ぬえ的自慰ショー　〜短刀編〜

「きゃっ！」
　
　スペルブレイク。

　幻想郷の夜空に小さな悲鳴がこだまする。
　守矢神社の巫女、早苗のものだ。
　幻想郷の空を飛びまわっていたUFOの正体をつかむべく、夜空を駆っていた早苗ではあったが、黒幕である伝説の妖怪、ぬえの返討ちにあい、あえなく被弾、撃墜されてしまったのだ。

ひゅるるるる、とジェリコのラッパを鳴らし森の中へ落ちていく早苗。
幸い、木々の枝葉がクッションとなって大事には至らなかったが、もうこれ以上は弾幕ごっこはできないというほど満身創痍だった。



「ううっ…あんな妖怪にやられるなんて…」

体を起こして涙声。服や髪の毛に絡まった折れた枝葉を落とそうともせず、早苗は忌々しげに涼しい顔をした星空を睨み付けた。
と、

「誰が“あんな妖怪”だって？ “そんな巫女”」

　それを覆うサディスティックな笑み。
　先ほどまで上空で戦っていたぬえの顔だ。
　早苗を追いかけてここまで降りてきたのだろう。勝者然とした態度で早苗を見下ろしている。

「くぅ…つ、次にあったときは絶対に許しませんから…！」
　
　痛みをこらえ憤りのままに捨て台詞を吐く早苗。しかし、ぬえの態度は揺るがず、かんらかんらと笑うばかり、それどころか…

「誰が？ 誰を？ 何処で？ どうして？ いつ？ どんな風に？ 許さないんだって？」

　５W1H
　一言一言しっかりと区切って早苗にもよく聞こえるよう大きな声でいうぬえ。ついでに体にも分からせてやろうと言わんばかりに早苗の体を強く蹴り飛ばす。
　あうっ、と悲鳴を上げて地面に倒れる早苗。
　その悲鳴が何処かの笑いのつぼに入ったのかぬえはお腹を抱えてまたかんらかんらと笑い声をあげた。



「弱っちいくせに！ 食い物にしかならない人間は！ そーやって！ 地面にはいつくばって！いればいいのに！ 私を！ 退治しようなんて！ ほんとうに！ おごがましいよ」

　倒れた早苗の体をリズムに合わせて、蹴りつけるぬえ。そのたびにカエルみたいに早苗はぐぇぐぇと短い悲鳴をあげる。
　早苗はもうぼろぼろだった。巫女服は土や木々の葉っぱで汚れ、先ほどの戦いでところどころ破け、体にはそこらかしこに打ち身や擦り傷が出来ている。

「ん？」
「許さない、許さない許さない許さない、絶対に許さない。殺してやる。殺してやるんだから。あんただけじゃない、妖怪はみんな、人に悪さをする妖怪なんてみんなみんな殺してやる。絶対に、絶対に、許さないから…！」

　それでも、闘争心は失せていないのか、乱れた髪の間からぬえに憎悪の篭った瞳を投げかける。赤黒い炎をたたえた本物の殺意が篭った瞳。けれど、ぬえは何処吹く風で、ふぅん、とその憎悪を受け流した。

「反抗的。これほど痛めつけてもまだわかんないなんて、妖精並みだねアナタの頭ん中は。いいよ、だったら、もう少し、痛い目に逢うといい」

　ぎらり、とぬえは笑った。仏滅の13日の金曜日の空にかかる三日月みたいな歪んで邪悪な笑みだった。小さく開いた唇の間から乱杭歯が覗く。

「っ…!?」

　そこに来てやっと早苗は妖怪というものを相手にするときに人間が感じてなくてはいけない恐怖というものを覚えた。
　まぁ、今更、遅かったのだが。



「ふん」

　ぬえは早苗の腕を強く踏みつけて動けないように足で固定すると、得物の三叉の槍を手の甲めがけて振り下ろした。ひぎっ、と悲鳴が漏れる。続けてぬえはすりこ木でゴマを擂るように槍の柄を動かす。イイイ、と食いしばった歯の間から悲鳴が漏れ続ける。あらかたやってやっと満足して槍を引き抜いた手の甲には十円玉大の穴が開けられていた。

「痛かっただろ。でも、ダメだ。アナタはこれぐらいの痛みだときっとすぐに忘れて、また私を退治しようとやってくるに決まってる。だから…」

　絶対に忘れないようにその体に刻み込んであげるわ、とぬえはかんらかんらと笑い声をあげた。

　ぬえはしゃがみこみ、早苗の手の甲に空けた穴に顔を近づけると口を開けてそこへよだれをたらし始めた。いや、違う。それを見ていた早苗の目が細められ、恐怖…痛みや絶望感に帰依するものではなく、嫌悪に属するもののそれ、の表情を浮かべる。
　先のとがった妙に長いぬえの赤黒い舌からずるりとよだれに混じって何か黒いものが流れ出てきた。小さなオタマジャクシかヘビの子供に見えるそれは傷口の上に落ちると、円弧を描きながらのたうち回った。唾液と血と粘液が混じり合う。

「な、何？ なんなの、ソレ!?」
「ははは、コレが“正体不明の種”さ。想像を投影させて、実在を誤認させる、摩訶不思議の元…正体不明の正体さ！」

　かんらかんらと笑いながら説明するぬえ。その間にもぽたり、ぽたり、と雫のように“正体不明の種”は早苗の手の甲の上に落ちていく。

「いやっ! いやぁぁぁぁ！ 中に、中に入ってこないでぇ!!」

　傷口の上で蠢いていた“正体不明の種”。その内の一匹がまるで石の下に隠れる虫のように早苗の皮膚の下へ入り込んでいく。ぷっくりとふくれた皮膚の下を“正体不明の種”が躯をくねらせながら進んでいく。一匹が隠れ家を見つければ後は芋づる式だった。二匹三匹と傷口から膚の下へ入り込んでいく。



「ところで、こんな話を聞いたことがあるか？」

　と、そこでぬえは話題を唐突に切り替えた。

「お前たち人間が戦争の時にやった実験なんだそうだけれど、まず、一人の人間をナイフで斬りつける。とうぜん、そいつは死んじゃうよな。で、次にその光景を見ていた奴に目隠しをして同じようにナイフ…じゃなくて、今度は木で出来た偽物で斬りつける。それは痛いだろうけれど死ぬような傷は付かない。せいぜい、擦り傷ぐらいだ。でも、そこへもう一言、目隠しした奴の耳元に向かって『お前もナイフで斬ってやったぜ。じき、さっきの奴みたいに死ぬかもな』って付け加えるとあら不思議。面白い事にそいつは死んじゃうんだぜ」

　かんらかんらと大笑い。呼吸困難になったようにひきつけまで起こすぬえ。

「そ、それが何だって言うのよ…!!」

早苗は腕を昇ってくる異物に嫌悪を憶えながらぬえを睨み付ける。理解できない。いや、理解よりも開放が早苗の望みだったから。けれど、ぬえはソレを許さない。理解してくれればそれでいいと、顔を引きつらせて笑った。

「ところでアナタのその腕、私の“種”が入り込んでるけれど、まだ…アナタのかしら？」
「何を、言ってるの…？」

　妖怪が、バカなことを言ってる。そう思う早苗。けれど、確かにぬえの言ったとおり、皮膚の下を通って腕をのぼってくる“種”には強烈な異物感を憶える。今すぐにでも手術して取り出したくなるような。肌をかきむしって引きずり出したくなるような異物感。けれど、次第にその異物感も失せてきてしまった。いや、違う。皮膚の下、一点にだけあった異物感がいつの間にか腕全体に大きく広がっていた。“種”は何処に？ 眼を凝らして自分の腕を探すが、傷だらけである以上、どこもおかしいところはない。だっていうのに、早苗は自分の腕が、自分の物じゃないような強烈な違和感を憶えていた。

「想ったな」

　ぬえの深淵の縁から響いてきた幽鬼の笛の音のような声が引き金だった。



「いやっ…！ いやぁぁぁぁぁぁぁ！」

　ぎゅりぎゅりぎゅり、早苗の意志とは関係なしに早苗の、腕、が暴れ出す。ぬえに踏みつけられているのも厭わずばんばん、と地団駄でも踏むように地面を叩きつけている｡指の動きは更に奇っ怪。五指それぞれがあらぬ方向に動き回り、腱を引きつらせとても自由意志があったとしても動かせないような動き方をしている。

「ひぃぃぃ、ヤメテ、ヤメテ!!」
「けけけ、邪魔そうだから退けてあげるよ」

　そう言ってぬえは早苗の腕から足を退けた。自由を得て歓喜したのは早苗、ではなく彼女の、もう、彼女の物ではなくなってしまったウデの方だった。
　まるで、獰猛な獣の素早さで早苗のウデは早苗の首へと伸びる。

「ぐっ、え…っ」

　喉をわしづかみに、爪を立てる早苗のウデ。早苗の目が見開かれ潰れた喉から断続的に嗚咽が漏れる。まだ、無事な方の腕で何とかウデを引きはがそうとするが、ウデの力はとても元は自分自身の物とは思えないほど強くびくりとも動かなかった。
　やがて、見開かれていた早苗の瞳孔が細く狭められていく。脳みそへ酸素が届かなくなってきたのだろう。たどり着く先は窒息。視界が真っ赤に染まり、そうして、輪郭から黒く塗りつぶされていき、終いに…

「っと、危ない危ない。ホント危ない手だね、こいつは」

　寸前の処でぬえは早苗のウデを喉から引き離した。
　げほげほと咳き込み、咳き込みすぎてうぉぇ、と嘔吐する早苗。

「あはははは、ねぇ、こんなに危ない手なんだからさぁ…コレってアナタの嫌いな妖怪、なんじゃないの？」

　早苗に見せつけるように掴んだウデを振ってみせるぬえ。え、と呟く早苗の顔を傷口から現れた赤い瞳がギロリと睨み付けてきた。

「―――――――――ッ!!」

　今度こそ早苗の口から悲鳴にならない声が漏れた。
　違和感や異物感、嫌悪では済まない感情、恐怖―があふれ出してきたのだ。



「いやっ、いやぁぁぁぁぁぁ!!」

　頭を振るい涙の雫を飛ばしながら半狂乱になって暴れる早苗。ぬえに押さえられている手に出来た瞳も同じようにぎょろぎょろと半狂乱じみた動きを見せる。いや、瞳だけでなく指も。爪があり得ない速度で伸びはじめ、指自体もどんどん長くなっていく。滑らかだった早苗の肌もくすんだ緑色に染まり始め、汚らしい粘液を分泌し始めた。ずるり、ずるり、とその形状はもはや手とは呼べず言うならば触手―――海にいるゴカイやウミウシを想わせるような奇っ怪な形へと変化していった。

「うわっ、キモっ！ 気持ち悪いから、手、離すね」
「いやっ、手を…そいつを自由にしないで！」

　早苗の懇願も空しくぬえの拘束から解き放たれるウデ／触手たち。
　五本から十本、十本から十五本まで枝分かれした触手達はそれぞれ自由意志を持っているかのように別々の動きでもってまた早苗に迫った。
　緑色の鱗を持った触手が早苗の胴や首に絡みつき、青く太いミミズのような胴体の物が暴れる早苗の身体を押さえつける。赤い色のイトミミズみたいなものが服の隙間へと入り込み、黄色いイソギンチャクのような頭をもったものが汚らしい粘液を垂らしながら早苗の顔に近づいてくる。こないで、と小さく拒絶の反応を見せた早苗の口を覆う。ピンク色の太くて短い触手たちが早苗の口を無理矢理押し広げ、その中へ甘苦い味のする粘液を流し込む。強烈なアルコールを流し込まれたみたいな刺激が喉に走る。身体の方にも同じ粘液が細い触手達によってべったりと塗りつけられている。いやっ、と嫌悪とくすぐったさに身をよじる早苗。その動きに満足を憶えたのか触手たちは更に強く早苗を締め付けあげ、ずりずりと粘液を塗りつけるように蠢き回る。

「ッー!!」

　ビリビリと紙でも破くように早苗の服の前の部分が裂かれる。その下にブラジャー代わりに巻いていたさらしも無残にも取り払われる。十代にしては少し大きめの胸が露わになる。太く青い触手が形が変わるほど強く胸を締め付け、別のゴカイのような頭を持ったものが細い髭のような触手でもって頂にある桜色…乳首をちろちろと攻める。刺激になれていないソコは嫌悪に反してビリビリとそそり立つ。

　お尻や秘所の方にも触手が伸びる。人では到底真似できないような陰湿なねちっこい動きで敏感な部分をなで回してくる。口を押さえつけられているせいで正確な思考が出来なくなり、ぼうっとしてくる。あるいはそれは今も体中に塗りつけられている粘液の作用…催淫性のためかもしれなかった。
　身体も興奮し始めている。肌に赤みが差し、呼吸が早くなり、秘所からは愛液があふれ出してきた。その部分、巫女として間もならなければならない部分に、触手の一本が、ずるり、と入り込んできた。

「イヤッ！ ダメッ！ そこは…ソコはやめて！ 嫌ッ！ 嫌ッ!!」

　身をよじって逃れようとする。しかし無駄だ。そこを汚そうとしているのは自分自身のウデだった物なのだから。逃げられるわけがない。恐怖と絶望に早苗は小水を漏らす。森の夜気に湯気がのぼる。軽いアンモニア臭が漂う。それで触手たちは興奮したのか更に大量の粘液を分泌し、もっと激しく早苗を責め立てる。そうして、秘裂に潜んだ一本が最奥を目指して太さと固さ増し男根のような形状へと変化したとき、

「ほら、コレでその悪い妖怪をやっつけるといいよ」

　と、ぬえが早苗の無事な方の手へ何かを握らせてきた。
　一本の鋭い短刀だった。そのきらめく表面に早苗の顔が映る。脅えきって、虚ろな眼をした自分の顔が。その眼がぎらりと殺意を湛えて光る。

「うぁぁぁぁぁぁぁ!!」

　吶喊する兵隊のように、顔や腕を動かし触手を振り払うと早苗は叫び声を上げて短刀をウデへと振り下ろした。
　不意の衝撃に触手達がびくつく。効いている、と凄惨な笑みを浮かべる早苗。続けてざくざくと柄を強く握りしめ短刀を振り下ろす。ざくざくざくざく。黄色い飛沫が飛び散る。触手の体液。斬り落とされた触手は暫く地面の上でのたうち回っていたが、やがて、泥のように溶けて地面に吸い込まれていった。

「アハハハっ、ざまぁ！ ざまぁないですね！ よ、妖怪のくせに…！ 現！ 人！ 神！ である私を！ 襲うなんて！ おごがましいん！ ですよ！」

　台詞に合わせて短刀を叩きつけるように振るう。途中、切っ先が何か固い物に触れたがお構いなし。続けて勢いよく振り下ろし、それで刃の中程に亀裂が入ったが気にせず、続く四、五度目の痛打でぽっきりと刃が折れてしまっても無視して早苗は刃を振り下ろし続けた。

　腕からウデが切り離されるまで。

「え…？」

　地面に落ちたボロボロの肉塊を見て、早苗はぽつりと呟く。
　滅多切りにされたソレはけれどよく見れば見慣れた物体で…血にまみれていて、それで、さっきまで早苗の腕に付いていたもので…コレハ…

「あーあ−、もったいないねぇ。自分で、自分の、腕を、斬り落としちゃうなんてさぁ」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

　暗い森に悲鳴と、かんらかんらという正体不明の笑い声が響き渡った。

ＥＮＤ