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『潤の好感度アップ大作戦(こういうタイトルの時ってオチは大概失敗オチだよね)』 作者: 潤

潤の好感度アップ大作戦(こういうタイトルの時ってオチは大概失敗オチだよね)

作品集: 6 投稿日時: 2009/11/11 14:51:45 更新日時: 2009/11/11 23:51:45
「ねえ霊夢、霖之助さんの私への好感度を上げるにはどうしたらいいと思う?」
「……お茶が美味しいわねぇ」

休日恒例となる香霖堂への買い物に訪れた私だったが、扉を開いた先には霖之助さんの姿はなく、代わりに霊夢が普段霖之助さんが使っている椅子に座ってお茶を啜っていた

「あのね、仮にも店番してるって言うならそれらしく、お客の相談に付き合うくらいの事はしなさい」
「面倒だから嫌」

霊夢に話を聞けば、霖之助さんは彼岸の間だけではやりきれなかった仏様の供養の為、無縁塚に出掛けてしまったらしい
霖之助さんの出掛けに、タイミングよく暇潰しにやってきた霊夢は店番を頼まれ、ツケの一部と引き換えに仕方なくやっていたらしい

「暇潰しにはちょうどいいでしょ」
「こうやってゆったりお茶を楽しんでるだけで、暇なんか勝手に潰れるわよ」

私は週に一度の霖之助さんとの会瀬の為にも店に残ったのだけど、ただ待つのもなんだからと『如何にして霖之助さんの中で私の好感度を上げるか』を考えていた
なにしろ週に一度は必ず香霖堂を訪れ、積極的に会話し、何かしら買い物をしていってると言うのに、好感度が上がる気配がちっとも感じられないからだった

「会話イベントで好感度が上がらないなら、プレゼントで攻めてみるってのはどうかな」
「あーそうねいいかもしれないわね」
「そうなると何を送るかなんだけど……一番喜びそうなのは珍しい道具なんだよねぇ」
「そーねそうじゃないかしら」

霖之助さんが集めている道具は外の世界の物だけに限らない
幻想郷内でも冥界、天界、地底と言った所の道具も積極的に収集している
ただ、どの場所もただの人間である私が行くには無理がある
それに、道具の持ち主との交渉に使えそうな物を持ってないのも辛い
こんな事なら幻想入りする時に、何か道具を選んで持ってこれれば良かったんだけど……
まあそれに関しては今更悔やんだって仕方がない

「ああそうだ霊夢。アンタの陰陽玉貰って良いよね?」
「良いわけないでしょ馬鹿」

ちっ、興味なさげに適当に相槌打ってるだけだったんだから、うっかり『そーね良いんじゃない』とか言えば良かったのに

「うーん、道具が駄目となると次の候補は本かな」
「魔理沙なら兎も角、アンタに紅魔館から何かを盗ってこれるわけないじゃない」
「なんで盗み前提で話すの。普通に交渉やら買い取りで……」
「あの紫モヤシが売買やら取引に応じると本気で思う?」

……無理だなぁ
物々交換にしろ、交換出来そうな物を持ってないわけだし……
盗品になるけど、魔理沙が盗って来たのを交渉で……
これも駄目だ
アイツも素直に取引に応じるとは思えないし、欲しけりゃ力づくでとか言い出しかねない
スペカ戦が日常のアイツらと違って私はか弱い人間なんだ
…………まあ、強盗殺人するつもりなら方法はあるけど、犯人が私だってバレたら霖之助さんに嫌われちゃうし
人里で売ってるようなのだと、霖之助さん興味ないだろうし……

「うー、どうしよう……」
「ま、頑張って考えなさいな」

むー、他人事だと思って……
……って待てよ?
確か霊夢は前に、霖之助さんに妖怪から巻き上げた外の世界の本を売り付けてたはず
あの時の可哀想な被害者は……

朱鷺子!
そうだ朱鷺子(通称)だ!
野良妖怪一匹なら、前に香霖堂で見つけたアレとアレを使えば…………
まあアレがあってもアレがなかったらキツイけど……
最悪アレさえあればなんとかなる……かな?
兎も角そうと決まれば行動あるのみ
ええと、確かアレがあったのは…………

「あら、急にどうしたの」
「霊夢、有り金全部置いてくから、商品二つ買ってくよ」

今月分の生活費も全部含めて置いて行くけど、モノがモノだけにまだ足りない可能性もある
その時は旦那様に頭を下げて来月分のお給金を前借りしよう
二月も生活費なしはキツイ気もす……いや、霖之助さんへの愛があればなんとかなる

「…………よし、あった」

幸い、目的の物は二つとも直ぐに見つかった
問題はこっちの使用回数が残ってるかと言うことだけど、振ってみて駄目だったら、その時は自分の投擲力に賭けるしかない

「じゃ、コレとコレ、買ってくからね。霖之助さんに言っておいてよ」
「いいけど、アンタ何するつもりなのよ。私の勘が、アンタにそれを持ってかせちゃいけないって訴えてるんだけど?」

相変わらず勘が鋭いなぁ……
取り敢えず、詳細な事はぼかして、目的だけ話した方がいいかな

「本を持ってそうで、且つそれを譲ってくれそうな相手の心当たりが思い浮かんだからね。これはその相手との交渉に使う為のもの」
「いまいち信用しきれないわねぇ……ま、いいか。どうせアンタじゃそうたいした事なんか出来ないだろうし」

……ふぅ、まだ嫌疑は晴れてないみたいだけど、一応この場を誤魔化すことには成功したかな
また突っ込まれる前にさっさと……っていけないいけない
ターゲットである朱鷺子の姿はわかってても、肝心の彼女の住み処か遭遇率の高そうな場所を知らなきゃどうしようもない
幸いな事に、霊夢は野生の朱鷺子と過去に遭遇してる
確実にそこにいるわけじゃないだろうけど、闇雲に捜すよりは確率は高いはず

「霊夢、アンタ前に妖怪から外の世界の本をぶん盗ったことあったでしょ」
「……そんな事あったかしら」

霊夢の表情を見るに、誤魔化しとかそんなんじゃなく、本気で心当たりがないみたい
……私にこんなこと言う資格なんかないけど、可哀想だなぁ、朱鷺子

「あったじゃない。ほら、無防備に本を読んでる妖怪がいたんで襲い掛かったら、背後から弾が飛んできてうっかり服を破いちゃった、とか言って霖之助さんの上着をパルパルパルゥ…………」

……落ち着け私、ここはパルパルしてる場合じやないでしょ

「んー? ……………………ああ思い出した、そういやそんな事もあったわね」
「できればその妖怪を見つけた場所を聞いておきたいんだけど」
「ええと……確か、家からここに来る途中の林だったと思うけど。言っておくけど、相手は仮にも妖怪なんだからね。アンタ程度が下手なちょっかい出したって餌になるのが落ちよ」

霊夢の忠告通り、弾幕ごっこはおろか空も飛べない私じゃ、朱鷺子を含めた妖怪相手じゃ手も足もでない

「大丈夫、大丈夫。あくまで平和的に交渉しにいくだけだから」

楽観を装いつつ言ってみるけど、実際は楽観どころかそうとう運が良くないと成功しない賭けのはず
手元のコレもまだ手元にないアレも、どちらも使用回数に制限がある
だから朱鷺子以外の相手には極力使うわけにはいかない
いやそもそも余計な相手に出会うわけにすらいかない

「ま、死にそうになったら頑張って無縁塚まで行ってから死になさい。そうすれば霖之助さんに弔って貰えるわよ」
「ええ、是非ともそうするわ。じゃ、またね」
「そうね。また会いましょ」

――――カランカラン

…………よし、それじゃ気合い入れて、いっちょ朱鷺子捜しに行くとしましょうか!






結論から言うと、あっさり見つかりました
ついでに探してたアレも見つかりました
ご都合主義万歳





「………………」
「………………」

切り株に座って本を読んでる朱鷺子の背後にある茂みを盾にし、私は息を潜めて目標の動きを探る
今のところ気付かれている様子はなく、周囲に他の妖怪やら動物やらの気配はない

「………………」

耳に入ってくるのは、サワサワと言う木枝が揺れる音と、ペラリ、ペラリと言う朱鷺子が本のページを捲る音だけだ

知れず、ギュッと私は両の手に握った杖……
『封印の杖』を握り締めた

――香霖堂で買った道具の一つ、封印の杖
――この杖から放たれる光弾に当たった相手は、持っている特殊な能力〈ちから〉を封じられてしまう

ガサリ、と茂みを揺らし、私は立ち上がった
背後から聞こえた音に朱鷺子が此方を振り向こうとするが、もう遅い
立ち上がる時に構えていた杖を横凪ぎに振ると、杖の先端に付いた宝玉から光の弾が発射された
向こうはそれを見て回避動作に入ったがそれもまた遅い
放たれ光弾は『絶対に』命中する
その摂理通り、光弾は朱鷺子に命中した
弾幕ごっこでは完全にルール違反だが、生憎これは弾幕ごっこじゃないから関係ない

「っ! この、何するのよ!」

突然攻撃された事による怒りから、朱鷺子は妖弾を放とうと両手を天に掲げた
……そんな事したって無駄なのに

「喰ら…………え?」

降り下ろされた彼女の掌から妖弾が放たれる事は、なかった

「あ、アンタ、私に何したのよ!」
「さあ、何でしょう。知りたければついてらっしゃい」

クルリと朱鷺子に背を向け、スタスタと歩き出す
妖弾を出せない以上、背後から撃たれる心配はない
おそらく朱鷺子は、空を飛んで私の進路上に降り立つつもりだろう

「この、待ちなさ……」
――――ベシャ

予想通り
再びターンして朱鷺子を見れば、潰れた蛙のように地面に倒れ伏していた
おそらく跳躍と同時に水平飛行に移ろうとして、しかし飛ぶことが出来ずに地面に叩きつけられたと言う事だろう

「い、いったぁ……」
「あらダメよ? ちゃんと自分の足で追いかけてこなきゃ。ほら、待っててあげるから早く来なさい」
「こんのおおぉ!!!」

挑発する為に、出来るだけ嫌味ったらしく言い放つ
残念ながら彼女の頭はあまり良くないようで、弾かれるように此方目掛けて一直線に走ってきた

封印の杖は特殊な能力を封じる事は出来ても、腕力や脚力といった身体能力までは封じることは出来ない
故に腐っても妖怪である朱鷺子の身体能力が私より高くても何の不思議もないし、ある程度の速度で追いかけてくるのは予想していた
だが彼女の速さは、私の予想よりも遥かに速いものだった

…………だったのだが、無鉄砲に直線で突っ込んで来るだけでは意味がない
だって、私と彼女を結ぶ直線上には、既に罠を仕掛けてあるのだから

――――カチリ
「!?」

――茂みに隠れていたため朱鷺子には見つけられなかったが、彼女の足は地面にあった正方形の板を踏みつけていた
――カチリというのは、その板を踏み込んだ為、仕掛けられていた『罠』が起動した音だ

――――ピュウン
「!? くぁっ!」

朱鷺子が私の隠れていた茂みを突き破った直後、虚空から飛来した矢が、朱鷺子の右肩に突き刺さった
……やっぱり、『罠師の腕輪』を買っておいて、『毒矢の罠』を見つけておいて良かった

――本来人間、特に風来人にしか反応しない『罠』を回収し、『魔物』を罠に掛けられるようになる罠師の腕輪
――罠を踏んだ瞬間、身体能力を極限まで低下させる毒の塗られた矢が何処からともなく飛来し突き刺さる毒矢の罠

封印の杖で弾幕と飛行能力、個人個人が持ち合わせてる能力を封じ、罠師の腕輪で毒矢の罠を仕掛け、毒で身体能力を封じる
こうすることで、ようやくただの人間である私は妖怪相手に安全かつ『対等』に『話し合い』が出来るようになった

「は……れ……? ちから、力が入らない……」
「よしよし、ちゃんと効いてるみたいね。あのね朱鷺子ちゃん、実は私、貴女にお願いがあって来たの」
「は……? アンタ、何言って……って言うか、朱鷺子って、誰……私の事?」

思ってたより毒の効果が高かったのか、朱鷺子は喋り方も途切れ途切れで、大層辛いみたいだ
両足で立ってはいるものの、なんとか、と言った方が良いくらい足元が覚束ない
しかし、やっぱり朱鷺子の本名は朱鷺子じゃないみたいだ
まあ所詮本名不明だからってつけられた通称だし仕方ないか

「そうそう、貴女の事。ほら、背中の翼が朱鷺の翼みたいでしょう? それはさておき、貴女って本を読むのが好きなんでしょう?」
「そう……だけど、それが、どうしたって……言うのよ」
「あのね、私ある人に贈り物をしたいんだけど、その贈り物を貴女の持ってる本にしようと思ってるの」

この娘がどれだけの本を溜め込んでるかわからないけど、以前霊夢が朱鷺子から奪った『非ノイマン型計算機の未来』が霖之助さんに喜ばれたんだから、今回だってきっと霖之助さんが気に入るような内容のものが見つかるはずだ

「なんで……そんな事……しなきゃ、なんないのよ……お断りよ!」
「そうなの? 困ったなぁ」

それだと、朱鷺子が『うん』て言ってくれるまで『お願い』しなきゃいけないのに
しょうがないなぁ

――ジャキン、という音と共に引き伸ばされた棒状の何か
――全長六十センチ程の金属製のそれは、凶器としての威圧感を十二分に朱鷺子へと与えていた

「な……何よ、それ……」
「これ? 『特殊警棒』って言うの。これをどうするのかって顔してるね。これはね、こうするの」

――――ゴギン

「!? ぁ……」

――躊躇い無く振り下ろされた警棒は、朱鷺子の頭頂部を強かに打ちつけた
――その衝撃に目から火花が散り、少女は痛みに声を詰まらせる

痛い?
痛いんだ?
もしかして身体能力が落ちたから防御力も下がっちゃったのかな?
でもまだ一発目だよ?
いくら頭をぶん殴られたからって痛がり過ぎじゃない?

「いだい……なにすんのよぉ……」
「ねえ、貴女の本を頂戴。お願い」
「やだ……」

――――ゴギン

「え゛」

――再び振り下ろしの一撃
――先程一撃を食らった箇所とほぼ同じところに命中したため、痛みは二倍どころか二乗されて朱鷺子に襲い掛かる

痛いんだよね
痛いの嫌なら『いいよ』って言いなさい
そうしたらやめてあげるから

「お願いだから頂戴よ」
「い゛や……」

――――ゴギン

「べ」
「どうしても嫌? そんな事言わないで、お願い。お願いだからぁ」
「い゛や……や゛らぁ…………な゛んで? な゛んであの赤白も、アンタも、私の本を持ってくの?」
「霊夢に関しては私だってわからないよ。私の場合はアンタが一番後腐れない、報復される心配のない相手だから。流石に紅魔館全部は敵に回せないからね」

まあ単純に言えば、運が悪かったって事で

「兎に角私のお願いを聞いてくれるの? 聞いてくれないの?」
「………絶対に゛、い゛や゛!!」

――叫び、朱鷺子は潤目掛けて飛び掛った
――しかし悲しいかな、振り回す腕はまるで駄々を捏ねる子供のように潤の胸板を力なく叩くだけだった

っ!?
びっくりした、まだ反撃しようなんて気概があったんだ
……けど普段の貴女なら兎も角、今の貴女にそうやってポカスカ殴られたところで、痛くも痒くもないけどね

「う゛う゛う゛う゛う゛〜〜〜!」

……はぁ、仕方ないなぁ
こうなったらお願い聞いてくれるまで、たっぷりいたぶらせてもらおうかな……

「わかったよ朱鷺子ちゃん。貴女がそうやって私のお願いを聞いてくれないなら、聞いてくれるようになるまで…………これで貴女を叩き続けるから」
「いや! いやっ! いやぁ!」

駄々っ子みたいに泣き叫びながら、朱鷺子は指を鉤状に曲げた右手を振り上げる
成る程、拳が通じないなら爪で引っ掻くと言うことか
鳥類の妖怪と言うことからか、彼女の爪は鋭く尖っている
あれで引っ掻かれたら、どの程度の傷になるかは兎も角、確かに痛いだろう
まあ宣言した以上、こっちも遠慮なくその手を叩き落としてあげるんだけど

――左足を引き、上半身を半身にした状態で右手をだらりと下げる

……長剣サイズなら兎も角、やっぱり小太刀の長さならこの構えが一番しっくりくる

「あああぁあぁぁあ!!!」

跳躍しながら朱鷺子が狙っているのは、一番ダメージが通りそうな私の顔面だ
身長差故に仕方ないとはいえ、隙だらけの跳躍と在り来たりな縦振りの腕の軌道
その軌道にぶつけるように、此方も警棒を握った手を横薙ぎに振り抜いた

――――ゴボギン

「い゛っ…………ぎああぁ――」

ん、上手く小手というか指に入ったな
良い感じに振り抜けたから、折れてるのはせいぜい小指と薬指くらいでしょ
向こう〈朱鷺子〉はまだ体勢が立て直せてないし、ここは普段なら使わない技をもう、いっぱ…………

――振り抜き開いた上体を更に右に捻って力を溜め
――手首を反しつつ掬い上げるように振り上げの一撃

…………つぅ!!

「だっしゃあ!!!」
「――ぁべっ」

ッくぅ〜〜〜〜〜〜〜〜!
快………………感!!!

――遠心力を追加され、アッパー気味に振りきられた警棒は、"カチ割る"と言う表現が相応しい勢いで朱鷺子の顎に命中した
――悲鳴を上げていた口は強制的に閉じられ、その際に伸びきっていた彼女の舌は噛み潰された
――幸いにも舌は多少切れてはいるものの繋がっているが、顎と舌と歯への激痛と、口中が鉄臭い血の味で埋め尽くさてる彼女には、そんなことに幸運を感じる余裕など無かった

嗚呼、ここ最近感じてなかった、人(朱鷺子の場合妖怪だから、この場合生き物?)を容赦なくひっぱたく感触!
しかも今日のは、外の世界じゃまずありえなかった警棒みたいな硬い得物を使っての一撃!
……あ、やばい、テンション上がってきた

――彼我の間合いに問題が無い事を見て取った潤は、ゆったりとした動作で朱鷺子の小指を折った時の構えに戻った
――そして今度はだらりと下がっていた右腕の肘より先を水月あたりの高さに持ち上げ、彼の得意とする"扇打ち"を朦朧とした意識から立ち直れない朱鷺子の横面……側頭部目掛けて放った

「ぇ…………」

――例えるならフリッカージャブの様に『しなり』を加えて放たれた一撃
――未だ意識が混濁し無防備な朱鷺子に命中するその直前、潤は更にグリップに『握り』を入れた
――それにより最後の加速を与えられた警棒には、当たってしまった朱鷺子の側頭部が二センチはへこむ程の威力を与えられていた

「あっしゃぃいってぇ!!!!」

――命中した時の反作用で勝手に元の構え付近まで戻ってくるほどの、また『本来』ならあり得ない重量の得物を使った一撃は、当然の如く潤自身にもダメージを与えた
――手首、そして肘に強烈な痛みが走り、思わず命中した際の雄叫びとは別の声が漏れる

「いってぇなこらぁ!」

――自業自得とも言える手首と肘の痛みは、しかし興奮した潤の神経を逆撫でし逆ギレさせる要因にしかならなかった
――四度、頂頭部への振り下ろし
――鈍い打撃音に、今度は水音が混じり、辺りに赤い液体が飛び散った
――今まで割れていなかった事の方が不思議だったが、とうとう朱鷺子の頭皮が裂け血が溢れ出したのだ

「…………っと、しまった、やりすぎたかな」

溢れ出してきた朱鷺子の鮮血を見て、更に高まりそうになる頭の中の熱を無理矢理冷却する
ボコボコに人を叩くのも楽しいけど、今の私の目的は霖之助さんへのプレゼントを手に入れることだ
その為に朱鷺子には本の隠し場所を言って貰わなければいけないのに、このまま殺してしまっては元も子もない
最後の一撃で力なく地面に叩きつけられた朱鷺子の髪の毛をひっ掴み、強制的に此方を見上げさせる

「…………………………」

……あちゃぁ、完全にレイプ眼になってるよ

「ほら、起きろー」

ペチペチと頬を叩いてみるけど……ダメだ、まったく反応がない
呼吸はしてるっぽいし、死んではないと思うんだけど……

「起きろー。起きろー………………起きろっつってんだろがっ!」
「!? がっ、あっ、あ……」

背中に警棒を勢いよく突き立てると、途絶えていた朱鷺子の反応が復活した
なんだ、ちゃんと起きれるんじゃない

「起きたかな? 起きたよね? 起きてないわけないよね」
「ぁ…………ぅ…………」

まだ反応が鈍い
ったく面倒臭いなぁ

「起きてくれなきゃ、もう一回これでひっぱたくけど?」

言いながらヒタヒタと警棒を朱鷺子の頬に当ててやると、一瞬の間の後に瞳の色が変わった

「お゛き゛ま゛す゛! お゛き゛ま゛し゛た゛か゛ら゛! も゛う゛そ゛れ゛で゛な゛く゛ら゛な゛い゛て゛ぇ゛!」

大粒の涙を流しながら、朱鷺子はブンブンと頭を振る
……あんまりそれやられると、飛び散る血が服に着いちゃうんだけど?

「はぁいちゃんと起きられましたね? じゃ、もう一度お願いするね? 貴女の持ってる本、私に頂戴」
「そ、それは…………」
「…………いや、なの?」

理解してないようだから、もう一度目の前に警棒をちらつかせてやる

「!! ……………………ゎ……わかり、ました……」

うんうん、そうやって最初から素直だったら、こんな痛い思いしなくてすんだのにね

「うふふ、ありがとう。じゃ、早速本の保管場所まで案内してもらえるかな? 嘘ついたら…………どうなるか、わかってるよね?」
「は、はい……」





……朱鷺子に案内されながら歩くこと十と数分
辿り着いた先には、周りを囲むのに両手を広げた大人の男性が五人は必要そうな、それなりに大きな樹があった

「あそこに……隠してあるの」

朱鷺子の指差す先、地面から三メートル程の所にぽっかりと樹の『うろ』が口を開けていた
じゃあ早速朱鷺子に取りに行かせ……って、飛べなくしちゃったんだっけ
って事は樹を登るしかない訳で、子供レベルの体力の朱鷺子にやらせるよか、自分でやった方が早いってことで
…………木登り、苦手なのになぁ




「こんなものかぁ。思ったより収穫少なかったなぁ」

どうにか『うろ』まで辿り着き、その中に無造作に積み上げられていた様々な種類の本の中から霖之助さんが好みそうなものを選別し、下にいる朱鷺子に投げ渡す
その結果集まったのは、外界のパソコン雑誌、携帯電話の取り扱い説明書、自動車教習所の教本、読んでると正気値が下がってきそうな如何にもそれっぽい魔導書らしきもの等々凡そ十冊程
他は絵本や児童図書等、霖之助さんがあまり喜んでくれそうもないものだったので、あるに任せて置いてきた

「じゃ、これは貰ってくからね」
「…………はい」

実に分かりやすく、渋々と言った感じで頷く朱鷺子
妖怪としての再生力がまだ残ってるのか、頭の傷は既に塞がっているみたいだけど、逆らえばまた痛い目にあわされると言うことは学習出来たんだろう
態度は兎も角、明確に此方に反抗する様子は、最早見受けられなかった

「さてと、それじゃ私は……」
「あ、あの……」
「…………なに?」
「こ、これは、いつになったら治すの…………治してくれるんですか?」

これ…………
ああ、能力&妖力&身体能力の封印の事か
そんな事言われてもなぁ……

「……さあ?」
「さ、さあって、そんな…………」

しょうがないじゃない、封印解除の方法なんて知らないもの
戴くものは戴いたし、その後の事なんて知るものですか

「妖怪の回復力はまだあるみたいなんだし、人里の好色家相手に体を売れば十分生きていけるんじゃない? それじゃ、さよなら」
「え、あ、ちょっと、待って! 待ってよぉ!!」





――――カランカラン

「霖之助さーん! いらっしゃいますかー?」
「…………ふぅ。君、か」
「あ、霖之助さん!」

良かった、霖之助さん帰ってきてた
霊夢も帰ったのか、いないみたいだし、今がチャンスかも

「あのですね霖之助さん、その、これを……」
「ん? これは……?」

本を包んだ風呂敷包みを差し出すと、霖之助さんは喜んで受け取ってくれた!
ああ、きっとこの後……

『潤……これだけの物を手に入れるのは大変だっただろうに』
『いえ、霖之助さんに喜んで貰えることを考えたら、ちっとも辛くなんて……』
『嗚呼、本当にありがとう潤……どうやってお礼をしたらいいのか……そうだ、なにか一つ、欲しいものを教えてくれ』
『じゃあ、霖之助さんが……欲しいです』
『そんな……僕なんかでいいのかい?』
『霖之助さんだから、ですよ』
『潤…………』
『霖之助さん…………』

なーんて展開に…………!

「ああ、持っていった物の代金の補填のつもりかい」

………………なりませんでした
ってちょっと待ってよ、代金の補填て事は、あれじゃ足りなかったの!?
うぅ、今月のお給料全部置いてったのに……

「あ、いえ、それは……」
「しかしこれだけじゃ到底足りないよ。君は知らなかったかもしれないが、この手の本は割りと幻想入りしやすいから入手も楽で希少価値も少ない。とてもじゃないが八雲紫に奪われた僕の非売品達の対価にはなりえない」
「そ、そうだったんですか…………って待ってください! 紫さんに奪われたとか、対価とか、補填とか! いったい、どういう事なんですか!?」
「どういう事、か。それは僕の方が聞きたいくらいだよ。何故、態々八雲紫を怒りに触れるような事をしたんだい」

紫さんの……怒り……
ちっ
止めに入ってこなかったから、気付かれてないのかと思ったら……
こっちのやってる事なんて、お見通しだったわけか!

「そ、それは……」

霖之助さんに贈り物をしたかったから……
なんて、迂濶に言えるわけないよね
下手すると霖之助さんに責任転嫁してるみたいに受け取られかねないし……
うぅ、どう説明したものかなぁ

「……言いたくない、と言うなら構わないよ。兎も角、彼女はいきなりやって来たかと思うと、『これらは妖怪達に、そして幻想郷にとって危険な物だから』、と僕が大切に保管しておいた非売品の大半を持っていってしまったんだ。何故そんな事をすると問うた僕に、彼女は潤……君が昼間買っていった物を使い、一匹の妖怪の力を奪い、傷つけたと答えた。道具そのものに罪は無くても、道具を悪用し、妖怪を虐げる者……つまりは君がが現れてしまった以上……僕はそれらを管理する以前に所持することすら許されなくなったと言うわけだ」

そんな…………
酷い、直接朱鷺子に手を出した私になら兎も角、巻き込まれただけの霖之助さんから、霖之助さんの大切にしてる道具達を取り上げるなんて!
くっ、紫さん……いえ八雲紫、貴女にも封印の杖の犠牲者になってもら………………

「…………ない?」

封印の杖が……罠師の腕輪も……なくなってる!?

「当たり前の話だが、犯人も凶器もわかっていて、なんの手も打たないほど彼女も愚かではない、と言うことさ」

くっ、まんまとしてやられたって事!?
私が無事なのは、道具のない私なんて、所詮無力な人間にしか過ぎない、だから放っておいても無害だと……そういう事!?

「…………ああ、言っておくけど、彼女は君自身にも幻想郷からの追放や、或いは妖怪の餌にするなんてペナルティを与えようと考えていたようだよ。だけど、それは僕がやめさせておいた」

え!?
霖之助さんがそんな事を言ってくれるだなんて、霖之助さんたらそんなにも私の事を大事に思っていてくれたの!?

「り、霖之助さんっ、ありが……」
「君にいなくなられたら、誰が道具達の賠償金を払ってくれるんだ」

……ですよね
わかってましたよ、ええ
わかってました

「で、だ。勿論、払ってくれるね?」
「はい……私のせいで霖之助さんに多大な迷惑をかけてしまったんですから。あの、それで幾らくらいになるんでしょうか」
「そうだね……本来ならあれら全てを合わせたら、君の一生を賭けたって払いきれないくらいの価値があったんだが……まあ元々君はお得意様だ。それに免じて、君の年給三十年分で手打ちにしよう」
「さ、三十年分ですか!?」

い、いけない、思わず声が裏返っちゃった
とはいえ年給三十年分の借金は冗談抜きでかなりきつい
そんな金額、一度に払いきれる筈もないから、多分月々少しずつ返済と言うことになる
毎月最低限の生活費を残して、あとの全てを返済に充てたとしても、下手をすると完済まで四十年近くかかるかもしれない
もし借金扱いで利子が発生するなら、いったい何年かかることになるのか

「これでも相当譲歩したんだがね?」
「あ、いえ、驚いちゃいましたけど不満があるとかじゃないんです。ああでもどうしよう…………」

債務者債権者の間柄じゃ、素直に霖之助さんとは交際できない
結婚なんて夢のまた夢だし、返し終える頃には私はお爺ちゃんになりかけか、既になっているだろう
となると、完済への近道として今のお店以外に副業が必要になる
一番手っ取り早くて金が稼げるのは水商売や風俗だろうけど、生憎人里には陰間茶屋なんてない
外の世界じゃ治験のバイトも一回でそこそこ稼げるから、永遠亭で…………
ダメだ、内容にもよるけど一回の拘束期間が長すぎるし、何より一回受けたら最低半年は出来なくなるし……

「まあ、僕も今すぐに返せとは言わないが……くれぐれも自分が借金を背負っていると言うことを忘れないでくれよ?」
「は、はい…………あ、あの、霖之助さん。色々と、申し訳ありませんでした…………失礼します……」
「ああ、さようなら」

ああ、せっかく霖之助さんに喜んで貰おうと思ったのにな……
今月のお給料全部使っちゃって、朱鷺子の妖怪としての力を永久的に封じちゃって、その上思う存分ぶっ叩いて、必死に守ろうとしてた本を奪って
そのせいで紫さんを怒らせて、霖之助さんは大切な道具を持ってかれて
私のプレゼントは喜んでもらえるどころか、贈り物であることすら気付いてもらえなかった
好感度アップどころか、私に残ったのは莫大な賠償金だけ……

これから、どうすればいいんだろう
……どうすればって言えば、朱鷺子も、どうするんだろう
能力も妖力も封印された以上、人間を襲えなくなったのは間違いないよね
知能の低い、けど好戦的な妖怪に襲われても今の朱鷺子じゃ成すがままだろうし、そんな調子じゃどこで拾ってるかは知らないけど本だって満足に集められないだろう
人里の本を買おうにも、見るからにお金なんか持ってなさそうだったし……
………………あれ?
もしかして…………こうして、ああすれば……
ああ……いい労働力、ゲットじゃね?

………………
…………
……

よし
「うぅ、これからどうし――」
「とおおぉぉぉきくぅおおおぉぉぉぉ!!!」
「――ひぃいやあああああ!!?」
「よし、ちゃんと居たな」
「な、なによ! なんでまた来たの!? ま、まだなんか用があるわけ!?」
「大有りじゃぁ! アンタ、自分を匿ってくれる様な相手いる!?」
「そ……そんなの、いないわよ……」
「よし、じゃあアンタは今から霧雨道具店の売り込み習いに決定!」
「はあ!? 何勝手に――」
「言うこと……聴いてくれるよね?」
「――聴きます! 聴きますから殴るのやめてぇ!」


「――――という訳で大旦那様、コイツをここで働かせてやってください! ほら朱鷺子、アンタも挨拶!」
「……なんかよくわからないんですけど、よろしくお願いします」
「…………朱鷺子、だったか、お前も難儀なやつに絡まれちまったもんだなぁ。ま、ウチには霖之助っつう前例があるからな。別に構わんぞ」
「ありがとうございます、大旦那様! 良かったな朱鷺子、これで衣食住と命の保障が出来たぞ。報酬は約束どおり、お前の給料から折半してそれぞれの生活費にするからな」
「…………好きにしなさいよ、もう」


―――――――


という訳で、朱鷺子は現在霧雨道具店にて住み込みで働いてます
夜はこっそり売春業をさせてるので、おゼゼをお持ちの方は是非、夜11時以降に霧雨道具店の裏路地まで……

いやはや色々と難産でした
今回は霖之助さんではなく、朱鷺子こと名無しの本読み妖怪を弄ってみたのですがきっとそのせいです
嘘です
霖之助さん程ではないですが、朱鷺子メインの作品が増えると良いなぁ位には好きな娘です
原作の「誰に迷惑かけるでもなく、楽しく本を読んでたら何故か霊夢にボコられたあげく読んでた本を奪われ、取り返しにきたら今度は魔理沙にぶっ飛ばされる」という一発キャラながら実はかなり神主の愛を受けてるんじゃないかってぐらいの不幸っぷりが愛らしいですよ本当に

朱鷺子ボッコの描写は語るスレの336氏、337氏、nekojita氏の助言を参考に書いたつもりが全然掛けてませんねこりゃほんとアドバイスを活かせず申し訳ないです……

余談
『扇打ち』でピンと来た方はナカーマ
警棒の重さと硬さで扇打ちかましたら痛いどころじゃなく肘が壊れると言う突っ込みはご容赦を

よっしゃ、次は私と霖之助さんのフルネッチョ話を書くぞぉ
作品情報
作品集:
6
投稿日時:
2009/11/11 14:51:45
更新日時:
2009/11/11 23:51:45
分類
朱鷺子
名無しの本読み妖怪
ちょこっと霖之助さん
僅かに霊夢
例の杖や腕輪も幻想入り
1. 名無し ■2009/11/12 02:24:38
なんて哀れな・・・。
これはひどい。
でも潤さんの作品好きだ。フルネチョ期待!
2. 名無し ■2009/11/12 09:32:12
俺の嫁が理不尽な扱いを受けて泣いた
3. 暇簗山脈 ■2009/11/12 23:44:56
>>だっしゃあ!!!

これは・・・萌える闘魂・・・!!
4. 名無し ■2009/11/13 00:43:35
どういう経緯でこーりんと出会ったんだろ
5. 名無し ■2009/11/13 22:47:03
こーりんに体で支払えば一石二鳥じゃね?
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