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『東方葬送夢4』 作者: 変態牧師
それは、とある男の肖像――――
その男は、誰よりも生の尊さを知っていた。
その男は、誰よりも強い意思を持っていた。
その男は、誰よりも理性的であった。
その男は、誰よりも狂っていた。
だからこそ――――その男は、前例の無い最凶の殺人鬼となった。
己の生を顧みぬ者たちに生の尊さを諭すことを“使命”として
男は、幾つもの残酷な“ゲーム”を“業を持つ者”に課していった。
両方の指では到底数え切れぬ程の人間が、男の作った“ゲーム”に敗れ、命を奪われていった。
だが、その男は死んだ。 己が作った“ゲーム”の、被験者の一人に殺された。
I promise that my work will continue.
―――― 断言しよう……これからも、私の使命は果たされる。――――
You think it's over just because I'm dead ?
―――― 私の死によって、すべてが終わったと思うか? ――――
It's not over...
―――― 終わってはいない…… ――――
the games have just begun.
――――“ゲーム”は、始まったばかりだ。――――
……最後に、そう言い遺して。
そして、そのうち その男は人々から忘れ去られていった。
・
・
・
『東方葬送夢4』
・
・
・
霊夢と早苗の二人が狭い倉庫の中で目にしたのは、吐き気を催すような赤い光景だった。
それは、まるで部屋中に赤いペンキをぶちまけたようであり
よく見れば小さなぶよぶよした塊が部屋の壁に無作為に貼り付けられている。
蠅が数匹、周囲を飛び回っており、時折その小さな塊の上で羽を休めている。
そして、ひどい悪臭。何かが腐りかかっているような、胸をむかむかさせる臭い。
そんな、地獄絵図のような部屋の中央には、二人の顔見知りである、河童の少女らしいモノが横たわっていた。
そう、腰から上が無くなった、河城にとりと思われる者の遺体が。
「う、うぁ、あ……あ……」
尻餅をついた早苗は、血の気の失せた顔のまま、小刻みに呼吸を繰り返す。
全身が瘧にかかったかのようにガクガクと震え、凄惨な光景から目をそらす気力も消えうせているようだった。
失禁や嘔吐をしなかったのは、彼女の中に僅かに残った風祝としての誇りゆえだろうか?
「はっ、はぁっ……う、うああ……にとり、さん……」
――――そんな、早苗の様を目にした霊夢は、このまま彼女に この光景を見せてはいけないと、即座に判断した。
これほどまでの残酷な光景を目にすれば、常人ならば下手を打てば精神崩壊しかねない。
仮に、それを免れても――――既に手遅れかもしれないが――――重いトラウマが残る可能性がある。
ましてや、早苗とにとりは 同じ妖怪の山に住むもの同士であり、それなりに近しい間柄であったのだ。
「はぁ、はぁっ……そ、そん……な…………」
「早苗……!」
すっ――――
なおもうわ言のように、にとりの名と意味の無い呻き声を上げる早苗の傍に、霊夢は近寄った。
そして、早苗の目に残酷な光景が映らぬよう、霊夢は両腕を腕を伸ばして早苗の頭を胸に抱く。
母親が幼い子供を慈しむように、霊夢はゆっくりと優しく掌で早苗の背や頭を摩る。
「大丈夫、大丈夫よ……何も、心配することは無いわ」
獰猛な獣を前にした幼子のように怯える早苗を、霊夢は慈愛の限りを尽くし、優しく包み込む。
数週間前、宴会で会話を交わした時――――早苗の住んでいた世界は、平和なところだと霊夢は聞いていた。
だからこそ、こんな血生臭い光景は目にしたことが無かったに違いない。
(……そうよね、あなたは こちらに来たばかりだもの……怯えるのも、仕方ないか……)
霊夢にとって、妖怪が人間を惨殺するような光景は日常茶飯事だ。
里にいる人間達であれば、具体的な光景は目にしたことはなくとも、情報としてそれを理解している。
文字通り、食うか食われるかの“弱肉強食”。
そういう意味では、幻想郷と呼ばれている この閉世界は
ある意味では人間にとって凶悪な獣の檻の中にいるも同然なのかもしれない。
もっとも、力の無い妖怪からしてみれば、力のある人間は“獣”の立場になるのだが。
ともあれ、だからこそ 外の世界から来た早苗にとっては、凄惨な光景に耐性などあるはずも無い。
過保護な二人の神がそういった光景にフィルタを欠けている上
それなりの実力者でもある彼女に、そうそう手を出せる妖怪などいるはずも無いのだから。
「落ち着いて、早苗……大丈夫、だから……」
次第に、ゆっくりと早苗の身体の震えが小さくなってゆく。
過呼吸とも思えるほどの短く激しい息吹も、緩やかで規則的なものへと落ち着いてゆく。
けれども、さすがに噎せ返るような血の臭いまでは覆い隠すことは出来ない。
だから、霊夢は早苗に声をかけ続け、彼女の視覚と聴覚を異常な世界から切り離すように努めた。
もっとも、霊夢のそんな心配は杞憂に過ぎない。
早苗の鼻先が霊夢の胸に押し付けられる形となっており、霊夢の甘い体臭が血生臭さを打ち消していたからだ。
「まったく……あんた、こんな光景に耐性無いのに、よく、この異変の解決に乗り出そうとしたわね」
「ご、ごめんなさい……」
冗談めいた軽口で早苗に平静を取り戻させた後で、霊夢は自らの背後を振り返り、部屋の中を見渡した。
“下半身だけ”になったにとりが薄暗い倉庫の中央に横たわっており
そのすぐ傍には“お約束”のように、薄気味の悪い人形の姿が椅子に座っている。
にとりの遺体の切断面には、かなり派手な焦げ目がついていた。
おそらく爆発物か何かを使って上半身そのものを吹っ飛ばしたと霊夢は判断する。
部屋中にガラクタが散乱していることからも、そう考えるのが妥当であろう。
「……!」
そして、視線を擡げて、天井を仰ぎ見た霊夢は小さく息を呑んだ。
天井に取り付けられた照明は爆発の余波を免れたようであったが、その傘の部分に他とは違う肉片がへばり付いていた。
何本もの薄いブルーの糸がついた肉片――――霊夢は、その癖のついた水色の糸に見覚えがあった。
(……許せない……!)
霊夢の心に、正体のわからぬ犯人への怒りがふつふつと湧き上がる。
爆薬による殺害――――この殺人鬼は、にとりが愛し、そして生涯を捧げたとも言える“科学技術”をもって、彼女を惨殺したのだ。
心の底から大好きだった科学技術に命を奪われる瞬間、にとりは何を感じたのだろう。
それが、どれほどの恐怖、絶望であったのか……霊夢には想像することさえ出来ない。
「やっぱり……」
そして、霊夢は視線をにとりの遺体に戻した後で、小さな一言を漏らした。
仰向けに横たわっているにとりの下半身――――その、右足の脛のあたりに、意図してつけられた小さな傷が見えている。
にとりを殺したのは、模倣犯の可能性もあるが、霊夢はこれが件の殺人鬼の仕業である確信を持っていた。
不気味な人形もそうだが、未だ幻想郷の中では殆ど知る者がいない情報が、その小さな傷なのだ。
霊夢が永遠亭を出る直前に薬師によって齎された情報……
それこそが、今回の異変で 殺人鬼と模倣犯を分け隔てる要素であり、それは――――
「皮膚の一部が切り取られている……例の殺人鬼の仕業で間違いないようね……」
――――それは、皮膚の一部がジグソウパズルのピースの形に切り取られていることだった。
魔理沙も、ドロドロに融かされた皮膚の一部がジグソウパズルのピースの形に切り取られていた。
霊夢が永琳から聞いた話によると、人里の人間も、評判の良くない者が数人殺害され
その皮膚の一部がジグソウパズルのピースの形に切り取られていたらしい。
逆に、皮膚にその傷が無い遺体もあったが、それらの殺害犯は 既に判明し、里の自警団が逮捕している。
つまりは、ジグソウパズルのピースに皮膚が切り取られていれば件の殺人鬼の仕業であり、傷のついていない遺体は模倣犯の仕業なのだ。
「れ、霊夢さん……今、皮膚が切り取られているって……」
「ん? ああ……この異変の被害者はね、皮膚の一部がジグソウパズルのピースの形に切り取られているらしいのよ。
なんでかは、わからないんだけど……」
霊夢の腕の中にいる早苗が怪訝そうに尋ね、霊夢はその問いに静かに答える。
早苗の心も、かなり落ち着いたようであり、彼女の体を襲っていた震えは殆ど無い。
「早苗?」
そのとき、霊夢は早苗の様子がおかしいことに気づいた。
早苗は、霊夢の胸から頭を少しだけ離し、ブツブツと何事かを呟いている。
「…………“ジグソウパズルのピースに切り取られた皮膚”…………?」
「早苗?」
「……霊夢さん、この殺人鬼って、どんな風に人を殺しているんですか?」
「どんなって……私も、文の死に様しか見ていないけど……
最初に、そこにある人形が“ゲームをしよう”とかなんとか言ってきて、それから……」
「……“人形”に“ゲーム”……そんな……じゃあ、まさか……!!」
「早苗、ひょっとして何か心当たりがあるの!?」
何かに思い当たったような早苗に、霊夢は食ってかかるように詰め寄る。
霊夢にしてみれば、今回の異変は まるで手掛かりが掴めない状況。
だからこそ、解決の糸口が掴めるのであれば、それがどんなに僅かなものでも欲しかったのだ。
「あ、あの……」
けれども、霊夢の激しい剣幕に、早苗は気圧されたように口ごもってしまう。
そんな早苗の様子に気づいた霊夢は、自分自身が彼女に食って掛かるように詰め寄っていることに気づいた。
霊夢は心に焦りを抱いている自分自身を嗜め、一息ついた後で、落ち着いて ゆっくりと早苗に問う。
「ゴメン、早苗。ゆっくりでいいから、教えてちょうだい……貴方が知っているコトだけで 良いから」
「ご、ごめんなさい……犯人の正体は、わかりません。 でも、私が幻想郷に来る少し前なんですが……
外の世界の、他所の国で『人に“ゲーム”という名の殺人劇を仕掛けて、死に至らしめる殺人鬼』が、雑誌で話題になったんです」
「……それって」
「それで、その“ゲーム”にかけられて死んだ人は、皮膚の一部がジグソウパズルのピースの形に切り取られているって……」
「……!!」
早苗が口にした情報は、紛れもなく この異変の犯人に迫る手掛かりだった。
そこから、霊夢は 犯人の正体や、犯人が幻想郷に入って来たかに ついて思考を巡らせ始める。
(そいつが幻想入りしたということ……? 紫が連れて来た? ……ううん、あいつがこんなことするとは思えない)
霊夢の脳裏に、胡散臭い笑みを浮かべた女――――境界を操る大妖怪である“八雲 紫”の姿が浮かぶ。
幻想郷の外から 人間を自在に呼び込むコトが出来るのは彼女だけであり、彼女ならば何かを知っている可能性がある。
彼女を呼び出して話を聞くか、あわよくば 手っ取り早く 犯人の正体を尋ねるという手も無くは無かったが、季節は既に冬であり、紫は既に冬眠中。
あるいは、それよりももっと前――――例えば 秋口に、紫が殺人鬼を連れて来たのかという考えが浮かぶも、霊夢は即座にその考えを打ち消した。
八雲 紫は、きっと誰よりも この幻想の世界を愛している。
だからこそ、これほどの危険人物を幻想郷に連れてくる筈が無い。
(わからない……ここ最近、博麗大結界に大きな穴が生じたことは無かったはずだし……
いつもみたく結界の小さな歪を偶然通り抜けてきた……?
ううん、外の人間が結界を乗り越えてきたなら、まず人里に行き着くはず。
ましてや、異国の人間が気付かれずに、こんな異変を起こせるはずが無い。
……と、すると元から幻想郷に住んでいた者が、その殺人鬼の手口を知った上での模倣を……?
でも、何のために……?)
出口の無い思考の迷路に囚われる霊夢に、早苗は遠慮がちに声をかける。
「あ、あの……ごめんなさい、これを最初に言うべきだったのかもしれないんですが……
その人、私が幻想郷に来る少し前に死んでしまったらしいんです」
「死んだ?」
「ええ、詳しいことはわからないんですが、“ゲーム”のプレイヤー に殺されたとか何とか……
ただ……これは噂話だったんですけど……その人 には“後継者”がいて、その“後継者”は――――」
今なお“ゲーム”を続けている……と、早苗は霊夢にそう告げた。
霊夢は ゆっくりと瞳を閉じたまま何も言い出さず、早苗も何も言い出せないまま口を噤んだ。
周囲が、長く重い沈黙に包まれる。
「……早苗、そいつの名前、覚えてる?」
「ごめんなさい……本名までは、私も覚えていません。
でも、その人も、後継者も……世間では こう 呼ばれてました――――
切り取られた皮膚の形から“殺人鬼 ジグソウ”、と」
「“ジグソウ”……ね」
霊夢は、そう呟くと、自分の背後に広がる光景を再び視界に納める。
当然の如く、その紅い血に染まった光景は先程と変わってはいない。
そして、この場には おそらく何一つ手がかりは残っていないと霊夢は考えていた。
強いて言うならば“不気味な人形”が残っているが、おそらく調べたところで何もわかりはしないだろう。
霊夢が にとりに疑念を抱いた矢先に彼女が殺害されるなど、これほど用意周到な殺人を繰り返せる者が、手掛かりなど残すはずも無い。
「…………?」
そのとき、霊夢の心中に、奇妙な感覚が湧き上がる。
その感覚の正体がわからず、霊夢は小さく首を傾げた。
あえて形容するならば、何か重要なものを見落としているような、違和感。
だが、霊夢は それを無視することにした。
時間が無い。 こうしている間にも、“ジグソウ”の手によって、次の犠牲者が出ているに違いないからだ。
(にとり、待っていて……あんたの敵は、必ず討ってあげるから……)
ふぁさっ……!
衣擦れの音が、小さな倉庫に短く響く。
霊夢は、近くにあった白い――――にとりの血肉で半分が紅く染まってはいるが――――布切れを、その遺体に優しく被せたのだ。
にとりの遺体を晒し者にしておくことはできず、かといって 今は手厚く葬る時間も無い。
そして、霊夢は早苗を振り返り、そして小さな声で告げる。
「早苗、行きましょう」
「え、でも……」
「にとりは、死んだわ。 それに、もう此処に手がかりは無いわよ」
霊夢は そう言いながら、つかつかと部屋の外へと歩いてゆく。
早苗はその後を追うように、霊夢に追い縋る。
「待ってなさい、“ジグソウ”……」
「……霊夢さん?」
倉庫の入口あたりで霊夢は立ち止まり、俯いたまま静かに呟く。
そんな霊夢の様子は普段の彼女とはどこか違っていて……早苗は恐る恐る霊夢に声をかけた。
「……っ!!」
振り向いた霊夢の表情を見て、早苗は息を呑んだ。
霊夢の表情は、この上ない怒りで歪んでいた。
普段から暢気で、誰に対しても、何に対しても熱を見せない霊夢が見せた激情。
その憎悪の表情に、早苗は一瞬で気圧され、恐怖さえ抱いてしまう。
「あんただけは、絶対に許さないわ……絶対に!!」
霊夢は、大幣をまっすぐに人形へと向け、力を込める。
大幣の先端に、粒子状の白い光が集まり始める。
器に砂を注ぐが如く、その光の塊は大きさを増大させてゆく。
そして、霊夢が 人形を 弾幕で吹き飛ばそうとした、そのとき――――
カチリ
何かのスイッチが入るような小さな音が、薄暗い倉庫の中に響いた。
そして、部屋にあった不気味な人形が、唐突に口を開く。
「ガ……ガガ……やあ、博麗 霊夢、そして東風谷 早苗。 待っていたよ」
「……え?」
「――――なッ!?」
早苗の驚きも大きかったが、霊夢の驚きはそれ以上だった。
それこそ、大幣の先端に集っていた光が、蜘蛛の子を散らすように霧散するほどに絶句し、目を剥く。
「君達と、ゲームがしたい」
そして、硬直したまま動けない二人の前で、人形は喋り始めた。
・
・
・
霊夢と早苗が、にとりの住まいを訪れてから、時間は大きく逆行する。
それは、哀れな魔法使いの少女が“ゲーム”によって命を落としてから数日後のことだ。
「ん……」
一人の少女が、薄暗い部屋の中央に寝かされていた。
部屋の壁に掲げられた光源は、小さな電灯だけだが、それでも少女の容貌や部屋の様子が見えないほどでは無い。
年の頃は、10代後半に差し掛かる頃だろうか。 贔屓目に見ても、美しい少女だった。
鮮やかな輝きを持つ青みがかった白い髪は、老婆の持つそれとは違い、瑞々しい生命に溢れている。
その身体は 全体的にほっそりしており、胸の膨らみも申し訳程度……けれども、大人の女には無い、青い魅力があった。
言うなれば彼女は、花が開く前の“蕾”。今か今かと開花を傍で待つ男もいれば、自らの手で優しく花開かせたいと願う男もいるだろう。
少女自身も――――彼女の体質的に有り得ないが――――あと3年もすれば きっと男を魅了してやまない大人の女へと成長するに違いない。
少女は、もんぺのような下部が膨らんだズボンをサスペンダーで吊っており、上半身には薄い紅のブラウスを身に纏っている。
長い髪の至るところに紅白の小さなリボンが結ばれており、頭の上に一際大きなリボンが結わえてあった。
その装いは、年頃の少女としては些か“地味”だ。
それでも、少女の未成熟な魅力と、地味な装いが作り出す 純朴さが良いと言う御仁も多いだろう。
だが、運良く彼女の心を射止めた男がいたとしても、暢気に構えていると尻に敷かれることになるに違いない。
少女の寝顔はとても安らかだったが、意志の強そうな眉がそれを如実に表している。
更に付け加えるならば、その外見年齢とは裏腹に、少女は どこか年季を経た老婆のような横顔さえ伺わせていた。
それは、これまでに彼女が歩んできた人生が、他者のそれよりも遥かに“過酷”であった証明に違いない。
ほろ苦い人生経験を重ねた、男勝りの純朴少女――――
少女を一言で形容するのならば、それが最もピタリと来るだろう……ある意味、矛盾した魅力の持ち主ではあるが。
あるいは、不幸な境遇にグレてはいるものの、悪に徹しきれず、なおかつ素直になりきれない一昔前の不良少女と言って良いのかもしれない。
この話がドラマであれば、最終的に心を開いた少女が、仲間達と感動のフィナーレを迎えることであっただろう。
だが、残念ながら これから彼女が感動の大団円を迎えることは永遠に無い。
少女がいる部屋は、ひどく殺風景で 無機質そのものだった。
少女の顔が 見えるか見えないか程度の小さな照明に、掃除すらされていない埃だらけの石造りの床。
何枚かの鉄板を並べただけの壁は、所々錆びついてはいるものの、一見しただけで その重厚さと頑丈さが見て取れる。
そこは、廃棄された工場よりも遥かに生活感が無く、無機質そのものであった。
この状況で、ハッピーエンドを想像できる人間など居はしまい。
「っ……んぅ……」
少女の意識が覚醒へと浮上し始め、低い呻き声が部屋の中に響く。
これから、この閉じた部屋の中で……彼女にとって 死に勝るほどの恐怖と絶望を伴った“ゲーム”が開始されるのだ。
「ん……?」
ゆっくりと、少女の双眸が開いてゆく。
意識が覚醒した直後に 少女が胸に抱いたのは、爽やかな目覚めの爽快感などではない。
幾つもの不快感を伴った違和感であった。
「……え?」
まず、硬く冷たい床に寝かされている違和感。
自分が見知らぬ場所へいる違和感。
この場所へ来る前までの記憶が、まるで消え失せている違和感。
そして、“自分の体を動かすことができない”違和感。
「あ、あれ……ここは……?」
端から見れば 明らかに監禁されている状況ではあるものの、少女の反応はあまり危機感がなく、些か暢気であった。
ある意味では、それも無理からぬことではあった。
少女が経験してきた危険への経験量は常人の遥か上をいっているからだ。
その経験は、既に殺害された黒白の魔法少女や、これよりずっと後に命を奪われる臆病な月の兎などとは、比較にもならない。
それこそ、幾度となく“死”を味わったことさえもあるのだから。
だが、それでも、少女は今自らが置かれている状況に驚かざるを得なかった。
「……なん、なんだ……これ……?」
少女の身体は 十字の台の上に仰向けで大の時に寝かされていた。
彼女の上半身の左右には ガラスのような透明の箱が設置されており、その内側に 二の腕から手首までがすっぽりと納まっている。
箱の中で 少女の肘の関節がロープで縛りつけられており、彼女は身動きをとることができない。
箱には3つ穴が付いており、そのうち2つから 少女の肩口や掌が箱の外へと出ていた。
二の腕や手首にはゴム製のスリーブがぴったりと密着しており、箱の中から空気が漏れないような造りとなっている。
そして、残り1つのの穴は ガラスの容器の上側に空いており、そこから上へ樹脂製のチューブが伸びており、天井へと繋がっていた。
少女にとっては、何から何まで、理解できない光景だった。
「く、くそっ……出て来い!! 輝夜ぁっ!!」
少女にとって、このような真似を行う者の心当たりは、一人しかいなかった。
その表情を憎しみに歪め、がなり立てるように そいつの名を叫ぶ。
けれども、帰ってくるのは部屋に響き、返ってくる自らの声だけ――――
「おはよう、藤原 妹紅。よく眠れたかな?」
「!?」
――――と、いうわけ でもなかったようだ。
妹紅と呼ばれた少女の頭上から、何かを押し殺すようなしゃがれ声が響いた。
少女が首を捻り頭を擡げると、天地が逆転した視界の中で、薄気味悪い人形が 背もたれのある小さな椅子に座っていた。
体長は50センチ程度だろうか?
タキシード姿に、大きな蝶ネクタイを身につけている。
落ち窪んだ眼窩と、血のように紅い瞳孔に、どす黒い瞳。
エラの張った頬には赤い渦巻きが描かれており、その人形を見る者に、ある種の道化のようなイメージを植え付ける。
けれども、その人形には 道化が持つ愉快な印象など微塵も無い。
むしろ人形が持つ 死体のような白い肌と相まって、余計に不気味だ。
「君と、ゲームがしたい」
「輝夜ぁっ……てめぇ……!!」
妹紅は、人形に向かって剥き出しの敵意を露にする。
“輝夜”というのは妹紅を監禁し、拘束している者の名だろうか?
犯人が本当に“輝夜”であるかどうかなど、今の妹紅には知る術はない。
だが、妹紅は犯人を“輝夜”と決めつけ、唸るように歯を食いしばり、人形に憎悪の視線を向ける。
「君は、これまでに宿敵への復讐をきっかけに、悠久の時を生き続けてきたようだな。
復讐のみに囚われる生き方は、楽しかったか?」
「くっ……誰の、せいだと……!!」
「……君のように復讐に囚われた者は、大概は哀れな末路を辿ったものだ。
これから君に、己の生を省みるチャンスを与えよう」
人形は、妹紅の敵意など意にも介さずに、どこか凄みのある口調で言葉を紡いでゆく。
有無を言わせぬような、何処か怒りさえ抱いているような人形の口調に、妹紅はほんの僅かだけ気圧されてしまう。
そして、妹紅の頭に 浮かぶのは奇妙な違和感。
果たして、彼女が知る輝夜と言う名の少女は、此処まで回りくどい 手練手管を使って妹紅を追い詰めたことがあっただろうか?
「……?」
「君の腕を包んでいる透明なガラスの箱からは、管が伸びているはずだ。その管からは“冷たい水”が流れ落ちてくる。
きっと、怒りに囚われた君の心を、その身体ごと冷やしてくれるだろう」
人形が喋るたびに妹紅の心の違和感はどんどん増大し、その代わりに、ざわざわとした胸騒ぎが生まれ始める。
「君の足元に数字が見えるな? 上の数字は、此処の扉が開く時間だ。
ゲームスタートと同時に減り始め、30分で扉が開く。
そして、下の数字は この部屋における“君の財産”だ。
大切に使え。減れば減るほど、君を破滅へと追い込んで行く」
妹紅が寝かされた自分の足の先を見ると、そこには2つのデジタルパネルが置いてあった。
上側のデジタルパネルには『30:00』、そして下側のデジタルパネルには『21.5』を形作る赤い光が宿っていた。
妹紅にとって、デジタルで表記された数値はあまり馴染みの深いものではなかったが、
それでも『30:00』と『21.5』と言う数値が描かれていることは理解することが出来た。
妹紅の脳裏に、ひと月ほど前の記憶が蘇る。
彼女の友人であり、人里の寺子屋の教師でもある上白沢 慧音と、授業が終わったら 二人で酒でも飲もうと約束をしていた。
だが、少し早く来てしまい手持ち無沙汰だったので授業を見物したことを覚えている。
科学の勉強ということで、慧音は、一人の河童のエンジニアを寺子屋の授業に招いており、その河童は幾つもの機械を持ち込んでいた。
その中に、デジタル時計があり、使い方はともかくとして、その数字の見方だけは記憶していたのだ。
(あのときの河童……? まさか、慧音が……なわけ、ないよね……)
人間に友好的な河童が、妹紅にこのような行為を働く筈が無い。
まして、妹紅の友人でもある慧音を疑うなど論外だ。
そもそも、人付き合いの乏しい妹紅には知り合いもほとんど無く、恨まれる覚えなど無い。
強いて言うならば、妹紅は輝夜と言う少女を過去の因縁から殺したいほど憎んでおり、妹紅に何か悪しき行為を行う者がいるとしたら輝夜以外には考えられ
ないのだ。
そう、犯人は輝夜であるはず……なのだが……
「私は切に願う。君が、再び怒りを“燃やさない”ことを。
さもなくば、その憤怒の炎と共に、君の命の灯火も消えることになる」
「かぐ、や……?」
人形の声の主――――即ち、妹紅を監禁している犯人が 持つ印象は、輝夜とはあまりにも違いすぎていた。
確かに、妹紅は輝夜を憎み、輝夜は妹紅を下賎な生まれと見下している。
けれども、二人は無意識のうちに、どこか 互いを求め合っている側面があることも否めないのだ。
例えば、妹紅は輝夜に敗北したあと、肉体的・精神的な責め苦を負った事もあった。
だが、それでも輝夜は最後には妹紅を開放した。
“不死”である彼女達にとって、永遠という時間を過ごすには、永遠の“退屈しのぎ”が無ければつまらないのだから。
「おまえ……誰なんだ……?」
何処か震える声で、妹紅は人形に問いかける。
背をじっとりとした嫌な汗が伝い、身体の奥底からじわじわと悪寒が湧き上がる。
それは、遥か昔に、妹紅が感じたことがある感覚だった。 けれども、今の彼女には、その身体を襲う感覚の正体が理解できない。
否、理解できないというよりも、思い出せないのだ。
“不死”である彼女だからこそ、遥か昔に忘れてしまった――――
『ところで、この部屋には 君の不死である能力を封じる結界が張られている。
この部屋にいる限り、死んでしまったら二度と生き返れないから注意したまえ』
「――――ッ!?」
――――“死への危機感”を……!
「お、おい! 輝夜っ! 輝夜なんだろ!? バカなことやってないで、さっさと出てこい!!」
妹紅は息を呑み、上ずった声で 何処からか妹紅の様を眺めているであろう輝夜に向かって叫ぶ。
妹紅の身体を覆っていた“悪寒”は、明確な形を持った“予感”へと姿を変えて、彼女を苛みはじめていた。
“この部屋にいる限り、死んでしまったら二度と生き返れない”……人形は確かにそう言った。
だが、その声はあまりに冷徹で、狂気じみていて、そして湧き上がるような“怒り”を含んでいた。
もし仮に、妹紅がこの閉ざされた部屋の中で死んでしまっても、姿の見えない犯人は、妹紅を部屋から出すつもりは無いに違いない。
つまり、ここから脱出できないまま死んでしまった場合、妹紅は二度と蘇ることも出来ずに――――
「どちらを選ぶか、決断するのは 君だ……ゲーム・スタート」
「ちょ、ちょっと待て! 何なんだ!? おまえは、いったい……!?」
人形は、惨劇を開始する言葉を告げた後、何も言わなくなった。
そして、狼狽する妹紅を“破壊”すべく、機械仕掛けの拷問殺人罠が動き始める。
ギギギギギ……ガコン……!
妹紅の遥か頭上から錆び付いた金属が擦れる音が響き、次いで重い金属が外されるような音がした。
ひどく嫌な予感がした妹紅は、せめて拘束から逃れようとするが、両肘を拘束しているロープは緩む気配すらない。
ロープに擦られた皮膚からは血が滲み始めるが、それでも妹紅は必死で腕を押し引きする。
ピチャッ、ピチャピチャ……!!
遥か頭上から、水の滴る音が響く。
視線を樹脂製のチューブに向けると、その中を水が流れており、右腕を覆っているガラスの箱の中に流れて来る。
「……な、なんだ……水……?」
そして、拘束された腕にその“水”が流れ落ちた瞬間、妹紅の体感時間が凍りついた。
「……っ、う……!?」
右肘に、強い刺激が襲い掛かった。
理解の出来ない感覚に、妹紅は小さく呻くが、ふと目を凝らすと、腕に滴り落ちる液体が凍りついたように動かなかった。
否、動いてはいるのだが、蛞蝓が動くようにゆっくりとしか動かない。
妹紅の視界に映るもののうち――――動くものは、滴る水くらいのものだったが――――全てがスローモーションに映っていた。
そして、腕を襲う刺激は、じわじわと強さを増しながら妹紅の脳を蝕んでゆく。
熱 い … … ?
腕を襲う刺激に 一番近いのは“熱”だろうか?
ただ、何処かが違う。
過去に、うっかり熱湯を手に零してしまったことはあったが、今、妹紅が感じている刺激はそれとは明らかに違う。
それは、何処か怖気の走るような冷たさを伴った“熱”。
熱 い ――――……!
それを熱と把握するまでに、どれほどの時間を要しただろうか。
一瞬が何分何時間にも凝縮された感覚も終わりを迎える。
“熱”とも“苦痛”とも知れない“何か”は、その両方をもって、圧倒的な速度で妹紅の脳を支配し――――そして爆発した。
「ひっ……ひぎいいぃぃぃっ!? 熱ぅっ、あぐぁあああああっ!! うぅあああああっ!?」
灼熱のマグマが腕にかかったと思うほどの猛烈な熱が、妹紅の右腕に襲い掛かっていた。
身体の奥底から湧き上がる絶叫を堪えることも出来ず、妹紅は悲鳴を絞り上げる。
右腕からは しゅうしゅうと湯気のような白い蒸気が立ち、それがガラスの容器の中に閉じ込められ、うねり回るように充満し、循環する。
「あぐうぁああっ!! あううぅぐぐ がぁああああぁぁっ!!」
なぜ、どうして――――妹紅の心中に、そんな疑問が溢れかえる。
それは、“何故自分がこのような目にあわなければならないのか”という疑問ではない。
“何故、これほどに熱いのか”という疑問だった。
炎の中から蘇る火の鳥――――フェニックスの化身であるかのように、不死である妹紅はその身から炎を自由自在に生む力を持っている。
ゆえに彼女は、熱や炎には それなりに耐性があるはずなのだ。
なのに――――
「くっ、くああっ……!! や、やめろおおっ!! やっ、やめ……ひぎいいいいぃぃいぃいぃぃぃぃ!!」
熱いはずなのに、皮膚は爛れることも無く、妹紅に激痛を与えていた。
ガラスの容器内に閉じ込められている蒸気のせいで殆ど見えないが、妹紅の腕は紫色に変色し始めている。
既に、肘から先の感覚が薄れ始めており、間断なく滴り落ちる水の感触すら感じられない。
腕の感覚が無くなるにつれ、妹紅の全身には寒気が湧き上がり始めていた。
まるで、真冬の雪原に裸でいるかのように、全身の皮膚を冷たい空気が貫き、妹紅の身体は寒さに耐え切れずカチカチと歯が鳴らす。
感覚が薄れる前は、あれほど熱くてたまらなかったというのに、だ。
「……うう、ぐぅぅっ……!?」
既に、腕の感覚はおろか、腕が動いているのかどうかさえ 妹紅にはわからない。
ぞっとするほどの寒さは、右腕から肩口へと、未だ感覚が残っている部分へ伝うように浸食してくる。
そのとき、ガラスの容器を目にした妹紅は“あること”に気付いた。
(な、なんで……凍って、いる……!?)
肩口を包むゴム製のスリーブが、凍り始めていることに。
先程まで柔らかく柔軟に妹紅の腕を包んでいたそれが、今は異常な硬度を持って妹紅の腕を押さえつけていた。
よく見ると、ガラスの内側には凍結した水分が霜のように張り付いており、ガラスの箱そのものが冷蔵庫のような冷気を放っている。
熱ではなく、冷気――――妹紅がそれに気付くのに、そう長い時間はかからなかった。
“液体窒素”
妹紅は知る由もなかったが、それが妹紅の右腕に降り注ぐ“水”の正体。
外の世界では、さして珍しい液体ではない。
それこそ、“冷却剤”として世界中で用いられている。
だが、“液体窒素”は今、その本来の目的とはまったく異なる用途に使用されていた。
さしずめ、チェーンソーを木材切断ではなく、人体の切断に使うが如く。
あるいは、ガソリンを燃料ではなく、焼殺の道具に使うが如く。
液体窒素は、明確な殺意を持って、人体破壊の為だけに妹紅の腕に滴り落ちる。
「うぁ、あ……あああああっ……」
右腕が冷やされていることに 妹紅が気付いた瞬間、かつて里に住んでいた一人の男の姿が、妹紅の脳裏にちらついた。
男は里の中で腕利きの猟師であったが、冬山に迷い込み遭難した挙句、両腕に激しい凍傷を負ってしまった。
結果、医師は疲労で眠った男の両腕を切断した。 切断せざるを得なかった。
そして、目を覚ました後で両腕を失ったことを悟った男は正気を失い、最後には狂い死にした。
冷気により生じる凍傷とは、それほどまでに恐ろしいのだ。それこそ、最悪、腕を切断しなければならない程に。
既に感覚そのものが消えうせている腕に、妹紅は 全身の血が さぁっと引くほどの恐怖を味わっていた。
寒さだけでなく、明確な恐怖を伴う震えが妹紅の身体を包み、胸が詰まるほどのプレッシャーが呼吸を阻害する。
それほどの恐怖を妹紅が抱くのも、あるいは無理からぬこと。
妹紅は、偶然その場に居合わせ、男が死ぬまでの全ての光景を見ており――――その男の狂態に、妹紅は生涯忘れえぬ程の恐怖を抱いたのだから。
ビチャッ、ビチャ ビチャ ビチャッ!!
「う、うあああっ!! やっ、やめろっ! やめてくれぇぇっ!!」
再び、液体窒素が樹脂製のチューブの内側に響き、妹紅は悲鳴を絞り上げる。
これ以上、液体窒素に右腕が曝されてしまったら、腕がなくなってしまう――――そんな恐怖が、妹紅の理性を奪う。
姿を見せない犯人に心の底から哀願するように叫ぶが、帰ってくるのは空しい反響音のみ。
「ひっ、ひぎぃあああああっ! いやっ、いやだぁ!! そんなの、いや――――」
もはや、腕はおろか肩口から先の感覚が無い。
ゲタゲタと涎を噴き零しながら嘲う男の姿が、今の自分に重なり、妹紅の精神を絶望の淵へと追い込んでゆく。
そうして、拘束から逃れようとと、妹紅が必死で腕を動かした、その瞬間――――
ベキィッ……!!
「……え?」
生枝が折れるような鈍い音が響き、妹紅は呆けたような間抜け声を上げた。
拘束されていたはずの腕が、動かせるようになっている。
けれども、箱の中の水分が霜と形を変えて壁面に付着しており、その内側はまるで見えない。
「え……ええっ?」
凍り付いたロープが切れたのかと、妹紅の心に僅かな希望が生まれる。
すぐさま、腕をガラスの箱から引き抜こうとするが、ゴム製のスリーブは凍りついて皮膚に張り付いいる。
焦る心を抑えきれず、妹紅は うんうん 唸りながら、必死で腕を引っ張った。
そのうち、スリーブに貼りついた薄皮がべりべりと剥がれ、凍りかかった血液がどろりと滴り、鋭い苦痛が妹紅の腕に奔る。
そして、最後に強く腕を引く――――が、その右腕は 肘から先が無かった。
「うっ――――うぁああああああああぁぁぁあああァッ!!」
絶望感溢れるような、悲痛な絶叫が部屋中に響く。
苦痛は、ほとんど無かった。
けれども、今の妹紅にとっては、苦痛が無いほうが恐ろしい。
腕はなくなってしまい、されど、あるはずの痛みが無い矛盾……苦痛があったほうが、まだ腕を失った失意を紛らわせたかもしれない。
「うぁ、あ……やだ、やだぁ……こんなの……」
涙の滲む視線で、妹紅は内部の見渡せないガラスの箱を、縋るように見続けていた。
その箱の向こう側に、かつては妹紅のものであった腕が力なくだらりと垂れ下がっている。
「う、うう……なんで……私が、何をしたって言うんだ……」
口から弱音が漏れると共に、妹紅の瞳に失意の涙が滲み、程なくして頬を伝った。
けれども、妹紅を苛む災禍は未だ終わりではない。
“ゲーム”は、まだ“半分”しか終わってはいないのだから。
ギギギギギ……ガコンッ……!
「ひぃぃっ!」
再び、妹紅の頭上から 錆び付いた金属が擦れる音と、次いで重い金属が外される音が響く。
それは、未だ無傷の左腕が包まれているガラスの箱の上から、妹紅の耳に届いた音だった。
「ま、まさか……!!」
そう、妹紅の右腕だけを奪うのであれば、左腕にはガラスの箱や天井から伸びるチューブなど必要ないはずだ。
それらが右腕だけでなく、左腕の分もあるということは、左腕にも液体窒素が浴びせられるということ。
そして、妹紅の身体で拘束されていたのは両腕の肘……
つまり、彼女がこの部屋から逃げるには、両腕を凍結させられた後で、それを力ずくで圧し折って逃げるしかないのだ。
「う、うう……やめ、やめろぉ! やめて、くれぇ……!! たすけ……」
押し寄せる恐怖に、心が押し潰されてしまいそうな最中、妹紅は必死に考えていた。
一体、どうやったら、この地獄から逃れられるかを。
けれど、どんなに思考を巡らせても 状況を好転させる術などあろう筈もない。
あらん限りの力を腕に込めても、肘の辺りを拘束しているロープはギシギシと空しい音を立てるだけだ。
このままでは、妹紅は 為す術無く左腕をも失ってしまうだろう。
「ち、ちくしょう……! ちくしょおおおおっ!!!」
あと数秒もすれば、左腕にも“冷たい水”が降り注ぐ……そう考えた瞬間、追い詰められた妹紅の心に“炎”が宿る。
その“炎”の正体は、己の置かれている境遇への怒りと、おそらくは何処からか妹紅の姿を眺めながら せせら笑っているであろう犯人への怒り。
それらが ない交ぜとなって、妹紅の心に巣食っていた 怖気の奔るほどの恐怖心を凌駕した瞬間――――左腕に、ぼぅっ、と炎が宿った。
「――――ッ」
妹紅が持つ発火能力――――あるいは、初めから それは封じられてはいなかったのかもしれない。
人形が口にしたのは『不死の能力が封じられている』ということであり、発火能力については特に言及されなかったのだから。
ぱちゃ……ぱちゃぱちゃばちゃぁぁっ……!!
紅い炎を目に、滴る水音を耳にした瞬間、妹紅の心が 一瞬にして炎に包まれる。
『再び 怒りを燃やさないことを願う』と人形は言ったが、そんな瑣末なことなど一瞬で忘れ去った。
何故、自分がこんな目にあっているのかも、犯人が輝夜であるのかどうかということも、忘れた。
ただ、自らを救う為だけに、妹紅は灼熱の激情を心に抱き、吼える。
「うぁあああああ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ぁッ!!」
獣のような妹紅咆哮が部屋中に響くと共に、その小さな掌に宿っていた炎が膨張し、その体積を増した。
直後に、ごう、という音と共に、一瞬にして樹脂製の管と、透明なガラスが炎に包まれる。
無論、液体窒素など彼女の身体には届かない。 圧倒的な熱量が、妹紅の腕に辿り着く前にそれを気化させる。
妹紅の腕を縛めていた麻のロープさえも、例外なく焼き尽くし、消し炭にする。
「はぁ、はぁ……っ、く、うううっ……」
腕の拘束が解けると同時に、妹紅は身体を預けていた台の上から転げ落ちるように離れた。
そして、床の上で荒い息をつきながら、凍らされた右腕と、残り時間が記されたデジタル表示板に目を向ける。
右腕は凍結しきったままであり、肘から先は折れて無くなってしまっているが、痛みや出血は無かった。
今から思えば、冷気によって感覚が麻痺させられ、血液までもが凍結してしまっているのが、せめてもの救いだろう。
左腕を失う恐れはなくなったとはいえ、苦痛に気を取られてしまえば それが心に余計な隙を生む。
そして、血液が凍結していなければ今頃は出血多量で死んでしまっていたのだから。
残り時間を見ると、上側のパネルには『24:20』という数字が示されていた。
時間が経つにつれ下の二桁が『19』、『18』、『17』……と、その数を減らしてゆく。
残り時間は、あと24分と少し……
そして、下側のパネルの数値は、18.5を示している。
よく見ると、その数値は 小数点以下1桁が、ゆっくりと1ずつその数値を減らしてゆく。
5分でせいぜい3程度しか減っていないところを見ると、30分経過しても18減るだけ。
最初の21.5と言う数値から18を引いても、3.5程度は残る。
人形は『減れば減るほど地獄へ追い込んでゆく』と言っていたが、0にならなければ大丈夫なのではないかと、妹紅は気楽に考えていた。
びちゃっ、びちゃぱちゃっ……
妹紅が十字型の台の上から開放された後も、液体窒素は2箇所へボタボタと零れ落ちる。
一つは、未だ壊れていないガラスの箱の中へ。
その内側に残っている 妹紅の右肘を冷やし続けている。
そして、もう一つはほんの数十秒前まで妹紅の左腕があった場所へ。
樹脂製のチューブは既に燃やし尽くされ消し炭となって床に転がっており、ガラスの箱もドロドロに融け落ちてその形すら残っていない。
液体窒素は、腕の置かれていた台の上へ流れ落ち、未だ熱を孕んでいるガラスを、ジュウウウゥと冷やしてゆく。
程なくして、熱を持っていたガラスは完全に冷え切り、液体窒素は台の上から溢れるように零れ落ちる。
そして、床に水溜りを作り……程なくして気化して消えていった。
「ふん……」
妹紅はその液体を一瞥して鼻を鳴らすと、人形の背後にある扉へと歩み寄ってゆく。
扉の真正面に立った妹紅は、左拳を強く握り締めてたまま軽く足を開き、大地を踏みしめる。
ゆっくりと振り上げられた拳が、ぼぅっ、と弾けるような音と共に 燃え盛る炎を纏う。
「らああああああっッ!!」
ドガッッッ!!
炎の塊を纏った拳が、激しい気合と共に扉へと叩きつけられ、凄まじい衝突音が部屋中に響いた。
けれども、扉は ほんの僅か焦げた跡が残った程度であり、凹み一つ残らなかった。
ほとんどダメージの無い扉を苦々しげに見据え、妹紅は呼吸を整える。
ほんの僅か、妙な息苦しさを感じたが、妹紅は気にも留めずに、炎を纏った拳で扉を殴りつけ始めた。
ドガンッッ!! ドンッ! ドガッ!! ズガンッッ!!
「……っ、はぁ……はぁっ……!!」
そうして、どれほどの時間が経っただろうか……いつしか、妹紅の拳の皮膚は破れ、血が滲み始めていた。
炎を纏った拳を連続して叩きつけても、扉はびくともしない。僅かな焦げ目と、辛うじて僅かな凹みを残しただけだった。
これでは、腕が折れるまで炎の拳をぶつけても、扉を破壊する事など夢のまた夢だろう。
「くそ、ダメか……」
うっすらと寒気すら感じ始め、妹紅は頭を抱える。
おそらく、極低温の水――――液体窒素が、部屋の気温を下げているのだろう。
心なしか、寒さに当てられて 妹紅の頭はガンガンとした頭痛に苛まされていた。
「早く出ないと、まずいかな……」
肌に感じる寒気を和らげようと、妹紅は掌に炎を灯し、暖を取り始める。
炎の熱に、妹紅はほんの僅かだけ、安堵と落ち着きを取り戻す。
けれども、数秒の後、その炎はゆっくりと勢いを失い、ふぅっ、と消えてしまった。
「……あれ?」
再度、妹紅は掌に炎を灯すが、その炎もみるみるうちに勢いが弱まってゆく。
慌てて掌に精神を集中させ、力を込めると、ようやく炎は消えることなく、安定して灯り始めた。
火が点き難い理由に妹紅は首を傾げるが、彼女の身体に、異変が襲い掛かったのは次の瞬間だった。
ぐらり
「え……うぁっ……!?」
妙な息苦しさと、気分の悪さ、そして奇妙な“浮遊感”。
ああ、この場所は“不死”が封じられているだけで 飛ぶことも出来たな……と、暢気な思考が脳裏を掠めるが、その瞬間 妹紅を包む世界が いきなり反転し
た。
まともに受身を取ることすら叶わずに、その細い身体は強烈に床に叩きつけられ、妹紅の肉体を激痛が駆け抜る。
(な、何が……た、立て……ない……!?)
苦悶の呻き声を辛うじて抑え、起き上がろうと身体を動かそうとも 足や手は殆ど言うことを聞かない。
呼吸が出来ないと思えるほどに息苦しく、妹紅は、はぁはぁと舌を突き出して空気を貪る。
先程まで感じていた頭痛は遥かに勢いを増して妹紅の頭を苛み、激しい運動の後のように 心臓はドクンドクンと強く鼓動を打つ。
「う……ぐ、ぐぇぇ……っ、げほっ、げぼぉっ!」
不意に、胃の奥がせり上がってくるような衝動が襲い掛かり、妹紅は激しく咳き込んだ。
だが、強く咳き込んだ拍子に胃が激しく蠕動し、耐え切れずにその場で嘔吐を始める。
けれども、横になったまま身体が動かせないために、うまく吐き出せず、粘っこい吐瀉物が喉に引っかかり息が出来なくなる。
呼吸困難に陥りながらも、妹紅は必死の形相で肘を地面について、頭を僅かに浮かせながら口腔を床に向ける。
夕べに食べた魚や山菜が、半分消化されかかった形で床に広がり、妹紅の口腔内に胃液特有の酸味が充満した。
「ぐ、ぐが……ぁ、ぁぁうぐぅ……」
自分自身が吐き散らした汚物の中に力なく倒れこむ妹紅の目の端に、『12.1』という数値が表示されたパネルが目に入る。
あれから5分も経っていないにも関わらず、下側のパネルの数値は6以上も減少していた。
なぜ、どうしてと、妹紅の心に疑問が湧き上がるが、彼女がその理由を知ることは もう無いだろう。
妹紅がガラスの容器と、天井に繋がっていた樹脂製のチューブを破壊したこと。
妹紅が脱出するために、炎の打撃を使用したこと。
妹紅が暖を取るために、炎を灯したこと。
全ての行為が、妹紅自身に このような事態に招いていた。
下側のパネルの表示は ―――― 部屋の“酸素濃度”
だが、此処まで急激な酸素の減少は、妹紅の炎だけが原因ではない。
異常なまでの酸素濃度の減少の真の原因は、先程まで妹紅の腕を冷やしていた“液体窒素”にあった。
そう、気化した液体窒素が部屋中の酸素濃度を著しく減少させていたのだ。
そして、それによりもたらされるのは――――“酸素欠乏症”
表の世界でも――――原因は、液体窒素だけではないが――――それにより死に至る事例は数多くある。
あるいは、妹紅が両腕を失うことを受け入れ、ガラスの容器を破壊しなければ……
窒素は気化しても、その殆どはガラス箱の内側に残り――――その台に隠されていた通気孔から室外へ流れ出し――――
結果、妹紅は酸欠には陥らぬまま、タイムオーバーまでは耐え切れたのかもしれない。
「こ、こん……な……」
不死であるという能力が、完全に封じられた閉ざされた部屋の中で、妹紅の心に生まれて このかた 味わったことの無い、激しい恐怖が湧き上がる。
“死にたくない”“生きていたい”……これまで無縁であった願望が、間欠泉のように後から後から湧き上がっていた。
けれども、痙攣する手足は自由が利かず、酸欠で頭も霞がかかったようにぼんやりとしたまま働かない。
ほんの少し前までは、あれほど心強かった発火能力も、この期に及んでは何の役にも立たない。
「いや、だ……いやだ……あぁ……」
何一つなす術の無い中、妹紅の意識は ゆっくりと絶望の闇へと沈んでいった。
その胸に、この上ない死の恐怖を抱いたまま……
……そうして、20分以上の時間が流れる。
コツ、コツ……
固い床の上を打つ、単調な乾いた靴音が高く響く。
それは、妹紅がいた部屋の外からゆっくりと近づいて――――扉の前で止まった。
ギイイイイ…………!!
錆び付いた鉄が擦れる音と共に扉が開き、部屋の中に一人の女が入ってくる。
“そいつ”は、ゆっくりと部屋の内側を見回し、その状況を確認した。
部屋の中央には大きな十字型の台があり、その上には樹脂製のチューブとガラスの箱が一つずつ残っている。
そして、そのガラス箱の内側には、解凍しかかっている妹紅の右腕が残っている。
もう一つずつあったはずの樹脂製のチューブとガラス箱は、それぞれが跡形もなく炭化、融解しており、床や台の上に転がっていた。
妹紅の肉体を散々苛んでいた液体窒素は、既に跡形も無い。
だが、目には見えずとも、液体窒素がもたらした結果は“そいつ”も理解することができた。
部屋の奥にある2つのデジタルパネルのうち、下側のそれには『9.1』と表示してある。
それは、一呼吸しただけで意識を喪失する程度の酸素濃度。
“そいつ”も、酸素マスクをつけていなければ、一瞬で死んでしまっていただろう。
そして、妹紅は扉の傍――――“そいつ”の足元に横たわったままピクリとも動かなかった。
よほど苦しく、怖かったのだろう……妹紅の青白い顔に貼り付いていたのは、目を見開き 恐怖と苦悶に強張った表情であった。
血色の良かった肌は青白く変色しており、もはや完全に生命は終わってしまっていた。
「……………………」
カシャン……
“そいつ”は何も言わずに、テープレコーダーを懐から取り出すと、妹紅の躯の上に放り投げる。
テープレコーダーは妹紅の躯の上で跳ね、固い床の上を乾いた音を立てて転がった。
そして、“そいつ”はゆっくりと部屋の中に歩みを進めると、椅子に座っている不気味な人形を抱きかかえる。
そのとき――――
「………………ぅ………………ぁ………………………………」
「!?」
唐突に、妹紅が呻き声を上げ、“そいつ”は驚き身を翻す。
妹紅の身体は、ぴくぴくと痙攣しながらも動き出していた。
“そいつ”の脳裏に“死んだふり”と“仮死状態”という2つの思考が同時に浮かぶ。
だが、この酸素濃度の少ない部屋の中で死んだふりなど出来るはずも無い。
おそらく、妹紅は仮死状態に陥っていたのだろう。
(お、おま……え……は……)
妹紅の霞む視界の中に、一人の女の姿が見える。
酸素マスクを被っていて顔はわからないが、見覚えのある服と、髪の色――――妹紅は、その女に見覚えがあった。
「う、うぁぁ……ぅぅ………………」
入り口付近は扉から空気が流れ込んでいるものの、それでも酸素濃度が低すぎる。
死の淵から蘇ったものの、妹紅は消えそうになる意識を留めるだけで精一杯だった。
妹紅自身、もはや虫の息ではあったものの、それでも諦めずに“そいつ”に向かって手を伸ばす。
(た、す……け………………)
妹紅の手が“そいつ”のスカートを掴んだ。
それは、あまりにか弱い力であり……“そいつ”は一瞬だけ歩みを止め、妹紅をゆっくりと見下ろす。
“そいつ”の目には、死の恐怖に怯え 震える 無力な少女の姿が映っていた。
「……………………」
妹紅には救いの手は差し伸べられず、“そいつ”はそのまま歩みを進め、震える手は無常にも振り払われる。
「うぁ……ぁぁぁ……ああああぁぁぁ……」
絶望の呻き声を上げる妹紅を尻目に、“そいつ”は人形を抱えたまま部屋の外へ出てゆく。
“死にたくない”という一心で、妹紅は のそのそと床の上を這いずるも、そのスピードは絶望的なまでに遅い。
バチン……!
妹紅の視界が、闇に染まる。
部屋中の、全ての照明が落とされたのだ。
今や、彼女の視界に映っているのは、辛うじて扉の外側から入ってくる光と、扉に手をかけた“そいつ”の姿。
意識が混濁した今、それすらも殆どぼやけた様にしか妹紅の目に映らない。
誰も来ない部屋の中で、光すら刺さないくらい部屋の中で、一人ぼっちで置き去りにされたまま……きっと妹紅は死ぬ。
そして、今度は……二度と戻って来れない。
(や、いや……だぁ……たすけて……おいて、いかないで……まって、まってぇ! たすけてぇぇっ……!!)
その想像が妹紅から理性を奪い取り、恐怖の貼りついた必死の形相で絶叫をあげさせる。
光に向かって手を伸ばしながら這いずるも、到底間に合うはずも無い。
そして、酸素マスクを被っている為に喋れない“そいつ”の代わりに、“そいつ”に抱えられた人形が腹話術のように口を開いた。
「ゲーム・オーバー」
「ぁ……ああぁ…………ああああぁぁあああああアアアアアアアァァァァ!!」
ギィィィィ……ガチャン……!!
「あ……ぅ………………………………」
部屋が完全に閉じられ、鍵が掛けられた瞬間、妹紅の意識は完全に消えた。
今度こそ、二度と覚める事の無い永遠の闇の底へ。
・
・
・
喋り始めた人形の前で、霊夢は 混乱する心を押さえ、必死で冷静さを保とうとしていた。
そして、冷静さを取り戻すと共に、霊夢は 彼女自身が感じていた違和感の正体に辿り着く。
(……なんてこと、私としたことが、こんな見落としを……!!)
違和感の正体は、『人形に血の一滴すらついていない』こと。
もし、人形が にとりの“ゲーム”のために用意されたものであるならば……にとりの血肉が人形に付着しているはず。
つまり、今霊夢たちの前で喋っている人形は、にとりのために用意されたものではないのだろう。
霊夢と早苗の、二人のために用意されたに違いない。
(それよりも……どうして私達が ここにいることを知っているの……?)
そして、同時に霊夢は“ジグソウ”の底知れぬ脅威を感じ取っていた。
霊夢と早苗が合流したのは 全くの偶然であると言うのに、人形は 霊夢と早苗の両方の名を呼んだ。
早苗は露知らずだったが、霊夢は にとりの家に入る前に、十分に罠や人の気配に気を配ったはずだった。
(……アリス……? いえ、違うわよね……)
この異変の犯人として、霊夢の脳裏に 知り合いの人形遣いの姿が浮かぶ。
だが、彼女の人形も、喋ることは出来るが、単純な命令しかこなせない筈だ。
まして遠い場所あるものを“見る”ことは出来なかったはず。
「……こ、これって……!」
「しっ!」
動揺を隠せない早苗を、霊夢は黙らせる。
「おまえ達2人は、合わせ鏡のような対照的な存在。 その性格も、何もかもがだ。
片や、誰に対しても強い興味を持つことも無いが、やる時には迷いなく行動を起こし、決断することが出来る少女。
片や、この閉世界の中に自ら飛び込み、自分が信じる神の為に、信仰を得て 力無き者達の為に奇跡を起こそうと奔走する少女」
此処に至り、霊夢はこの異変の犯人である“ジグソウ”が、かつて無いほどに危険な敵であることを認識した。
誰にも悟らせずに霊夢や早苗の経歴を知ることが出来る者が、ただの殺人鬼などである筈が無い。
ましてや、“ジグソウ”は、霊夢と早苗がにとりの元に訪れることを見通していたのだ。
「だが、今の おまえ達にも共通する“意思”がある。
これまで、数多の異変を“弾幕ごっこ”というゲームで解決してきたな?
この異変では、同じ意思を持つ者と共に、これまでとは逆の選択をしろ」
予知能力、加えて、人の心を読むことが出来る能力なのだろうか……?
けれども、霊夢の知り合いには、そんな能力の持ち主はいない。
何より、“謎”で覆い隠された正体こそが、“ジグソウ”の危険性をいっそう引き立たせていた。
「そこに倒れている河童の少女は、技術に執着しすぎるという“業”ゆえにゲームに負けた。
“ゲーム”に敗れれば、君達もこうなるぞ」
人形は、そこで一旦言葉を切る。
「私は、人形遣いの少女の住処にいる。 次の“ゲーム”の被験者と共にな。
被験者の生命の猶予は30分。 どう動くか、決断するのはおまえ達だ……ゲ ー ム ・ ス タ ー ト」
言葉も出せない霊夢と早苗の前で、明確な宣戦布告とともに、“そいつ”の“ゲーム”は幕を開けた。
「人形遣いの少女……アリスのことなの?」
霊夢のその言葉を耳にした瞬間、早苗が霊夢に向かって叫んだ。
「霊夢さん、急ぎましょう!」
「え?」
「その、アリスという人の家に案内してください!! 急げば、その人は まだ助けられるかも知れません!!」
そう、にとりの家に訪れた時、既に彼女は殺されていた。
ならば、人形が言った“人形遣いの家”がアリスの家ならば、彼女の命の猶予は――――
ここからアリスの家までは、急いでも30分程度。
霊夢は、一瞬たりとも呆けてしまった自らを恥じ、出口へと走り始めた。
「――――早苗、急ぐわよ! ついてきて!!」
「は、はいっ!!」
To be continued……
≪チルノの裏≫
“ジグソウ異変”再開。 妹紅のゲームになかなか良いアイデアが出ず、遅くなってごめんなさい。
シリーズ一番の難産だった……
妹紅の業は、復讐心に囚われ、怒りの炎を燃やしすぎてしまったこと。
心の熱を冷やすために、彼女の身体は液体窒素によって冷やされる。
けれども、彼女は それを受け入れずに 再度怒りの炎を燃やしてしまい
気化した液体窒素を内側へ抑えていたガラスの箱やチューブを焼いてしまった。
結果、妹紅は 部屋中にあった財産(酸素)を使いきり、死に至りました。
さあ、物語も佳境へと移ります。
次々とゲームにかけられ、命を落としてゆく幻想の住人達――――そんな最中、開始された霊夢と早苗のゲーム。
異常な異変の最中に、その存在を臭わせる外の世界の殺人鬼“ジグソウ”の影。
人形遣いの少女の住処で待つ“そいつ”とは誰なのか? “そいつ”の目的とは何なのか?
そして、次こそは、アリスシャインとなってしまうのか?
楽しみにしていただければ幸いです。
なお、作中の舞台は風神録(秋)の数ヵ月後の冬。
早苗さんの性格は、生真面目でちょっと天然入ったおかしい子であった頃のものです。
≪液体窒素による酸素欠乏症についての補足説明≫
液体窒素の沸点は一般的に-196 ℃であり、それが液体になっているため
人間の皮膚にかかろうものなら、簡単に凍傷を引き起こします。
けれども、この液体の真の恐ろしさは、そんな所ではありません。
密閉空間で液体窒素を気化させると体積は650倍まで膨張し、空気中の酸素濃度が低下する――――
それにより引き起こされるのが“酸素欠乏症”です。
この酸素濃度の低い空気を人間が吸うと、下手をすれば、ごく短時間で死に至ります。
(ついでに言うと、そういう低密度酸素の空気中では火など点きません。
妹紅の怒りの炎を命ごと消すって言うのはそういう意味)
このため、例えばエレベータで液体窒素入りのタンクを運搬する際は“液体窒素”だけを乗せて運びます。
理由は、エレベータが故障しようものなら、簡単に死ねるから。
ちなみに酸素欠乏症の症状は以下の通り。みんな気をつけてね。
16%:呼吸数増加、脈拍数増加、頭痛、吐き気
12%:めまい、吐き気、筋力低下、行動の自由がきかない
10%:中枢神経障害、意識喪失、嘔吐
8%:失神昏倒、死亡
6%:即失神、心肺停止、短時間で死亡
>>※20様
修正しましたー
ありがとうございます
変態牧師
- 作品情報
- 作品集:
- 7
- 投稿日時:
- 2009/11/28 15:00:01
- 更新日時:
- 2009/12/04 20:04:12
- 分類
- ジグソウ異変
- 藤原妹紅
- 残酷グロ
ただ自分だけが不幸な目にあうのは悔しいんで、周りを巻き込んで神様を気取ってるだけの中二爺さんってだけなのが
シリーズが進むたびにあらわになってる
こいつのゲームで救われた奴なんて1人もいない
アマンダにせよホフマンにせよ、ただジグソウに依存してただけ
3で『復讐に生きるな』なんてよく言えたもんだよ、自分の事は棚に上げまくってこのダブルスタンダード翁は
残酷表現、心象描写、ロジック、そしてスリル。1〜3のいずれも素晴らしいとしか言えない感想を抱いたのを覚えています
ですがこの4でそれらをあっという間にも凌駕し、尚且つ引き立たせてくれる作品として完成しているように感じました
自分の作品など遠く及ばないとは思いますが、変態牧師さんのような方が作品を投稿する産廃が自分は好きです
変態牧師さんのような方と同じ場所にいられると思うだけで、もしかしたら読んで頂けるかもと思うだけで、
自分は作品を作ることが出来る様な気がします
次回はアリス。楽しみです
不死の能力を封じる結界が使えて、妹紅の見覚えのある人物で、スカート装備……うーむ。
これだけ続きが楽しみな作品もそう無いわ。
まさかもこたんがやられるとは予想外。
前も言いましたが続きが非常に楽しみです
風神から数ヶ月後なら、時期的に緋想以降のキャラは一切関係ない(緋想が風神から一年後の話)。
そして、既に妹紅が知っているであろう、魔理沙、射命丸、うどんげが死亡し、霊夢は解決側・・・で次の対象がアリス(だよね?)。
不死封じの結界を張れる・・・結界に精通した者?
・・・流石、牧師殿。
情報がそれなりに出揃ってきたのに、正しい犯人特定がまだ出来ないのぜ・・・。
妹紅を殺った罪は重い…特に慧音を悲しみの底に突き落とした事だけは絶対に許さない、絶対にだ
そして更に慧音にまで手を掛けたらSSを作ってでもぶちのめす
……排水口だから仕方ない、のは解るがオレね中では妹紅は不死じゃなきゃいけないんだよ!\(`д´)/ナンダヨソノワケノワカラナイケッカイハ!
…そんな訳でハッピーエンドなエログロSSでも考えて頭冷やしてきます…
【ノーパソ】 λ………………
>とりあえず異変が解決したら白玉楼で皆が談笑出来る程度にハッピーエンドにしなきゃ絶対許 早 苗
残念だが本家シリーズは毎回絆や愛や努力や正義が無碍にされるという後味が悪い結末が恒例なのだよ
『監督陣はこの世界に恨みつらみでもあるのか?』ってくらいに
ワカった時にはもう遅い
これからも期待します!!
このssは純粋にサスペンスとしても楽していいね
それにしてもいったい犯人は誰なんだろうか?さっぱりわからん
回を重ねるごとに駄作になってくあの映画
これで勝つる!!
まさかもこたんが被害者になるのは予想外でした。
相手は不死の能力を消す程の力の持ち主。
どんだけ危険な奴なんだよ。
さて紅魔組はまだか?
人形使いでメディスンはないだろうからやっぱあっちか
特徴的な服と髪の色にスカート…
黒髪、茶髪、金髪は沢山いそうだけど断定もできない
技術的な部分は爆殺?したにとりから得られるとするとやっぱヒントは服装あたりか
死んでると思って油断してたから普段着のままである可能性高いしな
大掛かりな道具の調達ができて、かつ設置できる体力は妖怪レベル、特徴的な髪の色と服にスカートとなれば
必然的に犯人は女装したこーりんという推理結果になるわけだ
その発想は無かった。
犯人じゃないかと怪しんでたキャラは、不死を無効化する結界なんて張れそうにないからなあ
ほんと、ここまで手がかりが出てるのに誰が犯人なのかさっぱり分からん。
とりあえずミス報告
お疲れ様でした!次も期待します!!
犯人か・・・
機械技術に精通している
スカート
特徴的な髪
うそんげが脱走兵だと知っている
ってことは高度な文明があるところから来たえーりんか?とか思ったけど、んなわけないか
ちょっと換気してくる。
結界の外に出られて妹紅の腕も復活する?
そこまで織り込み済みで「冷静になれ」ってアドバイス?
アリスシャイン
霊夢以外の女の子達も肉体や心理がきっちり描写されていてリョナ的な興奮がある
魔理沙とうどんげが本家にやられたな
前者二人はジグソーパズル状に皮膚を切り取られた様子が無い