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『魔理沙とヒョウタン・・・前編』 作者: コメごん
二回目の投稿になります。
最終調整の際、直しつつ全部通して読んでいたら二時間半くらい掛かったので
かなり時間に余裕がある時に読んだほうがいいと思います。
魔法の研究に没頭していた魔理沙だったが、あまり成果は上がらず少々機嫌が悪かった。
実験の途中ではあったが、こういう時は散歩にでも出て気分転換をするに限る。
「天気も晴れているようだし、これは外に出ろということだな」
そう思い立ったら行動は迅速であった。
外出用のホウキを手にし、しっかりと戸締りを確認すると慣れた動作で空へと上がっていった。
晴れた空の光と風を浴びながらゴキゴキと関節を鳴らし、何の気なしに飛び回っていたが
気がつくと眼下には見慣れた神社があった。
「帰巣本能というものがあるが、こいつはなんと呼べばいいのだろうな」
軽く砂埃を上げながら着地すると、神社の主を探し始める。
が、いつもいるであろう場所にはいないようだった。
「霊夢のやつ、出かけているのかな?」
便所を探そうかと思ったが、足は玄関に移っていた。
履き物がないので外出しているのはほぼ間違いないだろう。
つまらんな、と思ったが奥に人の気配がする。
縁側のある裏手に回ると、小型の人類が寝転んでいた。
いや、角があるので人ではないようだ。
「萃香じゃないか、人の家で堂々と寝るとは図々しいやつだ」
かなり本気で熟睡しているようで鼻をつまんでも起きる様子はない。
果たしてあの横から生えた角は寝返りの妨げにはならないのだろうか。
などとどうでもいいことを考えていた魔理沙は、しばらく萃香の寝顔を眺めていたが
やがて何かを思いついたようで顔がにやけ始めた。
目線はこの小さな鬼が持ち歩いているヒョウタンに落ちていた。
こいつがしらふでいるところは見たことがない。
酔えば酔うほど強くなる、などと言っているが、ならば逆に酒を飲まないのならどうなるのか。
奴のいうことを信じるのなら、酒がなければ弱くなるはずだ。
(ここは一つヒョウタンを盗…借りて観察してみるか。)
萃香のヒョウタンにはヒモが付いており、完全に寝入っているものの
手にはしっかりとヒモが握られていて簡単には放しそうもない。
(チッ そんなに酒が恋しいのか、アル中め)
仕方ないのでヒモを切断して頂戴することにした。
かなり頑丈な材料で編んであったのか、少々手間取ったがどうにかヒョウタンは手に入った。
(見た目以上にかなり重いな、これは中身も調べてみる必要があるぜ)
当の被害者である萃香は、相変わらず幸せそうな表情のまま熟睡している。
大事そうにヒモだけを握り締めたまま…
実験の途中で気分転換に来た魔理沙だったが、思わぬ収穫があったため
上機嫌で自分の住処へと戻っていった。
それと入れ替わるように生活用品の買出しから霊夢が戻ってくる。
食料や紙、油などを補充していると、物音に目が覚めたのかヨロヨロと萃香がやってきた。
「霊夢〜お腹すいたよお〜」
「買出しも手伝わないで寝てたんだから我慢しなさいよ」
「我慢できない、殺す気か!」
勝手に屋敷に上がっておいて随分と態度が大きいが、霊夢は何も言わなかった。
細かいことは知らないし興味もないが、萃香にはあまり居場所がないようで
他の妖怪からは鬼という種族の壁もあってか距離を置かれていた。
だが霊夢自身、自他共に関心が薄い性格のためか、損得は考えずに対応してやっていた。
「んう? あれれ? ないよ、ないない」
とりあえず何か腹に入れようといつものヒョウタンを、と思ったが
そこにあるはずの相棒の姿はなかった。
「ないよ、私のお酒がないんだよ霊夢!」
「どっかで落としたんでしょ もっとよく探しなさい」
晩飯の用意で忙しい霊夢は見向きもせず作業に専念していた。
「あったんだよ、寝る前は!」
明らかに動揺が見て取れる萃香の表情は青ざめていた。
ヒモをよく見ると何かで切断された跡が見えた。
(誰かが、誰かが盗んだんだ!)
それは分かるが、はっきりしないことを口に出すわけにはいかない。
様々な可能性を模索しながら庭や縁の下に便所の中まで調べつくした。
(ない、どこにもない…)
その事実が完全に確定するや
呼吸が荒くなる 心臓の鼓動が早くなる 手足が震えだす
木々のざわめきや虫の声、料理の音が体に響く
光、音、肌に触れる風の感覚ですら、すべてが不快になる
「霊夢…」
「あったの? ヒョウタン」
あちこち探し回って薄汚れた姿に加え、萃香の目の色が明らかにさっきまでとは違っていた
「だめなんだよ、あれがないと 本当に、もう…」
「お酒ならまた買ってくればいいじゃない それよりもご飯、もうすぐできるから」
うなだれたままの萃香は不器用な操り人形のような足取りでちゃぶ台についた。
・・・その日の夜中、ほとんど飯を食べずに寝てしまった萃香が気にかかる霊夢だったが
良くも悪くも無関心が基本の彼女は、明日になれば、と思い結局寝てしまった。
一方、事件の張本人である魔理沙は自宅に着くやすぐにヒョウタンをいじり始めた。
無限に酒が出るというが、それ以前に味はどうなのか
酒好きの鬼であればまずいものは飲まんだろうし、およそ上等なのだろう。
小気味良い破裂音とともに栓を抜くと、まずは匂いをかいだ。
「ウッ」
この時点でかなり度数が高い酒であることが判明する。
「これは燃料としても使えそうだな…」
少々覚悟を決めて口を付ける。
しかし、口に含んだ瞬間耐え切れずに吹き出してしまった。
あまりにも強すぎて人間が飲める代物ではない。
鬼というのはこんな酒を普段から飲んでいるのだろうか。
それならば、宴会の酒など水を飲むのと変わりないはずだが、
萃香も勇儀もおいしそうに飲んでいた気がする。
これはもしかすると特別にこしらえたヒョウタンなのかもしれない…
「うん、まあ消毒という使い方もできるしな」
問題はヒョウタンの中身である。
原理さえ分かれば量産できるかもしれないし、魔法に応用できる部分も見つかるかもしれない。
誰かに売れば大金が手に入る可能性はあるが、そこから足がついて逆襲される恐れがあるし
なによりも魔理沙の探究心がとりわけ強く働いていた。
手ごろなナタを手にすると一番もろそうなくびれに振り下ろす。
が、かなり頑丈で少女の腕力では歯が立たなかった。
「んーむ…魔法でぶっ壊してもいいんだがな…」
しかしそれではヒョウタンの秘密もろとも破壊してしまうかもしれない。
万力でもあればどうにかなるだろうが、そういった道具は持ち合わせておらず
にとりにでも借りなければならないだろう。
「今日のところはもう寝ることにするぜ 萃香の様子も観察したいしな」
ノリにまかせてやっていたが、連日の研究続きのこともあり
食事に風呂を済ませるとすぐに眠ってしまった。
翌日、霊夢が起きると萃香の姿はなかった。
何も言わずに出て行くのはいつも通りであったが、昨日の件もあり
やはり気にかかる部分は残っていた。
おそらく新しいヒョウタンでも調達しに行ったのだろう。
そういえば昨日の晩飯に使った酒が切れていた。
酒蔵に行って補充しておく必要がある。
酒瓶と、ろうとを持って蔵へ入った霊夢だったが、どうも様子がおかしい。
酒の匂いが、いや、酒蔵だから当然だが
それにしても匂いが強すぎる。
タルを見るとその理由が分かった。
栓が抜けている。
酒は宴会のときに河童や天狗が会費という意味で置いていったり
人里から毎年奉納されるものであった。
霊夢自身もたまに飲んだり、料理に使ったり
もちろん神事にも用いたりするのだが、それがすべてなくなっていた。
はっと何かに気づいた霊夢は蔵の奥へ飛び寄った。
小さめの壷が転がっているのを見つけた霊夢は力なくへたり込んでしまった。
「水あめ、隠しておいたのに…」
つまみか何かが欲しかったのか、他に塩や味噌もやられていた。
「萃香許さん……許さん萃香…」
あの小鬼が犯人だという確たる証拠はなかったが、昨日の様子からして疑いようもなかった。
別段酒を使う必要性はないにせよ、近いうちに買い揃える必要がある。
さすがにここまでやられては霊夢も穏やかではなかった。
どうしたものかと思案していると魔理沙がやってきた。
「よう霊夢、景気がよさそうだな」
視線だけで一べつするとため息混じりに昨日のこと、今朝のことを説明した。
「ほほう、それは災難なことで……これはきついお仕置きが必要だなぁ」
にやつきながら、しかし霊夢には表情を見せないように言う。
萃香の狼狽したところが見られないのは残念だったが
魔理沙自身、日ごろから萃香の余裕の態度には正直面白くないものを感じていた。
圧倒的な力の差があることを前提にしたあの態度。
腕力が全てだと思っている低い奴のくせに……それにあの見た目も癪に触る。
あのギャップが良いという物好きもいるかもしれんが、私は認めん。
しかしそれがどうやらかなり焦っている様で、
博麗の巫女の逆鱗に息を吹きかけるようなマネもしてくれた。
(フヒヒ、これは面白くなってきたぜ…)
顔には出していないが、内心霊夢は相当キレていることだろう。
「よし、ここは私が探してきてやろう 何かあれば教えてやるよ」
「ええ、お願いするわ」
魔理沙はヒョウタンの中を確かめるため、にとりに用があった。
頑丈なあれを上手く割るには万力が必要だ。
本当は萃香を探すつもりなどなかったが、誰であっても恩を売ることに損はない。
そうだ、萃香だってたまには健康のために酒を手放したほうがいいのだ。
嫌っている奴に対しても恩を売る私はなんとすばらしい人間だろうか。
そんな妄想をしているうちににとりの工房にたどり着いた。
「おーい、にとりー」
親しき仲こそ礼儀なしを主張する魔理沙はノックもせず、そもそもアポも取らずにドアを開ける。
相変わらず得体の知れない道具や部品が転がる部屋ににとりはいた。
寝ていた。
手足が変な方向を向いた状態で
「すごいな、新しい健康法か?」
にとりを抱き起こすが手足のことは考えていなかった。
「ウウッ」
悶絶の声が上がる
どうやら健康法というわけではなかったらしい。
「いったいどうしたってんだ?」
よくみると顔にアザができており、吐しゃ物の臭いも鼻についた。
「鬼が急に入ってきて、ヒョウタンがどうのとわめいて追い出そうとしたら暴れた…」
「きっと萃香の奴だな、酒が切れておかしくなったんだ」
素人目に見てもかなりの大怪我に見えたため
永遠亭にでも連れて行こうと提案したが、にとりはあっさりと拒否した。
あそこの腕は認めるが、どうにも気味が悪い。
もともと人見知りする性格であり、鬼に乱暴された恐怖の記憶も強く、外には出たくないらしい。
どうにか知り合いの河童に世話を頼んでみるということで話はついた。
さすがにあの体では外に出られないので、
知り合いの河童とやらに連絡だけしようと魔理沙は飛んだ。
その先では河童の集落があり、数人集まって何事か話しているようだった。
「にとりの知り合いの者だが…」
種族柄、人間に対して警戒が薄いのか、向こうもあまり警戒せずに近寄ってくる。
「今さっき、鬼がやってきたんだ」
河童の一人が言う。
ここでもか、と少々呆れたが
とりあえずにとりのことをまず伝える必要があったため、それを簡潔に説明した。
「そうか、にとりもやられたか うちらはとりあえずありったけの酒を出して勘弁してもらったが…」
割と平気な顔をしている様子から
鬼とは昔からこういう感じで対応していたのかもしれない。
なんという悪逆非道の行いだろうか。
(これはさすがに放ってはおけないぜ)
いつもフラフラしている萃香だが、見ていないところではこういうこともしているのだ。
妖怪の中でも圧倒的な力を持つ鬼。
そんな化け物に同じ妖怪ではあっても力の劣るにとりは痛めつけられたのだ。
奴に力がなければ、見た目相応のガキであれば絶対にやりようはずもない。
あの力がそうさせるのだ。
子供が虫けらを引きちぎって遊ぶように…
河童たちの話によれば、萃香は天狗の住処へと向かって行ったらしい。
もうヒョウタンの秘密などどうでもいい。
神出鬼没な萃香の行動に興味が移っていた魔理沙は、天狗の山へと飛んでいた。
天狗も酒を好む。
やはり基準は酒のようである。
天狗の集落は橋を超えた先にあるようだった。
この辺りでは妖怪も多く、そもそも天狗のテリトリー付近で人間の気配などありようはずもない。
にもかかわらず立派な橋があるのはよくわからない。
空が飛べる天狗であれば橋など必要ないからだ。
となればあの橋は渡るためではなくて水道橋なのかもしれない。
その辺の疑問はにとりの方が詳しいだろうから、今度見舞いついでに聞いてみるか。
そう思案していると遠くでなにやら揉めている。
よく見れば萃香だ。
それと射命丸とかいう天狗に、足元にいるのは誰か知らんが下っ端の天狗だろう。
白髪の天狗が白目をむいて口から泡を吹いている。
剣呑な雰囲気に危険を感じた魔理沙は、感づかれないよう木々の陰から様子を見た。
「ここから先は天狗の領域、どうにか理解して今日のところは…」
射命丸が説得している。
いつもの営業スマイルとは別の引きつった笑顔をしている。
魔理沙は常日頃考えていた…
萃香も気に入らん奴だが、射命丸もやはり面白くない奴だ。
どっとかというと萃香よりも見ていて腹が立つ。
幻想郷最速なんかは別にいい、天狗は大抵みんな早いし、そういう世界での上位争いなど
部外者から見れば一番だろうが二番だろうがどれも一様に早い、で片付けられるのがオチだ。
正直下らん。
だが、本気を出し切っていない素振りは心底腹が立つ。
どうせ負けたときが恐いんだろう。
人間よりもはるかに長い時を生きていながら、なんと小さな奴だろう。
いやしかし、こういう奴だからこそ無様な姿を見たくなるというものだ。
このときばかりは内心萃香を応援していた。
「ないんだよ、酒が…」
「酒?酒ですか、ありますよお酒! 今すぐ持ってこさせましょう、だから…」
「違うんだよ、ヒョウタンがないんだよ…」
「ヒョウタン、ですか?いいですよ!ヒョウタンでもピータンでも用意しますよ!」
「ピータンじゃないんだよぉおお!!」
そこにはもう普段の気さくな酔っ払い、伊吹萃香の姿はなかった。
がむしゃらに掴みかかろうとする萃香だったが
さすがに警戒心丸出しな射命丸の動きは早く、あざやかな身のこなしで狂気の腕から身を遠ざけた。
空振りしたことに腹を立てたのか、
足元に転がっていた白髪の天狗の首を片手で掴むと射命丸に向かって投げつける。
すんでのところで回避した射命丸。
回避されてしまった哀れな天狗は荒々しい岩肌に激突し、体液を飛び散らせながら壁に張り付いた。
仲間の惨劇に若干加担した射命丸が一瞬動揺した隙を百戦錬磨の鬼が見逃す道理はなかった。
暴力的な速さでありながらも正確な動きで射命丸の髪を掴むと、ほぼ同時にのど元を突いた。
「っウグェ!」
自然と声が出てしまう。
「私は天狗が大好きだよ、好き好き大好きなんだよ…」
うつろな眼のままボソボソとつぶやく
「でも!」
顔面に一撃
「どうして!」
みぞおちに
「人のものを!」
開きかけた口に拳がめり込む
「盗むんだよ!」
ボディーブローの拳が手首まで腹に埋まり背骨が変形する。
殴打の衝撃で頭髪がちぎれ、体が重力に従い崩れ落ちる。
「オゴッ!ゴホッ!ゴボボッ!」
胃の内容物と血が混ざり、粘度の高い液体が口から鼻から噴き出す。
喉が潰され、歯が折られ、もはや弁解なのか反論なのか不明だが、
どうやら不景気なことは遠くからでも見て取れる。
(ヒヒヒ、こりゃあすごいことになったんだぜ)
魔理沙のテンションは上がっていた。
萃香の意外な一面と射命丸の無様な姿をその目に収めることができた幸運。
これは魔理沙にとって一生の宝物になることだろう。
あれだけのダメージを受けてもさすがは妖怪、射命丸はしぶとかった。
必死に萃香の足にしがみつき、意味の成さない雑音を発していた。
萃香と体が密着していれば殴られはしても、その無理な体勢から致命傷となる攻撃は避けられる。
なんとも姑息で情けない、今の射命丸にぴったりの延命法である。
10分ほどだろうか。
最高のエンターテインメントを目の当たりにしていた魔理沙には一瞬の
しかし、終わるかどうかは萃香しだいな射命丸には永遠とも思える悪夢は
萃香の腹の音で終わりを告げた。
「…帰る」
そういうと足元のボロクズには目もくれず、フラフラと山を下っていった。
しばらく辺りに静寂が居座ると、興奮から冷めた魔理沙は
萃香が戻ってこないのを確認し、射命丸の痴態を拝みに走った。
「へへ! ざまあざまあ〜〜……!?」
が、足元まで近寄った辺りで吐いた。
臭いのせいだけではなかった、遠くから見ていたのでよく分からなかったが
顔面への一撃で眼球が完全に飛び出しており、神経でかろうじてつながっている状態だった。
ビクビクと痙攣を続け、気絶しているのかこちらに気づく様子はない。
当然目は見えないし、耳からも血が噴出しているため耳も聞こえないのだろう。
こんな状態で生きているのが不思議なくらいだ。
自分だったらこうなる前にさっさと死んでしまいたい。
腹を殴られた衝撃で脱糞しており、その重みでパンツがずり下がっていた.。
血液と尿が混ざり合った汚水から発せられるひどい臭いが鼻に来る。
これではたぶん膀胱も破裂していることだろう。
その悪臭で胃の奥から第二波が上がってくる。
「ううっ! うぅおえぇぇ〜〜」
朝は紅茶とシリアルだったため、かなり水っぽいものが返ってきた。
胃液で荒れた喉の奥がヒリヒリする。
正直、見なければよかったと思う。
まさか萃香がここまで恐ろしい鬼だなんて想像できなかった。
とばっちりを受けた射命丸にはかわいそうな事をした。
…などと同情や反省をしている場合ではない。
このままだと犯行がばれた後、何をされることか…
さすがに事が大きくなりすぎたのを自覚した魔理沙は考えた。
とりあえずあのヒョウタンは処分してしまおう。
もう中身がどうこう言っている場合ではないしな。
どこかに埋めるか…
いや、それよりも誰かになすりつけたほうが安全だな。
私は寿命の短い人間なんだ。
まだやりたいことも沢山あるし、
妖怪はあんなに長生きしてるじゃないか、たまにはサプライズがあってもいい
あのヒョウタンをこっそりプレゼントしてその後はそいつにまかせる。
そもそも私は悪くないんだ、ヒョウタンだって借りただけだし
萃香も酒に頼る人生など不健康すぎる。
だいぶ身勝手な道理だが、現実に身の危険が迫れば
ほとんどの人間は自己正当化し、理不尽な主張を通そうとするものだ。
肉体的にも精神的にも未成熟な魔理沙に理想の正義を求めることは酷であった。
普通の家庭であれば親の姿を見て成長していくものだが
魔理沙の場合、その性格と中途半端な才能がそれを許さなかった。
なまじ優秀であり、まともな人間性を獲得する重要な時期に教育してもらえなかった。
実力で切り抜けることができればそれが正解であり、彼女の偏った思想を加速させる。
(よし、とりあえず家に戻って…)
「うわっ!?」
虫の息だった射命丸が足にしがみついてきた。
どうやら仲間の天狗が助けに来たと勘違いしているらしいが、
汚物まみれで眼球の千切れかかった姿には哀れみよりも嫌悪感しか感じない。
「ンヴゥ〜…フゥ〜」
キョロキョロしながら助けを願っているようだ。
「放せ気持ち悪い!」
もともと気に入らない奴だったが、ここまでくるとさすがに見苦しいだけだ。
思い切り蹴飛ばすとツバを吐きかける。
思わぬ仕打ちに疑問とも抗議とも判別できないうめき声をもらすと
蛆虫のようにのた打ち回った。
(まずいな、今の声がもしかしたら聞こえていたかもしれん)
今はこんな状態だが、妖怪の生命力からして一月もすればほぼ完治する。
もしそのとき今の魔理沙の声を聞いていたとすれば、彼女にとって面倒なことになる。
ここで助けていれば話も変わっていたし、恩を売ることもできた。完全に迂闊であった。
しかも相手はあの射命丸。
きっと復讐の意味も含め、魔理沙を色々な方向から攻撃してくるだろう。
よく見ればカメラを持っている。これはまずい。
この機械のことは詳しくないし使い方もわからない、今の時点で写真とやらを撮られていたら…
そう考えた時点で体は動いていた。 狙いは首にかけたカメラ。
とりあえず腹に蹴りを入れる。
弱っているものの、相手は妖怪である。できるだけダメージを与えてからの方が確実性が増す。
「グムッ!」
つま先がへその上あたりにめり込む。
ピクピクと震えたまま射命丸の動きが止まった。
チャンスである。
魔理沙はすかさずカメラを奪い取ると胸に抱きかかえた。
一瞬何が起こったのか判断に迷った射命丸であったが、事態を察知したのか
気配のするほうへ飛びかかった。
「うわぁっ!」
急に抱きつかれた魔理沙は必死で振りほどこうとするが、妖怪の力は半端ではない。
射命丸の爪が魔理沙の背中の肉に食い込みえぐってゆく。
パニックになった魔理沙は手にしたカメラで死に損ないの脳天を叩き割る。
何度も何度も振り下ろす。
さすがに妖怪といえども脳天は脆かったのか、カメラが頑丈だったのか知れないが
射命丸の頭頂部は真っ赤に染まり、白い頭蓋骨のほかに何か鮮やかな色をしたものも見える。
それが何であるか理解したくなかった魔理沙は思わず目をそむけた。
妖怪を殺したことはある。
だがそれは下等な、人間とは明らかに見た目の離れた異形の存在であり、
八卦炉によって放たれた魔法で焼き払った場合でしかなかった。
カメラを通して伝わる固いが弾力もある感触。
頬に当たる暖かい液体。
密着するほどの距離から聞こえる悲壮なうめき声…
それらのどれもが魔理沙にとって初めての経験だった。
やがて筋肉が限界に達する頃、魔理沙に絡みついた射命丸の腕は力を失い、地に伏した。
もともとダメージも大きく、既に失神していたのだろうが、途中で手を止めることなどできなかった。
へなへなと後ろによろけつつ倒れこむ魔理沙は懐から八卦炉を取り出す。
(もう止めを刺すしかない…)
いくらなんでも長居をしすぎた。
目の利く天狗もいるし、もうバレていると見て間違いない。
だがここまできたらもうヤケクソだ。
むかつく奴だったが、こいつのせいでこれから天狗の報復が待っているだろう。
どうせ捕まって八つ裂きにされるのならこいつを先に地獄へ送ってやる。
幸い天気のよい山中ということもあり、大量の乾いた落ち葉があったため、それを文にかぶせる。
そして八卦炉を落ち葉に埋もれた射命丸に向け魔力を込めた。
熱線が放射され落ち葉の山から炎が上がった。
あれだけダメージを与えてもまだ生きていたようで、燃え盛る炎の中で
弱弱しく動き回り、「ギィギィ」とセミのような声を出していたがやがて聞こえなくなった。
その後は焼いたイカのように体が縮こまり、赤ん坊のようなポーズで固まった。
「汚物を消毒して、清く正しい射命丸の出来上がりだな、ざまあみろ」
肉の焼ける香ばしい匂いがしたが、食べる気になるほど食欲はなかった。
少し経っても天狗が来る気配がなかったのでそのまま自宅へと帰る。
その途中でカメラをいじると中から紙でもガラスでもないものが出てきたが、よくわからないし
血や髪の毛が張り付いて気持ち悪かったので湖に捨てた。
天狗が逆襲に来ない理由は不明だが、少し冷静になって考えてみると
魔理沙のことなどどうでもよく、あくまで鬼との関わりを絶つため
事件に関与した射命丸以下その他を切り捨てたのかもしれない。
あるいは幻想郷最速の地位や、雑多な同族関係において天狗社会での
彼女の存在はあまり歓迎されたものではなかった、という考え方もできる。
新聞記者などという生意気な趣味も持っていたし、
魔理沙が同属の天狗ならば、どうにかして射命丸を失脚させることに奮闘していただろう。
だがそんなことはもうどうでもいい、今はあの悪夢のヒョウタンを処分することが重要だ。
あの様子だと、破壊してしまっては被害が大きくなることは容易に予想できた。
萃香がヒョウタンを取り戻せばあの凶暴な性格は元に戻ってくれるはずだろう。
だが、ここまでくるとおいそれとは返却できなくなっていた。
魔理沙はベッドの上でヒョウタン手にしながら考えた…
間違っていた。
自分の何倍も生きている大妖怪や高名な魔法使いと同じ世界で生きるなんて、身の程知らずだった。
できることといえば、弾幕ルールというぬるい土俵で勝ち、自尊心を保つことだけ。
妖怪が気まぐれを起こせば自分などいつでも殺せる。
魔理沙に負けたとしてもそれは弾幕ルールの上であり、本来の戦闘力とは別問題である。
魔理沙が勝てば、彼女は強力な妖怪を屈服させたと錯覚できるし
負けた妖怪もお遊びで負けたくらいではなんとも思わない。
せいぜい孫とのお遊びで負けた程度の感覚だろう。
今回の事件で魔理沙は窃盗を働き、強力な妖怪である鬼を本気で怒らせてしまった。
もうこの事件は自分の手には負えない。
そう結論付けた魔理沙は博麗神社へ向かうことを決めた。
できるだけ早いほうがいい、にとりのように萃香に乱暴される奴が増えてしまうかもしれない。
ヒョウタンを持ち、玄関のドアに手をかけ…ようとしたときに気がついた。
ドアが開いている。
嫌な予感がしてすぐに閉め、ドアを背にして後ろを振り向いた。
誰もいなかった。
…が、何かが走る音がする。
トタトタという音の小ささから察するにネズミか何かであろう。
そう思うや、ちょこまかと動き回る姿が目に入った。
キノコだった。
そのキノコが激しくジャンプする。
左右にユラユラ揺れたかと思うと宙返りした。
スタっと上手に着地すると動きが止まり、やがて爆発しキノコは四散した。
「うひいっ!?」
破片が体に当たる。
痛くなどなかったが、さすがに驚いた。
恐ろしげに炸裂したキノコの方を見ると小さな萃香がいた。
「あ…え…?」
どうして居場所がばれたのだろう?
いや、よく考えろ。
あれは萃香の分身だ。
きっとあれを幻想郷中に飛ばして、人海戦術でもってヒョウタンを探していたんだ。
キーキーと甲高い声を上げながら勝どきを上げる小さな萃香。
まずい、このままでは本体がすぐにやってくる。
あの冷血で残虐な萃香のことだ。
きっとメチャクチャに痛めつけられた挙句に殺害されてしまうだろう。
霊夢だ、霊夢に助けてもらおう。
あいつは人間の味方だ。
殺されるとなればきっと助けてくれるに違いない。
魔理沙も、このときばかりは人間として生まれてきたことに感謝した。
自分が妖怪であればそれは妖怪の領分ということで無視されていただろう。
そこまで考える頃にはすでに魔理沙は空を飛んでいた。
分身の萃香は単純な命令しかこなせないのか、追尾してくることはなく同じ動作を繰り返すだけだった。
博麗神社へと全力で飛ばすが、不思議なことに周囲には空には雲が一つも見当たらなかった。
そこに気がついた瞬間、背中に何かがしがみついてきた。
特別重いわけではないが、こんな上空で集中力が途切れるのは非常に危険であり
とりあえず姿勢制御を最優先にしつつ背中を振り返った。
やはり…と感が当たってしまうことに、ここまで最悪な気分になることはなかった。
そこには青白い顔をした二本角の妖怪、伊吹萃香が乗っていた。
「……待て、わかった」
何が分かったのかはさておき、魔理沙は早々に高度を下げ地面に降り立った。
同時に萃香も魔理沙の体から離れた。
逃げられっこないという自信がなせる行為か。
おそらく雲がなかったのは実体化するため、体の材料に使ったのだろう。
分身を用い目の数を増やし、見つけ次第すぐ出現できるよう霧散状態になっていた。
正解かどうかはわからないが、こんな状態でもカラクリを推察するくせが抜けない自分を呪った。
そんなことより、この状況をどうするべきか。
まず考えなければならないのはそっちのはずである。
そうだ、酒を返さなくては。
が、すでにヒョウタンは手元になく、それは萃香の手にあった。
「それはだな…盗んだんじゃないんだ その、な…」
言葉が見つからない。
迂闊なことをいうくらいなら一言もしゃべらないほうがいい気もしたが
何かしなければいけないという思いだけが魔理沙を動かしていた。
しかし言葉探しはすぐに必要なくなった。
無言で八卦炉を構えるや、有無を言わさず魔砲を放った。
熱線が木々をなぎ倒し、凄まじい破砕音と閃光が辺りを支配する。
あの雰囲気は言葉で説得できるというレベルを超えていた。
下等な妖怪、野獣の類でしか持ちえない狂気の双ぼう。
弾幕勝負などというメルヘンの世界にいる萃香は死に、そして今野獣に成り下がった萃香もまた…
閃光が弱まり、辺りに静寂が戻るとそこには炭化したヒョウタンの残骸が転がっていた。
「すまん、萃香…もうこうするしかなかったんだぜ…」
とりあえず霊夢には言っておこう。
いくらなんでも今回は私が悪かったのだから。
そう反省し、博麗神社へと向かおうとした時…
「おい黒白、どこへ行こうってんだい?」
ぎょっとして萃香のいた方に目をやるが、やはりこげたヒョウタンが転がったままであった。
いったいどこから?
声の感じからしてすぐ近く……耳元に直接…!?
「ヒヒヒヒヒ…そうだよ、お前の耳の中だよ」
完全に予想外だった。
小さくなるといってもせいぜいネズミ程度のサイズだと思い込んでいた。
「私は霧にだってなれるんだ これくらいどうってことないよ」
「ひいっ 悪かった! 酒は弁償するから助けてくれ!」
「キシシ、だめだよ…お前は許さん」
半狂乱になった魔理沙は、足元の枝をつかむと耳の中をめちゃくちゃに引っかいた。
柔らかい耳の中が血だらけになるのも考えず一心不乱にかき回す。
「くそっ、出て来い!悪魔め!」
はたから見れば実にこっけいな姿であったが魔理沙は本気だった。
突っ込んだ木の枝が止まる。
奥で強い力が押さえつけているようだ。
と思うや逆に奥へと引っ張られた。
ものすごい力で耳の奥へ枝が吸い込まれていく。
魔理沙は両手で木の枝を引っこ抜こうとするが萃香の力は半端ではなく、抗いようがなかった。
このままでは鼓膜が破れてしまう。
そう恐怖した魔理沙だったが、急に引っ張る力が抜けたと見え、反動がついたまま枝が耳から抜ける。
枝に目をやった魔理沙はそれを見て震え上がった。
枝がまるで裂きイカのようにズタズタに噛みちぎられていたのだった…
「うわああああ!」
枝を投げ捨てた魔理沙は両手で頭を抱え込みながら地面に丸くなった。
そんなことをしたところで萃香は耳の中にいるため、何の意味もないのだが
どうしようもない恐怖に少女はただ降参するしかなかった。
「ヒヒヒ、馬鹿な奴め 何したって無駄だよ」
「誰か、誰か助けてくれえ!」
ぶるぶると震える魔理沙にはもう微塵たりともファイティングスピリットは残されていなかった。
子供の世界、お遊びの世界ならば降参すればそこで終わり。
だが魔理沙が今相手にしているのは凶暴で残忍な悪魔であった。
「私はこんなに小さくもなれれば、逆に山のように大きくだってなれるのだ」
「え…?」
一瞬萃香が何を言っているのかわからなかった。
だが少ししてすぐに理解した。
本当は何一つ理解などしたくはなかったが。
「お、おい 冗談だろ!? 勘弁してくれぇ!」
萃香は魔理沙の耳の中で巨大化するつもりなのだ。
「グヒヒ、本当に哀れな奴だなお前は…
どうして人間や妖怪ですらも鬼を恐れているのか考えたこともなかったのか?」
完全に麻痺していた。
弾幕勝負で妖怪に勝っても、それはお遊びに勝ったというだけで、
妖怪に本気で襲われたら人間など勝ち目はないのだ。
「ギャハハハハ! それそれーい!」
ドスンドスンと耳の中で萃香が暴れ始める。
「うわっ!?あああ、ああーー! やめてくれぇええ!」
こんなのは夢だ、悪夢だと思いたかったが
現実は悪夢などよりはるかに恐ろしいものであった。
魔理沙の股の間から温かい液体が流れ出し、ひざを伝い地面へと広がった。
情けない気分だったが、萃香の気まぐれで頭が破裂するかもしれない恐怖がそれに勝っていた。
もうこうなったらあそこへ行くしか道はない。
魔理沙はホウキに手をかけた、が。
「おっと、どこへ行こうってんだい?
霊夢のところへ行くつもりなんだろうが、逃げようったってだめだ」
ホウキを手にした状態で体が止まる。
「そんな素振りを見せたらすぐに巨大化して頭を吹っ飛ばすか
お前の脳みそを食べつくしてやる 妙なことは考えないことだ、ひひひ」
「あわわわ…」
魔理沙のすがった希望は一瞬にして小さな悪魔によって奪われてしまった。
「まあもっとも、霊夢に助けを求めたところで私は退治できないね
あんな奴所詮はただの小娘、本気の私とは年季が違いすぎる
手足の二、三本もぎ取ればすぐに泣いて命乞いするだろうよ」
思い返せば、あの射命丸の時だってまるで勝負になっていなかった。
あの天狗があれだけ痛めつけられて本気を出していないわけがない。
きっと萃香の言うことはハッタリなんかじゃないだろう。
「おい、デク人形」
「え?」
「お前のことだよ、黒白 お前は今から私の奴隷だ
私の言うことには何だって従ってもらうよ」
もはや魔理沙に反論する言葉は一つとして存在しなかった…
まだ前編ですが、長ったらしい文章で失礼。
ウナル氏の萃香ちゃんネタを読んで、放置していたのを思い出しました。
字数が増えすぎて出すべきか迷っていましたが、都合よく鬼と節分ということで…
途中なので、コメントどころではないでしょうが
誤字等、何かあればご自由にどうぞ。
コメごん
作品情報
作品集:
11
投稿日時:
2010/02/02 23:13:10
更新日時:
2010/02/03 08:38:33
分類
魔理沙
萃香
霊夢
にとり
射命丸
ん? 呼んだ?
確かに長いですが、ぐりぐり展開していくのでぐんぐん読んでいけました。