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『或る烏天狗の欺罔』 作者: 山蜥蜴
※所謂新参で御座います。
※色々と初めてなので至らぬ点ばかりでしょうが、読んで頂ければ幸いです。
※至らな過ぎるという所や、感想があったりしたらコメントを頂ければ欣快。
「……っ………うぅ…」
ゆっくりと眼を開く。
体中、特に右脚と左腕が酷く痛む。
背が冷たい・・・自分はどうやら浅い水の中に仰向けに倒れているようだ。
眼だけを動かし周囲を確認する。
紅葉した森、川岸、浅瀬、夕暮れ、霧雨。
そして小さく滝の音が聞こえる。
あぁ、思い出した。
博麗の巫女、並びに黒白の魔女の襲撃が在ったのだ。
私は彼女等の襲来時、偶然と或る大天狗様の警護を申し付けられ隊を離れていた。
大天狗様の警護を仰せ付かった時から、何か嫌な予感はしていたのだ。
そうで無ければ麓で豊穣神様達と争っている頃には、私は隊を率いて迎撃に当れていた筈だった。
…そうだったとしても、博麗の巫女に勝て無かっただろう事は認めよう。
だが、それでも隊を組み計画的に戦闘を始められていれば、少なくとも「撤退」が出来ただろう。
だが実際は私が不在だった為、不意打ち同然の襲撃を受けた隊は、私が取る物も取らず駆けつけた時既に壊滅状態。
僅かに生き残った者達で鴉に変化した上で散開し強行退却を試みたが、あの巫女の追尾護符から何人逃れられただろうか?
私は結局それまでに負っていた傷のせいもあり、黒白魔女の魔法の炸裂弾―ミサイルとか言った気がする―の爆風を至近に受け……それ以降の記憶が無いが、恐らく滝に落ち今引っ掛っているこの川辺まで流されてきたのだろう。
せめて一人でも帰還し上役に報告してくれている事を願うが…。
痛む腕に目をやると、薄紫に妖しく輝く針───全長は5、6寸、太さは革細工用の物位───が無数に突き立っていた。
ざっと見た所、指や掌に4,5本、前腕に12,3本、上腕部16,7本といった所だろうか。
その内5,6本は腕を完全に貫いている・・・右脚もきっと似たような状態だろうと思うと吐き気がしてきた。
他にも魔女の炸裂弾の破片か何かで切れたのか、左肩がパックリと裂け、赤い肉と深さ的に骨では
無い白い何か・・・脂肪か筋か何かだろうか?覗き、血と薄黄色い体液が滲んでいた。
他にも細かい裂傷や打撲は数えれば切りが無いように思える。
ともかくこのまま川に浸かっている訳にも行かないだろう、水中では止まる血も止らない。
何とかまともに動いてくれた右腕と左脚だけで川辺の木陰まで這いずっていく。
這いずる途中で刺さったままの針が草や石に引っ掛る度に息が止る様な鋭い痛みが腕や脚の中心、骨や神経に直接走る。
「・・・ぎぃっ!・・・っ!・・・・・・っぅ・・・」
普段感ずるのとは違った表層からではなく直接体の髄を刺激する痛み───以前に一度、折れた歯の治療をした時に
歯神経に直接触れられた痛みがこんな感じだった───が何とか地面に触れまいと上げている手足が
ちょっと油断して下がる度に腕を、脚を責め苛む。
「・・・っか、はぁ・・・ふぅ・・・・・・ぐぅ・・・」
木陰に辿り着くまで僅か2間(1間=2m弱)かそこらだったが、その距離移動するだけで息は切れ、頭痛がした。
何とか木の根元まで辿り着き背を幹に預け一息付くと腰の後ろに横向きに着けた剣鉈を抜いた。
この剣鉈は哨戒部隊に配属されたばかりの頃から使い続けて居る物で、武器とは別に山を歩く時の必需品として何時も携帯している。
哨戒部隊に配属された時に当時の貯えの殆どを使って、或る河童の刀鍛冶から買った物で何時も剃刀の様な切れ味を保っていた。
その鹿の角で作られた柄の頭を捻ると、螺旋式の隠し蓋になっている柄頭が外れた。
柄頭の裏側には細い竹筒がはめ込まれていて、中には止血剤の軟膏が入れてあった。
又、柄の中は空洞になっており、釣り糸や針、数本の黄燐燐寸、それと・・・丸められた札が1枚入っていた。
札・・・スペルカードを取り出し眺める。
『狗符「レイビーズバイト」』
大天狗様の警護で私はあくまで千里眼を生かした脅威の早期発見のみが役割で、実際の戦闘は
もっと上位の武装木の葉天狗達の仕事で在った為、スペルカードも剣も盾も持っていかなかった。
だから滝に駆け付けた時は殆ど空身で、巫女達と戦った時の大剣と盾は斃れていた仲間から拝借した物だ。
ただ、この1枚だけは何時も鉈の柄に隠し持っていたのだが結局はそれも使えずに終った。
出会い頭に無数の針を撃ち込まれ───しかもその針は分厚い金属の盾を易々と貫く癖に、肉に刺さるなり勢いを失い
現に今私の手脚を針山のようにしている───その上魔女の極大の光線に焼かれ───幸い此方は盾で有る程度の防御
に成功した───その後は最初に言った通り、撤退を試みるも・・・。
スペルカードをぐしゃりと握り潰し投げ捨てようと振り被るが、そうするのも空しくなり溜息を付くと懐に押し込んだ。
どうにも納得のいかない、例えるなら急いで出なくては成らない時に限って服に朝食を零して感じるイラ付きに似た感覚。
まぁ良い、いや、良くは無いが今は止血だ。
上に着ている物を脱ぎサラシだけになると、改めて傷の様子を見る。
右足は服を貫いて針だらけの為、脱いで調べるには先ず太腿から脛まで27,8本は刺さっている針
を全て抜くか服を裂かねばなるまいが出血は少ないようだ。
それに比べて左肩の裂傷からの出血は酷い。
出血の勢いは無いがダラダラと黒ずんだ赤い液体が流れて止る気配が無い。
静脈、(橈側皮静脈か?)からの出血と判断、圧迫止血を・・・したいが回りに刺さった針が邪魔で出来そうにない。
「・・・ちっ」
舌打ちを一つすると、肩に突き立っている針の一つを摘む。
摘むだけで背筋に冷たいものが走るが、そのまま指先に力を加え一気に引き抜く。
「〜〜っっっ!!」
食いしばった奥歯が軋む。
抜いた針の上半分は相変わらず薄紫の輝きをぼんやりと放っていたが、肉に埋もれていた部分は
私の血でテラテラと赤黒く、霧雨煙る薄暗い夕日に反射している。
「・・・こんな物っ・・・・・・!」
抜いた針を投げ捨てると、涙で滲む視界で次の針を見つけ、摘み、引く。
「・・・・・・ぎっ・・・いぃっ・・・っ!」
何か、触ってはいけない神経か何かに触れてしまった様な気すらしたが、針を全て抜いて止血せねば
いずれ失血死するのみだと言い聞かせ、途中で一度止った手を強引に動かし引き抜いた。
「うっ・・・く、えぇぇ・・・・・・け、かはっ・・・!」
3本目の針───骨に喰い込んでいたらしい───に指をかけた時急激に吐き気が込み上げて来て思わず横の草地に嘔吐した。
吐瀉物は警護中に空いた短い休憩時で昼食に摂った、鹿肉の燻製と干芋の消化されかけた物が少し。
忙しくて余り食べられなかったのが幸いだったか、と皮肉な笑みを浮かべてみるが、すぐに腕の痛みでそれも消える。
剣鉈の鞘に巻いてある長く幅広の革紐を解き2,3回巻いて纏めると奥歯に噛締め、一度頬を叩き、左腕を針山から脱却する作業に戻る。
結局左腕がまともに止血出来るように成るまでに2度気を失いかけ、3度嘔吐──と言っても最早胃液すら出なかった──した。
涙だか汗だか解らない物で歪む視界で、胸に巻いたサラシを解くと剣鉈で裂き左肩の裂傷にきつく巻きつける。
更に静脈出血なので肩の末梢側・・・肘の手前辺りを革紐を半分ほど切って縛り、小枝を挟みきつく捻った上で固定した。
残りの革紐を噛み直し、今度は脚の針を抜きにかかる・・・。
「・・・うっぅ・・・あぁぁ・・・・・・」
茫然自失、というのは今の自分の様な状態を言うのだろう、と他人事の様に考える。
脚に目をやると針は全部抜けて当りの草の上に捨てられていた。
正直な話、脚の針を抜きに掛かってから最初の数本以降の記憶が何も無い。
自我を保つ為の機能だろうか、便利に出来ている物だ、とこれまた他人事の様に考えながら袴を脱ぎ再びサラシを裂き被覆する。
上下の着物を着なおし──サラシはもう無かったが──木の幹に靠れ深呼吸をしてみる。
何やら仕事をやり終えた様な充足感が在り何となくホッとした様な気になり掛けるが直に自分を戒める。
「何も安心出来る状態じゃ、ない・・・。ただ、さっきまでよりちょっと死に難くなった、だけなんだ。」
霧雨の降り続ける夕暮れの森、滝の音のする方へ目をやる。
・・・どうなっているだろう。
巫女は何処に向かっていたのだろう?
最近図々しくも山の上に勝手に転移してきたあの忌々しい「神社」へ向かったのなら良いのだが、
もしも天狗の里へ向かったのでは、と思うと寒気が走る・・・。
だが冷静に考えてみれば今、巫女が事件を何も起こしていない天狗の里へ攻め入る理由は無いのだから、
神社へ向かったとみて間違いないだろう、その点は一先ず安心出来る。
だがそうとなると自分や隊の者は神社のせいで傷ついた事になる。
勝手に山へ神社と湖ごと越してきて、神を名乗り(実際に神では在るのだが・・・)信仰しろ等と宣給う、
あの巫山戯た奴等のせいで。
「・・・くそっ!」
思わず右手に持った剣鉈を木の根に突き刺す。
こんな事ならば巫女が来る前に、私が主張していた様に我々白狼天狗や武装木の葉天狗で
神社を墜としてしまえば良かったのだ。
当然神と遣り合えば此方にも大きな被害が在るに違いないが、手を拱いて結局巫女に攻められ被害を出した挙句、
「外部」の巫女に山の「内部」の問題を解決されるような屈辱よりは幾分マシだ。
「・・・やりきれない。」
そう呟いて目を閉じる。
どうせこの脚では歩けないし、巫女の妖しげな針の影響だろう妖力もまともに出せやしない。
脚が少し癒えるか救助が来るまでどうせ身動きが取れないのだ。
そう思った時、
パシャリ
樹上で何かが発光するのを閉じた瞼越しに感じ、同時に耳も何かの作動音を捕らえた。
「何者だ!」
木の根に刺して在った剣鉈を引き抜き構え、背を木に押し当てながら無理矢理立ち上がる。
「おぉ、怖い怖い。そんなに殺気を向けないで下さいよ。助けに来てあげたんですから。」
怖い怖いと言いながら全く恐怖を感じさせない声で喋りながら木から飛び降りてきたのは確かに天狗仲間であった。
漆黒の翼、と朱の兜布に一本歯の高下駄。
烏天狗だ・・・どうも私は彼等を好きになれない。
本気を出せば強い癖に余裕ぶって態と早期に勝負を降りたり、賢さと知恵は美徳だがそれもひけらかせば嫌味でしかない。
何より訳知り顔で新聞を発行し他所様の醜聞をばら撒き悦に入っている者が多い。
僅かながら謙虚、殊勝な者も居なくは無いが、全体的に傲慢さが特徴の天狗達の中でも彼等の態度は鼻に付く。
そして今私の目の前に居る烏天狗、確か射命丸・・・そう、射命丸 文と言った。
この烏天狗は私の知る限り烏天狗の悪い特徴の顕現のような者で、尚更に始末が悪い事に能力も秀でていた。
以前白狼哨戒部隊の取材と称し付き纏って来た事が在ったが、任務の邪魔だとまともに取り合わなかった事が在るのだ。
「・・・・・・烏天狗・・・様?烏天狗様が直々に私の様な者の救助に?」
構えていた剣鉈を降しはしたが、手に握ったまま問いかけてみた。
「何々、趣味と実益・・・と言ってはちょっと語弊が在りますが、私は偶然あの巫女と面識があったのでこの件を任されてて取材も兼ねてまして。
『白狼哨戒部隊、博麗の巫女に急襲さる!部隊長犬走椛、奇跡の生還!』ってね。明日の朝刊の一面ですよ?」
爽やかな、と形容するに足る笑顔を此方に向けながら平然とそう言う。
哨戒部隊が1個小隊壊滅した事件をまるで『この間の休暇はどうでしたか』とでも訊く様な調子で。
あぁこれだから烏天狗は・・・。
何故本人を目の前にこういう事が言えるのだろう?「事故」死した隊員の遺族の事は考えないのだろうか?
怒りより嫌悪が優り思わず溜息が出る。
「あややや、そんな露骨に嫌そうな顔しないで下さいよ、隊長さん。ほら、手をお取なさい、一っ飛びですよ。」
そう言うと彼女は手帳を仕舞い、手を差し伸べた。
「・・・結構、です。烏天狗様。御配慮感謝致します。・・・進むべき方向だけ御教え頂けますか?」
私はそう言い剣鉈を鞘に収めるとよろよろ木から離れ自立する。
が、数歩歩いた所で右脚の力が抜けよろけてしまう。
「ほらほら、無理しないで下さい。貴方に死なれたら朝刊の『生還』ってのを書き直さなきゃならなくなってしまいますから。」
相変わらず営業用の「爽やかな」笑みを浮かべた烏天狗はよろけた私を軽々と抱き抱え、暮れなずむ空に飛び立った。
正直な所、烏天狗に抱き抱えられて余り愉快な気分では無かった物の「助かった」という安堵は大きかった。
その安堵に思わず今までの緊張が切れ意識を手放しかけた時烏天狗が話しかけてきた。
「先程言った取材、良いですかね。」
こんなに傷だらけで血塗れの者を相手になんて奴だ、貴様の助け等要らぬ、取材なんて糞喰らえ。
そう言ってしまいたい誘惑は強かったが、この高さからでは万が一この烏天狗が私を抱く手を緩めただけで墜落死は免れないだろう。
「・・・烏天狗様の御自由に・・・どうぞ。」
と呟く。
「では、自由に。えぇと、先ず貴方は今日は偶然或る大天狗様の警護を仰せ付かって部隊を離れていたんですよね?
それで襲撃の知らせを受け、装備を全く持たないまま現場に駆け付けた。」
「・・・はい。」
「それで・・・巫女達の襲撃ルートは・・・偶然にも滝の所でしたね。あそこは確か守り難いという話を前に聞いた事がありますが?」
「・・・ええ。遮蔽が極端に少なくて・・・。」
「巫女達はやはりあの後神社に向かったのですが・・・確か犬走椛さんは以前から神社に対して強硬な意見を持っていましたね?」
「・・・?・・・まぁ」
何だ?違和感がある。
「ふふ、そういえば以前取材をお願いした時もそんな気の無い返事ばかりで、挙句にきっぱりと邪魔だ、と断られてしまいましたね。」
「・・・。」
何が言いたい?この烏天狗は一体・・・。
言い様の無い気味悪さを感じ、閉じていた目を開き顔を窺う。
烏天狗は相変わらず笑顔だが、その性質が先程までと少し違う。
「では、整理すると・・・
『偶然』貴方に取材を無碍に断られた私が担当しているこの案件で、
『偶然』貴方の部隊が、
『偶然』守り難い滝を守っている時に、
『偶然』巫女達が滝を狙って攻めてきて、
『偶然』貴方は部隊を離れていて急行時に丸腰だった。
という事ですね。」
「っ!」
納得。
引っ掛りが外れ綺麗に違和感が収まった。
「ふふふ、おっと、鉈に手をかけたりしたら直に落としますよ?元から死んでいた事にすれば良いだけですし。
・・・というか天魔様から直々にこの作戦を任されているので、どうとでもなるのですがね。」
鉈に伸ばしかけた手がびくり、と停まる。
落とす、と脅されたからではない。
天魔様が・・・?
今や爽やかさとは程遠い邪悪な、しかし心から、という意味では純真な笑みを浮かべている。
「何が何やら解らない、と言った顔ですね。良いですよ。教えてあげましょう。真実を伝えるのが記者の役目です。
貴方の部隊が生贄に選ばれたのは私が推したから、というのも勿論有りますが、元より貴方を中心に強硬に神社の排斥
を主張していた下っ端連中が邪魔だったんですよ、『上』にとって。
貴方達は神社を倒してしまおう、と考えて居たようですが『上』はもっと利巧に事を運びたいと思った。
神社の神達は中々に強力、邪魔では在るけれど、もし貸しを作れたら便利じゃないか、と。」
「烏天狗・・・様・・・!それで巫女がっ・・・」
「そう!察しが良いですね、正解です。・・・賢い子には後でご褒美をあげましょう。
山に突然割り込んで来た神社に制裁を加え、
我等天狗と神社の関係は悪化させず寧ろ貸しを作り、
内部の煩い下っ端達を取り除き、
他には被害を出さない。
この矛盾だらけの希望を叶える方法なんてあるのでしょうか?
はい、そこで博麗の登場です。」
「滝の・・・当日の・・・守りが薄いのを巫女に流して・・・っ」
「そうです。幾つか情報を渡して巫女・・・公正で圧倒的な暴力に『異変』を『解決』して貰う。
行き成り信仰集めに躓いた神社に、『神社の巻き添え』で同胞を失ったというのに我等天狗が紳士的に信仰しましょう、と近寄る。
外から来た御人好しの神達はその信仰を受け入れ何とか神格を保つ、がそれが最後!
妖怪の山に神社がある時点で既に0からでは無く、マイナスからのスタート!
なのにその上天狗達に信仰されれば人間達は気味悪がりまず信仰しないでしょう?
となれば、今後も我等天狗の信仰にあの神社は頼らざるを得なくなる。
ふふふ、これで都合の良い操り人形・・・いや神形というべきですかね?の一丁上がりという訳ですよ。」
「・・・っ」
言葉も無い。
周到に練られた計画だった。
・・・しかしここで疑問が現出する。
「何故・・・私、を殺さないのです、か?」
「ふふふ、さっき言ったでしょう?『賢い子には』ご褒美をあげる、と。・・・貴方は賢い子でしょう?それに・・・」
「・・・賢い?間抜けと言われるよりは良い、ですが・・・
・・・ですが、私はこの手に武器が在って不義に対しそれを振り下ろすのを我慢出来るほど賢く無いぞ、射命丸文。」
「・・・?椛、貴方何を言って」
「狗符『レイビーズバイト』っ!!」
懐から血と霧雨でグシャグシャになったスペルカードを掴み出し振りかざす。
「っ!!丸腰なんじゃ・・・っ!!!」
烏天狗は思わず私から手を離すが今更遅い。
様を見ろ烏天狗め。
余裕を、喉を見せるから噛み付かれるのだ。
烏天狗は完全に私が丸腰だと油断していたようで、高速で迫る巨大な牙の並ぶ顎門に一瞬硬直してしまっていた。
致命的、その一瞬が致命的だ。
もう、遅い。
貴様が最速だろうともう、遅い。
巨大な顎門から逃れようと烏天狗が何かスペルを唱え、此方に向かって予想外の急加速をするのを見ながら
私の体は遥か下方の森へと落下していき、同時に意識も奈落へと落ちていった。
「……っ………うぅ…」
ゆっくりと眼を開く。
体中、特に右脚と左腕がじわりと痛む。
体が温かい・・・自分はどうやら布団の中に仰向けに寝かされているようだ。
眼だけを動かし周囲を確認する。
日本家屋の屋内、板張りの天井、灯の燈った行灯、雪見障子。
そして小さく、廊下を近づいてくる足音が聞こえる。
?・・・思い出せない。
烏天狗にスペルを使用し、墜落死したんじゃ・・・?
障子が開き一番会いたくない顔が覘く。
「目を覚ましましたか。」
相変わらず余裕ぶった気に食わない口調だが彼女も包帯まみれで、そこかしこに血が滲んでいる。
「あのスペルのタイミング、やっぱり貴方は『賢い子』ですよ。スペルを使用して加速しなければ私の速度でも危なかった。
ただ、落下する貴方を回収して、尚且つ全く被弾しない、というのは少し難しくてですね。」
この烏天狗は一体何を言っている?
あの状況から逃れ、自分を助けた?
「・・・私を見殺しにしなかったとは・・・・・・射命丸様は余り『賢く』無いのでは?」
「あややや、それはひどい。折角傷だらけになって助けたというのに。
まぁ良いでしょう、復讐だのなんだの色々と思う所は在るでしょうが先ずは体を休めなさい。
では、私は締め切りが近いのでこれで。」
「・・・。」
射命丸は部屋から出、障子を閉め廊下を足音が遠ざかっていった。
布団から包帯を巻かれた左手を出して翳して見る。
握って、開く。
握って、開く。
「・・・生きている。」
なんだか力が抜けてしまい、癪だが今は射命丸の言う通りに休む事にし、目を閉じた。
「あぁ、心身共に疲れますね人を騙すのは。そう思いませんか?」
射命丸は椛の寝ている部屋を出ると客間で座禅を組んでいた
黒装束の大柄な木の葉天狗に話しかけた。
大柄な木の葉天狗はその質問には答えず、こう聞き返した。
「・・・あの白狼天狗の娘は?」
「大人しく寝ています。」
少ししてから大柄な木の葉天狗はもう一つ質問をした。
「そうか。・・・お前が自分が憎まれ役になるから、とまで言って
あの娘一人助けたのは何故だ?」
「ええ・・・と。勿論自己満足です。神社に不信感を抱かせない為とはいえ・・・
同胞が数十人も巫女に墜とされるよう仕向けたので寝覚めが悪くてですね。
・・・数年前に取材した時、あの白狼天狗・・・椛は私の取材を断ったんです、きっぱり。
初めてでしたよ断られたの。大抵の格下の天狗は少しでも機嫌を取っておこうと喜んで、
と言いながら、下心丸見えで取材を受けてくれるんですがね。
彼女は、仕事の邪魔です、と実直に馬鹿正直に断りました。
少し、その真直ぐさが眩しくて、ですね・・・。」
「・・・。まだお前も青いな。まぁ良い、面倒が起こらぬ様に、な。」
大柄な木の葉天狗は少しの沈黙の後、立ち上がり射命丸の家を後にした。
木の葉天狗を見送った後、自室に戻り机につくと、机上の白紙の原稿を見やる。
「・・・さぁてと。どうしたもんですか、ねぇ・・・」
射命丸は目を瞑りそう呟いたが、それが椛の事なのか、それともただ目の前の原稿の事なのかそれは本人にしか判らない。
●後書
以前コメント欄に書きましたが、コメ数が水増しになってしまうので、そちらを消してこちらに移動します。
■2010/04/21 18:38:24
コメント誠に有難う御座います。
頂けると大変励みになります。
●犬走 椛
彼女が風神の時にスペカが一枚も無かったのに理由を付けてみよう、とお話を考え始めました。
ダブルスポイラーで文が「烏天狗を見下している様に見える」とか何とか椛の事を言ってたと、聞いたので椛には文の第一印象(というか第二も?)最悪にしてみました。
●射命丸 文
マスゴミかと思わせておいて、逆恨みビッチ丸と臭わせ、(そこそこ)清く正しい射命丸。
妖怪の山は色々とヒエラルキーだの政治だのが在ってエグいのが堪りませんね!
■2010/05/16 16:30
>>6さん
ブレイブルーは残念ながら全く存じ上げないのですorz
例えを解す事が出来ず申し訳無い…。
>>7さん
ド新参も良い所で、ファン達もすなるSSといふものを、私もしてみむとてするなり。といった所で、排水口、東方に限らずSSを書いた事自体無い始末っ!
仲が良いのは言わば普通ですが、悪いと理由が在る筈なので色々と妄想が広がりますよね。
>>8さん
椛本人にとっては今の所、良い話どころか、嵌められて部隊壊滅、その上何か理由が在るのは察せられるものの何故か嵌めた張本人に命を救われたという状況ですけれどねw
しかし、きっとこの文なら上手い事やってイイハナシにしてくれる事でしょう。
>>9さん
椛が被害者、文がこんな立位置の理由を矛盾無く、と考えている内に天狗上層部が真っ黒にw
個人的に椛は不義を嫌う真面目(過ぎる位)な子だと可愛いなぁなんて思いまして。
ガラの悪い、無口、やくざ等々の椛も大好物ですけれど!
文は全てを救えると幻想したりしない大人なキャラだと渋いと個人的に思っております。
汚く正しい、というか必要悪といった物を認めては居るけれども、完全に割り切れる程腐っちゃいない様な。
>>マジックフレークスさん
あとがきに分け三人称で書けば、裏話や後日談的、椛の知らない処での話、風な雰囲気になるんじゃ無かろうか、と思い分けてみました。
多く書かれている貴方に味が在ると言って頂けて小躍りして喜んで居りますw
又、至らない点が無いと言って頂けた事には大踊りして喜びそうです。
ですが、例えばこうして、コメ返しに慣れていないせいで後書が冗長になってしまっていたりするのでその辺等々精進します!
■2010/05/24 03:27
>>11さん
傷や痛みの描写に余り自信が無かった物で、お褒め頂き胸を撫で下ろしております。
物語上、致命傷には出来ないので派手さは無理でも代わりにエグめに、と思い『自分で痛い事をしなくてはならない状況』→『応急手当だ!』という訳で針山になって貰いました。
霊夢の針はきっとAPFSDS並の貫徹力とHP弾並の停滞性を持っているに相違無いです。
山蜥蜴
- 作品情報
- 作品集:
- 14
- 投稿日時:
- 2010/04/20 09:17:20
- 更新日時:
- 2010/09/17 01:55:21
- 分類
- 犬走
- 椛
- 射命丸
- 文
- 風神録
- 陰謀物?
そして、この文と椛の関係も良いですね。
社会を形成してるからこその暗部とか歪みとかね!
捕まえたんだと思い込んでいた
公式の仲悪い設定にこんな裏があったかと思わせる話が良かったですよ。
社会の裏的な話にもゾクゾクするし筋を通そうとする椛もかっこいい
そしてなにより射命丸がいい味出してる
全部本文にするよりもすごく味があります
読み終えてから最初の部分を再度確認しましたが至らない点など微塵も見出せませんでしたよ
巫女もひでえことしやがる。
半身に大量の針がささった椛かわいいよ