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『竹藪に程近い石畳の川原に女性の死体が有った』 作者: nekojita
竹藪に程近い石畳の川原に女性の死体が有った。
着ていた服は風雨に曝され、破れて剥げたのであろうか、通りがかった者かあるいは彼女を殺した者が記念にと奪って行ったのだろうか、いずれにせよ散々な様子で、あちらこちらが千切れてしまっている。
死体は湿った風に吹かれている。つい先ほどまでしとしと、しとしとと降っていた雨を、又、やがてこの世界を濡らすであろう、風上の土地に今降っている冷たい雨を吸収して暗く湿った風が、命無き人体をひゅうひゅうと撫でてゆく。
今や血の通わないその皮膚はやたらと重たく又粘っこく見えるので、生前の瑞々しかった様子よりは、まるでそこらに野晒しにでんと置かれた、チーズか何かを連想させた。
地面には血液が流れ出て川の石に染みている。血の色は鮮やかな赤から徐々に、空気に酸素を奪われて茶色く変わっていく。
そのせいで、体内にほとんど血が残っていないのであろう、体中に残る傷口から血が流れてくる様子はなさそうでその分内臓や、今にも崩れ落ちてきそうな曇天に白々と光る骨たちがよく見えるのである。
まず目につくのは左腕の傷で有った。左腕の上腕部で三頭筋が刳り抜かれて白い骨が光っている。
つい今まで生きていた人の骨は標本と違ってはっきりと透明な膜に覆われ、真っ白に光り、そこには未だ、これを栄養していたであろう細い血管が薄く茶色くへばりついている。
その脇に、神経と思しき白色の索状物まで見える。きっと昔は指を動かす信号が通ったのだろう。引き千切られた筋肉と骨の間を通って奥の方を、ずっと手の先に伸びていっているようだ。
我々が我々の肉に感覚として、その全体に生きていた時の苦労が強く染み付いている、汚さが焼き付いていると感じるならば、骨はそれを一生の間支えてきたけれども、何も染み込んでくるような余地の無い風情が有り、しかし又清潔というのでもない、どことなく空虚な感さえする器官である。
骨はからからと、なんでもないように死体の左腕で肉と肉の間に光っているのである。物質的な無感動を象徴するように。この劇的な空間と、人の死を強く象徴するように。
死体は血の他に、風が含む水分によって濡らされた、川原の地面に横たわっている。ここに一つとして乾燥した石は無い。
左側を上にして丸まって眠るように倒れているその姿勢は胎児のそれに似ていた。死ぬ時に生まれる前と同じ姿勢を取ったのは何かの因果だろうか。だが因果としても、胎児と決定的に違う所が一つ有った。
その死体は、下半身を、殆ど全て喪っていたのだ。
服を破ったように腹の皮膚が破れて千切れ、そこから何寸か、体からして下方向に背骨がはみ出て、あとは欠損していた。傷口に尖がっているのは内臓を守る任を終えた肋骨である。突き出た背骨からぬっくと出た短い肋骨まで光っている。
からと吹きっ曝しの骨は常に一対のうち片方が天、もう片方が地を指し、その間はやはり一陣の風がざあっとすり抜けて行くのである。見れば自分の腹中生きた臓器の中を陰湿な風が撫でるようで気味が悪い。
ばりばりと、薄い発泡スチロールを殴り抜けた時のように、破れ貫かれた横隔膜が有る。そのあたりからはいくらかの内臓が堂々とまろび出ては川原の地面に転がっていた。
鉄の赤錆びたような脾臓、大網といわれる組織、その裏に隠れるのは腸か胃か膵臓か判別が付かぬ。いずれにも血管やその他の管か繊維がひっついていたようだが切れてしまっているのも多い。肺は体内に納められたままのようである。
これら生命の内側に有る筈の、我々の腹や胸の中にさえ現に存在する器官が生来無機的な石ころの上に、全く無造作に転がっているのは何とも不思議な感が有る。焼肉で生のレバーを、地面に落してしまった時のよう。内臓は這って動かない。ただ生々しさだけを強調する赤い、生命の一部が、明らかに命無き大地の上にでんと接しているだけ。
足側には何も無い。ただ注視すれば、血が乾きながらあ湿った石の間に染み込むのがわかる。
死に顔は安らかでも無ければ、苦悶の表情に満ちていた訳でもない。人間とすれば年の頃十代。普通に家に帰って普通に眠りについた少女という風情で、顔面の右半分を覆う紫色の死斑さえ無ければ今起き上がっても全くおかしくない程である。
髪の生え際の皮膚が少しだけ破れているくらい。それが今実際に川原に横たわり、重力に従って内臓を零している。骨はじめじめとしたこの風に吹かれ吹かれて、その生気を大気に散らしながら白々と、相変わらず白々と突き出ている。
こうして見ると人体と言う物は全く物質である。全体としてべちゃりという擬音の似合うこれが、生きていた頃には宴会で一発芸を披露したり、街中の雑踏の中にその身を流していたとは何とも信じがたい。
この体が毎日何か温かい食事をし、生命のエネルギーをその身に漲らせては飛んだり跳ねたり、動き回っていたという。しかもこんな風に夜に眠って、朝には生き返ったように目覚めてまた生を謳歌しにでかけたとすると……。
しかし明日の朝に、彼女は起き上がる事が出来ない。足ばかりか、命を失ったからだ。
やがて雨が訪れる。曇天が崩れ落ちてきたのだ。十一月の雨は川の水嵩を増すと同時に、この世に並ぶ全ての物を冷たく濡らし始める。自ら雨をしのぐ術を持つ、生者の他を一列に、濡らし始める。
雨は幕を下ろしたようにざあざあと降るけれど、死体は水に溶け出ていかない。
歴然とそこに有って、死んだ皮膚にぼとぼとと雨の音を響かせているのだ。紅色の内臓を外界の、冷たい雨に濡らしているのだ。
作品情報
作品集:
6
投稿日時:
2009/11/15 05:13:31
更新日時:
2009/11/15 17:24:41
自分は魔理沙だったw
しかし人体の表現がうまい。本当に。
……ああ、そうか。私は名無し……
いつリザレクションするのかと期待しながら読んでた
しかし描写が細かくていいな。
しかし、猫舌さんは本当に上手い表現で文章を書きますね。
わざと名前を出さないことには途中で気付いたが、ハナからゆうかりんを思い描いていた。
自分の趣味がよく分かる。
さて、自分はどの東方キャラに投影しているのか……
ちゃんちゃん♪
表現の仕方が好きです。
nekojita氏の描写力の高さにはもう本当に頭が下がります
死ぬはず無いのに・・・
特にさとりんのことを考えていたわけでもないのに……
死、あるいは死体と関連させて考えてるわけだから、死んでいて当然の人物という風に認識してる?
こいしちゃんの仕業と言えばそれまでだけど
誰もいないな……