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『その愛は命を賭すに値した』 作者: マジックフレークス
「ばあっ! とりゃーーっ!!」
「どわーーーーーーーーっ!!??」
里から伸びる道の途中、男が1人休憩をしていた。
幻想郷という土地柄で無用心と思うかもしれないが、彼の経験上この道で危険な妖怪は出没しない。
完全に気を抜いていた彼は、自分の真後ろから上がった大声に驚いて前につんのめった。身体を半回転させて声の方を向きつつも尻餅をついてしまう。
ついで発せられた“とりゃーーっ”の声で、紫色をした閉じた傘の先端が、まるでトーナメントのランスのように突き出される。それは彼の眼前に迫ってその鼻先で静止した。
ごぼっ―――
目の前に立っていた妖怪の少女の腹には大きな空洞が開き、そこから血肉を露出させていた。彼女の口から血が溢れて零れる。
青い髪に両方で違う色をした瞳の少女は、自分自身になにが起きたか理解できないでいる。目の前で起きていることに理解が追いつかないのは、尻餅をついて座り込んでいる男も同様である。
ゆっくりと青い髪の少女が傘を持ったまま後ろを振り返る。
そこには緑色をした髪に蛇と蛙の髪飾りをし、一風変わった白と青の巫女装束らしきものを身に纏った少女がいた。
彼女はお払い棒の様なものを持った右手を前に突き出して、青髪の少女の腹を指し示していた。
「やはり、人を襲いましたね。あなたがこそこそとその男性の後をつけていたの見かけたので、私もあなたの後をつけたのです。何もしなければ見逃すつもりでしたが、人様に手を出した以上は成敗いたします!」
そう言って彼女は前方を指していた右手を頭上に掲げた。その先から風が巻き起こる。
男と青髪の少女は1m程しか離れていなかったが、緑髪の少女もかなりの実力者のようで、彼女の起こした風は正確に妖怪にのみ襲い掛かった。
傘を持って男を驚かせた少女は彼女の風によって身体中を切断された。指が、腕が、足が、脚がちぎれ飛び、手にしていた傘はその骨組みから張られた紙から全てバラバラに破壊された。さらに風は腹を割き内臓がズタズタに引き裂かれる。最後に喉がすっぱりと真一文字に切断されて首が落ちた。
妖怪は最初に腹に大穴を開けられていた為に声も上げずに崩れ落ちた。緑髪の少女も妖怪に苦痛を与えるために身体中を切り裂いたわけではないようだ。風が舞ってから首が落ちるまでに10秒もかかっていないのだから。妖怪の生命力に気をつけ、確実に屠るための処置なのだろう。
「ふう、危なかったですね。この道は里から近く、それ程危険な妖怪は出没しないはずなんですけれど。たまたま里に来る用事があって良かったです。私は守矢神社の風祝をしています、東風谷早苗という者です。妖怪退治と幻想郷の治安維持に尽力しておりますので、もしよろしければ守矢神社への信仰をお願いいたします」
男は目の前で起きた事態に呆然としてしまっていた。何か言いたいように口をパクパクとさせるが言葉が出てこない。
(無理もありません。妖怪とはいえ女性の姿に化けているものを凄惨に殺してしまったのですから。ですがもし彼が私を恐怖してもそれは仕方の無いこと、1人の人の命を救えたことこそが重要なのですから)
「それでは私はこれで失礼いたします。今後、もしこのような目に会われる事があればお教え下さい。ご助力いたしますので」
そう言って彼女は飛び去って行った。
早苗は里に出て信仰を獲得するための布教活動を行っていた。早苗達守矢の神々は、幻想郷に入った直後に強引なやり方をして信者を増やそうとし、それが失敗したために今度は妖怪の山の妖怪達と取引に近い形で信仰してもらうことになった。元々は戦神である神奈子のやり方とはいえ、最初が最初だったために人間の信仰それ自体が得られていなかったのだ。
実際、里に来た当初は白眼視された。山の妖怪達は天狗の記者や人間を盟友と位置づけている河童達もあって敵でこそ無かったが、妖怪に祭られている神という部分が一人歩きしていたのだ。幻想郷では妖怪達もかなりいるが、それを食わせている人間達もかなりいる。人間からの信仰が得られないことは問題である。
そのように判断した神奈子は、今後あまり表には出ずに信者の前でのみ威風を見せることとし、愛らしい姿をしている諏訪子に接客をさせたり、早苗に里での布教を任せることにしたのだ。
そして妖怪退治はその一環である。妖怪の味方であるなどというふざけた噂を駆逐し、人を襲わない知能の高い妖怪からの信仰を得つつ、人間達には低級妖怪からの守護者として敬われるために必要なことだった。
早苗は人を襲うような妖怪の情報を聞いては駆けつけて退治するようになった。それは基本的に小事に介入しない博麗の巫女よりも里にとっては助けとなり、次第に守矢の信仰者は増えていった。
「それでは私はこれで失礼いたします。また何かあったら神社をお尋ね下さい、山の妖怪達は山に入ってくる人を襲わないはずですから」
「有難うございました、早苗様。今後もその御力で我々をお救い下さりませ」
早苗は里の代表者の1人に呼ばれて訪ね、そして用件が片付いたためこれから帰るところだった。
人里から出るまではあまり飛ばないことにしている早苗は、道を歩いていた。
彼女の前に1人の男が飛び出し、そして彼女に向かって平伏した。
「なっ、何ですかあなたは!?」
「……守矢神社の風祝であらせられる早苗様とお見受けします。この命早苗様と守矢の神々に捧げる覚悟で参りました。どうか雑用でも構いませんので、お傍において頂きたいのです」
元々は外から来た現代人である早苗は、彼の物言いが時代劇のようだと感じてしまった。芝居がかった口調というわけではなく、彼の言葉には必死さとも取れる真剣な響きがあった。ともかくいくら現人神とはいえ、往来で土下座のように頭を下げられているのはちょっと困ってしまう。
「お顔を上げて下さい。良ければ理由とお名前を聞かせてください。あ! でもそのままでも困りますので、宜しかったらあちらのお茶屋さんではどうでしょうか?」
「畏れ多いことです」
彼はまだ平伏したままだ。徐々に信仰してもらっているといっても、それは妖怪の脅威に晒される猟師などが中心で、里の中で農業を営んでいる人達は豊穣の神などを信仰しているために全員ではない。周囲の視線が痛い。
「いえ、正直に申しましてそのようにされると私も困ってしまいます。お心は嬉しいのですけど、やはりよくお話を聞いてからでなければと思います」
早苗は彼を連れて店の中に入る。お茶とお菓子を注文した。男は遠慮したのだが、早苗がいいからと言って同じものを頼んだ。
この時になってやっと男の顔を思い出した。彼は自分が一月ほど前に妖怪から救ってやった者だった。あの時は腰を抜かしていた彼に一方的に話だけして帰ったが、今度は彼の方から尋ねてきてくれたという訳か。
「先ほどのお話ですけれど、それは私達のお手伝いさんとして働きたいという意味でしょうか?」
「はい。給料など要りませんし、食べる分も自分で取ってまいります。お許しくだされば神社の近くに小屋を建ててそこで寝食いたしますので、どうぞ守矢の方々のために働かせていただきたいのです」
これには早苗も参ってしまう。早苗にとっては労働とはアルバイトのように対価があるものだ。神社は裕福とはいえないにしても、信者からの差し入れや妖怪退治のお礼としてお金を包んでくれる人もいて食うには困っていない。
「いえいえ、これから神奈子様や諏訪子様とも相談しなければなりませんけど、もしお手伝いいただけるのでしたら余っている部屋をお貸し出来ますし、三食もご用意いたします。お給金も少ないですけれどお出しできると思います。あなたのお気持ちと信仰は嬉しいですけれど、それに応える為にも私どもにも返礼をさせて欲しいです」
人手が欲しいのは確かだった。神奈子と諏訪子は力ある神だったが、それゆえにかなりの信者を必要としていた。人口の絶対数が少ない幻想郷で妖怪達と人間達の両方の信仰を獲得し、それを維持するために早苗1人で奔走するなどという事がいつまでも続けられる訳が無い。
「それはそうと、良ければどうしてそこまで私達に尽くす気でいられるのか、それとご家族や元のご職業を教えて頂いてもいいですか? お気持ちは有難いのですが、それでどなたかのご迷惑になってしまう様では考え直していただかないと……」
「私には家族はおりません。職業と呼べるものをしていると胸を張って言えませんが、森や林で食べられる植物を摘んだり小動物を狩って暮らしていました。そしてそれを里に売りに来る事があり、その帰り道で早苗様に助けて頂きました。里の方達にお聞きして決めたのです。私は今まで里から離れた場所でただ暮らしていただけでしたが、今後の人生を神に捧げようと。私は数年前に外界から来た者ですので、縁者もなくこの幻想郷では無意味な存在なのです」
早苗は驚いた。彼が外から来た存在だということに。自分達は自らこの場所に来たが、外から迷い込んだり一部の妖怪の力によって連れてこられた人間がいるというのは聞いている。そういった者達を返してあげるのが博麗の巫女の仕事のはずだったが、彼自身がここに残ったのか彼女が仕事をしなかったのかは分からない。
「……分かりました。私はあなたのお気持ちは嬉しいですし、お手伝いして頂けることはとても助かります。それではあなたを神奈子様と諏訪子様に紹介してお二人の判断を仰がねばなりません。私と一緒に守矢神社までお越し下さいませ。あ! それと良ければお名前を教えてください」
「誠と申します」
そのように会話しつつ2人はお茶を飲み、早苗は彼のために飛ばずに帰路についた。
「と、いう訳でその方をお連れしました」
事のあらましを一通り2柱に伝える。その間彼は神々に対してずっと頭を下げたままにしている。早苗はちょっと気になったが、長らく神である2人は慣れているのか男の好きにさせている。
「さて、あんたの心意気は分かったからちょっと顔を上げて見せてみな」
言葉の通りに男は顔を上げて神奈子を見る。
「この子の話だと、あんたはあたしらに命を捧ぐ覚悟とやらでここに来て、住み込みで尽くしたいってそうじゃないか。それは本気で言っているんだろうね?」
「はい、私などが出来る事があれば何でもいたします。どうぞお傍に置いていただけないでしょうか?」
神奈子は誠という名の男の目を見据える。彼はその視線を受け止め、目を逸らすことも物怖じすることもなく正面を見ている。その目には恐怖や興奮、その他の感情が一切なく信念に満ちた瞳と言えた。神奈子も諏訪子も、そのような眼をした者達をそれ程多くは無いが見てきた事がある。
「まあ、いいだろう。どちらにせよこのままじゃ早苗の負担が大きすぎると思っていたし、手伝ってくれると言っている者を無碍にする訳にも行かないしな。それにあんたも外界から来た人間で他に頼れるようなやつがいないんだろう? 私らの為に生きるみたいな重たいこと言わなくても、私たちへの宗教的信仰を生きる糧にしてくれるんならそれも良いさ」
「神奈子がそう言うんなら私はそれでもいいよ。早苗を助けてやって頂戴ね」
「有難うございます神奈子様、諏訪子様。それでは誠さん、あちらに空いていた部屋がありますので、今日のところはお泊まりください。もう遅いですし、もしご自宅からお持ちいただくものがあれば明日にでも運びましょう。この部屋は今後自室としてお使いくださって結構ですよ」
誠は深々と2柱と早苗に頭を下げ、早苗に連れられて部屋に案内されていった。
「ねえねえ神奈子、神奈子も気づいているんでしょ? あの人、たま〜にいる感じの人と同じ眼をしてたね。話を聞く限りだと問題なさそうだけど、幻想郷に来てから初めてじゃない? ああいう信者。ここだと本人が無茶しなけりゃいいんだけど。……力があるわけじゃなさそうだし」
「まあね、幻想郷に迷い込んだのに帰らずに居ついて、特に何か目的を持って生きてきた訳でもなく孤独に暮らしてきたって話だ。そういうのに多いんだよな〜。最初は早苗に惚れたのかと思って警戒してたから、どっちかって言うと安心かな」
「若い孤独な男が宗教に嵌っちゃったってことかぁ、自分が言うのもなんだけどさ。そういえば昔あったねぇ、インコだかウグイスだかって新興宗教に嵌ったのも高学歴の坊ちゃんばっかりだったって話ジャン? 勉強ばっかりで空っぽだったところを埋め合わせてくれたってところかな」
「新興宗教のほとんどはそういうもんよ。大事なのは信仰によってその人や周囲が救われるかどうかでしょ、本人が幸せでも周囲が不幸になったり、社会を破壊するようなら滅ぶべきだけど、私らはそんなことしなけりゃいいの。まあ、狂信者というか信奉者というか、ああいう感じの人生捧げる信念に満ち溢れたやつってのも、本当に久しぶりだねぇ。早苗はそういう感じじゃないし、やっぱり諏訪大戦の頃まで遡らないとそうはいなかったよ」
「……ねえ、あの人たぶん修行しても力使えそうに無いよね? 妖怪相手にジハード始めちゃって自爆したりしないかな?」
「それほど馬鹿じゃないと思うけど……、まあ早苗が何とかしてくれるだろう」
「??? 何の話ですか?」
2柱は少し迷ったが、一応早苗には今の話を伝えておいた。早苗自身彼の静かな気迫に戸惑ったので話は理解できた。神たちは自分達が救ってやった男が、自分達を信奉して尽くしてくれるということ自体は、概ね良い事として受け止めておくことにした。
外の世界では信仰が薄れて存在が消えかかっていた2柱は、幻想郷でのこれからは人々を救って信仰を集めて暮らしていければ良いなと漠然と考えていた。
彼が神社を手伝うようになってだいぶ経つ。彼は良く働き、信者の数も増えていった。彼自身には力が無かったため妖怪退治などは早苗一人で行っていたが、里の人間の下を回って相談を受けたり頼みを聞いたりすることは十分にこなしていた。それは早苗の仕事をだいぶ楽にし、今となっては3人とも彼なくしては神社の運営も難しいといえるだろう。
そんな時だった。誠は早苗と2人で里にやってきていた。彼自身で解決できる問題も多い(身近になると簡単な事でも神頼みする者もいる)が、早苗の起こす奇跡や神の力が必要な時もある。彼は早苗が全ての案件を聞いて回らなくてもすむように、先にそれらの頼みをしてきた者達を回り、簡単な話を聞いておいてそれを早苗に報告した。
そしてそれら諸問題を解決して回った帰り、ある男と道端で出会った。
「……久しぶりだな、誠」
「お久しぶりです」
2人が旧知の仲であることは言葉からも分かるが、だからといって抱き合うわけでもなければ、相手の男に至っては悲しそうな表情を浮かべている。といっても、誠の方も普段の仏頂面とでもいう感じの無表情ではあるが。
「元気でやってるようでよかったよ。お前がいなくなってみんな寂しくなったって言ってるぞ」
「皆さんによろしく伝えておいて下さい」
「ああ……。それじゃあな………」
「ええ、さようならです。先輩」
僅かな会話で後ろを向いて帰ろうとした男が、誠の最後の言葉に少しだけ反応したように見えたが、結局そのまま振り返らずに歩き去って行った。
彼は隣にいる早苗には一度も目を合わせる事は無かった。
「……あの、今の方は?」
「あの人は私が幻想郷に入った後で色々と世話をしてくださった方です。幻想郷で暮らしていくことを決めたとき私はただの子供でしかなく、世の中を、そして生きるということを舐めきっていました。そのくせ人間の里になじめずにその外で生活を始めたのですが、当然何も出来ない無力な自分を思い知ったのです。そんなときあの人や他にも何人もの人が助けてくれました。皆色々な理由で里の外で暮らしている方達だったのですが、彼らに家を作ってもらったり生きるための方法を教えてもらったんです」
「それではとても大事な方ではないですか? もっとお話をされても構いませんのに……。いいんですか?」
早苗は自分がいるために2人が気を使っているのではないかと思い、彼に必要なら追いかけるように言う。
「ええ、いいんです。あの人達には守矢神社に来る前にちゃんと話は済ませましたので。その時に今までお世話になったお礼と、今後は早苗様と神奈子様、諏訪子様にお尽くしするために生きる旨を伝えましたので。お気遣い下さり有難うございます」
早苗と誠は里を後にし、一緒に守矢神社へと帰っていった。
「なあ早苗、ちょいと話があるんだけどいいかな?」
神奈子が早苗に声をかける。諏訪子もすぐ傍に居て、目線で早苗を促した。
ちょうど誠は外回りに出ていてこの社内には3人しかいない。
「何でしょうか?」
「うん、それがね。今年で早苗はいくつだったっけ?」
「私は今年で19ですよ。嫌ですよ諏訪子様、忘れてしまわれるなんて」
そう言ってクスクスと笑う早苗。神奈子と諏訪子は真剣な顔をして早苗を見つめる。それを見て早苗も笑うのを止めて2人の顔を見る。
「どうされたんですか? お2人とも」
「単刀直入に聞こう。あんたは誠のことどう思っている?」
諏訪子は口こそ閉じているが、神奈子の質問に同期してうんうんと首を縦に振って頷いた。
「……どうって。とても頼りになりますし、もう1年半近く真摯に働いておられると思います。……誠さん以外の幻想郷の方は、同じようにお手伝いしてくれる方が居ませんから、守矢神社に無くてはならない大切な方ではないでしょうか? えっと、これでいいでしょうか」
「私たちと誠さんのどっちが大事?」
「どっちって……。そんな事比べられませんよ。だって全然違うじゃないですか、神奈子様と諏訪子様は神様で、この守矢神社の主なんですから。誠さんは大事な人ですけれど、神奈子様諏訪子様より大事だなんて言えるはずが無いじゃないですか」
早苗の答えには困ったような、ちょっとだけ怒ったようなニュアンスがあった。
「やっぱり早苗は早苗だねぇ。幼い頃から神事に就いて、青春真っ盛りのはずのときに異世界に来ちゃったからなぁ……。責任感じちゃうよ」
「うーん。私としても愛の力は神に対する思いを超えて欲しかったんだけどね」
「あ、あい!?」
そう言いながらも2柱はニヤニヤとした表情で早苗を見る。
「そうさ早苗、あんたが現人神であるということは、神であると同時に人でもあるんだよ。あんたはいずれこの守矢神社を継いでくれる跡継ぎを生むことになる。もちろんあんたがそうしたくて、そうすればという事だけれど。だけど、そうなると相手が必要だろう? あんたはまだ若いけれど、そろそろ男の一人ぐらい作ってもいい頃だと思ってね」
「早苗は里の人達からは神様として信仰されて認識されているからねぇ。それはそれで今までの努力が報われたって言うか、いい事なんだけれど、1人の女の子として付き合ってくれるような奴を里で見つけるのは難しいと思ってね」
「まあ、その点あいつも同じだな。私らに対する態度は常に神様としてって意味じゃあね。だけどそれはそれとしてあんたの方から付き合うように言えば上手くいくかもしれないじゃないか。なんだかんだ言って人としてのあんたに一番理解があるのはあいつしか居ないんだから。だからあんたに聞いておきたかったのさ、あいつの事が好きかどうかってね」
「まあそこまでの感情が無いって言うならそれでもいいと思うけど。神奈子も言ったけど早苗はまだ若いし、これからそういう関係になるかもしれないし、全然別の人に一目惚れして恋に落ちちゃうかも知れないし」
早苗がショックで口をパクパクとさせて黙っている間に、2柱は好き勝手に言いたい放題言いまくる。
早苗は顔を真っ赤にして2人を睨みつけた。
「わ、わたしをからかっているんですか!? だいたいまことさんはたいせつなひとですけど、それはもりやじんじゃにとってタイセツナヒトっていみででして!」
((おーおー慌てちゃって、ういやつじゃの〜))
「コホン! と、とにかくまだ私にはそういうのは必要ありません。あ! 必要ないって言うのは旦那様が必要ないっていうことであって、誠さんが必要ないって意味じゃなくて、第一私の一方的な気持ちなんかより誠さんの気持ちのほうが大事でしょう!? わ、私なんかのこと神奈子様や諏訪子様みたいにただの神様としか思ってないかもしれないじゃないですか!」
(うわー。壮絶に自爆始めちゃったよ、この子。この年で恋愛耐性無いって結構ヤバイ事だったんだね〜)
(わたしらただの神様になっちゃったねぇ。やっぱり早苗の中では 愛>神 だったってことかぁ。嬉しいやら寂しいやらかな)
「第一そ、そういうことは誠さんに直接聞かないと、聞かないと………」
「そいつは無駄だろうね、早苗。さっきも言ったけどあいつ自身の答えは、あんたは仕えるべき神であるってことだろう。だからあんたが言わなきゃいけないんだよ、あいつに好きですってね。その上で自分を女として愛してくれるかどうか聞かなきゃいけない。自分からそれが出来ないっていうなら諦めな。そりゃあ男の方から告白すべきだとか、傍に居られればいいとかぬるい考えもあるだろうけどね、それはそういう状況に胡坐をかいているだけだ。本気でそう思っているなら一生そうやってる自分を想像するといいよ。その想像が幸せなものだったらそうすればいいんじゃないか?」
「……今はさ、ってそろそろ1年半以上になるけど、あいつもここに来てからずっと仏頂面で通しててあんまり感情が表に出てこないやつだし、私達に対しては神として崇めてる感が全然変わらないけどさ、逆に考えてみてよ、早苗の方が、自分を1人の人間として扱ってくれってお願いしたときのことを想像して。そりゃああいつがどうするかは分からないけれどさ、もしかしたら早苗の言うことだからってあっさりOKして、自分も初めて会ったときから好きでした〜とか言ってくれるかも知れないじゃんか」
「……………」
2柱は(いきなりちょっと言い過ぎたかな……)と思ったが、早苗は2人の言葉を真剣に考え、頭の中で反芻させていた。働きに来てから全くといっていい程変化の見られない誠に対して、この3人は随分と変わったと言えよう。神奈子に至っては当初は早苗についた悪い虫という認識すらあったのだ。彼のあまりのスルーっぷりにすぐに間違いに気がついたが。
強い信念を持って喜んで仕事をこなし、そのおかげで3人は多くの部分で彼に助けられている。それでありながら彼自身は事務的であまり感情を表に出していない気がする。早苗達が笑うとほほ笑みを返したりするのだが、営業スマイルのようなものに見えてしまうのだ。
(誠さんは幻想郷に迷い込んだけれど、元の世界には返らなかった。里の人達にも馴染まずに1人で暮らしていた。もしかすると人とのコミュニケーションの仕方を知らないのかも。それならば私たちを神として崇めて仕える誠さんの態度も説明がつきます。だとしたら、私の力で誠さんを救って差し上げる事が出来るかもしれない。誠さんが心から笑った顔が見てみたい)
「す、好きです! 誠さん、あなたの気持ちを聞かせてください!!」
言った。言ってしまった。2柱に押されてから僅か3日。それまでは考えない振りをしていたが、1年近くは心の奥底にあった感情。僅か3日と言ったが、この3日間はご飯が喉を通らない程考え込んでいた。神奈子が言ったように今決めれないようでは一生決めれないと思うと怖かった。
「早苗様」
「様はやめて下さい!」
「………早苗さん、初めてお会いしたあの時から、ずっと待ち焦がれていました。しかし私にはどうしても越えられなかったのです。あなたは現人神という神であり、奇跡を操るほどの力をお持ちです。あなたは私には手の届かない存在でした。神奈子様や諏訪子様の存在もあり、私が早苗さんに何かするというのは許されない気がしていたのです」
「そんなっ! それは神奈子様の方はちょっとだけ怖いところもありますけれど、あれでいて結構フランクで、私の後押しをして下さったのだってお2人なんです」
ともかく、これは相思相愛であり成功したといえるのだろう。
「あ、あの……それで誠さんは私のことを、わ、私のことを、その、す、好きですか?」
「はい、早苗さん」
「そ、その、私とずっと一緒に居てくれますか?」
「はい」
「わ、私と、け、結婚んし、してくれますかぁ?↑」
「はい、謹んでお受けいたします」
彼のその表情は、今まで見たことも無いような笑顔だった。心からの笑顔だった。
早苗は幸せだった。言って本当に良かった。
早苗が思いを打ち明けた後、それを2人は2柱に報告した。神達は2人を祝福し、数日後には簡易ながら式を開いて正式に両名は結婚した。誠の希望で外にはそれらを伝えず、4人だけの簡素なものだった。神として崇められている以上、使用人と結婚したというのはあまり広く伝えるべきではないと言われたのだ。
幻想郷には戸籍制度は無いし、婚姻届を出す必要性も無い。愛し合っているもの同士が結婚の儀式をそれぞれで行い、友人などの知人達がそれに参加するなり伝えるなりして知っていればそれでいいのだから。
「誠さん、来てください」
2人は寝室の布団の中、1つになろうとしていた。
結婚してから3ヶ月程が経つ。結婚に至るまでや結婚した直後は慣れない状況や気恥ずかしさで、早苗の方が勝手に暴走してしまったりパニックを起こしたりしていた。
しかし次第にそれにも慣れてきたのか、初夜からもう十数度を数える2人の営みとなった今日の夜、早苗は襖から差し込む月明かりの中その裸身を愛する男に晒す。
「今日もお願いします」
そう言って彼女は股を開き、彼のモノを受け入れる準備をする。2人は余り前戯をしなかったが、この時の早苗は毎度十分に潤滑がなされていたし、そのくせ性知識は乏しかったので彼に奉仕するといってもやり方がわからなかった。一度彼に聞いたがやんわりと断られ、どちらか片方が満足するのではなく2人で、と言われたのでそのようにした。
ズプッ、クチュッ
「ん、んあっ!」
挿入と同時に嬌声が漏れる。ああ、子を成すという神聖な行いのはずなのに、どうしてこれほどまでに気持ちが良いのだろう。
ズジュッ、ジュッ、ズッ
「ああっ! うんっ、あっ。き、気持ち良いですぅ。あぁん」
彼は早苗の高まりにあわせて徐々にピストンを速めていく。それに従って2人の絶頂も近づいてくる。
「ふぁっ! んあぁっ! イクッ! イキます! ああぁん!!」
一際大きな喘ぎ声を上げ、早苗は絶頂に達する。その際の膣の収縮により彼のモノも締め上げられ、数秒遅れで彼は早苗の中に精を吐き出した。
早苗は女性特有の絶頂後の高揚感と快楽の静かな波の中をまどろみ、誠は男性特有の絶頂後の虚脱感に襲われていた。
ズヌッ
「ひぁっ」
彼は早苗の膣内からペニスを引き抜き、早苗に覆い重なるようになっていた自分の身体を回転させて、早苗の横に仰向けになって横たわる。
彼は普段の時は随分と喋るようになったし、明るくなった。私と結婚してから、いやそれ以前に私が好きだと告白してから、彼はなにか憑き物が落ちたかのように、それまでには見せなかった充足感を自分達に見せてくれるようになったと早苗は感じている。
そのくせこの時ばかりは無口で仏頂面の、昔の彼になってしまうのだった。それもまた可愛いような気がして、早苗は心から愛おしく感じるのだ。
「誠さん、私のことを愛していますか?」
「勿論ですよ、早苗さん。どうしてですか?」
「ふふっ、聞いてみただけです」
早苗は幸せだった。
「……そういえば明後日は何の日か覚えていますか?」
誠が訊ねる。
明後日、一体何の日だったろうか。少なくても自分の誕生日ではないし、彼の誕生日でも無い。何の日か? と聞かれている以上は、去年か一昨年に何かあった日だろう。去年の今頃何かあっただろうか? 一昨年の明後日の日付は、まだ彼が神社に来た日ではない。それは来月のはずだった。
そうか、次の月で思い出した。と、いうことは彼が来た日の一月前なのだ。
「……私と誠さんが、初めて出会った日。ですか?」
「ええ、そうです。明後日は2年前に私が早苗さんと初めてお会いした日です。私の人生が変わった日であり、思えばあの日から全てが始まったのかも知れません。今でも自分の選択は間違っていないと信じていますし、一切の後悔はしていません」
感極まったというように目に涙を浮かべて話す。
(さっきまでエッチなことをしていた時は表情を変えずに口を噤んでいたのに、やっぱり男の人は面白い。)
早苗は天井を見上げて涙を流れるままにする彼の横顔を見つめてそう思った。
目が覚める。朝の静謐な空気が流れ込んでくる。秋も半ばを過ぎたこの時期は、日中こそそれなりの陽気にはなるものの、朝のうちはもう寒さに震えてもおかしくない時期である。
性交後のまどろみの中裸のまま寝てしまった早苗は、露出した顔に朝方の寒さが突き刺したが、服を纏っていないうえにあまつさえ体液で湿っている下半身も含めて身体が冷えていないことに気がついた。
ハッキリしない意識のままに首だけ動かして伴侶がいる筈の隣を見やる。そこには誰もおらず、一応として反対側も確認したがやはり誰もいない。上半身を起こし、そこで気がついた。彼の分の掛け布団が自分の上に掛かっている。先日は2人で1つの布団に入ったが、大体数日に一度早苗の方から誘ってしていた夜の営みなので、一応毎日2人分の布団はひいてあるのだ。
彼が脱いだ服は無くなっている。彼は厠にでも行ったのか、あるいは早朝の水浴びか運動か。いずれにせよ身体が冷えていないことを考えると、早くに起きて自分の身体を気遣ってくれたらしい。
早苗は起き上がって服を着る。寝具を片付けて、洗濯しなければならないものだけ分けて置いておく。
外に出て周囲をざっと見渡してみる。朝方の静寂に耳を傾け、人が生み出す音が無いか聞き入る。愛する夫は見えず、音も聞こえない。
やはり厠に行っているのか。あるいは先に台所で食事の準備をしているのだろうか。彼は自分に何も言わずに勝手なことをする人ではないが、料理自体は上手いため一緒にご飯を作ったり、たまにお願いして作ってもらうこともある。
(そういえば昨日寝る前に、明後日がどうとか言ってました。明後日………、思い出した、私と誠さんが出会った日だ。妖怪に襲われている誠さんを私が助け、誠さんが私たちと共に生きる決心をしてくれたきっかけになった日。その後何か言っていたっけ? ううん、何も。何も言わなかったけれど、誠さんにとっても私にとっても記念になる日には違いないです。結婚記念日や誕生日とは違いますが、2人だけでお祝いをしたい。昨日の明後日ですから、明日、になりますか)
掛け布団を庭にある物干し竿にかけながら考える。
(明日はどのようにその記念日を祝うべきでしょうか? これは2人の大事な日なので、神奈子様と諏訪子様には秘密にしましょう。後で知れば怒るかもしれませんが、それならその時は来月の誠さんが来た日を記念に4人でお祝いしましょう)
幸せな明日に思いを馳せて台所を覗く。彼はいなかった。
台所のお米が使い切られている。昨日の夕食で残りが無くなった? まだまだ蔵の方にあるはずだから取りに行けば済む話だ。ああ、そうか。彼はお米を取りに蔵に行ったのだ。そう考えれば辻褄が合う。
早苗は台所で味噌汁の準備をする。お新香を用意し、ご飯以外の準備を粗方整える。
遅い。お米を取りにいくだけでこれほど時間がかかる訳が無い。思い違いをしていたのかもしれない、そろそろ2柱が起きて来る時間だ。
(お味噌汁をお椀に注ぐ前に蔵の方を見てこなきゃ。誠さんはお米を取りに行ったんじゃないかもしれない)
早苗は台所を出て神社の裏にある蔵の方へ歩いてゆく。鍵がかけられている筈の蔵の扉が半開きになっている。やはり誠が開けたのだろう、戻っても良かったがここまで来てしまったのだ、早苗はそのまま蔵に入り。
「何かお手伝いできることはありませ」
神奈子と諏訪子は急に冷え込んだ朝の寒さで目が覚めた。神である2人は厳密には食事も睡眠も必要としてはいない。だが2人に対して信仰という形で与えられるものの多くは生贄であったり貢物という名の作物だったので、一応昔から頂いてはいた。
この幻想郷に来て、3人は1つの家族として暮らしていくこととした。早苗は人として神になった時、自分の親や友人との心が離れていくことを感じた。そして2柱の存在を維持するために幻想郷に来た時、それらとの距離は2度と越えられぬものとなった。だから3人で家族になったのだ。一緒に食事をし、暮らすことにした。
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!!!!!!!!」
「ふえっ!?」
「んあっ??」
寝ぼけた頭に遠くの声が響く。間の抜けた声を出したが徐々に意識が覚醒していく。
声の主は早苗だった。その言葉の意味するところは分からないが、それが尋常ではないことは理解できる。それは叫びだった。意味の無い言葉、絶叫、何かが起きていて、何かを訴えている。それが何かを表現できない程の何か。
2柱は顔を見合わせると寝巻き姿のままに走り出し、声のする方向、神社裏の蔵に向かって駆け出した。
「ぁーーーーーーーっ!! やーーーーっ! イヤァーーーーッッ!!!!」
近づくに連れて徐々に聞こえる声が大きくなり、そして意味を成すものになって言った。
「どうした! 早苗!」
「なにがあったの!」
「イヤッ! いやです!! なんでナンデなんデ何で…………!!!!!」
そして見た。蔵の梁からぶら下がっているものを。
叫び声を上げ続けて喉を枯らしかけている早苗が、叫びから言葉の羅列に変わっている間。後から来た神達は絶句していた。
だが、自分達の目の前に全ての絶望を背負ったものが居る。それだけを糧に2人は冷静に行動することができた。
神奈子は彼の身体を抱え上げ、輪の部分から首を離してやった。そのまま肩に抱え、ゆっくりと床に降ろして横たえてやった。
諏訪子は彼の足元にあった封筒を開いて中の手紙を取り出した。
早苗は諏訪子が手にした封筒には触れてもおらず、神奈子が降ろした彼の身体を見ることも無かった。ただただ2人が来たときには膝をついて床を見つめ、涙を流して言葉を繰り返していた。
無駄だと分かりつつも神奈子は彼の心臓に触れて鼓動を確かめる。そして彼の両手を取ってやり、臍の上で重ねてやる。
「まったく……、なんて顔をしてるんだい……あんた」
「私本月本日を以て目出度く死去致し候。此の度御報告仕り候也」
諏訪子が手紙を読み上げる。
「どうして…っ。どうして…… どうして どうしてぇぇぇぇぇえええええええ!!!!!!!!!!!!!????????????? 」
「ばあっ! うらめしや〜」
「うわわっ!」
男が昼に林道を歩いていると前方にいきなり傘を持った少女が飛び出してきた。彼は歩きながら考え事をしていたので、目の前に彼女が現れるまで全く気づいていなかった。
彼女は年のころ15〜17くらいの愛らしい少女であり、お世辞にも彼女を怖いなどと思うものはいないだろう。だが、彼も怖がったわけではない。ビックリしたのだ。いうなれば何の気なしにドアを開けたら目の前に人がいたときの様な。
怖さなど微塵も感じなくても驚愕というものはありえることだ。
「あははっ♪ 驚いた〜 驚いた〜 ああ、久しぶりにお腹が膨れるわぁ」
当の彼女は男が驚いたことがさも嬉しいようだ。男もビックリしたのは彼女が飛び出してきたことだけだったので、今になって彼女の容姿を観察する。空色の髪、色の違う両の瞳、そして手に持つは紫色の傘。傘には目と口と舌がついていた。……夜道で傘の方を見かけたら恐怖したかもしれない。
彼女は妖怪の類だということはすぐに思い至った。これから食べられてしまうのだろうか?
「ま、待って、待ってくれ。そんな、この辺には人間を食べる危険な妖怪は出没しないって聞いていたのに」
彼女はお腹をさすりながら彼のほうに向き直る。
「あたし? あたしは人間なんか食べないよ。う〜ん、正確には人間を食べるといっても、血を食べたり身体を食べたりする妖怪もいるけど、私はその人間の心を食べるの。驚かせるとお腹が一杯になるの」
「心を? それじゃあ俺の心の一部がなくなってしまったのか?」
彼は青ざめて彼女を見据える。身体を食べられたり血を吸われたりするのも御免被るが、心というのが自分の中からなくなってしまうのも嫌だ。心とは記憶だろうか? それとも感情のことだろうか? 彼は目の前に妖怪の少女がいることも忘れ、ここ最近の楽しかったことや嬉しかったことを思い出そうと努めた。
……普通に思い出せた。彼はある意味、自分が危険かもしれないことを失念しているが。
「嫌だなぁ、違うよ。あなたが驚くだけで私はお腹一杯になるのよ。何か無くなっている訳じゃないから安心していいよ」
「なあんだ。そうかぁ」
男は心底ほっとして肩の力を抜いた。普通の幻想郷人が彼とこの少女のやり取りを見ていたら、このような落語を創っていただろう。彼は危機感を食われている、と。
「アハハ。あなた面白いねぇ。ここ最近は誰も驚いてくれないからお腹減ってたところだったよ。あなたのおかげで何日か食べつなげるようになったよ、ありがとう」
妖怪に感謝されてしまった。それも食べられてくれてありがとうだと。
「俺以外の人間は驚かないってのか? 誰だっていきなり目の前に人がいたら驚くだろう。別に妖怪でもない、普通の人間だったとしても驚いてたぞ」
(あんた普通に可愛いし、こうやって見ると怖くないしな)
「そうかなぁ? じゃあ何でみんな驚いてくれないんだろう。里の中には入れないから、あなたの言う普通の人間でも驚くかは分からないけど、ここいらを通る人間は皆、私の姿を見るとじーっと目で追ってきて、私がばあっって言うと冷たい目で見つめてくるの。酷い人なんかその後で溜息を吐いたりするのよ! 失礼しちゃうわ!」
「それって明らかに脅かす前にばれてるじゃねえか」
「ばれてるって? 私は唐傘お化けよ、傘に目と口と舌が付いていて動いてたら怖いでしょ?」
確かにそれは怖い。そういったことを全く経験していなかったり、そのような存在がいることを信じていない者からすれば。
「でもここって幻想郷だろ? 神様や幽霊、それに人を食べる妖怪が普通にそこらへんにいるし、相手によっちゃあ命にかかわる恐ろしい敵って事もある。あんたをお化けだからってだけで怖がってくれる人間は少ないだろうし、俺はあんたのことを知らなかったけれど、もしかしたら里の連中はあんたの情報が出回ってるんじゃないのか? 驚かすだけの妖怪、実害なし、危険度極低、とか書かれてるとか」
「うええぇぇ〜〜!? マジで!?」
「いや、予想だけど」
今度はこの唐傘少女がビックリ仰天して凹んでいる。
「そんなぁ〜。もうこの幻想郷で生きていけない〜(泣」
「あのな、正直あんたに驚いた自分が情けなくなってはきたけれど、少なくとも俺は驚いている。それはあんたが出てくるまで全く気がつかなかったからだよ。さっきも言ったけど脅かす前にバレてたら誰も驚かないっつーの」
「じゃあ、ぬしさまの前に出てきたら、毎回驚いてくれるの?」
少女は目をウルウルさせて男の顔を覗き込む。彼には理解できなかったが、彼女にとっては死活問題一歩手前。おまんまの食い上げなのだから。
「問題はそこではなくて、ようは驚かせるには直前まで相手に気取られずにいてだな、いきなり眼前に飛び出して……ワッ! と大声で……どうした?」
「うわっ! びっくりしたぁ」
「オイオイ」
「ふむふむなるほろなるほろ。そうしたら皆驚いてくれる?」
彼女はふんふんと首を上下に動かして頷いている。
「まあ、普通の人間なら驚くだろうな。俺のケースからすると、あんたの腹が膨れるには怖がってる必要はなさそうだし」
「そっか〜。あたしは最初っから姿がばれてたから驚いてもらえなかったのかぁ。ってことは同じ人でもちゃんとやれば驚いてくれるのかな? ぬしさまはどう?」
(ぬしさま?)「そうだな、まあ俺も普通の人間だと自負してるし、普通の人間は反射ってやつがあるから、いつでもそういうことに気がまえているような状態の人間でもなければ驚くと思うぞ。あと、どっちかって言うと俺はビビリだからな。幻想郷にも慣れてきたけどまだまだって感じだ」
「慣れてきたってどういうこと? ぬしさま外から来た人なの?」
少女はビックリした。男は最初の1回だが、少女の方はもう3回も驚いている。この妖怪少女が人に驚かされた分だけ腹が減る体質ではなくて良かっただろう。
「ああ、そうだよ。それでももう5年くらいになるかな。5年前は16のガキだったから逆にこっちに慣れちまったよ。家に帰りたくもなかったし。……ってか、ぬしさまって何?」
「あんさんのことだわさ。たびたび驚いてくれるならこれからもお世話になるかと思って。他の人で失敗してお腹空いたら食べさせてもらおうって決めたの」
「勝手に決めんな。俺はお前の非常食か」
「まあまあ、よいではないかよいではないか。どうせ何も減らないんでしょ? 驚いてくれるだけでいいんだよ。ぬしさまは何も失わないし、あたしはお腹一杯になる。ギブアンドテイクって関係になろうよ」
「お前から何も貰ってねーよ。ってかお前、さっきから口調が変化しすぎだろ! どんなキャラでいこうとしてんだよ」
憮然とした表情で答える。さっきから口調が変化しているのはこの男も同じだ。最初は“あんた”と呼んでいたのが、いつの間にか“お前”になっている。
「元々は雅なお人が持ち主だったんでありんす」
「嘘こけ」
「ひどーい」
「「……プッ、アハハハハハハハハ」」
2人はお互いを睨み合い、そして同時に噴き出した。
「ねえ、あたし小傘。多々良小傘って言うの。ぬしさまのお名前は?」
「ん、俺か。俺は誠って言うんだ。小傘か、そのままだな。それって自分でつけたのか?」
「だってしょうがないじゃん。今まで傘だったのが、ある日妖怪になってたんだから。私以外の付喪神にも何回か会ってお話したことあるけど、皆近くにあった物や自分の元々の名前を入れたり気分でつけてたわよ。ちなみに多々良ってのは私の傘の作ったとこの名前みたい。人なのか土地なのか分からないけど」
「ブランド名ってことか」
「? それより誠さん。あたしがお腹空いたら驚いてくれる気は無い?」
「まじで非常食扱いかよ。そんなに度々驚いてもいられねーぞ。っていうかお前それでいいのか? お化けが人を驚かすのって、食事じゃなくてアイデンティティだろ常識的に考えて」
「いいのいいの。第一このまま里の人を驚かせてても飢え死にしちゃいそうだし、へたすりゃ退治されかねないもん。でも誠さんはどこに住んでるのさ? 里の人じゃなさそうだけど」
彼はこの質問にちょっとだけ言いよどんだ。外から幻想郷に来た者が辿る道は大きく分けて3つ。
1.妖怪に食べられて死ぬ
2.博麗の巫女の下までたどり着き、外に返してもらう
3.幻想郷に居つく
この中でも3を選んだものにはさらに分岐がある。それはどこに居つくかということである。といってもまともな人間は人里以外に行く事は無いし、行っても生き延びられない。但し、人里が受け入れてくれるかどうかは別の話だ。そもそも元の世界に返らないことからして変わり者であり、そうでなくても人里は人里の文化や都合がある。例えば仕事がなくて食料も無いとくれば受け入れる事は難しいし、外来人の方がまるで違う文化になじめないこともあるだろう。
彼は幻想郷に居つくことを若くして決断したが、人里の雰囲気にはなじめずにその外で暮らすことにした者だった。そういった人間もそれなりにいて、20人ほどのコミュニティも形成されている。彼らは基本的には自分1人で生活している者が多いが、家を作ったりするときには共同で行ったり、情報を交換し合ったりして暮らしている。物が入用になれば生活の傍ら作ったものや、採集及び狩猟の獲物を里に売りに来ればいいのだ。
「まあ、そんなとこだ。腹が減って俺を驚かすって言うのはかまわないけど、毎回ちゃんとやり方を工夫して驚かせよ。さっき俺が驚いたのも考え事しながら歩いていたから、お前に気がつかなかったってだけだ。小傘が危険な妖怪じゃないって言うなら別に何度出てきてもいいさ」
「本当に!? 私のほうから何かしなくてもいいの? ほらギブアンドテイクってやつ」
「何か出来るのか?」
小傘は胸を張って言った。
「もちろん! 私は人を驚かす程度の能力の持ち主なんだよ!」
「今まで失敗してるじゃねーか。それに俺には別に恨んでる人間もいないから必要ないよ」
「じゃあ、どうすればいいの?」
小傘は瞳をウルウルさせて男の顔を覗き込んだ。
「うっ、ま、まあ次に俺を驚かせるときまでに考えてくればいいんじゃないか? 今日のところはお前の勝ちって事で、次からは腹を満たしてくれるお礼でも用意してくれよ」
「うん、わかった♪」
(でも俺を驚かせるのに成功したら、次も勝ちなんじゃないか? ってか食事だけならそもそも驚かせたらどっか飛んでけば良いんだし)
小傘はニコニコして彼の顔を見つめている。彼もまた、頬が緩みそうになるのを堪えているようだった。
「ばあっ! たあっ!」
「どわーーーっ!!?」
誠と名乗った男が林の中で野草を採集していると、急に大きな声が聞こえた。顔を上げると紫色の傘が真っ直ぐ自分に突き出されてきた。中腰だったので避けようとして後ろにひっくり返って尻餅をついてしまった。
「えへへへへ〜。驚いた?」
「牙突ゼロスタイル!?」
「? ふへーお腹が満たされていくぅ〜。5日ぶりの美味しいご飯だよぅ」
「あれから俺以外は全滅したのね(^^;」
小傘は誠が屈みこんで地面の野草を摘んでいる時に音も立てず正面に回りこみ、彼に自分の傘で高速の突きを繰り出したのだ。誠はそれをすんでのところで避けることに成功したが、勢いを殺しきれずにバランスを崩してしまった。
小傘は小傘なりに加減していたので、もし避けきれずに額あたりに当たったとしても大した怪我はしなかったはずだと思いたい。
「そうなの〜、言われたことを参考にして気づかれないようにしてから驚かしたんだけれどね、皆ちょっとだけビクってしてから睨んでくるの。ビックリはしたらしくてちょっとだけ食べた気にはなるんだけれど、あんまり美味しい感じじゃなかったなぁ」
尻餅をついた彼に小傘は手を差し伸べて引っ張り起こしてやる。自分より年下にしか見えない少女なのにとても強い力で腕を引いた。誠は彼女が妖怪であることを改めて認識させられた。
「それにお兄さん以外に突撃したら退治されちゃうかもしれないし」
(今度はお兄さんか)
「俺もそこまで良いといった記憶は無いのだが」
「だってお兄さん里の人じゃないでしょう? そういう人が1人くらい消えても妖怪退治の巫女は動かないし〜」
「可愛い顔して不穏なこと言わないの!」
「ほへっ。あ、あたし可愛い顔して……る?」
ひょんな発言の言葉尻を捕らえて小傘は赤くなった。
「あー、いやそういうのは言葉のあやってやつだ。まあ、そうだな……可愛くないわけじゃないし、……女の子としては良い線いってるんじゃないかな」
「女の子として? 人間の女の子としてってことかぁ…… それは、そうだよね」
(そういやこいつ妖怪なんだよな。人畜無害な上にこれほど間が抜けてるが、俺よりも力持ちなのは間違いないしな)
「……そういやさ、今度来るときはお礼を考えてくれるんじゃなかったのか? 何かお礼してくれないの?」
「そう、それ! それを考えるのにこんなに時間がかかっちゃったんだよぅ。お腹ペコペコで考えられなくなりそうだったけど」
(自分が言うのもなんだが、別に無理にしなくてもいいんじゃないか)
「それでね、お兄さんこの辺で食べ物探してるんでしょ? ここら辺に来る人は皆そうだよ。あたしは食べ物要らないから、お手伝いしてあげようと思ったの。そうすればお兄さんは倍の食べ物を持って帰れるでしょ? 私もお腹一杯、お兄さんもお腹一杯になるの! どう?」
「あー……、うん。いいね、それ。いや、考えていたよりずっとまともだし、ずっと現実的でビックリしたわ。なんていうか、普通に嬉しいよ」
「うわわっ! またちょっと食べた感が!」
「そんなんでかい!」
彼は反射的に右肘から横に90°の位置を手の甲で切っていた。
「でもお兄さん一体何を考えてたの? そっちの方が嬉しいならそうしてあげようか?」
「いやいや、小傘が一生懸命考えてくれたお礼で十分だよ」
彼は1人で暮らして何年にもなるし、若い男でもある。5日前に初めて会ったとはいえ、彼自身が評したように可愛らしい少女の姿をした小傘のことを思い出して“する”こともこの数日にはあったし、その前段階として妄想することもあった。
だが、世の殆ど全ての男がそうであるように、彼もまた願望と妄想は現実と切り離して区別し、紳士的に振舞うことが出来た。
「じゃあお兄さんが教えてね、あたしは今まで人の食べ物を探した事が無いから分からないもの」
「ああ、じゃあまず今まで取った分がこのかごの中にあるから、こいつを見て食べれるのを覚えるところから始めるか。俺もそうやって教えてもらったんだ」
「は〜い」
2人は男の背負ってきた籠を野草や果物、茸などで一杯にしてから帰路に着くことにした。小傘は空を飛べたため、背の高い木に生っている物も取れた。
「ありがとう、小傘。俺1人じゃあこんなに取れなかったから、とっても助かったよ。俺のほうが何かお礼したいくらいだ」
「ううん。いいのいいの。あたしも楽しかったし。でも人間ってこんなの食べるんだ、食べるってどんな感じなんだろう?」
「なんなら家に来るか? これから料理したりして食べさせてもいいぞ。半分とは言わないけど3分の1くらいは小傘が取ったんだし。それに食べ物でも腹が膨れるなら、もう人を脅かさなくても別の生き方が出来るじゃないか」
普通に考えれば、誰かを驚かせるだけで生きていける方が、エコというか何というか。まあ、便利な体といえるだろうが。
「そっかぁ。でも私は生まれたときから……ああ、この姿になった時からってことだけど、人を驚かせることが食べるってことだって決まってたみたいにわかってたから。今まで考えもしなかったよ」
「じゃあ何で口がついてるんだよ? 口がなくても人を驚かせれば腹が膨れるんだろ、口が無くても生きていける気もするけど」
「口が無かったらお話できないじゃない。それとも誠は私みたいな妖怪は口が無いほうがいいの?」
ちょっと想像してみた。のっぺらぼうみたいな小傘、お化けとしてはそっちの方がらしいといえばらしいが、なしだな。と彼は結論した。口だけ無いにしても顔が無いにしても、目の前の人間にしか見えない少女に当てはめると、ただの畸形になってしまう。それを“アリ”と言える人は特殊だろう。
「いや、今のままがいいな」
「でも今までは何かを口に入れたことってほとんど無いんだよね〜。たまに水は飲むけど」
「それは、気が向かないってことか?」
彼の言葉に小傘は首を振って否定する。
「ううん。食べてみたい!」
「そっか。じゃあ家に帰ったらこの5年で鍛え上げた男の手料理をご馳走してやろう」
「うわーい。男の手料理、男の手料理ぃ♪」
(強調すべきはそこではないぞ)
「ほら、お待ちどう」
「これ、なあに?」
皿の上に並ぶは野草のおひたしや果物を切り分けたもの。そして里で交換してもらったお米で作ったお粥、もちろん野草なんかが入っていて塩などで味付けだけの簡単なものだ。
「もちろんさっき俺たちが採ってきたやつだ。このお粥の白いお米以外はな。だけどこの米だって俺が持ってった物と交換してもらったもんだから、小傘は食べる権利があるぞ」
「ふーん。野山や林にあるものってこうやって食べるんだ? 前に一度だけ食べるってことを真似しようとして口に入れた事があるけど、……口の中が苦くなったからやめたの」
(そいつが山菜か雑草か知らんが、生で放り込んだらいずれにせよ不味いだろうな)
「まあ、苦いって事が分かったってことは味覚はあるんだろ。この果物は甘いから食べてみるといい」
「いただきまーす」
パクリ、と小傘は切り分けられた林檎の一切れを口に運ぶ。シャリシャリとそれを噛み砕く音が聞こえ、ゴクリと飲み込まれていくのが分かった。
林檎を切った彼は、その一挙一動を眺めていた。彼自身、身体の中に暖かいものを感じる事が出来た。ここに来てから数年感じた事が無い、いや元の世界でも何年も無かったかもしれない。どんなときに感じた気持ちだったろうか? 心の中を手繰ってゆくと6歳のときに死んだ祖母が教えてくれたような気がした。
「おいしぃ〜。これが甘いってことなの?」
彼女の感想が紡がれて、彼はこの世界に引き戻された。
「ああ、まあそういうことになるな。どうだ? 空腹が満たされるような感じはするか?」
「お腹が一杯っていう感じじゃないなぁ。美味しいし、お腹の中に物が入っていったのは分かるけど……なんか別なことのような気がする。せっかく作ってくれたのに、ごめんね」
「いや、いいさ。これは手伝いのお礼だし、それに美味しいってのは間違いなく感じたんだろ? そいつで幸せになれればいいのさ。人間もやばいくらい飢えてなけりゃ、食事は楽しみの1つとしてするのが普通だからな」
彼が小傘の食事を見て満たされる気がしたように、満足という物は身体と心とで別々に感じるものなのだろう。命の維持に重要視される事柄が、人は身体の方であり妖怪は心の方であるというだけの違いなのかもしれない。
「うん、美味しい! もっと食べてもいい?」
「おお、食え食え。甘いのとは違うが、こっちのおひたしや粥も別の美味しさがあるぞ」
命を繋ぐために必要な食事ではなかったが、身体の満腹というのは小傘にとって新鮮な幸福感だったようだ。人としてはそれほどの量ではない食事をして小傘は満ち足りた気分を得られたようだった。
「誠はいろんなこと知ってるね。ねえ、人をとっても驚かせる方法って分かる?」
「そうだな、今日の方法は悪くは無かったんじゃないか、かなりビビッたし。攻撃するのもいいけど、ようはやり方とタイミングの問題だろ。相手が油断しているときを狙うのが一番だよ、ぼーっとつっ立ってたり、あるいは座ってたり。ニヤニヤしてるやつなんかカモだろうな。幸せそうにしてるやつって言うか、そういうやつは先の事とかの考え事してるって言うか妄想してるって言うか……。まあ、そんなやつを後ろから大声で脅かせば相当びびるな、うん」
「ふ〜ん」
2人は楽しく会話しながら食事を終わらせ、片付けをしながら誠は普段の生活などについて小傘に語り、小傘は自分のことなどを話した。
多少夜も更けてきていたが、小傘は妖怪であることだし、スペルカードバトルではそれなりに強いとのことで帰ることになった。
小傘はそもそも男の家で泊まることに考えが至らなかったし、誠も小傘に泊まっていけと言う事が出来なかった。(こいつの方は考え過ぎたためである)
「ばあっ!」
「うおっ!!」
誠が林道を歩いていると、林の影から小傘が飛び出してきた。初めて会ったときからもう3ヶ月くらいになる。度々驚かされていれば慣れようものだが、小傘の方も誠が毎日のように驚いてくれるから一度の驚きはそれほど大きくなくてもいいようだ。彼にしても小傘が来る事は分かっているのだから、出没しそうな所では警戒すれば驚かなくても済むのだが、そうはしなかった。
「えへへ♪ 今日は何するの?」
2人は協力して狩猟や採集をするようになった。一日家にいた日などは小傘の方から訪ねて来て、ナイフを使った簡単な道具作りや狩猟で仕留めた獣の皮を使ったレザー製品(自分でも使うが、里に卸しに行く事が多い)作りも手伝ってくれた。
「ああ……。今日はもう十分採れたからこれから帰るところだよ。一緒に来て欲しいんだけど、大丈夫か?」
「うん! じゃあ今日はまたお裁縫のやり方を教えてよ。誠の家でお裁縫の続きする〜」
「ああ、まあそれはいいんだけれど、ちょっと話したい事があるんだ。話を聞いてくれるか?」
「え? 別にお話なら今もしてるよ。今も誠のお話聞いてるよ」
小傘は前に回りこんで彼の瞳を覗き込んでくる。オッドアイのクリアな瞳に見つめられて、彼は恥ずかしくなって眼を逸らしてしまう。
「い、いや、そういうわけじゃなくて、なんていうかちゃんとした話っていうか……。とにかく家に帰って飯を食ってから話すからついて来てくれ」
小傘はいつもと違う様子の誠に不思議がりながらも了承した。
「ふぅ……。ご馳走様でした。それでお話ってなあに?」
結局夕食を作るときも、食事中もその話は出来なかった。誠はたびたび口を開きかけたり、まごまごもじもじと身体を揺らしたりしていたので小傘は一層不思議な顔をしてその様子を見ていた。
「あ、ああ。前にさ、小傘は住んでる所が無いって言ってたじゃん」
「うん、無いよ。どこかに住んでるのは人間や一部の妖怪ぐらいじゃないかな? 後は巣を作る動物とか。私は食べ物が必要ないから私自身が移動するだけで良いんだもん。物とか場所とかも必要ないしね」
「外で生活してると雨の日とか大変じゃないか?」
「私、傘なんだけど」
そうだ。彼女は付喪神なのだ。元々はモノである。彼女は食事をする必要は無く、自身がモノであったから物を持つ必要性が無い。人間によく似た姿をしてはいるが、代謝を行っていないから服が汚れたりもしない。そもそも食べ物を食べずに体が維持されているのだから。
「でもさ、俺ンところに来て色々やってるのって楽しいだろ? ご飯とかさ、食べる必要は無いかもしれないけど、食べると美味しいし楽しいだろ?」
「うん、楽しい! 今まで色々なところに行ったりしたけど、行ってそこで休んでるだけだったから。ずっと同じところにいるのにやることは一杯あって、それでいろんなことを教えてもらって出来るようになるのがすっごい楽しいよ!」
「そ、それでさ、えっと……。その…………」
「……さっきからどうしたの? 今日の誠は変だよ。もしかして誠、私がいると迷惑? 私のこと嫌いになっちゃった?」
「ち、違う!! 俺、、おれお前の事が好きだ! その、だからよかったら、俺と一緒にここで暮らさないか? いや、暮らして欲しい。小傘が良ければ、俺とずっと一緒にいて欲しいんだ!」
小傘はキョトンとしてしまった。さっきまで言い出しにくい事があるようにモジモジしていた彼を見ていて、その上で彼が言い始めたことは自分の住処のことだった。だから小傘は誠が自分にはもう来て欲しくないと、自分とは会いたくないと言われるのかと思ってしまった。少しだけ涙が出てきて、すぐに否定された今も細い涙の筋が顔を通っていた。
「えっ?」
思わず聞き返してしまう。誠は自分のことを好きだといい、一緒に暮らしてくれないかと言った。想像していた真逆だったので対応できなかった。
「お、俺と一緒に暮らして欲しい! 今までどおり一緒にいろんなこと手伝って俺を助けて欲しい。俺も小傘が食うに困らないようにするから!」
無粋なことを言うとすれば、小傘が食うに困らないために必要なのは己1人。維持費はかからないが、まあ、古典的なプロポーズだった。
「うええっ!? でも私妖怪だよっ。妖怪と人間って一緒に暮らしたりしないものじゃないの?」
これはこれで偏見があるかもしれない。しかし、実際はそのような選択をする妖怪も人間も少ないだけだ。大抵は利害がかち合うか、一方が捕食される関係なのだから。
「俺は構わないんだよ! 小傘と一緒にいたい! だから小傘はどうなのか知りたいんだ、小傘が嫌なら無かったことにしてくれていい。でも、もし良かったら一緒に暮らそう。実際今までずっと一緒にいたのに、夜になると小傘だけ外の誰もいないようなところで一夜を明かすなんて俺が嫌なんだ!」
「でも、でもあたし傘だし、人間に捨てられた気味の悪い色の傘だよ? 誠はそれでいいの? 人間って人間同士で一緒に暮らしたり、人間の女の人と同じ家にいるものじゃないの?」
「俺、小傘のことは人の姿をした女の子としても、傘がお化けになった付喪神だとしても好きだ。だって小傘は俺の手伝いをしてくれて、ずっと俺のことを助けてきてくれたじゃないか。俺は今まで使ってた包丁やハサミに愛着って言うか、そういうのがあるから絶対に捨てたりしない! 必要なら研いだり磨いたりして大事にする! それに女の子としての小傘は滅茶苦茶可愛いし、里の女の子よりもずっと好きだ、だから一緒にいて欲しいんだ」
彼自身何を言っているのか途中から分からなくなった愛の告白だ。
だが、小傘には2つだけ響いた言葉があった。“捨てたりしない”、“大事にする”。それだけで十分だった。
「うえっ。うええっ。うえーーーーん」
声を上げて泣いた。もし、小傘が俗に言うお化けと同じように、未練を果たすと成仏してしまうのであれば、この時消え去っていたのかもしれない。
小傘と暮らすようになって随分経つ。元々が里からも離れて孤独に暮らしていたのだし、自立して5年にもなっていたので必要以上にはぐれ者コミュとも関わっていなかった。里に商売しに行くなどもしていたし、その時は小傘には留守番してもらっていた。友人や先輩たちとも会っていないわけではない。
だが誰も家に招かなくなったのは確かだった。それを心配した先輩の1人が家を訪ねてきたのだ。
「よお、まこ……と?」
目の前にいるのは可愛い後輩ちゃんと、少女。いやいや彼女の瞳からして普通の人間じゃなさそうだ。
「えっと、こんにちは」
「ああ、うん。こんにちは」
(んだよ、なんにせよ可愛い子と……こりゃ同棲か? 俺ですら10年男やもめ生活なのに妬ましい。パルパルパルパル)
「あの、先輩今日は何の御用で?」
「あん? お前が最近付き合いわりぃから見に来てやったのになんだこりゃ? 女と暮らしてたから俺たちはシカトこいてたのかよ。ひどいっ! あんなに色々してあげたのに、他に女が出来たら捨てるなんてっ!」
「いやいや意味分からないし;」
「誰?」
「俺はこいつが幻想郷に来たときから面倒見てるんだ。他にも何人かそういうやつらがいるんだけど、最近こいつが会いに来てくれないから皆寂しくってよ。いつの間にこんな可愛い女の子とあらあらうふふな関係になってたか知らんが、こりゃ一発シメにゃならんな」
それにしてもこの先輩ノリノリである。
「あ、あの、それには事情があって……」
それで小傘は察した。事情って私のことだ。私が妖怪だから誠は誰とも会えなかったんだ、と。
「ああ、そこのお譲ちゃん。妖怪だろ? とはいえメチャクチャべっぴんさんじゃねえか。どこまでいってんの?」
「驚かないんですか? 僕の彼女は妖怪、って言っても小傘は人を襲ったりしない子ですけど」
「だからもう驚いてるだろうが。小傘ちゃんか、あっさり彼女宣言しやがって。お前に先を越されたことも驚いてるし、その相手が人間じゃないことにも驚いてるよ」
妖怪の小傘にはここら辺の機微、人間同士の関係というのはまだ難しい。少しずつ彼と付き合うことで学んできたものもあるが、彼の友人・知人については話で聞かされたことだけだったので、悪い人という印象は無いが。
「……僕はどうなってもいいんです。ここから出て行けといえば出て行きます。それでも小傘と一緒にいたい」
「だぁれがお前に出て行けっていったんだよ? 勝手に話を進めんな。それとな、お前はしらねえかもだけど俺達の中には結構いるんだよ。適わぬ恋に生きてるって奴らがよ……」
そう言って彼は遠い眼をして思いを馳せる。キモイ。
「適わぬ、って」
「まあ、皆気恥ずかしくってあまり人には言ってないけどさ、俺は結構知ってんだ。例えば普通の人間じゃないって噂の竹林の永琳先生に惚れてるやつとか、八目うなぎ屋の妖怪の女将さんのとこに足しげく通ってるやつとか、布袋なんか一度だけ見たって言う幻想郷最凶の妖怪八雲紫に惚れ込んじまって、毎日のようにその妖怪にスパンキングされる妄想にふけってるって言ってたぞ。まあ、そんな連中だから里から離れて一人で暮らしてるのかもしれないし、俺としてもお前に茨の道を開眼させたくなかったから今まで黙ってたんだけどな」
「スパンキングってなに?」
「人間のことには知らなくていいこともあるよ」
「つまりだ、俺が言いたいのはテメエウラヤマシイゼコノヤローってことだ。ここは幻想郷だからよ、別にいいんだよお前らがよければさ」
そう言って少し話した後で彼は帰っていった。誠は自分が抱えていた悩みがすっと小さくなっていったのを感じて先輩と友人たちに感謝した。
「結局何のお話だったの?」
「ああ、あの人は俺たちみたいに人と妖怪が付き合っても問題ないって教えてくれたんだ。いい人だろ?」
「本当に!? とってもいい人だね。里に住んでない人はみんな誠みたいに妖怪を差別しないのかな?」
「そんなことも無いんじゃないか? むしろ里より妖怪の危険は身に染みてるはずだし……。まあ変わり者が多いんだろう、こんなところに居ついたうえに人の中で暮らさないんだから」
「ふーん。人間も大変だね」
夜が更けていく。
「ねえ誠、前にさ、日付とかって教えてくれたじゃん?」
そんなこともあったかもしれない。小傘達定住したり農作業とかしない妖怪は暦の概念が無くても不思議じゃない。実際自分にもほとんど必要ないから忘れそうになる。
「前って言うけど、1年以上前じゃなかったっけ? もうそろそろ2年になるんだなぁ、俺たち……」
過去を思い出してしみじみという。2人で一緒に暮らすようになってかなり経った。自分達のことははぐれ者コミュの人達はほとんど知っているといっていい。だけど余計なトラブルを招かないように里やその他の妖怪達には秘密にしている。小傘自身それほど外出しなくなったので天狗なんかにも見つかってないのだ。そもそもこんな辺鄙なところにこないし、自分のような小物の人間に興味を持つ高等妖怪もいないと言ったところか。
「やっぱり覚えていてくれたんだ。明日で私たちが出会ってからちょうど2年になるんだよ! ちゃんと数えたもん」
「え!? そうなの? っていうか出会ってからなんだ。俺は後3月程すれば一緒に暮らそうって言った日にはなるだろうなとは思ってたけど」
「ひどーい、忘れてたの〜? それに暮らし始めた日も正確に覚えていないってこと!?」
「いや〜、日付って確認して無いし。よく覚えてたなぁ。でも出会った日よりも暮らそうって言った日の方が印象深いのは確かだけど」
「なんで? 私は誠に会った日のほうが大事だよ。それにここに住むまでだってお話したりご飯食べたり、今と同じことやってるジャン」
「まあそれはそうなんだけど、あれはさ、プロポーズのつもりだったんだよ。今の俺達の生活はほら、結婚した夫婦生活って奴だ。ちょっと違うんだよ」
小傘は一緒に暮らすようになってからとその前をあまり区別しない。ただ今まで外で過ごしていたのが、家の中で過ごし家で寝るようになったというだけのことと考えている。まあ、それ以降2人で共同で行うことなど増えたこともあるのだが、例えば夜の生活を2人がするようになったのは1年以上経ってからの事だったため、それらを関連付けていなかったりもする。
「うん夫婦♪ 夫婦って愛し合っているもの同士がなるんでしょ? 私は誠のこと愛してるし、誠も私のこと愛しているから私達は夫婦だよね?」
「……まあ、実際手続き上の意味しかないよな、夫婦って言葉は。しかも幻想郷じゃ里で暮らしてても手続きする必要が無いくらいらしいし」
「?」
「ああ、それで明日が出会って2年の日だとしてどうするんだ? お祝いでもしようか?」
「そうそう、明日はまた果物を一杯取りに行って夜は果物パーティをしようよ! 私ぶどう酒が飲みたいの、買ってきて〜」
「まあ、蓄えには余裕あるから酒も少し仕入れておいてもいいかな。だけどお前葡萄と葡萄酒好きな? 紫色だから?」
「うん、大好き。それに料理を美味しく食べるには色も大事だって言ってたのは誠だよ。私紫好きだもん、紫色の食べ物の方が美味しく食べれるんだからいいでしょ〜?」
これは小傘が実際の食料というものよりも精神的充足感を優先させるためであろう。その点お酒の楽しみを覚えてからは嵌っている。食事にはそれ程困っていないが、なにぶん彼よりずっと飲むのだ。飲み比べなどしたところであっという間に潰されてしまうし、そのくせ翌日にはケロッとしている。
この頃には彼はほとんど飲まずに小傘に注いでやり、ポワポワになった状態で布団に入ってもらうことにしている。なぜか幻想郷は酒造量と備蓄が異様に多いが、まあこれ以上に飲むと噂される天狗や鬼達の分と考えると納得がいくものだった。
「ねえ、じゃあさ、今夜は……その。しよっか?」
食事を済ませて後片付けをする。2人とも気分が解れるくらいのほろ酔いとなる程度で食後の酒を止め、寝室に向かう。
「それじゃあ最初は舐め合いっこからはじめよっ♪」
そう言うと小傘はささっと衣服を脱ぎ捨てて全裸になり、彼の服に手をかけて脱がせ始める。
食事についてもそうだったが、小傘は自分と他者の事については化け道具と驚かせる相手としか考えていなかった。だから必要の無い知識を余り持ち合わせていなかったのだが、彼が色々と教え始めると好奇心に火が点いたのかあらゆるものを吸収した。性に関する事柄も彼が教えるまでは全く知らなかったし、愛する女性がまったくの無垢なまま傍にいたことで、手を出すのをためらっていた1年近くは彼にとっては天国と地獄だっただろう。
意を決して彼は夫婦の間柄や男女の営み、人間の文化に至るまで遠まわしに何時間も説明して初夜にこぎつけ、以来小傘の方が楽しむようになってしまって主導権を握られている。
「んっ、ふっ、……んくっ。あむっ」
ジュポッ、グチュッ、チュポン
「ひゃあぅ。き、きもひいいよぉ……。もっとなめれぇ〜」
彼女のフェラチオと同時に、彼は小傘の秘所にクンニリングスをする。いわゆるシックスナインと呼ばれる体位だ。
彼とて若くしてこちらに来たのでそれ程の知識を持っていたわけではない。しかし彼の先輩達が彼女がいなかった数年間は自分で慰めるための本などを差し入れし、小傘と暮らしている事がばれた後は何かにつけてエロ知識を吹き込んできた。それらの受け売りを小傘と体現しただけだ。
「ふぁあ〜、じゃあそろそろ入れて欲しいよぉ」
「ああ、じゃあいくぞ」
クチュ、ズヌッ、ズプズプズプ
「んっ、あぁ、入ってくるぅ。あっつぅいのがくるよぉ」
「くっ、小傘の膣内暖かいよ。気持ちいい。もう出そうだ」
「ふえぇっ。もうちょっと動いてよぉ。誠は私の事好きぃ?」
「ああ、好きだ小傘。愛してるよ」
「私も大好き! じゃもうちょっと頑張ってネ♪」
「はい(´`;」
射精感を堪えて高速の前後運動を開始する。小傘の子宮をつつくピストン運動は彼女が最も好きで感じる性行為の一つだった。
「ああっ! ふぁっ! んうっ! い、イクっ! イクよぉっ! きてっ、いっしょにきてぇっ!」
「俺もいきそうだ! 出すぞっ、小傘の膣内に出す!」
ドビュッ、ドピュッ、ドクン……ドク…ビク、ピクッ
彼は長い長い精を小傘の中に放った。彼女の膣を白濁した液が満たしていく。そのままに彼は小傘を抱きしめながら横になる。
小傘は付喪神、からかさお化けだ。彼女は妖怪でもあり、道具に意思が宿り身体を得た存在ともいえる。彼女の身体は人間の女性のそれと全く同じであった。彼は彼女と夜を共にするようになって全て見せてもらった。彼女には性器があり、その先には子宮とみられるものもあった。陰核もあり、それらを刺激すれば快感を得ているのは前述した通りでもある。
だが、一つだけ決定的に人の女の子と違っていた事があった。正確にはその姿に見合う年頃の女の子との違い。
小傘には生理が無かった。
彼女は傘のお化けであると同時に人の姿を完全に模倣していたが、その内部器官のひとつに本来の目的を付随させていなかった。彼女がお化けだから? 妖怪だから? 彼は人づてに幻想郷では人と妖怪、人と幽霊のハーフが存在していることを聞いていた。
いつか彼女との行為が実を結ぶときがくるのだろうか? 今はまだ、子が欲しいと彼や小傘が考えているわけではない。
ただ………、ただ射精後に襲い来る独特な脱力感と嫌悪感が彼に色々と考えさせる。彼の放った精は小傘の中の空白の場所に注ぎ込まれ、それはただ滞留しただけで吸収されるか排出されるかしてしまうのではないのかと。今後何年も小傘と共に生きていったとしても、そして彼女と交わったとしても、その“先”が無いのではないかと。彼は小傘と一緒に暮らせて幸せだった。彼女とエッチが出来て幸せだった。幸せが怖くなってしまうほどに。
無論それでも彼は彼女のことを愛しているだろうし、子を成さないという理由だけで彼女を捨てることなどありはしないだろうが。
「あふぅん♪ とーっても良かったよぉ。だ〜い好きっ、だよっ、誠」
「ああ、俺も小傘の事が大好きだ。……おやすみ、小傘」
「おやすみなさ〜い」
「それじゃあ俺は里に買出しに行くから。果物の方は頼むわ」
「任せといて! 籠一杯に葡萄取ってくるからね」
「いや、それだともたないし。半分もいらないだろ、残りは栗とか柿とかにしてくれよ」
そう言って2人はそれぞれの目的地に向かった。
持ち込んだ保存の効く食物や簡単な道具類を売り、交換に葡萄酒を買ってくる。持っていった空き瓶に2升の酒を酌んで貰って来た。これであの酒飲みも一週間は持つだろう。普段は本人が負担をかけまいと安いやつを選んでいるが、今日は一本だけ高い酒を注いでもらった。彼女が言うようにパーティならばこれ位してもバチは当たるまい。
片手に酒瓶をぶら下げて帰路につく。家まで後四半刻といったところだ。昔は30分と言っていた気もするが、いつの間にかこっちが板についてしまった。片手に5kg近い重さを下げているので、いくら普段から力仕事に慣れているとはいえ少々疲れてしまった。いつも通る道にあるいつも座る場所。道の横で大きな石がテーブルのように自然に平らになっているところだ。
ちょうどいい。酒瓶を吊った布の袋を地面に置き、軽く腰掛けた。まだ小傘よりも自分のほうが早いだろう。
秋の風が顔を撫でる。今日は俺もこの高い酒に口をつけよう。その後は………。
口元がほころぶ。
「ばあっ! とりゃーーっ!!」
これは美麗で情緒的に表現される文学小説の類ではない。
これは精細な性描写で表現される官能小説の類ではない。
これは残虐ないじめで表現される猟奇小説の類ではない。
これは正義も真実も良心も何一つ意味を持たぬ話である。
これは不快でムナクソが悪くなる産業廃棄物の類である。
たんじぇんと
マジックフレークス
作品情報
作品集:
7
投稿日時:
2009/11/29 02:09:37
更新日時:
2020/11/12 13:39:04
分類
オリキャラ注意
主人公に自分を投影しないほうがいいと思いますけど………
なるほどね、早苗に近づいたのは復讐の為だったわけだ。自分と同じ苦しみを味あわせる為に・・・
其の執念、真に恐ろしき物也。
産廃で涙をみるとは
よく分からないまま苦しむのか、自分がしたことを思い知らされて苦しむのか。
面白かった
嗚呼、悲しみで胸が締め付けられるようだ。
こんなのしか知らなくてスマン。
男は早苗に対して憎しみ以外の感情は生まれなかったのだろうか?
まあ、ありふれたネタだからなぁ
いろんな方向性の話をあれこれ試してるのかな
スクロールバー見た瞬間こりゃ長いなと、読み始めは思ったけど気が付いたら読み終わってた
小傘との関係が深まっていく流れが自然かつ丁寧に描写してあるのが
最初から読み返したときの早苗に対する復讐心の説得力につながってる
早苗から求婚されたときの笑顔と、その後の彼の充足感は報復が成功することへの確信だろうな
毒を盛るか不意を突けば早苗を殺害することは可能だったはずだが
それを犯さず、相手にとって理解不能な自殺という選択肢が最も強烈だな
早苗はあの後自殺の理由を考え続けるだろうし、記憶からも消えることがない
性格からして新しい男を作るのはありえない上に、精神的ダメージから仕事も手につかないだろ
深く考えれば考えるほど残虐すぎる産廃御用達のネタですわ
あと主人公に投影した方がこの話は楽しめると思った。
ただ、ただ、悲劇ではあるが不快感はなかった。
殺される前の描写を後に持ってくることで悲しさが後から徐々に溜まっていくのが
米4
文章中からみると理由は書いてないと思う
教えないことで延々と悩ませ続けるんじゃないかな
問答無用で殺しにかかるあたりがやっぱり産廃の早苗さんだ
あぁ、良いものを読んだ。
これで身篭ってれば、夫を自殺させた現人神と神社という事実も知れ渡り信仰は完全にアウト。
先輩友人なんかは事の顛末知ってるだろうしな。
面白い。
誰も救われないな、だがそれがいい
削ってよかった。
殺さないで苦しませると言うのも一つの手かもしれませんね・・・
ダメだ、これ本当に誰も救われんわ……
鮮明に描写されておきながら、肝心な部分をぼかしてるところがまた上手いですね。
最後に浮かべた男の表情、手紙がどこまで書かれていたか。
読み手の想像に委ねられるあたりが巧みです。
かわいいが不覚にも吹いたw フルーツ(笑)
誰一人救われない、圧倒的やるせなさに、良い意味で心が震えました。
まったく胸糞悪くも無いのに、一日たった今でなお、胸に圧し掛かるような鈍痛が収まりません。
自業自得とはいえ、これからの早苗さんを思うと……うぁぁ
しかし、貴方の作品はなんだってこう、レベル高いんだ……すごすぎる。
分かってはいても後半は読むのが辛かった
だというのに前半の早苗さんも、後半の誠と小傘も見ててにやにやしちまう可愛さなのが恐ろしい
それ故にきつい
泣いちまったぜ、ちくしょう!
誠と小傘のまぐわいの最中にはもう落ちは分かっているでしょう。
ゆえに直視できねぇ。
誠さんが暮らした二年間を想像するだけで、ゾクゾクする
貴方の作品好きだけど、「67.17 KBとちょっと長めな上にオリキャラが主人公か…」と嫌煙していた作品がこんなにいいなんて。もったいない事をした。早く読むべきだった。
良い悲劇だ。良質な悲劇だ。
主要登場人物3人全員にすごく好感が持てる。
冒頭で早苗が出てきた時、「ああw早苗w小傘殺してwまた産廃仕様のフルーツ(笑)ですかwどうせこの後調子にのって醜くずたずたにされるんでしょw」なんて思ったが、そんな事は全然なかったぜ… ちゃんと真面目に働いてるだけだった… 早苗さんマジ風祝
米5でも言われてるように、「誠」って見た瞬間に俺も別のストーリー展開を警戒したw
小傘マジ天使 誠パルパルパルパル テメエラウラヤマシイゼコノヤロー
と、ここまで書いて、自分が上から目線な文章しか書けない事に愕然。ち、違うんDA!!本当は普通に感想を書きたかっただけなんだ!!;;