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『真夜中のデッド・リミットB』 作者: マジックフレークス
同名のSSのBパートとして作成しましたので、Aを未読の方は良ければ先にAを読んで下さい。
Aの逆視点での進行となっておりますが、多くの部分でAと被っています。故に台詞の多くは流用しております。
かなり造語や他作品からの借りた名詞を使用しています。多くは作中でそれらを説明しておらず、あとがきにて解説しております。
オリジナルキャラクター全員に名前があり、作中で必要であれば名前で呼ばせたりしています。
以上のことより、読んでいて非常に鬱陶しく感じられるかもしれません。精一杯の演出のつもりですのでどうかご了承ください。
午前7時
「幻想郷に進入完了、本部との交信は不可。エトランゼリーダーからエコー、フォックスへ当初の予定通り両翼に展開しそれぞれ11時方向と7時方向の要撃準備。ブラヴォーとチャーリーは神社裏に回り、9時方向から接近するものに注意しろ。アルファとデルタは神社内に進入、上手くいけばこれで仕事は仕舞いだ」
「デルタ1からリーダーへ、神社内に目標及びその他の人型はなし。布団と呼ばれる寝具には体温が残っている。目標の移動速度は不明だが、瞬間移動でもない限りそう遠くに行ってはいないと思われる。交信以上」
「エトランゼリーダーから各隊へ、厄介なことになったようだ。寝ている少女を撃ち殺すことならチンピラにでも出来るだろうが、これからは我々の仕事になった。隊を揃え、装備を整えた意味があった。任務に障害が出来たことを喜ぶべきではないが、成すべき事を成すことに変わりは無い。チャーリー、エコー、フォックスは索敵を継続し目標発見に全力を尽くせ。ブラヴォーはこちらに合流しろ。以後作戦は第二段階に移行し目標を発見するまでこの場に潜伏、目標の帰宅を待つ。以上」
「フォックス2からリーダーへ、当該方向には広い雪原が確認できるほか8時方向に竹林が見える。雪原は見通しが利き、人型は地上にも空にも確認できず。竹林は背の高い竹により徒歩で移動する人型の確認は困難、現在上空に人型なし観測を継続する。以上」
「チャーリー8からリーダー、当該方向に集落を確認。田畑に数名の人型を確認した、日乃レポートにおける人里と考えられる。現状において目標及び脅威は確認できず。以上」
「エコー2からリーダーへ、遠方に真っ直ぐ遠ざかる人影を確認した。11時方向の山中に向かっている模様。距離は3000ヤード以上で目標かどうか確認できない。支持を請う。以上」
「エトランゼリーダーからチャーリー、フォックスへ両隊はその場で待機し目標の帰宅に備えよ。人型の接近に関しては状況に応じて対応しろ、基本的に先制攻撃ではライフルマンのSL−9SDで仕掛けろ。それと長距離無線を控えたい以上両隊とこちらの無線は以降原則封鎖だ。健闘を祈る。以上」
「チャーリー了解」
「フォックス了解」
「エトランゼリーダーからエコーへ、対象を捕捉しつつ先行しろ。日乃レポートによると対象が向かったのは妖怪の山だ、厳重に注意しろ。目標の発見及び重大情報の取得以外では、以降はルート権限による無線封鎖。以上。アルファ、ブラヴォー、デルタはエコーを追い妖怪の山へ向かう。フォックス、エコーの発見を防ぐため別働3隊との長距離無線通話を禁じる。情報は送信のみに努めよ。ブラヴォー、デルタは互いにカヴァーしながら人里方面を避けて傘型隊形で駿河、エコーを追い抜き山中で目標を捜索しろ。諸君らは発見され攻撃目標となるリスクが最も高くなる。我々アルファは遠回りになるがエコーと同様に静粛移動で継続躍進を行う。各隊の健闘を祈る」
「ブラヴォー了解」
「デルタ了解」
午前8時
「我々が侵入してから59分40秒。総員対ショック姿勢」
男達がそういった後、大地が揺れた。それ程大きい揺れではなかったのは彼らにとって計算外だったが。しかして誰一人として動揺する者はいない。
「予想ほどの揺れではなかったが、今後の作戦展開に変化はない。ここの連中が気づかなければ我々にとっては有利であることは確かなのだ」
同様の声は6箇所で話された。しかし、それを聞いているのは隊長の声に耳を傾ける部下のみ。幻想郷の人妖でその声を聞いたものはいなかった。
揺れがおきてから十数分後の事だった。それぞれの場所で待機していた者たちはそれぞれの場所でその声を聞いた。そして驚愕する。誰一人としてその驚愕を声に出したり行動にあらわしたりはしなかったが。
「霊夢〜いないの〜?」
制圧したはずの神社内から声がした。当然自分たちの持ち場から監視している方向からは、たとえ空であれ陸上であれ接近してきたものは確認していない。あるとすれば仲間たちが向かった北方向で、こちらを見張っている者はいない。しかし北から来たとすれば、移動している部隊と確実に接触しているはず。彼らが発見されぬよう潜伏したのかもしれないが、その時は無線封鎖を解除してでも連絡を寄越すだろう。
と、すれば答えは一つしかない。その者は神社内に現れたのだ、我々には捉えられない経路を通って。それをテレポートと考えればそれですむのならそう考えればいいだけのこと。予想された事態だった。人の型をした化け物達は人間よりもはるかに大きな身体能力を持ち、その上科学法則に縛られない超常の力を有する。俄かには信じられないような話だが、現実にそれが起こり、かつ自分たちはそれらの情報の一部を事前に聞かせられているのだ。情報の正確性に疑いを持っていた者も目が覚めただけの話。
彼らは驚きはしたが、何が起こったかの状況を分析して、それに対処すれば良いだけであることはわかっていた。“なぜ?”や、“どうやって?”は必要ない。彼らは兵士なのだから。
「エンリコ、ヴォルフガングは窓と引き戸の影に注意しろ、人影が見えたら撃っていい。ヴィクトールはパトリックとウィリアムを連れて表に回りこめ、突入する必要は無い。他の者も攻撃は敵が姿を現すまで待機だ」
男達はすぐさま音も立てずに無音で行動し、ここに来た当初のように神社を包囲した。
しかし一向に相手は姿を現さず、後に狙撃手に射撃待機を言い渡してから屋内を捜索したが誰もいなかった。
午前9時
「飛来する人型を確認、こちらに向かってくる」
先行するブラヴォーのポイントマン(前衛射撃班長)が雪原を移動する全員に知らせる。
「消音装備の4人は伏せろ。合図と同時に攻撃、他の者は手を出すな。銃声は極力抑えたい」
彼らは指示通りにし、4人は伏せ残る全員もその場で待機した。
そこへ犬のような耳と大きな尻尾が横から見える少女が降り立つ。明らかに人ではなかった。
「これより先は妖怪の山です。用が無いのならお引取り願いたい」
少女はそう告げた。事前の情報通り幻想郷の標準語は日本語のようだ。各歩兵分隊には日本語に通じる者が1人ずついる。ブラヴォーはオーエン・リチャードソン、デルタはレオ・エザキだ。
目配せしてブラヴォーが応対することにした。
「私たちは博麗の巫女と呼ばれる方に用があって伺いました。こちらにいらっしゃると聞いたのです」
「ええ、博麗の巫女ならば妖怪の山にある地霊の湯にいると思います。しかしそれも一刻ほど前に来られたことなので、現在もそこにいる保障はありません。おそらく博麗神社に戻られたかと思いますが、そうでなければ山の守矢神社か地霊殿でしょう」
ビンゴだ。エコーが捉えたのは目標のシャーマンで間違いない。気になるのは守矢と地霊殿というのが情報に無いことだ。もっとも、日乃レポートの情報には妖怪の山等のいわゆる危険地帯の情報は少ない。あってもそこの河童とか言う両生類と交流した話くらいだ。
「地霊の湯とか場所の名前はよく分からないのだが、教えてはいただけないだろうか?」
「地霊の湯は山の中腹の間欠泉から吹き出たお湯の温泉です。地霊殿はその付近にある洞窟の奥にある地底の建物のことで、守矢神社は山の頂上付近にある風の神を祭った神社です。あなた達が山に入る必要は無いですよ。私が巫女をつかまえてあなた方のことを伝えましょう。それにいずれ巫女は博麗神社に戻るでしょうから、あなた方も博麗神社で待つのか良いでしょう」
そういって少女は山に戻ろうとした。
彼女は体に似合わない大きな剣と盾を持っている。ああ見えて山の斥候なのだろう。1人でいることは気になるが、周囲に観測している者も見当たらない。あんな物を軽々と振り回せるなら、接近戦に持ち込まれたら厄介だ。我々のことを報告させるわけにはいかない。ここで片付けておくしかないだろう。
「ああ、お待ちください」
オーエンは彼女を呼び止めて右腕を上に掲げた。
合図そのものを打ち合わせたわけではないが、仲間はこれでわかるだろう。
「ご親切に有難うございました」
そういって彼は右腕の肘から先を前に倒した。
伏せていた4人は男を左目で、人外の少女をスコープで見つめていた。男の合図を理解した4人は引き金を引いた。ヘッケラー&コッホ社製SL9−SDは専用の7.62mm×37亜音速弾を吐き出した。銃本体に組み込まれているサイレンサーと静音性に特化した銃の機構、そして音速を超えないように5.56mm×45NATO弾と同じ大きさの薬莢の口を広げて大きく重い弾を詰めた特殊弾は、発射音も飛翔音も奏でずに少女に突き刺さる。
少女の死を確認した彼らは、少女の体に周囲の雪をかけた。全身が埋まったとはいえないが、後は降りしきる雪が覆い隠してくれる。重要な情報は手に入った。先を急いだほうが良さそうだ。
オーエンは部隊に話の内容を伝え、エコーとアルファには無線連絡することに決めた。
「ルート権限による無線封鎖解除。ブラヴォー6からエコー、アルファへ、目標は妖怪の山中腹にある温泉に行った模様。守矢神社、地霊殿と呼ばれる同山中の施設に立ち寄る公算が大きい。情報源は敵斥候、対象はすでに死亡。我々は引き続き先行して情報収集と索敵に努める。目標の正確な位置を特定した後再度連絡する。以上」
午前10時
エコーチームは妖怪の山すそにある池に来ていた。この場所は池の周りに背の低い木が生え、円状に開けたスポットになっている。山頂を狙うときは池の対岸に移動して木の間に隠れれば背後からの(情報によると魔法の森)発見を困難にし、反対に山の方の木々の間に隠れれば、山の側からは見えづらく魔法の森やその先の人里、紅魔の館といった勢力が飛来した場合に狙撃できる。
「山の山頂までの距離は?」
「1600ヤード、これ以上の距離の狙撃は不可能です。しかしこれ以上近づくと、射角が確保できません」
「よし、ここを狙撃ポイントにする。ブラヴォーからの連絡によって山中での戦闘が予想される。相手に長距離狙撃を行える者がいるとは考えにくい。我々は山中で戦闘があればそれを援護、及び山に向かう他勢力の排除を―――」
その時背後の空が光った。美しい七色の虹の様な光り。続いて爆発音、2人はすぐさま身構える。ここからでは魔法の森付近で起こっていることがわからない。先行部隊が山中に到達するにはまだ時間がかかるはずだ。2人は場所を移動して状況を確認することにした。
光の発生源を視界に捉えられるところに移動し、狙撃姿勢をとる。2人の人型が空中で戦闘をしているように見える。よく見れば2人の格好は女性のもので、光の筋も爆発も彼女たちが起こしているようだ。
何であれ、あれは戦闘行動だ。我々の仲間がやられているようには思えないし、まして自分達が攻撃されているわけではない。しかし、彼女たちの存在が作戦に支障をきたす可能性はある。
「白と黒の方を対象a、青いスカートのほうを対象bとする」
しばらく2人は観戦していた。しかし両者の攻撃が一瞬止んだかと思うと、対象aとした方がなにやら相手に向けたと思うと空間が震えた。轟音と共に光の奔流が溢れ出し、前方を吹き飛ばしたようだ。
男の1人は彼女の攻撃が非常に危険であること、そして、銃声がこの音にかき消されるであろう事を見越してライフルを構える。バレットM99という対物ライフルだった。
彼女までの距離はおよそ500ヤード、この銃ならば簡単な距離だがなにぶん空気が揺れるように振動している。彼は胴を狙うことにした。
そして撃った。命中。対象aは墜落していく。轟いていた音が止み、対象bがその後を追うように降りていく。
「ここからでは対象bを狙えない。移動して始末して来いハーバート」
「了解」
エコーチームの観測手であるハーバートは彼の指示に従って林の中を移動する。対象bとした方は撃墜した対象aの半身を抱き上げるようにしていた。こう見ると先ほどまで激しく争いあっていたようには見えない関係だが、なんにせよ射角が取れたので彼は伏せ撃ち姿勢で銃を構えて彼女の頭部を撃った。
狙撃後しばらくa,bともにスコープ越しに監視していたが、甦ったり再生したりする気配も無く死亡と判断できたので元の場所に帰った。
午前11時
ブラヴォーの前衛は再度飛来する人型を視認した。先ほどとは違い十二分に警戒していたため、おそらく相手より先に発見出来たろう。各々が雪中に身を隠す。
相手はかなりの速さで飛来してくる。発見されたり仕留め損ねることになれば、状況はかなり悪くなるだろう。ブラヴォーのリーダーは散弾による先制攻撃を行うことにした。
「ルイ、お前はクレーの強化選手だったことがあるんだろ? バードショットであの鳥を撃ち落してやれ」
「了解した。フリスビーよりは狙いやすそうだ」
M4スーパー90と呼ばれるセミオートショットガンに散弾を込める。ショットガンを戦争で使うことを好まない国も多いが、散弾は屋内戦や塹壕戦で有効なのは硫黄島の時からわかっている。近代では多様な弾を撃てるし、40mmグレネードよりずっと持ち運びやすいからポーチに複数の弾を用意して使い分けれるのだ。
バシュッ!
詰まったような音がして鉄の粒が前方に広がる。空を飛ぶ獲物を狙うことに慣れている射手は、相手の移動速度と弾の到達位置を計算して浴びせかけるように撃った。
「があっ!!!」
顔に弾を浴びた人型はそのまま雪原に墜落した。図らずも展開している部隊の中心だ。相手は鳥の姿をした妖怪だったが、その格好と声から女性だとわかった。
ああ、なぜこいつらは少女の姿ばかりしているのだろう。ここに来る前に割り切っていたはずだがやり切れない。
犬の少女のときと同じく、消音ライフルで始末した。
午後1時
神社で周辺警戒に当たっていたチャーリーのポイントマン、ジェームズ・チャドウィックは驚愕した。周辺が雪以上に霞がかり視界が悪くなったと思ったら、目の前に角を2本生やした少女が現れたのだ。祖母に読み聞かせてもらっていた悪魔の姿と、ごく普通のエレメンタルスクールの女児を足し合わせたようだった。
瞬間移動するモンスター、先ほど現れたのはこいつかもしれない。神出鬼没の相手に長物は不利と見てライフルを捨て、ヒップホルスターに下げているMP7A1を抜く。
「あんたら私と力比べをしないか?」
彼女は言った。ジェームズはチャーリーで唯一日本語を理解できる要員だった。力比べといえばアームストロングかボクシングと相場は決まっているが、この悪魔が欲しているのは殺し合いだろう。そう結論付けた彼は、味方に叫ぶ。
「撃て!」
指示を出すと同時にジェームズと両翼にいた2人はMP7の連射を浴びせる。3人が惹き付けている間に隊の6人は射線を確保するべく移動する。
彼女は自分に向かって突進してきた。最初は胴を狙い、連射しながら胸、顔と撃ち続ける。顔は手によって覆われ、腹も胸も腕も弾丸を受け止めているのか、全く減速せずに突っ込んできた。
背丈が自分の胸のあたりまでしかない彼女は、銃の懐に入るとすさまじい速度でパンチを繰り出してきた。
「!?ーーーーッ!?!?」
殴り飛ばされた瞬間に意識を手放していた彼は、そのまま目が覚めることは無かった。
ジェームズを援護するはずだった2人の男は、彼に迫った相手を撃てなかった。彼を殴り飛ばした敵を再度照準に収めたとき、そこにいたはずの敵は姿を掻き消した。
奴に4.6mm×30は効果がない。そう判断した2人は一度は放棄したG3SG/1ライフルを拾い上げた。再度姿を消し、どこからともなく現れる。敵の攻撃パターンを予想できたので2人はどこから敵が現れてもいいように背を張り合わせて全周警戒をした。
そして再度周囲が霧に包まれた。最初に出現したときも霧が濃くなったように感じたし、消え失せた時も周囲に霧が広がったように思えた。霧は自分達の頭上に集まっている。
それを察した男の1人は地を蹴って前に飛び出した。もう1人は触れ合っていた背の感触がなくなったことから背後を振り向いた。そして状況に気がついた彼は銃口を頭上の少女に向けようとした。
彼の反応よりも早く彼女の足が男を捕らえていた。顔を踏みつけられて仰向けに倒れる。彼は鼻が折れるだろうとまでは予想したが、そのまま踏み抜かれて頭が潰された。
前に飛び出した男はそのまま雪上を転がり、飛び起きて前進する。仲間達は自分達を囮に反撃を加えているはずだ。
3人が時間を稼いでくれたおかげで絶好の攻撃ポイントに移動した6人は、仲間の1人がやられると同時に狙撃した。PDWの小さい弾は効かなかったが、今度はライフル弾を浴びせてやる。
仲間の1人を犠牲にしつつも、敵の頭部と胸を撃ち抜いた。そう思ったが、頭部を狙った攻撃は悪魔の角に弾かれ、脇から胸と内臓を狙った攻撃も2発が命中したが、次弾を打ち込む前に姿を消された。
6人は手持ちの装備が通用しないという最悪の可能性を考えざるを得なかった。チャーリーの指揮官であるポールは、囮として最後まで残ったマックスがやられたならば、奴はフォックスの射線におびき出して始末してもらうほかないと考え、仲間にそのように指示を出す。妖怪の山の方を監視し射線に置いている彼らが狙えるように、次は自分たち自身が囮となって北に誘導しなければならない。
残されたマックスは次に狙われるのは自分でなければならないと考えていた。仲間達は十分に離れているが、彼らの中心に瞬間移動されれば対応は遅れるだろう。それより、仲間達は自分とその周囲を狙って待機しているはずだ。ならばこっちに来てもらわなければ困る。
そして目を閉じた。開いていたところで背後に現れられたら同じ事。それより目を閉じていれば相手が自分を狙ってくるかもしれないし、なにより集中力が高まるからカウンターを決めれるかもしれない。
そして彼女は出現した。周囲の空気が背後に吸われていくような流れを感じて振り向いた。予想外に離れたところで実体化した少女は手にスノーボールを持っていて、それをこちらに投げつけてきたのだ。
構えていたライフルごと手を上げて防御したが、スノーボールだと思っていたそれは砲丸だった。勢いを殺しきれずに頭部に衝撃が走り、雪上に倒れこんだ。そのまま彼の意識は遠のいた。
マックスを囮に構えていた6人は、少女がそこから離れた位置に現れたことで照準を合わせるのに1秒ほどかかってしまった。その隙に彼女はマックスを攻撃し、こちらが反撃したときには再度姿をくらませた。
このままの戦いを続けていても不利と判断したポールは、当初の予定通り彼女をフォックスの射線に誘導することにした。分隊全体ごと北に移動する。背後から霧が近づいてくる。追いつかれる前にスリーマンセル(3人1組)を作り、お互いの死角をカバーし合える配置につく。
「上だ!」
ポールの相手のチームが叫ぶ。ポールたち3人はすぐさま前に飛び出す。マックスがそうしたように、対応としてはこれが正しいはずだった。
「ミッシングパープルパワー!」
彼女は巨大化した。巨大化した悪魔はチームの1人を踏みつけた。
離れていたチームはすかさず反撃を行う。巨大化など予想しようもないことだったが、狙いやすくなった目標に対して、ライフルのセレクターをフルオートにして撃ちまくる。体中に弾がめり込んでいるはずだが、目の前の悪魔、もとい恐竜には効いている気がしない。
巨大化した姿のまま襲われたらひとたまりもないと皆思った。しかし彼女は飛び上がって姿を消した。こちらの攻撃が全く効いていないのなら、そして巨大な姿をずっと維持できるならばそんなことをする必要は無い。
「さあさ、鬼との根比べだよ〜」
ジェームズがやられてしまった今、その言葉を解することのできる者はいない。情報だとすれば惜しいことだが、声色からして悪魔は我々を嬲り殺しにして楽しんでいるのだろうか?
気にしてもしょうがないので、彼らはまた北側に移動する。ここはもうフォックスの射線だった。だれも彼らに連絡をつける暇もなければ、打ち合わせがしてあるわけではない。だが、皆確信している。次に奴が現れたときが最後だと。対物ライフルが効かなければこちらが、効けば奴が一巻の終わりだ。
フォックスの狙撃手と観測手はブラヴォーから連絡があった段階で、山から帰宅してくるかもしれない巫女を狙撃するために、簡易的なトーチカを組むことにした。山の方角に対して見晴らしのいい場所で雪をかき土を掘り、掘った穴に神社から引っぺがしてきた床板で補強と断熱を行った。2人分のスペースしかないそこから外を覗けるように、横に細く長く長方形に穴を開けてそこから銃と双眼鏡で広い範囲を見渡せることを確認した。塹壕にあけた銃眼は、その内側からは広い範囲を見れるが、外からは細い隙間にしか見えず中も暗いため彼らの発見を困難にする。板で天井を作り空間を確保した後に土と雪を潰れないほどにかけた。もう何者も自分達を発見することはできないだろう。
散発的に銃声が聞こえるようになった。チャーリーが交戦しているのは明らかだ。フォックスチームの2人は敵からの発見を困難にしたが、同時に移動も出来なくなった。仲間の援護に向かうことは出来ず、彼らがやられるときは見殺しにするしかなくなる。彼ら2人がここから出るときは死体になってからだ。ここは2人の棺おけだった。
そしてチャーリー分隊が彼らの視界に姿を現す。視界に入ったのは5人だけ。他がやられてしまったかどうかは確認のしようがない。だが、彼らがここまで走ってきた意味は分かる。
そして悪魔は男達の直上で巨大化した姿を現し………。
フォックスの狙撃手ジャックは巨大な存在が仲間達の直上に現れると同時に、狙いを移動してその頭と思われる部位を撃った。不可思議なことが目の前で起きている驚きというものが無い訳ではなかったが、体がプログラム通りに反応したような冷静な行動だった。
直下にいた者達は飛びのいて、巨大な敵に潰された者はいないようだった。
巨大だった敵は萎むように小さくなっていき、角の生えた少女の姿になった。チャーリーの仲間達は銃を向けているが彼女を撃つ気配がない。それを察したジャックは2撃目を彼女の心臓を狙って撃った。
チャーリーのリーダー、ポールは悪魔の死を確認してフォックスに伝えた。
マックスは頭部と右腕に重傷を負ったが生きていた。
午後2時
ブラヴォーとデルタは妖怪の山に入っていた。見通しのいい道を避け、川沿いに枯れ木林の中を行く。中腹付近まで来て、彼らは複数の人型がたむろしているポイントを見つける。洞穴の周りを囲むように人型がいる。あそこが地霊殿の入り口らしい。部隊を囲うように展開し、始末してから乗り込んでもいいだろう。だが、まだ情報が足りない。別働部隊に連絡をつけるためにも確たる情報が欲しいところだ。
そこへデルタのテールガン(後衛射撃班長)から連絡が入る。
「徒歩にて山を登ってくる人型1あり、接触まで10分ほど」
「……よし、そいつを利用する。ブラヴォーはオーエン、ロバート、ヴェルナーの3人、デルタも3人選んで雪上迷彩解除、装備のホワイトテープも外しておけ、そいつと接触して洞穴前に向かう。迷彩を解除した部隊を囮に情報を収集、我々は先行して潜伏する。オーエン、必要なことを聞き出したら合図を出せ。上の連中は俺たちが片付ける」
ブラヴォーの隊長ニールスが指示を出す。指名された者達と、デルタの方で決定した3人は素早く白いウェアを脱ぎ捨て、銃に巻きつけてあった白いビニールテープをはがしていく。白一色で雪の上を隠れていた者達は5分とかからずに黒いベストに上下の服、そして銃と黒や紺系統の色になった。夜間や屋内戦用の装備の上に白い防寒着を着ていたのだ。雪上と屋内の両方に対応出来るようにである。
「会話は俺に任せてくれ、それと出来れば上の連中を刺激したくない。リーダーには悪いが皆上の連中の視界に入らないように途中から隠れて欲しい」
オーエンが他の5人に指示を出す。少し下山して下から上ってくる青い作業着姿の少女を待ち伏せる。
「こんにちは」
「? こんにちは」
「私達は博麗の巫女と呼ばれる方を探しています。どちらにいらっしゃるかご存知ありませんか?」
「うーん、ずっと家に篭りっきりだったからわからないなぁ」
「では地霊殿と守矢神社という場所はご存知ですか」
「その二つは知ってるよ。でも何でそんなこと聞くの?」
「巫女がどちらかにいるかもしれないのです。よければ案内していただけませんでしょうか」
上手に嘘をつくコツは、9割の話しても良い真実を話しながら1割のそれと分からない嘘を織り交ぜることだ。
「ふーん。案内するのはいいんだけど、あなたたち外から来た人でしょう? かわりに外の話を聞かせてよ。それならいいよ」
「お任せください」
「あたしはにとり。河城にとりだよ。よろしくね」
「私はオーエンです。オーエン・リチャードソン。彼らは私の仲間達です。よろしくお願いします」
言葉が分からなくても自分達が紹介を受けたことは分かる。とりあえず笑みを返して日本風のお辞儀をした。
午後3時
上で確認した洞穴が近づいてくる。周りの5人はすでに外れたようだ。上の連中は警戒しているが、確認もせずに自分を排除しようとはしないらしい。
「ここでどうしたんですか? 皆いつもは地底には近づかないのに」
「怪しいやつが山に侵入するかもしれないから、ここを守るように仰せつかったまで。河童、お前の隣の男はこの上なく怪しい。何者だ?」
(そうだ。そのように計らった。おかげで周りに潜伏した部隊は発見されていないし、迷彩を解除した5人も少しずつ接近しているだろう)
「この人達は外から来た方々です。博麗の巫女がこの先の地霊殿か守矢神社にいるかもしれないと聞いて伺ったそうですよ」
「私は巫女に用があるのです。通していただけませんでしょうか?」
「だめだ! ここは何人も通すなとの達しだ。巫女に会わせる訳にはいかない。立ち去ってもらおう」
(こいつらは命令の意味を理解していない。相手が山の監視と巫女の防衛体制を敷いているのは予想外だったが、この様子では状況の認識が末端にまで行き渡ってはいないだろう。そしてこいつらは自ら巫女の居場所を教えてくれた。私には誘導尋問すらした覚えはないのだが)
「そんなぁ、この人たちはわざわざこんなとこまで……。あれ? 他の人は???」
必要な情報を入手した彼は、仲間達にそれとなく合図を送る。迷彩をして潜伏している仲間達が彼らを狙撃する。
「えっ。えっ。えっ?」
(この子には生きていて貰わなければならない。巫女が地底にいるとしても、アルファが合流するのは少し先になる。地霊殿とやらで防衛線を敷かれて攻略に時間を要すれば、山の勢力がアルファより先に地底に下り挟撃されてしまう。であれば誰かが山頂を目指し、奴らの足止めをするかもしくは攻撃力を減殺しなければなるまい)
「さて、にとりさん。博麗の巫女が地霊殿にいることは分かりました。あなたのおかげです。有難うございます。もう一つのお願いでしたが、これから私達と一緒に守矢神社まで行ってくれませんか? 先ほどの道中のお話ですと、この山のトップが居られるようですのでお話がしたいのです」
そう男が話すと、先ほど外れた5名が現れる。にとりの前に彼らが姿を現した理由、それはここを守っていた天狗どもと同じ事。隊の一部が極端に目立つことでそれ以外のものの潜伏と前進を容易にする。どちらかの隊が上に行くとしても、ここで彼女のイメージには我々は6人、半分に分ければ3人しかいないことになるのだ。
にとりという少女は涙目になって首を横に振る。
「困りましたね。先ほど会った白い犬のような少女や、鳥のような少女と同じ目にあなたをあわせたくは無いのですが」
「!!!椛と文ちゃんに何をしたの!」
(知り合いか、利用したほうが都合が良さそうだ)
「……お2人は我々の仲間が拘束しています。ですが2人とも我々の意に従ってはいただけないようなので始末しようかと思っていたところです。あなたが協力していただけるのでしたら2人は開放いたしますよ」
「協力できないといったら?」
「この山に我々に協力して頂ける方はいないと判断いたします。あなたと拘束中の2人には死んでいただいて、今後道中出会う妖怪にはここで横になっている者達のようになってもらいます」
「守矢神社まで送ったら、ほんとに2人を助けてくれる?」
「出来ればその後の話し合いで我々のことを口添えしてください。交渉が上手くいかなかったり私達が命を落とすようなことになれば、私達の仲間には拘束している2人が不要になってしまいますので」
ここでオーエンを含む3人は山頂に、3人は地霊殿に行くことにした。
にとりが知っているのはここまでだが、山頂に向かったのはブラヴォーの9人であり、残りの6人はいまだ迷彩をして雪山に溶け込みつつ山を登っている。同様に地底にはにとりが去った後でデルタの9人が合流して入った。全員が迷彩を脱いで地底の闇に溶け込んだ。
デルタは地底に降りていく前にアルファとエコーに連絡をつけた。エコーはブラヴォーの援護をし、アルファは2,3時間遅れで地底に来るだろう。合流してから責めたのでは時間がかかる。その前に露払いを済ませておかなくては。
午後5時
山頂の神社に着いたところであっという間に30前後の人型に囲まれた。正面に十数名、側面と後背にその他。仲間達は包囲を完成させているだろうか?
「こんにちは。いえ、この時間はこんばんはと言うべきなのでしょうか? はじめまして、私はオーエンという者です」
「何の用だ」
「博麗の巫女様に会いに来ました」
「生憎とここには居ないよ」
「それは存じています。我々の仲間が博麗の巫女がいると思われるところに向かっております。私達は彼らが無事に巫女の下に辿り着けるように援助したいのです」
「“それ”が用か? つまり邪魔をするであろう我々の足止めに来たと言うわけだな。その河童は人質か?」
「神奈子様、皆聞いてください! 私だけじゃなくて、椛と文ちゃんも捕まってるの。言うことを聞かないと二人とも殺されちゃう!」
「つまり人質は3人ってわけだ。お前達3人と釣り合いが取れてるってところかい。だが残念だけどあんたらをここから生かして返すわけにはいかないね。神は人の脅しに屈することはないし、お前達の言うとおりに動くつもりも無い。私らはお前達を滅して、お前達の仲間とやらも皆滅ぼすぞ。話があると言うのならその者達を開放してからだ。無論、博麗の巫女を傷つけると言うのなら話にもならないがな」
(残念ながらそれは出来ない。もうそろそろ準備をしなければ)
「この人たちは6人いました! 半分の3人は地霊殿に向かっています! 見張りについてた天狗たちはこr―――」
ダァ―――――ン
ヴェルナーと呼ばれた3人のうちの1人はにとりの頭部を撃ちぬいた。仲間達はもう準備しているだろう。こちらから戦端を開けば先制攻撃で敵戦力の大部分を削れる。
にとりを撃った後、ヴェルナーはそのまま照準を動かしてオーエンと会話していた女性を狙う。彼女がここのリーダーであることは明白だ。反撃される前に胴に2発撃ち込んだ。
「ぐっっっ――――」
同時にオーエンとロバートの2人は銃を構えて燈篭の影に隠れる。
周囲に潜伏した者達から銃撃が加えられる。対象は滞空している化け物たち。
「早苗っ!」
周囲の仲間達の攻撃を受けてか、宙に浮いていた怪物共の一部が地面に落下する。残った者達からの攻撃が中心の3人に集中する。
(いいぞ、全員が俺たちを狙っていればそれだけ周りの仲間達が攻撃を受ける回数が減る)
仲間の1人が相手のリーダーと思しき相手を撃ち倒した。だが前方の残った1人が仲間を庇うように前に出る。燈篭の影から相手を撃つが、リング状の鉄が出現し背後の者達に攻撃が届かない。輪の中心を通してそれを展開している少女を撃ったが、やはり人間ではないらしく数発の銃撃に耐えている。
「あそこだ! あいつら白い服を着てるぞ! 他にもいる!」
この言葉が反攻の始まりだった。大声で叫んでいたが、ブラヴォーで聞こえたのは中心で生き残っていた2人だけだった。ヴェルナーは最も多く敵の攻撃に晒されて息絶えていた。
「げんこつスマッシュ」
「撃沈アンカー」
人型が何事か発言すると、何もない空間に凶器らしき物が出現する。もとより周囲の怪物たちから受けている攻撃は、手などから放たれているボールのような球体で、それらが体に当たると質量や実体を伴っているようではない、エネルギーのみが体に伝わる様なダメージを受ける。事実体に当たるとそれらは消えてしまうのだ。
であるはずなのに、人の拳を巨大化させたような物はライフルの弾をはじき、次いで高速で飛来した錨の様な物体が男の1人に迫る。
雪の上に伏せていた男はすぐさま反応することが出来ずに錨が直撃する。青白く光りながら飛んできたそれは、男の体に当たると半身を分断して消えた。
「ペンデュラムガード」
中央に青い菱形の結晶が出現し、それまで防戦一方だった敵達を庇うように配置がなされる。
中央で生き残っていた2人の兵士の銃撃がそれら菱によって防がれるようになった。
「風神様の神徳」
最初に銃撃を受けたはずの女性が飛び上がり、周囲に暴風が巻き起こる。潜んでいた者達は降る雪と巻き上げられた積雪による吹雪で視界を塞がれ、その上動きを封じられてしまった。
「ゲボォッ 」
上空の脅威が撃ち落された。エコーの援護射撃だろう。
吹き荒れていた風が止み、視界が確保できるようになった。だが先ほどの吹雪のせいで相手に場所を特定された5人は個別に攻撃されるようになった。中央の2人は菱に銃弾を防がれるようになり、有効な攻撃も出来ないまま周囲から集中的に叩かれて絶命した。
場所を特定された者達は単体に攻撃を集中された。動きづらい上に拳や錨、SF映画のビームの様な光を浴びせかけられて1人ずつ屠られていく。
分隊内でライフル兵である男の1人は自身の狙撃が菱に阻まれるようになり、かつ囮に出向いた3人がもはや死亡したこと、そして戦闘開始時から冷静に状況を分析し反撃をし始めた敵の一隊を確認してから行動した。彼らに損害を与えなければ、アルファが洞穴に到達する前に地底に援軍に向かってしまうかもしれない。そして彼は走り出し、特殊な手榴弾を敵の中心に放り込んだ。
残念ながら彼自身はその戦果を見届けることなく、背後に回りこんだ敵の1人に殺されてしまったが。
エコーは魔法の森を背後に妖怪の山を視界におさめた。狙撃手は筋肉弛緩剤と覚醒剤を服用し、1500mもの超長距離の狙撃に備える。観測手は同様の覚醒剤を飲み、固定された双眼鏡を覗き込む。
「目標5ポイント下、1ポイント半右に修正」
妖怪の山上空に数名の人型が確認されるようになったとき、観測手は彼らに対する弾道計算を行った。しかし、彼らを狙撃する必要は無かった。彼らは潜伏している班が撃ち落していたからだ。
そして上空に1人の人型が飛び上がった。彼の者は周囲に吹雪を巻き起こし、それはブラヴォーの潜伏班を襲っていた。
言葉を発することもなく狙撃手は狙いをその者に向け、引き金を引いた。
「ヒット」
観測手が弾着と目標の撃墜を確認した。
以降はエコーの出番はなかった。戦闘の様子からしてブラヴォーは全滅したらしい。後はアルファの援護と地底に向かう敵勢力を出来る限り減殺すればいい。
2人が一息ついていると周囲に紫色の“目”が出現した。それらは2人から5m程離れた位置の全方位に現れ、全ての目は2人を見つめていた。
即座にこれらが妖術の類、何物かからの攻撃である可能性に考えが至った2人は、サブ武器であるMP7を抜きそれらに連射を加える。だがむなしくも銃弾はそれらに何の影響も与えたようには見受けられず、状況は一切変化しなかった。
2人の掃射が終わり、訓練による無意識の反射動作としてマガジンを入れ替えた。だがその動作に意味があったのか、終わると同時に周囲の目が光った。無数の光弾がその眼から放たれ、2人の体に突き刺さる。全方位から放たれたそれらを回避する術はなく、中心にいた2人は頭部が破壊されて死に至った。
なおも攻撃は続けられ、体中が完全に破壊されてから周囲の“目”は弾と共に消え去った。
午後6時
デルタは洞窟内を競歩で進んでいく。他の部隊に連絡をつけてから地底に下りたが、別働のアルファが洞窟に下りてくるのは1,2時間遅くなるだろう。もとより一本道であるここでは、大部隊を同時に投入しても意味を成さない。敵の増援が来る前にカタをつけるには我々デルタが敵勢力を出来うる限り排除し、後続のアルファを損失0で目標と当たらせたい。
デルタのポイントマンは危険を顧みずに前進する。暗い一本道の先頭を行くのは罠と待ち伏せに真っ先に飛び込むことを意味する。だが彼がその役を追っているからこそ、後ろを行く者達は彼の身に起きたこと、彼が発した警告によってそれに対処が可能になる。
予想通りと言うべきか、ちょっとした曲がり角の先の視界に敵の姿が現れた。
と、同時にその者達から光弾が浴びせかけられた。
「待ち伏せだ!」
彼は大きな声で叫び、同時に壁に張り付いて敵の攻撃を回避しようとした。しかし敵は広範囲に面の攻撃を繰り出してきた。
壁に張り付いたまま腰を落として左手で顔を守った。敵から発せられた光弾が体に当たる。それらは服の上から彼に強力なパンチをかましてくれた様だった。胸や足に命中したものは、軍のキックボクシング大会でうけたジャブやローキックを思わせる一撃だ。顔を守った左手は甲に弾を受け鋭い痛みが走った。
隠れる場所も無くこのままでは自分が移動することも出来はしない。かといって耐え続けていてもジリ貧で、仲間もこの状況では迂闊に助けにも来れないだろう。今最も忌避すべきは損失を広げることなのだから。
彼はフリーの右手でMP7を前方に構えて引き金を引いた。狙いも何もあったものではない、攻撃の中心に向かって当てずっぽうで撃っただけだ。
「キャッ!?」
敵の1人が声を発する。声色からして有効弾ではなく、おそらく掠ったかビックリしただけといったところだろう。
「大丈夫、キスメ? んにゃろ〜、よくもキスメを〜」
相手の言葉は分からないが敵の攻撃が中断されたのは確実だった。男は顔の覆いを解いて片手で銃を構えなおし、敵(なんと2人の少女だ!)に狙いをつける。同時に隠れていた仲間達はライフルを構えて飛び出し、3人の男達は目の前の少女達を撃ち倒す。
2人を穴だらけにしてから後ろの仲間達と合流し、怪我をした男は前衛を交代する。
左手と体中を痛めてしまった彼はメタンフェタミンを服用した。痛み止めと眠気覚まし、疲労感の除去と覚醒剤としては昔から各国の軍隊で愛用されてきたそれは、彼の痛みをたちどころに止め疲れを消し飛ばし、多大な高揚感と集中力を彼に授けた。
冬の夕闇、あたりは薄暗くなり暗く静かな夜の帳が下りてきた。
博麗神社を確保していたチャーリーは、昼過ぎに妖怪の襲撃を受けてその数を6人に減らしていた。その内の1人も利き腕と頭部に重傷を負い、戦力として数えることは出来ない。
北側はフォックスが射角に納めているので、チャーリーは班を2つに分けて南と東を監視している。先ほどと同様のことがあればこの戦力では心許無いが、ブラヴォーからの通信で目標への攻撃は別部隊が確実に行っていることがわかった。自分達の役割は敵の戦力の一部でも削ぐこと、この世界にいる全勢力が目標の防衛に回らないように示威的に力を振るうことだ。つまるところここにやってくる者を片端から殺害して相手の怒りを買うことである。
まるでテロリストのやり口だが、彼ら特殊部隊が外で就いていた任務もテロリストとの戦い、つまり非正規戦がほとんどだ。テロを打ち倒すにはより強大なテロしかないとのヒトラーの言葉を体現するかのように、彼らに与えられた任務は誘拐や暗殺、あるいは軍自体には空爆などの選択肢ばかりだった。
彼ら自身今となっては何が正しいのか分からないだろう。この期に及んで何かを正しいと考えているとしたらただの信奉者か狂信者だ。だが全員に分かりきっていることがある。自分の家族や友人隣人が死ぬことよりは、敵と定めた者達が死んだ方が自分達にとってはよっぽど良いと。
竹林の方から2人の人型が歩いてこちらに向かってくる。相手が有効射程に入り次第狙撃して両名とも屠る。だんだんと近づいてくるそれらは、ある距離からはっきりと女性の格好をしていることが認識できるようになった。全く嫌になる。
南から近づいてくる彼女達は3人のチームによって捕捉され、彼らの内ライフル兵でありSL9−SDを構えている男が狙撃することになっている。彼は2人に対する狙いと諸々の修正を加え、1人を撃った後狙いをどれだけ動かしてもう1人を撃つかをシミュレートした。
そして彼はその通りに行動した。前方を行くブレザー姿を狙撃した後、すぐさま狙いをもう1人の方に移して2射目を行った。2秒と経たない間に2発の弾丸を撃ち出し、間違いなく対象の2人を仕留めたと思った。だから失敗した。プログラムされたような完璧な射撃だったため、彼は初弾の命中を確認することなく次弾を発射したのだ。
完全に仕留めたと思った初弾は、何故か逸れたようで標的1は生きていた。すぐさま彼と彼の仲間の3人は標的1を再度銃撃する。ここで標的1は超人的な反応と天性の勘ともいえる銃撃の先読みでことごとく彼らの攻撃をかわし続けた。銃撃を避けるセオリー通りにジグザグに走りながら遮蔽物に逃げ込まれてしまった。
標的2は完全に仕留めただろう。図らずも標的1に追撃として放った銃弾が標的2の体に複数発命中してとどめになったのは間違いない。だが標的1、ブレザー姿でラビットイヤーをしていた方は手足を掠めた程度で、物陰に隠れてしまった。
相手がどのような怪物か分からない以上、暗闇の中であのような反応ができる者を仕留め損ねたのは大失敗だった。かといって追撃するには危険が多すぎる。
「エンリコ、奴が遮蔽から出てきたところを狙撃する。狙撃ポイントに移動しろ。セシルはMINIMIを奴の姿が見えたら10バーストで周囲ごと撃て、奴が超人的な反応を見せても弾をぶち込めるようにするんだ」
「「了解」」
そして奴が姿を見せた。彼らは眼を疑っただろう。同じ姿をした者が2人、同様の動きをしながら数メートル間隔をあけて逃げていくのだ。
彼らは各個の判断でそれらを狙撃したが効果は無かった。
実際には相手は見えている虚像2人の中央にいて、自身の波長を弄る事で蜃気楼のような幻を作り出していたのだ。
殺すことに失敗し、かつこの暗闇では迂闊に追撃することも出来ない。
あの者はいずれ仲間の意趣返しに来る。それこそは彼らの望んだことの一つであるが、言いようのない嫌な予感だけは拭えなかった。
午後7時
地底に存在した広い空洞。前方に大勢が集まっているところをみると、ここに防衛線が敷かれているらしい。
交代した先頭は考える。敵もこちらが見えているはず、だが出会い頭の攻撃はしてこないらしい。向こうが先制攻撃を放棄したならば、こちらの流儀で仕掛けるのもいい。
広範囲に攻撃する手段として手榴弾の類は非常に有効だが、爆風の逃げ場の無い洞窟で使えば自分達も巻き込まれる上、進行方向にそれらを用いて落盤でもされれば、敵を殲滅しても前進できなくなってしまう。
「レオ、連中と会話して時間稼ぎをするんだ、戦闘が不可避になったら合図をよこせ。ブライアンは催涙と毒のガス弾をローディングして奴らの中心に撃つんだ。オーゲはフルオートで奴らに弾の雨をプレゼントしてやれ。他の者は明かりを破壊して、まだ立っているやつがいたら撃ち倒せ。レオとユージンは戦闘が始まったらライトを消して匍匐で先へ進むんだ。地霊殿とやらを確認した後、もし我々がやられていても残党はアルファと挟撃して皆殺しにしろ」
デルタの指揮官が全員に指示を出す。
そして彼らは行動し、地底に待ち受けていた40近くの人型共と対峙した。
「あんたらが幻想郷に来たっていう侵略者ってやつかい?」
先に話しかけてきたのは向こうで、ユニコーンのように頭に角のある女だった。
「私達にはあなたたちに敵対する意思も、攻撃する理由もありません。ただ博麗の巫女に会いたいだけです。彼女に用件がある、それだけなのです」
「まず、名前を名乗ってほしいね」
「レオ・エザキです」
「ここに来る間に桶にはいった娘と、蜘蛛みたいな娘がいなかったかい? あんたらが会っていない筈はないよ」
「彼女達は我々にいきなり攻撃してきたので、やむなく反撃させてもらいました。ですが、彼女達は無事です。必要ならばここに連れて来ましょう」
何の動揺も見せずにスラスラと嘘が口をついて出た。話に乗ったら巫女と交換とでも言おうか、人質程度で姿を現すようならば苦労しないのだが。
「そうか、2人は死んだのか。お前達の手によって。ならば私達にはお前達を攻撃する理由も、殺す理由もできた。さあ、勝負といこうか人間。忘却の彼方に置き去った鬼の恐怖を思い出させてやる」
あっという間に見抜かれた。読心の術でも持ち合わせているのだろうか?
敵達に怒りが満ちていくのが分かる。大した時間稼ぎも出来なかったが、戦うしかないようだ。
バン、バン、バン、バン………
ガシャン、バキッ、ガァン、ドサッ………
散弾銃手は弾込めが終わっていないのだろう。先にライフルによる照明への攻撃で戦いは始まった。次々と明かりが撃ち落され、周囲が徐々に暗くなってゆく。
パシュッ――――バウンッ
ガス弾が発射され、敵の中心がガスに包まれる。続けて残りの弾も発射されて数十名いた敵達はガスに包まれた。
2人の分隊支援火器兵であるブライアンとオーゲはそれぞれM4ショットガンとMINIMI軽機関銃(6.8mmSPC用バレル換装モデル)を装備している。ブライアンによって敵兵はガスの影響下にあるが、奴らは並外れた体力を有し、人とは異なる摂理に生きているそうだ。確実に殲滅するためにも徹底的に叩く必要がある。
オーゲは機関銃を自身の体を隠せる岩場に固定し、フルオートでそれを連射した。垂直方向のブレや反動を極力抑え、水平方向に端から端まで横薙ぎに薙いだ。それを2往復ほど繰り返した後、弾が尽きた。
他の者達は支援火器による水平掃射で撃ち漏らした者や仲間の背後にいて救われた者達を1人ずつ狙撃してゆく。
軽機関銃の掃射が止み、ライフルで粗方の敵は撃ち倒した。
狙撃を行っていた5名は最後の方は同一の目標を攻撃している。彼の者はこちらと会話を行った女で、ガスにもライフルの弾にも耐え続けていた。
人間ならばとうに穴だらけになっているはずの攻撃を受け続け、所々出血しているのは見受けられるが倒れる気配が無い。彼らは攻撃を続けたが、その中で彼女が口を開いた。
「……私たち鬼という種族はな、人間達に追われたらいつだってその場所を後にしてきた。人間達が私らを必要としないのならば消え去るのみだ。私らの力があれば人間達を滅ぼすことも、従わせることも出来たのにだ。私らはそんなこと望んでいなかった。お前達人間がいなければ私らは存在する意味がないからだ。だからお前達が鬼に絶滅して欲しいと言うならば、私はそれを受け入れよう。私はこれから、今この時からお前達を命あるまで殺し尽くす。殺して殺して殺し尽くしてやる! 私が死ぬまでなぁ!!!」
何かを言っているようだが、その言葉の意味するところは残った彼らにはわからない。ただ仲間が殺された怒りに満ち、自分達への怨嗟と殺意ははっきりと感じとれた。
怪物女が手近な岩石を掴み上げると、機関銃手が隠れている岩に投げつけた。仲間達は何発も彼女を撃ったが、それら一連の動作を止めるには至らなかった。
岩石は岩場ごと砕き、隠れていたはずのオーゲを吹き飛ばした。彼の頭部が無くなっていたので彼は間違いなく死亡したのだろう。
今更ながら思い知る、自分達の対峙している者達はモンスターなのだと。敵の大半が同様の戦闘力を有している訳ではないことに安堵することも出来ようが、目の前の敵を倒さないことには先へ進めない。今仕留めておかねば、アルファが到達したときに損害が出る可能性もある。
体から血を流し片方の目が潰れている以上、ダメージが無いとは思えない。敵の攻撃を回避することに専念し、一方的に攻撃し続けなければならないだろう。
6人は半数が銃撃し、残りの半数が移動して場所を変える。これらを交代で繰り返した。
しばしそのようにして距離を置きながら攻撃していたが、相手は急に片方のチームに飛び掛るように接近した。
「四天王奥義! 三歩必殺」
相手が何事かを発し足を踏み出す。それによってかよらずか二歩目の足を踏み出したとき、3人の内で彼女に最も近かった者が死んだ。目に見える何かがあったわけではないが、彼は何かに押しつぶされたように小さな肉塊になった。さらに女は踏み込み、残った2人が弾き飛ばされた。1人は飛ばされた勢いで天井からぶら下がる尖った岩に突き刺さり、もう1人は壁に叩きつけられた後でその力によって体を潰されたらしい。
「再装填!」
あっという間に仲間の3人を殺され、残った3人の内1人が声を出す。
2人はそれの意味するところを理解し、彼が武器に弾を込める時間を稼ぐために彼から離れながら女怪物を撃つ。
狙い通り女は2人に向き直り、1人に光弾による攻撃を浴びせてきた。彼は前衛として洞穴内で同様の攻撃を受けた者だった。その時と同様に顔を防御して耐えようと試みる。腕と胴に弾が当たったが、先ほどとは比べ物にならない程の力だった。服用した薬の効果で痛みこそ無かったが、防御に使用した腕が千切れて顔の覆いがなくなる。続けざまに飛んできた弾が顔面に当たり、首の骨がへし折れた。
敵はそのままの体勢で胴だけ回転させるようにしてもう1人の男を光弾で撃つ。ちょうど軽機関銃で掃射を行った男と似た攻撃だ。狙われた者は、あれが人には耐えられない代物であることを仲間の死をもって学んだので、その場に伏せて回避しようとした。
弾それ自体は避けきることが出来たが、それらは避けられた先で壁や天井に当たり、頭上の岩が砕けて男に降り注いだ。
仲間達が全滅し、最後に残ったブライアンは装填の終わったショットガンを女に向けていた。女が自分のほうに向き直ると同時に引き金を立て続けに引いた。12ゲージの銃口に合わせて作られた小型のグレネードが圧縮ガスで放たれ、女にぶつかったり近くの地面に落ちたりして爆発する。
しかし、しかしそれでもなお女は立っていた。数多くの弾を受けた上に体表で榴弾が爆発したのだ、無事であるはずが無かった。事実無事などではなかったが、全身をズタズタにしながらも倒れなかったのだ。
彼女の両目は開いているようには見えないのに、男の方を向いて攻撃を放ってきた。狙いは下に逸れて男の足元の地面にぶつかったが、大地を抉りながらも一部のエネルギーが彼の両足首を襲う。片方は捩れて折れ、もう片方は千切れ飛んだ。
激痛が走り、膝をついて倒れる。何とかポケットから覚醒剤を取り出して服用した。痛みが消えて集中力が出てくる。シェルポーチからスラッグと呼ばれる大きな一粒の鉛玉を発射するショットシェルを取り出して銃に込めていく。
4発ほど込めたところで女が近くまで来た。彼は銃を向け、込めた分の弾を彼女に向かって撃ち尽くした。
それらは彼女の体に壊滅的な破壊をもたらした。胴には修復不可能と思える穴が無数に開き、臓物や体液が体から零れ落ちている。
彼女は自分の真正面に立ち、お互いの顔を見据えあった。
(ああ。なんて美しい)
彼女が化け物であっても絶対に助かることは無いと彼には思えた。そして彼女の表情には怒りも悲しみも無かったようにも思う。
当初は我々への復讐心から体が突き動かされているのかと思っていたが、ここに来てその半壊した顔を見てわかったような気がする。彼女は我々と同じ、自分がどうなろうともこの世界で暮らす仲間達の生活を守りたいという意思が感じられた。
そこには戦った戦士同士でしか感じ取れないような空気があり、彼は素直に敵の女を尊敬し、その凛とした姿を美しいと表現した。
女は彼の顔を掴み、ゆっくりと握り潰した。
多少の齟齬はあったものの当初の予定通りに状況は進んでいる。レオとユージンはライトを消し、ガスと仲間の銃撃をよけるように大きく迂回して敵が敷いた防衛線を一足先に突破する。
暗い地底で暗色の服を身に纏い、ライトを消した2人は周囲に溶け込みながら前進した。この町の様な場所には戦闘に参加した者以外の人型がまだいるようだが、それらは家の中に篭って出てこないらしい。戦いに消極的な者達が自分達を発見して仲間に報告するとは思えないし、今までの戦闘から彼らにゲリラ戦を展開する知識はなさそうだった。
2人は何事も無く地霊殿と思われる大きな屋敷を視界に捉えることができた。
午後8時
博麗神社周辺。そこには夜の闇の中、周囲の警戒に当たる男達がいた。彼らは5人、静かな雪の夜に溶け込んでいた。冷気は体に突き刺すような痛みを与え続け、暗闇の中で動くものを見つけ出そうとする試みは多大な疲労感をもたらす。
あるときからそれらを無くすための薬を全員で服用し、それによって食事もとらずにあと何時間でも活動できるだろう。
そして彼らの鋭敏になった神経はそれに気づかせた。雪の降る夜とはいえ、周囲が完全な無音状態になったのだ。各々が音の出る行為をしたり、声を出そうとして確信に至る。ここは何らかの手段で音が遮断されていると、それは特殊な能力を持つここの住人の攻撃にまつわるものであることは疑いようが無い。
昼の戦いが思い起こされる。敵は前方から来るとは限らず、何らかの手段で瞬間移動してくるかもしれないのだ。彼らはチームごとに全周警戒を行う。
結論から言えばそれが失敗だった。互いが互いの死角をカヴァーするように背を向けることは、誰かが必ず敵を発見できることになる。しかし今は無音の状態で、仲間に直接触れでもしない限り“敵の発見を仲間に伝える手段が無い”ことになるのだ。同様に、仲間に何かあったところで気がつけない。
3人組の男達の前に姿を現したその者は、間違いなく数時間前に取り逃がした相手だった。男の1人の目前に現れたそいつは、彼が銃を向けて引き金を引くよりも早く自身の能力を使用した。
紅い瞳に魅入られた男は狂気に憑かれた。彼女の能力が相手に行動を指示できるものなのか、あるいは男の狂気そのものがそうさせたのか、彼は無音で何も気がついていない仲間に自分の銃を向けて2人を撃ち殺した。そして銃を捨てて腰についているナイフを抜く。自分自身の喉にナイフを刺し、彼は自殺した。
3人の組が全滅している時、2人組みの方はそれを目撃していた。視覚に頼るほか無かった状況で、2人だけの組では死角ができる。全周警戒を行うには決まった方向を見続けるよりも、周囲をたびたび回転するように見渡すほか無い。体ごと回転させながら、視線と銃口を同時に動かしていく。
そして彼らはスリーマンセルを組んでいたチームの1人が仲間を撃ち殺し、自らの命を絶った瞬間を目撃してしまった。そしてその男の目前に立っていた少女の姿も。2人は逃げていく少女の後姿、それも幻影を見せられたことしかないが、彼女が先ほど撃ち漏らした相手であることは察しがついた。仲間の1人が異常な行動をしたのは疑いようも無く彼女の仕業だろう。
2人はその少女に銃口を向けて引き金を引く。男達の反応はかなりの早さだったが、少女は後ろ飛びで回避してしまった。
照準をすぐさま飛んだ先に移したが、相手の姿は跡形も無く消え去っていた。いまだ2人の周囲に音は無く、相手の姿は確認出来ないままだ。
2人の男は先ほどと同様に周囲を見渡していく。だがあるとき男の1人の動きが止まる。彼の眼前に桃色に光る大きな銃弾のような代物が現れたのだ。反応する間もなくその弾は突進してきて、男の右目に突き刺さる。弾は眼窩の中で破裂したようにエネルギーを撒き散らし、彼の頭は吹っ飛んだ。
最後に残された男は相棒がやられた直後、弾が出現した位置に標的がいると踏み、相棒の前の空間に向けてライフルを撃つ。
「キャアッ!!」
その場所ではなく、少し遠くで悲鳴が聞こえる。同時に自分が撃った場所のすぐ傍に、先ほどのブレザー少女が見えるようになった。
彼女が見えるようになってしまったため、彼女の瞳を見てしまった。彼女に向けた銃の引き金を引く前にその能力に囚われる。全身がいうことをきかず、指一本とて動かせない。
「くふ、くふふふふふふ……。死ね、死ね、死ね氏ねシネシネシネ殺すコロスコロシテヤル……」
何事か呟きながらブレザー少女は彼に大量の弾を撃ってくる。強靭な服の上からではそれらは彼を殺すことなく殴られるような痛みだけを伝えてきた。体を動かせないので衝撃で仰向けに倒れこんだ。
少女は狂気に満ちた笑みを浮かべ、彼の上にマウントポジションをとって跨る。女性とは思えない力で何度も何度も殴りつけられ、折れた鼻骨が脳を傷つけたのか1分ほど殴り続けられてから彼は死んだ。
その場所から少し離れていた場所。チャーリーの現在唯一の生き残りであるマックスは、怪我から戦闘に参加することなく後方で待機していた。散発的に銃声が聞こえるようになり、そしてそれも止んでしまった。意味不明な言葉や何者かの高笑いが聞こえてきたことから、仲間は皆死んでしまったのだろう。
そして敵は自分に気がついていないのかもしれない。
(このまま敵をやり過ごして任務を続行する? そもそも自分達の任務は敵戦力の減殺、ただでさえ戦力にならない自分1人で何が出来る。仲間に連絡を取る? 目標は地底、仲間達の多くも地底に行っている。連絡もつかないし、最優先事項はあくまで目標の抹殺だ、となれば自分は仲間5人を殺した相手を道連れにでも出来れば上出来だろう)
ピンッ―――
動く左手で腰につけていた手榴弾の安全装置をはずす。そのまま2,3の榴弾を抱えたまま左手とウェアで腹の中に隠しておく。
愛らしい容姿に英海軍の儀礼用軍服を着て可愛らしい耳をつけた、手を血まみれにした少女が近づいてくる。
彼女の瞳には怒りと憎しみが宿り、それらによるものだろう狂気が満ちていた。彼女の殺意が怒りに満ちているということは、彼の仲間が彼女の大切な者を奪ってしまったということだろう。
彼は罪悪感を感じたわけでも、彼女を哀れんだわけでもない。ただ、どうせ自分の命と引き換えにするのであれば、選択は彼女に委ねようと思った。
少女は男の眼前にまで近づき、彼の眼を覗き込んだ。彼女は能力を使わなかったので、彼は自ら手榴弾のレバーを離すことも出来た。
彼女は子供がそうするように指を銃の形にし、その先を彼に向けた。白い光を纏った銃弾が出現し、彼の頭部を撃ちぬいた。
アルファは地底に侵入していた。山でも地底でも道中は全く交戦すること無く、それゆえ損失も無く通過してきた。それは彼らが十分な警戒を行い、偵察していた人型達に発見されること無く目的地までの安全な迂回ルートを通ってきたからだ。そして何より彼等のために犠牲になったブラヴォーとデルタに拠るところが大きい。
それは彼ら自身も分かっていたし、自分達の後にここに入るのは妨害勢力以外はありえないことも承知している。
故に彼らは幾つかのブービートラップを仕掛けた。それらの構成はワイヤーや接触式の簡単なものだ。だが、簡単だからこそ有効であるともいえよう。人外の魔物達は人よりも遥かに優れた力を有しているらしい。ならば我らが世界で人が自分の能力を超えた仕事をさせるために生み出したもの、意思なき道具達と戦って頂こうではないか。
午後9時
デルタの生き残りの2人は洞窟内を反響する遠方の足音で、じきにアルファが到達することが確認できた。
2人は地霊殿の前で仕掛けるかどうか考えていたが、アルファと合流するまではおおよそ20分と考え、彼らが来たときにすぐさま内部に突入できるように門の前の勢力を狙撃しておくことにした。
デルタが送り出した先遣の2人は共に分隊内ではライフル兵で、あてがわれている主武装は消音ライフルである。お互いに対峙している乱戦ではあまり効果的とはいえないが、敵に発見されていない状態からの先制攻撃では、非常に有効な武器であるのは間違いない。敵は攻撃を受けていることすら気がつかないまま一方的に蹂躙され、仲間がやられて気がついたとしてもどこから狙っているのか分からなければ反撃も出来ない。
2人は互いに少し距離を置きつつ、扉の前で不安そうに突っ立っている獣人のような者達たちを狙撃していく。
最初の数人は声も上げずに倒れ、仲間達も意味が分からないのかオロオロするばかり。他の者がその者達の死を確認するに至って恐慌を起こす。数人が慌てて扉の中へ逃げ込むように入っていき、残った者達はきょろきょろと周囲を見渡している。銃口炎で場所を特定されるだろうが、数発撃つと2人はそれぞれ場所を移動してまた狙撃する。
館の前は戦闘の音がせず静かなのに、そこの者達の発する声は阿鼻叫喚の地獄の様相を呈するという異質な空間。なおも2人は容赦せずにセミオートで次々と標的を変えながら撃ち続ける。生きている者がどんどん減り、恐怖に駆られた者達が館へ逃げ込んだ。
もしかしたら館に立て篭もられずに相手を引きずり出せるかもしれない。エザキはスナイパーの常套手段に則って、逃げ込もうとした1人の少女の足を射抜く。泣き叫ぶ声がここまで聞こえる。相棒は意図を察してくれたのか射撃を中断している。
館内から生き残りの彼女を引き入れようと2人の人型が現れた。2人は足を撃たれたその娘の腕を掴んだとき、頭部を狙った銃弾が当たって死んだ。その後は誰も彼女の傍まで来なかった。扉の近くにいたけが人を引きずりいれた後、扉は大きな音を立てて閉められた。
その間、腕や脚など致命傷と声を上げられなくなる部位を避けた狙撃に見舞われた少女は、命の限り叫び続けたのであろう。目の前で閉まっていく扉に絶望したかも分からない。
エザキは敵の指揮官は咄嗟の状況判断に優れた者であると見て、真っ先に殺害するよりも生かして協力させた方がいいと考え至った。失う仲間の命を感情ではなく数で計算できる者は取引に応じるかもしれない。
用済みになってしまった少女に慈悲を加えた後、到着したアルファの隊長にそのことを進言した。
最終的に応援が到着する前には、たった2人で20近い敵の死体を館の前に並べることが出来た。
午後10時
地底への進入経路上での爆発と思われる地響きと音がした。アルファが途中で仕掛けてきたトラップに引っかかった者がいるらしい。全員で突入したいところだが、ここはデルタの2人には増援の迎撃に残ってもらうことにした。
アルファは重厚な扉の前に達し、それを破壊するための爆薬を仕掛ける。全員で安全圏にまで下がった後に起爆し、計算された爆発は扉を砕いて突入路を作り出す。
安全を確保した後すぐさま走り出して壁の裏側に張り付く。
「お待ちなさい!」
中から呼びかけがある。どうやらウェイトということらしい。デルタの報告通り、相手を利用した方が目的は達しやすいかもしれない。リーダーはすぐには突入させず、先頭に内部を覗かせた。
「何故このような狼藉を働くのですか!」
「ジョセフ、対応しろ」
アルファリーダーが指示する。
「我々に博麗の巫女と呼ばれる者を引き渡していただきたい。それ以外の要求は無い。用件が済めば立ち去ることを約束しよう」
「霊夢さんをお渡しするわけには参りません! 帰ってください!」
「拒否、です。示威の上で脅迫するほか無いかと」
「想起 恐怖催眠術」
突入の準備をし、飛び出そうと合図をした直後それは起こった。走馬灯、フラッシュバック、そのように呼ばれるものだろうか? 彼等の絶望や恐怖、悪夢の瞬間が突然思い起こされた。一瞬全員の体が硬直する。
だが、彼らにはわかっていた。幻想郷の妖怪と呼ばれるモンスターたち、その個々の能力を知っているわけではない。だが、それらは異能の力を有していること、自分達には想像も及ばない攻撃をしてくるかもしれないということを。だから意味が無かった。
“何が起こるかわからない”ということを理解しているというのは“わからない何かが起こることは想定済みである”と同義なのだ。
彼らの脳裏に甦ったものは、無論彼らにとっては思い出したくはない事、目を背けたいことかもしれない。だが、誰一人としてそれらを心の奥底に封印しているものなどいない。ある者は生きる活力や怒りにそれらを変え、ある者はそれらを思い出すことで現在の状況を相対的に悪くないと思い込むことに利用する。
彼等の仕事、彼等の存在意義は、大切な人達が殺しをしなくて良いように代わりに殺し、死ななくても良いように代わりに死ぬことなのだから。
そして彼らは同時に我にかえり、地霊殿に突入した。
「みんな、来るわよ! 戦って私達の世界を守って!」
ヒュー―――バッッ!
1人の少女の腕(には見えないが)から光が放たれた。光線の先に仲間がいたが、無事だった者達は前だけを見て突き進む。
手鏡で交渉を持ちかけた時、敵のリーダー格の相手は特定している。先頭の男はそうでない者1人に狙いをつけて素早く撃った。
別の1人が敵のリーダーに銃を突きつける。
「部下たちに抵抗をやめるように言ってください」
「嫌だといったら?」
相手は毅然とした表情を崩さなかった。
ジョセフは銃口を傍にいた猫耳少女に向け、引き金を引いた。
「あっっぐぅっー―――」
彼は相手を殺さないよう、必要以上に出血しないように撃った。
「決断していただけなければ、次は頭を撃ちます。彼女の次はそちらの娘を。今からあなた方が抵抗する素振りを見せたら、我々が狙いをつけた6人は1秒以内に死にます。次の1秒でもう6人を。我々を皆殺しにするならば、最初の2秒が勝負です。それでもやりますか?」
彼女に銃を突きつけた時点で彼女の部下達は抵抗しようとはしなかったし、この言葉で聡明な御当主様は降伏した。
午後11時
リーダーの少女と仲間を3人殺した少女に銃を突きつけたまま、彼らは全員で館の奥までやってきた。そこには追い求めてきた目標が、堂々たる姿で鎮座していた。
1人が博麗の巫女に向けて銃を放つ。
ガァンキイィィィン―――
弾丸は弾き飛ばされ、結界と呼ばれる半透明の障壁は一瞬表面が歪み、すぐに平らな壁に戻った。
ライフル一発では破壊できない。爆発物もトラップと扉破壊で大部分を使ってしまった。彼らはここに来るまでに使用していなかった軽機関銃の連射で障壁を破壊しようと試みる。
仲間も敵であった者達も全員何かしらの遮蔽の中に入れ、機関銃手は巫女を目標に銃を固定してフルオートで撃った。
バギィィィィン
連続した銃声の中一際大きな音がして壁が砕け散った。だが、それは表層の一枚であったようでその先で防がれる。同様にして2枚目の壁を突破したところで弾を撃ち尽くした。
機関銃手はすぐさまベルトを交換するが、その隙に巫女が障壁を張りなおした。
ベルトの交換は終わったが銃身が連射で熱せられてしまったため、この上さらに連射すると暴発等の危険がある。
アルファのリーダーは思案し、そして一つの解決策を見出した。それを伝えられたジョセフは日本語で命令する。
「君があの壁に穴を開けるんだ」
仲間の3人を奪った者。漆黒の翼を生やし、超高温を操る少女。
「先ほどの攻撃を壁に、彼女に向かって放ってほしい。首尾よく破壊できたら、先ほども言ったが我々は博麗の巫女にだけ用がある。他のものには危害を加えない」
「お空、彼らは霊夢さんを殺すつもりです」
「そうだ」
「霊夢さんが死ねば幻想郷が崩壊してしまうかもしれないんです。やめなさい、お空」
「う、うにゅ〜」
彼女達は主の命を盾に取られてからは大人しくなった。あるいは世界よりも主を選ぶかもしれない。彼女の愛と忠誠は主人の命令と存在のどちらを優先するのだろう。
「やらないというのならば、先ほどの話の続きだ。我々は君たちを一人ずつ殺していく。先ほどは主であるこの娘を残して他の者をという意味だったが、今回は君を残していくことになる。まずはご主人様から始めるのがいいかね?」
「お空!」
「ヒック、ウッグ………だめだよさとり様ぁ。幻想郷なんかどうなったっていいし、大好きだけど地霊殿がなくなっちゃってもいいよぉ……。でも、でも、さとり様やお燐が死んじゃうのは嫌だよぅ………。うっ、うわぁぁぁぁぁんあぁぁぁん」
誰が彼女の選択を過ちであると言えるだろう。
デルタの生き残りの2人は地霊殿という館の住人を狙撃した位置、館から200m程の場所で今度は地底の入り口側を向いて潜んでいた。アルファが仕掛けたトラップに引っかかった者がいたため、増援として地底に下りてきた者達を足止めし、アルファが目的を達するまで時間稼ぎする必要がある。
状況は大詰めだ。2人は今までの行軍の疲労を回復し、今後の戦闘に備える意味も込めて配備されていた薬剤を服用する。
侵入者はそれほど高さがあるわけではない地底の空間を、飛行しながら真っ直ぐとこちらへやってきた。驚いたのはそれがたった2人だという事だ。無論ここの生き物の戦力を数で量れないことは経験上理解しているが。
射程まで引き付けてから狙撃する。頭部に弾が突き刺さり、間違いなく殺したと思った。だが、相手の少女はふらふらと落下しながらも遮蔽に身を隠した。デルタの7人と相打ちになったあの化け物と同じレベルの相手なのかもしれない。
敵が遮蔽に隠れている間に2人は場所を移動、再度敵が飛び出したときに先制攻撃で沈めるほか無い。
増援がそれほど力の無い大勢であったならば、先ほどと同じに敵の戦力を直接削ぎながら、数名を怪我させることで進行を遅らせることが出来る。遅滞戦闘というやつだ。だが力ある者が少数で来るというのは問題だ。ある意味で我々に通じるものがある。
敵の1人、先ほど銃撃を加えた相手が飛翔し、こちらに高速で突っ込んできた。銃撃のダメージなど無いかのように突進し、それを押しとどめるように2人はその者を撃った。相手は体を使った簡単な防御をしただけで押し通り、その際真紅に光る巨大なジャベリンを出現させて2人のうち男の方を貫いた。
相手はそのまま館の入り口を目指して飛び、1人残ったエザキを素通りした。
エザキも通過した相手を背後から攻撃することよりも、前にいるもう1人の敵を行かせない方がいいと判断し、前方に集中する。
だが先に飛び出した敵に僅かに気をとられている間に、もう1人の接近と自身の場所の特定を許してしまったようだ。
「プライベートスクウェア」
エザキの周囲に突如として多量のダガーナイフが出現する。敵の能力によるものと結論付けた彼女は武器を放棄して回避行動をとる。避け切れなかったナイフが体にぶつかるが、あまり速度が出ていなかったのと、ナイフ自体が切れ味のいいものではなかったためか服によって防ぎきれた。
だが武器を捨てたことと相手から目を離したことにより、更なる接近を許してしまった。相手の女性は手に1本のダガーナイフを所持して走ってくる。
彼女との距離はまだ十分にあり、先ほどの能力以外では至近戦闘を挑んでくるとなれば近づかれる前に撃ち倒す他無い。腰のMP7を抜き放ち、素早く狙いをつけた。
「ザ・ワールド」
世界がどうしたというのだろう? 言葉を発した後で彼女の姿は消え、いつの間にか自分の首の動脈が切り裂かれている。だが痛みも無ければ、精神の高揚状態も集中力も維持されている彼女には気にならなかった。
首から出血しながらも感覚を研ぎ澄ませていた彼女は、背後の気配と足音に体が反応して振り向きながら銃を連射した。
もし音が仲間のものであればフレンドリーファイアは間違いない程、見境の無い銃撃だった。如何にその可能性はないと確信していたとしても、軍人として相手を見ずに撃つというのはやはり正常な判断ではなかったろう。
エザキは相手が前方にいた女性であったこと、彼女が自身の血の海に沈んだことを確認した後、流れていく血とともに意識を手放した。
真夜中以後
黒い翼の少女は熱線を巫女に向かって放ち続けていた。
次々に障壁が溶融して穴が開いていく。3枚目の壁に穴が開き、さらに先にも壁があるのが確認される。それまでの壁一枚の厚みの色合いから、これが最後の障害だろう。
多くの同士を失ってきた任務の目標が達成されることに期待や喜びが無かったわけではない。だが男達の誰も油断などしていなかったはずだ。少なくとも実際に任務が終了するまでは、そのようなものを抱くはずが無い。
その時、明らかに変化を起こしたのは2人。地霊殿の主に銃を突きつけていたアルファの指揮官と、障壁に穴を開けていた黒翼の少女。
指揮官の男は無意識に銃口を僅かに移動させ、それが見えているはずの無い黒翼の少女は同じタイミングで唐突に振り向いて、彼にその砲口を向けた。
そして壁を溶かしていた熱線が彼に放たれた。顔面が燃え上がり、爛れて溶けた。そしてそのまま彼の体は燃え上がった。
2人の傍にいたジョセフは指揮官を焼いた少女をすぐさま撃ち倒し、壁の前に走る。
叩き壊されたのではなく穴を開けられた壁はすぐには修復されず、最後と思われる壁もかなり抉れていた。
ジョセフは穴を通すようにライフルの銃口を向けて撃った。最後の壁が砕け散り、博麗の巫女と対面した。彼女の肩を掠めたらしい銃弾が巫女の服を切り裂いていたことから、これでチェックメイトだ。
そして2発目を放った。全身が浮遊する感覚、彼は弾を下に外したのだが、それを理解する前に異次元に飲み込まれた。
周囲を紫色に包まれた空間に放り込まれた彼はしばらく意識と生命を保っていたが、唐突に開かれた出口から放り出された後、全身が蒸発した。恒星にでも放り込まれたのだろう。
残された4人の男達は各個に行動してジョセフの後に続こうとしたが、内の1人はいつの間にか現れた銀髪の少女に背から心臓を貫かれて死んだ。さらにジョセフが消えた直後には奥の間の扉が吹き飛び、紫色の布切れの様な物が空中に出現して、蝙蝠の翼を生やした少女、大きな尻尾を持つ女性と猫耳の少女がそれぞれ乱入してきた。
蝙蝠翼の少女は身長の倍以上もある真紅の投槍を投擲し、機関銃を持っていた男がそれに貫かれた。彼は引き金に指をかけていたため激痛によるショックで力が入り、まるで狙いも定めぬままに乱射した。
仲間の1人が彼の誤射に巻き込まれて胴に銃弾を受け、怯んだところを大きな尻尾の女性が放ったレーザーのような光線で体を切り刻まれて止めを刺された。
最後の1人は正面にいたのに全く反応できなかった銀髪の少女に、首の骨をへし折られた。
フォックスチームは穴倉でずっと待っていた。只々待っていた。
幻想郷と呼ばれるこの場所がいまだ存在しているということは、目標はまだ生きているということなのだろう。
チャーリーが初日の夜に全滅したのは分かった。一夜明けて他の部隊も全滅したのだろうとも思えた。だけれど2人のやることは変わらない。待つ。それだけだ。
仲間の連絡を待つわけではない。仲間が無事な姿を見せてくれるのを待つわけでもない。
糞尿をズボンの中に漏らしながら2日だろうが3日だろうが待つ。2人は偉大なるカルロス・ハスコックの教訓の下、営々と受け継がれていた伝統と共にあった。
交代で仮眠を取っていたが、ある時観測手のペーターは自ら目を覚ました。狙撃手のジャックが起こしてくれる前に目が覚めたのだろうか?
隣を見るとジャックは眠るように息絶えていた。眠気覚ましと集中力増強で服用していたメタンフェタミンの副作用として、心臓麻痺を起こしたようだ。
(まったく、世のジャンキーどもは薬剤としてのこいつよりも強烈で劣悪なやつをたびたびキメてるっていうのになんで生きてるんだ? それともジャックは素敵な世界に行きたくて数回分を同時にヤったのか?)
そんな冗談が浮かんだが、彼がその様な男ではないことを一番知っているのは自分だと思い直し、昔々オリンピック選手がアンフェタミンで競技後に死んだことからドーピングが禁止され始めたことなんかを教わった軍の講義を思い出した。
(つまりタフな男でもそういうことはあるってわけか)
1人残されたペーターはジャックと装備を交代し、また待つだけの時間を送った。もう一夜が明けて昼になり、夕になった。眠気も疲労も増していく。それでもメスを飲む気にはなれなかった。
自分の残り時間が体温と共に減少していくのが感じ取れた。
前方に米粒のような人影が見えた。スコープを覗き込んで確認した。赤と白の巫女装束、参考資料として日本の神社で小遣い稼ぎをしているハイスクールガールのコスチューム写真を見せてもらったときと良く似てる。
日乃レポートに必ず出てくる存在。帰還者が必ず会っている人物。皆一様に、“会ったときはそっけなかったけど、帰ってきてからは天使のように思える”と評する者。
「ああ天使様。ずっと待ってたよ。俺を、俺達を迎えに来てくれるのを」
そして彼は引き金を引いた。
皆さんがコメントで疑問を持たれた、あるいは予想された、話の核心に触れる内容はやはりCになりそうです。BはAで断片的だった部隊の展開や装備について表現できるよう努めました。
それではいくつか単語の独自設定の解説を。
エトランゼ:小隊のコールサイン。外界と連絡がつかないため形骸化。エトランゼリーダー(小隊長)はアルファ指揮官を兼ねる。
アルファ,ブラヴォー,チャーリー,デルタ,エコー,フォックス:abcdefのこと。a,b,c,dはそれぞれ歩兵分隊のコールサイン。e,fはライフル1個分隊を2つの狙撃チームに分け、それぞれのチームを指す。 なお歩兵分隊は指揮官1人、射撃班長、ライフル兵、分隊支援火器射手、擲弾筒手がそれぞれ2名ずつの9人。ライフル分隊は狙撃手と観測手2名ずつの4人。歩兵分隊は指揮官と班長が3人ずつの班をつくって援護し合う。 と、いう設定です。エトランゼ小隊は歩兵4個分隊とライフル1個分隊の40人ということになります。
人型:最近ではケテルさんのSSで動物型と人間型の妖怪の対比として片仮名のヒトガタという使われ方をされてました。この作中の人型という単語は、侵入者の兵士達が幻想郷住民を呼称する為に用いた言葉です。これには怪物や悪魔に外見的な先入観を抱いて油断をしないため、そして女・子供の姿をした者でも如何なる能力があるかわからないから化け物として扱うための、油断も躊躇もしないための総称としています。
日乃レポート:名称自体は鬼頭莫宏先生の『なるたる』、『ぼくらの』で出てきた米国からの自立をめざす方法論と手段を記した報告書の名前を使ってます。中身はもちろん違って、いわば日本版X―ファイル。幻想郷からの帰還者の証言と、境界が見える者などのこちら側の異能者達に対する研究などを総合した資料。
Aを上げてたくさんのコメントを頂きました。Cで自分が組上げたSSの残りの設定や世界観を書き上げたいと思っています。しかしCでも触れそうに無い話もありますので、この場で幾つかのコメントでの質問・意見にお答えしたいと思います。もし無かった方は、Cでお答えできる内容だと思います。内容はちょっと意訳してます。
>>本気の戦いでなんで弾幕とかスペカみたいな殺傷能力の無い攻撃をするわけ?
自分の考えでは 幻想郷住人の強さ=身体能力+〜程度の能力+弾幕 という認識です。だから力(妖力とか霊力とか神力含む)が強いと弾幕にそれらが反映され、能力と組み合わせて使えば十分殺せる威力があると考えています。回避できるように放つこともなく、あたり判定は全身ですし。 ですが天狗のように力が強くて素早く飛べる種族は弾幕だけで戦わずに、急速に接近して切り裂く攻撃なども出来ましたね。表現が至らなかったと反省しています。
>>幻想郷側が油断しすぎ、特に咲夜さんの死は納得いかん。
住人が油断したことは前半の表現で多く利用しました。後半の戦闘は住人の想定外を利用したつもりです。山の神たち以外は侵入者の装備について理解してなかったため、犠牲を増やしたように描きました。侵入者達は想定外の事態を想定していたのに対し、住人達はそれがなかったと。 咲夜さんについてはコメントで予想してくれた方と同じ意見です。人が死ぬまでに少し時間がかかること(時止め中は何をしても死なない。解除してからダメージによって死に至るのだと能力を解釈)を失念していたか、あるいは時止め中にめった刺しが瀟洒でないと思ったとか。相手が薬物で身体的に一時の無敵状態になっていたことが想定外とか。 ですが十分離れてから解除すればいいというご意見は全くその通りです。思い至りませんでした。こう考えるとやっぱりご都合主義ですね。
>>後日談、続編希望
ありがたいお言葉です。ですがA−3の追記で書きましたが、先のルートが幾つか考えられることで、ここで終了させつつ皆さんに想像して頂くのが良いとも考えました。それとCを書き上げた後は全然違う方向性の話を作るつもりで、そのプロットも出来かけているのでそっちを先にしたいなと。もしいい話が思い浮かんだら作るかもしれません。
最後に鬱陶しい文章と独りよがりの多数の設定を最後まで読んでくれた方々にお礼申し上げます。
>>14 訂正しました。 ご指摘有難うございます。
マジックフレークス
作品情報
作品集:
6
投稿日時:
2009/11/08 17:41:41
更新日時:
2010/05/09 00:26:13
分類
幻想郷戦争
ひたすら銃器の話も好きな人は楽しいんだろうけど
Aでの幻想郷側の油断なんかは書こうと思えばそのまんま書けたんじゃ?
自分の文章力をよく考えて、書かずに表現とかはやめたほうがいいんじゃないかなと思った
大きなお世話と思うなら無視して
Cでは話の核心に触れるらしいのでそれには期待
何処が?
私には個性を排除して効率で動いているようにしか見えない
その代わり感情が無いよなあ
Aでは幻想郷住人の感情も表されていたから物語として読めた
行動の描写だけだから
私は面白いけど物足りない人も居るのだろうなあ
幻想郷の存在を話しても信じるわけが無いだろうという事を決めつける、ある意味で自己の存在否定だな
でも早苗の様な異能者が他にも存在してる可能性もあるから襲撃されるのは当たり前かもな
殺しても代理がいるわけだから一時的にでも霊夢を消す必要性は何なのか
(兵士たちは仕事をしただけで後のことは考慮してないのかも)
それににとりの調べていた謎の物体の正体も不明のまま
ここにしては少々評価が厳しい?のは期待の裏返しだと思うわ
場所が場所だけに他人に教えられないのが残念…
ただチェスの駒が進んでいるのを淡々と書いてる感じが
Aパート読んでれば分かる事ばかりだったし、
もうちょっと兵士の感情や過去を掘り下げて欲しかったってのがある
装備的に多分アメリカかな?(最近の兵器は疎いのであまり無知を晒したくありませんが)
そこであえて歩兵のみで戦ったのはすごいと思いますね。
(まあ殺るなら、スティンガーとかジャベリンとかあっても良かったかも)
なんにせよ、次回に期待しております。
人類の英知はおっかねえな
咲夜は、弾幕ごっこではすぐ傍に出るのが常識だったろうし
反射的に常識にそって行動してしまうのも良く有る事
って解釈する事も出来るからまあ良いんじゃないかな
午前8時と午前10時の間、午前9時が午後9時になっている。
人間の機械兵器、化学技術でここまで妖怪を追い詰めることができるとは……