そのうち内臓の音が小さくなったのを聞いて、どうやら死ぬべき時が来たらしいぞと気がついた。その中全く無感動であったが、無感動で居る自分に驚いたので無感動ではなくなったな。などと、死ぬときにそんなことを暢気に考えている自分を少し嘲った。



 霧雨魔理沙が死ぬのである。誰も、代わりに死んでやる事ができない。生きている霧雨魔理沙はまさに霧雨魔理沙の亡骸となって、やがては朽ちて土に帰るのである。
 いざ死ぬとなれば。彼女は思った。この世の中の何をも携えていく事ができない。まさに今この窓から見える風景と昔に天高くから幻想郷を見下ろした絶景、赤い空、花びら、人々の唱える雑多な哲学。友人、夢、心を支配するこの絶大な、『死ぬ』という事に対する悲しみ、少女の思い出、うんざりするほど繰り返した朝、そして憂鬱! このいずれか一つさえも、霧雨魔理沙は携えずに、この世から去って行くのだと自分で思った。
 結局、何一つ達成はしなかったと悲しんだ。達成できないまま、絶望に磨り潰され、立ち上がる事が出来ないが故に死んで行くのだ。この悲しみ、悔しさを、彼女は携えていくことができない。死ぬとなればそれすら何やら寂しいものだ。
最早魔理沙は死を受け入れていた。創作意欲を持って生まれた者にとっては夢だけが人生の全てだ。表現意欲を持って生まれた者にとって生きる事は世界で唯一の存在になる事だ。唯一であるにはまず一番にならなければならないと彼女は理解していた。そして、まさに今こそ悟ったのだ。何をしても、魔法や弾幕においてですら、自分が誰かの後塵を拝し、生涯を費やしても追いつかぬ事は明らかと。この悲しい認識は、嗚呼本当に悲しい事に、いかなる見方でも真実であり、疑いようが無かった。だから死んで行くのである。今からだってそりゃあ適切な栄養を摂り、治療を施せば生きる事はできる。しかしながら今まで何も築き上げられなかった、そしてこれからも達成できぬとわかった人生を、己が無力と共に、不治にして死に至る病たるこのどす黒い絶望と共に、そんなにしてまで続けていく気力も体力も彼女には残されていなかったのだ。



 霧雨魔理沙は安楽椅子に腰かけて眼を閉じた。胸、腹の痛みと体を覆う寒気はどんどんと激しくなってくる。死が命を奪いに来たのだろうか。視界が暗くなり、死神のノックの音を幻聴に感じながらふと、自分の心境を死んでしまう前に何かに綴って遺そうかと思ったけれども、その遺稿が死後に大変な評価をされて、今度こそ世界に自分の名が広がるやもしれぬなんて、幼い頃によくしたような空想をはっきりとしたけれども……、やがて魔理沙はくすっと笑って、自分のような凡才の小人物が感じる憂鬱を文学史に名だたる超人どもが感じていなかった筈などない、感じずとも思いつかなかった筈などない、きっと既にこんな程度の低い憂鬱は、語りつくされてしまっている事だろう、と思い直すと、今度は本当に、その意識を手放した。闇の中に落ちていく感覚に、今まで想像していたのと比べたらずっとなんて事ないなと感想を抱きながら、この世に置いていく全てに強い思いを馳せながらやがて魔法使いの少女はその存在を飛散させた。








  
 



嫌な事がいくつか有って物凄く鬱になり、書きたくなったから書いた。読ませる事をあんまり想定していない文章なので悪しからず。

人に非才を指摘された時って創作意欲湧くっていうか、何か書いていないと落ち着かない感じになりません? いわゆるポジティブな鬱ですね。

一番ネガティブな鬱は自分で自分の非才を悟るタイプ。この時は全く何もする気がなくなります。考えると、教師というのはネガティブな鬱の発生を防ぐ為に居るのかも知れないですね。



【追記】
タイトル戻した。気付かなかったけどかぶってたし。 





 
nekojita
http://www.geocities.jp/nekojita756/text.html
作品情報
作品集:
6
投稿日時:
2009/10/27 19:24:44
更新日時:
2009/10/30 02:10:33
分類
魔理沙
グロ無し
産廃向けか微妙
1. おぎ@暇同 ■2009/10/28 04:30:03
もしかしたら自分の今考えてるネタなんて、
俺が書かなくてもいつか他の誰かが書いてくれるなんて考えてしまう
でも書く、楽しいから
2. 名無し ■2009/10/28 06:26:23
この人は卑怯だと思う
本当なら我々はこんな物が書けないが為に、二次創作をやるんだから
3. 排気ガス ■2009/10/28 09:45:58
まさにまさに、ポジティブな欝が筆の源です
書きたくて書く。
4. 名無し ■2009/10/28 11:27:32
わかった 今からロープ用意する
5. 名無し ■2009/10/28 12:16:46
これはキツイな…こんな感じになったことがあるから、トラウマを思い出した

救い(?)があるのは同じような人が他にもいるって所ですね
6. 名無し ■2009/10/28 15:53:14
タイトル元のままのほうがよかった
7. 名無し ■2009/10/28 16:24:32
山月記を思い出した
8. 名無し ■2009/10/28 16:45:33
どっかで同じタイトル見たぞ
9. pnp ■2009/10/28 19:35:30
これ読み終わって、やたら意欲が湧いた。
創作意欲と感動をありがとうございます。
10. ぷぷ ■2009/10/28 21:17:25
死ぬほど同意した箇所があった
さすが猫舌さん
11. ばいす ■2009/10/28 21:25:09
作者の魔理沙への投影がうまいな
気負いゼロで東方の二次創作がしたーいが原動力だから、書くことで鬱になったことはないなあ
12. 名無し ■2009/10/28 22:27:43
思わず自分と重ねて欝になってしまう……
さすがです
名前 メール
パスワード
投稿パスワード
<< 作品集に戻る
作品の編集 コメントの削除
番号 パスワード