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『地上の地底の怒れた少女たち』 作者: ゲロウマ
旧地獄の中心、地霊殿正門。辺りには亡霊のような霧が立ち込め、淡い白色が夜の闇に溶け込んでいた。実際に亡霊も混じっていたかもしれない。無意識に不快な怨讐の念を喚起させるその地に、ひとつ、揺らめく人影が有った。
影は顔を上げる。地霊殿の、豪奢な装飾が施されたステンドグラスから流れる一筋の光が、顔面を刺激する。
――照らされた小顔は、狂気に満ち満ちていた。頬の筋肉繊維を千切れんばかりに引き伸ばし、笑っていた。緑の双眸は星屑のようにぎらぎら輝いていた。それでいて、喜劇の開始を今か今かと待ち望んでいる幼子のように、無邪気で無垢で、とても澄んだ表情をしていた。
T,状況の成立過程、及び付帯する事実確認について
地霊殿内は、夕食時である。多くの動物たちが食堂に集まり、思い思いに談笑に興じている。
「ちょっとこいし、醤油とって」
「はいどうぞー」
「ありがとう」
部屋の中心に備え付けられた大きなテーブルでは、地霊殿の主、怨霊も恐れ怯む少女、古明地さとりが食事をしていた。横の、体に不釣合いな程大きな肘掛け椅子に座っているのは、閉じた恋の瞳、古明地こいしである。椅子は、大方無意識状態のときに拾ってきたのだろう。
「あらあらこいし、そんなにこぼして」
こいしの服の胸の辺りは、食べこぼしでぐちゃぐちゃに汚れていた。
「わたし、無意識だからさぁ」
「無意識なら仕方ない」
さとりはうんうんと納得する。
「・・・あら、誰か来たようね。下から思考が感じられるわ。ノイズがひどくて不鮮明だけど」
さとりは窓を見ながら言う。窓から見えるのは、霧で白濁した闇だけだ。
「あたい、見てきます」
そう言って席を立ったのは、地獄の輪禍、火焔猫燐。さとりのペットの一匹である。
「お空、行こう」
燐に呼ばれて、隣に座っていた、熱かい悩む神の火、霊烏路空も立ち上がる。こちらもさとりのペットである。
「うにゅ」
二匹が食堂から退出するのを見届けると、こいしも席を立ち、部屋の隅に置かれていた車の玩具で遊び始めた。さとりも食事を終え、皿を片付けようと立ち上がり、
――膝から崩れ落ちた。
「がっ、ぐう、あああああァあぁ!」
突然、思考が流れ込んできた。頭痛がする。脳味噌を割り箸で捏ね繰り回されるような痛み。
(殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すコロス殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺)
濁流のごとく押し寄せる、呪詛。怨讐の塊。狂気、狂気、そして見えない何か。
「っ!」
なんとか能力を制御し、誰とも分からぬ思考が自らの精神を蹂躙するのを防ぐ。
「みんな!逃げなさい!」
そして、素早く食堂の裏口からペット共を脱出させ、先程燐と空が出て行った正面扉に向き直る。
「・・・そこに居るのは誰かしら」
さとりは静かに語りかける。一枚、薄皮のごとき扉を挟んだ先に狂人がいるのだ。恐怖を深層へ押しやり、扉に向かって歩き出す。
扉は、無言。
「出てきなさい!」
叫ぶ。トビラ、開く。足音。コツコツ。ズルズル。接近。対面。――それは、
「・・・え?」
きれいな緑髪、緑眼。蛇と蛙の髪飾り。巫女装束は、青と白のコントラスト。
――それは、紛れもない、守矢神社の風祝、祀られる風の人間、東風谷早苗だった。
U,全体の中の異常性、特異性について
「なぜ、あなたがここに?」
さとりは最初、最大の疑念を問おうとした。だが、すぐに無駄だと知る。
早苗はにこにこしながら後ろに組んでいた両手を、重そうに、ゆっくりと、床と平行になるように持ち上げた。十字架のような体勢。しかし、両手の手首から先には、
――猫と鴉が生えていた。
正確に言うなら、右手は燐の、左手は空の胸部を貫通していた。
さとりは、何も言えない。目前の惨状が、理解できない。理解することを、肉体が、精神が、全身全霊で拒絶していた。
「汚物を消毒しに来ましたぁ」
早苗は、満面の笑みを湛えながら言う。両手の家畜を放り投げると、げらげら笑い出した。
「・・・ど、どうして・・・?」
さとりはやっとのことで喉から言葉を搾り出す。
「え?なぜって?どーしてこんなことって言いました?・・・あはは、決まってるじゃないですかぁ」
早苗は心底楽しそうに、嬉しそうに、言葉を紡ぐ。
「・・・あなたたち邪魔なんです。嫌われ者、鼻つままれ者。下衆で、下劣で、下品で、愚劣で愚鈍で愚昧でカスでごみ屑なあなたたちがいなければ。ほんっと目障り。邪魔。死ね死ね死ねごみ屑。いなければ、幻想郷は綺麗なままだったのに。あなたたちが今更地上になんか出てこなければ、私の愛している美しい幻想郷のままでいられたのに。地上のみんなと。楽しく過ごせたのにずっとずっと。・・・汚点を見つけてからは、どうにかして拭い去りたい毎日です。汚い汚い汚い汚らわしい!」
早苗は、汚物でも見るような目でさとりを見る。いかにも気持ち悪そうに体を揺すり、後ずさる。
不意に、早苗の10cm前方にこいしが現れる。今までの騒ぎの間、ずっと隅で遊んでいたらしい。
こいしは急に早苗の顔面上方に手を当てた。そして、そっと降ろすと、
「っんぎィあっああああああああぁあああァァああああああァぁあああああアアア!」
早苗が絶叫した。
作品情報
作品集:
14
投稿日時:
2010/04/13 15:21:22
更新日時:
2010/04/14 00:27:16
分類
地霊殿
さとり
こいし
早苗