岡崎夢美は教授である。
若干18歳にして、比較物理学の教授である。
しかし彼女は、自らの研究棟を見上げたまま、困っていた。
「どうしましょうね」
ある朝、夢美が大学へ到着すると、構内の道路の工事が行われていた。
彼女の通うキャンパスは、正門から奥に向かって車両通行用の道路が伸びており、その両側には歩道があって、向かって右手に理学部一号館、左には二号館が建っている。また道路と歩道を仕切るように、イチョウ並木が植えられている。秋には銀杏が道路に飛び散って、とてもくさい。
道路工事は、正門から入ってすぐのところから、50mほどの区間で行われていた。車両通行用道路だけで行われていたので、自動車を使用しない夢美のような者は、歩道を通行すれば、キャンパス内へと進んでいくのに支障はなかった。
ただ、工事現場は立ち入り禁止であり、50mの工事区間では反対側の歩道へと道路を横断することができなくなっていた。
夢美はいつもと同じように自転車で大学へ向かい、正門をくぐって左側の歩道を20mほど進み、駐輪場に自転車を停めた。
駐輪場は、二号館の脇にあった。しかし、夢美の研究室があるのは、反対側の一号館だった。
夢美はそこで、反対側にある自分の研究棟には、直接道路を渡っては移動できないと気付いた。
無理やり渡ろうにも、道路は重機によってほじくり返されていて、大変なことになっている。
工事の開始点と終了地点、現在彼女がいるのはちょうど中間のあたりである。
正門まで戻って反対側へ渡るか、あるいは工事現場の終わりまで進んでいって渡るか。
「どうしましょうね」
反対側にそびえたつ研究棟を見上げたまま、夢美は悩んでいた。
「どっちでもいいから、さっさと渡れよ」
見れば、道路の反対側にちゆりがいた。
イチゴのパックを脇に抱えたまま、空いた手でバナナを食べていた。買い物に出て、研究棟に戻る途中だったらしい。
ちゆりはいつも、夢美がやってくる時間に合わせて、新鮮なイチゴを用意してくれていた。「そんなことで研究がはかどるなら」とは彼女の言であるが、本音なのか照れ隠しなのかは、夢美には判断がつかなかった。
どちらにしても、夢美はそんなちゆりを高く評価しているのだった。
「悩むだけ無駄だと思うぜ」
「どちらに進んでも、引き返すのが癪なのよ」
「気持ちはわかるけどな」
まあほどほどに、と言い残して、ちゆりは建物の中へと姿を消していった。
腕を組んで、夢美は考えた。たしかに、いつまでも迷っていても仕方ない。
正門まで引き返して、あちら側へ渡ろう。夢美はそう決心し、今来たほうへと足を向けた。
べちゃり。
踏み出そうとした先に、赤い果肉が飛び散った。
それはイチゴだった。
高速で地面に衝突したイチゴが、無残な姿を晒していた。
靴の先に、飛んだ種が付着していた。
あら、靴を汚してしまったわ。夢美はそう思った。
ふと見上げると、次のイチゴが空から降ってくるのが見えた。
夢美は反射的に、それに向かって右手を伸ばしていた。
ぺぢ。
イチゴはその掌に着地した。
夢美は、半分ほど潰れたそのイチゴを左手でつまみあげ、口に運んだ。
なかなかのものであった。ほど良い酸味と甘みのバランスが秀逸の一品である。
さて、潰れた果肉と果汁で汚れたこの右手をどうしようか。そう思ったとき、その右手は三人のちゆりに舐めまわされていた。掌はもちろんのこと、指の間から爪の先まで舌を這わせるちゆりたちを横目に眺めながら、夢美はちらり上空に目を遣った。
雨だわ。
「」
空はストロベリー色の暗雲に覆われつつあった。ぱらぱらと、キャンパス内にイチゴが降り始めている。慌てて建物に駆け込む学生や教員たちの姿がみられた。紫色のイチゴを追いかけて飛び回っていたちゆりが、イチョウ並木に激突した。指を舐めていたちゆりの一人に、降り注ぐイチゴが衝突した。そのちゆりは、即座に微小震動をはじめた。キャンパス内の全ての建物の上に飛び乗ったちゆりたちが、自由自在に手足を伸縮させ、全身で喜びを表現していた。
それはストロベリークライシスであった。
飛び散る果肉が、夢美の足にもかかり、太ももの内側までも濡らしていた。上空より飛来したちゆりが、それを味わうべく顔を近づける。敏感な皮膚にちゆりの頬の産毛がふれて、むず痒い感触に夢美はからだを震わせた。色素の薄い肌には血管のみちすじが透けていて、ちゆりの舌がそれをなぞるたび、夢美の首筋はみるみる紅潮していった。
どしゃっ、と音がして、大量のイチゴとちゆりが、キャンパス構内を埋め尽くした。
視界は赤一色であった。ときおり、七色に輝くちゆりがそれを邪魔した。イチゴを投げつけると、紫色に変色しておとなしくなった。夢美は胸元までイチゴに浸かっていた。ひとつ手にとって、口に放り込む。なかなかのものであった。ほど良い酸味と甘みのバランスが秀逸の一品である。
「は『シェイク耳は単位くだぜ、」
「Dim.Dream」」@
イチゴの海から顔を出した二人のちゆりが、再び右手をとらえて、丹念にしゃぶりはじめた。
夢美は今度は左手で、イチゴの一つをつまみあげた。
しかし今度は、それを食すことはかなわなかった。
次の瞬間、視界を黄金のちゆりに覆われていたのである。
イチゴ界に舞い降りた、光り輝く黄金のちゆりは、至近距離から夢美の瞳を覗きこんでいた。
夢美も、ちゆりの眼差しの奥を覗こうとした。しかし、金色の瞳の奥はひたすらに暗闇が広がるばかりで、その裏側にあるちゆりを見ることはできなかった。
夢美にとって、研究棟までの距離はまだ遠い。
がんばって
それと…タイトル誤字では?
間違ってたらごめん
…あれ、この絵まさか生p
それを両方できるって凄いな