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『かちんっ』 作者: 要介護認定
※『園芸ごっこ』の設定を引き継いでいます。
銃ほど応用が利かない道具も珍しい。倉庫の奥から出てきたリボルバーを手にし、私はつくづくそう思った。
鈍い茶色の光沢を放つ銃身は、片手で持つにしてはいささか重い。一発一発撃つ度に撃鉄を起こさなければならないのも面倒だ。銃全体に走る細かい傷痕からして、祖父がこれを長い間使い続けたのは想像に難くない。もはや古道具屋に骨董品と一緒に並んでいてもおかしくないその銃は、私が十五を迎えると共に祖父が手渡してくれた遺品であり、同時に私が人里を離れる事になった要因でもある。
否応にもその時の事を思い出してしまい、自然と吐息が漏れた。家族殺し。罪状は確かそんなものだった気がする。当時の詳しいことは覚えていない。気がつくと一人荷物を持って森の中に居た。この廃屋を見つけなければ、きっと私も妖怪の餌に成り下がっていた事だろう。もっとも、何よりも大切にしていた弟が死んだ時点で、私は死を容認していた気がする。今となっては過去の事なのでどうにも記憶が曖昧だが、私の危機管理能力が著しく下がったのはその頃からで間違いない。
弟が死んだ瞬間は、今でもありありと思い出せる。珍しい物見たさで銃を弄る弟、それを止めようと大声で怒鳴りつけた私、そして轟音。かつて祖父と共にあった銃は、一瞬で弟の頭蓋骨を吹き飛ばした。滴る血、零れ落ちた脳味噌、四散した肉片。もしあの時弟が銃口を覗き込んでいなければ、ああも派手に飛び散る事はなかっただろう。
あれから九年経った。身体に生傷が増えた。手が無骨なものへと変わった。罠を仕掛けるのが上手くなった。生物を殺すのに躊躇いがなくなった。冬場に食料が足りなくなり、冬眠中の熊を仕留めた事もあった。それでもこの銃だけは使わなかった。
銃は銃だ。ただ引き金を引き、鉛弾を撃ち出すだけの道具だ。こんな重い物を持つぐらいなら短刀の一つでも持った方が便利だ。獲物の皮を剥いだり解体するのに使えるし、特定の傷によっては治療にだって使える。殺すという事でしかその存在意義を確立出来ない銃とは一線を画している。いや、どちらかと言うと、銃が殺す事に特化し過ぎているのか。何にせよ、今の私には必要のない物だろう。
軽い身支度の後、私は家を出た。何時ものように花が訝しげな視線を投げかけてきた。特に気にもならなかったのでそのまま人里へと足を向けた。
不意に何処へ行くのかと問われる。墓参りだと返すと、一瞬の間が空き、ただ一言「行ってらっしゃい」と私に声を投げかけた。
淡白なやり取り。先日剪定したばかりの花は、瞼のない両目で私を見送ってくれた。墓参りという私の皮肉にも何の反応も返さない。やはり所詮は花かと、少しだけ落胆のため息を吐いた。そもそも花に話し相手を求めること自体が間違ってはいるのだが、こうも人間に近い外見をしていると、時たまそれを忘れそうになる。せめて開花の一つでもしてくれれば助かるものだ。
子供達にとって、その場所は格好の遊び場だった。障害物が多く、隠れる場所が多く、何よりもここには口煩い大人がいない。普段なら"危ない""止めろ"と言われて出来ないような事も、その場所なら何でも出来た。時々知らない子が遊びに交ざる事があるが、子供達は気にも留めなかった。子供達は相手の名前なんかよりも遊びの方に重点を置いているからである。
霊園。灰色と黒色の石柱が立ち並ぶその場所は、死者と子供の聖域だった。
障害物が多いのは良い事だ。鬼ごっこの時、逃げれば追い付かれなくなる可能性が上がり、同時に不意打ちされる可能性も上がる。隠れる場所が多いのは良い事だ。隠れん坊の時、隠れる場所に事欠かない。広いことは良い事だ。遊ぶ人数がどんなに増えても狭いと感じる事はない。霊園は、遊ぶ場所にはもってこいだった。
しかし当然の事ながら、本来の目的で霊園に訪れる大人も居る。その度に墓前には饅頭やらお茶やら酒やらが置かれ、大人が立ち去ると同時に、霊園の至る所に隠れていた子供達はそれに群がる。罰当たりも甚だしいが、そんな倫理観を霊園を遊び場にしている子供達に求めるのは少々酷だろう。
その男が来た時も子供達がとる行動は変わらなかった。急いで隠れ、男が霊園を出て行くのを待つ。ただ一つだけ誤算があったとすれば、男が供える物は饅頭や酒よりも魅力的な物だったという事である。
それは不思議な物体だった。ぐにゃりと折れ曲がった茶色い塊。ただ何と言うのだろうか、どことなく歪んだ形状であるのは分かったのだが、遠目だとその細かな形状まではよく分からなかった。
男はその物体と二つの箱を墓前に供えると、両手を合わせて黙祷を捧げた。男は無神論者ではあったが、死者には神も糞もない。誰も死者を冒涜する事は出来ないし、誰も死者を束縛する事は出来ない。ただ男は、静かに祖父の冥福を祈った。
丁度一分。男は黙祷を止めると、来た時と同じように静かに墓前に背を向けた。男が霊園を出ていくと同時にわらわらと墓前に集まる子供達。注目するのは勿論、男が置いていった奇妙な物体だ。
リーダー格の少年が、おもむろにそれを手にとってみた。石の上から少し浮き上がるだけで、それはずしりとした重みを少年に与えた。こんな重たい物を自分みたいな子供が持っていいのだろうか。一瞬だけ臆病風に吹かれた少年だったが、彼のちっぽけな自尊心が手放す事を拒否した。こんな珍しい物は、恐らく一生かかっても手に入らないだろう。少年は直感的にそう感じた。
少年はしげしげとそれを眺める。歪んだ形状は、どことなく家に置かれている手斧に似ている気がした。手斧と違うのは、全体が鉄で出来ている事と、刃の部分が金槌のように丸くて平たい事……そして大きさが一尺程度しかないという事だ。持ち方を変えてみる。ざらざらとした刃の部分は、少年が握るにしてはいささか太い。自然と少年の人差し指が"そこ"へと掛かり、引かれる。当然の事ながら、それだけでは何の変化も返ってこなかった。
ねーねー、貸して貸して、一人だけズルいよ。周りの子供達が少年に不満の言葉を投げる。少年が苛立ったように「うっさいなぁ……ちょっと待ってよ!」と叫ぶと、子供達はその顔に不満の色をありありと浮かべながらも圧し黙った。
ちっ、と、少年の手から音が鳴った。知らず知らずの内に少年の親指が"そこ"に掛けられていた。少年は恐る恐るといった感じで、少しずつ親指に力を込める。
ちちちっ……止まった。今度は人差し指に力を込める。かちんっと、鉄が叩きつけられる音が鳴り、同時に少年の中を歓喜が駆け巡った。
何度も何度も、少年は"撃鉄"を起こして"引き金"を引いた。その度にかちんっ、かちんっと、鉄特有の甲高い音が響く。周りの子供達がいくら頼み込んでも、少年はそれを手放そうとはしなかった。
鉄は子供が遊びで使っていい材質では決してない。堅くて重いそれは、手荒に扱えばいとも簡単に他者の命を奪うことが出来るのだ。その事をよく分かっているから、大人達は子供を鉄製品から遠ざける。しかしこうして鉄製品を手に入れてしまった場合、普段触れてない反動からなのか、子供はやたらとそれを振り回したがる傾向にある。今の少年がまさにそうだ。
周りの子供達は少年が銃を貸してくれないのを理解すると、人差し指と親指を立てて、一斉に少年に向けて口を開いた。
「かちんっ!」
「かちんっ」
「ちちちっ!」
音真似だ。一瞬だけ呆気に取られた少年だったが、すぐに口元に笑みを浮かべて撃鉄を起こし、引き金を引いた。かちんっ。子供達は踵を返すと一斉に逃げ出した。彼らの笑顔を見る限り、決して不快ではなさそうである。
ちちちっ、かちんっ、かちんっ、ちちちっ、かちんっ、かちんっ、かちんっ、ちちちっ、ちちちっ、かちんっ。不意に、子供達の声の中に混じっていたたった一つの金属音が鳴りを潜めた。周りの子供達はそれに気付かず、走り回りながら銃の形を模した手で互いを撃ち合い続ける。
少年が見つけたのはおかしな仕掛けだった。何度も撃鉄を起こしていて気がついたが、撃鉄を丁度半分まで起こすと右隣に備え付けられた"それ"はよく揺れていた。試しにとそのまま少し力を入れると、容易く横に倒れてくれた。ぽっかりと一つだけ丸い穴が開き、少年はその空洞を覗き込む。少年の小指ほどの大きさの穴は、何も語らずに自分の役目を待っていた。
ここに何かが入っていたんだろうか。ここに何かを入れるんだろうか。一瞬だけ少年の脳裏に閃くものがあった。箱だ。気付くと同時に走り出す。目指すは墓前――男が置いて行った箱だ。
幸いな事に少年以外の子供達は未だに音真似ごっこを続けていて、少年の動向にまで気が回らなかった。箱を見つけ、開ける。中には円柱状の物体がぎっしりと詰まっていた。少年はくすんだ山吹色の一つを手に取り、おもむろに穴へと差し込む……十数年ぶりにも関わらず.45LC弾はするりと己の棺桶へと足を運ばせた。
不意に背後から声が上がった。何事かと振り返れば、少年が――子供達が最も会いたくない人物がそこに居た。上白沢慧音。寺子屋で教鞭を執っている彼女は、霊園で遊ぶ全ての子供達にとっては目の上のたんこぶだった。
子供達は彼女の事が嫌いではない。むしろ好んでいると言ってもいい。真面目で、綺麗で、優しい。子供ながらにして恋慕を覚えている子供だって少なくはない。だがそれはそれ、これはこれなのだ。授業にはちゃんと出るから、遊びの邪魔はしないでほしい。それが今の子供達の心情だった。
「かちんっ!」
「かちんっ!」
「かちんっ!」
子供達が異口同音に口を開く。一風変わった抗議の言葉に一瞬だけ面食らいながらも、慧音は叱る為に口を切った。「霊園で遊ぶな」「罰当たりなことは止めろ」自分達の親と同じような口上を述べると、子供達は更に「かちんっ」と言った。前段階の「ちちちっ」すらも忘れ、かちんっかちんっと擬声語を口にする。
勿論少年もそれに混じっていた。ちちちっと金属音を響かせ、かちんっと抗議の音を出す。
シリンダーが回る。
ちちちっ、かちんっ。
ちちちっ、かちんっ。
ちちちっ、かちんっ。
ちちちっ、かちんっ。
ちちちっ、―――!!!
霊園に、赤い花が咲いた。
子供が銃を持つとこうなる気がする。
コルトSAAはローディングが楽しいけど面倒。
要介護認定
- 作品情報
- 作品集:
- 7
- 投稿日時:
- 2009/12/01 13:52:05
- 更新日時:
- 2009/12/01 22:52:05
- 分類
- 少年
- 慧音
- 銃
慧音ぇぇぇぇ
かちんってゆう擬音がまた…
慧音以外だったら出てくる必要が無いから慧音に当たったんだろうけど
カチカチ鳴らすだけなら下に向けてそうだしなぁ
それにしても男がある部分を除けばまともな思考であることに驚いた
何をしてるか分からない子供は怖い
慧音に花が咲いたのか、それとも……
無敵の魔法使いになった気になって暴れまわるとこまで想像した
慧音も銃の恐ろしさを見たら逆らえないだろうし
園芸ごっこ
しかしはじけたのは己の足か慕う者の頭か……