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『さとり「妹が欲しいわ」』 作者: 黒崎文太
私には家族がいない。
物心ついた時には、私の周りには既に誰もいなかった。
私は心を読む程度の能力を持っている。
「読む」と言っても、自分の意志で読むのではなく、相手の思っていることが、滝のように私の頭に流れ込んでくるのだ。
他人は羨ましい能力だと言う。
相手の本心が分かるため、その人物が信用できるかを見極めるのに役立つからだと、浅慮に満ちた空想をしている。
その間に彼女たちが心の中で、無意識に、私の短い腕に好奇や嘲笑の意識を向けていることに気付かずに。
本心が見えるのは辛い。
上辺だけの付き合いは良くないと人は言うが、上辺を取り繕った者同士の付き合いのほうが余程円滑であるのは明らかである。
事実、上辺を取り繕わず、自分の本心を曝け出しながら、その通りに振舞っていた鬼たちは山の妖怪に忌み嫌われ、幻想郷を追放された。
私は動物を飼った。
動物は妖怪のような、読むことが出来るほどの複雑な心を持っていないからだ。
動物たちは私の家族同様に大切な存在となった。
だが、所詮は動物に過ぎない。
私は家族が欲しかった。
正確には、家族ではない。
心が読めるという苦しみを理解でき、共有できる仲間が欲しかった。
私は動物たちを残して穴倉を出た。
◆◆◆
集落の裏山には妖怪が住んでいる。
その妖怪は幼い少女のような外見をしているが、膂力は大人の男が百人でかかっても太刀打ち出来ないほど強く、知能も諸子百家を残らず感服させるほど深いという。
妖怪は名を「さとり」と言い、裏山に登る男を襲うのだ。
初めて「さとり」の存在が知られてから今までの間に、集落の男は半分に減っていた。
さとりに襲われる危険はあっても、食料や燃料を採取するために私達は裏山に登らなければならないのだ。
この集落はさとりの食卓であり、食料庫であった。
そもそもが人間の里を追い出された爪弾き者によって作られたこの集落は、険しい環境に囲まれていた。
東へ行けば吸血鬼に血を吸い尽くされ、南へ行けば花の妖怪に向日葵の肥料にされ、西へ行けば生きたまま常世に落ち、北へ行けば竹林の宇宙人に捕らえられ、実験材料となる。
四者の勢力圏から絶妙に外れたこの場所に集落を築くまで、私の仲間は次々と命を落としていった。
だが、ついに私達は生き延び、この安息の地を見つけたのだった。
それが今、さとりによって食い物にされ、しゃぶり尽くされようとしていた。
私達は決起した。
おそらく私達の力を合わせてもさとりには勝てないが、このまま死ぬくらいなら一矢報いて見せたかった。
武器を手に取り、私達は裏山に登った。
◆◆◆
妹の名前は「こいし」に決めている。
山中を歩いていると、明確な敵意を持った集団が近づいてくるのが分かった。
私が襲っていた集落の者たちだと、即座に理解した。
急いで駆け出し、そこにたどり着くと、果たして私の予想通りの集団が私を殺そうとそこに立っていた。
私は安心した。
たとえ敵意であろうと、私の予想していた通りの本音を私に向けていたからだ。
私が妖力を開放してみせると、抵抗の術を持たない彼らはあっけなく、残らず気絶した。
倒れている男たちを車に乗せて石牢の洞窟に運び、私は穴倉に帰った。
女は殺した。
◆◆◆
気がつくと、私は狭い石牢に閉じ込められていた。
質素な料理が、質素な皿に盛られていた。
幼い少女が格子を開けて入ってきた。
さとりだった。
私は死を覚悟した。
だが、さとりは私に優しく微笑み、足元の皿を差し出した。
「食べなさい」
それは何気なく放たれたような一言でありながら、有無を言わせない迫力に満ちていた。
私は何も考えられずに皿の料理を食べた。
さとりはそれを見届けると満足したのか、再び格子を開けて出て行った。
そうして数日が経った。
さとりは皿に料理を盛る他、もう一人の少女を連れて格子の向こう側を歩いていた。
さとりと色違いの服を着て、色違いの飾りを胸に着けていたから、彼女はさとりの妹か、それに準じる者に違いなかった。
さとりの妹は数回私の前を通るごとに、僅かながら表情が変わっていた。
断言は出来ないが、性格が少しずつ変わっているように見えた。
私は他にすることが何も無かったので、この二人の姿を見ることだけが楽しみだった。
ある日、さとりは血走った目で牢屋に押し入り、強引に私を突き倒した。
彼女は私を押さえつける一方で、自分のスカートをまさぐっていた。
さとりは数本の管が生えた紫色の球体を取り出し、服を剥ぎ取って私の胸に押し付けた。
球体が私の胸に触れた瞬間、それは生き物のようにビクリと脈動し、管が跳ねた。
跳ねた管の先端は意思を持っているように鋭く動き、私の身体に突き刺さった。
管は私の体内を、めしべを進む花粉管のように這い回った。
その先端から分泌される体液が私の身体を内側から犯していた。
やがて私の意識は遠のいていった……。
◆◆◆
私は今、石牢を出て自分のねぐらに向かっている。
集落の男たちはもう大分少なくなってきたが、あまり長い間心の声を聞き続けていると、やはり疲れてしまう。
次に彼らのところに行くのはまた明日だ。
◆◆◆
目を覚ますと、自分の体に異変が起きていることに気付いた。
今まで平坦な壁にしか見えなかった石壁が、その細かい亀裂の奥に詰まった砂粒まではっきりと見分けられる。
無音だと思っていたこの洞窟から、反響音や水音、動物の声が聞こえてくる。
やや涼しい他には何も無いと思っていたこの牢屋に、かすかな風が吹き込んでいるのが感じられる。
五感が明らかに鋭敏になっていた。
また、着ていた服が巨人のそれのように大きくなり、牢屋も広くなっていた。
それが間違いで、私の身体のほうが小さくなっていたと気付くのにはそう時間はかからなかった。
手を見ると、今まで自分が見慣れていた手は子供のように小さくなっていた。
身体の何かが服に触れていて気持ち悪かったので脱ぎ捨てると、昨日さとりによって埋め込まれた紫色の球体の管が、まるで私の身体から生えているかのように癒着していた。
そして股間を見下ろすと、陰毛の森から屹立しているはずの私のペニスが、一夜茸のように消え去っていた。
私の胸に直に響いてくるように聞こえる声があった。
『こいし、ちゃんと生きているかしら』
さとりの声だった。
視力の上がった目で闇の中を見ると、丁度さとりがこちらに向かって歩いてきていた。
私の顔を見たさとりは、まるで自分の家族を見るように笑い、私に抱きついてきた。
さとりの体は大きかった。
一体なぜさとりの態度はこうも変わったのだ?
少なくとも昨日までは、まるで家畜を飼っているような扱いだったのに。
『貴女が私の妹になれたからよ、こいし』
また、さとりによる胸に直に響く声がした。
この声は一体何なのだ?
それに、「こいし」というのは私のことを言っているのか?
『自分の胸を見てみなさい。 私の妹、こいし』
胸というのは、例の紫色の球体を指しているのだろう。
そう思って見てみると、球体の前面がぱっくりと割れ、中から水晶を磨いた様な瞳が見えていた。
さとりの球体は、眼球だったのだ。
さとりは手鏡を取り出し、私に見せた。
見たことも無い幼い少女が、きょとんとして私を見つめていた。
それが自分の顔だと気付くまで、今度はかなりの時間がかかった。
◆◆◆
「嫌だ……妖怪なんて……嫌だぁ……」
私は絶望して泣くこいしの手を取り、洞窟の外に出た。
向かう先は人間の里だが、こいしにしなければならないことがあるので、私達は先に自分の穴倉に行った。
こいしの涙を拭き、私は化粧道具を取り出した。
元々こいしの顔は整っているので、普通に考えれば今さら化粧を施す必要は無い。
つまり、普通じゃない化粧をするというわけだ。
私はこいしの顔を、なるべく醜く見せるように化粧した。
しかもこいしは泣いていたため、その涙と汗で化粧が程よく崩れてくれた。
◆◆◆
人間の里の様子は、私がいた頃と変わっていなかった。
そもそも、私はここを離れていた時期があったのだろうか?
そう錯覚させるほどであった。
ただ私の背が縮んでいたため、見慣れたそれとは少々違う様子で、やや不安を覚えた。
私達の姿は、知らない人間が見たら迷子の幼女に見えるという。
では、私達に手を差し伸べる者はいるのか?
答えは否だ。
人間は多かったが、私達に話しかける者はおらず、まるで私達が見えていないかのように通り過ぎていくばかりだった。
もし私がまだ人間だったなら何とも思わなかったのかもしれないが、今の私にはさとり妖怪としての第三の目がついていた。
彼らは私達に向かって嫌悪の声を、心内で発していた。
やれ腕が不自然に短い、やれ顔が溶けたように崩れて気持ち悪い、……。
私は衝撃を受けた。
人間とは、気に入らないものに対してはかくも残酷になれるのか?
偏見を持ってはいけない、相手の気持ちになって考え、誰にでも優しくしろと言った教育者が、心内では私達を嘲り笑い、同時に汚物を見るように嫌っている。
そして今、彼女は私達の前に立ち、優しく語りかけてきている。
その心では、私達に対する嫌悪と同時に、周囲に対して見栄を張る、いわゆる偽善者の振る舞いをしていた。
私が人間の里にいた頃に彼女の教えを受け、その人格を尊敬していただけに、衝撃的だった。
私は差し伸べられた彼女の手を払い、逃げ出した。
走って逃げる最中、ふとした弾みでバランスを崩し、運悪く水飲み場の上に転んだ。
そのせいかさとりの施した化粧が剥がれ落ち、水面に私の見慣れない顔が映っていた。
ずぶ濡れになった私にさとりと里の大人が近づいてきた。
大人は手ぬぐいをさとりに渡し、さとりが私の身体を拭き始めた。
その様子を彼はやや離れた地点から優しく眺めていた。
だが、私の第三の目は彼が心の中で私を思うがままに嬲っている様子を見せつけていた。
私は元の石牢に、再び閉じ込められた。
その夜、私は心労のあまり眠れなかった。
どうしてこんな思いを私がしなければならないのだ?
妖怪となった私の身体能力は優れているかもしれない。
だが、この第三の目を通して他人の心が否応無しに読めてしまうことが、唯一にして最も辛い部分だった。
無垢に信じていた人間の汚い中身を知ってしまい、知ることの恐怖を嫌というほど味わった。
今もあの時の様子を思い出すだけで吐き気がする。
心が読めなければ、こんな思いをして辛く生きていくことはないのに。
私は答えを見つけた。
暗中に下りた一条の陽光のように、私の進むべき方向を示していた。
この第三の目が全ての元凶だったのだ。
これさえなければ、私はもう人間の汚い心を見ることが出来なくなり、彼らを信頼して生きていくことができる。
集落は壊滅したが、妖怪の身体ならたとえ1人でも生きていくことに困りはしないだろう。
私は意を決し、服を脱いで左胸に付いた紫色の第三の目を握り締めた。
そして、明るい未来を切り開く為の痛みに耐えるため、脱いだ服の袖を噛み、歯を折らないようマウスピースを作った。
私は右手に力を込め、第三の目を引き抜いた。
◆◆◆
次の朝、私が石牢に着くと、こいしが裸で倒れていた。
こいしの傍らには手の形にひしゃげた紫色の球体――こいしの第三の目――と彼女の服が落ちていた。
死体の心は読めないが、私には分かった。
こいしは心を読む程度の能力に耐えかねて第三の目を引き抜いてしまい、さとり妖怪としての意味を失って絶命したのだ。
これで58人目だ。
だが石牢にはまだまだ素材は残っているし、彼らの持っていたような集落は幻想郷に点在している。
私は死体を捨て、理想の妹の姿を夢見ながら、新たな石牢に向かっていた。
もう死体を捨てるのにも疲れたので、その辺の雑用が欲しかった。
今度は猫車も作らなければならないだろう。
私の理想のこいしが出来るまでにはまだまだ時間がかかりそうだ。
作品情報
作品集:
14
投稿日時:
2010/04/20 13:36:26
更新日時:
2010/04/22 20:00:40
分類
さとり
こいし
TS
過去話っぽい
永琳は妖怪は人間と比べて増えにくいとか言ってたけどこんな増やし方ならそら増えにくいなw
彼女の妹はいつ完成するのか
いつものクレイジーさとは違う静かな狂気に黒崎さんの芸の広さを思い知った
運命のこいしちゃんに会えるといいね。
それだけ精神力が強くないといけないってことでしょうか。私には絶対無理・・・
それが良く分かるようなストーリーですね。
うらやましいです、こんなに読み入れる話が書けるなんて・・・。
ああ、妬ましい・・・。
そして人間の心が読めることの生きづらさがすごい出ていた