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『小さな虫の苦悩』 作者: ひあ
日の差さぬ太陽の畑、小奇麗な装丁の小さな家、花々満ちる絵画のような窓の外
雲行き怪しく降り出しそうな空模様、まるで小虫の心象風景
気が付けば椅子の上、目の前にはティーセット、何時か見た美しい花がこちらを向いて咲いている
甲高い磁器の音がただ悪戯に焦燥を高める、どうして私が此処に居なくてはならないのだ
大した知恵のない頭を必死で使うが何一つ分からない、これではまるであの氷精のようではないか
何も判らないでいる自分が腹立たしい、自身の臓腑を引き裂きたい、何故こうなった?
昨夜は何時も通りに馬鹿な氷精やはらぺこグールや夜鳴き雀やらと馬鹿をして
その後何時も通り眷属達の様子を聞き集め、異常がないか確認し家路につこうとしただけだ
最近は悪い事をしてはいない、誰かにちょっかいを出した記憶もないし恨まれる理由がない
気が付けば其処に居た、家路に就こうと飛び回り、たどり着いた場所は巣ではなく見知らぬ花の中心地
二人分のティーセット、温かな湯気と爽やかな香りが愚鈍な自分を沈んだ心持に変えてくれる
「理不尽だ」蚊の泣くような声で思わず口に出してしまっていた、途端に後悔する矮小な自分、口に出さねば良いものを
目の前の花はじいっとこちらを見据えたままで口を開かない、睨め付ける様な視線が怖くて堪らない
とても息苦しい、雨音とともにカップのお茶が冷えてゆく
間誤付いたまま次の言葉が続かない、それは何故?と一言でも聞いてくれれば堰を切ったように言葉が溢れ出す事だろう
留まることを知らないその波は汚らしい罵倒を伴いやがて自身を呑み込むはずだ
目の前に咲く花は気分しだいで物言わぬ肉塊を作り出せるだけの力を持っている
いっそ殺してくれればどれだけ安らげる事か、何一つ理解できぬまま死ぬのも良いかもしれない
「お茶が」
花がその福与かな唇を開いた時、言葉に刺を感じ責められているような気がして私はビクりと肩を震わせた
目の前に置かれたセットには一度も手をつけていない、それが気に障ったのだろうか
御免なさいと擦れた声で呟く、鼻の奥につんと込み上げる感覚、
幾億の蟲の王であるこの私がこの程度で泣くなどと眷属に示しがつかないではないか!
謝る等となんと情けない!ただ一言呟かれただけではないか!王たるもの大きく構えなさい、私は強いのだから、
そうだ私は強いのだ!眷属を除けば之まで独りで、そう不器用でも上手く生き残ってこれたではないか、
今では友人だっている!自分の居場所がそこにはあるのだ、寂しくなどない!疎外感など…微塵も…
「お茶が冷めてしまったわね」
それは本当に友人であろうか?証明する手立てはない
暇潰しに使われているだけではないか?夜鳥を除いて彼らに忙しい時期などない
幾らでも替えの効く都合のいい依り代ではないのか?社交性のある彼らに遊び相手は幾らでも居る
何をもって友人だと言える?根拠がないじゃないか?
こちらが遊んでやっているだけだ!勝手に遊ばれているのに?
そんなものを友人と言えるのか? 止めて 勝手に思い込んでいるだけじゃないのか? 考えたくない
自分は自分が必要としている者達に必要とされているのだろうか、泣き声が聞こえる
虚栄心だけの王など本人以外にだれが認めるのだろう、酷く寒い
こんな幼稚な王族に権限など有るはずもない、手に滴が落ちた
「ゆっくりと飲みなさい、何も考えずに」
目の前の現実に意識を戻す、入れ替えられた透き通る茶に映る顔は酷いものだ、
草色の髪はずぶ濡れでチャーミングに伸びる触角は寂しくうな垂れている
涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔を見て自分でも知らぬ間に泣いていたのだと気付いた
名も知らぬお茶の良い香りがする、口に含むと暑さと爽やかな香りが体中に広がりとても心地がいい
「飲み終えたらお風呂に入りなさい、沸かしてあるから…」
落ち着いた言葉に刺を感じない、最初からそうだった、迷い込んだ時から心配そうな眼で私を見てくれていたのだ
雨にぬれた私を招き入れてタオルで拭って温めて不用意に傷つけぬようそっとしていてくれていたのだ、
こんな虫の言葉を真摯に聞こうとしてくれていた、気まぐれな好意だろうか?だとしても嬉しかった
私はこのままの私でいいのだろうか、今だけは無理に考えなくても良いらしい
温まる体とともに望んでいた形がようやく見えた気がした
絵画のような窓の外、雲間に晴れ間が差して光のレースが下りている
「苦しくとも思う存分悩みなさい、貴方は少しずつ自分を変える事が出来るのだから」
ひあ
- 作品情報
- 作品集:
- 6
- 投稿日時:
- 2009/11/11 11:18:40
- 更新日時:
- 2009/11/11 21:11:43
- 分類
- 一寸の虫にも五分の知能
書いてみたくなった