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『めりーさんがころんだ』 作者: GAMVB
「ねえ、メリーとっておきの怖い話を教えてあげる」
「へ?」
「お風呂場でね――」
私は普段からあまり湯に浸からずシャワーだけで済ませるため、浴槽に湯は張られていない。
風呂場の薄いドアを開け、カランを回してシャワーを流す。
出てくる水がお湯になるまでの十数秒。
私はずっとレポートのことを考えていた。
(残り10ページ……)
水が、少しだけ温もりを持ち始めた。
(来月は6月だから……)
水が、ぬるま湯に変わる。
(あれ、そういえば何か忘れてる気がする……なんだったかしら……)
水が、湯に変わる。
(……転ぶ)
風呂場の椅子に座ってシャワーを浴びる。
軽く髪を流してから、シャンプーを押して中の液体を手にとった。
それを頭部に当てて擦り付けると、泡が立つ。
(あっ……)
息を呑む。
そして、もう遅い。
頭の中にはある一つのフレーズが繰り返し浮かんでは沈み、また浮かんでくる。
(転んだ。だるまさんが。転んだ。だるまさんが、転んだ)
いくら拭おうとしても頭から一向に離れない。
こうなっては少しでも早く事を済ませて風呂場から抜け出すしかない。
(うあー。怖ぃぃぃ。蓮子、一生恨むからね……)
シャンプーの泡で包まれた髪をこすり力が、より一層強まる。
爪を立てて、頭皮をガシガシと痛めつける。
私はひたすらに、目に見えない恐怖に怯えていた。
明日になればこんなことは笑い話になる。
今までだってそうだった。散々怖がってその身に何か起こったことは一度もなかった。
(朝食は、缶コーヒーと菓子パン。昼食は蓮子と近くの喫茶店に行った)
私は必死に違うことを、関係のないことを考えていた。
少しでもそのフレーズを頭の中から追い出してやろうと、必死に考えていた。
そんな必死さが、考えが、何よりも『それ』を意識しているという矛盾。
(そういえば、食べ終わった後に、蓮子が店の前で転んで……)
私はひたすらに、目に見えない恐怖と戦っていた。
ガチャッ
それが、目に見えないだけなら、マシだったかもしれない。
「えっ……」
今、玄関のドアが開いたような気がした。
しかし、鍵は閉まっているはず。
恐怖のあまり、幻聴でも聴こえる様になってしまったのか。
カタ……カタ……
(誰か、いる)
(逃げなきゃ、逃げなきゃ、逃げなきゃ……)
それが強盗であれ、幽霊であれ。
どちらにせよ早くこの場から脱出しなければ、と慌てて風呂のドアノブを握る。
しかし、寸でのところで思い留まる。今このドアを開ければ、間違いなく相手と鉢合わせしてしまうからだ。
(ここでやり過ごす……?)
とは言っても完全に無防備な状態で、何か出来るとも思えない。
物取りであれば、この家に金目のものはない。こちらが何もしなければ諦めて帰るだろう。
ギィッ……ギッ
目標が一度立ち止まり、方向を変えた。
私の部屋は、玄関から数メートルほどの廊下から、派生して伸びるようにリビング、キッチン、洗面所と繋がっている。
そして目標は派生地点で一度立ち止まり洗面所へ。
風呂場のある、洗面所へと近づいてきている。
ゆっくりと、着実に近づいてくる足音。
(どうしたらいい、どうしたらいい……)
心拍数は上昇を続け、息をするのも苦しくなってくる。
そんなことを考えているうちにも少しずつ足音は大きくなっている。
(あっ……あっ……)
そして、そいつはドアの前までたどり着いてしまった。
その時ようやく、これが幻覚や幻聴などではなく、我が身に本当に起こっている危機的状況なんだと理解した。
(うあっ……ああっ……)
どうしてそんな奇行に走ったのか、思い返してみてもよく分からない。
私はただ、恐怖のあまり逃げ出そうとしていた。目の前にいる相手に対して真正面から逃げようとしたのだ。
風呂場のドアを蹴り開ける。
「うあああああああぁぁぁぁぁぁああぁぁあああぁあああ!!!!11」
しかし、そこには誰もいなかった。
「……あえっ?」
全身が濡れていることも気にせず、リビングへと走る。
しかし、リビングに行っても誰もいない。
「……なによ」
私は力なくその場にしゃがみ込む。
春先とは言え、体の暖まる前に風呂から飛び出せば肌寒かった。
「なんなのよ……」
私は暫く放心して立ち上がることが出来なかった。
「……いや、本当だって」
「流石の私でもそれは信じない」
翌日、大学に行ってまず最初に、昨晩のことを蓮子に話した。
しかし何というか、予想はしていたのだが、当たり前のように笑い話にされてしまった。
「とにかく本当なんだって。絶対にいたはずなのに、いなかったのよ!」
力説する私を、じっと見つめる宇佐見蓮子。
数秒の間をおいて一つ大きな溜め息をつくと、こう言った。
「メリー、大丈夫?」
「……もういいわよ! 蓮子の馬鹿ァ!」
「ちょっ、メリー待っ、メリーってば!」
「――とは言ったものの、」
冷静になって考えてみると、私のほうが奇天烈なことを言っているわけで。
そんなことを熱弁して1日を過ごしてしまったことを後悔しつつ帰路についていた。
こうして一日過ぎてみると、もうずっと前のような気さえしてくる。
「疲れてたのかな」
そんな風にさえ思えてくるのだ。
その日、その時、その瞬間の恐怖や緊迫なんてものは、過ぎてしまえば何のことはなく。
昨晩どれだけ怖い思いをしたか、恐ろしい思いをしたか、そんなことさえ忘れてしまっていた。
(そうだ。レンタルしてたBDって明日までか。早く見ちゃわないと)
自宅を目前にして、時計を見る。
短針は八。長針は一を指していた。
(十分見れるわね……明日の朝、学校に行く前に帰そう)
そうなると、今日は早めに寝なくてはならない。
睡眠時間を削ることは、睡魔に弱い私にはあまり好ましくない。
「それじゃさっさとシャワー浴びて……って」
いざこうして眼前にすると、これほど恐ろしいことはない。
たかだかシャワーを浴びるだけ、頭を洗うだけ。
なのに、昨晩のことが頭に浮かんで離れないのだ。
「うーん。今日はシャワーは浴びないでそのまま寝ようかなぁ」
しかし、今まで生きてきてシャワーを浴びなかった日はない。
「……ダメね。そのまま寝るとか考えられない。やっぱ入ろう」
結局、私は浴室前で裸になっていた。
ワンピースと下着を洗濯物かごに放り込む。
そして、意を決して、風呂場のドアを、開けた。
「…………」
浴室に入ると真っ先に浮かぶのはやはり「だるまさん」だ。
今からでも風呂に入るのをやめようか、とも勇んでシャワーのカランを回す。
水がお湯に変わる頃、私は特に意識したつもりはなかったが大学でのことを考えていた。
(蓮子が言ってた定食屋、何て言ったっけな)
(明日、2人で行こうって誘おうかしら)
シャンプーを手に取り、頭皮に擦りつける。
少しずつ泡だって、私の長い髪を全体から包みこんでいく。
何事も無く、数十秒が経過して。
ようやく洗い終わって髪をシャワーで洗い流そうとしたとき。
思い出してしまった。
(……だるまさんが、転んだ)
ガチャッ
そしてその途端、昨晩と同様に、家のドアが開いた音がした。
今日は確実に鍵を閉めたんだ。
三度も確認したんだ。
何の予備音も無しに、開けられるわけが無いんだ。
(……絶対に誰かいる)
今度こそ、気のせいではない。
確実に私以外の何かが家にいる。
(でも、でも)
昨晩のようにはいかせない。
私はシャワーをギリギリ流れる程度まで勢いを弱める。
相手の足音を聞くためだ。
しかし完全な静寂にすれば恐怖心が暴走するので、少し水の流れる音で気を紛らわす。
(……これで)
浴室の上部から、全長一メートル半程度の浴室用の物干し竿を手に取る。
これが、私の武器だ。
(……返り討ちに、してやる)
気丈に振舞ってみるが、鼓動は収まらずにどんどんの脈を鳴らしていく。
足も手も震えている。
喉奥から胸部に掛けて、恐怖心が駆け巡る。
ギィッ……ギッ
期待したが、昨日と同じ。
方向転換してこちらに向かってくる。
(はぁっ……はぁっ……)
足音は消えない。
確実にこちらへとゆっくりと近づいてくる。
廊下から洗面所へ、そして風呂場のドアの前に。
(今!)
そして、私は飛び出した。
赤くて、赤い。
赤に染まった、人の形をした何か。人とは言えない、何か。
「はぁっ……」
鉄棒を振り下ろす。
しかし振り上げた竿は、的を得ずに床に叩きつけられた。
「はぁっ……」
一心不乱に鉄棒を振り回す。
気付いたとき、赤い姿も、同時に足音も消えていた。
――あら、蓮子。いらっしゃい。
玄関のドアを開けると、蓮子がいた。
しかし、いつもと様子がおかしい。
こちらを見て怯えている。
どうしたのよ、蓮子。
ねえ。
どうしたの?
ギィッ
ギィッ ガチャッ ギィッ
ガチャッ ギィッ
ギィッ ガチャッ ギィッ
ギィッ ガチャッ ギィッ
ガチャッ ギィッ ガチャッ ギィッ
ガチャッ
ガチャッ ギィッ ガチャッ
ギィッ ガチャッ ギィッ
ガチャッ ギィッ
ギィッ ガチャッ
ギィッ
ガチャッ ギィッ ガチャッ ギィッ
ギィッ ガチャッ ギィッ
ギィッ ガチャッ ギィッ
ガチャッ ギィッ
ガチャッ ギィッ
ガチャッ ガチャッ ギィッ
ギィッ ガチャッ ギィッ
ギィッ ガチャッ ギィッ
ガチャッ ギィッ
どうしたの?
どうしたの、蓮子。
私よ? メリーよ?
何よ。
作品情報
作品集:
13
投稿日時:
2010/03/22 15:15:28
更新日時:
2010/03/28 00:35:39
分類
秘封
勘違いだったらすみません……
結局、何も来なかったけど何時か何か来ると信じています。
蓮子じゃねぇ?
風呂に入らない俺に死角は無かった
>>3さん、>>7さん、ありがとうございます