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『帰れない二人』 作者: 大車輪
窓の外は闇。
その中に無数の小さな光が散らばっている。
動く事も無く、消えることも無く、色や大きさだって似たり寄ったり。
いつ見たってこんな感じだ。
大して代わり映えしない。
もうどれだけこれを見続けて来たことだろう?
ついでに言って、ここは余りに静か過ぎる。
外は風が吹くことも、雨が降ることもない。
しんしんと雪の降る深夜が延々と続く感覚。
時間を支配していると、時の流れが自分の掌の上にあると自負していた、
その私が時間の感覚を失って、一体どれほどの時が経ったのだろう?
長すぎて想像することも嫌になっていた。
私達は漂流している。
周りには誰もいないし、何も無い。
「さくや・・・さくやぁ・・・ぐすっ・・・」
お嬢様が寝言でまた泣いた。
ここで二人きりになってから、お嬢様はよく泣くようになった。
それに最近は私に対して謝る事だって少なくはない。
全ては自分の責任だと、私まで巻き込んでしまったと謝るのだ。
でもお嬢様に付いて行ったのは自分の判断だし、今更そんな事を謝られても正直困ってしまう。
「フラン・・・パチェ・・・めぃ、りん」
「・・・!」
随分と懐かしい名前が出た。
私も思わずハッとする。
それにしても幸せそうな寝顔だ。
多分、楽しい夢を見ているのだろう。
私達は数メートルの距離を隔てて、向かい合って椅子に座らせられている。
背中から伸びたチューブが、椅子の背もたれと繋がっていた。
別に邪魔にはならないが、鎖のように私達を縛り付けている。
「れいむ・・・れいむぅ、うふふっ」
こんなお嬢様の幸せそうな寝顔を見ることだけが、今の私の楽しみだ。
他には何も無い。
それから暫く経った頃。
「うぅん・・・」
「おはようございます、お嬢様」
「なんだ。あなた、まだ生きていたのね。
「ええ、残念ながら」
「前から言ってるじゃない? あなたが死んだって私は一向に構わない」
「いえ、私が死ぬのは真っ平御免なだけです」
「本当かしらね?」
お嬢様が目を覚ました。
だけど私は目覚めの紅茶を振舞うことも、髪をといてやることも出来ない。
忌々しい、この私の背中のチューブのせいで。
そろそろ私達に何が起きたのかを説明しようと思う。
今、私達がいるのは宇宙。
正確に言えば宇宙船、罪人を閉じ込める為の牢屋だ。
最初の切欠はお嬢様が月に行きたいと言ったこと。
私やパチュリー様はその望みを叶える為に東奔西走した。
そしてロケットが完成し、私達は月へと出発。
乗り込んだのは私とお嬢様、他のメイドが3人ほど。
それと紅魔館の者ではないが、以前から交友のあった霊夢と魔理沙がいた。
ここまでは良かったのだ。
その時は私達にこんな運命が待ち構えている事など、お嬢様でも分からなかった。
月に不時着した私達は、あっと言う間に現地の兵隊に囲まれた。
王兎だけなら敵ではなかったが、綿月依姫がそこにいた。
魔理沙の機転でスペルカード対決に持ち込めたものの、結果は惨敗。
私もお嬢様も、霊夢でさえ彼女の敵ではなかった。
私達は捕らえられ、裁判にかけられた。
霊夢以外は全員直ちに地上へ強制送還。
残った霊夢も用が済めば幻想郷へ帰して貰えるという判決。
侵略者に対して何と言う甘い措置なのかと、その時は思った。
当然、そんな訳は無かったのだ。
地上へ帰される直前になり、私とお嬢様は別の施設へと送られた。
そこで見たのは、私達に瓜二つなクローン。
そして私達に本当の判決が下された。
『レミリア=スカーレット、十六夜咲夜、この2名を流刑に処する』
彼らは知っていた。
月侵攻の計画を企てたのはお嬢様と私。
残りの者、メイド達や霊夢、魔理沙は何となく付いて来たに過ぎない。
主犯とその補佐をしていた者はしっかり裁いてやるつもりだったらしい。
地上に戻すという約束は嘘だった。
クローンが私達と入れ替わり、紅魔館に戻る。
そこで変わらぬ生活をする振りをして、幻想郷を監視するスパイとなるのだ。
今思えば他の者をあっさり帰したのも、クローンが怪しまれないようにの配慮ではないのか?
いかにも温情な措置で済ませたように見せ掛けて、裏で狡猾な作戦を実行する為に。
ところで、この『流刑』という刑は彼らにとって最も重い刑らしい。
穢れを嫌う月の都において、死刑はご法度だ。
そこで考えられたのが、死より重いこの刑罰。
まず罪人は薬を打たれて寿命を奪われる。
そして流刑用宇宙ポッド(私達が乗っているもの)に閉じ込められ、宇宙に放り出される。
背中に取り付けられたチューブから必要最低限の栄養が送られるので、飢え死にすることは無い。
しかしそれと同時に力を奪われているので、立ち上がることすら出来ない。
辛うじて手だけが動くような状態で永遠に宇宙を彷徨い続ける。
これがお嬢様に科せられた刑だ。
もう決して死ぬことは出来ない。
こんな所で、ただ生きているだけの状態で、いつまでも存在し続ける。
どれほど辛いことなんだろうか?
それを考えると、もう胸が痛いなんてものではない。
そうだ。
私の刑は少し違う。
同じ流刑でも幾つかの種類があり、私は首謀者でないのでその中で2番目に重い刑に下げられた。
お嬢様の場合は正真正銘の永遠刑。
だけど私には不定ではあるが期限がある。
刑の執行の直前、私は奴らから一錠のピルを渡された。
どうやら毒であるらしい。
それも人間を殺すには十分であるが、吸血鬼には効かない程度の毒。
私達は蓬莱の薬を打たれた訳ではないので、寿命以外の要因なら死ぬことが出来る。
しかし先程も言ったように飢え死にすることも無いし、舌を噛み切る力も無い。
つまり死にたくなったらこのピルを飲むしかない。
それが私だけに残された、唯一の救いなのだ。
そんな特権をポケットに秘めたまま、私は今日まで生きてきた。
「夢を見たわ」
「ええ、とても楽しい夢だったようで」
「話して欲しい?」
「はい。是非」
この狂おしいほどの退屈に立ち向かう為、いつも私達はお話しする。
しかし私にとって話のネタになるようなことなど、もう殆ど残っていない。
ここに来るまでの私の人生なんて短かったし、元々ずっとお嬢様と一緒だったのだ。
いつしか、話はお嬢様の昔話ばかりになっていた。
それも次第に尽きてきて、同じ話を何度も繰り返す日々が続いていた。
そんな中、夢は貴重なものだ。
何しろ新しい体験をするのは夢の中でしかありえないのだから。
「どこから話そうかしら? そうね、突然この船が落ちていくのよ」
「落ちるのですか?」
「ええ、どこかへ引っ張られていくような感じ。あなたも分かるでしょ?」
「ですが、どこに?」
「後のお楽しみよ。それでね、外が真っ赤になって。燃えているみたいだったわ」
「それは大変ですね」
「あなた、泣いていたわよ。『助けてください、お嬢様』って」
「私はそんな臆病者ではありませんよ?」
「勿論、私は落ち着いていて物怖じしなかったけどね」
「まあ、お嬢様ったら」
「そして遂に地面に激突するの。凄い衝撃で、この船はバラバラになったわ」
「なるほど、私達は死んでしまうのですね」
「馬鹿、そんな訳が無いじゃない。二人とも助かったわよ」
「助かった? 何故ですか?」
「実は私達が落ちたのは湖でね、そのお陰で死なずに済んだのよ」
「湖・・・ですか」
「そうよ。そこで私達は、何を見たと思う?」
「あの、もしかしてそこは・・・」
「紅魔館よ。紅魔館が湖の畔にあったの」
「またあのお屋敷に・・・とても懐かしいです」
「あなたったらいきなり抱きついて来るんですもの。危うく溺れそうになったわ」
「でもそれは仕方がありませんよ。だって私達は帰って来れたのですから」
「うん、まあそうだよね」
「それで私達が湖に浮かんでいるとね、誰かが近付いてきたの」
「はい。それが誰かは、もう分かりました」
「その通り。勿論、フランやパチェ、それに美鈴よ。みんな私達の帰りをずっと待っていたって」
「では、クローンはどうなったのですか?」
「あんな偽者、バレるに決まってるじゃない。連中の企みなんてお見通しで、すぐに処刑したらしいわ」
「流石はパチュリー様ですね」
「それから私達の帰郷を祝して盛大にパーティをやったんだけど、楽しかったわ。霊夢もいたし」
「え? 霊夢が来ていたのですか?」
「霊夢だけじゃないわ。幻想郷中から沢山の人や妖怪達がやって来たの。フランも喜んでいたわ」
「それは、楽しそうですね」
「本当、正夢だったらいいんだけど」
「・・・可能性は、無くは無いですよ。きっと」
「・・・そうだね」
それから幻想郷の思い出話に花が咲いた。
お嬢様にとっていつも妹様が悩みの種だったこと。
魔理沙に本を盗まれ、パチュリー様が地団駄を踏んでいたこと。
門番の美鈴が本当に使えない奴だったこと。
いつも無愛想だった、霊夢のこと。
全てが楽しかった。
またあそこに戻りたい。
実現する可能性がどれほどかは分からないが、もしも本当にそうなってくれたら・・・
「咲夜、咲夜? 寝ちゃったの?」
「ムニャ いえ、私は・・・起きて・・・」
「まあ、いいか。その代わり、あなたも素敵な夢を見てね」
「はい・・分かり・・」
「おやすみ、咲夜」
その言葉を聞きながら、私は深いまどろみの中へと・・・
私は、椅子の上に座っていた。
部屋の中は真っ白。
窓の外を見れば、暗黒の中に幾多の光が瞬いていた。
立ち上がれるか? 両足に力を入れる。
しかし駄目だ。自分の体が重すぎて、ビクともしない。
背中に手を回してみる。
汗で少し湿った肌の向こうに、コツリと固い感触があった。
それならこれは現実だろうか?
だけど妙に頭がボンヤリしているし、掌を抓ってみても全く痛くない。
「これは夢だよ」
数メートル向こうのお嬢様が、実に不機嫌そうに言った。
「夢の中でも、これですか」
「あなた、夢で私に会うのは嫌なの?」
「後でお嬢様に叱られてしまいます」
「私の責任じゃ無いわよ。あなたが勝手に出したんでしょう?」
確かにそれはもっともだ。
今、目の前にいるお嬢様には何の非も無い。
「あれほど、素敵な夢を見ろって言ったじゃない」
「何故、私はこんな夢しか見れないのでしょうか?」
「何故って? 性格の違いじゃないの?」
「私が、お嬢様のような強い吸血鬼ではなく、弱い人間だからなのでは?」
「馬鹿ね。今更そんなこと気にしてるの? あなたは」
「しかし、何とかならないのでしょうか? これではあまりにも・・・」
「しょうがないわね。だったらこういうのはどうかしら?」
そう言ってお嬢様は立ち上がった。
あの嫌なチューブは、まるで紙テープのようにあっさりと千切れてしまった。
そしてパチンと軽く指を鳴らす。
「え!? い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!?」
突然、部屋の中の重力が変わった。
さっきの話に出てきた、何処かへ引っ張られていく感覚。
この船が落ちていってるのだ。
少しでも気を抜けば浮かび上がってしまいそう。
私は必死に椅子にしがみついていた。
「どうしたの? 私の夢みたいに泣けばいいじゃない」
ニヤニヤと笑いながら、お嬢様が私をからかう。
「い、いえ、泣きませんよ。私は臆病者じゃないですから」
「あなた、生意気よ。メイドの分際で」
泣いてはいなかったが、本当はとても怖かった。
忘れかけていた重力。
結末が分かっているとは言え、恐怖を感じない訳が無い。
窓の外を見た。
成程、お嬢様の言っていた通り外は炎に包まれている。
「そろそろ激突するわよ。覚悟はいい?」
「きゃぁぁぁぁぁぁああああああああああ!!!!!」
凄まじい衝撃と轟音と共に私の身体は投げ出された。
急に目の前が真っ暗になり、息が出来なくなる。
気が付けば全身が冷たい水の感触に包まれていた。
両手を激しくバタつかせていると、指先が柔らかい何かに触れた。
溺れる私は思わずそれに抱きつく。
「ば、馬鹿! こんな所だけ私の時と同じって!」
お嬢様がそんな事を言ったような気がする。
そんな感じに、必死の思いで水面まで浮上した。
「咲夜、どうかしら、久々の我が家は?」
「本当だ、ここは・・・」
目を開けると新しい色が私を迎えてくれた。
私の周りにあった白と黒は全て消え去り、青や緑に包まれている。
それは水や空、そして湖畔を囲む森の色。
更に見渡せば違う色、赤が遠くに小さく見える。
周囲から浮き出るようなその色が、私の目に滲んだ。
「どうせこれは夢なんだけど、それでも嬉しい?」
「はい、嬉しいです。最高の夢です」
夢でもいいのだ。
もう一度、この光景を目に焼き付けることが出来れば。
すると、あの赤いお屋敷から何人かがこちらにやって来るのが見えた。
その内、一人は背が低い。
妹様やパチュリー様、それに美鈴なんだろう。
そしてそれを追うように小さな影が無数に現れた。
妖精メイド達まで、館の者総出で私達の帰りを祝ってくれてるのか。
「私も嬉しいわよ。あなたの夢の中とは言え、またここに帰って来れたんですもの」
大勢の出迎えによって、私達はあっと言う間に揉みくちゃにされた。
「お姉様っ、お姉様ぁっ!! 会いたかったよ!!」
「咲夜さん・・・まさか、またこうして会える日が来るなんて・・・」
なるべく目立たないようにしていたらしいが、パチュリー様も泣いているのを私は見た。
「美鈴、この後レミィ達の歓迎パーティを開こうと思うんだけど」
「分かってますって。沢山人を呼んで、盛大なパーティにしますよ」
「それなら霊夢も呼んでよね?」
「勿論ですとも。きっと来てくれますって、あいつもお嬢様の帰りを待っていたんですから」
「そう言えば、パチュリー様」
「ん? どうしたの?」
「月から来た私達の偽者はどうしました?」
「ああ、あの出来の悪い人形ね。潰しておいたわ」
ああ、何から何まで一緒だ。
お嬢様の見た夢と。
私はもう一度妹様と抱き合う。
冷えた身体を温めてくれる妹様の熱。
そう言えば、人肌も体温も久しぶりだ。
船の中は暑くも寒くもなかった。
「ねえ、咲夜」
感動が最高潮に達した頃、私にお嬢様が話し掛けてきた。
「何でしょうか?」
「教えてよ。フランの目の色は何色かしら?」
「そんなの決まっているじゃないですか。妹様の目の色は・・・」
私は妹様の目を見つめた。
「え・・・!?」
何故だろう?
妹様には・・・目が無かった。
「フランの髪の色は? 鼻の形は?」
「嘘・・・でしょ?」
「どうしたの、咲夜?」
よく見るとこの妹様には顔が無い。
それに、髪も。
「フランはどんな声で喋るの?」
「咲夜、何か変 よ? どこ 身体 調 子 悪 ?」
だんだん、妹様の声が聞こえなくなってきた。
「フランを抱いてるって、どんな感じだっけ?」
そう言われて気が付いた。
暖かくも、冷たくも無い。
私は誰も抱いていない。
腕の中から妹様が消えていた。
「あとね、パチェってどんな顔してたっけ? 美鈴ってどんな髪型?」
次にパチュリー様と美鈴の姿が曖昧になり・・・霧のように消えていく。
「あなた、メイド達の顔、一人でも覚えてる? そもそも紅魔館って、どんなところだっけ?」
「やめて・・・や・・・めて・・・ください」
メイドが一人、また一人と消えて行き、その後ろにある筈のお屋敷も歪んでいく。
「ねえ、空ってどんな色? 緑は? 紅魔館の赤って、どんな赤なの?」
「やめてくださいっっっ!!!!」
私は、椅子の上に座っていた。
部屋の中は真っ白。
窓の外を見れば、暗黒の中に幾多の光が瞬いていた。
「はぁ、はぁ・・・はぁ・・・」
数メートル向こうには、お嬢様が座っていた。
「これで分かったでしょ? あなた、皆の顔も忘れちゃったのよ」
「・・・・・・・・・」
「だからこんな夢しか見れないのよね」
「・・・・・・・・・」
「大体さ、ある訳ないじゃない。紅魔館に戻れるなんて」
「・・・・・・・・・」
「第一、霊夢なんてとっくに死んでるし。あなたも分かってたんでしょ?」
「・・・・・・・・・ぅ・・・ぅぅ・・・」
「・・・咲夜ってさ、夢の中でしか泣かないよね」
「こんなの、あんまりじゃないですか」
「今頃そんな事言ってもしょうがないわよ。自分の運命と不甲斐ない主を呪いなさい」
「十分呪いましたよ」
「ああ、でも言っておくけどね、私は謝ったわよ。それこそ、あなたが嫌というほど」
「ですが、本当に・・・」
「何よ?」
「本当に、私達には何の希望も無いんでしょうか?」
「希望ならあるわよ。ただし、あなたにだけね」
「これ、ですよね?」
「本当に羨ましい。もしも私に効くものなら、どうにかして奪い取ってやりたいくらい」
私はポケットの中の、あのピルを取り出した。
「ですが、これを飲めばお嬢様は・・・」
「つくづく、あなたって馬鹿ね。飲みたきゃ飲んでいいって、何度も言ってるじゃないの」
「でも、それは嘘ですよね」
「・・・さあね、あくまで私はあなたの夢の中の私だから。本当はどうなんだか?」
「ずるいですわ」
「それじゃ、思い切って言ってみるけど」
「何でしょうか?」
「どうせさ、何だかんだ言ってもいつかは飲んじゃうんでしょ?」
「私は・・・」
「『絶対飲まない』なんて言わないでよ?
永遠よ、永遠にこれが続くのよ。
例え1万年飲まなかったとしても、それから100万年間も飲まないなんて言える?
結局1%、いや0.0001%でも飲む可能性があったら・・・いつかは飲むのよ?」
お嬢様の言う通りだ。
これを飲まないと言うことは終わりが無いと言うこと。
永遠にゴールなんて無い。
ゴールが無いなら、絶対に飲まないなんて絶対に出来ない。
「・・・いつかは飲んでしまうかも知れません」
「案外、利口ね。馬鹿な奴ほど、永遠などと軽はずみに口にする」
急に目の前がぼやけてきた。
眩い光が差し込むのを、私は感じた。
「まあ、今日はこれくらいで。もう、目覚めの時間よ。おはよう、咲夜」
「うぅん・・・」
「おはよう、咲夜」
そして今、私の数メートル先にお嬢様が座っている。
目覚めれば真っ白な部屋に、二人きりだった。
「何か変な夢でも見ていたのかしら? あなたったら、寝言で何か言ってたわよ」
「いえ、特に何も」
「ああそう、つまらないわね」
「あの、お嬢様・・・」
「うん、何よ?」
私はポケットに手を突っ込み、こう言った。
「そろそろ、いいでしょうか? これを、飲もうと思います」
「へえ・・・」
お嬢様は少し動揺して、それからこう答えた。
「ああ、ようやく飲む気になったのね。
いいわ、飲みなさいよ。
私もあなたの顔にはうんざりして来たところ」
「・・・なんだ。お嬢様の為だと思って今まで飲まずにおいたのに、とんだおせっかいでしたか」
「まあ、そんなところね。これから気ままな一人暮らしが始まると思うと、本当にワクワクする」
「はい。私もやっと肩の荷が下りるようで、気が楽です」
「いいから、飲むなら早く飲みなさいよ。『やっぱやめた』なんて、認めないから」
「では・・・お嬢様、お元気で」
私は掌のそれを口に放り込み、そして・・・
「お嬢様、いつの日かあなたの旅が終わることを・・・私は・・・ねが・・・て・・・」
「さようなら、咲夜・・・」
「グス・・・さくやぁ・・・ほんとうに、しんじゃうなんて・・・」
「あなたの気持ち、ヒック・・・分かるよ」
「私が・・・えぐっ・・・悪いんだよね・・・」
「でも、さくや・・・グスッ・・・までいなくなったら・・・ヒック・・・わたしは・・・」
「さくやの・・・バカ・・・」
「・・・お嬢様」
「さく・・・や・・・? どうして・・・?」
「手品です。あまり楽しい夢が見られなかったので、せめて驚かせようと思って」
私の掌にはまだ、あのピルが残っていた。
「・・・馬鹿、つまらないよ。全然、楽しくない・・・」
「申し訳ございません。もう二度とやりませんので」
「絶対、約束よ」
「はい。ですがその代わり、お嬢様も私と約束して下さい」
「何を?」
「私はお嬢様に黙って死ぬことはしません。
ですから、もしもお嬢様が私に死んで欲しくないのなら・・・正直におっしゃって下さい
今みたいに嘘付いちゃ駄目ですよ」
「私が止めたら、あなたは死なない?」
「はい。お嬢様が望む限りは、私はいつまでだって生きていける。そんな気がするのです」
「分かった。約束するよ」
私達はもう、本当に紅魔館には帰れないのかも知れない。
だけど、終わりはきっとある。
例えばそう、この船に隕石が衝突する。
文字通り天文学的確率で起こり得ることだ。
それまで、その終わりが来るまで、お嬢様と一緒に気長に待とうと思う。
それくらいなら、私にも出来る筈だ。
作品情報
作品集:
12
投稿日時:
2010/02/22 14:53:39
更新日時:
2010/02/22 23:53:39
分類
レミリア
咲夜
あのシリーズを書いた自分としてはレミ咲は堪らない。
そしてちょっと月滅ぼしてくる。
明けない夜はないと言いますし、いつかは苦しみも終わるでしょう。
にしても月か…ゾンネンシュトラール計画を実行に移さなきゃな
宇宙とか深海とか太平洋のど真ん中とか、絶対漂流したくないわ…
亀がアキレスから逃げおおせる程度の。
排泄をどうしているかが問題だ
綺麗なのだけど何ともいえない後味の悪さが心地よくて面白かったです
二人の美しい信頼関係の裏に見える、永遠などないという絶望感。
この優しくて切ない終わり方は、私の憧れとするところです。
名作をありがとう。そして、二人の心の繋がりが"永遠"に続きますように。