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『死にたがりは死ぬだけ』 作者: 十六
血まみれの拳が私の顔を殴りつけます。鈍い音がゴツンゴツンと響き、私の骨が砕けている音なんだと思いました。
私はいま殴られている。馬乗りになっている星は無表情で、工場の機械が化けたように私の顔を殴りづけています。きっと彼女は嬉しいのでしょう。ああ、それとも悲しいのでしょうか。
寅丸星は聖白蓮をどう思っているのでしょう。殴られる前に訊きたかったのに、もう唇は動こうとしません。腐った雑巾のように重なるだけで、私はもう喋ることもできませんでした。
ああ、それでも声に出して伝えたい。痛みなどどうでもいい。ただ彼女にありがとうと、それだけを言いたかったのです。
星は無言で私を殴ります。どうして殴っているのか分かりません。忘れました。些細なことです。どうでもいい。
私の心が満たされているのだから、理由など考える必要はありません。
そう、私は満たされています。
前頭骨が砕け、鼻骨が折れ、いまようやく眼窩が抉られました。眼球など不必要。涙を流すのに眼球はいりません。心があれば人は泣けるのです。ほら、その証拠に私の目からは涙が流れている。
嬉し涙に違いありません。何色だろうと、それはきっと涙です。
私は死ぬことを恐れていました。でも、生きることも恐れていました。だって生きている限り、いつかは死んでしまうのですから。
だからといって死ぬこともできず、私は生きながらに苦しんでいました。
聖白蓮の世界は真っ黒です。進めば進むほど、その闇は濃くなっていきます。
出口も見えません。あるかどうかも分かりません。
私はただ暗闇の中を走り続け、ゴールがあることを願っていました。
でもそのゴールに入るのは嫌で、結局また新しいゴールを探しました。
そうです。きっと星は、私に新しいゴールの道筋を教えてくれているのでしょう。
最後に見た星の拳には、びったりと血がこびりついていました。私だけの血ではありません。彼女も傷ついています。
それでもなお私を殴り続けてくれる星には、感謝してもしきれません。
だから私は笑顔でいようとするのですが、崩れた顔では表情をつくることができませんでした。
心の中で何度も何度もありがとうと呟きましたけど、届いているのかどうかは不明です。
星は私を殺そうとしています。
死ぬのが嫌な私に、死がどれほど甘美なものであるのかを教えてくれているのです。
殴られるのは痛い。苦しい。早く逃げ出したい。
だからこそ、死ねばいい。
子供のように我が儘を言って逃れ続けていたゴールに、一人で飛び込めないのなら手をひいてあげよう。星はそう言っているんだと思います。
自殺できないのなら、殺してあげる。
なんと優しい心配り。
殴られる痛みは我慢できずとも、星の優しさを無碍にするわけにはいきません。だから私は黙って、星に殺される瞬間を待っているのです。
もしもひと思いに槍で刺されたとしたら、私は死を恐れたまま逝っていたことでしょう。
でも殴り続けられたからこそ、私はこう思うのです。
ああ、早く死にたい。
死を恐れない聖白蓮が、感涙しながら死を望む。
こんな日が来ようとは、星には感謝してもしきれません。
だから頃合いを見て、私も彼女に恩返しをしました。
優しい死には甘美な死を。
星は死を恐れていないので、あっさり殺されても不満はないでしょう。隠し持っていたナイフを投げ放ち、彼女の胸に刺さったはずです。生憎と目は見えないのでどうなったのかは分かりませんけど、呻き声が聞こえ殴る手が止まったので当たりはしたのでしょう。
幸いにも、私の方はもうすぐ死ねます。
星が死ねたのかどうか知らずに逝くのは心残りですが、それを確かめる術もありません。
だから私は感謝と謝罪の念を込めつつ、力を振り絞って最後の言葉を残したのです。
「ああ、私の世界に光が満ちる!」
暗闇に浮かび上がった死というゴールへ、私は喜びながら飛び込ました。
「ご主人様、やりすぎた。ご覧、聖が死んでしまった」
「うぐっ……だって、聖が私の宝塔を壊したから……」
「ご主人様だってよく無くすじゃないか。まったく、死体を処理する身にもなって欲しいものだね」
結局、死体は一つだけ。
十六
- 作品情報
- 作品集:
- 12
- 投稿日時:
- 2010/02/16 17:30:57
- 更新日時:
- 2010/02/17 02:30:57
- 分類
- 聖