僕はそれでも彼女を愛してると叫び続けたい

"I wanna shout it out; I love Martha! What do the public know about love?"

- Raymond Fernandez
処刑の２時間前、最愛の彼女に送った手紙より









「椛、君を、殺したい」



瞬間、世界が止まった。
僕はもう彼女しか見えていないし、おそらく彼女も僕しか見えていないだろう。

空からはしんしんと雪が降り続けており、辺りには一面の雪景色が広がっていた。
そういえば、彼女に初めて出会った時も、雪が降ってたっけ。




口に出してみて改めて確認する。

僕は椛を愛してる
愛してるから殺す
殺したいほど愛してる
愛したいほど殺してる



「……知ってたよ」

彼女は、微笑みながら答えた。
僕も微笑み返す。



「きっと貴方と私は似たもの同士なんだ。

私も、貴方を、殺したい」



その彼女の台詞に、僕は安堵感を覚える。
僕が椛を殺したくて仕方がなかったように、椛も僕を殺したがってくれていた。
僕と椛は、同じ感覚を共有していた。そのことが、無性に嬉しい。

「なんだか、口に出してみたら、今まで我慢してたのが馬鹿みたいに思えてきたよ」

僕が囁くように、微笑みながら彼女に言った。



「じゃあ、」
「椛、」



もう言葉は要らない。
それでも僕らは言葉を紡ぐ。



君を――
貴方を――






――殺したい。






椛は使い慣れた太刀を、僕の心臓に突き立てた。
僕の口元が自然と綻ぶ。

そして僕も、右手に握ったナイフを彼女の胸に突き刺した。
彼女の白い服に、紅い花が咲いた。

彼女が僕の全てを受け入れるように、包み込むように柔らかに微笑む。
口の奥から血が溢れてきたが、僕も微笑み返す。



僕はしっかり笑えているだろうか？
今の僕は、彼女のように透明に笑えているだろうか？



そんな思考で脳内が埋め尽くされたが、椛の笑顔を眺めていたら吹き飛んだ。

僕らはこれから死ぬだろう。
でも僕らは寂しくなんか無い。



僕らは独りでは無いから
僕らは今、確かにこれ以上ないほど強固に結ばれたから
僕らは今、お互いの心臓に突き刺さった太刀とナイフで、完全に一つに繋がったから



僕らは寂しくなんかなかった。



僕は、何時の間にか思考の中に暖かい何かが生まれてきている事に気付いた。
椛の事を考えると、それは更に暖かくなり、高揚感をもたらす。
それは、痛みに比例して段々と大きくなっていくが、不安は無い。



胸の痛みは、僕らの繋がっている証だから



僕らの結びつきから生まれる感情。

ならばそれを――





――それを、僕は暫定的に愛と呼ぼう。





そうだ、愛だ
それは確かに愛だ



酷く歪で、禍々しくて、醜くて、汚らしくて、物騒で、馬鹿馬鹿しくて、そしてただひたすらにどこまでも真っ直ぐで。
世界中の人間が眉をひそめて嫌悪し、差別し、見下すような、当人達以外には誰にも理解されることのない。
それはそういうものだ。



それでもそれは愛だ
紛れもない愛だ



僕は頭の中で色々と考えたが、何を考えても最終的には椛の笑顔に行き着いた。



一つになった僕らを祝福するかのように、雪は振り続けている。
きっと空から見たら、僕らの血は白いキャンパスに綺麗な花を描いているだろう。



僕は微笑みながらも、
そして、直ぐに脳内を幸福感が埋め尽くして――








――幸福の絶頂の中で、僕らは息絶えた。