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『ツェペシュの幼すぎた末裔の門番』 作者: 穀潰し

ツェペシュの幼すぎた末裔の門番

作品集: 11 投稿日時: 2010/01/26 17:30:04 更新日時: 2011/09/26 10:00:24
注:この物語は「ツェペシュの幼すぎた末裔」の一場面を別の視点から描いた物です。
それ故上記の物語をお読みでない場合、状況把握が出来ない場合があります。
また独自解釈も含まれますので、お読みの際はご注意下さい。
またアイディアを下さった>10様には最大の感謝と敬意を。



『貴様か。最近この辺りでお山の大将を気取っている木っ端妖怪というのは』
『……うん、悪くない。さて、お前に決めさせてやろう。素直に私の部下になるか、それともぶちのめされて部下となるか、好きな方を選べ』
『と言っても、もはや答えは出ているようだな。……ん? 当たり前だ。ここで素直に頭を下げるような奴なら殺していたさ』
『さて、こんなにも月が紅いんだ。少しは長持ちしてくれよ?』



れみりあの我が儘に拍車がかかりだしたのは、つい十数年程前からでした。
そう、ちょうど唯一の肉親を失ったその時からでした。
その日から、れみりあは何処か変わってしまったのです。
最初は些細な事でした。
館の装飾が気に入らない、と吐き捨てたれみりあは、当時侍従長を努めていためいりんに、次々と高価な食器や家具を揃えさせました。その家具にわざわざ金や、吸血鬼の弱点である銀を使ってまで装飾させたのも、れみりあ自身でした。
何故そのようなことを、と聞くめいりんに、れみりあは言いました。

「私は夜の王だ。王たる者が何かに怯えて暮らすなど滑稽すぎるだろう?」

その姿が、まるで必至で背伸びをしようとしている子供に見えたのは、はたしてめいりんの目の錯覚だったのでしょうか。
そして次の日から、めいりんはれみりあの我が儘に付き合わされはじめました。
やれ周辺の妖精を叩きのめしてこいだの、やれ里の人間を脅かしてこいだの。
まるで子供のようにれみりあはあれこれと注文を付けはじめまたのです。
最初は只の気まぐれだと付き合っていためいりんですが、流石に子供を攫ってこいと言われた時には猛反対しました。
そしてめいりんは、思わずれみりあに尋ねたのです
どうしてこんな無理をなさるのですか、と。
その言葉に、れみりあは苛立ったような返事を返しました。

「無理だと? それは貴様が感じているだけで私がそう感じているわけではない」

まるで爆発寸前の爆弾のような気配を放つれみりあ。
その瞳が思い詰めたような色をしていることに気が付いためいりんは、それ以上何も言えませんでした。
そこでめいりんは、れみりあの親友であるぱちゅりーという魔女に手助けを求めました。
れみりあに対して上司と部下という立場しか取れない自分では無理でも、友達という対等な立場であるぱちゅりーなら、れみりあの傍若無人な振る舞いを諌めることが出来るのではないか。
そう考えたのです。
紅魔館の地下にある図書館に居るぱちゅりーは、めいりんの話を聞くと、少し待っていなさい、と言い残し図書館を後にしました。
動かない大図書館の異名を持つぱちゅりーが、自分から率先して動くなど並大抵のことではありません。
何か特別な理由でもあるのだろうか。
そんなことを考えながらぼんやりとめいりんは図書館で待っていました。
図書館の司書を努める使い魔が出してくれた紅茶がすっかり冷めてしまい、めいりん自身が舟を漕ぎ始めた時ででした。
館が大きく震えたのです。
突然の出来事に何事かと飛び起きためいりん。その間にも揺れは二度、三度と襲ってきます。
思わず使い魔と顔を見合わせた後、彼女は図書館を飛び出ました。
そして大ホールへと足を踏み入れた彼女が見た物は、不機嫌な顔で床に寝転ぶれみりあと、パタパタと服の埃を払っているぱちゅりーの姿でした。
事態の把握が出来ず、ぽかんとした表情を浮かべた彼女に気付いたぱちゅりーは、れみりあに何事か呟きました。
その言葉に、れみりあはバツの悪そうな顔を1つした後、めいりんを手招きしました。
主のただならぬ気配に、慌てて近づくめいりん。そんな彼女にれみりあは言いました。

「無茶をさせた」

その言葉は、自分の非を全て認めた物でした。
思わず顔を上げためいりんの目に映ったのは顔を真っ赤にしてそっぽを向くれみりあの姿でした。
その姿が見た目相応でとても可愛らしくて、めいりんは思わずれみりあを抱き締めてしまいました。
その後殴り飛ばされましたが、頑丈な彼女にとっては何の苦にもなりません。
それ以上に、嬉しかったのですから。



それから数年が過ぎました。
その日、めいりんは館の周辺を巡回してた部下に呼び出されました。侍従長であるめいりんをわざわざ呼び出した部下は、非礼をひとつ詫びると奇妙な物を見つけたと言って、何かを差し出してきました。
それは人間の子供だったのです。
ボロを纏ったその少女は、虚ろな目を周囲へと向けています。その目は既に死に神が半分映っていました。
このまま無視するのは容易いが、野垂れ死んだこいつ目当てに妖怪が集まってくるかもしれない。そうなるとわざわざ騒ぎを起こすことになる。
そう言う部下に同意しためいりんは少女の襟首を掴むと、引きずりながら館へと歩いていきました。
一応妙な拾い物をしたと報告した方が良いだろう。
その時めいりんの頭にあったのは、少女をどう料理するか、それだけでした。
しかし、その少女の未来はめいりんの予測とは正反対の物になったのです。
れみりあが、少女の何が気に入ったのか、名前まで与え、紅魔館で育てると言い出したのです。
もっとも、主人の気まぐれは今に始まったことではありません。
ぱちゅりーは勿論反対しませんでしたし、それはめいりんも同じでした。ただ、少女に付ける名前に関してひと騒動有ったことは、公然の秘密でした。
「いざよいさくや」と名付けられたその少女は、すくすくと成長しました。
ぱちゅりーから知識を吸収し、めいりんから技術を吸収し、彼女は何時しか紅魔館の侍従長を請け負う程成長していました。
では、もともと侍従長を努めていためいりんはどうしたのか。
彼女は新たな侍従長が出来たことによって、自分の仕事を失ったことに意気消沈していました。
と言っても、さくやに対する憎しみはありません。彼女が自分以上に有能だと言うことは、彼女の成長を見てきためいりん自身がとてもよく解っているからです。
そんなある日、さくやの侍従長就任を祝った晩、めいりんはれみりあに呼び出されました。
珍しくれみりあの傍らにはさくやが居ませんでした。
その事に首を傾げためいりんにれみりあは、貴様が居るのにわざわざ咲夜を連れる必要はないだろう、と言いました。
そしてこう切り出したのです。

「貴様は長きにわたり紅魔館と、そして私に尽くしてくれた。私の無茶に付き合い、侍従長と護衛を兼任した。だが、今度から侍従長は咲夜が努めることとなる。そこで貴様の侍従長としての任を今宵限りで解くことにした」

その言葉を聞いた瞬間、めいりんの身体が一瞬固まりました。
覚悟していたこととは言え、主人の口からはっきりと言われるとだいぶ堪えたのです。
お前は既に用済みだ。めいりんはそう言われたと感じたのです。
しかし、それもれみりあの次の言葉まででした。

「貴様には今後紅魔館における門番の任について貰う」

思わず顔を上げためいりんに、れみりあはにやりと意地の悪そうな笑顔を向けました。
それは何時だったか、増長していた自分を思いっきり叩きのめした時同様の物でした。
そして言葉を続けます。

「紅魔館の門前と言えばある意味最前線と言える。そこを貴様に任せる意味が判るか?」

その言葉に、めいりんは頭を下げました。
れみりあはこう言っているのです。
貴様ならどのような相手であろうと紅魔館の門を必ずや守りぬく、と。
それはめいりんに対するれみりあの、守ってくれるだろうという期待の言葉ではなく、必ず守り抜くという確信からの言葉でした。
短く一言了承した意を返すめいりん。
その言葉にれみりあは満足げに頷くと言いました。

「貴様の今までの功績と、これからの活躍を『視て』名を送ろう。この永遠に紅い幼き月とその居城を護る者として、『紅』の文字を持つがいい」

その言葉に、めいりんの身体は打ち震えました。何百という宝よりも価値のある物を貰ったのだからそれも無理のないことでしょう。
いつの間にかめいりんの目から涙が零れていました。主人の前で涙を流すなど無様極まりないにもかかわらず、溢れる涙を止めることが出来ませんでした。
顔を伏せ、必至で流れる涙を隠しました。そしてそんなめいりんを見て、れみりあはとても嬉しそうな顔をしていました。
この時、めいりんは決心したのです。
何が起きたとしても、紅魔館を、そこに住む者達を、そしてこの主を守り抜くと。
それが『紅美鈴』の使命だと。



しかし。

それは。

紅美鈴の目を。

曇らせることとなった



館の内部から絶叫が聞こえてきました。
それが攫われてきた男の声だと気づき、めいりんは一瞬だけ表情を歪めます。
しかし男に絶叫をあげさせているのが自分の主人の仕業だと気付くと、その表情を改めました。
れみりあお嬢様が望まれている以上、臣下である自分が口を出すことではない。
自分の仕事は当主に苦言を呈することではない。今自分が立っている場所、紅魔館の門を守ることだ。
そう考えながらも、めいりんは漏れる溜息を隠すことが出来ませんでした。
一昔前に発生し、そして収まっていたはずのれみりあの我が儘が、最近また酷くなってきたのです。
しかも今回は容赦がありません。
めいりんがその事を知ったのは、さくやが人間の男を引きずって帰ってきたことによってでした。
めいりんはとても驚きました。
なにせこの世界では、生きている人間に手を出すことは厳しく禁じられているからです。
それは昔に取り決められた条約に則った物で、餌となる人間を提供して貰う替わりに、周辺の生物には一切手を出さないという物でした。
どうして、と尋ねためいりんにさくやは簡潔にこう答えました。

「お嬢様が望まれた」

その時のさくやの表情をめいりんは忘れません。
手伝いが成功し誉められた子供のような、喜色を讃えた笑み。
その笑顔に、一切の曇りはありませんでした。
彼女はただ、れみりあの望むことをし、それによって彼女が喜ぶことだけを自分の望みとしていたのです。
もちろんめいりんも、れみりあの為なら命を投げ出す覚悟はあります。
しかしそれは危険が「迫る」時であって、危険に自ら「近づく」時が来るなど考えもしませんでした。
拙い、とめいりんは考えました。
ことが公になれば、必ずやれみりあは裁かれるでしょう。かといってこのような暴挙を見過ごすべきとは考えられません。
そのめいりんの内心を見透かしたのでしょう。さくやは薄く笑みを浮かべて言いました。

「心配はないわ、美鈴。私が痕跡を残すようなヘマをすると思っているの?」
「い、いえ……」
「でしょう? さぁ、これから忙しくなるわ」

そう言ったさくやは、いつの間にかめいりんの目の前から消えてしまいました。
残されためいりんはさくやの言葉に安心半分、不安半分を感じていました。
痕跡を残していないということはれみりあに危険が及ぶことのない反面、邪魔されたくないという考えがあるからです。
つまり、また同じ事を繰り返すかもしれないということです。
いや、レミリアお嬢様のことだ。恐らく何か考えがあってのことだろう。
例えば提供されるはずの食料が来なかったから、意趣返しとして人間を攫ったとか。
そうだ。お嬢様が無駄なことをなさる筈がない。きっと何か重大なお考えあっての事だ。
めいりんは自分にそう言い聞かせました。
彼女の中で、れみりあはたとえ我が儘であっても最終的には自分の非を認めるだけの思慮深さがあると考えていたからです。
だから次の日、男の死体が近くの湖に浮かんでいるのを目にしても、妖精の仕業と思わせる仕掛けだ、とそう自分を納得させました。



数週間後、今度は館から女の絶叫が聞こえてきました。
しかも1人ではありません。
何人もの女の声が聞こえます。
生皮を剥がれ、血を絞られ、肉を切り刻まれ、骨を砕かれ、内臓を潰され、もがき苦しんで殺されていく女達の絶叫を、めいりんはただひたすら無視していました。
そうしなければ、女達の絶叫が自分を責めているように感じるからです。
だって、今絶叫を上げている女達は、めいりんが近くの村から「狩って」来た人間なのですから。
昨晩、さくやから「人間の女を10人程連れてこなければいけないから手を貸して」と命令された時、めいりんは自分の耳がおかしくなったのだと思いました。
だって、10人もの人間を連れてきて、それで終わるわけがありません。
数週間前、ボロ雑巾のように捨てられた男の姿が、めいりんの脳裏にはまだ焼きついていました。
そしてその叫び声も。
今回も同じ事が行われるのではないか。
そうなったら今度こそ拙い。
10人もの人間を手に掛けて、管理者が黙っているはずがない。
必ずやれみりあに、ひいては紅魔館全体に罰を与えるはずだ。
めいりんにとって、れみりあの命令は絶対です。
しかしその命令を実行したことによって、れみりあ自身の身が危険に晒されるとなると話は別です。
めいりんは悩みました。
苦言を呈するべきか。
それともただ素直に命令に従うべきか。
そんな彼女を一押ししたのはさくやの言葉でした。

「美鈴、貴女は名前を授けて下さったお嬢様を裏切る気?」

その声は責める訳でもなく、ただ純粋に疑問として投げ掛けられました。
しかしめいりんにとっては何より効果的でした。
未だ警鐘を鳴らす思考を封殺して、御意と短く越えた得ためいりんに、さくやは満足げな表情を向けました。
それはテストで百点を取った子供を誉めるような表情でした。
そしてその晩、銀の殺人鬼と朱の妖怪が近くの村を襲ったのです。
何故女を攫うのか。そんな疑問はめいりんの頭の中にありませんでした。
ただ当主がそう望んでいる。
自分はそれを実行するだけだ。
それがひいては主の為になるのだと。
そう信じていたのですから。



でも、れみりあの行動は悪化する一方だったのです。
今度は子供を攫ってこいと言い出したのでした。
これには流石にめいりんも二の足を踏みました。
只の食料にするならせいぜい大人を数人攫ってくるだけで充分でしょう。
にも関わらず、子供を攫ってこいとは何事か。
一度目の我が儘は上手く行きました。
二度目の我が儘も上手く行きました。
だからと言って三度目の我が儘が上手く行く保証はありません。
このままでは自分の首を絞めるだけだ、と考えためいりんは、ぱちゅりーにれみりあに考え直すよう説得して貰おうと考えました。
しかしぱちゅりーは、めいりんの言葉を一切取り合いませんでした。
めいりんが事の拙さをどれだけ伝えても、好きにさせなさい、とそれだけでした。
どうしてそんな事が言えるのですか。下手をすれば今度こそ私達は管理者に討伐されるかも知れないというのに。
思わず声を荒げためいりんに、ぱちゅりーは静かな視線を向けます。
そして言い放ちました。

「レミィがそんな事を予測していないとで思っているの? 夜の王を見くびらないでくれる? 華人小娘」

その声に含まれる音に、めいりんは思わず口を塞ぎました。
普段無愛想なぱちゅりーが初めて見せる感情。それには友達を侮辱された怒りがありありと含まれていました。
思わず、申し訳ありません、と頭を下げるめいりん。
そんな彼女に、私も言い過ぎたわ、とぱちゅりーは言います。そしてこう付け加えました。

「レミィの考えを今すぐ判れとは言わない。ただ、今までのレミィの行動をただの暴挙で片づけることだけは許さない。それがたとえ貴女でも」

ぱちゅりーはれみりあの暴挙の理由を知っているのです。
しかしそれをめいりんに告げることはありませんでした。
仲間はずれにされたような気分を味わうめいりんに、ぱちゅりーは言いました。

「私は既に『向こう側』へと渡っている。けれどそれはこれからすることも、そしてそこから起こり得るであろう結果も全て理解した上での行動。紅美鈴、あなたがどちらに進むのか、それは自分で決めなさい。もし、これ以上付き合いきれないと思ったのなら、すぐに紅魔館を発って知らぬ存ぜぬを通しなさい。少なくとも殺されることはないわ」
「………」
「ああ、レミィの事は気にしなくて良いわ。そもそもこの提案を持ってきたのはレミィなのだから」

そう言うとぱちゅりーはめいりんを図書館から追い出してしまいました。
まるで、後は自分で考えろと言わんばかりに。
しかし、その時既にめいりんの心は決まっていました。
もし今までのれみりあの行動が只の暴挙であれば。
めいりんは再び図書館に足を踏み入れていたでしょう。
そしてぱちゅりーにれみりあを説得するよう頼み込んでいたはずです。
もしくは周り右をして、館を飛び出していたことでしょう。
しかしめいりんはその場を後にすると自分の持ち場である門へと急ぎました。
彼女にはれみりあの真意はまだ理解できていません。
が、れみりあが全て覚悟の上で行ったのであれば、臣下たるめいりんが口を挟むことではないと考えたのです。
恐らく、れみりあの行動はこの世界の管理者を怒らせることになる筈です。
しかしそれがどうしたというのでしょう。
そんな状況になった所で、めいりんの取るべき行動は決まっています。


それは。

たとえ。

どんな敵であろうとも。

紅魔館とそこに住む者達を。

守り抜くこと。


そう覚悟していためいりん。
しかし結果として彼女は門番の任を果たすことは出来ませんでした。
れみりあの行動。
それはこの世界の管理者を引きずり出す前に、人間達を引きずり出してしまったのです。
それは有る意味一番大きな誤算だったと言えるでしょう。
あれだけの虐殺を行えば、自己保身の強い人間は妖怪達に恐れを抱くはずだと考えられていました。
しかし、百人を超える仲間を殺された人間が抱いた感情は「恐れ」ではなく「怒り」だったのです。
彼らは妖怪退治を専門とする巫女に話を付け護符を授かると、その脚で紅魔館へと攻め込んできました。
目を爛々と輝かせ、鎌や手斧、包丁や棒きれで武装した人間達は、その数を武器にして紅魔館を攻めました。
最初こそ、めいりんと彼女に率いられた門番隊が善戦しましたが、それも人間達が正常な判断を保っている間だけでした。
飛び散る血と撒き散らされる内臓と糞の臭い。響き渡る絶叫に怒声。それによって異常な心理状態へと陥った人間達は、どれだけ周りの『仲間』が肉片に変わろうとも、紅魔館に住む者を全滅させる為に前進し続けました。
それこそ、同じ人間を盾にしてでも。

中年の男が腕を吹き飛ばされ、足を撃ち抜かれ、のたうち回ります。

若い女が腹から内臓を零れさせ、絶叫を上げながら家族の名を呼んでいます。

老人が頭蓋から脳味噌を零れさせ、妻の、夫の、孫の名を呟いて崩れ落ちます。

ありとあらゆる死に方が、その場所にはありました。
それでも人間達は進み続けます。
彼らも頭の何処かで理解していたのでしょう。
ここで引いたら、自分達に未来はないと。
その悲壮とも言える覚悟と、津波とも言える行動力に、紅魔館の門は呆気なく破られました。
そしてそこを守備していた門番隊も、片端から殺され、犯されました。
辺りが狂気に包まれる中で、めいりんは1人戦っていました。
当初こそ気絶させる程度に手加減していた彼女の攻撃は、いまや確実に相手の体を「破壊する」程度にまでなっていました。
今も鎌を振り上げた男の頭を蹴り砕き、その傍らから包丁を突き刺そうとしてきた女の腹に手刀を突き刺します。
もはや数を数えるのも馬鹿らしくなる程、めいりんは人間達を殺していました。
それでも人間の波は途切れません。
殺す端から次々と人間が飛びかかってきます。
それらを全て捌くのは、いくらめいりんと言えども荷が重すぎました。
それでも彼女は、腕を、脚を、振るい続けました。
不慣れな弾幕まで放ち、暴徒達を一歩たりとも紅魔館へ侵入させまいと奮戦しました。
1人でも倒せば、それだけ後方に控える者達の負担が減る。全ての人間を止められないのであれば、少しでも戦力を削ぐことが自分の使命だと考えていたのです。
そんな彼女を違和感が襲いました。

「……結界が!?」

紅魔館は門以外の場所から出入りが出来ないよう、ぱちゅりーによって館全体を包むドーム状の結界が張り巡らされています。人間達もそれを判っているからこそ、わざわざ正門を突破しようとしているのです。
その結界がどの様な理由かは判りませんが破られたのです。
その事を理解しためいりんの心に一瞬の戸惑いが生まれました。
まだ生きている門番隊をそちらへ向けるべきか、それとも全兵力を持って今目の前に迫っている人間達を片づけるのが先か。
しかし彼女の思考はそれ以上続きませんでした。
僅かでも思考の混乱が起きたことで、彼女が身体に纏っていた「気」が乱れます。偶然か必然か、その隙をついて、人間達が躍り掛かってきたのです。

「しまっ……」

その声が終わらない内に、彼女は腹部に灼熱を感じました。まるで焼き鏝を当てられたか様な感覚。
思わず目を向けた先に、口が裂けたような笑みを浮かべた老人が、めいりんの腹に深々と包丁を突き立てていました。
それを認識した瞬間、激痛、そして喉の奥から何か塊が上ってきます。
思わず吐き出したそれは、内臓を損傷した事による吐血でした。それが目を見開いた老人の顔にかかります。
久しく感じたことのなかった痛みに、彼女の思考は乱れます。しかしそれでも、意識を繋ぎ止め、腹に纏わり付く老人を払い除けました。吹き飛ぶ老人によって包丁が引き抜かれ、再び激痛がめいりんを襲います。
小さく悪態を付き、また口腔内に上がってきた血を吐き出し、視線を前に向けました。
その瞬間。
衝撃を感じ、目の前に火花が飛び散ります。次いで暗転する視界。
顔面を殴り飛ばされたと気付いた時には、彼女は地面に尻餅を付いていました。
それがどれほどの隙を生み出したのか、武術の達人でもあるめいりんにはよく解りました。
そして目の前に迫る暴力から逃げることが出来ないことも。

「ぐぁっぁああ゛ぁ゛あ゛あああっ!!」

めいりんの口から獣のような絶叫が響きました。
彼女の右足は振り下ろされた杵によって無惨にも叩き潰されていたのです。
激痛に歯を食いしばり、体を起こそうとしました。
しかし、絶好の好機を人間達は逃しません。
こんどは彼女の左足を何人もの人間が踏みつけたのです。しかもよりにもよって膝を狙って。

「いっぎぃ……ぐぅっ……!!」

本来曲がるべき方向とは逆の力を与えられた膝関節は、あまりにも呆気なくへし折られました。
気で痛みを抑えようにも、それ以上の痛みによって思考は千々に乱れています。そして人間達は彼女にそんな猶予を与えませんでした。
両腕を男達が握ります。その表情はとても残酷に歪んでいました。
彼らの行動を理解しためいりんの顔から、初めて血の気が引きました。
振り払う為気を溜めようとしためいりん。しかしそれより先にめいりんの耳に、ゴキリッという致命的な音が響いたのです。

「っぎゃぁぁぁあ゛ァ嗚呼ァああぁあぁァあ゛あ゛あ゛ぁぁああァ!!」

左右から無理矢理引っ張られ、千切れんばかりに外された肩関節。そのあまりの激痛に、めいりんは地面に転がりました。
涙で滲んだ視界に、村人達の振り上げた拳や足、そして武器が見えます。それらが一斉に彼女の身体に突き立ちました。
中でも致命的だったのは、先程の腹部の傷を思いっきり踏みつけられたことでしょう。

「っ!! うぉげぇェええええ!!」

血が混じった吐瀉物を吐き出しためいりん。自分の顔に、周囲の人間にかかったそれが一層人間の精神を逆撫でしました。

「楽にさせるな」
「惨めに、無惨に殺せ」
「苦しみを味あわせろ」

周囲の人間達は既にめいりんが反撃能力を持っていないことを理解していました。
だから、次の行動に出たのです。
人間達は彼女の衣服を乱暴に剥ぐと、その身体を弄びはじめたのでした。
形のいい乳房を揉みしだき、濡れてもいない秘所に無理矢理突っ込み、血と吐瀉物で汚れた口内を蹂躙します。

「ふぅぐっ! ん、むうっ! ぐむぅ……!」

四肢が言うことを聞かず、まるで糸の切れた操り人形のように弄ばれるめいりん。
ガクガクと身体を揺すられるたびに、激痛が彼女を襲います。
踏みつけられ、傷を抉られるように弄ばれているこの状況では、傷の再生はおろか、痛みを抑える為の気を張り巡らすことすら出来ません。
ただ痛みに苛まれ、慰み者にされている彼女には、もはや為す術など有りはしませんでした。
それを男達は勘違いしたのでしょう。ますます動きを早め、彼女を汚していきました。

「うっ……ぐぅ……!」

彼女の瞳から涙が溢れます。
それは折れた四肢から伝わる痛みの所為ではなく。
そして身体を弄ばれた汚らわしさの所為でもなく。
自分の職務を果たせない悔しさからでした。
折れた四肢から流れる血と、白い粘液によって斑模様となっためいりんの身体。
散々血を流したせいか、もはやまともに動きそうにもありません。
反応の無くなった彼女を詰まらなく思ったのでしょう。
欲望を吐き出した男の1人が棍棒を振り上げました。
それを目に焼き付け、朦朧とした意識でめいりんは呟いたのです。

「くそったれ」

四肢を打ち砕かれ、その身を汚された少女は。

頭を打ち砕かれるその最後の一瞬まで。

主を守りきれなかったことを嘆き続けました。



『紅の文字を持つ以上、この紅魔館の為、そしてこのレミリア・スカーレットの為に働いて貰う。最悪、お前の命を貰うことになるかもな………っと、そう怯えるな。只の冗談だ。もっとも貴様の働き次第では強ち冗談では済まないかもしれないがな』
『ふふっ、しかしお前は見ていて本当に飽きない。ん、ああ、勿論誉め言葉だぞ?』
『……だからこそ、だからこそだよ。お前の『紅』の文字を授けたのは。だってそうだろう? 家族に大切なモノを送るのは当然のことなのだから』



「自分の当主の我が儘に付き合わされ、その結果、無惨に汚され殺された。さて、これは不幸といえるのかしら」
「不幸だろうね。その我が儘が、本当に子供じみた下らないモノだったので有れば、だけどね」
「あら。ということは貴女はあの吸血鬼の暴挙の理由を知っているのかしら?」
「私はこの世界の何処にでも居るんだ。それこそ知らない事なんてほとんど無いよ」
「と言うことはその『訳』を目にした事があるの?」
「実際に目にしたことはないさ。でも判るんだ。あの吸血鬼が、あんな無謀と言える行動に出た理由が」
「それは何故? と聞いてもいいかしら」
「……簡単だよ。アイツも私も、同じ『鬼』だからさ」
今晩は、筆者の穀潰しです。
まずは此処までお読み頂き有り難うございます。
レミリアに不信感を抱きつつも、結局彼女の為に命を投げ出した美鈴。彼女の心情が上手く表現できたかどうかはわかりませんが、恐らく彼女は後悔していないでしょう。また、パチュリー編は別に書き上げさせて頂きます。
あと最後の幕間的な会話は、筆者的に外すことは出来ませんでした。不必要と感じられた方は申し訳有りません。
では、失礼いたします。

にしてもこの世界の霊夢は仕事しないな。

返信。

>1
またまたご冗談を……と言い切れませんね。

>2
あ、確かに「門を護れなかった」という事は後悔していますね。
私の場合「レミリアの為に死んだ」ことを後悔していない、という意味で書いたのですが……表現力不足ですね。

>3
摺り合わせが大変です。自業自得です。
>仕事しない霊夢
「妖怪が餌である人間を食べたくらいで異変なんて言ってたら、私は過労死しちゃうわよ」
>仕事しない紫
「子供がちょっとおいたをしたくらいで、死刑判決を持ち出す大人など居ないでしょう?」

>4
筆者も書いている内に美鈴が可愛く思えてきました。
名前を授ける下りは完全なオリジナルですので、皆様に満足頂けるか不安がありました。
それに対して最上の誉め言葉、有り難うございます。

>5
「鬼」に対してのイメージ次第で「理由」が変わってくると思います。
でも、恐らくご想像通りだと思いますよ。
そして美鈴可愛いよ美鈴。

>6
彼女達は「レミリアに仕えたこと」を一切後悔していません。
彼女達の後悔は、「門を護れなかったこと」と「母親の邪魔をしてしまったこと」です。

>7
理由は……パチュリー編にて。
人間も、有る意味化け物ですからね。

>8
それ、たぶん正解だと思います。
レミリアに対して咲夜、美鈴ともに忠誠を誓っていますが、彼女の行動に関して2人の反応は違います。
咲夜が美鈴に「裏切るの?」と聞いたのも、レミリアの命令に疑問を持つことが理解できなかったからです。
美鈴、咲夜、パチュリーには命令に対して三者三様の反応を持たせたかったのです。
表現力不足の為判りづらかったこと、申し訳有りません。

>9
独自解釈だけにそのお言葉は何よりの励ましとなります。
パチュリー編は間もなく書き上がります。
ご期待に添えるかどうかは判りませんが、もうしばらくお待ち頂けるようお願い申し上げます。

>10
このツェペシュシリーズ、何だかいい話になっていますが結局の所「自業自得」がテーマです。
ただその「自業自得」を納得するかしないかが違うだけですね。
そして理由は……無茶苦茶分かりやすいですよ。だって「鬼」ですから。

>11
あー………それでもよかったですね……
穀潰し
作品情報
作品集:
11
投稿日時:
2010/01/26 17:30:04
更新日時:
2011/09/26 10:00:24
分類
紅美鈴
ツェペシュシリーズ
自業自得シリーズ
1. 名無し ■2010/01/27 07:01:04
仕事しない霊夢編もあるんですね、わかりま(ry
2. 名無し ■2010/01/27 07:20:19
いや、門番は後悔してるだろう。門を守れなかったから。
忠誠心という狂気のおかげで最期に迷わなかった事が、せめてもの救いか・・・
3. 名無し ■2010/01/27 09:58:34
ただ身勝手に人間殺しただけだと思ってたけど、理由でもあったんですかね?
だとすれば咲夜や美鈴も少しは救われるかもしれませんね。

しかし霊夢もだけど紫も何も仕事しないな。
吸血鬼異変のときによっぽど酷い目にでも遭ったのか?
4. 名無し ■2010/01/27 11:45:09
美鈴可愛いよ美鈴。名前を貰うくだりで鳥肌立った。美鈴可愛い。
5. 名無し ■2010/01/27 12:23:41
理由がなんとなく判る辺り自分も鬼みたいで嬉しい

美鈴さんがめっちゃ真摯でいじらしかった
6. 名無し ■2010/01/27 14:53:48
美鈴も咲夜も、仕えるべき主がいたから幸せだったんだな
7. 名無し ■2010/01/27 15:57:24
人間って怖い
理由かあ・・・
8. 名無し ■2010/01/27 22:57:59
・・・なんとなく理由は分かった。
咲夜さんとめいりんの関係はイマイチ分からなかったけど、レミリアの右腕と左腕という事かな・・・
パチュリー編楽しみにしてますね
9. 名無し ■2010/01/28 20:22:33
キャラの個人的解釈ってうるさいこと言う奴も多いけど
最低限の設定しかない作品だけに、こういう楽しみ方は好きだな

パチュリーの話は作らないのかと思ってただけに待ち遠しいわ
自分のペースで満足のいくものを作ってください
10. 名無し ■2010/01/30 12:09:47
美鈴がなんか潔いから「ざまぁwww」て感じがしないな
理由・・・どうせ人間には理解できないんだろうな
11. 名無し ■2010/02/01 19:25:26
高尚な理由なんてない、ただ単に退屈だったからでしょ
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