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『眼球返せよ』 作者: 十六
「文様、私の眼球返してください」
「無理。食べた」
正確には口の中で転がしていたのだが、ちょうど呑み込んだ所なので嘘は言っていない。白魚の躍り食いも珍味ではあるが、眼球の踊り食いに比べればスイーツ(笑)でしかないなと文は思う。
もっとも眼球は踊らないし、丸飲みしたから味など全く分からないわけだが。
「酷いです! すぐ返すって言うから貸したのに!」
「良いじゃない、眼球の一つや二つ」
「二つ食べたら失明です!」
「もっともだ」
だけど視力を失った椛というのも、なかなかに興味深いものがある。あちこちにぶつかりながら、文様文様と自分を探す姿には保護欲をかき立てられるし。
ただ、眼球を食べるのは文なので頼ってくれるかどうかは妖しいものだ。
「何で食べちゃったんですか、私の眼球!」
「椛、医食同源という言葉を知ってるかしら?」
「医者と同衾?」
昼ドラの香り。
医食同源を知らないのに、同衾という言葉は知っているらしい。知識の偏った天狗だと、呆れる反面可愛くもある。
「古来より、中国ではこのような思想が存在していたの。肝臓を食べれば肝臓がよくなり、胃を食べれば胃がよくなる」
「だから眼球を食べて視力を良くしようと? 私が千里眼だから私の眼球を食べようと?」
詰め寄ってくる椛。ぽっかりと空いた穴から血が垂れ流されているので、ちょっと怖い。
「最近、視力が衰えてきたもんで……」
「ブルーベリー食べてれば良いじゃないですか!」
「でもでも、おかげで視力が1.5から1.6にあがったのよ」
「微々たるものだし、あんた全然視力良いだろうが!」
段々と敬語でもなくなってきた。よほど怒っているらしい。
カルシウム不足だな。後で牛骨を送ってやろうと決めた。
「どうするんですか、これじゃあ私哨戒天狗として失格です!」
「後は私の妻になるしかないわね……」
「人の眼球を食べる夫なんてお断りです」
「つまり脳も食べろと?」
「魔女ですか、あなたは。大体、医食同源なんて嘘っぱちに決まってます。あれですか、おっぱい食べたらおっぱいが大きくなったりするんですか」
文の視線が自然と椛のおっぱいへ釘付けになる。
服の上から申し訳程度に膨らんだそれは、一見するとただのおっぱいだ。かぶりついた所で、大方脂肪の味しかしないだろう。
だが、どうだろう。もしかしたら果物のようにみずみずしく、かぶりつけばミルクが溢れ出るかもしれない。舌先で転がされる乳首はきっと、チョコレートのように甘いだろう。
ゴクリ。気が付けば唾を飲み込んでいた。
椛は胸を隠しながら、青い顔でこちらを睨み付ける。
「わ、私より文様の方が胸大きいじゃないですか!」
「単純な算数よ、椛。1+0.5は1.5なの」
「引き算かもしれません!」
ふむ、と唸る。
確かに足し算と決まっているわけではない。いくら美味しかろうと、それで胸が凹むのならこちらから願い下げだ。
「それもそうね。椛みたいなぺったんこになったら嫌だもの」
「納得して頂けたのは嬉しいんですが、何か腹立ちますね」
雲間から差し込んできた光が眩しく、目を細めながら空を見た。
「まったく、食えない子ね……」
「あれ、纏めようとしてます? 駄目ですよ文様。眼球返してください」
「……無粋ね。せっかくこれからスタッフロールが流れるところだったのに」
監督射命丸文、撮影射命丸文、演出射命丸文。
犬走椛役以外は、総じて射命丸文のスタッフロールに、見る者は必ず涙してくれるだろう。
「仕方ない。河童に頼んで義眼でも作って貰いましょうか」
あそこのテクノロジーは時代をオーバーし過ぎているように思える。そろそろ高層建築物が建ち並び、サイバーポリスとか必要になるんじゃないかという心配もあった。そんなレベルでの杞憂が浮かび上がるようなところ。義眼の一つくらいなら朝飯前だろう。
千里眼を万里眼にパワーアップさせれば、椛とて文句は言わないはずだ。
「文様のお腹かっさばいて眼球だけ取り出したいんですけど、まぁいいです。義眼で我慢します」
なかなかに恐ろしい妄想をお持ちのようだ。是非とも妄想のまま心の中に秘めておいて貰いたい。
「ですが、今回の事であなたも学ぶことがあったでしょう。迂闊に他人を信用してはいけない」
「騙した当人がよくもそんな事を言えますね」
「ショックも受けたでしょう」
「眼だけにガーンですか。ははは、文様ぶっ飛ばしますよ」
天狗社会の荒波は純粋無垢なわんこを百戦錬磨の狼に仕立て上げてしまったようだ。可愛らしく自分の後ろをついて回り、何を言っても素直に信じていた椛はもうどこにもいないのか。
少し前に自分がした発言を鑑みれば、そうさせたのは文なわけだけど。当人が気付くはずもなかった。
「どうして椛は上手く纏めようとしてるのに邪魔するの。ここで区切りを付けなかったら、あなたの眼球を注文に行けないのよ?」
「良いじゃないですか、強引に纏めなくても。良いから早く義眼を買いに行きましょうよ」
出来ることなら、一刻でも長く椛とドタバタやっていたい。そういう思いが、文をこの場に引き留めているのだろう。
纏めるなんてこと、本当はどうでもいいのだ。
ただ椛と居たい。
それだけが文の願いだった。
もっとも、椛はまったく気付いてくれないようだけど。
苦笑を浮かべ、呟く。
「恋は盲目という奴ですか」
「食べられたのは右目だけです」
「それもそうね」
仕方なく、文は椛の左目も食べた。
これでようやく盲目だ。
- 作品情報
- 作品集:
- 11
- 投稿日時:
- 2010/01/28 16:04:08
- 更新日時:
- 2010/01/29 01:04:08
- 分類
- 文
- 椛
ただ1つ言えることは。
新しい書き方を見つけた、ということです。
ありがとう! ありがとう! 感謝の気持ちでいっぱいです!