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『或る夜』 作者: nekojita
もう随分前の事になると思う。
人の記憶というのは不思議なもので、昨日とかおとといの事でも日々をぼうっと過ごしていたり、どうでもいい事であったりすると忘れたり勘違いする事が有る。
友人とこれこれこういうことを話した気がするけどその友人と一体いつ会ったのかよくわからない。考えると会う時間が有った筈が無い。そうかあれは夢の中の事だったのだな、と独り納得する事、最近ではしばしば有る。 あの白黒魔法使いが図書館にやって来なくなってからこっちずっと、張り合いの無い生活を送っているからだろうか。そんな訳で今から話す事も実際に有った事か夢の中の事か、それとも白昼夢であったか自分の中でもよく判別がついていない。
あれは、海に沈んだような重苦しい夜。鍋の底のように暑い熱帯夜。
場所は博麗神社の宴会であったと思う。否もしかしたら博麗神社でなくて守矢神社あるいは白玉楼であったかもしれぬ。そういえば白玉楼であった気がしてきた。紅魔館の面々がどうして白玉楼の宴会に参加するのかはわからないが、プリズムリバー三姉妹の演奏は有った気がするのだ。まあ場所などどこであってもさしたる問題は無い。ともかく重苦しい、息をする事さえなんだか苦しい雰囲気の有る夜だった。
それでも幻想郷の宴はどんどんと進み盛り上がるもので、酣に丁度一人が一つずつ秘密を暴露するという遊びをやっていた所。私も内容はよく覚えていないが、自分の性癖について大変恥ずかしい事を発表した覚えが有る。
やがてその場に当時躁鬱病の気がますます酷くなってきていたあの人形遣いの娘がすっくと立ち上がって、あまり大きくはない声で「これは本当の話なんだけど」と前置きしてから、皆に向かって話し出した。曰く、
「私が魔理沙を殺しました」
さてこの発言に辺りは少ししんとなる。何もそれを額面通りに受け取ったからではない。さてこの娘は一体どんな面白い作り話をしてくれるのかという期待半分、真剣な告白を黙って聞く一同、というムード作り半分である。誰も信じたわけではない。私もにやにや笑いながら口は黙って雰囲気作りに参加していた。
「みんなは魔理沙が外の世界に冒険をしに行って、魔法の勉強をしに行って、それで居なくなったのだと思っているのでしょう。違うわ。嗚呼、あのかわいい魔理沙を独り占めにしたくなって、それで私が殺したの」
言って妖艶と評してもいい笑みを浮かべるのだ。これは気違いを演じているというよりは悲劇の女優の役の様である。夜中の屋外だが宴会用の篝火が焚かれていた。暖色の光に洋服の少女はなお美しくライトアップされていたのだ。
「死体はどこに隠したの」
沈黙のしじまに石を投げ込むようにしてぽつりと言ったのは因幡てゐであった。周囲は相変わらず喧騒に包まれ。しかし酒に酔った集中力散漫の耳で聞いたってこの席だけはしんと静まり返っているのであった。まるで音を遮る、透明なカーテンでも張られたよう。
「よくぞ聞いてくれました」
人形遣いは心底嬉しそうに。
「死体はまさにあの人形、みんなが魔理沙の等身大人形と思っている、この人形そのものです。私は、どちらかと言えば、この人形を作るその為に、魔理沙を殺害したのです」
アリスは……。この頃ずっと、等身大の魔理沙人形を、上海、蓬莱なんかと一緒に連れて歩いていたのだ。彼女より少し低い背丈のそれは殆ど彼女の付属物のようになっていた。
「みんなは私が、魔理沙が居なくなったから、寂しさを紛らわす為にこの人形を作ったのだと思っていますが、因果関係が正に逆、事実は、私がこの完璧な魔理沙人形を作ったから、魔理沙は居なくなったのです」
このタイミングでその「生きているような」魔理沙人形がばっと立ち上がったと思うと、人形遣いの横で踊って歌い始めた。
「私は本物。魔理沙なの。気づいて、気づいて、この人形遣いは人殺し」
簡単な振り付けに綺麗なオペラの歌声で一通り歌うと、人形はその場に、糸を切られたように座りこんだ。その間人形師が棒立ちしていて指の一本も動かしているように見えなかったのは見事なものである。
本物のオペラの見事な独唱が終わった時みたいにあたりは拍手の波に包まれる。調子のいいやつは「ブラボー」なんて叫んだ。歌は腹話術なのか、それとも魔術的仕掛けか。
それでもそこは劇中である。主演女優が次のセリフを滔々と語り出せばあたりはまた静まりかえって。
「死体を腐らせないで蝋人形にする秘訣は、水よ。死んだ体に流れる水を流し続ければ、だんだんと死体は、死蝋というものに変化する。色を失うが化粧をしてやればよい。死体は自然の、天然の作用によって、朽ち果てる事の無い一体の蝋人形に変化するのだ」
私はそこまで聞いて、ふと一人、彼女の言葉のリアルさに何やら強い戦慄、または、嫌な予感が走るのを感じた。
「死水に浮き出す脂肪の感覚はきっとこの夜空の下ではいくら言葉を尽くした所で伝わらない事でしょうねえ。丁度今みたいな生ぬるい、それでいて強烈な空気、瘴気とでも申しましょうか、これを纏いながらも、あれは黄色い太陽の光に一番いやらしく輝くのです」
微かに、本当に微かに「もしや」と思った。冗談半分。もとから近い位置にいて踊ってから更に近くに来た、魔女人形にそっと近づいて、止せばいいのにその顔を、じっと見た。
結論から言って、それは確かに魔理沙その人の死体であった。本物である証拠には、顔面の皮膚に一面、びっしりと、細かい産毛が生えていた。人形を作る時に絶対ここまではしないし、できる訳も無い。
蝋人形ならば関節は一体、どうやって固まらないように処理されているのだろうか。純粋な興味が湧いたのは今になっても不思議な事だ。気になって見てみようとした所、人形はいきなりすっくと立ち上がった。
今度は日本語では無い。イタリア語か何かの長大なアリアである。何かの本場のオペラから抜粋したのかもしれないが音楽について浅学気味である私にはわからなかった。けれども声量も、歌に込められたと思われる「心」らしきものもちょっと聞いたところでは世の一級品に遜色無いように思えた。
だからしばらくの間は熱に浮かされたような頭で、同じように拍手を贈っていた。銘柄もわからぬ安物のウイスキーを、ショットグラスに一杯すっと飲んだ。
……しかしなんという事だ。あの人形は例の普通の魔法使いその人の死体でできているのだ!
あんまり驚いたので自分をなくしてしまっていたらしい。
冷や水を頭からぶっかけられたみたいにすっかり酔いが醒めてしまった。
なんということだ。我らが友人、白黒魔法使いの死体が、今まで幻想郷を白昼闊歩していたのだ。
ばかりか我々は今死体を肴に宴会を楽しみ笑い、死体遊びの妙技に感嘆していたのだ。否、現在進行形で、そうしているのだ!
「今ではとても後悔しています。だって魔理沙人形は魔理沙と違って、自分から私に愛の言葉を囁いてはくれないんですもの」
締めくくりに人形の口から「愛してるぜ」と、まんま魔理沙の声の言葉が聞こえて、人形遣いはその一世一代の大告白、大懺悔を終えると、その場に吸い込まれるようにすうっと座った。
大喝采大快哉大拍手鳴り響く中、私の心臓は変わらず早鐘を打ったままだった。今のも腹話術では無い。そんな事はわかる。何度その声を聞いた事か。正に魔理沙の声帯に空気が通ることで絞り出された声だ。
ところで私がこの死体の顔をふと改めて見る時に感じたのが人体という物の物質的な汚さ、不完全さであった。憎々しい程の左右非対称さえこれを穢れ無き人形と認識していた時には意識の上には上らなかったというのに。
これが普通に醜いものを見た時と異なるのは自分もああなるのではないか、否既に今の自分は客観から見ればあのような様相なのではないかという戦慄に外ならない。というより、確実に自分というものは醜いのだ。その最大の悪魔は扉一枚の向うにいつでも控えている。普段は厳重に鍵をかけて閉じ込めて、考えないようにしているが今、まさに死に命を奪われた人が目の前に有るのだ。
そうだというのに。
そうだというのに皆は能天気に笑っている。茶化す調子で、「よく自白してくれたー」と笑っているのは小鬼だ。泥酔した河童のにとりは私の隣で人形に抱きついている。「こんな姿にされて」とか言って、本物の死体と気付いたらこの子は何と言うのだろう。
隙間妖怪や、博麗の巫女さえ声をあげて笑っている。なんでこの人殺しを捕まえないのか、粛清しないのか。
「残念だけどアリス、それは無いわ。だって魔理沙を外に送ったのは、私たちですもの」
巫女が言う。そんな訳が無い、だってあの人形は。
「いいえ、その送った彼女こそ、私が作った、よくできた人形よ」
咄嗟の返しに本当にうまいこと言うねえ、と、またその場の誰もがどっと喝采を贈った。
彼女が、親友の魔法使いを殺して人形にして素知らぬ顔で連れまわしている女か、あるいは寂しさの余りそのような妄想に取りつかれてしまった女かをどちらにせよ「演じて」いるのだとその場の皆が思っていた。
妖怪退治が専門の巫女に風祝。魔法使いの親友だった河童、メイド、私の友達の吸血鬼。皆真実に気がつかないで、あの明るい太陽のような友人を殺されて笑っている。白い腐肉を笑っている!
離れた所に同じように、違う事柄について己が主人と共に笑っている月人の薬師が居る。その顔をじっと見た。引っ張ってきてその目の前に人形を突き出したかった。どうだこれが、作り物か。と、大きな声で言ってやりたかった。
けれども私はそういう事はせず、友人の吸血鬼に一言断って従者を連れて先に帰った。
去り際今日の主役と目が合った時に歴然と覚えたのは紛れもない恐怖である。言うまでも無い。我が心中を見通されているのやもしれぬという絶大なる恐怖である。私は怖くて、悟られぬように、悟られぬようにゆっくりと目を切り、その場を立ち去った。人形遣いが眼の端でにやりと笑ったように見えたのを覚えている。
酒も入っていたからすぐに眠った。次の朝起きてから今に至るまで誰ともこの告白に関する話はしなかったから結局夢であったのかもしれない。その後すぐにアリスが人形を連れ歩くのを止めてしまったと記憶している。繰り返しになるけれども人間の記憶というのは不思議であるから、詳しくはわからない。当時の手帳から正確な日付も見いだす事が出来ない。あの不思議な出来事は、焼けつくような夜の記憶は夢であったのだろうか白昼夢であったのだろうか。夢かも知れぬ。ただ思うのが私が想像のうちに勝手に作り上げたにしては人形と人形遣いの顔、何より焼けつく夜の空気の感覚はそれはもう強く戦慄を引き起こすような様子で。
- 作品情報
- 作品集:
- 10
- 投稿日時:
- 2010/01/21 19:26:53
- 更新日時:
- 2010/01/22 11:05:36
- 分類
- パチュリー
- アリス
- 魔理沙
- 他
狂気が突如現実に入ってきたか、それとも現実が狂気に取り込まれたのか。白昼夢の像がチラリと見え隠れして、好きな者からしたら堪らない
ラズベリーブルーの草原に出たらくちずけを交わす あまりにも強い風の中で」
憧れます
サイコ野郎が堂々と人前でイカレた趣味を晒してるのに
周りは一切その正体に気づく様子がないってのは気味が悪いな
狂気というものは、何か筆舌に尽くしがたい、歪んだ美しさを備えていますね。