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『さとりさんと一匙のお水』 作者: ムコウカエリミズ
ぴちょん。
「……ん……?」
ぴちょん。
「つ、冷たっ」
ぴちょん。
「え、なに? 水?」
寝ているさとりさんの額に、どこからかぴちょぴちょと水滴が落ちてきます。
眉間からそのまま上にむかった、前髪の生え際一点めがけて落下する水。春先のまだ冷える夜ですから、気持ちのいいものではありません。そもそも、気持ちよく眠っていたところを不快な感覚で起こされるわけです。恐る恐る目を開くものの、しかし何もうつしはせず、真っ暗闇があるだけです。
「な、なんなの……て、えっ?」
さとりさん、怪訝そうに眉根をひそめつつ、とりあえず起き上がろうと試みますが、叶いません。何故か体がいうことをきかないのです。全身がぐったりと力を失い、かわりにいつも以上の重さを感じさせています。指先ひとつ動かすことができません。
「なに? なに? やだ、なんなのっ」
口は自由に動きます。ですから、首から上は自在に動かせるのかと思いきや、それもありません。目を開いても何も見えないのは、目隠しをされているからだということを理解したのは、顔を思い切り上に上げようとして頭が動かないことに気付いてからでした。目隠しでそのまま、ベッドに頭を固定されていたのです。
「いやあ! 誰か、誰かぁ! いないのっ!?」
助けを呼ぼうと叫んでみるものの、誰もいないことくらいさとりさんにはわかります。なんせ彼女は心が読めるんですから。周囲に誰の心の声もないことくらい、嫌というほど知っています。ですが叫ばずにはいられなかったのです。だって目が覚めたら拘束されていました、とか、誰だってパニックになるものでしょう。得体の知れない恐怖に全身を震わせることすら叶わず、仕方なしに喉を震わせて懸命に叫びます。気付けば、落ちてくる水と目隠しの下からにじみ出る涙、思わず垂れる鼻水と溢れる涎で、さとりさんの顔はぐちゃぐちゃに濡れてしまっていました。
<120分後>
「ひっく、ひぐっ……」
流石に大分落ち着いたようで、声も弱弱しく掠れ始めています。無理して延々と叫び続けるから疲れてしまったのでしょう、額を打って流れる水で文字通り頭を冷やしたからかもしれません。時折、しゃくりあげる声が響くほかは、注意深く耳を傾けていないと聴こえないまでに小さな呟きが漏れるのみ。静かなものです。
「やだぁぁ……もうやだぁ……なんでからだ動かないの……?」
『もうやだ』って、さとりさん最初からやだやだ言ってます。まぁ、状況はさとりさん自身と濡れたシーツを除いて全く変わっていないわけで、いまだ自由の利かない身体、落ちる水滴、誰もいない部屋。出来上がっているシチュエーションは、確かに初めから『もうやだ』なのかもしれません。
<1200分後>
「………………」
さとりさんの呼吸とテンポを合わせるようにしたたり落ちる水は、今ではすっかりさとりさんの髪も、お洋服もぬらしてしまっていました。シーツに沁みた水分が、布を伝って背中からお尻にかけてもびっちゃりと湿らせて、まるでおもらしでもしてしまったみたい。もしかしたらしちゃっているかもしれません、どうせわからないし気付かれないことですけれど。
さとりさん、そろそろ一日になろうかというこの状態に、大分お疲れのようで、一言も言葉を発しません。ただぜいぜいと荒い息を繰り返しています。そう、誰かが近くで見て操っているかのごとく、水滴の落ちる速度は早まった呼吸にあわせて増していき、まるで雨のようにざあざあとさとりさんの体を冷やしていきます。最早恐怖には凍えが取って代わった様相ですが、それでもやはり体を震わせることは叶わず、ただ歯をガチガチと鳴らしてみるだけです。
<12000分後>
さとりさんは相変わらずごろんと寝転がったままでした。唯一12000分前と違うのは、ずれた目隠しと赤黒く染まったベッド、そしてお顔。
ぞんざいに乱された様子で、鼻梁に引っかかっている目隠しの下から、虚ろな瞳が覗いています。いまだ落ちる水滴もなんのその、瞬きひとつしていません。
2400分くらい経ったところで、さとりさんの体は自由になっていました。呪文か薬か、まぁ何某かの悪戯を施されていたのでしょうが、その効果が切れたのです。ですが、さとりさんは水滴遊びが気に入ったのか、動かせるようになった両腕で額を血が出るまでに引っかいた後には、また静かにされるがままに落ち着きました。「もうやだ」とは、もう言いません。女心と秋の空は花の色並みに変わりやすいものなのですね。
「…………ッ!」
自由とは本当にいいものなのでしょう。時折、さとりさんは体を大きく痙攣させて、それはもうベッドがきしむほどにその肢体を飛び跳ねさせて遊んでいます。そうして、一時間おきくらいに、耳をつんざくほどの金切り声や、地を揺らすほどのうなり声を上げながら、額をバリバリと引っかいているのです。傷の上からまた傷を作り、そしてその上を水が這っていくので、もう額がぐずぐずになっています。髪の毛も、枕元にばらばらと散ってしまっています。お水の中にいるようなものとはいえ、お風呂に入っていませんから、きっとかゆいのでしょう。お風呂はおろか寝食すら惜しんで水遊びをしているのですから。爪の間にこびりついた血も肉も毛も、一切気にしていません。女の子としてそれはどうかと思わなくもないですが、さとりさんが楽しいのならそれでいいのだから、仕方ありません。
「あぐぐううう、ぐううぁ、ああうああ」
彼女がそれまで飼っていたどの畜生よりも獣らしい咆哮をあげるさとりさん。この声をあげた後は、決まって第三の瞳にじゅぶじゅぶと指を突っ込む遊びをしています。はじめは両手でぎゅうっとはさみ、潰そうと頑張っていたのですが、どうも力がでないために、仕方なく指で遊ぶことにしたみたいです。そんなことをして、心を読む能力はどうするのかと心配にもなりますが、まぁこれだけ長い期間誰も来なかったので、つまり読む心すらないわけなので、とりたてて問題はないのでしょう。そういえば彼女の妹も目を閉じていましたし。案外覚り妖怪って、目を開けてなくてもいいものなのかもしれません。
「ぐうああう、ああうう」
流石に、9600分を過ぎた辺りで、何日も部屋にこもったまま姿を見せない主を心配する声が、扉一枚を隔てた向こうでささやかれ始めてはいたのですけど、遊びに夢中なさとりさんは一向に気付く気配もありませんでした。ペット達はよくしつけられているので、さとりさんの許しを得ないとお部屋には入って来れないのです。なので、鍵もかけずにカンペキな密室が出来上がっていたのでした。アンラックトガール。
唯一そこを破ることができるのは、心を読めず空気は読まない彼女の妹だけなのですが、彼女は現在地上を放浪中。気ままな妹が話を土産に扉を越えるまであと何分かはわかりませんが、それまではさとりさん、だれにも邪魔をされずに一人遊ぶことができそうです。
ビッチビッチタップタップらんらんらん。
でもさとりさんビッチじゃないよ
時間と中身はすいてきとう。
ムコウカエリミズ
作品情報
作品集:
13
投稿日時:
2010/03/19 03:34:44
更新日時:
2010/03/19 12:34:44
分類
すぷーん一杯
さとりさん
イミフ
最後は気が狂ってしまうらしいですねぇw
狂気はいいものだ