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『赤色の私、青色の君』 作者: 木質
【 起 】
月が高く昇った空
人里から少し離れた場所にある森。中は樹高の高い木々が生い茂り、月明かりのロクに届かず暗い
その中を一人の少女が走っていた。頭の青い色のリボンが忙しく揺れる
時同じくして、霧雨魔理沙は森の中をキノコ採取のために歩いていた
夜になると薄く発光するキノコがあるという噂を聞きつけ、わざわざこの時間帯に来たのだ
ミニ八卦路の先に小さな火を灯し、それを頼りに木の根元を探る
「このキノコか? いや、違うな」
八卦路の明かりで光っているように見えたことがわかり、無造作に投げ捨てる
そんなことを何度も繰り返していた
森の中を走っている彼女の目に、キノコ採取をしてる魔理沙の明かりが見えた。距離はそう遠くない
「 ? 」
なぜ明かりが、と疑問に感じ、その光をジッと見て。彼女は後悔した
せっかく暗がりに慣れ順応していた目が、その光のせいで元の状態に戻ってしまった
「あっ」
足元が見えず、つま先が木の根に引っかかった
彼女が転ぶ音が魔理沙の耳に届いた
「タヌキでも転んだのか?」
暗い森の中で突然物音が聞こえたなら、本来なら身の危険を感じてその場を離れるのが普通である。しかし魔理沙は好奇心の方が勝り、音がした方に向かい歩いた
仮に妖怪だったとしても、転ぶような間抜けなら追い払えるだろうという、根拠の無い自信があった
「なんだ霊夢じゃないか」
転んだのが知っている人物で魔理沙は意表を突かれた気分になった
「魔理沙!? なんでここに!?」
「その言葉、そっくりそのまま返す」
八卦路をかざした先に、両手を前に突き出した姿勢で倒れる博麗霊夢の姿がある
「こんな夜中にヘッドスライディングの練習か?」
「そう見える?」
起き上がって服の汚れを払う
そんな彼女の衣装を見て、魔理沙は違和感を覚えた。最初は暗いからそう見えるだけなのだと思ったが、どうやら見間違えではないようだ
「今日は紅白の巫女装束じゃないんだな。青巫女?」
今の霊夢の服は『紅白』の『紅』の部分が全て『青』になっていた
「イメチェンか? なんか2Pキャラ・・・」
言葉の途中で霊夢が睨んできて、そこから先は口が動かなかった
「魔理沙。ここで私と会ったこと、誰にも言わないで欲しいんだけど」
「どうしたんだ一体?」
「いいから」
「ま、まあ、お前がそういうなら」
気圧されて首が自然と縦に動いた
「助かるわ」
その挙動から、よっぽど人に知られたくない事情があるのだろうと魔理沙は察した。だからちょっとだけゴネてみた
「でもタダって訳にはいかないなぁ」
少しだけ恩を水増しして売るつもりで、実際に見返るなど求める気は無い。ただのポーズとしての言葉だった
「わかった」
「え?」
胸元から小さな袋を出して魔理沙の手に握らせた。重さと袋越しの質感から、貨幣が入っているとわかった
メダルや玩具ではないかと疑い、中を見たが里で使える本物の通貨だった
「これでいいわね。だから絶対に喋らないで」
「・・・・・」
普段の霊夢からは考えられない行動に魔理沙は呆(ほう)けていた
「アナタも、早く帰りなさい」
「あ、ああ」
魔理沙の返事を確認し、踵を返して霊夢は森の闇の中に消えて行った
翌朝。この森で妖怪の死体が複数発見された
霊夢は縁側に座り、ぼんやりと空を眺めていた
里に買い物に行ったとき、里の住民から偶然耳にした言葉が、霊夢の頭の中をグルグルと巡っていた
―― 森で退治された妖怪の死体が見つかったってよ
―― 誰が退治したんだ?
―― それはわかんねーよ。ただ、慧音先生が博麗の巫女が退治したのだろうと
―― どうして巫女さんだって?
―― なんでも現場から折れた針の先や、御札の切れ端が見つかったかららしい
霊夢が詳しく聞こうと会話する二人に近づくと、それに気付いた里人はそそくさとその場を離れてしまい。結局聞けず終いだった
「私じゃない」
昨晩、自分は熟睡していた
「いるんでしょう。出てきなさい紫」
「はいはい、と」
霊夢のすぐ横の空間が歪に裂けて、その隙間から女性、八雲紫が体を上半身だけこちら側に姿をあらわした
「毎度毎度、誰が妖怪を討伐しているの?」
今回の件がなにも初めてのことではない、これまで幾度となく“幻想郷にとって都合の悪い”妖怪が排除された
犯人はわからない、ただ『博麗の巫女が始末した』という噂だけが囁かれた
そんな噂もあり。妖怪も人間も心のどこかで博麗に対して畏怖の念を抱いていた
もちろん、全ての件で霊夢には身に覚えが無い
「誰がやったの? 今日こそ答えてもらうわよ」
凄みを利かせたで詰問するが、紫は涼しげな顔で、お決まりの言葉を返す
「博麗の巫女。よ」
「またそれ? 一体何者なのそいつは?」
「じゃあ、三択問題」
これも何時ものやりとり
紫は目の端を吊りさげて人差し指、中指、薬指を順々に立てた
@番 霊夢のもう一つの人格。霊夢が眠っている間に活動する
A番 双子の姉。紫の下で秘密裏に育てられた、霊夢が表立って出来ないことを代理で行なう
B番 そんな者はいない。妖怪が誰かに殺されるたびに皆が勝手にそう思い込んでいるだけ
「ふざけるないで。このやりとりはもうウンザリなの」
「A番とか面白そうじゃない? 巫女で双子は昔から忌み嫌われているから、私が引き取って鍛えた。弾幕ごっことかクリーンな異変はアナタが
殺しなんかの血生臭い汚れ仕事はその子がそれぞれ受け持つ。対極の位置に居る悲しき双子・・・というのはどうかしら? クスクス」
「ッ!」
彼女の含み笑いが癇に障り、霊夢は袖に隠した退魔針を紫の額に向け投げた
「あらあらあら」
それを指先で造作も無く摘んで受け止める紫
「眉間への正確な投擲。なかなか筋がいいわね。でも」
言葉をそこでいったん切った。針を掴む指を回して、霊夢の足元に投げ返してから言葉を再開させる
「あの子だったら、私の帽子を落とすことが出来たでしょうね」
まるで実在するのかのように嘯き、意味ありげに笑う
「からかうのも大概になさい。あんたの言うことは胡散臭くてどれも信じられないわ」
「ええそうね。だけどこれだけは覚えておいて頂戴」
言いながら紫は徐々に隙間の中に身を沈めていく
「あなたの他に博麗の巫女は確かに“イる”の。それは人物として、言葉として、概念として確かに存在している」
「わけの分からないことを言って、どうせ私を煙に巻く気でしょう?」
「そうかもしれないわね」
紫は隙間の中に完全に潜ると、空間の裂け目は緩やかな早さで閉じた
【 承 】
「まったく」
心が逆立ちイガ立つのを感じながら、霊夢は残っている家事をこなすことにした
神社の参堂を掃除し、夕飯の仕込みを手早く済ませる。あとは今夜入る風呂の水を汲みに行くだけになった
水源の井戸に着くと大きな金タライが目についた。中身は水に浸された巫女服だった
「変ね、洗濯は朝に全部おわらせたハズだけど?」
タライの中を覗き込んだとき、霊夢の目が大きく見開かれた
「なにこれ?」
そこにあったのは青色の巫女服だった
「あーあー。見つかっちゃった」
背後から声がした。少女の軽やかな声だった
振り向こうとした霊夢だが、直後、背中に大きな重圧を受けて体が硬直した
「仕事をした昨晩のうちにやっておこう思ったんだけど。今の今まですっかり忘れていたわ」
「あんた、が、紫の、言っていた、博麗の、巫女?」
辛うじて動く口で言葉を紡いだ
「ええそうよ」
「随分と、あっさり現れてくれるのね」
背後のプレッシャーが段々と軽くなり、体は普通に動いてくれるが、心音は乱れたままだった
「今まで尻尾すら出さなかったのに、どういう風の吹き回し?」
「本当はタライの中身を見た瞬間に背後から一発入れて気絶させてウヤムヤにしても良かったけど、私に会いたがってたみたいだからそうしなかったの」
「光栄ね」
振り返り顔を見たいと思ったが、心のどこかでそれを怖がっている自分もまた存在しており。首が回せない
そんな霊夢の気持ちを他所に、背後の人物は歩き出し、足音がどんどん近づいてくる
「アンタはいいわね」
「な、なにがよ?」
「全部が」
「どういう意味? なによ全部って?」
すぐ背後で足音は止まった。冷たい感覚が背中を撫でる
「そうそう。守矢の巫女、コチヤ何だっけ? アレ、近いウチに殺すから」
「なぜ早苗を? いくら同業者だからって殺す必要は・・・ガッ!」
後頭部に大きな衝撃を受けた。殴られたのだと推測できた
「信仰を得るのに邪魔だからとか、そういうおママゴトな理由じゃないの」
霊夢は痛みで蹲り、話をまともに聞けない状態にも構わず続ける
「妖怪の山の件といい、地霊殿で鴉に核融合の譲渡、その後の異変でもあいつ等がしてきたことは幻想郷にとって害悪でしかない。
この楽園は完成された箱庭なの、幻想入りして、ここの環境に適応してくれれば誰だって拒まないわ。でもあいつ等は違う。
この幻想郷を自分達が過ごしやすい都合の良い世界に造り替えようとしてる。その行為に罪状を付けるならそうね・・・侵略?」
「そんなの・・・・早苗を殺さなくたって、解決の方法はいくらでも・・・・あぐっ!」
また後頭部に痛みが走る
「その方法が一番手っ取り早いでしょ?」
「早苗が死んだら、ニ柱は新しい巫女を探すだけよ」
「ならその巫女も殺すわ。歯向かうなら神だって相手にする。紫様の障害になる者は全て私が討つ。私はそのための存在」
「やっぱりババァの手先だったのね」
「はぁ?」
突然彼女の声が荒くなった。先ほどの二発とは比べ物にならない激痛が霊夢を襲う
「ーーッァ!!」
まともに声を発することが出来ないほどの苦痛。逆流してくる胃の中のものを必死に飲み込んだ
「言葉を選べお飾り巫女がッ!! 母を愚弄するな!!!」
どれくらい痛みが続いたのかわからない
彼女は霊夢を痛めつけ罵り続けた
【 転 】
霊夢は気がつくと寝室で寝ていた。頭の痛みも治まっていた
障子越しに届く夕暮れのオレンジ色が目蓋の裏にちらつき目が開いた
「ずいぶんと彼女に手酷くやられたな、巫女よ」
淡々とした声色
「・・・」
視線を横に移すと紫の式、八雲藍が座っていた。水の張った桶からタオルを取り出して霊夢の額に乗せた
「頭“だけ”しこたま殴られたわ」
「だろうね。彼女はアナタに限っては、頭しか手を出せない」
「?」
藍の不可解な返事の意味を尋ねようとしたその時
「あっ!」
重要なコトを思い出して体を起こした。替えたばかりのタオルが落ちる
「早苗が危ない。アイツが殺そうと狙っているの」
「守矢神社の? 紫様は彼女にそんな命令を出していない。守矢は天狗と強固な関係を築きつつある、手など出せるものか」
しかし藍はすぐに納得の表情に変わった
「彼女は紫様を崇拝している。紫様にとって守矢勢は目の上のタンコブだからな。独断てやる気だろう」
「早苗に知らせてくる」
布団を蹴飛ばして起き上がり、タンスを開けて仕度を始める
「藍は紫にこのことを知らせて、私は山に行く」
「ちょっと霊夢。それならお前が・・・・・・あぁ。行ってしまったか」
藍の言葉が届くより先に、霊夢は妖怪の山に向かい飛び立っていた
哨戒の天狗を説得して山を通してもらった頃には、もう日は落ちていた
守矢神社の階段で、霊夢は早苗と運良く鉢合わせをした。早苗は一升瓶を大事そうに抱えていた
「どうしたんですか。そんなに慌てて?」
「神奈子と諏訪子はっ!?」
早苗を守るためにはニ柱にも状況を説明しなければならない。ことは一刻を争う
「お二人でしたら先に行きましたが」
「先って何処よ?」
「今日は天狗さんたちとの宴会なんです。だから会場にすでに向かわれています」
早苗は準備のためニ柱とは別行動をとっていた
霊夢にとってその情報は僥倖だった。いくらアレが強くとも天狗や河童が集う場に乗り込むのは不可能だからである。今晩を乗り切れば紫がアレを説得してくれる
「会場はここから遠いの?」
「いいえ。飛べば10分とかかりません」
その返事も霊夢にとって嬉しい情報だった
「急ぎましょう」
早苗の手をとる。一升瓶は置いていくように言った
「え、えっとあの・・・?」
「事情は歩きながら説明するから」
足場の悪い山道を進む霊夢と早苗
「霊夢さん、どうして高い位置を飛ばないんですか?」
「こっちの方が見つからないでしょ」
二人は低速で、木々の間を縫うように飛んで移動していた
時間は掛かるが、こちらの方が安全性は高いと判断した
10分ほど移動した頃
「とんだ裏目ね」
不吉な声が霊夢の耳に入った。言葉は耳道を通り鼓膜を震わせ、不愉快な振動になって霊夢の脳を振動させた
清涼な山の空気が一瞬で重苦しいモノに変わる。昼間、井戸の前で受けたのと同じものだった
「くそっ見つかった・・・・早苗ッ!」
霊夢が振り向くと、飛んでいた早苗が地面の上にペタリと座り込んでいた
「なんですかこの感じ・・・」
初めて身に受ける明確な殺意と悪意
まるで首に刃物に当てられたかのような危機感と焦燥感が無尽蔵に体の内側から沸いてくる
不安で堪らなくなり、両手で自分の体を抱きしめる。寒くないのに顎が痙攣して歯がガチガチと音を鳴らす
「立って!! ほらッ!!」
動けない早苗の手をとってムリヤリ立たせるが、バランスを崩してまた座り込む
「でも私、足に力が」
「殺されたいの!!」
力一杯怒鳴った。それが早苗の生存本能のランプをなんとか点灯させた。足の震えが止まる
「私がアイツを出来る限り食い止めるから。早苗は逃げて、会場まですぐソコなんでしょ?」
「そうですけど・・・・」
早苗が言いよどむ。その表情から霊夢は彼女が言いたいことを読み取った。早苗は霊夢がアレに殺されることを心配していた
「大丈夫。アイツは私を殺さない。いや殺せない」
霊夢が死ぬことは彼女が崇拝する紫にとって不利益でしかない。だから傷つけることはあっても殺しはしないと予想できた
「だから行きなさい」
「は、はい」
背中を押されて早苗は走り出した。一度だけ振り返りこちらを見たので、笑顔で小さく手を振って返した
「さて」
早苗が見えなくなったのを確認してから、霊夢は札と陰陽球を周囲に展開させた。この時、霊夢は彼女を倒す気でいた。初めは早苗が逃げる時間を稼ぐだけのつもりだった
けれど早苗が自分の身を案じてくれたのがこの上なく嬉しくて。今まで感じていた恐怖に膝を折らないだけの気力がわいてきた
不遜な態度ばかり取る子ではない。ちゃんと相手を思いやれる面だって持っているとわかった。命を張って守る価値は十分にあると判断した
「日陰者のアンタを憐れに思うし、守矢が邪魔なのも少しだけ理解できるけど」
すぐ近くにいるのが勘でわかった。木の上か、茂みの中か、倒木の裏か、岩の影か、どこかに潜んでこちらを伺っている
「早苗は殺させない」
凛して言い放った
「勝手に盛り上がってんじゃないわよ、ぶわぁ〜〜か」
その声の後、霊夢の頭が痛みだし、意識はガリガりと削られていった
「霊夢さん!!」
早苗が木に背中を預けて意識を失っている霊夢を揺する
「しっかりしないか霊夢!」
一緒にやってきた神奈子も霊夢の名を呼んだ
早苗はあの後、無事に神奈子たちと合流しすぐに状況を説明した
その場にいた天狗と神奈子、諏訪子に霊夢を助けるために一緒に来てほしいと頼んで、戻ってきたのだ
霊夢別れてから、まだ20分と経っていなかった
「ん・・・」
顔をしかめながら霊夢は目を開けた。開けてすぐ目の前の早苗を叱った
「この馬鹿、助けてくれるのはいいとして、なんでアンタまで来てるのよ」
頬を抓り、引っ張った
「ひたたたた・・・・だって私しか、この場所を知らないじゃないですか」
「ぐ」
あまりに正論すぎて反論できない
「今、天狗たちが周囲を捜索してくれている。諏訪子も他の天狗や河童にこのことを知らせて回っている」
神奈子が二人の身辺を警戒しながら言った
「・・・・そう」
霊夢はその場にへたり込んだ。全身から力が抜ける
「大丈夫ですか?」
「緊張が解けたら腰抜けた。あははは、ザマないわ。でもとりあえずアイツを退けることができたみたいね」
その目尻には薄っすらと涙が浮かんでいた
「早苗」
「はい」
霊夢が両手を差し出した
「起こして、抱っこする形で」
「ええ。いいですよ」
クスリと早苗は笑ってから快く引き受けた
「ちょっと! なに笑ってるのよ!?」
「あ、いや。可愛いなと思いまして」
「なっ!」
霊夢は頬を紅潮させてソッポを向いた
「いいからさっさと起こしなさい」
「はいはい」
しゃがみ、命の恩人と同じ視線になってから、両脇に腕を通して抱きかかえる。一方の霊夢は早苗の首に腕を回した
「さっき。私と別れるとき」
早苗が立ちあがるために腰に力を入れようとした時、霊夢が耳元で囁いた
「私の身を心配してくれたでしょ? 自分の身が一番危なかったのに」
「当然じゃないですか」
早苗は腕の力を緩めた。この霊夢の話が終わってから立つ事にした
「すごく嬉しかった」
「私もです。霊夢さんが体を張って私を守ってくださったのですから」
なんとなく、この状況が終わってしまうのが早苗は惜しかったのかもしれない。霊夢とこうして体を密着させる機会などまずないのだから
「あのさ、早苗」
「なんでしょう?」
耳を欹(そばだ)てて、声をしっかり聞こうとする
霊夢の唇が艶かしく動いた
「死んで。紫様のために」
「・・・・・・・・・はい?」
霊夢は袖から取り出した針を早苗の首に当てていた
「こらぁあああぁぁぁぁ!!!」
針を早苗の首に差し込もうとしたその時。神奈子が霊夢の脇腹に蹴りを入れて、早苗を強引に腕から引っぺがす
早苗を抱きかかえ後ろに飛んで距離を取った
「お前、霊夢じゃないね!」
騒ぎに気付いた。周囲を散策していた天狗も集まりだす
「流石は軍神、八坂の神。もう一瞬でトれたというのに、まったく残念よ」
霊夢にふりをしていたことがバレても、特に焦るわけでもなく、ゆったりとした動きで立ち上がるもう一人の博麗の巫女
「本物の霊夢はどうした?」
早苗を背後に隠してから神奈子は問うた。下がった早苗の周りを他の天狗が固める
「十年と数年前の話」
問いに答えず、夜空を見上げながら霊夢と瓜二つの少女は話しだした
「先代の博麗の巫女は、次世代を担う子をお腹に宿しました。周囲・・・いいえ、幻想郷全土がそれを多いに祝福しました」
「・・・・」
霊夢の安否が気になるが、この話も重要だと感じた神奈子はその話を傾注した
「しかし、生まれた子はどうでしょう。念願の女の子ではありましたが、なんと双子ではありませんか」
彼女は手を顔に当てて、オーバーなリアクションで天を仰いだ
「一同は言葉を失いました。神聖な巫女の職、双子は忌み嫌われておりました」
「・・・・それが、あんたと霊夢だって言いたいのかい? そして間引かれたのがあんた」
彼女はただ肩をすくめた。『よくお分かりで』と言っているような気がした
「殺される方・・・まぁ私なんだけど。父親の刃物が首に触れる直前に、偉大なる大妖怪、八雲紫様が『この子を引き取る』と仰ってお預かりあそばせたの」
夢見る乙女のように、夜空に向かい手を広げる
「この身は頭のてっぺんから爪の先まで全部あの方のモノ」
濁った目に無数の星が移る
「修行はキツかったわ。仕事はもっときつかったわ。でもね、もともと存在しなかった命。それを紫様のためにお使いできるこの使命がなによりも幸福なの」
「重要な自分の身の上話を敵にベラベラと喋って、なんのつもりだい?」
「そうねぇ・・・・・・・・・・・・・・・・・時間稼ぎ?」
答えて。少女はイラやしく口元を歪めて早苗を指差した。示し合わせたようなタイミングで早苗は口から大量の血を吐いた
「なっ!」
「さっき刺そうとした針。あれの先に毒が塗ってあったのよ、熊だってイチコロの劇薬。一ミリも刺さらなかったから効いたかどうか知りたかったの」
「貴様ァァァ!!」
御柱を出現させて、頭を砕く勢いで彼女に向かい投げつけた
避ける間も与えず眼前にそれが迫る。しかし、死に向かう少女の顔はどこか幸福そうだった
だが、少女の頭蓋を砕くはずだったそれは突如あらわれた空間の隙間の中に吸い込まれいった
「なんで?」
一番驚いていたのは死を覚悟した彼女だった。隙間から現れた女性に視線を送る
「八雲紫」
思わぬ増援に、神奈子は歯噛みした。天狗たちも表にこそ出さないが、ひどく動揺している
「藍。彼女に解毒薬を」
「かしこまりました」
紫から一歩遅れて隙間から出てきた式の藍は、恭しく頭を下げてから跳躍し、青ざめた顔の早苗の前に降り立つ
早苗を囲う天狗から一斉に敵意の視線を受けるのに気付くと藍は両手を上げて言った
「彼女を解毒する薬を私は持っている。どうか邪魔しないでほしい」
「その言葉を信じる、信じないはあなた次第よ」
そう紫に言われた神奈子は、胸元を自身の血で赤く染めて弱弱しく呼吸する早苗を見る
「その狐を通せ」
天狗の一人が『いいのですか?』という表情をした
「構わん。放っておけば死ぬ相手を騙すとは思えない」
「大正解」
神奈子が下した判断に紫は満悦した
「ただし、薬を渡す代わりに。交換条件があります」
「だと思ったよ。なんだい、私の首か?」
紫は足元の少女を指差した
「この子を見逃してくださいな。罪も水に綺麗に流して」
「え?」
彼女はまた信じられないという顔をした
「いいだろう。ただし次は無いと思え」
「感謝致します。藍、薬を」
藍はこくりと頷くと天狗の一人に液体の入った小瓶を渡して用法を伝えて紫のもとまで戻る
「退散しましょうか。他の天狗に来たら旗色がまたひっくり返る」
隙間が二匹の妖怪と一人の少女を飲み込んで閉ざされた
彼女らの住処に戻り、一番最初に口を開いたのは少女だった
「なぜです紫様! 今のが守矢を絶つ絶好の機会ではないですか!!」
自分を省みる選択を取った紫に憤りのようなものを感じていた。今回の件は自分の独断であり、処罰される覚悟で早苗を殺そうとしたのに、まさか庇われるとは思ってみなかった
叫ぶ彼女を紫は強引に抱き寄せた
「あ・・・」
「あなたは式とは違う。普通の女の子でしょう」
頭を撫で、髪に指を通して土の汚れを取り払う
「霊夢とあなたが居て、ようやく博麗の巫女が成立するの。もっと自分を大事になさい」
その光景を見ていた藍は、庭に向かって唾を吐いた。嫉妬だの嫌悪感からの行動ではない、もっと原始的な理由からだった
「紫さまぁ」
まるで乳児のようなたどたどしい言葉を胸に抱きついたまま、鼻声で言った
「なにかしら?」
「私と霊夢が同時に死にそうになったら、どちらを優先して助けてくれますか?」
姉妹・兄弟を持つ子供が、必ず一回は考える状況
「両方よ、私なら同時に救えるわ」
「駄目です。ちゃんと選んでください」
「それは無理よ。霊夢の死ぬときがアナタの死ぬ時。アンタの死ぬときが霊夢の死ぬ時。片方を残すことは出来ないわ」
「え、え、え?」
「難しいことを考えないで、今日はもう休みなさい」
「はぁい」
優しい紫の声で、少女は眠りについた
「ふふふ、まるで赤ん坊ね」
彼女を慈しむ主人を見て、藍はまた庭に唾を吐いた
自分を霊夢の姉だと信じて疑わない彼女を思うたび、唾を吐かずにはいられなかった
【 結 】
霊夢が目を覚ますと自室の布団の中だった
朝日は眩しく。鳥の囀りが心地良いいつも通りの朝
「・・・・・・・」
普段どおり過ぎて、昨日のことがまるで全て夢のように思えた
「いや・・・」
ズキリと痛む頭が、昨日のことが現実だと実感させてくれた
「早苗・・・・・そうだ早苗はッ!?」
寝ぼけたままの頭が一気に覚醒した
顔も洗わず、化粧もせず、朝食も摂らず、歯も磨かず、寝巻きのまま玄関を飛び出した
「こらこら霊夢や、そんなに急いでどこに行くんだい?」
玄関で風呂敷を持った神奈子とすれ違った
「決まってるでしょう! 早苗が無事か確認す・・・・・う?」
走る途中の姿で静止した霊夢は、首だけギギギと回して来訪者を見た
「神奈子」
「おはよう霊夢」
神奈子を居間に通す
自分が居ない間に起きたことの一部始終を聞かされた
「早苗はなんとか一命を取り留めたよ。しばらくは治療で寝たきりになると思うけど、なんとか復帰できると思う」
「・・・・・」
霊夢の表情は暗かった
「おいおい。感謝しに来たのにそんな顔しないどくれよ」
「でも私がアイツに負けなかったら。早苗は」
「霊夢が早苗の逃げる時間を稼いでくれなかったから、その時点で殺されてたんだ」
「そう、よね」
少しだけ、救われた気になった
お礼の入った風呂敷を置いて、神奈子は帰って行った
神奈子が去り、一人になった霊夢は居間の床に仰向けで寝転んだ
思い出すのはすべて彼女のこと
「アイツ、名前なんていうのかしら?」
ふとそんな疑問が浮かんだ
まだ彼女に関して何もわかっていない。せめて名前だけでも知りたかった
「そんなモノは無いわ」
隣の部屋。障子の向うから声が返って来た
「住居不法侵入よ」
「あら失礼ね。ここは私の家でもあるのよ。部屋だってちゃんとあるし」
「蔵の隠し部屋のことかしら?」
「あら目ざといわね。何時から知ってたの?」
「子供の頃から。針やら陰陽玉、毒薬なんかが保管されてて、たまに誰かが入った形跡があるから妙だと思っていたの」
霊夢は物音を立てないよう慎重に障子に近づく
「やめましょうよ。片付けする身にもなってよ」
障子の向う側から小馬鹿にした声
「どういう意味かしら?」
「アンタをのしたら、私しか片付ける人がいないじゃない?」
「まるでアンタが勝つみたいな言い方ね」
「実際そうでしょう? 現に昨日は私に惨敗してるんだし。布団に寝かせてあげたのも私なのよ、感謝してよ」
「ああそうっ!」
その言葉が合図になった
部屋の花瓶を掴み霊夢は障子に投げつけた。一拍子間を遅らせて障子の骨子を蹴破り自分も部屋に飛び込む
(いない)
見失った敵を探そうと部屋を見渡していると、廊下から足音がして霊夢は追いかけた
玄関の前まで来たところで霊夢は彼女の待ち伏せを受けてしまった
頭を殴られて床に押し倒される
「こうして顔を合わせるのは初めてね」
自分とまったく同じ顔、体躯の少女。あえて違う点を挙げるなら、巫女服の紅い部分が青になっていることくらいだった
「アンタを入れ替わって、私が今日から霊夢になるのも悪くないわね」
「まっぴら御免よ・・・うぐっ」
霊夢の頭に激痛が走った
「ほら堕ちろっ! 堕ちろっ! 堕ちろってば!」
執拗に彼女は頭ばかりを狙ってくる。昨日からそうだった、決して他の部分は狙ってこない。介抱してくれた藍もそんなことを言っていたがイマイチよくわからい
「実は友達がいるって密かに憧れていたのよ。あんたの知り合い、みんな貰うから。魔理沙とは仲良くなれそう」
「いい加減にしろっ!」
怒り任せに、下から脇腹の殴りつけた。その場所は偶然にも、昨日神奈子に蹴られたのと同じ箇所だった
「ぐぇ・・・」
彼女は体をくの字に曲げた。もう一度霊夢がソコを殴ると、彼女はあっさりと霊夢から退いた
脇腹を押さえて痛がる彼女の顔に決定打の蹴りを入れてから、髪を掴んで立たせて玄関の柱に後頭部を押し付けた
「うおらぁッ!!」
顔面を思いっきり殴った
「ぃ痛ぅ」
額に拳を当てたせいか、自分の手にも大きな反動があった。握り拳の骨が浮き出る部分、そこの皮が捲れて赤い部分が見える
一瞬ひるんだが、霊夢はすぐに再開した
「まだまだぁ!」
顔に、腹に、肩に。霊夢は体力の続く限り拳を振るうと決めた
霧雨魔理沙は、神社を目指して箒に跨り飛んでいた
(なんか霊夢相手にユスリをやったみたいで後味悪いんだよな)
懐には一昨日の夜に森で霊夢から得た小銭の入った袋がある
(あの夜、霊夢は人を襲った妖怪の群れを退治してたんだな)
昨日、里はその話題で持ちきりだった
その話を聞いたとき、霊夢があのとき何をしていたのかを理解した
(一人で血生臭いこと全部引き受けて、そんな霊夢を相手に私は・・・)
後悔の念が押し寄せてきた。だから受け取った金を返そうと思いたったのだ
そんなことを考えている内に神社に到着した
「霊夢ぅーー、いないのかぁー」
いつもならこの時間帯は外で箒を持っているのだが、どうやらアテが外れたらしい
「中に居ればいいんだが」
玄関に回ってみることにした
そこで、霊夢が誰かと揉みあっている声が風に乗って聞こえた
「なんだなんだ!?」
一大事だと直感し玄関を開ける。そこには異様な光景が広がっていた
「何やってるんだよ霊夢!!」
魔理沙は紅白の巫女服を着た少女に飛びついてその凶行をやめさせた
「邪魔しないで魔理沙! 私は、この、殺人鬼を」
「何の事だ!?」
暴れる霊夢を懸命に押さえつける魔理沙
「コイツを、この場で、倒さないと、また誰かが・・・・・犠牲になる!!」
「コイツ?」
霊夢が指差す先。魔理沙はそこを見て絶句した
「なあ霊夢」
「驚くもの無理はないわ。でもソイツは私の・・・」
「お前。一体なにと戦っているんだ?」
「ほえ?」
霊夢の指の先。たった今までいたはずの自分と同じ姿の少女が消えていた。まるで初めから誰もいなかったように
「そんなはず・・・」
柱を見る。そこにはあるはずの無い痕跡、自分の拳から流れた血が所々に付着していた。アイツをずっと殴っていたなら本来あの場所に血がつくことは無い
「お前、ずっと柱を殴ってたんだぞ」
「そんな嘘・・・だって、え?」
服を捲くって脇腹を見た。そこには身に覚えの無い青痣が浮かんでいた
執拗に頭ばかりを攻撃されたこと、彼女の不可解な言動の数々。気がつくと布団の中にいる自分。すべてが繋がった
これまで何度もした紫とのやりとりが思い出された
@番 霊夢のもう一つの人格。霊夢が眠っている間に活動する
A番 双子の姉。紫の下で秘密裏に育てられた、霊夢が表立って出来ないことを代理で行なう
B番 そんな者はいない。妖怪が誰かに殺されるたびに皆が勝手にそう思い込んでいるだけ
「なぁんだ。あの中にちゃんと答えがあったんじゃない」
自分の意思とは関係なく喉が痙攣を始めた
「クククク・・・・・・・アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ
ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」
「お、おい霊夢?」
狂ったように霊夢は笑い続けた
今、一番書きたいはずのレミフラものが一向に進まない
木質
- 作品情報
- 作品集:
- 13
- 投稿日時:
- 2010/03/14 15:54:10
- 更新日時:
- 2010/03/15 00:54:10
- 分類
- 霊夢
- 魔理沙
- 紫
- 早苗
- 三択問題です
- 2Pカラーの逆襲
- グロくない
- 起承転結
シークレットウィンドウ思い出した…
これは案外便利かもw
いや...病院行きか、世知辛い世の中だ
霊夢が二重人格って言う設定が面白かったです。
すると方々で借りパクした物を返して廻っている。赤い魔理沙も?
な…何を言っているのかはこの作品を読んだ人にはわかってもらえるはずだぜ
たったひとつ残念な点が。
あとがきで全部ブチ壊し。
関係ないこと書かれると萎える。