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『被虐待式症候群』 作者: 要介護認定
――食い破ってくれればいいのに。
八雲藍は、布団の中でじっと堪えていた。発狂しそうな痛み……脳味噌に異物を入れられてぐりぐりと掻き回されているかのような痛みが、断続的に藍の頭を襲っていた。
もう一年以上前から――自身の"神"に躾の一環として頭を叩かれたあの日から――の"持病"。何の前触れもなく襲い掛かる偏頭痛……次第に悪化していくそれは、彼女に地獄の苦しみを与えた。
歯を噛み締め、両目を瞑り、一匹の畜生に過ぎなかった頃のように丸まって痛みを堪える。のた打ち回るような事はしない。無駄に動けば動くほど脈が速くなり、心臓が早鐘を打てば打つほど、それに連動して脳髄に落とされる鉄槌の数が増えるのだ。一年と言う歳月が、藍に"痛み"と言う教鞭を執って教えてくれた。
部屋の片隅に置かれた、大量の薬瓶。永夜異変の際に知り合った蓬莱の薬師に頼んで作ってもらった痛み止め。効果があったのは最初の数本、二桁に手が届く頃には全く効き目が無くなった痛み止め。それでも効果がある事を信じて飲み続ける。飲み過ぎて全て吐き出すことになっても、錠剤と胃液が咽喉を通る感覚は頭に落とされる鉄槌よりは幾分かマシだった。
駄目だ。もう我慢できない。気を抜けば痛みという感覚に意識を持っていかれそうになる。本当に掻っ攫ってくれればどんなに助かった事か。藍はのろのろと立ち上がり、壁に手をつきながら歩き出す。"特効薬"を貰いに――頭部を食い破ってきそうなこの寄生虫を鎮めて貰いに――歩き出す。
ぷるぷると生まれたての小鹿のように震える両足で、縁を踏む。少し身体を動かす度に、頭に落とされる鉄槌の数は増えていく。額には玉のような汗が浮かんでは、つうと顔を滑り落ちて縁に黒い染みを作った。
動悸が荒い。はっはっはっはっと、まるで犬のように荒々しい息遣いが自分の耳に入り込んできた。その音を立てているのが誰かなんて、疑問に思うまでもない。いや、そもそも疑問すら抱けない。今の藍の頭を占めているのは、想像を絶する辛苦と若干の塩気のみ。その塩気が涙なのか汗なのかという区分さえ、今の彼女には出来なかった。
気付けば、一歩一歩縁をついていた筈の両足は、いつの間にかその役目を放り投げていた。夜風で冷やされた縁に尻をつき、そのまま上半身まで縁の上に投げ出す。ひんやりとした感覚を一身に受け取りながらも、頭の痛みはまるで良くならない。ずるずると弱弱しく移動するその様は、どこぞのホラー映画を彷彿とさせる。
こうやって這い蹲っていると、藍はまるで御伽噺の狐になったかのような錯覚を覚えた。手袋と特効薬の違いはあれど、狐が主役なのに変わりはないだろう。
不意に、手が何かに触れた。さらさらとした感触とほんの少しの柔らかさ。痛む頭部を斜めに構えれば、彼女の、彼女だけの"神"が冷めた眼差しで藍を見下していた。こんな真夜中だというのに"神"の格好は何時ものままで、能面のようなその顔も、手にした日傘も、不変のもの。自身の"神"がそのままの姿を晒してくれた事に、藍は若干の安心を覚えた。
「――って、く――い」
掠れた声での懇願。自分が何を言っているのか、痛みでパンク寸前の藍の頭には理解出来なかったが、目の前の人物はその言葉をきちんと受け取ってくれたようだった。
"神"はただ無言で日傘を振りかぶり、振り下ろす。
がつんと、日傘らしからぬ硬質的な音を伴った一撃。脳漿が揺れ、脳味噌が揺れ、痛みが揺れた。今まで藍を苦しめていた痛みとは比べものにならないほど、甘美な感覚を伴った外からの痛みーーこれが今の藍にとっての"特効薬"だった。
内側から外側へと伝わる痛み。まったくの逆方向からかけられる痛み。双方が相殺する際に引き起こる、全ての痛みを上回る痛み。
痛み、痛み、痛み。
ただの偏頭痛であったのなら、藍もここまで耐える事はなかっただろう。自分で自己調整を行うだけの機能は備わっている。八雲の姓は伊達ではない。それでも藍はあえてこの"持病"を治そうとはしなかった。
だってそうだろう。己が"神"に与えられたものを投げ捨てるなんて、とんでもない。
神が持病を与えてくれた。
神が特効薬を与えてくれる。
これ以上の幸せがあるだろうか。痛めつけられているだけとはいえ、見返りのない信仰と比べれば雲泥の差だ。愛の反対は憎しみではなく無関心だと、どこぞのカトリック修道女も言っている。"彼女"が与えてくれるなら苦痛も快楽も、藍にとっては同じものだった。
「ぶって、くださ、いっ……もっと、もっと……っ!!」
だから懇願する。もっと、もっとと、痛みを上塗りされる事を望む。自身を痛みで染め上げてくれる事を希う。汗と涙と涎でぐちゃぐちゃになった顔を床に擦り付け、餌を乞う畜生のように"神"を見上げるのだ。そうすれば"神"は応えてくれる。その手に持った日傘を振りかぶり、応えてくれる。
重い一撃を貰う度に、藍の頭部は悲鳴を上げる。ここから出してくれ、仕舞わないでくれと、悲鳴を上げる。痛みに狂った式には、その声も聞こえなかった。
――食い破ってくれればいいのに。
八雲紫は日傘を振るう。呆れた表情を浮かべながらも、日傘を振るう。
傍目から見ても単純作業と化しているのにも関わらず、目の前の式はどうしてそれを懇願するのだろうか。紫は諦め混じりに吐息を吐いた。
こんなはずではなかった。当初の思惑からは外れた結果が、こうして目の前に鎮座している。苛立たしげに日傘を振るうにも、返ってくるのは更なる痛みを要求する声ばかり……好事家でもなければ、生理的嫌悪感を抱いても何ら不思議ではないだろう。
本当はもっと違う式になる筈だった。もっと自己主張し、もっと"自我"を持った式神になる筈だった。その為の第一歩として自主的に"反抗"するよう、躾の折に式を書き換えた。彼女の思惑通り行けば、九割以上の確立で軽度の反骨精神を抱く筈だったのだが……僅か一パーセントにも満たない結果が訪れてしまった。
保留。最悪の選択肢。
結果がどうあれ、自分の式神をこの様に変えたのは他ならぬ紫本人だ。書き換えただけの責任はとらなくてはならない。義務感に急き立てられるように、紫は再び日傘を振るった。
……違う。本当は違うのだ。
紫の足が藍の頭部を踏みつける。若干の柔らかさ、次いで感じる頭蓋骨の硬さ。ごりっと、生々しい音が響いた。鼻が折れたのかもしれないと、紫は何となしに思った。
自分を止めてくれるような存在が欲しかった。間違っているのならば間違っていると、身を挺してでも止めてくれる存在が欲しかった。博麗の巫女や白黒の魔女とは違う、長く――永く自分の傍に居てくれる存在が欲しかった。
その為に式をつけた。その為にあえて間違った式を与えた。自己修復して間違いを正し、きちんと意見を言える道具以上の式神を求めていた。それも全て失敗に終わってしまった。
……終わってしまった? いや、未だだ。未だ"食い破っていない"。時間で塗り固められた式の常識を食い破って、ようやく紫の望む式が産声を上げるのだ。
藍の頭を踏みつけながら、紫はふと外の世界にあった映画の事を思い出した。SFという基盤の上に無理矢理ホラーとスプラッターの矢倉を組み上げた映画。宇宙人が人間の身体に卵を産み付け、腹を食い破る異形の子供と強大過ぎるその母体……まさに今の自分にそっくりではないかと自嘲する。異種から同種を生まれさせようとしている訳ではないが、それに限りなく近いのは確かだろう。
足の下で痛みを懇願し続ける式を一瞥する。何時の間に出血したのか、白い靴下が少しだけ朱に染まっていた。吐息。骨を折らぬ程度に――頭部を潰さぬ程度に手加減しつつ、紫は再び足を踏み落とした。
「がっ、はっ!」
幾度となく藍の頭を床に叩き付ける。悲鳴とも呼吸ともつかない声と共に飛び散る、赤い染み。然して気にした様子もなく、紫は彼女を踏み続けた。
早く産声を聞かせて欲しい……そんな事を思いつつ。
難産&色々迷走中。
何もかもが中途半端な状態で表に引っ張り出しては捨て置く現状……orz。
あ、ところでドMな藍様ってどこに落ちてますか?
要介護認定
- 作品情報
- 作品集:
- 6
- 投稿日時:
- 2009/11/05 13:01:38
- 更新日時:
- 2009/11/06 11:56:23
- 分類
- 紫
- 藍
- 短文
永琳「これは・・・エキノコックスの腹じゃないか!
農薬で変異した悪質な奴だ!!」