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『チルノVS犬』 作者: ウナル
ある日、チルノが散歩をしていると一匹の犬と出会った。
茶色と黒の混じった体毛をした成犬だ。大きさだけならチルノと大差ないだろう。
だが、それよりもチルノはその犬がいる場所が気になった。
犬が座っているのは真っ赤な葉をつけた木の下。
その木はとても綺麗だった。
チルノにはその木の下で過ごすのはとても魅力的なことに思えた。
だから、チルノは犬を追い出してその木を独り占めしようと思った。
「やい! そこはあたいの場所だぞ! バカイヌはさっさとどけ!」
犬はちらりとチルノを見る。
だがすぐに、犬はチルノを横目に伏せの姿勢へと身体を戻した。
「む―――――!! ここはあたいの場所だ! どけどけどけー! このバカイヌ―――――!!」
地団駄を踏み、怒りを体中で表現するチルノ。
もうこうなっては徹底抗戦しか道はない。
だがここでスペルなどを使っては弱いものいじめになる。
「ふふん! あたいは卑怯者じゃないから正々堂々戦うよ!」
チルノは手足を地面につき、四つん這いになる。
犬が四本足で立っているのでそれに合わせたのだ。
それを見て、犬も立ち上がった。
チルノの尻の上がった見っとも無い格好に対して、実に堂に入った姿だ。その道十年の貫禄を感じさせる。
「うが―! 覚悟しろ――!!」
どたどたと手足を振り回しながら、突っ込んでくるチルノ。
大口を開けて気合十分だが、はっきり言ってウリボウの方がなんぼかマシな突進である。
当然、犬はそれを軽く避ける。
足を止めることを知らないチルノはそのまま木の幹に頭突きをかましてしまった。
「いた!! 頭いた!!」
チルノが頭を押さえている間に犬はその背後へと回りこんでいた。
そして、そのぷりぷりと振られるお尻に狙いを定め、口を開いた。
余談だが、犬の噛む力は子犬でも100キロ、成体ともなれば200~300キロにもなる。
そして、犬には鋭い牙が何本も生えている。
想像して欲しい。
200キロのハンマーでお尻に釘を打たれたらどうなるか。
再び、チルノの絶叫が響き渡った。
「いぎぎぎぎ……! お、覚えてろ――――――!!」
チルノはお尻を押さえながら負け台詞を残し、去って行った。
◆ ◆ ◆
チルノは再びやって来た。
ふわりと木陰に降り立ち、犬に向かって指をさす。
「やい! このバカイヌ! よくも騙したな!」
犬の方は何の話だと、ばかりに耳を動かした。
そんな犬の態度にますますチルノのボルテージが上がっていく。
「この! バカにして! イヌと妖精じゃあ噛む力が違うって大ちゃんが言ってたぞ! 卑怯だ卑怯だー! この卑怯犬!!」
卑怯も何もチルノが勝手に相手の土俵に上がっただけである。
だが、そんなことはチルノの知ったことではない。
「だけど、今回は負けないぞ! 今日は“ひみつへいき”を持ってきたんだ!!」
チルノは不敵に笑い、ポケットの中から“ひみつへいき”を取り出した。
そして、両手を口の中にいれ、『そうちゃく』!!
「ふぉふぇふぇふぉうふぁ!(これでどうだ!)」
「…………わふ?」
初めて犬が声を上げた。
チルノが取り出した“ひみつへいき”。それはボール紙で作った牙だった。
三角錐の牙が口に装着され、満足げなチルノ。
牙をつければ咬噛力が上がるという訳でもあるまいに、自信満々のご様子だ。
「ふぁふぁふぃっふぁらふぁいふぉうふぇ!! ふぁあふぉうふふぁ! ふぁふぁふぃふ!(あたいったら最強ね!! さあ勝負だ! バカイヌ!)」
昨日と同じ四つん這いの姿勢を取るチルノ。
大ちゃんのアドヴァイスはまったく生かされなかった。
試合時間4秒半。
チルノのお尻に歯型増えた。
◆ ◆ ◆
二度出るチルノは三度出る。
今度は何も持っていないようだが、無闇やたらに自信満々だ。
「とうとう追い詰めたよ! ついにあたいはお前の弱点を見つけたのだ!!」
「……………」
その言葉に犬も少しばかり警戒を強める。
立ち上がることはしなかったが、その両目はチルノを油断なく睨む。
耳はぴくぴくと動き蚊の羽音も逃さず、その鼻は周囲に異常が無いか匂いを探る。
身体も適度に緊張させ、いつでも攻撃に移れるようにしていた。
これだけの自信を持っているのだ、何か策があるのは確か。
犬はそう判断した。
だが、そんな犬の前にチルノの手が差し出された。
「お手!」
「……………」
「お手だよ! お手! お手!」
チルノはキラキラした目で犬を見ている。
世界に裏切られたことのない子どもの瞳。
犬が手をのせないなど、微塵も考えていないのだろう。
犬はおずおずとその手の上に前足を乗せてあげた。
「やった! やっぱりイヌは『お手』って言ったら大人しくなるのね! バ―カ!」
「……………」
チルノは自分の頭脳が恐ろしくなった。
この日のためにチルノは人間の里を訪れ、犬の調査を続けたのだ。
その結果、犬は『お手』『おまわり』『ちんちん』などの言葉を言われると、無条件で妙な行動を取ってしまうという習性を発見したのだ。
これこそが犬の弱点。
チルノ=最強という図式と同じ、動かせぬ事実なのだ。
ああ、哀れ。犬の悲しき性。
それを発見されたが最後、この犬もチルノの子分となり下がるのだ。
「おかわり!」
「ポン」
「おまわり!」
「くるくる」
「ちんちん!」
「へっへっへっ」
「あははー! 変な格好! おちんちん丸出し――――!! あははははは――!!」
後ろ足で立つ犬を指さしてチルノは腹を抱えて笑った。
もはや、この犬は自分に絶対服従と信じて疑っていないのだ。
もういいだろう、と思ったのだろうか。
犬はちんちんの姿勢のままチルノの頭にかぶりついてやった。
「ぎゃ――――――――――――――っ!!」
しっかりと頭をはんだことを確認し、四足に体勢を戻す。
チルノは手足を振り回して抵抗するが、それがかえって犬の牙を食い込ますことになった。
「いだいだいだいだいだい!!」
「わふわふわふ!」
首を振ってチルノを振り回し、犬は何度もチルノを地面に叩きつける。
最後には木の幹に投げつけてやった。
声も無く、ずるずると幹からずり落ちていくチルノ。
鼻からは血が出ていた。
「い、いだい……。く、くそ―――!! お前の母ちゃんで―べそ―――――――っ!!」
チルノは負け台詞を残し、空へと逃げて行く。
チルノにまた黒星が追加された。
◆ ◆ ◆
今日はチルノの襲撃は無かった。
半分の月に照らされながら、犬は木の側に居た。
その視線の先にあるのは小さな若木。
犬はこの若木をずっと見ていた。
犬はある人間に飼われていた。
散歩をし、エサを食べ、ときには芸をする。
人との暮らしは悪いものではなかった。
人間は良くこの場所に犬とともにやって来た。
人間はこの木が好きで、特に秋には毎日のようにこの木を見に来た。
ある日、もうすぐ子どもが生まれるんだ、と人間は言った。
子どもの名前は木から取ったらしい。
とても可愛らしい響きだと、犬ながらに思った。
ふと見れば、木の側には小さな若木が生えていた。
人間はその若木を見て、子どもが大人になる頃にはこの子も大人ね、と言った。
飼い主と生まれてきた子どもと自分とで成長していく木を見る。
それは素敵なことだと犬は思った。
だが、それは叶わなかった。
人間は事故で死んだ。
子どもも死んだ。
それから犬はこの場所に来るようになった。
犬の側には小さな若木が生えている。
それはゆっくりと大きくなり、やがてお母さんと同じ大きな木に成長するだろう。
◆ ◆ ◆
犬の目の前には骨付き肉が置かれていた。
その横には大きな籠が設置され、棒でつっかえさせていた。
棒からはひもが伸び、ひもの先は奥の茂みへと続く。
茂みからは氷の羽が見え隠れ。
「ふふふっ! あたいったら天才ね!!」
チルノは堂々たるもので、犬の目の前でこのお手軽トラップを仕掛けていったのだ。
まるで人類の進化の歴史を見るように、日に日に工夫をしていくチルノだが、そのお粗末加減には笑いすらこみ上げてくる。
犬は前足で籠を蹴り飛ばしてやった。
その瞬間、
「かかった――――――!!」
と何を勘違いしたのか、チルノが茂みから飛び出してくる。
その牙はボール紙から割り箸にパワーアップしていた。
そして、そのまま骨付き肉に突っ込んでいった。
「がふがふ! もぐもぐ! お、おいし――!!」
みっともなく肉を食べ散らかすチルノ。
牙だったはずの割り箸は地面に落ちている。
夢中で肉を貪るチルノに犬は籠をかぶせてやった。
「え? なに? いきなり暗くなった! 夜になった!? それともル―ミア!?」
籠から出ようとチルノは暴れるが、その上には犬が鎮座している。
籠から出られず、チルノは罵詈雑言を叫び、暴れ続けた。
「こら、ル―ミア! 不意打ちとは卑怯だぞ! 正々堂々勝負しろ! …………あれ? 出られない!? ど―して――――――!?」
籠からの心地良い振動を感じながら、犬は籠の上に横たわった。
そして、籠の上から小さな若木を見つめ続けた。
◆ ◆ ◆
季節は冬になった。
レティが暴れ、秋姉妹が引きこもり、リリーホワイトが春に向けて英気を養う季節。
チルノは絶好調だった。
寒さが強まるこの季節はチルノの力を最大限に引き出してくれる。
打倒犬を目指して、四足歩行や噛み付きの特訓を重ねてきた。
今では大ちゃんを泣かせるくらいに強くなった。
「今度こそ、勝ってやるんだから!!」
もはや、木のことはすっかり忘れ、犬との勝負に全てを傾けるチルノ。
パンパンとほほを叩いて気合も十分。
いざ勝負、と木のあるとこへ飛んでいった。
「さあ、バカイヌ勝負だ!!」
チルノが犬を指差し、高らかに宣言する。
だが、犬は立ち上がろうとはしなかった。
黒く窪んだ目を閉じ、チルノの声に一切顔を向けなかった。
犬は若木の側に身を寄せ、それを抱くように座り続ける。
「む―き――――!! もう! 怒った! くらえ! チルノハリケーンスマッシュゴールドエクセレントイグニッションスペシャルウルトラファイアーチルチルアタック!!」
この日のために編み出した必殺技をチルノは繰り出した。
ぐるぐるとその場で回転した後、その勢いのまま犬に突進する。
その茶色の腹めがけ大きく口を開けた。
必殺技は見事に決まった。
犬はチルノの突進を受けて、2メートルほど跳ね飛ばされた。
地面に落ちる。
その身体は雪の中に沈み、立ち上がらなかった。
「――――――――――――――――――――――――――――あれ?」
チルノも拍子抜けしたようで、首を捻りながら犬へと近づく。
「おい! 何だ今のは! もっと本気でかかってこいよ――!!」
犬は何も返さない。
舌を投げ出し、ただ無言。
「む、無視するな――!! 起きろ! 寝るな! かかってこ―――い!!」
犬は何も返さない。
足を投げ出し、動かない。
「あれ? あれ? あれ? あれ?」
チルノは混乱した。
なんで犬は何も言わないのか。
なんで犬は動かないのか。
なんで犬の身体があんなにも冷たいのか。
◆ ◆ ◆
「ねえ、よく聞いて。私は医者。人の怪我や病気は治せるわ」
「でも、死んだ人を蘇らせることはできないの」
「え? 死ぬって何かって?」
「もう二度と会えないってことよ」
「……そんなに泣かないで。この子は十分生きたわ」
「あなたのせいじゃない。歳をとってだんだん身体が弱っていたのよ」
「どの道、長くはなかったと思う」
「苦しみは……なかったはずよ」
「人も動物も寿命と言う決まりを持つの。長く生きれないのよ」
「だから、彼らはその中で何かを残そうとするの。子どもや思い出を」
「この子は精一杯生きたと思うわ」
「だから、自分を責めちゃだめ」
「自分のことで泣いてると思ったら、この子もゆっくり眠れないわ」
「え? せめて、なにかしてあげたい? そう。それなら……」
◆ ◆ ◆
リリーホワイトは季節の巡りを皆に知らせた。
木々は萌芽を始め、幽香はるんるんと花畑に足を運び、神社では宴会が開かれる。
その頃、チルノは木の下にいた。
最初来たときはあれほど魅力的だった場所なのに、今では何も感じない。
春の陽気を肌に感じながら、チルノは木漏れ日の光を見ていた。
犬は死んだ。
妖精であるチルノにはそれがどういうことだかよくわからなかったが、二度と会えなくなることだけは理解した。
元気な頃はあんなに憎かった犬が、今では心の中に大きく居座っている。
さすがに泣き喚くことはしなくなったが、今でもこうしてぼーっと空を眺めることがある。
死んだらお空に昇っていく。そう聞かされた。
自分もうんと高く飛べばあの犬に会えるのだろうか?
「だあれ?」
突然、舌っ足らずな声をかけられた。
見れば若木の側に小さな妖精が居た。
チルノよりももっともっと小さな妖精。
緑色の服を着て、葉っぱの形をした羽を生やしていた。
まだ生まれて間もないのだろう、チルノを興味津々に見つめている。
若木に抱き付き半身を出すその姿は、好奇心半分、不安半分な妖精らしいものだった。
そういえば、あのバカイヌもこんな風に木に寄り添っていたっけ。
そんなことをチルノは思った。
もしかしたら、この妖精はあのバカイヌの生まれ変わりなのかもしれない。
そんなこともチルノは思った。
だから、チルノはその小さな妖精にこう返した。
あの犬にはしてやれなかった大事なこと。
「あたいチルノ! 幻想郷最強の妖精だよ!」
幻想郷のとある森の中。
大きな木と小さな若木の生えた場所がある。
そこには誰のイタズラか、小さな板が地面に付きたてられている。
『いぬのはか』
板にはへたくそな文字でそう書かれている。
そしてその場所では、妖精達が集まり楽しげに遊んでいるという。
おわり
とても悲しいことがありました。
ある人が死んだのです。
その人のことを慕う人は多く、その人を求める人もまた多かったのです。
死は必然です。
ただその人の死因は自殺と言われています。
なぜその人が死なねばならなかったのか。私にはわかりません。
わかりません。
その人に死という選択肢を取らせたのは何なのか、想像するしかありません。
代われるものなら代わってあげたいです。
漫然と生きる私と彼を比べれば、どちらが死ぬべきかははっきりしています。
とはいえ代わることはできず、その意味は無く、
ただただ死は残酷でした。
郷里大輔さん。お悔やみ申し上げます。
ウナル
http://blackmanta200.x.fc2.com/
- 作品情報
- 作品集:
- 10
- 投稿日時:
- 2010/01/19 04:51:17
- 更新日時:
- 2010/01/19 16:12:13
- 分類
- チルノ
- 犬
あとがきについても一言。好きなやり方で弔えばいい
残された者は、語り継ぐのでしょう
チルノ可愛いです
そして、郷里氏……また一人、素晴らしい声優が亡くなられてしまった。
ってか郷里大輔氏が亡くなったって今知った罠、お悔やみ申し上げる
ドラゴンボール改のサタンどうなるんだろうなぁ
あとがきの件も含め、泣いた
泣ける作品ありがとう
死を理解するのは大事ですが、理解しすぎるのも嫌ですね。
この話を見ながら10年前に亡くなったじいちゃんのことを思い出しました。
犬よ、どうか妖精たちを見守ってやってくれ・・・
お悔やみ申し上げます
本当に何故だ……。
いい薬でした
最期まで読んで心震えた
こういう話のほうがグロより好きです。
チルノの子供ゆえの純粋さってやつですかね。