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『盛者必衰の理をあらわす。おごれるものも久しからず』 作者: sako
仲間の私を見る目が汚物を見た時のソレに変わってきた。
肌はかさかさ、腋の下からは嫌な匂いが立ち上り、髪の毛は縮れ、声は錆びた蝶番のように軋み始めた。
仲間がサヨウナラと、哀れみの籠もった声で私に手を振ってくる。
イヤだ!
私は逃げた。いや、墜ちていった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「やれやれ、面倒だねぇ」
灰色の天幕を下ろした幻想郷の空。
そこをのろのろと飛ぶ死神が一柱、小野塚小町である。
サボマイスタ、幻想郷労働組合ストライキ名誉顧問と名高い彼女が、三途の川の渡し守の仕事もせず、こうしてふらふらと飛んでいるのは幻想郷の日常光景ではあるが、今日の飛び方は野原の蝶々ではなく、蓮華草の間を舞うミツバチの飛び方だった―――つまり、目的があって飛んでいる風なのだ。
「仕事とはいえ、管轄外のことをしなきゃならないなんて、まったく」
肩を落とし、深くため息。
管轄内の仕事も真面目にしない、というツッコミはさておき、今の小町に与えられた“管轄外”の仕事というのは“人捜し”だった。
話は数刻前まで遡る。
賽の河原の河川敷で昼寝をしていた小町は上司である閻魔、四季映姫に呼び出された。
これは、サボっているのがばれたな、とお説教を覚悟して映姫の事務室の扉を開けた小町に告げられたのは、予想に反して仕事の話だった。
書類に機械的に判を押し続ける映姫が言うに、死神の一人が“お出迎え”の仕事―――死期が迫った人間の魂を冥界に連れてくる仕事に行ったっきり、帰ってこないらしい。
仕事に出たまま帰ってこない、この文面だけを聞くと重要そうに思えるがこと死神の仕事についてはままあることだ。死神は人間社会で言うところのお役所勤めだか、人間社会と同じくその全員が真面目という訳でもない。小町のようにサボり癖をもったものも多々いる。
おおかた、パチンコにでもはまっているのか、ふと、海が見たくなったのか、それとも、ロマンチックに考えれば、死期を看取るはずの人間に恋でもしたのか、兎に角そういう理由で帰ってこないだけじゃないかね、と小町は話を聞いた時、考えた。
小町に命じられたのはその帰ってこない死神を捜してくること、だった。
なんでまた、と訝しげに眉を潜める小町に映姫が説明したのは帰ってこない死神の担当場所が幻想郷で、そして彼の名前が小町もよく知っている者の名前だったからだ。
なるほど、全て合点がいった、と小町は頷いた。件の帰ってこない死神は小町がよく賭場や酒場で出会う、所謂『あまり真面目ではない死神』でその彼が向かったまま帰ってこない幻想郷は小町もよく遊びに行く場所だ。
似た者同士に勝手知ったる自分の庭のような場所。部署は違えど、この仕事は小町に任せるのが確かだ、そう上は判断したのだろう。
かくして小町は珍しく“仕事”で幻想郷にやってきたのだ。
その飛び方がミツバチのように目的意識をもっていてものんびりとけだるげなのは小町でなくとも遊びに行く場所に仕事で行きたくはないという心情が現れているからだ。
が、小町には仕事とは別に件の死神を捜さなければならない理由があった。
「…この前のチンチロのツケ、まだもらってないしなぁ」
賭の勝ち分を取立てていないのだ。
面倒くさい仕事だが懐事情故に行かねばならぬ、公務員とはかくも面倒くさい仕事なのだ、と小町は中空で円を描いた。
目的地である魔法の森へ螺旋を描きながらゆっくりと降下する。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ここか…」
最近、降り続いている雨のせいでその家の周りには幾つものぬかるみが出来上がっていた。
久しく手入れがされた憶えがない庭。朽ちてペンキがはがれた壁。色あせた屋根には所々雑草が生え、窓の多くは固く雨戸が閉ざされているかガラスが割れているかのどちらかだった。
かろうじて残っている痕跡から、立てられた当初はこぢんまりとした立派な洋館であることが見て取れたが、今はこんなところに人が住めるのかと思えるほどの荒廃を見せていた。
「たしか、魔理沙の奴の家はこの辺りだったような」
ふと、知人がこの辺りに住んでいることを思い出した。正確な位置は思い出せない。もしかするとこの家かもな、と小町は乾いた笑い声を上げた。
と、周囲を観察するように視線を巡らせていた小町は踏み石の間にできた小さな水たまりの中に何かを見つけた。
かがみこみ摘みあげてみる。
「…セッタだね、こりゃ」
帰ってこない死神が好んで吸っていたタバコの吸い殻だ。こんな場所で偶然同じ物を吸っている人がいる、なんてことは考えにくい。まず間違いなく彼はこの場所に来たのだろう。
では、何故、帰ってこないのだろう。
すこし嫌な予感を思い浮かべつつ、小町はもうとっても付いていない扉をそっと押し開けた。
「ごめんください〜お出迎えにやって参りましたよっと」
いつもの戯けた調子も切れが悪い。
屋敷の中に向けて発した小町の声だが森の深みよりもなお暗い廊下の闇に呑まれて消えてしまった。当然のように返事はない。
「おじゃまするよ」
ぎぃ、と軋む床板を踏みつつ中へ。
家に上がるのに下駄を脱ぐ、何てことは考えもしなかった。洋館、だからではない。廊下には指で字が書けるほど深く埃が積もっていたからだ。そうしてその上には幾つか靴の踏み跡が残っていた。
「…臭い」
入って第一声はそれだった。
埃や黴の匂いではない。
吸っていると肺から腐り始めるような、すえて重ささえ憶えるような腐臭。思わず小町は鼻を押さえ、きつく眉を顰めた。これは髪や服にも匂いが移りそうだ、と目をしばたかせながら小町は思う。
「誰かいないのか…?」
暗い廊下を進み、闇に目を凝らしながら各部屋を虱潰しに調べる。
外観同様、朽ちた家具が乱雑に置かれ、その上に黒い雪のように埃や黴が積もっている。窓から差し込む僅かばかりの光りは蜘蛛の巣によって遮られていた。
進むごとに帰りたい気持ちが小町の中で大きくなっていく。
それは普段のサボり癖からなる物ではなく、嫌悪と恐怖、その二つから生まれてくる物だった。
家の中は水を打ったように静かなくせに、そこらかしこに何物かが息を潜めているような気配がする。今、暗がりで何かがもぞりと動いたのは見間違いだっただろうか、いや、ネズミか何かだろう、そう小町は自分に言い聞かせるも恐怖は微塵も消えてはくれず、むしろ次第に真鍮を占める領域を増やしていった。
加えて鼻を押さえていても息をしている限り脳髄に響いてくる腐臭が堪らなかった。
生ゴミが収められたゴミ箱でもこんな匂いはしない。死骸に集る蠅ですら忌避するような、粘つきさえ憶える腐臭。喩えるなら何か果物が腐ったような甘ったるさを含んだ匂いではあるが、とても、鼻にめい一杯吸い込んで形容できる言葉を探そうなどとは思えない。
「行き止まり…」
闇を進んでいた小町の足が止まった。廊下の突き当たりに達したのだ。探索にかかった時間は五分にも満たない短い物だったが、もう何日もこの廃屋で迷っているかのような錯覚を覚える。
「上は…ダメか。階段が崩れてる」
二階へ、と方向転換したところで半ばで口を開けているかつて階段と呼ばれていた腐った木の塊を目にした。崩れ方からしてここ数日、いや、数年で崩れた物ではないことが見て取れた。上には、誰もいないだろう。
「ダメダメ、お手上げだね、これは」
帰るか、とある種の安堵のため息を漏らした小町の視線があるものを捕らえた。
来る時はゴミか何かの影に隠れて見えなかったらしい。
それは小町がよく見慣れたモノ―――お迎え役の死神に給与されたボロボロの黒いローブの裾だった。
闇色に染め上げられたモノであるはずのソレは何故かこの闇の中において安堵さえ憶えるように安らかに見えた。まるで異境の地で見知った顔に出くわしたような、否、その通りであった。
ローブの裾に駆け寄った小町が目にしたのは件の帰ってこない死神、その亡骸であった。
「―――っ」
言葉もなく息を呑む小町。
通常、死神というものは霊格が高く、通常の物理的な手段では死ぬことはない。死神を殺すには同レベル以上の品位をもった凶手か武器が必要なのだ。
この場合は後者。それを成せる武器と言えば、例えば簡単にある。死神がその手に持つ大振りの鎌、所謂、デスサイズがそれだ。小町が渡し守の仕事をしている時に持っているパフォーマンス用のイミテーションではなく、お迎え役が持つ本物。
それが恐らく持ち主であろう死神の首を刺し貫いていたのだった。
では、彼は武器を奪われて返り討ちに遭ったのか。答えは否。彼の腕は未だにしっかりと自分の得物を握っており、決して奪われた風ではない。ならば、いかな理由があれば、自らの手で自らの首を刺し貫くことになるのだろうか。
いや、それよりも真っ先に考えなければならないことがある。
お出迎えの死神がやられているということは迎えに行った相手というのは自らの死期を逃れた、つまるところまだ死んでいないのだ。
そして、その死に損ないは死神を自決させるだけの何かを持っており…実務担当ではない小町には到底、相手ができるような者ではないことがうかがい知れた。
「っ、これは三十六計、逃げるに…」
踵を返す小町。その身体が、暗がりから現れた何者かに押し倒された。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「!!!!?」
一瞬、何が起こったのかまったく理解できず小町は息をするのも忘れてもがいた。
それを何物かが上から押さえつけてくる。
やっと動いた肺にものすごい腐臭…屋敷に充満していたものをそのまま濃縮したような脳髄を焼く、非道い匂い、が入り込んでくる。
「くそ、離せ…ッ!」
腕が押さえられる。首を締め上げられる。両方の足首が床に縫い付けられる。べたりと重油のような粘つく腐液が小町の服を汚す。
嫌悪と恐怖に顔を歪めながらも何とか小町は逃げだそうと腕を伸ばす。その腕が
「ぎやぁぁぁぁぁ!!?」
ぼきり、と中程で力任せに握りつぶされる。小町を押さえつけていたのは腕ではなく、触手、それも小町の腕ほどはありそうな太い触手だった。首や腰、にまとわりついているのもそれ。
腕に走る激痛に我を忘れた小町の身体が触手に持ち上げられる。
腐液を擦り付けるように触手は服の上を這い回り、小町の身体をバラバラにしようとまだ満足な方の腕と両方の足をてんで違う方向へと引っ張る。みちり、と間接が鳴る。
「うっぁ、こ…のッ!!」
しかし、小町もやられているばかりではなかった。握り潰された腕の痛みを忘れると残った力を全て駆使して暴れ、何とか左の足の拘束を解くことに成功。小町はそのまま足を振り上げ、かかとを背後にいる触手達の本体めがけ振り下ろした。
ぎゃっ、という悲鳴らしき声をあげて触手の本体はすっとび、小町の身体は床の上に落ちる。
「ごほっごほっ、うぇ…」
やっと与えられた酸素を求めで激しく嗚咽を漏らす小町。舞い上がった埃が気道を刺激するが構っていられない。
逃げるために小町は立ち上がり、そうして…逃げ道がないのを悟った。
―――シ
後ろからかけられる絶望。そういう名前の声。
振り返れば闇に墨汁でも垂らしたような塊がそこにいた。無数の触手をのたうち回らせながら立つその姿はかろうじて人型であることが見て取れたが、まっとうな人、いや、妖怪ですらないように思えた。
「ひっ…」
絶望を顔に浮かべて、逃げ道もないのに逃げ出そうとする小町。それを触手達の本体は黒い泥の間から覗く赤い瞳を歪めて笑い、そうして、再び小町に飛びかかってきた。
容易く押し倒されてしまう小町。その身体を再び触手達が、汚濁にまみれた二本の腕が這い回る。
―――シニ
余りの腐臭に意識が飛びかける。そうならなかったのは触手達が小町の身体をきつく締め付け、真っ黒な手が小町の大きな胸を乱暴にもみし抱いていたからだ。
「いっ、止めてくれ…っぐ」
懇願の言を漏らした口を触手の一本が遅う。口内に無理矢理流し込まれる腐液。味わうまでもなく毒と分かるそれは小町の喉を焼き、胃をただれさせる。
「ウッ、オェェェェェェェェ」
触手が引き抜かれると同時に毒物を拒絶し脈動する臓物が中身をブチ撒ける。胸にのしかかるような体勢をしていた触手達の本体に頭から浴びせることになったが、ソレは意にも介していないようだった。それどころか、
―――タク、ナイナイナイナイナイナイナイナイ
奇っ怪な笑い声を上げ歓喜に打ち震えているようだった。
小町の服の前の部分を力任せに破くと、ぼろんとこぼれ落ちてきた大降りの乳房に汚泥で隠されていた口を大きく開けてかぶりついてきた。捕食、というよりは痛めつけるための行為のよう。歯を立て柔肌を裂き、出来物で腫れた舌で小町の乳輪の大きな乳首を嬲ってくる。空いている方の胸は力任せに引っ張られたり、押しつぶされたりしている。
―――ナイ、シ
もはや動くこともできず小町はされるがままになっている。細く枝分かれした触手は腕処か指にまで絡みつき、小町の爪を一枚ずつ剥がす作業に没頭している。足に絡みついたものは、骨や筋肉が潰れるギリギリの強さで締め付けてきて、肉の形状が変わるのをみて楽しんでいるよう。青あざが処かしこに浮かんできた。
本体である人型は相も変わらず小町を性的に痛めつけている。自ら擦り付けた腐液を啜るように小町の乳房に吸い付き、空いた腕で胸の形状が変わるように遊び、逆の腕はスカートを破き、小町の又へと手を伸ばしていた。人前には晒さぬ小町の茂みに隠された女陰を乱暴にまさぐる腕。それは決して愛撫と呼べるような代物ではなく、むしろ蹂躙。そのような乱暴な動きで小町の女が反応するわけが無く、腕は自身にまとわりつく腐液を潤滑油に秘裂の奥底へと入り込んでいった。
やめてくれ、という声も上げられない。四本の細い触手によって無理矢理口を開けられた小町は、その中へ毒液を流し込まれるままであった。
ああ、と麻痺し始めた頭で小町は考える。こんな酷い目に遭ったなら確かに自分の首を切りたくもなるだろうな、と。ちらりと先に逝った同量の亡骸に視線を投げかけた。
―――シニタ
その身体が、びくり、と震える。
見れば本体は胸を弄ぶのを止め、代わりに小町の女陰を犯し始めていた。指でもって無理矢理、陰口を押し広げ、黄色い痰をまとわりつかせた舌でその内部をなめ回し、肉芽に噛み千切らんばかりの強さで歯を立てている。そうして、別の腕は小町の女陰の裏、排泄器官である菊座に黒い指を出し入れしていたのである。
普通は出すばかりの細い通路に無理矢理、異物を押し込められる感覚に小町は総毛立つ。
やがて小町の身体は裏返される。その時、触手のあらかたが小町の身体を離れ、小町はその隙を突いて逃げだそうと、半ば、反射的に腰を上げたが、そうは行かなかった。
後ろから覆い被さってくる腐った身体。触手達が伸び、身体に絡みつき、口へ、鼻腔へ、耳朶へ、入り込んでくる。小町が流す涙さえも彼らの食料なのか、片目が防がれ、ぶつり、と爆ぜる音が聞こえ、中身の水晶体が血と共に触手にすすり上げられた。
そうして、
「嫌ッ、やめ…やめてぇぇぇぇぇぇ!!!」
固いものが藤生で汚れた小町の秘裂と菊門に押し当てられた。小町は悲鳴をあげるがあたわず、何の躊躇いもなく二つのこわばった触手は二孔を貫いた。
「あっ…あっ、あ…!!」
涙が溢れる。穢らわしいものに犯されているという事実を思い知って。それは腕を折られたことよりも眼球を潰されたことよりも深く小町を傷つけた。
乱暴に打ち付けられる。ご丁寧なことに触手は本体の腰の辺りに陣取っているようだ。まるで強姦魔のよう。いや、その乱暴さ、醜悪さ、狂喜さえ見えない狂気は男と言うより野獣のソレ。獣性を発露するように乱暴に小町の身体の一切を省みず、二本の触手は進退を繰り返す。
「ひぐっ、ううっ、いや…」
もの悲しいもので、小町の身体はこの乱暴の最中、女の悦びを見いだし始めていた。それが絶望に対する逃避なのか、それとも自然な生理反応なのかは小町に判断は付かなかったが、激痛と嫌悪の中に僅かに浮かび始めた悦楽に小町は吐き気を催す邪悪をみた。しゃくり上げ、嗚咽を漏らすが、救いは見いだせない。
やがて、触手どもはただ、ピストン運動を繰り返すだけに飽きたのか小町の体内で暴れ始めた。膣孔のものは身をよじり、固結びするように自身を絡ませ、尻孔に収まっているソレは切っ先を細く延ばし、直腸からその先、大腸に至るまで奥深く侵略し始めた。小町の腸内につまっていた便をつかみあげると無理矢理にそれらを引っ張り出し床へと広げる。尿道へも触手は伸び、口を広げられた膀胱からは小水が垂れ流しの状態になっていた。
口内へも太い触手が伸びている。先端から毒液を直接、胃に注げるまで身体を伸ばし、次々に沼の体積物よりなお汚い毒汁を吐き出し、胃が満杯になったところで嘔吐に押し返されるように食道から躍り出る。ゲホゲトと咳き込む小町。けれど、息つく間もなくまた触手が毒液を流し込もうと口内へ進入してくる。
「もう…ダメ…誰か、タスケ…」
呟きは果たして声に出たものか。
力なく伸ばした腕が雨戸に固く閉ざされた窓へと向けられる。
ひび割れた雨戸の隙間から外が見えた。
もう、二度とたどり着けない気さえする、外界の光景。
それが、
―――!
光りによって押しつぶされた。
暗い部屋の中で蹂躙されている小町には知るよしもない出来事だが、先ほどまで分厚い雲のベールに包まれていた幻想郷の空は今、その向こうに隠されていた青空をさらけ出していた。
雨によって普段以上の透明度を取り戻した大気に神聖ささえ憶える陽光が降り注ぐ。
それはこの闇に閉ざされたような廃屋にも同様であって、数日ぶりの日の光は雨戸の隙間からカンダタにもたらされた蜘蛛の糸のようにこの地獄へと差し込んできた。
―――!!!!!!!!!!!!!
悲鳴。そうとしか思えない声。聞く者の耳を潰すような奇っ怪な音ではあったが確かにそれは悲鳴だった。
雨戸から差し込んだ光を受けて触手達の本体は悲鳴をあげたのだ。
古来より化物は日の光を嫌うという。
それはこの触手達も例外ではなく、日の当たった部分からきな臭い紫煙を立ち上らしつつ、光りから逃れようと大きく飛び退いた。結果―――小町は自由を得た。
「今…だッ」
痺れる身体に鞭を打ち、小町は立ち上がると同僚の得物…本物の死神の鎌へと腕を伸ばした。させまいと触手が伸びるが一歩遅い。小町は知人の亡骸から鎌を引き抜くとその動作のままに巨大な武器を片腕で振るい、崩れかかった雨戸にトドメを刺した。
舞う粉塵と木片を陽光が照らし出す。同時に触手達も、その本体も。
―――!!!!!!!
またも、悲鳴。その様を見れば理解できるだろう。墨の色に染まった全身のそこらかしこから煙を立ち上らさせ、丘に打上げられた魚よりもなお激しく床の上でのたうち回る触手達、そしてその本体。
一本、また一本と触手達は腐汁へと溶け、床の隙間へと吸い込まれていった。
なおも形を残す人型の本体だけが両腕で頭を抱え、のたうち回っていた。
その様を傍観していた―――逃げようにもトドメを刺そうにも体力が残っていない、小町はあっと声を上げた。
―――シニタクナ
重油のような汚泥の中から現れたのは果たして、一人の女だった。
枯れ木のようにやせこけ、長年風雨にされされたような肌を持ち、未だ汚汁にまみれた髪は干からびた海藻のよう。それでも触手の中身は女―――老婆と言えるような女だった。
救いを求めるように小町に向けて腕を差しのばす―――老婆。
―――シニタクナイシニタクナイシニタクナイシニタクナイシニタクナイシニタクナイシニタクナイシニタクナイシニタクナイシニタクナイ
その時、触手が、いや、この老婆が必死に何を呟いていたのか、やっと小町は理解した。
死にたくない。
生き物として当たり前のことをこの老婆はずっと、化物に身をやつしながらも呟いていたのだ。
いや、それだけではない。
―――シニタクナイオイサラバエタクナイクサリタクナイキレイデイタイノドガカレルノハイヤダカラダガクサクナルノハイヤダメガアカナクナルノモイヤダああシニタクナイ
呪詛のように、自らの身体の老廃から逃れたいのだと、老女は懇願していた。それは神ならざる者が永劫に求め続ける欲望でもあった。
―――ヨコセカラダヲヨコセカミノカラダヲ、マエノハダメダッタ、オトコダッタカラダ、オンナノオマエナラツカエル、ヨコセヨコセヨコセヨコセ
ずりずり、と膝をすりながら小町にゆっくりと近づいてくる老女。
成る程、小町を蹂躙しつつ、その身体に溜まったもの―――消化中の食物や尿や便を無理矢理にかきだしていたのは、なるべく綺麗な身体を手に入れたかったからか。綺麗な身体を手に入れて、それで中身…魂が入れ替えれるものなのかどうかは別として。
その生への執着、清らかな美への盲信、老いてなお心に帯びる傲慢さに小町は覚えがあった。そうして、この老方も。いや、これが、この老婆が誰なのかさえ、小町には思い当たる節があった。
「やれやれ、いつぞやか、私は船頭でお迎えは管轄外って言ったんだけれどね…」
近づいてくる老婆の首を小町は手にした鎌で刎ねた。
こうなっては禅問答で死期を悟らせることもできない。
その為に直死たる鎌をお迎えの死神は持っているのだ。
『天 人 の 五 衰』
ごろりと床の上に転がった首は老いさらばえた天人のもの。
かつて幻想郷に自身騒ぎを起こした総領事の娘のものだった。
END
昼飯にカレー食べてる時に思いつき、
梅酒のお湯割をコーヒーカップで呑みつつ書き上げました。
因みに晩飯もカレーです
>>10/04/21追記
コメントありがてゐございます。皆様のコメントとお酒が主食です、割にマジで。
8さま>>
小町はこの後、一命を取り留めるものの、片腕の麻痺、眼球の消失、それとPTSDを患い、渡し守の仕事を続けられなくなり、自主退社します。けれど、いまいち福利厚生のしっかりしていない獄府がだす障害者年金は微々たるものでとても暮らしていけません。
ああ、明日からどうやって生きていこう、と黄昏に悩む小町の所へかつての上司であった映姫が現れます。
「す、澄むところに困っているのでしたら私の家に来ませんか…
いえ、その一緒に住もうとか私が養ってあげようとかそういうのではなくて…そう、ちょうど、家政婦を捜していたのですよ。少しぐらい身体が不自由でも簡単な家事ぐらいはできるでしょう。
どうです小町。悪い話じゃないと思うんですけれど…」
ゲラ渡りに舟と二つ返事で映姫の家に転がり込む小町。
こうして二人は幸せに末永く暮らしましたと…
などと言うと思ったのか!愚か者め!
最初こそ互いに譲渡しあって生活していた二人。けれど、その間にはいつしか大きな溝が出来上がり、そこに憎悪という名の泥が堪るのにはさほど時間はようしなかった…
そうして、つまった排水口が汚濁をあふれ出すように二人の共同生活に穢らわしいものが降り注ぐ…ッ!
っー話を考えました、今なう。
ゆかりん18さいの誕生日の後にでも書こうと思います。では、よしなしに。
sako
作品情報
作品集:
14
投稿日時:
2010/04/16 16:32:09
更新日時:
2010/04/21 23:52:27
分類
小町
死神
触手
それから、長い月日が経って
悲しい末路ですね。
哀しい話だねぇ。
さしもの地獄の死神も太刀打ちできなかったんですね、わかります
・・・けど、天子って既に五衰の一つ、不楽本座になっている気が
もし、天子が生きる意味を見出せていればこうはならなかったのでしょうか。
普通の感性持ってるのに切り替えさっぱりしてて、実質伴ってないけど謎のカリスマがあって
とても良い作品でした。
「強い」小町、好みです。
何の努力もしないで享楽を貪っていた天子ちゃんでは最期に違いが出てしまいましたか
しかし天人が不老不死なのは迎えに来る死神を返り討ちにし続けることによるという話もありますからある意味正しいことなのでしょうか
自分には最後まで相手の正体がわからなかったのでsakoさんの文章にどっぷり引き込まれてしまいました