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『死にたがりは死ぬだけ』 作者: 十六

死にたがりは死ぬだけ

作品集: 12 投稿日時: 2010/02/16 17:30:57 更新日時: 2010/02/17 02:30:57
 
 血まみれの拳が私の顔を殴りつけます。鈍い音がゴツンゴツンと響き、私の骨が砕けている音なんだと思いました。
 私はいま殴られている。馬乗りになっている星は無表情で、工場の機械が化けたように私の顔を殴りづけています。きっと彼女は嬉しいのでしょう。ああ、それとも悲しいのでしょうか。
 寅丸星は聖白蓮をどう思っているのでしょう。殴られる前に訊きたかったのに、もう唇は動こうとしません。腐った雑巾のように重なるだけで、私はもう喋ることもできませんでした。
 ああ、それでも声に出して伝えたい。痛みなどどうでもいい。ただ彼女にありがとうと、それだけを言いたかったのです。
 星は無言で私を殴ります。どうして殴っているのか分かりません。忘れました。些細なことです。どうでもいい。
 私の心が満たされているのだから、理由など考える必要はありません。
 そう、私は満たされています。
 前頭骨が砕け、鼻骨が折れ、いまようやく眼窩が抉られました。眼球など不必要。涙を流すのに眼球はいりません。心があれば人は泣けるのです。ほら、その証拠に私の目からは涙が流れている。
 嬉し涙に違いありません。何色だろうと、それはきっと涙です。
 私は死ぬことを恐れていました。でも、生きることも恐れていました。だって生きている限り、いつかは死んでしまうのですから。
 だからといって死ぬこともできず、私は生きながらに苦しんでいました。
 聖白蓮の世界は真っ黒です。進めば進むほど、その闇は濃くなっていきます。
 出口も見えません。あるかどうかも分かりません。
 私はただ暗闇の中を走り続け、ゴールがあることを願っていました。
 でもそのゴールに入るのは嫌で、結局また新しいゴールを探しました。
 そうです。きっと星は、私に新しいゴールの道筋を教えてくれているのでしょう。
 最後に見た星の拳には、びったりと血がこびりついていました。私だけの血ではありません。彼女も傷ついています。
 それでもなお私を殴り続けてくれる星には、感謝してもしきれません。
 だから私は笑顔でいようとするのですが、崩れた顔では表情をつくることができませんでした。
 心の中で何度も何度もありがとうと呟きましたけど、届いているのかどうかは不明です。
 星は私を殺そうとしています。
 死ぬのが嫌な私に、死がどれほど甘美なものであるのかを教えてくれているのです。
 殴られるのは痛い。苦しい。早く逃げ出したい。
 だからこそ、死ねばいい。
 子供のように我が儘を言って逃れ続けていたゴールに、一人で飛び込めないのなら手をひいてあげよう。星はそう言っているんだと思います。
 自殺できないのなら、殺してあげる。
 なんと優しい心配り。
 殴られる痛みは我慢できずとも、星の優しさを無碍にするわけにはいきません。だから私は黙って、星に殺される瞬間を待っているのです。
 もしもひと思いに槍で刺されたとしたら、私は死を恐れたまま逝っていたことでしょう。
 でも殴り続けられたからこそ、私はこう思うのです。
 ああ、早く死にたい。
 死を恐れない聖白蓮が、感涙しながら死を望む。
 こんな日が来ようとは、星には感謝してもしきれません。
 だから頃合いを見て、私も彼女に恩返しをしました。
 優しい死には甘美な死を。
 星は死を恐れていないので、あっさり殺されても不満はないでしょう。隠し持っていたナイフを投げ放ち、彼女の胸に刺さったはずです。生憎と目は見えないのでどうなったのかは分かりませんけど、呻き声が聞こえ殴る手が止まったので当たりはしたのでしょう。
 幸いにも、私の方はもうすぐ死ねます。
 星が死ねたのかどうか知らずに逝くのは心残りですが、それを確かめる術もありません。
 だから私は感謝と謝罪の念を込めつつ、力を振り絞って最後の言葉を残したのです。

「ああ、私の世界に光が満ちる!」

 暗闇に浮かび上がった死というゴールへ、私は喜びながら飛び込ました。


 
「ご主人様、やりすぎた。ご覧、聖が死んでしまった」
「うぐっ……だって、聖が私の宝塔を壊したから……」
「ご主人様だってよく無くすじゃないか。まったく、死体を処理する身にもなって欲しいものだね」
 結局、死体は一つだけ。
十六
作品情報
作品集:
12
投稿日時:
2010/02/16 17:30:57
更新日時:
2010/02/17 02:30:57
分類
1. 名無し ■2010/02/17 03:13:25
なぜ聖にはこんなにも軽い死に様が似合うのだろう
2. 名無し ■2010/02/20 20:07:15
聖はもっと未練タラタラな方がしっくりくるな
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