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『真夜中のデッド・リミットC』 作者: マジックフレークス

真夜中のデッド・リミットC

作品集: 7 投稿日時: 2009/11/22 03:38:01 更新日時: 2010/05/09 01:56:27
   17日 東部標準時午後2時 統合参謀本部



 その広い会議室には数々のモニターが壁に取り付けられ、楕円卓には数々の電話機、通信装置が置かれている。
 その場には其の国の錚々たるメンバーが集められていた。具体的には大統領、副大統領、大統領補佐官をはじめとした政治のトップ、関係各省庁と機関の長官という官僚のトップ、そして各軍の首脳と情報部将校の代表者だ。

「諸君に緊急招集がかけられたのは他でもない。ここ60年ほど無かった国家的非常事態が発生した。16時間前にブロークン・アロー(放たれた矢:自国保有の核兵器の想定外爆発及び紛失など、核に関する重大事案の発生を示す暗号)が発令されたのだ」

 室内は静まり返っていた。連絡を受けて最初に知った軍情報部とそれを伝えられていた副大統領は何一つ言葉を紡がず、今初めて聞いたこの場にいる者達も皆言葉を失った。

 そもそも事実ならば国家の非常事態だ、最高機密とはいえ対策本部の策定や対応が遅すぎる。16時間など考えられない遅れだ。今、初めて知った者達は全員がそう考える。誰も口にしないのは、それはこの後話される内容であることを理解しているからだ。

「この件は非常に特殊で、現在判っている事はそう多くない。とある軍の兵器保管庫が一基のW27弾頭の消失を検知、自動化されたプログラムに従ってその連絡が海軍情報局にもたらされたのが16時間前の22:14。局の連絡担当将校がその情報を目にしたのが6時間後の04:32で、彼はすぐさま上に連絡。私の所に届いたのが午前6時頃だ。それから8時間、大統領の最優先命令は事実確認と緘口令、この問題は極秘裏に解決することを優先させたため連絡が遅くなった」

 副大統領が発言する。元海軍中将の肩書きを持つ彼が素人である(政治家の家系ではあるが元俳優から議員に)大統領と軍部の橋渡しを行う。彼の国の紋章は多頭の鷲。各機関がそれぞれの独立した頭であり、大統領は戦略的意思決定を行う者なのだ。いくら最高権力者といえ、実質的に全世界の情報の大部分を掌握しつつ全ての案件に判断を下すなど個人には不可能。専門家やシンクタンクを傍に置いてこそその力を正しく奮えるというもの。

「お待ちください、ブロークン・アローは優先度が最高クラスの案件です。それが発令から6時間気がつかずに、対策本部の設立がその10時間後というのはどういうことですか? それにW27など時代遅れもいいところの核弾頭ですよ、全基廃棄が完了しているはずです」

 彼は国家安全保障局長官。本来この手の情報は真っ先に入手するはずの人物だ。なぜならブロークン・アローは自国保有の核兵器に関する案件であり、中央情報局が人間を使った対外諜報活動を主に扱うのに対し、国家安全保障局は機械を使った国内防諜活動が主であるのだから。軍の情報部が真っ先に情報を共有するのは我々でなくてはならないはずなのだ。

「これから説明しよう。まず、核兵器紛失が検知されたのは………日本だ」

 絶句。これは何かの冗談か? そもそも彼の地は国内ではない。理解が及びようも無い話だ。

「日本の横田飛行場の地下兵器保管庫に極秘裏に配備されていた一基の核弾頭が紛失した。それは間違いなくわが国の物で、配備されたのは1964年の冷戦時。キューバ危機の後、ケネディが暗殺された直後の年といえるだろう。8時間のタイムラグは、事実確認に費やされた時間だ。なぜなら秘中の秘として隠匿されたその情報は、現在直接知っている者もその記録すらも殆ど残っていなかったのだ。あってはならない場所にあってはならない物があり、それを知る者達は時の流れとその身を共にしたというわけだ」

 そして誰も質問や意見を言う者がいないので、話の後を海軍情報局将校が続ける。

「我々はまず現地の第5空軍司令部に確認を取りましたが、当然の事ながら司令官がそれを知るはずも無く、実際の保管庫は基地内だというのに味方からも厳重に隠匿された場所にあったそうです。おまけにそこにはパスコードの入力機械があって、すぐには内部の確認が取れなかったという話です。ですが保管庫の傍の電算機室には保管庫内の監視カメラや重量センサーのモニタールームがあり、そこの重量センサーが異常、つまり核弾頭紛失を検知して我々に知らせてきたということです。信じられない話です。70年も前の機械達が己が務めを果たしたということでしょう。彼らを造り設置した者達が忘れ去っていたというのに」

「内部の確認は?」

「監視カメラでも重量センサーでも保管庫内に核弾頭は見当たりませんでした。監視カメラは前12時間分の消去と上書きを繰り返すタイプだったので、基地の調査担当官に停止させ調べさせました。その時は発令から10時間経過していたため、ブロークン・アロー発令時の前後が記録されていました。それには重量センサーが反応した時と同時に核弾頭が消失している映像がありました」

「窃盗犯は? 内部の犯行か?」

「いえ、文字通り重量センサーの感知と同時に消失していたのです。扉はロックされたままで、誰一人内部にいたものはいません。それまで映っていた核弾頭が、次のフレームには消え去っていたのです」

 唖然。誰がこれほど非科学的な事態を予想していようか? いや、彼らは去年同様の事態に遭遇している。だがその場所も状況も全く異なるが。

「内部の確認は機械でだけか? 中に入って確認したのかね?」

「それは私から説明しよう。海軍情報局から真っ先に連絡があったのは我々なのだ」

 中央情報局長官が発言する。

「なぜならこの配備計画に加担したのはうちだからな。当時の状況とマコーン長官の強大な権限を考えれば、うちのご先祖が無茶をしたものだと思う。ジョンソン大統領もベトナムにかまけている間に忘れてしまったのだろう。扉のパスコードについては手間取った。海軍情報局から連絡があった後、当時の資料が残っていると思われた中央情報局の資料保管庫の中からようやく探し出せた。資料倉庫の奥底にあった2インチオープンリールとデッキを探し出すのに300人以上を使って4時間かかった。だがそれからは簡単だ。当時のプロテクトなど現代の情報技術者にかかれば数分で解除出来る代物だったよ」

「そしてそれを打ち込んで扉を開けたところ、内部はもぬけの空でカメラ映像となんら変わらない状況でした。待機していた技師にガイガーカウンターで室内の残留放射線を測定させたところ、何も無い空間には多すぎるレベルの放射線を検知し、それは数十年間にわたって放射性物質が置かれ、それが消失したことと辻褄が合うとのことです」

 中央情報局長官の発言を引き継ぐように海軍情報局将校が話す。

「つまり何か? 秘密裏に日本に運び込まれた核弾頭は冷戦の終結と共に忘れ去られ、その上で消え去ったと? 誰かが秘密を知って持ち出したとかではなく、いつの間にかなくなっていたというのか? そしてそれを管理していた機械達が教えてくれるまで、我々の誰もその事実を微塵も知らなかったというわけか」

 ここまで沈黙を守ってきた大統領が発言する。呆れるような口調だが、無理も無いだろう。

「日本政府の特殊部隊による強奪、及び基地情報の書き換えが行われた可能性は? あるいは考えたくも無いが基地内部の犯行でもいい。民間共用化してずいぶん経つ基地の下に核があることですら信じられぬと言うのに。それが消え去った事に論理的説明のつく回答を得られる目は無いのかね?」

 本来ならば責任者を喚問したいところだが、残念ながらその責任者は現在1人もいない。

「それでは重量センサーを切らなかった説明がつきません。部屋のカメラ映像のすげ替えを行い、基地内部の数々の監視カメラを掌握しつつ、重量のある巨大な弾頭を持ち運ぶというのははかなりの人員と手順が必要です。それらを準備していながらセンサーを切らなかったというのはおかしいです。センサーからの信号が無ければ我々はこの案件をついぞ知ることも無かったのですから。それにモニタールームの埃の堆積具合は近く何者かが進入したような痕跡が無い事を示しています」

「つまり?」

「これは論理的、科学的説明のつく事態ではないと考えます。誠に遺憾ですが空・海軍と中央情報局は調査の結果、この案件は指定L事案であると判断いたします」

 指定L事案。それは現代の科学分析を十分用いても解明がなされなかった事案の内、特に科学的シミュレートの不可能性を示した案件につけられる総称である。ただしこれはあくまで近代に発生した案件で、事件当時十分に分析がなされている必要がある。
 過去に起きた類似の事件、即ちミステリースポットと呼ばれたり異星人の仕業などとSFじみたこともこの範疇に入るが、それがなされた直後の分析が無いため案件としては該当しない。参考事案扱いである。

「この件が発生してからまだ時間が経っていない。おまけに直接保管庫に入って確認したのは5時間ほど前なのだろう? ならばまだ詳細な分析がなされたとは言えない。これほどデリケートな問題をさっさとコールドケースにしてしまうのは行き過ぎではないかね?」

「我々はこの問題を不思議事件として葬るために指定L事案にするのではありません。この事件は他の案件と密接な繋がりを持つものと判断いたしました。……具体的に言えば“セレネの怒り”事件以降の月戦争との関係性を疑うためです」

 室内が騒然とする。指定L事案は分類を開始したときからその性質より、体のいい未解決事件の投棄場になりかけたこともある。だがそもそもその様な分類を始めた理由、それこそが彼の言うセレネの怒り事件の発生だ。この件は自国の情報機関、研究機関、軍事アナリスト、そして歴史家やSF専門家まで総動員して分析させたが、いまだ個々の事案に関して不明な点が多すぎるのだ。

「まさか………。弾頭を奪ったのはセレネだというのか!?」

 国防長官が怒気をあらわに叫ぶ。
 無理も無い。あれはベトナム以来のこの国の汚点、敗戦の歴史でもあり、そしてなにより彼らにとってはまだ継戦中の戦争だ。第一次反攻作戦は敗北したが、第二次反攻作戦の準備も進めている。敵との交渉そのものが出来ていないためなんとも言えないが、いわば休戦状態といってもいい。
 国連は月を含む天体を南極と同様に独占されない存在であるべきとの宇宙憲章をかなり昔に出している。だがそれは言い換えれば地球の人間で仲良く分割しようという予定だっただけの話。まさか先住民がいて戦いになるとは思ってもいなかった。南北アメリカやオセアニア大陸の様に攻め滅ぼして奪い去るにしても、場所が場所で上手くいかない。

「連れ帰った捕虜のことをご存知かな? 第一次反攻作戦では失地回復ならずして損害を出しすぎたために攻撃を断念したが、得るものが全く無かったわけではない。小銃を手に戦闘に参加していた敵兵の一部。本人達が月の兎と自称している者達を5体、彼の地から帰還するシャトルに乗せて連れてきていることを」

 発言した航空宇宙局長官は、空軍と共に月面及び宇宙空間での作戦行動における責任者だった。捕虜の管理と尋問も航空宇宙局が行っている。軍部では感情的になりすぎてしまうから科学者と技術者達に任せているというところだろうか。

「奴らの自白から得られるものは無かったという話だった気がするがね。なんでもあの戦闘でまともに戦っていたのはセレネだけだったという話だ。他の連中は戦いだからと申し訳程度に連れてこられたとか言ってるそうじゃないか。そのセレネ1人に連合の宇宙軍をいいようにやられたのではなかったのか?」

「ふざけるな! あれのどこが戦いだ! 空軍の衛星兵器も大気圏外ミサイルも、機械的なカメラやセンサーを用いた物は奴らを捉えられないんだぞ!! だから泣く泣く人間の目を月にまで運ぶ必要が生じたのだ。38万km離れた地に人間を送り込むことの大変さを解かっているのか? 彼らパイロット達を十分に武装させたとはいえ、月で主力になるはずのロボットは役に立たず、衛星を含めた宇宙兵器の援護も受けられない人間の独力で戦う羽目になったんだ。まして相手は超常の力を有しているそうじゃないか? 残念ながら映像記録の証明は無いが、彼の者が破壊を振りまいた跡は月基地や兵達の死体に残っているのだ」

 空軍大将として会議に出席している彼は、おそらく反攻作戦で勝利を収めれば元帥にもなれたであろう。敗軍の将となった彼は相手が常軌を逸した存在であるとして、立場こそ追われなかったものの各方面から責められることになった。苛立つのも無理は無いというものだ。

「論点がずれている。捕虜の話からわかることがあったのだろう? それを話すことが先決ではないかね」

「失礼いたしました。件の月の捕虜ですが、我々が彼らから聞きだせたことは大まかにして3つ。1つは我々がセレネと名づけた者について。彼女は綿月依姫という彼の地の行政官にして戦争における総司令官。支配者は姉の綿月豊姫だが、実務全般を担っているのは妹である彼女であるということ。つまり彼らの政治体系と支配者についての情報です」

「そしてもう1つはセレネを含めた彼の地の者達の持つ異能の力について。こちらの学者も研究していますが、虜囚となった5名はそれほどの力を有しているわけではないことは自身で語り、かつセレネのように力あるものについても詳細は知らないとのこと。ただ彼女の力は神の力であるという証言を行っています。神といってもヤハウェの事を指すというよりは、精霊に近しい存在のことを指していると予想されます。図らずもコードネームとして付けた月の女神のセレネはあながち間違っていなかったと言うことです」

「それに関して補足しよう。第一次反攻作戦の捕虜についてはこの場にいる者は知っているだろうが、彼女達の公用語は日本語だ。なぜかは知らないが、現代日本語とほとんど変わらない形態の言語なのだ。セレネの言う神は日本の神道で表現されるところの八百万の神々のことであると研究者の意見は一致している。アブラハム宗教圏では精霊や天使、悪魔に類するものだろう」

「最後の1つは彼女らが日本語を話すことから、我々が日本政府との情報交換を行ったときに発見された資料から得られたものです。我々が指定L事案と呼ぶケースの関係しそうな資料について、日本政府に提出を迫りました。その際に得たものがこちらの日乃レポートです」

「これはうちでも当初はテレビドラマ並みの与太話だとも思えたよ。ヴァンパイアやゴースト、デーモンの様なモンスター達が跋扈する世界についての大真面目な資料だったんだからな。だがこの世界の名前、幻想郷と言うらしいが、ファンタズマゴリアとでも訳そうか、これをそのまま捕虜に見せてやったところ反応があったのだ。曰く、自分の友人が一度行った事がある場所だとね」

「なんでもその友人とやらは、セレネにいたく気に入られたと言うことで側近になったようだ。ここで問題なのは、その幻想郷とかいう所はこの世界から隠れた場所にあり、一部の者が度々この世界との出入り口を開いて人や物を幻想郷に入れているらしい、ということだ。幻想郷は我々の知るところで言う悪魔や怪物、幽霊に妖精などの空想の存在といわれていた者達が生きる世界という話だ」

「まるでアヴァロンやエリュシオンだな。日本にある同様の伝承に過ぎないと思いたいがね」

 成る程話はつながった。

「つまり核はその幻想郷とかいう世界の住人が持ち去ったというのかね?」

「付け加えるならば幻想郷とセレネ達月先住民には交流がある。核を持ち出した時期も考えれば我々の侵攻作戦に対する報復を考えていてもおかしくは無い」

「それらの資料は日本政府の自作自演であり、彼らが奪った可能性は? あるいは月の連中となんらかの協力関係を築いている可能性はないのか? 私はいまだに彼の地の者達が日本語を喋るということが不思議でしょうがない」

「もとよりあの国は核を持ちたいと思えば2日で造ってしまえるだろうし、あんな骨董品を持ち出す理由が無い。それに人的損害はまだしも金銭的にはうちの次に損をしたのは日本だ、HTVの打ち上げから戦費から何かと理由をつけてはたかったのだからな。言語について大いに疑問があるのは同感だが、それならばこそ連中が英語を話している方が疑われずにすむと言うのにだ」

 月の話が出てからと言うもの、各閣僚からの質問と回答の応酬になる。核紛失というだけでも非常事態だが、月の話は我が国のボトルネックとも言えるもの。地球資源のほとんどをアフリカを移民で実質的に支配した某共産国に独占されて以来、レアアース、レアメタルの市場価格決定権を握られてしまった。月基地のヘリウム3とレアメタル採掘計画はこの国にとって命綱ともいえる国家プロジェクトだった。

「……1つ聞きたいことがある。私は自国の歴史を学んできたつもりだが、70年も前の核弾頭については詳しく知らない。W27とは如何なるものなのか? 今でも使えるものなのか? それを教えてほしい」

 当然といえば当然の話だ、とっくの昔に処分されているはずの兵器の名前など一国の首脳としても知らないだろう。

「W27は単弾頭の水素爆弾で核出力はTNT総量で2Mt、ヒロシマクラスのおよそ100倍のエネルギーです。加害半径はエネルギーの3乗根に比例するので5倍前後、半径10キロの建物を全半焼させその倍の範囲にいる人間を熱線で殺傷します。都市部であればミリオンのオーダーの死者が出ることも考えられます」

 自分の発言を噛み締めながら一呼吸置いて話を続ける。

「兵器としては70年も前のものを使用することはありえません。なにより一次爆薬が分解して不発する可能性が非常に高いからです。しかし専門家によると核物質の劣化は少なく、中でも爆縮ウランと重水素はほとんどそのまま残っているとの事、唯一三重水素が半減期12年なのでかなり減少しているはずですが、その後の研究で水爆のD−T反応にはあらかじめ三重水素を用いなくても核融合反応過程で生成することがわかっています。つまり一次爆薬さえ交換すれば同様の兵器として運用が可能である、ということです」

「あるいは高濃縮ウランを入手されたことそのものを問題視するべきかもしれん。核兵器の開発で最も困難なのはそこだ、それさえあれば後は爆薬さえあれば原子爆弾は作れるのだからな」

「そもそも奴ら月先住民が幻想郷とやらを通じて核を入手した目的は? 単弾頭の高威力核兵器は確かに脅威だが、それ1つでは相互確証破壊すら成り立たない。第2次反攻作戦に対する我々への牽制のつもりか」

 この発言で彼らは重要なことを思い出した。大統領の発言から核兵器の概要に話が置き換わってしまったが、そもそもは誰しも忘れていた兵器保管庫の核が消失したことに端を発しているのだ。

「……ちょっと待ってほしい。仮に幻想郷の者が核弾頭を盗んだとして、その者は監視カメラにも捉えられずに1トン近い弾頭を瞬く間にそっちの世界に取り込んだというのか? ならば我々の保有兵器を同様に奪うことが可能なのではないのだろうか?」

 本部内の空気が一瞬にして凍りつく。核紛失の周知の時と同じかそれ以上の動揺だ。
 何故ならそれはこちらの開発したあらゆる装備を略取されるかもしれないということなのだ。

「しかし、だとすればあれほど古い核を奪う必要性がありません。それに日乃レポートによるところですと、幻想郷の文明水準は我々のものより数十年遅れているという話です。それらが真実かどうかは確認のしようがないですが、指定L事案としてこの問題に取り組むのであれば、日乃レポートのような情報でも考慮せざるを得ません。彼らが何でも我々から奪えるというのであれば、もっと数多くの遺失事件が発生しているはずです」

「そのことに関してはレポートを参照したあとで局員に過去の資料をあたらせてみた。だがそれと思われる遺失事件は最新技術や軍事部門では殆ど無い。民間は全て確認している時間は無かったが、レポートで考察しているように行方不明者の一部は拉致された可能性もあるが、確認のしようが無い」

「つまり幻想郷とやらが現在まで取り込んできた物は、こちらに与える影響が最小限である物という訳か?」

「あるいは存在を隠匿するために自分達の存在が発露するような事を避けているのかもしれません。で、あれば今回の事件も説明がつきます。幻想郷の住人というのが月先住民達と同様の存在であると仮定すれば、機械類の映像記録に残らないというのも納得ですし、反対にセンサー類に気がつかずに我々に連絡が来たのかもしれません。どちらにせよ我々が当該核兵器の存在を完全に失念していたのは事実なのですから」

「……もう1つの可能性も考えられます。幻想郷の出入り口は日本に存在し、公用語も月の住民と同様に日本語であるとのこと。幻想郷が奪える物は日本国内のものに限る、あるいはある範囲と言い換えてもいい。彼らが拉致や接収を行える場所は限定的であるという仮説の下で展開すれば、核を紛失したのが日本であることの説明もつきます。今までは兵器の類を必要としなかったので放置されてきたのでしょう」

「事実の確認を行い、多くの仮説を立ち上げることは出来た。だが我々はまだ何も決断してはいない。それらの事項から導かれること、中でも我々は何をすべきかについて意見のある者はいないだろうか?」

「核兵器がただ消え去ったなどと結論し、何の対策も用意しないということは無意味です。より時間をかけた調査を行ってから結論付けたいと思うところですが、早急な対応が求められる以上現状で可能性のある事態に対して手を打つべきだと考えます」

 なるほど軍人らしい思考だ。事実確認と計画の立案などの手順を大事にする官僚に対して、状況に適応することが求められる軍人の判断は多少異なるというもの。多頭の鷲の強みは此処にある。同時に弱みととることも出来ようが。

「可能性のある事態というのは、幻想郷の存在を仮定した上での一連の話しかね?」

「そうです。現状、紛失においてそれ以外の説明がつかない以上は準備だけはしておくべきかと、その後で別の事実が発覚すればそれに応じて対応するまでです」

「では幻想郷の存在を仮定し、一連の事件を彼の者が引き起こしているとして、我々のとるべき道は?」

 そうだ、そこが問題だ。仮に我々が異世界からの侵略を受けていたとして、どのように対応すべきであるのか。月問題と絡めるならば尚更包括的に処理したいところだ。

「もしこちらから侵入できるのならば、制圧した後に月戦争での前哨基地に出来るかもしれません。両者が繋がっていればの話ですが……」

「こちらの物や人を奪う方法がセレネと同じくして個体の能力によるものならば? こちらからの侵入は不可能かもしれない。まして月と直接繋がるルートなど……」

「いずれにしても日乃レポートの再検証も含めて、日本の情報部と協議する必要が……」

「核紛失を日本に伝えるというのか! 同盟国とはいえそこまでの協力をし合える関係にあるとは言えん。まして内部の左翼勢力から情報が流れる可能性もあるような国などと……」

「そこはあくまで対月戦の特殊作戦の一環ということで伏せて処理すれば……」

 各人が対応案を捻出する。だがそれは意見の応酬であって、議論と呼べるようなものであるのだろうか? 通常自身の所属する機関が活躍できるように主導権を奪い合うという状況は良くあることだ。だがこれだけ意味不明な状況に対応するというのなら、上手くいかなかった時の責任を回避することも彼らの頭をもたげるだろう。

「待て、そもそも日乃レポートに記載されているのはどのような内容なのだ? 幻想郷の住人が度々こちらの世界から者や人を略取しているという事以外に、どのようなことが記載されている?」

「大まかに分けると2つの内容について纏められている書類です。1つは幻想郷からこちらの世界に帰還することの出来た人々の証言。仮に彼らを帰還者と呼称するならば、帰還者が見聞きした幻想郷の文化、地理、住人達の情報、そして自らの体験について編纂されているということ。これは帰還者が警察に駆け込んで証言したり、インターネットブログでその様な話を綴ったり、あるいは体験記を創作物として製作出版した者達に編纂者が直接取材をして話を聞いたとのことです。また過去の童謡や物語、あるいはフィクションと思われていた著作のうち、幻想郷の描写が正確で関係がありそうなものを考察するなどしています」

「ふむ、それはわかった。詳しく分析すれば十分役に立つ資料であると判断できる。いずれにしても日本側の協力は不可欠であろうがな。もう1つというのは一体なんだね?」

「もう1つは現在日本にいる異能の力を持つ者と接触し、取材した内容という事です」

「……異能の力というと、セレネや幻想郷の住人の様な、ということかね?」

「はい。その者達ほどの力ある者の記録はありませんが、通常の人間が有していないはずの能力を先天的に身に着けている者達の存在が確認されていて、その者達に対する調査報告書を兼ねているということです。日本の内閣情報調査室はこれらの人々をこのレポートを基にマークしているようですが、拘束したり生物学的な調査を行うことは今まで無かったとのことです。そもそも日乃レポートの重要性は、セレネの怒り事件までは評価されていなかったようです」

「なるほど、この件に関しては日本の内調を通せばよいということか。彼らならば漏洩の心配もないだろうし、なにより話のわかる連中だ。彼らが今まで行ってきたことは内政の問題だろうが、今後は月共同開発宣言と同盟国戦時支援条項を盾に協力していただけるだろうよ」

 シリコンとエタノール、天然ガス以外の資源類に慢性的に欠乏している日本にとっても、月開発のレアメタルは喉から手が出るほど欲しい事業だ。皮肉なのは最も得意とした無人機械分野が輸送以外で役に立たなかったということだが。

「ですが日本の捜査協力を仰げたとしても、その後の侵攻拠点を日本国内に置けるのでしょうか? 月戦争自体も公には隠匿されていますし、まして軍事と核に対してアレルギーとも言える反応を示す国の中で作戦を行なう難しさは、我々海兵隊はよく知っています」

「まだ日本国内に大部隊を展開することに決まったわけではないだろう。進入路も確保されておらず、その道を機甲部隊や航空部隊が通過できるかも判ってはいない。まあ、艦船は最初から無理だろうとは思うが……」

「……月の戦闘経験を含めた敵の戦力予測をしますと、無人兵器の単独作戦行動は無力化される可能性も考えられます。陸上・航空兵器を運用するにしても、兵が肉眼もしくは光学スコープを用いた索敵を行なえる様に換装しなければなりません」

「ならば初めから少数精鋭の特殊部隊を準備しておくというのはどうでしょう? いずれにせよ占領統治には歩兵部隊の十分な準備が必要です。先遣隊として実力のある者達を初期に投入するためにも編成だけでも行なっておくべきかと」

「一体どの部隊を投入するんだ? 未開の敵地、それも怪物が跋扈するような世界に」

「実力から言えば特殊作戦軍を通じて五軍の特殊部隊から選抜するしかないですな」

 ※以下は五軍とそれに所属する有名な特殊部隊を示す。
   陸軍    :陸軍特殊部隊軍(グリーン・ベレー)
          第1特殊部隊デルタ作戦分遣隊(デルタフォース)
   海軍    :Navy SEALs
          Sealチーム6/DEVGRU
   空軍    :空軍特殊作戦軍団
   海兵隊   :海兵隊武装偵察部隊(フォース・リーコン)
   沿岸警備隊 :戦術法執行チーム
 なお特殊作戦軍は沿岸警備隊を除く各軍の特殊部隊を統括できる立場にあり、横断的な指揮命令系統を有している。

「それはいずれにせよ準備させたほうがいいだろう。決定が下れば一両日中に日本に輸送できるように隊を整えておくのだ」

「大統領閣下、今後の対応は日本の内調と連携した指定L事案の再調査と幻想郷という場所の情報収集、及び日本国内に部隊を展開する準備をする方向で良いですか?」

「第2次反抗作戦のXデイはおよそ半年後に予定していたな。月戦争の準備の方は空軍と宇宙局があたり、地球上の国家の治安維持には艦隊を派遣すれば十分だろう。以後各諜報機関と特殊作戦軍及び海兵隊は本作戦に全力で従事せよ。特に横田基地を含む海兵隊在日本部隊とエージェントは参謀本部との連絡を密にすること」

「作戦名はいかがいたしましょう?」

「幻想郷作戦。オペレーション・ファンタズマゴリアと呼称する。作戦目標は幻想郷の制圧もしくはそれが不可能な場合は壊滅とする。交戦勢力である月の補給拠点を絶つ」

「各自オペレーション・ファンタズマゴリア成就に向けて情報収集と準備に入れ。これは参謀本部の最重要任務とし、派閥や管轄に囚われない協力体制と情報の交換を行ないつつも関係者以外には秘匿とすること。以上、解散」







   18日 日本標準時午前9時 内閣情報調査室



「先ごろ、米インテリジェンス・コミュニティーを通してうちに日乃レポートの再調査依頼が来た。それも重要案件としてかなり“真剣な”お願いだった。理由は月基地奪還作戦における重要な情報を含む可能性アリとの参謀本部の判断と大統領命令だそうだ。見返りはヒューミント情報とノウハウの部分的開放と共有、及びシギント技術とスパイ衛星網の交流だそうだ。彼らからすれば重要度の低いものをお下がり的に寄越すだけである事は想像に難くはない。だがそれにしても大盤振る舞いといえる支払いだ。先ほど内閣官房長官はこの依頼を引き受ける回答を送り、再調査にGOサインを出した」

「以前に月と不可解事件関連の情報交換した時と態度が明らかに違いますね。状況が大きく変化したことは間違いないようですが、気になりませんか?」

「あちらさんが本気で取り掛かったら情報戦でうちが勝てる目は皆無だよ。いずれにせよ悪い話じゃないんだ。月計画にしてもそうだが、あの国は主導権を握りたがる性格がある。そいつと真っ向から対立するよりも、裏方をやって実利をとるほうが得というものだ。隠したいのなら隠させておいてやればいいさ、こっちはその上できっちり儲ければいいんだからな。前回の反抗作戦でこの国が製造したHTVが大量に消費されたのは結局国政にはどのように影響したかね?」

「国債の大量増発は招きましたが、結果として開発に携わった100を超える企業に潤沢に資金が流れて景気の浮揚に繋がりました。政府支出として実質GDPを1.4ポイント押し上げる大幅な成長と技術開発能力の向上をもたらしました。防衛予算の増額と兵器開発が国民に支持されず、産軍の複合構造を持たない我が国にとって建前上の平和的宇宙開発事業という大口の公共投資の存在となったといえます」

 その回答に満足したかのように内閣情報調査室長は笑みを浮かべながら頷く。

「そうだ、そして戦費といいつつ巻き上げられた外貨も万年貿易黒字国のうちからすればいうほどのことでもなく、代わりに要求したHTV製造関連の資源提供である程度相殺出来たからな。どうせ依頼を蹴ったところで国内のエージェントが勝手に慌しく動き始めて迷惑するのはこっちだ。今回も向こうさんのご機嫌を伺いながら、うちはうちでかっちり情報は握っておけ。連中の動向もな」

「再調査といっても何から取り掛かりますか?」

「帰還者の取材と寓話の調査は今から取り掛かっても、故日乃局員の仕事には遠く及ばないだろう。あれは彼のライフワークだったのだ、生前は評価されなかったが。それより彼がピックアップしたり、継続調査で近年リスト入りした能力者を詰問するのから始めよう。依頼では幻想郷の存在と入り口に関する部分に鼻息を荒げていたように思える、例えばこの対象者53番の幻想郷の入り口、“結界”が見える少女というのは彼らの興味を惹くのではないかね」

「……彼女、調査対象になったのは4年前ですね。現在は大学生で少女という訳ではないでしょう。むしろ当時よりくみし易くなっていればいいのですが」

「とはいえまだ子供だな。言うまでもないが手荒なことはするな、連中にもさせるな。彼女を初めとして国内の能力者リストの者に幻想郷の関連性順に序列をつけて順番に当たれ。うちの半分の局員、100人をこの仕事に当てていい。早速取り掛かれ」

「了解しました」







   同日 午後4時 某大学キャンパス サークル棟



「蓮子ぉ〜いる〜? あれ〜? 今日はあさっての調査の打ち合わせをするんじゃなかったっけ〜」

 マエリベリー・ハーンは秘封倶楽部に与えられている小さな部屋を訪れた。部屋の中を見渡しながら間延びした声で喋る。4限の講義が終わってすぐ来たのだが、今日は3限で上がりのはずの宇佐美蓮子が部屋にはいなかった。
 部屋の中に入って扉を閉めようとした時、2人のスーツ姿の男が棟内をこちらに近づいてくるのが見えた。しばらく観察していると、2人はそのまま自分に近づいて話しかけてきた。

「秘封倶楽部の方ですか?」

「はい、そうですけど……」

 クラブとは名ばかりの不良サークルと周囲に思われているだけに、この来訪者にはまったく心当たりがない。スーツの2人は就職活動中の学生には全く見えないし、大学関係者にも見えないという異質さを放っていた。

「私たちは財団法人科学技術振興会の者です。こちらの大学の秘封倶楽部というサークルが、半年前に私どもに送付していただいた研究報告書について研究予算が下りるかもしれないのでご相談に伺った次第です」

「……はぁ。………えっ、ええっ!?」

 寝耳に水。というより、自分が客観的に見ても蓮子の作った報告書はトンデモの部類に入る(蓮子は大真面目だが)のだ。彼女のことだから研究助成金を出す団体に書いた論文を送付しているということは十分にありえるが。

「えっと……何かの間違いでは?」

「いいえ、あなたはマエリベリー・ハーンさんで間違いないですか? 宇佐美蓮子さんが自身を代表者として送った報告書の内容に興味を持った企業がありましてね。産学連携の観点から我々が仲介として双方のお話を聞こうという事になったのです」

「はぁ。もしかして蓮子はその話で?」

「はい。私どもはこちらでも良かったのですが、蓮子さんのほうから別の場所でじっくりお話がしたいと」

 無理もない。怪しい資料や写真なんかがそこらじゅうに散乱している汚い部屋だ。蓮子も最低限の気遣いというものがあるようだ。

「では私もそこに行きます」

「いえ、マエリベリーさん。私どもはあなた方の研究と同時にあなた自身についてもお聞きしたいことがあるのです」

 ここにきて一気にキナ臭くなった。もとより秘封倶楽部の活動が評価されるという自体が信じられなかったというのに、私達2人に用があるとしたら私達の持つ不思議な力のことだろう。役人(違うのだが結果的に正しい)が私達に接触してくるということは、尋問したり解剖されたりしてしまうのだろうか。

「蓮子に会わせてください」

 声のトーンから雰囲気が変化したのを2人の男は感じ取った。他国に比べればスパイ技術に劣るとはいえ、素人の学生に見抜かれたのは少なからずショックだった。もっとも人と違う能力を持っているのだから、その付近に触れられれば反応することは容易に想像がつくが。それとも彼女が相対性精神学を専攻していることに関係があるのだろうか?
 いずれにせよ協力を仰ぐのに最後まで彼女を偽り続ける訳ではなかった。初対面の段階から情報を引き出しつつ打ち解けて、企業といいつつ内調や米情報局員との仲介を行い、その上で何も知らない民間人として退場する役割を2人は与えられたに過ぎなかったのだから。

「申し訳ありませんマエリベリーさん。我々は内閣情報調査室の者です。あなたの能力とお2人の幻想郷及び境界に関する事項について興味があり、お話をお伺いしたいのです。身分について嘘をついた事はお詫びいたします。我々はあなた方に危害を加えるつもりは一切ありません。しかしなんとしても幻想郷についての情報を入手しなければいけないのです」

「蓮子は?」

 同じ質問を再び繰り返す。それを受けて男の1人が携帯で誰かと連絡を取る。

「同様のお話をしました。蓮子さんは……こう言っては何ですが我々について疑われること無くご協力いただいてます。とても積極的にお話くださっているようで、お2人の調査におけるお話は十分に聞けているとのお話です。お2人の能力については、我々の目的上蓮子さんの方は重要度は低いのです。やはりあなたに協力していただきたいのですが」

(バカ……。これだから理系は……スポンサーについてや自分のやってることをちゃんと理解しないとマッドな人になっちゃうわよ)

「蓮子のいるところに連れて行ってください」

「……わかりました。それと覚えておいて欲しいのですが、これは国際的に見ても益にかなう事なのです。協力していただいた暁には十分な謝礼はいたします」



 大学近くの喫茶店で蓮子と接触したメリーは2人で相談した結果、彼らに協力することにした。嘘をつかれていた事に少なからず蓮子も憤ってはいたが、自身の研究成果が評価されることと研究資金が下りることなどは魅力的だったらしい。
 資金繰りに悩むアマチュア研究者だったヴェルナー・フォン・ブラウンも自身の夢、宇宙ロケット開発研究のためにナチス政権下でV2ロケットを製作して弾道ミサイルの基礎を築き、後にアメリカに亡命してアポロ計画のサターンVロケットの開発を指揮するまでに至った。夢を追う科学者にとって夢こそが至上のものであるならば、その結果がもたらすことなど瑣末なことなのだ。

 本当に友人が軽くマッド入っていたのでメリーは半ば呆れていたが、彼女自身4年前に能力について尋ねてきた男がいることを思い出していた。今にして思えば彼はこの人たちの関係者だろう。今現在私達がオカルトサークルとしてイロモノ扱いされているように、当時は彼らも本気ではなかったのかもしれない。でももし彼らが本気になったとしたら………。私達の能力を国家というとてつもない存在がどのように扱うだろうか?
 今のうちに彼らについておいた方がいいのかもしれない。







   18日 東部標準時午前10時 特殊作戦センター



「タスクフォースの編成はどのようにするべきか意見はあるかね?」

 特殊作戦軍司令官は居並ぶ各軍特殊部隊の主任と局長級会議を開いていた。

「本作戦についてはまだ情報が少ないうちから編成を迫られています。ただ予想される事態として、現地入りしてからの情報及び航空支援を受けられないかもしれないこと。そして機甲部隊を投入できるかどうかわからないことです。最悪、歩兵部隊単独の任務になる可能性もあります」

「そうなれば前世紀の戦術ではないが歩兵の人海戦術になる可能性すらある。さすがにそれを避けるためにも我々のような少数部隊で彼の地を制圧することを目指すべきだが、具体的な作戦は情報待ちと言う事になる。我々が今準備できるのは、実際に作戦が確定して発令されたときに即応できる部隊を用意しておくことだけだ」

「同盟国とはいえ外地で部隊を展開するのであれば、もとより向こうでの勤務経験の多い海兵隊か、海軍のシールズが適しているのではないでしょうか」

「幻想郷という場所の住人も月先住民と同様に日本語を話すらしい。少なくとも分隊単位に1人は日本語に通じるものがほしい。海兵隊在日基地所属者には日本語をネイティブ並みに習得している者も多くいる。そういう意味では適しているはずだ」

「デルタ隊員は外国語を最低2ヶ国語を習得することが志願資格だ。ほとんどはフランス語やスペイン語だが、日本語に通じている者もいないわけではないし、実力ではどこよりも上だと自負している」

 ああでもないこうでもないと誰もが自分の隊を勧める。

「……これは確定事項ではない。やはり情報待ちということになるが、我らの戦う敵は人間ではない。月のセレネの様な怪物、化け物達であるという話だ。そんな者達が跋扈する世界の制圧もしくは破壊を目標としているというのに、未だ進入経路すら全く分かっていない。で、あるならば撤退経路も確保がなされていないということだ。我々の世界と違う場所に侵入し、仮にそこを破壊に成功したとして、侵入した部隊はどうなっている? その前に帰還することが出来るのか? あるいはその世界と運命を共にするというのかね。いずれにせよこの部隊に求められる条項の1つにこれを付け加えるべきだろう。汝、熱く焼けた鉄板の上にその身を投げ出しに行けるか? とな」

 全員が押し黙る。無論、特殊部隊員である限りは命を賭けた任務があることなどは誰もが承知している。問題はそんなことではない。彼らが命を賭けることができるのはそれが名誉と共にあるからだ。必死に戦い死んでいった隊員に捧げられる名誉。国内の平和主義者に罵倒されてでも、彼らを守るために命を張ることが名誉なのだ。それは国と共にあり、隊と共にあり、そしておそらく一部に過ぎない理解ある国民が彼らを愛してくれることで報われるのだろう。

「あくまで最悪の条件がそろったときの話だ。彼ら若い愛国者達は誰からもサポートされず、極秘任務ゆえに一部の者を除いて誰からも省みられず、そしてアーリントンで眠ることも許されない。異世界の地に赴き、あるいはその場所と共に消滅するかも知れない。それもこれも大昔のワシントンとラングレーの連中の尻拭いでだ! それでも我々の誇る子供達はそれをやってのけると信じている。私に出来ることは生還可能性の無い任務を彼らに与えた最悪の司令官として、この国に彼等の名前と功績と共に刻みつけることだけだ」

 この会議において特殊作戦軍では、最悪の状況を想定した特別任務のために隊員の一部を選抜することに決定した。隊内部で特別優秀な者達およそ500名に通達を送ったのだ。封筒に入れられた手紙は各人に直接手渡され、他者とその内容について話してはならないと厳重に釘を刺した。中身は現在わかっているだけのこの作戦における概要、そして今後の状況次第では生存が絶望視される同作戦の任務についての説明、最後にその任務に志願する者は自らこの書類と共に出頭するようにと記述されている。
 期限を過ぎれば自動的に辞退として扱い、それによるペナルティも無ければこれら書類が誰に送られたかという情報も含めて完全に抹消されると保障もしてある。卑怯なようだが後は彼らの自己判断だ。
 どれだけの部隊規模を作れるほど志願者がいるだろうか?







   19日 日本標準時午前11時 某所旧神社跡



 先日蓮子とメリーは自身の研究に関して、一通りの報告を内調職員と外国の研究員と紹介された者達にした。その後色々と質問攻めにあったが、尋問と言うほどにはきついものではなく、彼らは2人が機嫌を損ねて非協力的になるようなことを避けるために気を使ってくれているようだった。

 そして今日、自分達が幻想郷に迷い込んでしまった事のある場所を訪れていた。メリーの力でメリー自身には結界そのものとその綻びが見えている。それを彼らに伝え、彼等の調査に協力する事になったのだ。
 圧力というものなのか、彼女達がサボっている分の講義は出席扱いになるどころか、望めばテストを受けなくても優をつけるとまで言われてしまった。ちょっとカチンときたので2人は丁重に断ったが。

「この場所に間違いありません。しかし私の力はあくまで見えることだけなんです。以前に迷い込んだことはありますけど、その時どうやって結界を超えたかもわからないんです。蓮子以外の他の人を連れて行けるかも全くわかりません」

 2人以外の者達は2人の言動に耳を傾ける者と思い思いの調査をすでに開始している者達に分かれている。彼らは2人と一緒のミニバンに乗っていた3人以外にも現地で集合したのが数十人いて、様々な機材と共に車から降りてなにやら始めていた。

「彼ら研究員のことは私たちも詳しく教えてもらっていないのです。私達が言い渡されている事はあなた方の力と幻想郷について調べること、そして彼らに協力することなのですよ」

 秘封倶楽部の2人は彼女達を調べようとした者達の予想以上に聡明だった。故に彼女達は自分達に協力してくれることになり、そして彼らは自分達の知っていることの大部分を彼女達にも伝えることになった。どちらにせよ自分達も多くを知るわけではないのは事実であるし、あるいは彼女達の閃きが役に立つかもしれないのだから。

「別にいいんですけどね。私達は結界が見えるっていうメリーの力に頼って活動していたようなもんだから。何を測定しているかわからないけどそれで結界について調べることが出来るんなら。……あっ、あれはガイガーカウンター? 結界の周りって放射線量が違ったりするのかなぁ? あっちは磁束計? なんだか適当に空間の特性を調べられる機械を手当たり次第に持ってきてるだけなんじゃ……。あれなんか気体分析器じゃない? あんなんでもウン十万円するとか聞いたけど」

「よく知ってるわね。理系だから?」

「私は昔の洋ドラマが好きなの。CSIとか法医学捜査班とかってシリーズ知らない?」

「あんたに見させられたのはX−ファイルとか言うオカルトドラマだけよ。生まれる前くらいに流行ってたドラマをよく知ってるわね」

 話が横道に逸れてゆく。大学生の会話はこんなものかもしれない。

「え〜、ではお2人は、というかメリーさんは先ほど仰った場所に結界が見えるのですね。我々はその結界を全く気にすることなく行ったり来たり出来るのですが、メリーさんはそれに阻まれたりするのでしょうか?」

 ちょっと思うところがあるのかしばし思案する。だが考えてわかるような事ならば苦労しないだろう。どちらかというと主観的なことを聞かれているのだ。

「結界が見えるのは確かです。触れたり阻まれたりするかといえばそういうことではありません。ただ……。ただ結界の向こうとこちらが同じ世界かどうかわからないんです。向こう側の世界に行ったときも、私が行きたくて行ったんじゃないんです。でも必ず行けるってわけでもないし……。その境目を越えた後、皆さんと同じようになんら変わらずそこにいるのか、あるいは幻想郷に迷い込んでいるのか……。私達が調査に来たとき、第三者は居ませんでした。もしいたらそのことについて確認できたかもしれないのですが」

「私達の仕事の観点からしますと、あるいは私達の見ている前でそれを実践して頂くのが近道なのかもしれません。しかしそれはお2人の危険を伴っていることは理解できますし、それは私達の望むところでもありません」

「まあ、結界について詳しく知りたいのは向こうで機材をいっぱい出している人達の方ですから勝手にやらせておきましょう」

 内調という組織に属している1人の女性が2人に近づいて小声で耳打ちする。

(彼らは某国から来た研究員と諜報員です。彼らの目的の詳細はわかりませんが、軍事的活動も含む荒事になる可能性もあります。我々はあなた方の身を守るように言われていますので、何かあればすぐに言って下さい)

 聡明な2人は彼らの正体に勘付いていた。と同時に平和呆けたこの国のスパイ組織など大した実力が無いのはわかっている。だが反対に、今まで4年間も自分達の能力について把握しておきながら何もしてこなかったぐらいの組織なのだ。どちらに助けを求めるかといえば決まっている。



 参謀本部からの指令は幻想郷についての情報収集、特に幻想郷への進入ルートの発見と確保が最優先であった。日本の内調が協力的であり、彼らがマークしていたという能力者の少女達によってその場所も特定できた。

(気になるのは彼らがその少女達を我々に引き渡す気が無いことだ。尋問もずいぶんと緩いものだった。国内の特殊な能力を持つ者達を我々の好きにさせる気は無いということか)

 彼らと事を構えるつもりなど無いし、いくら急いでいるとはいえこの国の中で手荒な手段を使うのが懸命でない以上は彼らに任せるしかないだろう。

「入り口さえ確保すればそこからは多少強引にでもこちらのやり方をやらせてもらうさ。なにか判った事は?」

 数々の計器を持ち出して周囲を調べている科学者に尋ねる。

「測定に時間がかかるものもあるので全ての結果が出たわけではないですが、瞬間測定が出来るほとんどの計器では今のところ異常はありません。多少放射線レベルが高いようですが、人体に危険があるほどではないです。ですが現在測定中のシンチレータでμ粒子が数多く観測されています。測定精度の問題上30分から1時間ほど測定することを2,3回繰り返すことが望ましいですが、現在のデータで考察すると通常宇宙線に含まれるμ粒子は地面から垂直に降る量が最も多く、そこから角度のコサイン二乗倍づつ減少するはずなのですが…………」

 現地調査指揮官の男は頭を抱えてしまった。なんでこいつら科学者は結論を述べるのに余計なことを付け加えるのだろうか。そのへんのことは私には理解できないのだから、最初から必要なことだけ言えばいいというのに。

「それで、何が問題で何が判ったのか言ってくれないか」

「はい。コサインは90°で0になります。当然ですが宇宙から降り注ぐ宇宙線を測定するのに、シンチレータの向きを真横にすれば測定される粒子は0になるはずなのです。ですがあちら、彼らが結界と言う見えない世界の入り口が存在している方向に向けると粒子が観測されるのです。あの場所からμ粒子を含む素粒子が放たれているのは明白です。学者としても、あそこに見えない何かがあることは確信が持てます」

「μ粒子というのは放射線の類ではないのかね? 人体に影響が無いというのは間違いないのか?」

「ガイガーカウンターで測っているのは高エネルギー電磁波と粒子です。実際に人体に強い影響があるのはγ線、α線、β線と中性子線です。μ粒子はほとんどの物質に影響を与えることなく通過するので健康に害を及ぼすことは無いですよ」

「ならば何故結界という場所からそれらが出ているのか予想が出来るのかね?」

「μ粒子は基本的に素粒子が崩壊したときに出現することの多い中性粒子です。現在判っている事だけでは、あの付近で粒子崩壊が起きているとしか考えられません。幻想郷という存在がこの世界とずれた場所にあり、この場所で接触があるとするならば、もしかすると両者が重なるところで一部の粒子が崩壊を起こしているのかもしれません」

「つまりここが何らかの特殊性を示している場所であることは間違いないのだな? 日本の連中に見当違いの場所に案内されたわけでないことがわかれば、第一段階はとりあえず成功といえるだろう。次はこの場所から幻想郷に侵入する方法を調べなければならない。引き続き調査を続行して詳しいことがわかったら報告してくれ」

「わかりました」







   21日 東部標準時午後1時 特殊作戦センター



 一昨日の通達の回答が集まった。
 志願者217名、誰も彼も経験の多い有能な特殊部隊員だった。そしてその者達の四半数は家族がいて家庭がある者達。残りも天涯孤独というわけではないだろう。家族構成で差別をするわけにはいかないが、彼らは家族を残してでも死地に赴く覚悟があるというのだ。選抜には頭を悩ましそうだった。

「参謀本部通達より僅かずつだが概要が見えてきたということだ。大部隊の展開と投入は困難、精鋭部隊を最低でも2個小隊は準備されたし、とな」

「志願した者の内ネイティブと遜色なく日本語会話に秀でていると評価される者は4名。日常会話に支障なし、されどイントネーションなど違和感が残ると評価を受けた者は25名でした」

「優秀な者で1個小隊を4個の分隊で構成するとしても一隊に各1人。1個小隊分しか準備できないというわけか」

「どちらかが先発するのですから、交渉事に対応できるように先発隊は日本語会話が出来るように編成すべきではないでしょうか?」

「そうしよう。先遣の一隊に4名を配属することとする」

 志願者のリストを受け取って各人の人物を確認した部下の1人が、ばつが悪そうに司令官を見る。彼が何か言いたいのにどうすべきか迷っているのは一目瞭然だった。

「なんだね?」

「それが……その4人の内の1人が、女性隊員なんです」

「………エザキ中尉だろう? そうか、彼女も志願したのか」

 彼女は隊内で有名人だ。女性海兵隊員というだけでも珍しいが、彼女は海兵隊武装偵察部隊に志願し文句のない成績でフォース・リーコンの一員となった。戦場で最も苛烈な場所に投入される海兵隊、その中でも危険地域に真っ先に侵入する彼らは、全員がスナイパーといわれる海兵隊の中でもトップスナイパーで、体力・忍耐力に秀でたものしかなりえない。まして軍というものは実力主義を謡いながら、様々な差別を内包している場所でもあるのだ。そんな場所に女性が、それも日系の彼女がなるというのは異例であり快挙だった。司令官が知らないはずは無かった。

「彼女は現在までに殺害確認戦果13を記録している隊内でも最優秀クラスの隊員です。しかしなればこそこのような任務に赴かせるのは…………」

「本人と直接会って話がしたい。他の者に対して差別になるのはわかるが、彼女だけは直接会って聞きたいと思う。後で私の執務室に呼んでくれないか」

「了解致しました」



コン、コン

「入りたまえ」

「失礼いたします」

 ノックの後にエザキ中尉が入室する。特殊部隊員特有の引き締まった体つき、油断のない目、そして彼女は美しかった。年齢は29、若いことも条件に入る現役特殊部隊員としては中堅だ。

「お呼びでしょうか、閣下」

「エザキ中尉、君が志願した理由を聞かせてほしい」

「恐れながら、閣下。他にも志願者が大勢いると見受けます。全員に同様の質問を?」

「いや、君だけだ」

 はっきりと言い切る。彼女とてこのような場所に至るまでには、いや、至ってからこそ多方面から揉まれることになる生き方だ。陸軍大将から特殊作戦軍の司令官に任じられた彼としても互いに遠慮をしない返しだった。

「私は私に出来ることを全力で行いたいだけです」

「死ぬことになってもかね?」

「それは入隊時から覚悟の上です。閣下」

「お兄さんの仇討ちのつもりだろう? 中尉」

「…………」

「私が知らないはずはないだろう。君の兄、元空軍大尉で高々度偵察機パイロット。航空宇宙局に移籍とともに除隊、有人月面探査ロケットの機種転換訓練と宇宙飛行士訓練を十分な成績で卒業し、探査及び月面上での物理学研究を主とした任務に就いた。そしてセレネの怒り事件で帰らぬ人となった。データの上のものでしかないが、君が志願したと聞いて調べさせたよ」

「兄は……、兄は軍人になるより科学者になりたいと昔から言っていました。しかし曽祖父の時から私の一家は軍人の家系でした。もう1人の兄は家を出て事業を行いましたが、一番上の兄は父に逆らえずに軍に入隊したのです。空軍でパイロットに志願し、そこで自分の才能と楽しみを見つけたと喜んでいました。パイロットとして世界中を飛ぶのは気持ちがいいと何度も手紙で読みました。ですが、戦争に参加して敵地を偵察したりテロの首謀者の潜伏場所を偵察するのは気が滅入るとも。その情報を元に空爆が行われることになるからだそうです」

 凛とした姿勢のまま、入ってきたときと全く表情を変えずに語る。

「兄は民間人になって自分のスキルが生かせること、宇宙という新しい場所に行くことができ、科学者としての研究も出来ることを大変喜んでいました。家族も、空軍大佐である父は新しい軍人のあり方だといって認めていました」

 そこで言葉を一度切って、その上で話を続ける。

「記録映像の一部を特別に見せてもらいました。兄は女性飛行士や他の研究者をシャトルで送り出した後も基地に残り、特別仲良くなったという日本人の元クレーン技師と共に基地の採掘用ロボットアームで交戦していました。あらゆるカメラ映像で敵が捉えられない事に気がついて、彼の目になるために通信装置と共に非武装で敵を肉眼で確認しに行ったようです。軍人であることを誇ったことのない兄でしたが、私にとっては紛れもなく英雄でした」

「エザキ中尉。たしかに我々は幻想郷という存在と勢力が月の敵と関係性を有していることを疑っている。だが個人的感情で任務に参加することは認められない。それは隊の結束を阻害し、あるいは任務に支障をきたしかねないからだ」

「お言葉ですが、閣下。私は報復のつもりで志願したわけではありません。そもそもその対象が違う相手であることも理解しています。私の兄は月のヘリウム3が採掘されるようになり、核融合発電が一層盛んに利用されるようになれば地球上の多くのエネルギー問題は解決すると。そしてレアメタルが十分に確保できるようになれば、これらを求めて争うような戦争が減少するという信念を持っていました。そのために仕事が出来ることを誇りに思っていると私に話してくれたのです」

「君が死地に赴くことで彼の願いは成就するのかね?」

「私は月開発計画を阻害する勢力を排除しに行くだけです。誰かが成さねばならないのなら私がそれをします。私達の部隊が任務を果たせば私の国は皆がそれぞれの成すべき事をし、再度月の資源を持ち帰れる日が来るでしょう。私はそれを確信していますし、そのために働くことが出来ることが私の誇りです」

「……わかった。いずれにせよ数多くの隊員が志願してくれた。これから編成を決定するが結果は後で個々人に伝えさせる。下がってくれていい」

「閣下、サー」

(部隊が任務を果たせば国は皆がそれぞれの成すべき事をする……か。それこそが私も愛するこの国の姿だろう。彼らの犠牲と信頼に応えるためにも私は仕事をしなければならない)



 特殊作戦軍は幻想郷強襲部隊2個小隊を編成したことを参謀本部に通達した。







   22日 日本標準時午後2時 某所旧神社跡



 彼らはこの場所でキャンプを張り、常に忙しく調査を行っていた。内調職員も交代で数人ずつ張り付いていたが、結局彼らが何をしているかを詳しくは教えてはもらえなかった。学生である秘封倶楽部の2人にも一度帰ってもらっている。
 彼らがこちらに無断で2人に何かしないように、2人には許可を取った上で見張りを付けている。職員は割けなかったため公安の人間を回してもらった。

 ここにきて彼らがしている事が調査から実験に切り替わったのが見て取れた。何らかの機械や装置類を運び込み、結界というものに干渉するテストを行っているようだった。何台ものバンを使って運び込まれたそれは、こちらの用意した専門家が言うには大型の発電機と強磁場を作る装置ではないかということだった。液体窒素で冷却された超伝導電磁石で数十テスラの極大な磁場をある範囲に作り出すための装置だそうだ。

 そしてその成果が現れた。磁界を強くしていくと、その範囲にあった結界が常人である我々にも見えるようになったのだ。そしてさらに機械を強めていくうちに、僅かな隙間のようなものが出現し、おそらくは幻想郷であろう別の世界への入り口が開いたように見えた。

 彼ら外から来た連中は歓声を上げてお互いを讃え合い、指揮を取る人物達は忙しく報告書を書いたり本国と連絡を取っていた。

 内閣情報調査室の職員は蚊帳の外で呆然とその光景を眺めていた。







   同日 東部標準時午前8時 統合参謀本部



「もう全員に通達はされているだろうが、今から8時間前に日本で幻想郷への入り口を開く実験が成功した」

 全員を見渡しながら副大統領が告げる。その後を情報局の技術担当官が引き継いで話す。

「それから実験を継続し、進入路の安定的な拡大と調査を行いました。結果として判った事が幾つかあります。1つは入り口を開いていれば時間と共に徐々に安定性を失うこと、また同時に何らかの物を通過させるとその質量に応じてやはり安定性を失うことです。よって同時に投入できる量に限りがあるということです。もう1つはそれらによって進入路が安定性を失えば、その場所での幻想郷との接続が切れてしまう可能性が高いことです」

 要約すればこういうことだ。大規模な機甲部隊の投入はまず不可能。歩兵部隊にしても合計質量に制限が設けられると、想像していた最悪のパターンだったということである。

「幻想郷との接続が切れたとして、復旧に要する時間は?」

 数時間。最悪でも数日間で再度部隊を投入できれば何とか持たせられるかもしれない。少なくとも任務を果たした兵士達を帰還させるための経路は作らなければ。

「……復旧は不可能と予想されます。強磁場で作り出した進入路はいわば両方の世界の接続点に開けた穴。こちらから質量のあるものを流入させることが出来るように、向こうにある物、最悪の場合大地や空気などといった、向こう側の世界そのものがこちらに逆流することも考えられます。結界という接続点では素粒子崩壊現象が確認されており、不安定な状況から接続が切れる直前にそのような逆流現象が予想されるとの事です。そうなった場合は接続点近辺では大規模災害が発生することも考えられます」

「今も進入路を開放しているのだろう? 大丈夫なのかね」

「現在は実験的に行った小規模のものなので、磁場をかけた時と同様に少しずつ減少させて閉じています。ですが質量の大きいものを通過させた場合は同様の方法ではいかず、先ほど申しましたように……」

「それでは開けるには開いたが使用できないということかね?」

 当初は順調に事が進んでいた安心感のあるムードだったが、ここに来てまた全員の置かれた状況が振り出しに戻ったかのような絶望感に包まれた。

「いいえ、唯一方法があります。それは限界近い質量を通過させた後に、磁場発生装置を強制的にダウンさせて進入路を消滅させることです。研究者はこれにより磁界反作用による電磁パルスが境界付近一帯で起こり、結界の向こう側である幻想郷とこちらとの接点が切り離されると考えています。逆流する前に入り口を閉じて無くしてしまうのです。そのかわりに進入路を再度作ることは不可能になります。故に復旧が不可能なのです」

「ちょっと待ってほしい。そもそも我々の目的は幻想郷の制圧もしくは壊滅だったはずだ。今までの話から制圧は事実上不可能に等しく、またその意味を成さないといえるだろう。しかし、幻想郷とこちらの世界の繋がりを絶てるならばそれは壊滅と同義ではないか? 破壊することがなくても向こうからこちらに進入したり、物資を奪われなければ良いのだから」

「残念ながら、大統領閣下。我々が進入に用いる道はイレギュラーなものです。幻想郷の者達が同様の方法で進入しているとは考えられませんし、実際に我々がW27を奪われた時はまったく別の方法であることは間違いありません。我々の侵入は今後不可能になったとしても、逆もそうであるとは限りません」

「では我々の執るべき道は? 誰か私に教えてほしい」

 重い沈黙が会議室内を支配する。そして日本での諜報活動や幻想郷に関する研究の情報が集約されるインテリジェンス・コミュニティーで研究者の代表として参加している者が口を開く。

「最も有効的な手立ては、限界質量を下回る規模の少数歩兵部隊を幻想郷内に侵入させ、幻想郷を維持させている能力者“博麗の巫女”を抹殺することです。日乃レポートの記述の1つに幻想郷内部を十分に調べて回った人間の述懐がありました。それによると幻想郷の存在を維持しているのは博麗の巫女と呼ばれる少女であり、帰還者は彼女にこちらの世界に戻してもらっているとの事です。立場とその能力より物資を略取しているのは彼女とも考えられます。そして彼女がその仕事を受け継ぐ者がいない間に死亡した場合は、幻想郷を囲んでいる結界が崩壊するという情報がありました。有意な情報はそれだけで事実の確認はできません。そして事実であるなら、彼女は最重要人物として保護されているはずですが、こちらからの侵入を想定していないのならば勝機はあります」

「結界が消滅することによるこちらへの影響は無いのか? 先ほどの話だと幻想郷という存在そのものがこちらに入ってきて、大災害を引き起こすことが指摘されていたが」

「現状ではそれも考えられます。しかし我々によって接続を遮断していればその危険性もないと考えます」

「そもそも限界質量というのは? 装甲車の一台もつけれないのかね」

「現地調査員の報告によりますと、5t(1米トン≒900kg)です」

「5t……。車両の類なら1,2台でお終いじゃないか……」

「それともう一つ問題が。進入路は強磁場を加えて開かせています。故に周囲は非常に大きい磁界が発生しているのですが、幻想郷側には磁束線は通過していないという調査結果が出ました。つまり非常に強い磁場はこちら側だけにあるものであって、向こう側に通過するとそれら一切が無いまっさらな状態になるとのことです」

「問題というのはそれによる影響と制約があるということかね?」

「はい。電気回路というものは外部磁場が変化すると、それを打ち消すように電流が流れます。これを電磁誘導現象といい、発電機のタービンを回して電気を作るのも同じ原理です。問題は進入路は非常に強い磁場中から、何も無い空間に移動するということなのです。この移動時に大きく磁場が変化し、電気回路で構成されている全ての機械類に誘導電流が流れます。よってほとんどの精密機械や電子回路を用いた一切は進入と同時に回路が破壊されてしまうのです」

 つまり内部に回路類を用いた車は駄目で、兵士だけ送るにしてもハイテク装備類は全滅というわけだ。

「つまり電気を用いた物は全て駄目だということなのか? 無線もレーザー測距機も電気信管を用いた武器や誘導兵器も全て使用不能というわけか? 最悪の場合は核などの大量破壊兵器の使用も想定していたはずだが、そのようなものも使えないのかね?」

「いえ、将軍。磁場の大きさから誘導電流は非常に大きいものですが、それに耐えられる回路構成と部品を選定すれば簡単な物は使用できます。将軍が仰ったものであれば、無線機を大型のトランジスタなどで作り上げれば、あるいは数Aの電流が流れても破壊されない回路を作ることも可能です。現在の多くの電気回路は集積回路と呼ばれる小さな部品が小さな電流で仕事をするように作られています。故に意図しない電流によって壊れてしまうことがあるのです。部品点数の少ない機器ならば、大型化することによって使用が可能になると考えます。現在研究者が日本の電気街で資材を調達し、無線機の試作に入っています」

「付け加えますが、核も含めた爆発物やその他の武器類は機械的・化学的動作方式ならば問題は有りません。電気を用いない銃器類もです。しかし核の使用はこちらの世界にどのような影響を与えるか予測不能であり、生物化学兵器は範囲が限定的であることと彼の地の怪物どもに効果が有るか未知数であることが挙げられます」

「いずれにせよ持ち込める電子機器はせいぜいが無線機だけというわけか。5tを我々の精兵だけで構成すると言うのならば、装備も含めて40人がいいとこだろう。つまり一個小隊規模だ。最高のタスクフォースを送ったとして40人で何が出来る? 実際の投入から戦闘、巫女という者の抹殺にいたる手順をつつがなく遂行できるのか? まして派遣されれば帰還することも、こちらに情報を伝えることも出来ないと言うのだろう。どうやって成果を確認する? 第2次反攻作戦のためのおまじないに40人の勇者を殺すというのか?」

 特殊作戦軍司令官が怒気も露に発言する。彼は彼の立場として部隊を編成して準備は整えた。部下達を死地に追いやることも司令官の立場なら良くあることだ。彼が問題にしているのは装備が制限されて彼らの実力が削がれること、そして任務が成功してもそれをこちらが確認する術が無いという、現在までの調査に対してだった。

「ご自慢の隊員たちでしょう? 皆上手くやってくれますよ。もとより月との戦いになる前に幻想郷というところがちょっかいを出してきたのだから、警告をかねて叩いておくだけのことです。こちらが存在に気づいていることと、報復も辞さないことを示威出来ればいいのですから。成功するにせよ失敗するにせよ40人の兵士を送る意義はあるというものです。隊員達の家族には十分な補償を約束してあげれば彼らとて文句無いでしょう」

ガタンッッ!!

「ふざけるな! 元はと言えば貴様ら情報局のヘマだろうが! そんなに兵士を無駄死にさせたいんだったらパラミリ(準軍事担当工作官:元特殊部隊員などをスカウトしたCIAで誘拐・拷問・殺しなどを行う部隊)でも送り込めばいいんだ!」

「司令、会議の席で感情的になられては困る。長官、今の言葉はいささか過ぎるものであった。しかし我々としては第2次反攻作戦を成功に導くためにも、後顧の憂いは絶っておきたいのも事実だ。成否の確認の出来ない特殊任務であるからこそ、最高の部隊を送っておきたい。部隊は現在判明している状況に対応するように装備を整え、研究班はより優位な状況を作り出せるように調査を継続することとする。侵攻に最適な日取りは決まっているのかね?」

「磁場で進入路を作る方法は先ほども言いましたが不安定です。安全を十分に確保しつつ部隊を通過させようと考えるならば、3日以内が最適かと」

「あまり時間が有るとはいえないな。司令、この期間に部隊の装備を変更して慣れさせることが出来るかね?」

「問題ありません」

「では決定だ。オペレーション・ファンタズマゴリアは幻想郷の駆逐も視野に、対象“博麗の巫女”を排除する方向で進めるとしよう。隊員たちには申し訳ないが、部隊の投入後に経路を破壊し交流を断絶する。本作戦の成否にかかわらず反攻作戦も継続進行し、半年後のXデイをもって我々は月のイニシアチブを奪還する。英雄達の魂に応える為にも総力を尽くせ」







   24日 日本標準時午後3時 某所旧神社跡



 最初は30人ほどであったキャンプは今や100人を超える人員が出入りしていた。これほどの大規模活動が成されていながら、情報統制が引かれているのか民間人の一切が周囲に近づく気配は無い。ここら辺の力があの国の工作技術というものなのだろう。他国の地だというのに大したものだ。

 そこで現地の陣頭指揮を取っていた2人の男は頭を悩ませていた。1人は研究者グループの統括者だったが、研究自体が壁にぶち当たったのだ。もとより適当に様々な実験をして運よく開いたに過ぎない入り口、それを安定化させることが次の課題だったが、実験をすればするほど負荷をかけるのか安定性を失ってしまう。最低でも計画に支障を出さないレベルを維持するためには、実験そのものを規模縮小しなければならなかった。
 もう1人は諜報部の情報集積官だ。調査に役立つかと国内の捜査情報を集中させたが、もとよりオカルト話なのだ、有用なものもあればそうでないものも多かった。幻想郷の侵入方法に関して言えば、内調が真っ先に確保したマエリベリーという女子学生が最大の貢献をしたといえるが、それ以外は全滅だ。ここ数日の調査と呼べるものは日乃レポートの情報を基にした資料収集と幻想郷の地理や勢力を纏めること、そしてそれらを基にした作戦の立案だった。

 彼らはこの国に入って政府の許可を取り付けた上で好き勝手にやっていたと誰もが思っていた。この国の政府直属の組織ですらそう思っているだろう。だが結果的には彼らが集めた資料から一歩も出ていないし、キーパーソンたる子女も向こうが確保している。日和見の無能共かと思ったが、結果的には最も大事なものを手元に置いているという訳だ。今までにも打診したが彼女に関してこちらの自由にさせる気は無いらしい。

「メリーという少女の能力を使えばここを素通りして幻想郷にいけるのだろう? そしてそのまま戻ってこれる。以前説明したとは思うが、これは両国の未来と国益のためになるはずだ。なぜ彼女に協力を求めさせないのか?」

「彼女曰く入るための具体的方法や手段は知らず、連れて行ったといっても友人の宇佐美さんだけ。あなた方が送り込みたがっている兵士達の全員を連れて行ける保証もなければ、彼女も含めて帰還させることの出来る保障も無い。そして彼女は民間人の学生であり、幻想郷が危険なことはあなた方も理解しているはずだ。我々は当初の契約どおり“この国の国民の生命財産に重大な影響の出ない範囲で”あなた方に協力させていただく。それだけです」

 情報収集官は傍に突っ立っているだけで何もしていないこの国の情報官にイラつきをぶつけるが、あっさりと返されてしまった。この国の連中はいつもヘラヘラして何を考えているかを読ませない。そのくせ勤勉で仕事はしっかりしているというのだ。彼女に関して無理にことを起こすのは本部が本気になっても難しい。なんといってもこの国は特殊すぎる場所なのだから。

「いずれにせよ我々は戦闘部隊を投入するつもりでいる。彼らは帰還することはできないだろうし、特殊部隊員は皆若い。いつの時代も若者の血を流さなければより良い未来は訪れないのだ。血を流すことを疎い、金や技術しか出資していない連中に何が分かる」

「ええ、分かりませんね。技術はそれで人の命を奪うことも出来るでしょうが、救うことも出来るでしょう? 我が国のHTVが運んだ物資が私達の宇宙飛行士を養い、数多く帰還させていることをお忘れですか? それに未来とは若者のためにこそあるものです。子供達を犠牲にした上で訪れる未来に思いを馳せる権利が、大人の我々にあるとは思えませんね」







   25日 午後0時 横田基地第5空軍司令部



「ローレンツ大佐揮下タスクフォース、エトランゼ特別小隊。ただいま到着いたしました」

「空路ご苦労だった。私は現地司令部の参謀准将である。早速だが、装備転換訓練はどこまで行っているか?」

「はっ! 情報にあった幻想郷敵勢力予測及び進入制限より携帯装備を決定、期間が短かったためもとより手になじむ装備を中心にしました。隊と同時にそれらを運搬し、また帰還者の証言を基に計算した現地時勢の予測は真冬、現地は積雪もあることが予想されるとのことで雪上迷彩も同梱してまいりました。対電磁誘導遮蔽を施した無線機のみ現地調達が予定されていますが、それ以外の武装一切を搬入しています」

「了解した。知っての通りこの国の中では満足に訓練も出来ないし、君達が作戦決行を明日に控えているのは理解している。だが残念ながら調査は3日前からなんら進展は無いといってもいい。諸君らには予定通り幻想郷に突入してもらうことになってしまいそうだ。私としては明日までにこの国の料理を振舞ってやりたいところだが、体調を崩すことになっても良くないだろうといつものミリ飯しか出せない。小隊はここで調整と休息を行い、JST18:00にチヌークで現地に飛んでもらう。決行は現地の状況にもよるが、明日07:00を予定している。以上だが何か質問は」

「いいえ、事前にこちらの情報は全て頂いております。お気遣いは無用です」

「そうか、では私から君達にかけるべき言葉は持ち合わせていない。君達の存在を胸に刻み込み、この場所から武運を祈らせてもらう」

「有難うございます、准将閣下」

 隊は基地で出迎えに集まった総員とも言える関係者に敬礼を返し、休息をするために宿舎に向かった。

「……彼らが我が国最高の40人なのですね」

「ああ、そしておそらく世界最高クラスの部隊だ。歩兵4個分隊とライフル1個分隊との話だが、構成はデルタ、デブグルー、グリーンベレー、フォース・リーコンの最高の人員をそれぞれA,B,C,D分隊に割り当てているとのことだ。ライフル分隊はおそらく前哨狙撃兵から選抜したのだろう。おまけに命を賭す事が前提の部隊だ、彼ら以上の存在は望めないだろう」

「得がたき人材の損失でしょう……」

「ああ。だが彼らなら確実に目標を達成する。私達は私達の仕事をするだけだ」







   26日 午前6時 某所旧神社跡



 季節は仲春、幻想郷の側はこちらと時勢がずれているのか冬であることが予想され、40人は降雪に対応する装備を身に着けて待機している。山頂の涼しい場所であるこの神社は周囲を少し遅れた桜が咲き誇っていた。

「結局我々は新しい発見をすることも、諸君らのサポート体制を確立することも出来なかった。状況は3日前となんら変わり無い。我々がここを通過させることが出来るのは君達40人と装備がせいぜいであり、磁界変化による電子機器の制約も以前存在する。君達の役に立てないことが残念でならない」

「いえ、皆さんは皆さんの仕事をなさったと考えます。彼の地の敵は月の敵同様不可思議な力を持つ怪物達とのこと、この短い時間で全てを解明するのは無理な話です。我々はこれより自分達の務めを果たしてまいります」

「……これは君達には伏せられていた情報のようだが、この国には幻想郷を行き来できる能力者の女子学生がいる。彼女を協力させることが出来れば君達を帰還させることも、増援を送ることも出来るかもしれない。日本政府は引渡しを拒否しているが、今後の展開では参謀本部が彼女の使用を決断するかもしれない」

「お心遣いは感謝いたしますが、我々はこの任務についての覚悟は決めてきております。参謀本部の判断に異論を唱えるつもりはありませんが、我々のために民間人の少女を危険に晒すのは我々の誰もが望んでいることではありません。必ずや任務を果たして見せます」

「そうか。私は君達を信頼していないわけでも愚弄するつもりもなかった。だが余計なことを言った、忘れてほしい。上がそのように決断することがあれば私のほうから君の意思を伝えることとしよう」

 そして時間は来た。調査によってなんら新事実を得られなかった以上、予定されていた通りの時刻に侵攻を開始するほか無い。そして彼らの侵入からきっかり一時間後、進入路はこちら側から強制的にダウンさせられて幻想郷との接続を遮断する。その後は彼ら次第であり、巫女の殺害に成功して幻想郷を消滅させることが出来れば、彼らの考える月との戦争における障害の1つが消え去るはずであった。
 あるいは中央情報局長官の言葉の通り、目的が達せられなかったとしても示威にはなるかもしれない。彼の地の化け物、そして月の女神達にどれほど効果があるのかは知れないが。

「整列! これより我々エトランゼ小隊は異世界へ侵入する。我々の行動は世界の未来に役立つものだと信じている。これは我々の義務だ。お前達も私も、我々は皆取るに足らない存在だ。義務が全てなんだ。我々が義務を果たせば我々の友人達、ワシントンのお偉方やヒューストンの夢追い人達も彼らの義務を果たしてくれる。皆我々同様取るに足らない存在だが、物事は今までそうやって運ばれてきたしこれからもそうだろう。それが歴史のプロセスなのだ。連中にこの世界の意地を見せてやりに行くぞ」

「サー、イエッサー」

「ゲートジェネレーター磁場臨界に到達。進入路の固着完了」

「いくぞ」

 40人の兵士達は磁場変動の影響を少なくするためにゆっくりと歩いて、開いた入り口に侵入していく。調査スタッフのほぼ全てと司令部の数人がこの場に来て彼らを見送っている。
 この場にはこの国の諜報部の人間も来ている。彼らはこの光景に特に思うところもなく、帰って上司に報告することが仕事であるというだけだろう。いきなり来て好き勝手やっていった連中は、明日にでもまた来た時のような速さで帰っていくのだ。政府はすでに交換条件であった一部を貰い受けているし、今回の件は十分に得をしたと判断できるだろう。

 これはただそれだけの話だった。















   26日 東部標準時午後7時



「先ごろ国防総省が会見を開き、本日未明に40名の特殊部隊員を搬送中だった軍の輸送機がバミューダ諸島近海で墜落。懸命の捜索活動にもかかわらず現在のところ行方不明者の発見には至っていないと述べました。今後も不明者の捜索に全力を挙げるとし、国防長官はこの事態を誠に遺憾であると―――」















   5日前 無縁塚



「あややややや。これはまた、いっぱい流れ着いてきていますねぇ〜。新しいカメラとワープロが交換条件とはいえ、幻想郷の対極の位置にあるこの場所から山に持ってくのは骨なんですよねぇ」

「文句言わないの。あ、あれすごく大きいよ! あんなに大きいと分解のし甲斐がありそうだね」

「うう、すごく重そうです。分解がどうというよりも、持ってき甲斐があるものにしてくださいね? あんなの私1人じゃ無理ですし、後から来る輸送隊の天狗達が協力して運ぶにしても役に立たないのを運ばされたんじゃ適わないですよ」

「えへへ〜。そんなのわかるわけ無いよぉ。でも新しい世界への旅路と技術の革命のためには犠牲が必要になるときもあるのだ! ってことでちゃっちゃとお願いね」

「へえへえ」
 え〜今回も独自設定のオンパレードですね。分かり難い所だとフォース・リーコンは特殊作戦軍の管轄外のはずなんですが……べ、別に後で気がついたわけじゃないんだからね(謎
 月の方々が機械に見えないのは、儚月抄で月の住人が表の世界と接触できない(旗を抜けないとか)ことと、今まで発見されてこなかったことを鑑み、そして某国が戦いで負ける描写を入れるために導入した設定です。でも彼女達のほうは神様パワーで攻撃できます。空気とかいらないので生身で無双状態です。情報戦と誘導兵器全盛の時代でこれでは、あの国がボコボコに負ける説得力が出来たらいいなと思いました。

 話の根幹である核兵器の忘却と喪失は、押井守氏原作の漫画“西武新宿戦線異状なし”を基にしました。月の描写や世界の近未来像は幸村誠先生の“プラネテス”や、原作は未読ですがアニメ版“MOONLIGHT MILE”から。そして現在の国際情勢から想像した個人的未来観から書きました。遅くなりましたけど、実在の人物・団体とは一切関係ありません。

 それと1人だけ物語が掘り下げられた中尉ですが、彼女の存在はA−2を書いているときにヨルムンガンドの7巻を読んで、ヘックスという女性兵士に惚れたからです。ですから彼女だけAパートで急遽作られ、Bでは冷酷さを描き、Cではバックグラウンドを描いてしまいました。メアリー・スーというのは始めて知った言葉だったのですが、自分にとっての彼女がそうなのかもしれません。

 AやBで行間を読んで頂けた皆さん(自分はA書いたときに兵士の服装が変わってたり、進軍の描写が無いのがまずいかと思ってBでその流れを書くことにしたのですが、皆さん分かってる方たちばかりでした)には必要の無い補足かもしれませんが、基本的に今回の戦争は多くの勘違いと疑心暗鬼から起こっています。実際の戦争でも事前の情報が戦後に確認すると誤りであったり、断片的な事実や正しい情報を集めて間違った結論に至ることもあるかと思ったのです。

 自分の持ちうる趣向や知識を詰め込むだけ詰め込むような形になってしまいました。どなたかが指摘してくださったように、文章力不足で迷走しているかもしれません。
 個人的には書きたいものを書ききれた満足感がありました。書いてるときも必要なことを調べたりしているときも、とても楽しかったです。

 最後になりましたけど読んでくれて本当に有難うございました。激励を下さった方々のおかげもあって全て書き尽くすことが出来ました。産廃……サイコー… ガール,バイ

   ……引退宣言じゃないですよ。またフリーダムな文章を書かせてもらうかも。それと副大統領が元海軍中将なのはモコモコ
マジックフレークス
作品情報
作品集:
7
投稿日時:
2009/11/22 03:38:01
更新日時:
2010/05/09 01:56:27
分類
幻想郷戦争
1. 名無し ■2009/11/22 13:19:08
完結おめでとう。面白かったぜ。
2. 名無し ■2009/11/22 13:53:14
まずは完結おめでとうございます。大作お疲れ様でした。
でもそれなりの事情は説明されているにしろ、いきなり幻想郷を崩壊させにかかるというにはまだまだ理由付けが弱い気が。
博麗の巫女の殺害に失敗したり、すぐに跡継ぎを立てられた時のリスクも考えれば、まずは迷い込んだ人間を装って調査隊を送り込むくらいはやるんじゃないかと。
3. 名無し ■2009/11/22 14:23:47
乙でした


>要調査
月作戦前に敵拠点壊滅を企んでるって描写があるだろ

んで核をとられた云々で攻める理由はバッチリだ

正直あの国ならこれだけの理由で攻めても違和感はないな(キリッ
4. 名無し ■2009/11/22 15:09:39
完結おめでとうございます^^楽しみにしてたかいがありました、ヤンキーもっと頑張れよ('A`)

…急を要する作戦でなければもっと進入路が確立されてからすればいいのに(´・ω・`)米軍
あと、基本米の編成なのに銃火器類がG3系?、SL9にしてもG36系の狙撃銃だしまるでゲルマンスキー、MINIMIやベネリM4はわかるけど…

蓮子とメリーってことは…環状線に草が生える時代にミニバンって……と、こうゆう突っ込みは野暮か
5. 名無し ■2009/11/22 16:03:17
>>4
上田信 著のコンバットバイブル3によると特殊部隊員は自国の制式採用銃に限定されることなく
いかなる装備も使えるらしいよ
SASだってSA80じゃなくてM4使うし
G3はM16系列よりも強力な弾使うから未知の化け物相手ならありうるかも

しかし面白い作品だった
次は月へのペイバックタイムを頼みます
6. 名無し ■2009/11/22 16:37:38
完結おめでとうございます。かなりおもしろかったです。
7. 中将 ■2009/11/22 23:38:47
戦車や航空機や、個人携帯用ミサイルが無いのはそういうことでしたか。
いやはや、お疲れ様でございました。
自分なんかよりも100倍ぐらい現場の表現が上手くてパルパルでございます。
次回作、期待しております。

元・海軍中将に敬礼っ!!モコモコ〜。
8. 名無し ■2009/11/23 00:17:53
何だかんだで全部読み終えるのに2時間近く掛かったかも
元からあった知識もあるんだろうけど、相当調べこまないとこれだけのものは書けないはず
良い意味で病的なほどに細かいところまで書き込まれているあたりが産廃の人間だなと
忘れ去られて幻想入りした核に、不十分な装備と情報であっても決断し実行しなければならない理由
たとえプロが集まって漫画やアニメを作っても少なからず矛盾が生じるのに
これだけ上手くまとめられたのはつまらん言葉だけどすごいとしか(本当にプロの物書きだったら失礼)
最後の部分にヒョッコリ誰かさんが出てきたのは良い演出
これからも時間と気分が許すのであれば新しい作品を出してくれることを願ってます
9. 名無し ■2009/11/23 12:31:33
核と米帝なら仕方ない
W27でしたか
W76なら酷くホットな話題だったのですが有名すぎて幻想入りは無理でしたか
ニュース「米国政府の弾道ミサイル寿命延長計画が座礁、核弾頭の製造技術を喪失 」

完全な隔離も考え物ですね
せめてもう少し幻想郷の情報が有るか
一人でも捕虜に成っていれば軟着陸出来たでしょうに
にとりの言うように彼らの犠牲が和解への布石と成る事を望みます

科学考察も理由付けのギミックとして以上に楽しめました
無駄以上に説明くさい文とか大好きです
正直BとCが蛇足になるか不安でしたが
続く毎に面白く成っていて脱帽しました
10. 名無し ■2009/11/23 14:52:15
Cは純粋に幻想郷外の視点に終始一貫してるにもかかわらず
最後まで読ませる良長編でした

しかし初見の人が読んだら東方と気付くのに5分かかるなw
11. 名無し ■2009/11/23 19:48:33
アメリカ様の作戦が杜撰すぎる気がする。
幻想郷への侵入が不可能になっても、幻想郷側からは侵入可能という可能性が考えられているってことは、
作戦が成功しても、破れかぶれになった幻想側が核で報復してくる可能性にだって気づくはず。
なのに結界を崩壊させることだけを目標にして、その後の反撃のことは全く考えてない。
実際に霊夢を殺すのには成功したが幻想郷は維持されたわけで、何がしたかったのかよく分からん。

なんて思ってたんだが、俺の考えが甘かった。
兵士たちの目的は幻想郷を支えてる存在である霊夢を殺すことだったけど、
最初は霊夢を殺せば結界が崩壊するというだけの話だったのに、兵士の出発前には霊夢を殺せば幻想郷が消滅すると伝えられてる。
つまりどこかの段階で情報の伝達ミスがあって、霊夢を殺せばその後の反撃はあり得ないということになっちゃったんだろう。
それなら目的を完全に達成したのに失敗に終わるという作戦が行われたことにも説明がつく。

お偉いさんのほんの少しのミスで、無関係の多数の人々が犠牲になるってあたりがリアルすぎる。
本当に凄いと思った。次回作も期待してるぜ!
12. 名無し ■2009/11/23 21:17:13
あれだ、産廃的にはメリーが米諜報部隊に拉致されて酷い目にあってボロボロになるアナザーストーリーを期待だぜ。
13. 名無し ■2009/11/24 00:32:06
一番面白かったです
原因が語られたのでA,Bで感じていた不満が解消されました
14. 名無し ■2009/11/24 01:13:43
ミリタリー的に突っ込むところ多すぎるな。
面倒だから突っ込んだりはしないけど。
そもそも押井守はミリオタっつよりは全共闘オタだからボロが出ても仕方ないことではあるが。
15. 名無し ■2009/12/18 05:08:29
最新作を除きハンター作品読了。丁度スワガーシリーズを読んでいた所に「何か聞いた様なタイトル
だなあ…あれ?」 この遭遇が無ければ初期の作品まですべて読まなかったと思います。
自分も旧軍関係の偏った知識はありますが、突っ込見所等は自分には分からなかったです。
強いていえば狙撃チームが簡単にやられてしまった(紫)印象がありますが、これはハンターの小説をま
とめて読み過ぎた思い入れの副作用かも知れません。
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