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『夢一輪』 作者: risye
こんな事があった。
頭を抱えて枕もとに座っていると、あお向きに寝た彼女が、悲しい声でごめんなさいと言う。彼女はすらりとした白い体を布団に乗せ、柔らかな輪郭の笑顔を枕に乗せている。
真っ白な頬の底に人間と同じような温かな血の色がかすかに差して、唇の色も惚れ惚れするほどに紅く、とうてい死ぬようには見えない。しかし彼女は静かで震えた声で、もうダメなんです、とはっきり私に伝えてくれた。自分もこのままじゃ彼女は死んでしまうと思った。そこで、そうですか、死んでしまうのですね、と上からのぞき込むようにして聞いてみた、そこでポトリ、と雫が彼女に落ちた。私の涙だろう。
ダメなんです、死んでしまうんです、と言いながら彼女はぱっちりと目を開けた。大きな潤いのある目で、空色の髪に隠された中は、透き通るほどに紺色だった。その紺色の中に私の姿がぼわぁ、と浮かんでいる。
私は透き通るほど深く、目の奥まで見えるであろうこの目のつやを眺めて、これでも死んでしまうのかと思った。
そこで彼女に覆いかぶさり枕に口をつけて、死んでしまうんですか、冗談ですよね、ともう一度、もう一度きき返した。すると彼女は紺色の瞳を辛そうに、でも嬉しそうに見張ったまま、やはり震えた声で、でも、死んでしまうんです、すいませんと言った。
じゃあ、私の顔が見えますかと手を握りながら涙を流しながらきくと、見えますかって、ほら、そこに、そこに今にも泣き出しそうな顔じゃないですか。とにこりと笑ってみせた。私は黙って、顔を枕から離した。頭を抱えながら、もう私の姿が見えてない、妖が長寿だなんて嘘じゃないか、と思った。
しばらくして、彼女がこう言った。
「死んだら、埋めてください。あなたの大好きな食器で穴を掘って。そしてあなたに頂いた首飾りとこの指輪を墓標につけてください。そうして墓のそばに待っていてください。また、また会えますから。」
私は、はっとしていつ会いに来るんですかと聞いた。
「朝になるでしょう。そして夜になるでしょう。それからまた出てくるでしょう、そうしてまた沈むじゃない、――――赤くて眩しい日が東から西へ、東から西へ繰り返して行くうちに、――――あなたなら、待ってくれますよね。嫌でもいいです。」
私は涙を零しながらうなずいた。彼女は静かな調子を少し張り上げて。
「百年、百年待っていてください。」と思い切った声で言った。
「百年、百年の間私の墓の隣でずっと待っててください。きっと、会えますから。」
私はただ待っていますと答えた。すると紺色の瞳の中に透き通るほど鮮やかに見えた私の姿がじわぁっと揺らいできた。小さな池が小石を投げられ月を歪めるように、流れ出したかと思ったら。
彼女の目がぱちり、とゆっくり閉じた。長い水色の前髪のから涙が頬に垂れた。――――もう死んでいた。
自分はそれから庭へ降りて、私がいつも夕食を彼女と食べていた花模様の食器で穴を掘った。土をすくうたびに、皿の花が月の光を浴びてきらきらした。湿った土の匂いと花の見つのにおいもした。
穴はしばらくして掘れた。彼女をその中に入れた。そうして冷たい土を上からそっとかけた。かけるたびに食器の花に月の光が差した。
それから一回家に戻り彼女にあげた首飾りと小さな棒を持ってきて、棒を墓標にし、その墓標に首飾りと彼女が薬指にはめていた指輪を飾った。首飾りはひどく霞んでいた初めて贈り物をした時からもうずいぶん経ってるんだなと思った。丁寧に結びつけていくうちに、私の心と目が少し暖かくなった。
私は墓標にもたれかかった。これから百年の間こうして待っていけるのだろうかと考えながら、隣にある、彼女の墓標を眺めていた。そのうちに彼女が言ったとおり日が東から出た。大きな暖かい日であった。それがまた彼女の言ったとおり、すっと西に落ちた。赤みが強くなりゆっと落ちていった。一つめ、と自分は指折数える。
しばらくするとまた眩しい天道様がのそりと昇ってきた。そうして何も変りなく沈んで行った。二つめと指折り数えた。
自分はこういうふうに一つ、また一つと指折り数えているうちに、赤い天道様をいくつ見たかわからない。指折り数えても、指折り数えても、し尽くせないほど赤い天道様が私の頭上を通り過ぎていった。
それでも百年がまだ来ない、しまいには、錆だらけになった指輪と首飾り、そしてボロボロになった墓標を眺めて、彼女は私をだましたのだろうかと思い出した。
すると墓標の元からするすると自分に向かって茎が伸びてきた。見る間に長くなっていきどんどん私の体に巻き付いてくる。やがて茎は動くの止め私の目の前にふっと、頭を重そうにしていた一輪のつぼみが、ゆっくりと花を開いた。その花は見たことも無い色で彼女の瞳のように綺麗な紺色だった。その花の香が鼻の奥に刺激を与えるほど甘い匂いだった。
そして茎が私をより強く絡み付いてくる。首がきりっと締まる。もう私は動く気力も息ができない苦しみも感じられない。絡みつく茎の間から遠い空を覗くと、赤く染まった星が強く輝いていた。
「おかえりなさいませ、一輪さん。百年間寂しかったんですよ。」とこのとき初めて気がつき。そのまま私は物言わぬ屍になった。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさい
夢十夜が好きなんです、第一夜で書きたかったんです。
あぁ一輪さんに愛されたい。愛してるのに。
risye
- 作品情報
- 作品集:
- 12
- 投稿日時:
- 2010/02/16 14:53:56
- 更新日時:
- 2010/02/16 23:53:56
- 分類
- 夏目漱石
次は第十夜でやってくれ。