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『霊夢ちゃんが魔理沙を山に埋めるだけのSS』 作者: sako
ざく、ざく、ざく…
博麗神社の裏手の森。日も暮れ、鬱蒼と茂る森は闇に包まれていた。天蓋を覆う雨雲がその闇をいっそう色濃いものにしている。
星の瞬きも、月の輝きも雲壁の向こうに遠い。一寸先も見えぬ、肌にまとわりつくような闇の中、ぼうっと一つの光点が森の中に浮かび上がっていた。
人魂―――の類ではない。
燐ではなく油を燃やして生まれた暖色は人工の其れ。
けれど、この常とも思える闇の中にあってはその輝きも鬼火に見える。
うっすらと立篭める霧の中、淡い光りを放っているのはランタン。真鍮とガラスを組み合わせて出来たそれは松の枝に引っかけられ、辺りを照らしている。
山師か誰かの忘れ物ではないことはランタンを光源に雑木に影絵を作っている人物がいることから分かる。
ざく、ざく、ざく…
影絵は一つの動作を繰り返している。
ざく、ざく、ざく…
上下する身体。持ち上げる動作。時折、影が猫の様に飛ぶ。
ざく、ざく、ざく…
影の名前は博麗霊夢。
大振りの円匙を手に地面を掘っていた。
枝葉を伝わって落ちてくる雨の雫も意に介さず、手を肉刺だらけにし、指の皮をめくれ上がらせながらもざくざくざく、と地面を掘り続けている。
と、
一刹那、真昼に匹敵する輝きが幻想郷を照らし出した。
落雷である。
ランタンの弱々しい光りだけだったこの場もその輝きに照らされる。
一瞬、光りを受けて露わになった巫女の顔は鬼哭啾々と表情を凍らせていた。果たして、頬を伝わり流れ落ちるのは雨の雫であったか。
高名な心理学者にも如何なさとり妖怪であろうとも底が読み切れぬ、宇宙の虚ろささえ覚えさせる瞳。深く早く、呼吸を続けるために薄く開かれた口。降りしきる雨に体温を奪われた身体は死鬼の様を表している。
掘り進めた穴はもう、一坪ほどの広さを誇っていた。深さは三尺ほど。
年頃の女子が如何ほどの時をかければこんな大穴が掘れるのか、そう疑わずにはいられない穴だ。
しかし、有り得るかな。霊夢はたった一人でこの穴を掘り進めているのだ。
鋭い円匙の切っ先を土に突き立てる。ぶち、と辺りに生える木の根が両断され、土に埋もれた丸石が砕ける。崩れたそれをすくい上げると、霊夢は小槌を振るう動作で土を投げ捨てる。
その繰り返し。女の細腕でこれだけの事を成しえるには腕力や集中力以前に、狂気じみた妄執さが必要になってくる。雨に濡れるのも、泥に塗れるのも厭わずに続けているのはその為か。
穴の側には堆く、掘り起こした土が盛られている。その小山の影に土を掘り起こすためにかがめば霊夢の姿は途端、見えなくなる。穴はそれほど深い。
「はぁはぁはぁ…はぁ」
と、霊夢が一掬い土を放り投げた所でその動作を止めた。
常人には俄に分からぬ判断で由、としたのだろう。
上がった息を落ち着ける間もなく霊夢は穴から這い出し、ぬかるんだ腐葉土へこの時間の共だった円匙を突き立てた。
そこでやっと一息つく心算だったのか、霊夢は泥まみれの手で額をぬぐった。けれど、そこは更に汚れるばかりでひとつも綺麗にはならなかった。
やがて諦めがついたのか、霊夢は腕を振るって泥をはね飛ばすと作業へ戻った。
掘ったのなら…次は埋める作業だ。
しかし、今し方、掘ったばかりの土をそのまま戻す訳はない。
そんな、無意味なことをすれば霊夢は狂ってしまう。いや、もはや今更なのかもしれないが、それでもまだ、霊夢は涙を流し悲しむぐらいの精神は持ち合わせていた。
そうして、ごめん、と謝り、涙を流し、ソレを自分が掘った穴へと横たえた。
力なく投げ出された手足。雨を吸って重くなった黒い服、金色の柔い毛。それは霊夢が霧雨魔理沙と呼んでいた人間の身体であった。
土のベッドに横たえられた姿はまるで眠っているよう。そうであってくれればどれほどよかったか、と霊夢は天を呪った。
乱暴に袖で目の周りを拭うと霊夢は再び円匙を手に、今度は逆の作業を始めた。即ち、埋める作業を。
どざり、どさり…
土を掬っては穴へ投げ入れていく。
どさり、どさり…
横たえられた魔理沙の上へ。シィツでも掛けるように。
どさり、どさり…
涙を流しつつ、悲痛な面持ちで、腕の動きを一時たりとも止めることなく。ただ一つの穴を埋める機械と貸したように。
その動作が…
「あ…れいむ…なに、してんだ」
開かれた魔理沙の目を見て止まる。
「ッ―――」
絶望を色濃く浮きだたせる霊夢。土の下に半ば身体を埋めた魔理沙は寝起きのような朧気な瞳で地面の上の霊夢を見上げる。もぞり、と魔理沙の身体が動き、土の山が崩れ、身につけている前掛けの白が露わになった。
「あっあっあ――――――!!」
それを隠すように霊夢は叫び声を上げながら繰り返していた動作を再開。早さを倍に、乱雑な動きでもって穴を埋めにかかった。
「霊夢…やめて…やめてくれ…」
顔に泥をかけられながらも弱々しく霊夢に懇願する魔理沙。けれど、霊夢の耳には届かない。届いてはいるが、霊夢は魔理沙を埋めるのを止めない。
「魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん魔理沙ごめん」
邪教の祈祷のように謝罪の言葉を口にし続ける霊夢。動作はそれに呼応し、ざくざくざくざくと土を穴へ戻していく。
そうして、全ての土が穴へと戻された。
魔理沙の身体の分だけそこは盛り上がりを見せている。
そこまできて、霊夢はついに膝を折ってしまった。
荒々しく繰り返される呼吸。あふれ出る滂沱の涙。大きく開かれた口からは嗚咽が漏れ、握られた拳は地面へと怒りの捌け口として振り下ろされる。二度、三度、四度と。腕が傷つくのも厭わず、何度も。
十を数えたところで霊夢は泥の中へ自らの頭を埋め、打ち震えた。作業はまだ終わっていないのだ。
っ―――と血のような涙を流しつつ、霊夢は立ち上がり、次の道具を手に取った。
先端を鋭く尖らせた楡の杭。それと大振りの木槌。
霊夢は杭を魔理沙が埋まっている小山に突き立てると両腕で槌を握りしめる、重さにふらつく頭を大きく振り上げた。
「はっはっ…あぁッ!!」
ごん、と森を揺らす低い音が霊夢の裂帛の叫びを伴って鳴り響く。
「ああーっ! あーっ! はぁー!!」
ごん、ごん、ごん、叫びながら霊夢は槌を振り下ろす。果たして、否、霊夢の口から漏れる叫びは裂帛の其れではない。あれは…恐怖を忘却の彼方に追いやるための、吶喊の鬨。鬼の形相で霊夢は血と雨で滑る柄をしかと握りしめ、杭に槌を振り下ろす。
一打ごとに杭は握り拳一つ分ほど、穿孔していく。ごん、ごん、ごん、と。十三度目の打撃で杭が抵抗を受けたように止まったが霊夢は構わず、なお勢いよく槌を振り下ろした。十八度目でその抵抗もなくなった。廿打目で杭の付け根から泥ではない赤黒い液体が溢れてきたのを見て取って、霊夢はやっと槌を手放した。
「ああっ…はぁはぁはぁはぁ」
体力の限界か。霊夢は倒れるような動作で地面に尻をつけた。
激しく上下する肩。吐息は夜気に触れて白い。両方の腕は皮がめくれ幾つも肉刺ができている。爪は何枚もかけ、左手の第三指に至っては爪が剥がれ落ちている。それ以外にも山に分け入った所為でできた細かな傷が霊夢の体中にあった。いっそ、このままでいいから眠ってしまいたい。窪地に溜まる泥水のようになにもかも投げ出したい。そういう誘惑にさえ駆られる。けれど―――
「ああっ、もう…まだ、もう一人―――畜生…!」
悪態をついて立ち上がる霊夢。
逸らしたくなるような視線の先、魔理沙が横たえられていた場所、その隣には同じく眠るような姿で東風谷の早苗の身体が横たえられていた。
雨は止みそうにもなかった。
END
空きっ腹に何も入れずに書きました。
ところでキャラクターの名前を間違えるヤツってどう思う?
>>10/05/10追記
ひっぽろ系にゃぽーん
「更に…誤字だと…
馬鹿な…ありえん、ありえんぞーっ!!」
PCの変換になれきった人間の末路であった。
博霊→博霊、直しておきます。
ご指摘してくださった方々、めがっさありがとうございます。
sako
作品情報
作品集:
15
投稿日時:
2010/05/08 12:36:40
更新日時:
2010/05/10 21:23:12
分類
霊夢
魔理沙
ホラーサスペンス風味
ドンマイ、satoさん
合掌
場景がアニメーションで脳内再生されてました。
読んでしまえば気にならない文章力
埋められたのは紅じゃなくて緑だったか……
この話、過程や理由が明かされていないのがいいよなー
色々想像しちまう
強いて言えばsekoさんじゃなくてsakoさんだよ
sokoはよろしく頼むぜ
その人は…いや、何も言うまい。
直ってないよsanoさん
こんなに素晴らしいSSを読ませてくださり本当にありがとうございました。
いつかは貴方様のような作品が書きたいです、sakoさん
霊夢がただ魔理沙を埋めているだけなのにこんなに引き込まれるのはやっぱり描写のおかげですよね。
自分も一つのシーンを深く描けるようになりたいです。
増えすぎた自機は粛清されるべき。