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『ストロベリィ』 作者: 飯
岡崎夢美は教授である。
若干18歳にして、比較物理学の教授である。
そんな彼女は正六面体になって崩れ落ちてしまうので、車いすで外に出ようということになった。
どうしてそこまでして外に出たがったのかといえば、きっと桜がきれいな季節だったからだろう。
「そういえば、この建物のすぐ前に、大きな桜の木があったわね」
そう言われてちゆりが外に目を向けると、その桜はまさに満開だった。
大きな枝いっぱいに花を咲かせて、あの下に行けばきっとすごいだろうな、と思わせるだけの迫力があった。外に出たいわ、外に行きましょう。ちゆり、お願いね。夢美は簡単にそう言った。
そうだなぁ、見せてあげたいな。ちゆりも、そう思った。
この研究室にいても、少し首をひねって窓の外を見れば、満開の桜を眺めることはできる。しかし、夢美が自ら首をひねったりなどすれば、たちまち首元からばらばらとサイコロ状に崩れてしまうので、そんなことはできなかった。それに、ちゆりが車いすを回転させて窓の方を向かせても良かったのだが、どうやら夢美は木の下から、空を覆う桜を見上げたいらしかった。
わがままなんだから、まったく。ちゆりは、唇の端から、甘い苦笑いをこぼした。
そうして二人は、そっと研究室を出た。
ちゆりは細心の注意を払って車いすを押すけれど、わずかな段差による振動で、どうしても夢美はぽろぽろと崩れてしまう。そのたびに、ちゆりは崩れた欠片を拾い集めて、ひとつひとつ元の位置に戻した。
エレベーターに乗ろうとした。ドアの部分の段差で、がたがた、がらがらと、夢美の右目と右肩が大きく崩れた。小さな正六面体は、隙間からエレベーターの下の空間へと落ちて行った。ちゆりはそれでも何とか欠片のほとんどを集める。
「もう、後でいいわよ」
集めた欠片をもとどおりに積み上げようとしたちゆりに、夢美はそう言った。
早く外へ出たいらしい。
そうか、とちゆりはため息のように答えた。そして左ポケットからビニール袋を引っ張り出して、そこに集めた欠片を入れた。
エレベーターから降りるとき。自動ドアの小さな段差。スロープの手前の、小さな引っかかり。
崩れるたびに、ちゆりは散らばった夢美のかけらを全て、見逃さないように注意しながら拾い集めていった。どうしても、進みは遅くなる。早く桜を見せてあげたい。ちゆりは夢美に、あの壮大な桜を見せてあげたかった。
そうして少しずつ移動してやっと、研究棟の前にある桜の木の下までやってきた。
そのときにはもう、夢美の上体はかなり崩れてしまっていて、そのままでは桜が見られそうもなかった。ちゆりはそれを改めて確認すると、小さく息を呑んだ。それでも怯まずにちゆりは、崩れた夢美のかけらをなんとか、元通りに積み上げて、完全な夢美のかたちに戻そうと思った。
ビニール袋に手を入れて、一掴みの、夢美のかけらを取り出す。そこから一つつまんで、どこに当てはまるのだろうと手を彷徨わせた。どこなのだろう、と崩れかけた夢美の周りをおろおろと回ってから、そのかけらが必ずしも、今残っている夢美のからだと繋がるとは限らないということに、ちゆりは気付いた。
ひっ、と、ちゆりの呼吸器が痙攣した。
一気に押し寄せた焦燥感に、ちゆりの視界が赤くかすむ。震える手で、それでもちゆりは、あれでもない、これでもない、とそれぞれのかけらを夢美にあてて確かめては、正しいかけらをまた探すという作業を繰り返す。
その進みは、あまりにも遅い。
焦燥に駆られて、冷静さを失うほどに、その難解なパズルは、さらに複雑さを増していく。
ちゆりは、肌色、髪の色の赤、カッターシャツの白、ベストの赤と、かろうじて色分けをしようとした。
しかしほとんどが、それらとはまた異なる赤を示していた。表皮の下に隠れている、動物の組織をむき出しにしていた。皮膚の下に隠れている、白い真皮。黄色くどろどろした脂肪、やや黄色がかった白い骨、そこに沿っている神経までが、そのままの形で、ブロックのなかに描かれていた。
ちゆりは、肌色の裏側にも、血肉の赤と、黄色い脂肪が見え隠れしているのを見た。背中を、きぃんと冷たいものが流れる。
数が、多すぎる。
いいや、考えたらだめだ。
髪の色の面を持つブロックを、組み立てようとする。髪の流れを見ることで、少しだけでも組み立てることができるかもしれない。ひとつひとつ、繋がるものを探して、組み合わせようとする。なかなか進まない。夢美の髪の香りがした。ほのかに甘いにおい。一体どこのシャンプーを使っているのだろう、とちゆりはいつも思っていた。繋がるものが、見つからない。風になびくと、さらさらとばらけて、綺麗だった赤い髪。その裏側には、、白い頭蓋骨が断面を見せている。
ふと、ちゆりは顔を上げた。
残ったブロックが目に入った。
一体どれだけあるのだろうか。色分けしてもなお、小さな山を築いている、夢美のかけら。
手元を見た。ちいさなかけらが一つ、手に収まっている。続きのピースは見つからない。たったひとつでさえ。
そして、崩れた夢美を見た。
うわあああああああ、という悲鳴が、ちゆりの声帯を震わせる。
視界には、美しく広がる桜の木。そして、崩れた上半身で、やはり満開の桜を見ることのできない岡崎教授がいた。
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岡崎夢美は教授である。
若干18歳にして、比較物理学の教授である。
それは彼女が、大学から帰宅する途中のことだった。
雨の中、細い路地裏に傘をさして立っていた。
青紫のチェックの靴下に、アスファルトの雨水がじくじくと染みているのが見てとれた。元々は白かったらしいその服は、薄汚れて灰色や茶色のような色になっている。その上に、すすけてくすんだ金色の髪が投げ出されていた。
夢美は、右手で傘をさし、左手で自転車のハンドルを握って、そこを通り過ぎようとしていた。
そんなときに見かけたその人物に対し、なんだろう、と彼女は思った。特に深いことは考えず、足元か口元まで視線を上げたとき、急に夢美はがらんどうの心臓をグリッとナイフの柄で押される感触がした。
ごしゅじんさま?
なんだろう。ぐるぐると視界が回転し始めているような気がする。からっぽのはずの心臓が、どきどきと暴れている感触がする。
雨のなか立っていた、彼女の真っ黒な瞳が、空っぽだった。瞳孔、瞳、それは穴があいていて、その中の暗いところを覗くから黒いのだという。確かに、その少女の目の中にあるのは空洞だった。真っ黒。
雨の日に靴下で外に出るのをやめて、という声がする。また変な声が聞こえる、と夢美は舌打ちをした。ちゆり? 誰だそれは。聞いたことのない名前だ。私は彼女に心臓をあげたはずなのだけれど。いいや差し出してすらいなかったから、かじって捨てた。
靴を履かずに道路に立つ彼女は、靴下に雨水がじくじくと染みているのが見てとれた。元々は白かったらしいそのセーラー服は、薄汚れて全体に灰色、あるいは茶色のような色になっている。その上に、すすけてくすんだ金色の髪が投げ出されていた。いつも二つにくくっていたはずの髪は、そのまま下ろされて、ところどころ雨に塗れていた。
その瞳が空っぽのまま、雨の中の虚空を見つめて浮いているのを、夢美はからっぽの心臓を痛めながら無視した。
汚らしい。視界に入ってくるだけで気分が悪くなる。ああいったものをフラフラと出歩かせないでほしい。
だれが?
「もうめんどくさいから、魔法とか教授とか助手とか、全部やめようぜ」
「そうね」
飯
作品情報
作品集:
15
投稿日時:
2010/04/24 10:14:54
更新日時:
2010/04/24 19:14:54
分類
東方夢時空
岡崎夢美
北白河ちゆり
今回も胸からこみ上げるなにかを感じさせる文章でした…。
よく分からないけどぞくぞくしました。
冲方丁の微睡みのセフィロトを思い出す分解っぷり。
人知できないxyzt軸以外の方向から切ったとか、そんな感じなのかな。