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『招かれた客』 作者: ぷぷ
・招かれた客
1、
「ハァ、ハァ、ハァ……」
アリスは走っていた。
「グッ、ガハ、ゲホッ、ハ、ハァ……」
アリスはひたすら走っていた。
彼女の服は、お世辞にも運動に適した服とは言えない。
……最も服はボロボロに破けてしまい、下着の大半が見えてしまっている状態ではあるが。
彼女の靴は、お世辞にもマラソンに適した靴とは言えない。
……最も左靴はつま先が剥けてしまっており、且つ右靴は底に穴が開いている様な状態ではあるが。
それでも彼女は走る。
「どこだ?! 何処に行った、あの人形遣いは?!」
「そこらへんにいる筈だ!! 虱潰しに探せ!!」
血眼になってアリスを捕らえようとする、人間達がいるから。
「いいか?! 早いモン勝ちだからな!」
「望むところだ! あの女を食うのは俺だ!!」
アリスを食わんとする妖怪が、大勢いるから。
「ウ…… ヒッ…… は、ハァ、ハァ……」
これでもう10日間、服を変えていない。
「ハァ、ハァ、……」
スペルカードは、1週間前に使い果たした。
「ウウ、ガ、ゲホッ…… ハ、ハァ……」
最近5日間、まともな物は口にしていない。
「ヒック…… や、だ……」
人形は、3日前に全て壊れてしまった。
「こない、で…… やだ、こ、な、いで……!」
もう1時間は走りっぱなしだ。
空を飛ぶ方が楽に決まっているが、目立って仕方が無い。
そもそも魔力の残量が、殆どゼロに等しい。
スペルカードも人形も魔力も無い今のアリスは、人間と戦闘能力が殆ど変わらないのだ。
妖怪であれ人間であれ、捕まれば……
待っているのは、死である。
森の中を。
深夜の森の中を、ひたすら走るアリス。
「アッ!!?」
アリスが転んだ。
足に引っ掛けたのは、新聞。
文々。新聞のようだ。
「ア、ひ、ヒッ!!!」
情けない声をあげ、新聞から後ずさりするアリス。
2週間前の日付の新聞の一面を見て、顔を真っ青にし、引きつった笑みを浮かべた。
『号外! 人形を操る魔女の肉は、非常に美味であり……』
「い、いや! イヤァァァァァ!!!」
狂ったような声を上げ、ふらつく足でその場から逃げ出すアリス。
「なんで…… なんで、こんなことになっちゃったの……?」
2、
「ダメだ、逃げ切られたっぽい」
「諦めるなよ、他の人形遣いの魔女の肉は、死ぬほど美味かっただろ?」
「ああ、奇妙な頭巾を被った奴が売ってた肉だよな? あれは忘れられねぇ……」
「やばい、やばいよ。 あの肉食べないと、気が狂いそう」
「妖怪達もそうらしいんだよ。 アリスって奴の肉を狙っているらしい」
幻想郷のあらゆる所で、こんな物騒な話がなされている。
1ヶ月ほど前に現れた、頭巾を被り、仮面を付けた男が原因だった。
彼は各地で、『ある種族の肉』と言って、貧しい者達に肉を無料で配りだした。
その味は食した者の全てを魅了し、支配した。
噂は中流層に、上流層に、強権者に伝わり、瞬く間に幻想郷全体で話題沸騰の食べ物となった。
肉を求めて窃盗、強盗、殺人まで行うものも出て来たほどだ。
味に魅了された人間が、妖怪が、幽霊が。
その男に迫った。
『もっと肉をよこせ』
『金なら幾らでも出す』
『金銀財宝、望むものをやるから、食わせてくれ』
迫る彼らに対し、男はこう言った。
「すまないが、あの肉はもう無いんだ。
……ああ、どこで手に入れたかって? 『魔界』と言う所に行って来て、其処で手に入れたんだ」
「そこに居た魔女の…… ああ、確か人形を操るタイプの魔女だったと思うけど……
好奇心でその肉を食ってみたら、これが美味くてね。
皆にその味を共有してもらおうと思ったのだよ」
「もう一度魔界に行って取って来い? いやだよ、リスクが大きい。
君達が自分で行って取ってくればいいじゃないか」
「行き方が分からないから教えろ?!
……ええい、面倒臭い! だったら幻想郷に居る人形遣いの魔女でも食ってればいいじゃないか!」
事が本格的に起こる前からキナ臭さを感じていたアリスは、予め対多数を想定したスペルカード、人形、
結界等を用意していた。
……しかし、アリスを食わんとする者たちの数は、彼女の想定を遥かに上回り、結局アリスは幻想郷中を
逃げ回る羽目となったのだ。
魔界に逃げず、幻想郷に留まった事が、完全に裏目に出た。
幻想郷にいる友人や知り合いに協力を依頼すれば、何とかなるという算段があったからだ。
━━━ 追っ手の中に、嘗ての友人や知人達が居たようだが、きっと気のせいだろう。 気のせいだと信じたい。
黒白の魔法使い、河童の技師、冥界の姫君、守矢の巫女……
彼女達の元を訪れる度、アリスは友人としてではなく、食料として出迎えられることとなった。
彼女達の狂った表情が、アリスの脳裏に張り付いて離れない。
「もう、だめ、はしれ、ない……」
大木に身を摺り寄せ、そのまま崩れるようにへたり込むアリス。
追手の迫る声や音が聞こえるが、逃げようにも体が動かない、
「いや、だ…… いや……
食べられて死ぬなんて、惨めな死に方、したくない…………!?」
ふと顔を上げたアリスは、遠くに明かりを発見した。
固定されている明かりのようだ。 つまり、追手ではない。
「(こんな森の中に、なんで一軒家が?)」
松明に釣られて近づいて行ったアリスは、人間が住んでいると思われる一軒家を発見した。
見た感じは西洋風の、完全に普通と言い切れる家である。
ご丁寧に郵便ポストが設けられており、○○という名前が書かれている。
奇妙に感じたアリスだが、遠くに追手の声がしたのを聞き、意を決して一軒家の扉をノックすることにした。
コンコン。
「誰か、いませんか?」
努めて、今出来る精一杯の冷静さを持った声で、アリスは扉の先に返答を求めた。
すると十数秒後。
「なんだ? 誰だ、君は?」
扉が開かれ、中からは人間の青年が出てきた。
年は二十代前半? その前後で間違いないだろう。
本当に、ごく普通の人間のようだ。
━━━ チャンスかもしれない
こんな所に住んでいるくらいだから只者ではないはずなのだが、今のアリスにそこまで頭は回らない。
「ごめんなさい、ちょっと家に上げてくれない?」
「? ちょ、っと、待て」
青年の返答を待たずに、青年の横を抜けて、家の中に侵入するアリス。
そしてすぐに扉を閉め、了解も得ずに鍵を掛けた。
迷惑そうな反応を見せる青年に、アリスは懐からナイフを取り出し、見せ付けた。
「何も喋らないで! 動いたら、口を開いたら刺すわよ!!」
「刺す? ……刺す、ねぇ」
震える手で青年にナイフを突きつけるアリスだが、青年は全く驚いた様子は無く、寧ろ怪訝と嘲笑が
入り混じった表情をしている。
それもそのはず。 アリスの持っているナイフは、ナイフはナイフでもバターナイフなのだから。
自分の家を捨てて逃げ出すとき、多くの武器を持って逃げ出した彼女だが、偶然にもバターナイフを持って
飛び出した人形がいたのだ。
最早武器とはいえない代物だが、今の彼女はもうこれしかないのだ。
彼と腕力の勝負になったら、恐らく負ける。
アリスは必死だった。
ドンドン!!
「おい!! 誰かいるか!? 開けてくれ!!」
アリスがビクンと体を震わせた。
聞きなれた、黒白の魔法使いの声だった。
口論の最中に、幻想郷でも有数であろうスピードを駆使して、信じられないような速さでここに到達したらしい。
ドンドンと音が、扉を破壊しそうな勢いでなされる。
「あ、いや、いや……!」
アリスはガタガタと震え、耳を押さえて蹲ってしまった。
もうだめだ。 自分は捕らえられ、食われてしまう。
よりによって友人の手によって。
しかし、そんなアリスの肩をグイと掴むものがいた。
「……!?」
「奥に行ってろ。 食事の間にでも居るんだ。 リビングの奥だからな」
男はそれだけ言うと、アリスをリビングの方へ連れて行き、
「じゃあ、念の為に隠れてろよ。 俺が適当にあしらってくる」
自分は玄関の扉の方へ向かっていった。
アリスはしばし呆然としていたが、直ぐに我に返ると、男の言うとおりにリビングを通って、食事の間に
行くことにした。
数秒後、玄関の扉が開かれる音がし、殆ど同時に大声が発せられた。
「あ、なあ、アンタ! こいつ! こいつ見なかったか?!」
魔理沙の声がする。
「こいつ? この魔女のことか? いや、見ていないが……」
会話の内容を察するに、魔理沙が新聞を男に見せ付けているようだ。
リビングからでも会話の内容が分かってしまう為、アリスは耳を塞ぎながら食事の間に向かっていった。
先程の言葉通り、男は適当に彼女達をあしらってくれるようだ。 ならば自分に出来ることは、隠れる
事しかない。
やがてアリスは食事の間に辿り着き、隠れようとした。
が。
彼女は目にしてしまった。
机の上に置かれた、サンドイッチ。
少々冷えた、温めであろう事が推測される紅茶。
奥の台所の鍋にはスープでも入っているのだろうか? 何やら美味しそうな臭いがする。
「た、たべもの、のみもの……!!」
一も二もなく、アリスはそれらにがっついていた。
綺麗好きの筈の彼女が、汚い手を洗おうともせず。
バターナイフを投げ捨て。
乱暴にサンドイッチを右手で、左手で紅茶の入ったカップを持って。
口に、食道に、胃に、それらを詰め込んでいく。
「あぐ、んぐ、……」
無理も無い。 幾ら彼女が魔女とは言え、ここ十日以上、彼女は殆ど不眠不休で走り回っていたのだから。
腹も減り、喉も渇き、肉体的にも精神的にも、そして飢えと言う点でも限界だった。
「ゴクッ…… ん、は、ハァ……」
サンドイッチを紅茶と共に胃に流し込み、アリスは一息ついた。
まだ足りない。 もうちょっと、いやまだまだ食べたい。
しかし、余韻に浸っていたアリスの左肩が、記憶のある握力で再び掴まれた。
「おい。 それは俺のだぞ?」
アリスが振り返ると、先程の男が目の前にいた。
どうやら完全に、追手たちを追い払ったらしい。
「……あ、ご、ごめんなさい……
その、お腹空いてて、喉渇いてて、それで、我慢できなくて……」
しどろもどろに男に返答するアリス。
男はアリスを睨み付けたが、やがて顔を逸らしてため息をついた。
「まぁ、いいさ。 明日の朝飯にする筈だったが、また作ればいい。
それより…… アリス。 ったく」
男はポケットからハンカチを取り出すと、アリスの顔を拭き始めた。
「え、と」
「動くな喋るな拭き辛い」
先程の食事を受けて、男はまずはアリスの口の周りから、次いで顔全体をハンカチで拭いた。
拭き終っても尚呆然とするアリスの横を通り抜け、
「待ってろ」
「……」
男は台所の方に向かっていった。
十数秒後、男はカップにスープを入れて戻ってきた。
それをアリスに見せ、テーブルの上においた。
「これを飲んだら風呂に入って来い。 臭ってたまらんし、その姿が目に毒だ。
服を適当に用意しておいてやる」
女性であるアリスにとって屈辱的な言葉だったが、男はこう続けた。
「……いい女が台無しだ。 それにそんな綺麗な体を、これ見よがしに見せるもんじゃない」
男は、アリスがやっと分かる程度に、僅かに微笑んだ。
「あ、あう……」
この男は。
彼は、味方だ。
十数日ぶりに、本当に自分を為を思ってくれる生物に、彼女は会ったのだ。
「あ、あああ……」
我慢、出来なかった。
「う、わあああああああああああああ!!!!!!!!!」
「!! ……おいおい」
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」
アリスは泣いた。
男に抱きつき、泣いた。
「ヒック、ウグ、ウワアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
「……分かったよ。 気が済むまで泣いておけ」
「ありがとう、ありがとう、ううううううううう……」
ため息を付きながらも抱き返す男に、アリスは自分もより一層強く抱き返した。
3、
「この役立たず! 役立たず! 役立たず! 役立たず! 役立たず! 役立たず! 役立たず! 役立たず!
役立たず! 役立たず! 役立たず! 役立たず! 役立たず! 役立たず! 役立たず! 役立たず!
役立たず! 役立たず! 役立たず! 役立たず! 役立たず! 役立たず! 役立たず! 役立たず! 」
「このドブネズミ! ドブネズミ! ドブネズミ! ドブネズミ! ドブネズミ! ドブネズミ! ドブネズミ!
ドブネズミ! ドブネズミ! ドブネズミ! ドブネズミ! ドブネズミ! ドブネズミ! ドブネズミ!
ドブネズミ! ドブネズミ! ドブネズミ! ドブネズミ! ドブネズミ! ドブネズミ! ドブネズミ! 」
「や、やめ、ガハッ!!」
深夜の森の中。
それは異様な光景だった。
賢明な姫君である筈の、西行寺幽々子が。
守矢神社の対外的な代表者である、八坂神奈子が。
命蓮寺の主要妖怪の一角であろうナズーリンを、顔を真っ赤にして足蹴にしている。
周りの妖怪や人間は、ある者は幽々子達に同意し、応援。
ある者はそんな事は我関せずで、アリスの捜索に神経を集中させている。
「何処までやる気よ、幽々子! その辺にしておきなさいよ!」
「神奈子! いい加減にしな!!」
彼女らに同行していた霊夢と諏訪子が、そこに割って入った。
「……」
救護員として鈴仙もいたが、彼女は口出ししない。
この争いに口を出したら、下手したら命に関わる。
「邪魔しないでよ。 この鼠が悪いのよ、真面目に探さないから」
「どーせ惚けに惚けて、自分だけであの魔女を食らうつもりなんだろう。 分かってるんだからな」
幽々子は霊夢に、神奈子は諏訪子ではなく、ナズーリンに目を向けたまま話す。
霊夢も諏訪子も冷や汗をかきながら、
「この子の専門じゃないのよ。 人探しは。 きっとね」
「さっきも言ってたじゃない。 アリスの魔力が落ちすぎていて、反って捜索が困難になっているって」
霊夢は幽々子の肩を、諏訪子は神奈子の腕を掴んで二人を説得する。
「そんな事より、ほら。 探すのなら探しましょうよ。 ね?」
「神奈子は私より頭もいいし、腕も立つんだから。 直ぐにとはいかなくとも、その内捕らえられるよ」
あの博麗の巫女が、ポーカーフェイスを崩してまで。
あの土着神の頂点が、自分を卑下してまで。
知り合い、或いは友人を説得している。
第三者視点で経過を見ていた鈴仙は、ある種非常に特異なシーンに出くわしていた。
「……まぁ、放っておきましょう。 こんな役立たずは」
「ああ。 時間の無駄だな。 命蓮寺の連中ってのは、皆こんな感じで使えないんだろうな」
幽々子と神奈子は吐き捨てるように言うと、ナズーリンには一瞥もせず、さっさと先に行ってしまった。
「……冗談じゃ、ないわよ……」
事が収まっても、霊夢は気が気でなかった。
2週間ほど前、丁度魔女の肉騒動が本格化し出した頃。
霊夢は博麗神社を訪れた紫に、「アリスが来たら追い返せ」「追っ手に誘われたら、形だけでもいいから
参加しておけ」という忠告を受けた。
妖怪とはいえ、人間にとっては無害と言い切っていいアリスに対するぞんざいな扱いを強要された霊夢は、
当初は内心紫に反発していた。
しかし今は、口にこそ出さないが、紫にある種の感謝の思いがあった。
「クソ!! 何処に逃げやがったんだ、あいつは!!
にとり! 見当はつかないか?!」
「いや、皆目…… 一生懸命探しているんだけどね〜!!!」
魔理沙も、にとりも。
完全に正気を失った様相で、アリスを食うことしか考えていないようだ。
もし紫に逆らってアリスを匿っていたら、彼女達は勿論、幽々子や神奈子まで敵に回していただろう。
それを考えてゾッとした霊夢は、そんな思いを断ち切るべく、ナズーリンを介抱する鈴仙の元へ歩いていった。
「大丈夫? そこの鼠は」
「なんとか、一応妖怪だし…… でも、拙いですね。 肋骨が2,3本折れてる」
鈴仙の表情は、色々な意味で冴えない。
きっと、今すぐにでも逃げ出したい気分だろう。
しかし、後述するが彼女には役目がある。
「だいじょう、ぶだ。 この程度なら……」
ヨロヨロと立ち上がったナズーリンが、苦しげに言った。
「それより、急ごう。 もう見つからないと惚ける必要はないのだろう?」
霊夢達に聞こえる程度の、小声で話すナズーリン。
鈴仙は小さく頷いた。
「ええ、もう大丈夫。 ついさっき入った情報によると、あの発狂した連中を沈静させる薬が、試作から
量産体勢に入ったらしいです」
「それは、よかった。 ……正直、このまま行ったら私の命は無かっただろうからな」
ナズーリンは心底安心したようだ。
霊夢と諏訪子も、まずは一安心したが、これは決して根本的な解決にはなっていない。
「紫は中々原因を掴めていないみたい。 色々調べているみたいだけど。
何せ、肉は勿論、例の男だって、全く姿を見せないんだから」
紫が今回の事件の真相を真剣に探り出したのは、頭巾の男が現れなくなって2日後。
男は現れないし、肉は片っ端から食われてしまうで、物的証拠が全くつかめていないのだ。
「それより、永琳がやってくれて助かったよ」
諏訪子がホッとしたような口調で言った。しかし、気まずそうな表情を浮かべて続ける。
「あとは、その……」
諏訪子が言いにくそうに、口ごもった。
霊夢と鈴仙もそれを察し、気まずそうな表情を浮かべた。
しかしただ一人、
「ああ。 そのアリスとやらをひっ捕らえて、ディナーになってもらうだけだ」
ナズーリンだけは淡々と、しかし力強く言った。
「アリスが食われて死んで、ひと段落着いてから、薬を打って回るという話だったよね?」
ナズーリンが鈴仙の方を見て言った。
「……うん。
師匠が言ってた。 狂った連中には気の済むまでやらせて、それから彼女達が落ち着いたら、
強者を優先して薬を打って回れって。
私の手元にはあまり薬は無いけど、量産を始めたって言うのなら、強者さえ何とかできれば、後は
対処できると思う」
永琳曰く、アリスを捜索している段階で下手に茶々を入れようとしたら、間違いなく非常に危険、との事だ。
極力刺激はせず、アリスが食われてひと段落ついてから薬を打って回れ、と指令を受けたと鈴仙は言っていた。
「よし。 では、彼女には悪いが、出来るだけ惨たらしく死んでもらう。
そこで必死になっている連中に、醜く、惨めに、情けなく殺され、食われてもらう」
ダウジングロッドを持ち直したナズーリンが、物騒な事をハッキリと言い切る。
「それが命蓮寺の、聖の為だからな」
ナズーリンが言うには、聖白蓮が、ぬえの手によって、例の肉を口にしてしまったらしいのだ。
白蓮にとってショックだったのは、『魔女の肉を口にしてしまった』事より、『なんて美味しい食べ物
なのだろう、もっと食べてみたい』と思ってしまったこと。
自害せんとの勢いの白蓮を、星や水蜜達がなんとか治め、今は24時間付きっ切りで、自殺しないよう
見張っているらしい。
「アリスという魔女が醜く死んでくれれば、それだけその行為を恥じ、自らを戒めようとした聖が救われ、
牽いては命蓮寺が救われるからね」
「……」
霊夢の隣で、諏訪子がこれ以上に無い屈辱に満ちた表情で、俯いている。
命蓮寺も拙そうだが、肉を求めて行方不明中の早苗や、先程の神奈子に対応しなければならない諏訪子も、
相当参っているはずだ。
よりによって、たかが元人間の魔女に高潔さで負けるとは、神奈子は正気に戻った時、どのように思うのだろうか?
今現在もそうだが、事後の問題も数多く残っている。
霊夢は諏訪子に同情したが、だからと言って事件は解決されない。
鈴仙の言うとおりなら、アリスを捕らえられれば後は詰め将棋と言ってもいい段階だ。
善?は急げ、だ。
「で、ナズーリン。 アリスは何処に居るの?」
さっさと捕まえるに限る。 後の事は、後で考える。
霊夢はそう割り切り、ナズーリンにたずねた。
しかし、ナズーリンの表情は冴えない。
「それが…… それが、本当に分からなくなってしまったんだ」
「へ?」
驚く霊夢達に、困惑の表情を向けるナズーリン。
「今までは、アリスが持ち出したバターナイフを発信機代わりにして、彼女を追跡していたんだ。
それで、適度に分からない振りや分かる振りをして追いかけていたんだけど……」
そう言えば彼女は、先程から何度か能力を発動し、色々と試そうとしていた。
しかし、進展が無いのだ。
「つい先程。 反応が、全く消えてしまったんだ。
おかしな話なんだよ。 例えばアリスが自殺してしまっていたとしても、バターナイフは残るだろう?
それが、見つからない。 見つからないんだ……」
これまで冷静さを一度も失っていなかったナズーリンの表情に、焦りが見え始めていた。
「じゃあ、今は本当にアリスが何処に行ったのか、分からないって事?」
「ああ。 この辺に居る筈。 居るのは確かなんだ。 でも、分からない……」
「分からない、じゃないだろ!! 何やってるんだよ!!」
「がぁ!?」
「ま、待って! 落ち着いてください!」
悪化し続ける状況に業を煮やした諏訪子が、激高してナズーリンに掴みかかった。
それを鈴仙が、慌てて制す。
「……冗談じゃ、ないわよ……」
霊夢は先程と同じ台詞を、今度はハッキリとした絶望感を持って繰り返した。
4、
1ヵ月後。
○○という男の家に、彼以外に一人の女が住み始めて、1ヵ月後。
女がご機嫌で、台所で鍋の中身を回している。
そこに、鍵が開き、扉が開く音。
「ただいま。 帰ったぞ」
女は手を止め、そそくさと玄関に向かっていった。
「○○、おかえり。 今日も…… 服は捌けたみたいね。 流石ね」
「まあな。 当然だ」
褒められたというのに、男はニコリともせず、コートを脱ぐ。
女がそれを預かろうとする仕草を見せたが、男がそれは不要とばかりに手を振った。
「大丈夫だよ、アリス。 それより、料理の途中だったんだろう?」
「うん。 じゃあ、料理の続きしてくるわね」
アリスは微笑み、台所へ引き返して行った。
〜〜〜〜〜〜
あの、一ヶ月前の出来事の後。
「あの…… これは?」
風呂に入ったはいいが、着る物が無くて困っていた、バスタオル一枚のアリスに、男は冬物と思われる
ツーピースと、女物の下着を手渡した。
「お前の着る物さ。 生憎、寝巻きの類は切らしていてね。 とりあえずそれを着ておいてくれ」
男はそれだけ言うと、棚からミシンと布を取り出し、それを机に置き、そして椅子に座った。
訝しげな表情のアリスに、男が淡々と言った。
「いやね、お前用の寝巻きを作ってやろうとしてね。
ここに暫く滞在する事を許可するつもりだったんだが……
それとも不要だったかな? 何処か行く当てがあるのか?」
アリスは力なく首を振った。
もう彼女には、行く当てどころか、その身一つ以外に、本当に何も残されていなかった。
「ならそれを着て暫し待っていろ。 寝巻きぐらいなら直ぐにできる」
「あ、ありがとう。 え、と……」
アリスは冷静になって部屋を見渡す。
居間には、壁に画鋲やハンガーが至る所に掛けられており、そこには服や帽子、他に演劇の小道具等が
置かれている。
「ああ、言ってなかったな。
俺は衣装作りや小道具作りをして、生計を立てているんだ。
この家が安全であり、俺が妖怪に対抗できる手段を持っているのも、お得意さんのおかげでね」
ミシンや手を動かしながら、男は言った。
「お前、確か人形遣いだったな。 人形の衣装を、自分で作っていたりするか?」
「え? まぁ、大半は自分で作っていたけど」
「じゃあ明日から手伝ってくれ、衣装作りや小道具作りを。 女物なら、お前の方が得意だろうしな。
ただ飯は食わせるつもりは無い。 お前もなんかやっていた方が、ここに居やすいだろ?」
アリスは頷いた。
彼から何も言われなければ、自分から何か出来ることは無いかと言い出していただろう。
「料理は出来るな?」
「自慢出来るほどではないけど……」
「そういう事をいう奴は、大抵出来るのさ。 朝は俺が作るが、後は頼むぞ」
その他、男は淡々と腕を動かしながら、淡々とアリスに共同生活上の作業を割り当てた。
比率的には、アリス8の男2くらいだろうか?
衣食住を提供してもらっているのなら、これ位はやって当然だろうと、アリスは特に悩む事無く受け入れた。
〜〜〜〜〜〜
「アリス、どれくらいで夕食は完成する?」
「1時間くらい。 でも、後は鍋で煮ながら放置するだけ」
「ふむ。 ではその間、『味っ粉』について研究しておきたいので、協力してくれるか?」
「ああ、あれね。 分かった、手伝う」
○○の言う『味っ粉』とは、所謂香辛料や調味料の類である。
肉類との相性が抜群で、実際アリスが試作品を使って調理したところ、唯の鶏肉が超高級品の
鶏肉と思える位に変化し、彼女は大変驚いた。
直ぐにでも売り出して見ればいいじゃないかとアリスは○○に提案したが、○○は首を振った。
「ダメなのだよ、これではな。 効き目が強すぎる」
「体に悪影響って事?」
「体というより、精神だな。 麻薬みたいなものをイメージしてもらえばいい」
「成程、この粉を求めて狂いだすって事ね?」
「そういう事だ。 そんなモンは商品にならんから、効力を弱めに弱めているのさ」
納得したアリスだったが、ここで一つの疑問が浮かんだ。
「ちょっと待って。
この粉に依存作用があるって事は、どうやって知ったの?
貴方は依存はなさそうだし、かと言ってこの家には貴方以外の生き物は、私しか居ないし……
まさか貴方の友人でも使ったの?」
○○はまさか、と首を振った。
「馬鹿いうな。 その辺の野良妖怪とか、その他諸々、試したんだよ」
「その他、諸々?」
「その他、諸々だ。 聞きたいか?」
「い、いや、いいわ」
薄暗い笑みを浮かべる○○に気色悪さを感じたアリスは、結局それ以上は追求しなかった。
二人が席に着き、相談を始めようとした、その時。
ドンドン。
「ごめんください」
客が来たようだ。
アリスがビクッと体を震わせる。
1ヶ月前のあの日以降も、アリスを捕らえて食わんとする者が、度々○○の家を訪れていた。
その度にアリスは台所の端に隠れるのだが、大抵の追跡者は、そこまで声が届くくらいの大声で話す。
煮るだの、焼くだの、生のまま齧り付くだの、踊り食いするだの。
それを聞く度にアリスは震え、頭を抱えて泣き出していた。
「行って来る。 多分あのノックや落ち着き具合から言って、お前の追手じゃないと思う」
○○はそう言って立ち上がると、
「念のため、奥に隠れていろ。
罵声が聞こえなければ、問題ないと思っていいぞ」
そう言い残して玄関の方へ向かっていこうとした。
しかし、アリスが彼の服の袖を掴んだ。
「いや、行かないで」
「……いや、しかし」
「一人に、しないで……」
お留守番を強要された、子供の様に。
ダンボールに入れられて捨てられた、子犬の様に。
上目遣いで、泣きそうな表情で、アリスは訴えた。
○○は一つため息をつくと……
そっと、アリスを抱きしめた。
「あっ……」
「大丈夫だよ」
○○は少しだけ優しく微笑み、諭すようにアリスに言った。
「直ぐに戻る。 それまでこの家から離れちゃダメだからな?」
アリスの頭をポンと叩くと、○○はリビングから去っていった。
アリスは一瞬呆然としていたが、直ぐに顔を真っ赤にし、台所へ走り去っていった。
5、
「笑いが止まらないわ。 ○○、貴方凄すぎよ」
森の中の、○○の家から少し離れた所にある、新築の小屋の中で。
○○と呼ばれた人間の男と、レミリア・スカーレットが対面している。
新聞を片手に持っているレミリアは、笑いを止めることができないようで、口元が緩んでいる。
「何、いつもよくしてくれる常連さんの野望の為だ。
苦労したが、喜んでくれて何よりだ」
○○は事も無げに言うと、レミリアから新聞を受け取った。
一面には、こう書かれている。
『博麗の巫女、及び幻想郷の管理者である八雲紫が、幻想郷管理者の重鎮として、紅魔館の当主である
レミリア・スカーレットを向かいいれる事を決定』
なぜこのような事になったのか?
それはこの1ヶ月の間に、幻想郷の勢力図が激変したからである。
後一歩のところまで追い詰めながら、結局アリスを捕まえられなかった発狂者達は、様々な問題行動を
起こしていた。
例えば、白玉楼。
アリスを追って幻想郷中を飛び回り、自分の仕事を放棄してしまった幽々子。
取り残された妖夢は、紫や藍の手助けもあり奮闘しているが、彼女だけではとてもではないが、全ての
フォローは出来ない。
おかげで冥界は不安定になっていて非常に困っていると、ルナサ達が漏らしている。
他の勢力も大方問題が起きているが、中でも悲惨なのが守矢神社。
正気に戻った神奈子は、自らの行動を恥じて行方不明。
早苗は相変わらずアリスを追ったまま帰っていない。 一部の情報によると、何でも普通は被食されることの
無い妖怪が食い殺される事件が多発していて、その大半が早苗が行っているであろう事がわかる物らしい。
彼女の姿を見た者の証言によると、最早人間とは思えない、醜い外見になっていたとの事。
妖怪を食らい続けた影響で、早苗自身が妖怪化してしまったのだろう。
……残された諏訪子は、山からの信仰の半数を失い、紫から早苗の起こしている問題について説教され、
神奈子や早苗と分担していた仕事を全部自分でやらなければならなくなり、それでいて早苗の捜索は
行わなければならず。
諏訪子はフラフラになりながらも捜索を続け、その合間を縫って博麗神社を訪れ、霊夢に愚痴や泣き言を
漏らしているらしい。 霊夢も彼女の相手をしている暇は無いほど忙しいのだが、それでも追い返せない位、
諏訪子が気の毒な状態なのだろう。
「実に順調よ。
この前ね、霊夢にこう言われたのよ。 『レミリアは頼りになるわね』って。
紫にも言われたわ。 『レミリア、貴方にお願いしたいことがあるの』って」
誇らしげに、そう言うレミリア。
前述した様な様々な問題に対し、紫や霊夢がフォローし切れていない点について、レミリアを中心とした
紅魔館の主だった者達が手助けに回っているのだ。
例として、命蓮寺にパチュリーが出張し、悩む白蓮に親身になって相談に応じたり。
薬を打って回っている鈴仙を、咲夜が能力を駆使してサポートしたり。
各地で崩壊してしまった建造物の建て直しや新築を、フランや美鈴が手伝ったり。
彼女達に指示を出す他、本来彼女達が行っていた仕事の大半を受け持ち、尚且つ紫や霊夢を助けるレミリアも含め、
最早紅魔館の面子達は、紫達にとって立派なパートナーとなりうる存在だったのだ。
そしてこの度、それらの功績が評価され、レミリアは幻想郷という社会においての、頂上に近い位置の
権力の座に着いたわけだ。
「良かったな。 自分の認めているライバルに信頼されるっていうのは、実に名誉な事だろう」
「ええ、本当にね。 ……でも、貴方はいいの?」
レミリアが○○に質問した。
「というと?」
「権力も、お金も、力も、名誉も。 貴方は何も得ていないじゃない。 不満じゃないかっていう事よ」
質問された○○は一瞬きょとんとした後、フフッと笑って、こう返答した。
「権力も、お金も、力も、名誉も、いらないさ。
一番欲しいものは手に入った。 君が協力してくれたおかげでな」
「協力って、『アリスは追っ手を逃れながら、○○の家に辿り着く』っていう運命操作の事よね。
今回私が貴方の為にした事なんて、結局それしか無いじゃない」
「それで十分なんだよ。
彼女の…… アリスの存在は。 権力にも、お金にも、力にも、名誉にも代えられないからな」
笑みを浮かべる○○に、レミリアは半ば呆れた様な仕草を見せた。
「帰ったぞ」
「……!!!」
待ちわびた声が。
待ち続けた人物が、ようやく戻ってきた。
アリスは叫びたいほど嬉しい気持ちを何とかセーブし、小走りでリビングに行った。
「お、待たせたな。 すまない。 早速夕飯に……!?」
最後まで言わせない。
アリスは○○に駆け寄ると、彼に抱きついた。
「おいおい…… 全く、アリスは実に甘えん坊さんだな」
「うん…… 甘えん坊で、寂しがり屋なの」
「寂しくなると死んじゃうってか?」
「うん。 だから、一人にしちゃやだ」
アリスは○○の胸に顔を埋めた。
○○はあの日と同じ様に、優しくアリスを抱き返した。
「○○」
「なんだ?」
「私ね、貴方の事が好き」
恥ずかしいのか、これまでの話し声よりトーンを落とし、顔を埋めながらアリスは言った。
「○○は、私の事を好き?」
「愚問だな」
○○は自分の胸に押し付けられているアリスの顔を、引き離す。
そして、アリスの顔を正面から見て、
「大好きに、決まっているじゃないか」
ヤサシク、ワラッタ。
fin
- 作品情報
- 作品集:
- 10
- 投稿日時:
- 2010/01/23 11:01:31
- 更新日時:
- 2010/01/24 01:24:05
- 分類
- アリス
- オリキャラ?
この結末にどう感じるかでハッピーにもバッドにもなるぞ。
因みに私はバッドだ。
とりあえずアリスが死ななくて良かった
いや、まさかな?・・・まさかな。
〜○○に頼らず逃げよう〜
に125ペリカ
これは○○の策略と一途さの勝利だ。
そして、○○という空白をじっと見つめれば、おのずと見えてくるはずだ。自分の名前が。
「○○=俺」だ。
見えた。
途中で名前を呼んでしまったのはうっかり?
アリスが逃げ回るところが好きだな
やっぱりキャラがピンチになるシチュは昔から興奮するわ
正気に戻って暴走していた時を思い出す連中も笑える
早苗は肉とは別の何かにやられたとしか思えん
元々あそこは権力欲とは無縁だしな
オイコラ
○○に自分の名前を入れたらハッピーエンドにしか見えなくなった
この緊張感がたまらない
アリスが幸せならそれでいい
個人的には冥界や妙蓮寺などなどの各反応もおもしろかったな