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『身から出た錆(上)』 作者: 穀潰し
「烏天狗、射命丸文。貴様を追放とする」
それは唐突な通達だった。
当の本人である文でさえ、数秒間口を開けたまま呆けている。その傍らで、椛が無表情で立っていた。その様子を妖怪の山最上位に位置する大天狗、いわゆる天魔は静かに眺める。
「……え?」
ようやく文が絞りだした声はそれだけだった。
「貴様は御山より追放である。これは族長会議での決定事項。貴様が何と異議申し立てしようと覆りはせぬ」
文句を封じ込めるため、先立って放たれた言葉に文は、ただ呆然とするばかり。しかし、次第に告げられた言葉の意味を読み取るにつれて、その表情が歪んでいく。
「な、何故ですかっ!?」
「身に覚えがないか?」
「と、当然です! 清く正しいこの射命丸文、天魔様はおろか、他の方々にも背いた覚えなど一切ございません! 何かの間違いではないのですか!?」
人違いならぬ妖怪違いだ。
そう告げる文の言葉に、天魔はただ無表情に視線を送るだけ。
その口が重々しい言葉を吐き出す。
「我は先ほど告げたはずだ。族長会議での決定事項だと。射命丸文よ、貴様もしや族長会議の結論を誤りだとするか」
空気自体が重量を持ち、圧し掛かってくるような錯覚を覚え、思わず口を紡ぐ文。
天魔は放った言葉、それは、何度も慎重な審議を行った、という遠回しな答え。
普段なら文が所属する烏天狗だけが行う身内審議に留まらず、白狼天狗、魔縁天狗、波旬天狗など妖怪の山に所属する各天狗族の長を集めての最重要会議。
それを行ったうえでの結論は、つまり妖怪の山の総意といっても過言ではなかった。
「理由を! 理由をお聞かせ願えませんか!」
もはや追放の身は決定となった文が、少しでも心を軽くしようと理由を求める。たとえそれが不条理な内容だとしても、何かしらの理由があれば、納得はできるからだ。
「理由? ………貴様の烏天狗一ともいえる新聞にかける情熱が、全て仇となった、とだけ伝えておこう」
文が心血を注いでいたといってもいい「文文。新聞」作成。それによって追放の身となったと理解した文は、もはや声もなかった。
そんな彼女にさらなる追い打ちがかかる。
「烏天狗の少女よ」
「っ!!」
もはや名前ですら呼ばれない。つまり、天魔にとっては見ず知らずの他人という烙印を押されたに等しい。
「そこな白狼天狗についていけ。のちの判断は全てその者に任せてある」
そう言って鋭い眼光で文の背後に控えていた椛を指し示す。
天魔の眼光と、文の泣きそうな視線にさらされた椛は、ただ顔を伏せ、その表情を窺わせないようにしていた。
ただ一言、天魔に対して「承知いたしました」と返した椛は、文の反応を待つでもなく外へと飛び出す。
周囲全員もはや「赤の他人」となった文にとって、それ以上その場にいることはできなかった。
黒翼を羽ばたかせ、逃げるようにその場を飛び立った。
大瀑布のように降り注ぐ滝は、妖怪の山のほぼ中央に位置し、その下流域は幾本もの支流へと別れ、幻想郷中に広がっている。かつてはこのこの滝を登り切った者は竜神になるという言い伝えまであったほど、滝は見事なものだった。
その滝の頂上、あるで飛び込み台のように突き出た岩の上に椛と文はいた。
追放の身となった文は、今後一切妖怪の山へと足を踏み入れることはない。せめて少しでも慣れ親しんだ風景を目に焼き付けさせようと、椛が提案したためだ。
「………」
眼下に広がる雄大な景色を目に焼きつけながら、しかし、文は心ここにあらずといった雰囲気だった。
生まれ故郷ともいえる妖怪の山を、三行半にも満たない言葉で追放されたのだ。その心情は如何様なものか。泣きそうになるのを必死で堪えているのは、天狗としての自尊心が健気にも意地を張っているせいか。
その背中に憐れみと僅かな嘲りを含んだ視線を送っていた椛は、静かに、腰に差していた大刀を抜いた。
彼女が天魔より授けられた命令。それは要約すれば「射命丸文という烏天狗がいた痕跡を消せ」というものだった。何だかんだと小難しい理屈をつけてはいたが、その根底にあるものは「自分の治める土地から厄介者を出したと思われたくない」という傲慢で単純な理由だった。
それゆえ「痕跡を消す」のだ。厄介者本人がいないことになれば、統治者の名前が汚れることもない。真っ先に自己保身に走り、他人への配慮をどこかへ置き忘れた、天狗特有の思考の産物だった。
上からの命令は絶対。目の前で黄昏る「元」上司の背中へと刃を向け、椛は自身の意志力の無さに苦笑を浮かべた。
「文様」
「何? 椛……」
振り返った文の胸に、一つの札を押しつけた。
どこぞの少女に作ってもらったその札は、一時的に目標の身体能力を抑える物。
本来は力の無い人間が妖怪相手に使用するものだが、妖怪の山全域を哨戒警戒する白狼天狗は、特例として一枚だけ保持を許されている。もっとも白狼天狗に攻撃を仕掛けるということは、妖怪の山全てを敵に回すということにもなるため、今まで一度たりとも札が必要になったことはなかった。
初めてそれを使う相手がよりにもよって同族とは、何と皮肉なことか。
そんなことを考えながら、椛は文をうつ伏せに組み伏せた。
「な、何するの椛! この札は何!?」
椛に組み伏せられ背中を踏みつけられていることと、自身の力が一切出せないことに、盛大に焦る文。
かろうじて動く顔を背後に向ければ、無表情な椛の顔。
もはや見た目通り、少女程度の力しか持っていない目の前の「元」上司に憐れみを覚えながら、椛はその背中にある美しい黒翼に大刀を向けた。
「文様……いえ、射命丸文。お覚悟を」
続けた声は小さすぎて聞こえなかった。ただ、自身の翼を握る椛の手の感触と、眼に映る大刀から近々訪れるであろう未来を想像し、文の顔から血の気が引いた。
「じょ、冗談よね? そんなことされなくても二度と御山には近づかないから大丈夫よ……」
ただの脅しであってほしい。
そう懇願した文の言葉に椛は一度顔を伏せ、その手に力を込めた。
「痛っ! も、椛放して! 痛いっ言ってるでしょ!!」
こんな時まで上司面か。
その態度が今の結果を導いたと一因だと何故気づかない。
表情を一切消した椛が黒翼の根元に大刀を突き刺した。
「あ゛っ……? ……あ゛ぁぁあ゛あ゛あああ゛!!」
叫び声。ゴリゴリと羽根を繋ぐ骨を抉る感触。ミチミチと裂けていく肉。噴き出す血。
その感触と文の叫び声を聞いて、椛は不思議な感覚に襲われた。
頬が紅潮する。
手に力がこもる。
息が荒くなる。
何だこれは。
なんだこの気分は。
とても、
とても、
気持が良い。
「や゛っやめ…でっ! おね……もみ……じあ゛っあああ゛あ゛ぁ!!」
地面をかきむしり、足をばたつかせ、必死で文は暴力から逃げだそうとする。
その姿にますます吐息を熱くしながら、椛は力を込めた。
ジャガイモの芽を抉るように。まるで切り取るように周囲の肉を裂き、同時に黒翼を引き千切る。
ブチリ。
「……っいぎゃぁああぁぁあああ!!」
文の声とその感触を感じた瞬間、椛の背中に電撃が走った。思わず仰け反らした背に呼応して傷口が広がり、文がまた悲鳴を上げたが、今の椛はそんなことに構っていられなかった。
腰から背中、脳天へと突き抜けたその感覚の名は。
快感。
そう、かつての上司を組み伏せ、あまつさえ暴力をふるっているという現実に、椛は興奮していたのだ。
荒い息使いで、引きちぎった黒翼を投げ捨てると、もう片方へと手を伸ばす。
「も゛う……や、め……」
椛とは別の意味で荒い息を吐く文が、息も絶え絶えに懇願する。その声と無様に泣き叫ぶ表情に椛の背中がゾクゾクとした。
「あ、や……さまぁ……」
はぁ……と熱っぽく吐息を洩らした椛に、只ならぬ様子を感じた文は激痛を感じながらも、逃げだそうともがいた。
それによって胸に張り付いていた札が少しばかり破け、僅かながら力が戻る。
だが、少し遅かった。
メギョリ
「ッ!! あ゛っっ!!」
頭にそんな音が響いた後、声も出せないほどの激痛が文を襲った。椛が、もう片方の黒翼を捻子千切ったのだ。
どくどくと溢れる血に、頬を紅潮させた椛が手をつけ、それを舐めとり背をふるわせた。
荒い息使いそのままに熱病のように潤んだ瞳を文へと向ける。
すっと文の背中から立ちあがった椛は自分でも信じられないといった雰囲気で、スカートをたくし上げた。
そこから見えた彼女の股間、慎ましい白のショーツはグッショリと濡れ、太股を透明な液体が伝っている。
その異常な姿に、思わず文は腕をふるい椛を突き飛ばした。
これ以上この白狼と一緒にいてはいけない。
その考えのみで立ちあがり、逃げだそうとして、岩を蹴った。
「あ……」
いつも感じる風を感じず、自身の体が落下し始めて、ようやく文は翼をもがれたことを実感した。
最後に、獲物を逃した眼をする白狼天狗を見つめながら、文は滝壺へ落下した。
足が冷たい。
そう感じて眼を覚ました文は、自身が川辺に打ち上げられていることに気がついた。
周りを見渡せば、見慣れた妖怪の山ではなく、薄暗い森の中。半身が浸かっていた川も、随分とか細いものだった。
現在位置の把握ができない。よりにもよって何本もある下流域の支流の一本へ流れたらしい。
上空に出れば何とかなるか、といつもの癖で飛び上がろうとした文は、自身の妖力をまったく感じないことに気がついた。
その原因の一員として挙げられるのは背中の翼を失ったことだろう。体の回復力だけは残っていたようで。出血はすでに止まりかけているが、そんなことが何の慰めになるだろうか。
彼女の背中にあった一対の見事な黒翼。それはすでに存在していなった。
背中をまさぐり、それを再確認した彼女の頬を、つっと滴が滑った。
それが引き金となった。
「……う……うぇぇ……ひっ……ひぐっ……うわぁあああああん!! なん、なんでよ! 何で私がこん、な目に会うのよおっ!! なんでこんなひどい目にあわなきゃいけないのよぉ……」
故郷を追われ、部下からは暴行を受け、自身の誇りをむしり取られた。限界に達した烏天狗は、盛大に、童女のように大声をあげて泣いた。
周囲に人影はなく、周りにいるのは昆虫や動物だけ。人目を憚らないということが、一層彼女を泣き叫びさせた。
しばらくそうしていた後、ようやく涙も止まり、大きなため息をついた文は、もはや普段から被っていた仮面を脱ぎ棄てた。
「お腹空いた……」
ぽつりと呟かれた言葉は差し迫った問題を示していた。
妖怪の中でも上位の存在である文は、空腹で死ぬことは殆ど無い。最悪自身の内にある妖力を削っていけば、動けるだけのエネルギーを得ることは可能である。しかも川を流されたことによって胸に張り付いていた札は結構ぼろぼろになっている。いまひとつ体に力は入らないが、動けるほどには回復していた。
まずは現在位置の把握、そして食料の調達。それだけを済ましてから身の振り方を考えよう。
そう考え、文は歩き出した。
眼が覚めてから一日目
現在位置の把握、食料の調達はいまだ出来ず。空腹感が増すばかり。
体内の妖力が減少している。
眼が覚めて二日目
現在位置の把握と食料調達は進展無し。
下級妖怪だったのに、危うく殺されそうになった。
胸の札がはがれない。
忌々しい。
眼が覚めてから三日目
現在位置の把握はいまだ出来ず。食料もいくつかの木の実を見つけたのみ。
よりにもよってなんで今の季節は冬なんだ。
他の妖怪が襲ってくる。
安心して眠れない。
眼が覚めて一週間
眠い。疲れた。お腹空いた。服もボロボロ。
そういえばブンブン丸はどうしたんだろう。
空を飛びたい。
眼が覚めて……二週間?
おなかすいた。
岩の裏にたくさんの虫がくっついている。
これたべられ……何をいってるんだ。
また妖怪に襲われた。
わたしが力を失っていることに気が付いたようだ。
眼がさめて……
いわの裏の食べものおいしかった。
でもおなかこわした。
足がおおいのと、体がまるいのはだめだ
めがさめ………
ずっとねた
たいりょくかいふくしないといけない
おなかすいた
………
からだ、うご
しぬ
やだ
たすけ
ここまでお読み頂き有り難うございます。筆者の穀潰しです。
好きな子には悪戯をしてしまう小学生の心情をふと思い出して、気が付けばこんな文になってしまいました。
今回は前回の童話風ではなく、通常形態で執筆してみましたが……個人的には童話形態の方が書きやすく感じますね。
素人文章ですので、満足しきれない箇所もあると思います。
それでも、少しばかりでも皆様が楽しんでいただければ幸いです。
なお、長くなりそうですので上下に分けさせて頂きました。
もっとも上だけで済まされても問題ありません。その場合、「餓死エンド」ですけどね。
では、失礼いたします。
穀潰し
- 作品情報
- 作品集:
- 10
- 投稿日時:
- 2010/01/17 16:08:24
- 更新日時:
- 2011/09/26 09:56:54
- 分類
- 射命丸文
- ちょっと椛
- ちょっとエログロ
- 自業自得シリーズ
かゆ
うま
むしろそれを目指してみました。
衰弱していく様子が伝われば幸いです。
>2
飛べない鳥は只の肉だ。
そう言うわけですね、わかります。