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『「一手の借りに焼く」』 作者: 山蜥蜴
黄昏時、妖怪の山の中腹は河童の里、と或る工房。
そこに呼び鈴の音が響く。
その音に作業台で何かの基盤に半田付けをしていた河童の少女がそれに答えた。
「はーい、今出ます!」
ちらりと仕様書等で埋め尽くされた壁に掛かっている納期や来客予定の書き込まれたカレンダーを確認するが、今日のマスは空白だ。
何かこの間の納品にミスでもあっただろうか、等と考えながら半田鏝を濡れたスポンジの付属した台にかけると扉へ向かった。
分厚い金属扉の3つのシリンダー錠と扉上部の閂を手早く外し、チェーンはかけたままで薄く扉を開く。
扉の前には二人の天狗が立っていた。
一人は烏天狗──たしか射命丸という名の新聞記者──でニコニコと営業用であろう爽やかな顔で笑っていた。
その肩越しにもう一人──白狼天狗のようだ──盾は持っていないが、哨戒部隊で正式採用されている物とは違った巨大な剣を担いで面倒そうな仏頂面で立っているのが見える。
にとりはこの白狼天狗とは何度も将棋好きの溜まり場で対局した事があるが、何時も無口でまともな会話をした事は無く、名前すら聞いたことが無かった。
「……。あの、何か御用でしょうか?」
河童の少女が尋ねると烏天狗は笑顔のまま答えた。
「河城にとりさん、ですね?私は文々。新聞という新聞を発行している烏天狗の射命丸文と申します。貴方のお友達の河童の皆さんについて、少し取材したい事が御座いまして。」
「えぇと、天狗様。申し訳在りませんが、納期が近い物件が在るので…。」
河童の少女…にとりは『取材』という言葉を聞き、嫌そうな顔を隠し切れないまま扉を閉めようとした。
が、しかし射命丸と名乗った烏天狗が扉の隙間に靴の爪先を突っ込みそうさせない。
「まぁそう仰らずに。長い時間は取らせませんから。…ね?」
相変わらずの笑顔だが、にとりは背筋に薄ら寒い物を感じた。
「っ!…か、帰って下さい…!……行き成り来られても困ります!」
そう言いながら、扉を閉めようと、突っ込まれた爪先をこちらも爪先で押し始める。
「あややや……困りましたね。……仕方有りません。椛!」
爪先を完全に押し出されまいとしつつ、後ろに居た白狼天狗を呼ぶ。
「チッ…」
椛と呼ばれた白狼天狗は、一つ舌打をすると仏頂面のまま扉におもむろに近づき
ガギュッ
射命丸の顔のすぐ横から大剣を扉の隙間に突き入れ、チェーンを破断。
そのまま突き込まれた剣を梃子にし、扉を抉じ開けた。
「…いっ?!」
以前にも強引に取材を持ち掛ける天狗の記者に押しかけられる事は在ったが、これは明らかに度を越している。
身体に当らないように剣は突き入れられてはいたが、余りの事に腰を抜かし床に座り込んでしまう。
「危ないじゃないですか椛!貴方、もう少しこう…丁寧に、というか……」
自分の頭のすぐ近くで剣を振られた事に抗議する射命丸に対し
「チッ…」
やはり仏頂面のまま舌打。
片腕で人間では両腕でも持ち上がりそうにすら無い大剣を無造作に肩に担ぎなおす。
「…はぁ。まぁ良いです、扉は開きましたし…。さてと、にとりさん。『取材』、良いですよね?」
やはり先程までと変わらない笑顔で、へたり込むにとりに破られた扉を通り近寄る。
「ちょ、ちょっと待ってよ!取材、っておかしいって!い、幾ら天狗様でもこ、こんな…」
にとりは作業台の方へと尻餅をついたまま後退りしつつ抗議した。
その抗議を遮り『取材』を始める射命丸。
「では、早速質問です。えぇと…お名前はなんと言いましたっけ、貴方の家の向いに工房を持ってる河童です。ずばり、あの方は最近何を開発しておいでで?」
後退るにとりをゆったりとした歩調で追いながら質問をする。
後ろでは後から入った椛が鉄扉を閉め鍵をかけ、全ての窓とカーテンを閉めていた。
扉を閉められては金属加工等の騒音が外に洩れない様に防音されたこの工房では、叫んで助けを呼んだ所で外には何も聞こえないだろう。
「し、知らないよ、他人の研究なんて…」
にとりの背中が作業台にぶつかり、がたりと音が立つ。
「知らない筈無いでしょう。貴方達河童の技術屋の内数人が定期的にこっそり会合してるのは判ってるんです。大方、技術や研究結果の発表なんかをされているんでしょう?」
追い詰められたにとりの前に立ち、質問を続ける射命丸。
「…っ!?……あ、あの人は今…や、薬品…化学薬品を研究してるよ」
射命丸が会合を知っていた事に一瞬驚いたが、もし長期間調査しているなら知られていて当然かと思い直し、恍け切れないと悟り渋々答える。
「薬品…。成る程。確かに最近あの河童は、えぇと…」
にとりの言葉を手帳に書き付けた後、ページを繰り以前の調査内容に目を通す。
「あぁ、そうそう、硫酸水素ナトリウムやフッ化カルシウム系の鉱物…蛍石を大量に購入してますね。…でもそれだけじゃないでしょう?機械部品も大分仕入れてましたし。」
「……。…それ以上は、知らない。」
目を伏せ、そうシラを切る。
そんなにとりに余裕たっぷりに『切り札』を切る射命丸。
「…ふぅん、そうですか。何か禁制品でも研究してるんじゃないかと踏んでたんですけどねぇ……にとりさんと同じ様に。」
「なっ…何でたらめを」
「光学迷彩スーツ」
「あ、あれは服飾品のカテゴ」
「のびーるアーム、でしたっけ?あれも十分な殺傷力を持ってますよね。他にも貴方の水を操る能力を応用した水圧カッター、ディバイディングエッジとか言いましたっけか。」
遮るように捲し立てる射命丸。
「…っ!!わ、私は甲種の許可証を持ってるんだ!そ、それに、包丁にだって十分な殺傷力はあるけど、包丁職人は武器を作っているとでも…」
「空中魚雷、アレは完全に兵器です。あの地底でなら使ってもばれないとでも思いましたか?」
言い訳を最後まで聞かずに言い放つ。
「他にも、ほら、にとりさん工房の地下室で、外の世界の鉄砲とか色々作ってますよね。」
「?!ど、どうやってそんな事まで!?」
思わずにとりがそう聞き返すと射命丸は後ろに立っている白狼天狗を親指で示した。
「ふふ。テレグノシスって言葉、意味解りますか?千里眼、浄天眼とも言いますね。簡単に言うと遠隔透視能力です。千里というのは大げさですが、少なくともこの妖怪の山の中近辺に彼女の死角は一部の結界の中以外存在しな…」
「チッ…」
椛はあからさまな舌打で射命丸が自慢げに自分の能力の説明をするのを止め
「戦り難くなる…。余り言触らさない様…。」
と不愉快さの極みのような仏頂面で低く呟く。
「これは失礼、何時も椛の能力には取材で助けられてますからつい、ね。」
全く失礼な事をした、と思って居ないであろう口調で謝罪をし、にとりに向き直る。
「にとりさん、あなた『妖怪の山に於ける武器、兵器及びその他危険物品の所持、売買、研究及び開発等取締改正法』は知ってますよね?」
手帳をちらりとも見ずに長い法の名をすらすらと言う。
「…。」
肯定の沈黙。
「もし、貴方の開発品が『上』に洩れたら…」
射名丸は思わせぶりに語尾を濁せる。
「…。」
俯いたまま沈黙を続けるにとり。
「にとりさん、椛にはあの河童の工房の地上部を『見る』事は朝飯前でした。ですが、見ても何をしているのかがどうも判らなくてですね。
どうも何か巨大な望遠鏡か……探査燈、そんな様な物だそうですが…。
地下でそれの試運転をしている様なのですが、どうも地下は椛にも見れないそうです。」
そこまで射名丸が言うと、椛がぼそりと訂正した。
「…地下だからじゃない。…規格外の赤外線を感じた。下手に覗けば眼が焼ける。」
「まぁ理由はどうでも良いです。兎に角そんな訳で、にとりさんに是非教えて頂きたい。」
理由はどうでも良い、と言った射名丸にまた椛は舌打をしていたが気にせず続ける。
「………」
にとりは小さく何事か呟いた。
「んん?もう一度お願いできますか。」
射名丸は耳をにとりの顔に近づける。
「…出来ない」
そうにとりは言っていた。
「…まだそんな事を仰る!?あややや…困った物ですねぇ…。
私はあの河童の研究内容を教えなければ、貴方が竹とんぼすら『開発』出来ないようにする、と言ってるんですよ?」
困った様に頭をぽりぽりと掻きながら、聞分けの無い子供に言い聞かせる様に言う。
「うぅ…解ってるけど……で、でもだからって、友達を売るようなまね、は…!」
俯き、拳を握り締め、震える声で答えるにとり。
「どうせ貴方が言おうと言うまいと、私に目を付けられた時点であの河童はお終いですよ?
…私も本当はそれが自業自得でも深刻な損害を被る人が出るような記事は書きたくありませんが…コンテストの為です……。
『河童の里で大量破壊兵器密造か?!』とか何とか見出し付けて、何れは必ずネタにするつもりです。多少それを遅らせる為だけに貴方が巻き添え食らう事ないでしょう?」
友人の河童は確実に破滅するのだ、と決め付けその『前提』の上に巻き添えは『無駄死に』だと、親友の様な口調で耳元に囁く。
「……ひっぅ…ぐ…ぅ…。」
にとりは友人と保身を秤にかけざるを得ないこの状況に耐えられずすすり泣き始めていた。
射命丸はニコニコとその様子を眺めていたが3分程経った頃。
「あぁもう、決断の遅い人は嫌いです。そろそろ決めて貰いましょうか。」
そういうと、にとりの右手を取り人差し指と中指の股に自分の万年筆を挟み、握り込んだ。
にとりが左手で指を放させようとするのを、射命丸も反対の手で押さえつける。
にとりは手は掴まれたが、自由な足で射命丸を蹴れば成る程、手は放されるだろう。
だが、そんな事で逃げられるなら最初から逃げている。
後ろに立っている椛が無言で無駄な抵抗をするな、と終始威圧しているのだ。
「いっ…ぁああっ……!」
「まだ決められないなら、手伝ってあげますよ。」
笑みを浮かべたまま射命丸がにとりにそういうのを聞き、椛が問いかける。
「…指、折ったら面倒では?脅して本人を口止めしても納品遅れ等で周りが気が付きますよ…。」
「大丈夫です。折りやしません。何度も試してます。痣すら殆ど残りませんよ。」
椛を振り返りもせずにそう言い、徐々に握る力を強める射命丸。
「うぁっ…痛、痛いって、やめ…」
「なら早く決めて下さいよ。私はあなたに想像力が足りてない様なので、解りやすくあなたに差し迫った脅威を痛みに翻訳して教えてあげてるんです。あなたも自分に言い訳しやすいでしょう?痛めつけられたんだから、って。」
「こ、この…」
「あぁ、私の親切がまだお分かり頂けない?」
更に強く握りこむ。
蒔絵のされた綺麗な万年筆がにとりの二本の指に食い込み、指の薄い肉越しに筋を圧迫し骨を軋ませる。
「あぁあああぁぁあっ!」
叫ぶにとりの指を笑みを浮かべたまま5秒ほど強く握った後、一旦万年筆を指の股から外した。
人差し指と中指の股は薄らと赤くなっているが、この程度ならば確かに射命丸の言った通り痣も残らないだろう。
「さて、話してくれますか?」
「…ぅう……いや、だ…」
「そうですか。」
相変わらずの笑顔で今度は中指と薬指の股に万年筆を挟み握りこむ。
「いいぃっ…!」
「…余り一箇所で続けても痺れて痛くなくなってきますしね。痕が残っても困ります。」
射命丸が暫く握った後、言う気になったかと問いかける。
にとりがそれに対し小さい涙声で否と搾り出す。
そうですか、と言い別な指の間に挟み握りなおす。
この拷問は痛みは然程では無いが、特長は長く続けられる事。
痛みはそこそこ強く、消耗が少なく長く続けられ、痕跡も少ない、おまけに手軽。
万年筆一本で行えるにしては上等な拷問と言えるだろう。
そんなやり取りが10分程続き、万年筆を挟む手が右手から左手に移った頃。
「チッ…」
舌打が部屋に響いた。
射命丸が振り向くと、椛が大剣を床に刺しこちらに歩いてきていた。
「…グダグダと中途半端に…面倒臭い。…これくらいやれば直に歌い出す。」
そう唸るように言うと床に座り込み俯いていた痛みに耐えていたにとりの胸倉を片手で掴み、軽々と持ち上げると大きな作業台に叩き付けた。
「うわっ!な、何を…」
作業台に叩きつけられ、仰向けに寝かされた形になり、思わず叫び声をあげたにとりを無視し万力の様な腕力で押さえつけ、片手を作業台の一角に手を伸ばす椛。
「ちょ、ちょっと椛!手荒な事して下手に怪我させたら…」
「…用は納品に支障が無くて、外から見えない場所なら良いんです。」
椛は身を屈め、何事かにとりに囁いているが射命丸には聞こえなかった。
もう一度自白を促しているのだろうか、と射命丸が考える内に
「…え、ちょ、ちょっと、まさか…!」
椛が手を伸ばした先に何が在るかに気が付き、うろたえるにとり。
「…そのまさかだ。」
椛が右手に持っている『物』を作業台の上、左腕で押さえつけている方へ近づけてゆく。
「…うわぁっ!?」
椛が右手に持っている『物』
半田鏝
電熱で400℃に熱された鏝を押し付けられた皮膚は一瞬で酷い蚯蚓腫れになる。
「うわっあぁあああっ!や、やめっ……」
「…なら早く言ったら良い。」
半田鏝を素早く振るう。
白い肌にもう一本赤い線が浮かび上がる。
「な、なんでこんなっ!」
「…こうするのが一番早道だ。…私はさっさと帰りたい。」
再び半田鏝をさっ、と振るう。
振りぬいた先に血が飛び散った。
焼かれた部分の蚯蚓腫れが水ぶくれになり、それが破れ出血し始めたのだろうか。
「ああぁあああ、おかしいってっ!こんな…っ」
「…チッ。ベターな方法だろうが、お互いに。さっき文さんが言ってた『自分への言い分け』的には。」
舌打をし、焼け跡だらけの肌に再び鏝を近づけて行く。
少したった頃。
にとりは何故こんな事を、もう止めてくれ、と絶叫し続け部屋には皮膚の焼ける匂い、脂の焦げる匂いが漂い始めている。
椛は息を荒げているが、相変わらず既に血塗れの半田鏝を振るっている。
振り上げた半田鏝からは付着した血液が蒸発し煙が上がっていた。
射命丸は作業台に向かった椛の背を黙って見つめていた。
その顔には先程までの笑顔は無い。
椛が此方に背を向けているから、あの鏝で何処に何をしているかは射命丸には見えて居ない。
だが、あの背の向こうでされている事等、考えたくも無い。
基本的に彼女、射命丸は血生臭い事は苦手だった。
万年筆を挟み握り込む様な事はしても、逆に言うとそれ以上の、怪我、傷跡、後遺症の消えないような拷問をしようとは全く思わなかった。
今回だって本当はもっとじっくりと『話合い』だけで情報を得たかったのだが、新聞コンテストの締め切りが近く、何としてもこの大スクープを間に合わせたくて無茶をしたのだ。
もっと、スマートに物事を進めるのが本来の彼女の好みだった。
だから
「も、椛!もう良いです!帰りますよ!」
唐突にそう言うと、背を向けて扉へ歩き出した。
「…チッ。どうせならもっと早く言ってくれれば良いのに。…御蔭で焦げ痕だらけだ。」
舌打をし、作業台から離れ射命丸に続く椛。
にとりを押さえ付けていた左腕の袖は血でぐっしょりと濡れ、焦げ臭い匂いが漂っていた。
息が上がっており顔には脂汗が浮き、上気している。
射命丸がその椛の凄惨な格好を見て思わず作業台を振り返ると、にとりは作業台の上のそこかしこに血を飛び散らせぐったりとし顔を手で覆って泣いてる。
「…も、椛……?まさかあなた、にとりさんの顔を…?」
「…顔なんて焼く訳無いでしょう。一瞬で周りにばれます。…ちょっと手を洗って来ます。」
そう言い、洗面所と板金の表札の付いた扉へ入って行く椛。
顔を覆っているのは焼かれた訳ではないのか、とホッと胸を撫で下ろし、数分後洗面所から帰ってきた椛に
「で、では…何処を?」
と射命丸が聞くと椛はニタリと犬歯を剥き出しにして今日始めて笑い
「知りたいですか?」
と言った。
「…っ!け、結構です。あのままで死んじゃったりしないでしょうね?治療とかしていった方が…」
射命丸は部下の恐ろしい笑みに思わずどもりながら、ぐったりとしたにとりの心配をした。
「…問題ないでしょう。…第一妖怪ですし…運動の妨げに成る様な焼き方はしてません。出血も今は大体止ってます…傷が焼けて。」
再び何時もの仏頂面に戻り
「な、なら良いです。い、いえ、焼けてる時点で良くはないですけど……あぁもうさっさと行きましょう!
生臭くて気分が悪いです……暫くは河童の里に来たらこれを思い出しそうです…こんなのは取材じゃない…もうあんなこんなミソの付いたネタなんて記事にしたくないです…!
……あぁ嫌だ嫌だ…」
ぶつぶつと文句を言いながら、あたふたと鉄扉の鍵を開け夜空に飛び立っていった。
射命丸を追い、工房を出て行く椛。
扉を閉める前に、ふと立ち止まる。
椛はにとりを振り返りニヤリと笑い
「…先日の将棋の借りだ。」
そう、未だに作業台の上で泣くにとりに言い、射命丸の後に続いて飛び立った。
………………
数十分後。
流石に泣き止んでいた。
作業台から血塗れの服でむくりと起き上がった。
ゆっくりと自分の手足を確認してみる。
なんて事だ…。
本当にこんな…。
全くの無傷だ。
あの白狼天狗が背中で射命丸に見えないようにして焼いていたのは『自分の左腕』なのだ。
最初に作業台に叩きつけられた後、急に耳元に顔を近づけられ囁かれた時、耳を疑った。
てっきりそれまでの厳しげな様子や今の怪力から、恐ろしい拷問をされると覚悟した時
『…助ける。適当に悲鳴を上げろ。」
そう言ってきたのだ。
『…え、ちょ、ちょっと、まさか…!』
思わずそう聞き返したにとりに椛は
『…そのまさかだ。』
と言った。
そして半田鏝を持ち上げ近づけて来た。
先ほどのはやはり、自分の耳が良い様に聞き間違えただけか、と歯を食いしばったが椛が高温の半田鏝で焼いたのはにとりを押さえ付けている自分の二の腕だった。
『…うわぁっ!?』
と思わず叫び声を上げる。
『うわっあぁあああっ!や、やめっ……』
そう制止する自分を無視し椛は再び自分の腕に半田鏝を押し付けた。
『…なら早く言ったら良い。』
にとりが『言える』訳が無いのを解った上で脂汗を浮かべた顔で自嘲的にそう言った。
『な、なんでこんなっ!』
そう純粋な疑問を投げかけるが
『…こうするのが一番早道だ。…私はさっさと帰りたい。』
そう答えにもなっていない答えを返し半田鏝を自分の腕に振るう。
ビシャっと幾つも水ぶくれが破け血と体液が飛び散った。
『ああぁあああ、おかしいってっ!こんな…っ』
混乱し無意味な質問を繰り返す自分。
『…チッ。ベターな方法だろうが、お互いに。さっき文さんが言ってた『自分への言い分け』的には。』
考え直せばあの時の『自分への言い訳』というのは、射命丸が『取材』、引いてはこのネタから手を引く事の『言い訳』をという意味だったのかも知れない。
彼女自身『自業自得でも深刻な損害を被る人が出るような記事は書きたく無い』等と渋っていた様子が在る。
大体、あの不自然な笑顔も今になってみれば、自分の感情を殺す為に無理に貼り付けていたのだろう。
最後の去り際に椛の言っていた『…先日の将棋の借り』
あぁそうだ、思い出した。
前回彼女と将棋を差した時、確かに彼女は後生だからと『待った』を一度だけかけた。
勝負の結果は結局にとりの勝ちだったが、その一手が巻き戻った事で随分苦戦した。
待った一回の為に、自分の腕を焼けた鏝で引っかき捲くった…?
その上バレないように一切の悲鳴、呻き声一つ立てずに、無言で焼き続けた…?
焼けて蚯蚓腫れになって水ぶくれになってそれが破けて血が出てもまだ焼き続けた…?
全く馬鹿げてる。
…或いはそれも彼女なりの『自分への言い訳』の為だったのかも知れない。
射命丸の無茶な取材を正面から止められない自分の。
自分でも乗り気で無いネタをコンテストの為と追いかける射命丸の。
禁制品を開発こそして居たが、純粋な好奇心からで一切の悪用はしていないにとりの。
「あぁーあ、ばっかみたい…。言い訳の為に血塗れになって……。…馬鹿だよっ……。」
にとりは膝を抱えてまた泣き出した。
恐怖や痛みでなく安心の為でもなく、無口で愚直な白狼天狗を想って。
友人にその研究は放棄した方が良いと言ってやろう。
自分の研究品の中でも危険な物は廃棄してしまおう。
また、将棋を打ちに行こう。
数日後
「え、ちょ、ちょっと!椛、その腕の包帯!一体どうしたんですか?!」
「…チッ。…この間ちょっと侵入者に。」
………………
後書
無口で無愛想な椛、有ると思います。
ここまでお読み頂き、誠に有難う御座います。
最初は射命丸と椛がハリウッド映画の悪徳警官並みに嫌らしい搦め手を使ってきて、切羽詰ったズタボロにされたにとりが自作の密造兵器で嬲り殺す話の予定だった気がします。
執筆速度の速い方、本当に凄いと思います。
私はとても…。まず悲鳴を書くのが難しい難しい!
何かお気づきの点やご感想等御座いましたらコメント頂けますと大変励みになります。
5/11 1:54までの時点で頂いたコメントへの返信
>>5様
おっと、失礼しました。
ご指摘感謝します。修正しました。
>>もみじもみも…ゲフンゲフン、ギョーザ様始め、椛へ関するコメントを下さった皆様
個人的に燻銀な椛が好きなので、少しは格好良さを表現出来たかと喜ばしく思います。
>>穀潰し様
どんでん返しにはまだ遠いですが少しでもそれに似た印象を覚えて頂けた様で欣快の至り。
■2010年10月12日 コメ返更新
>>7様
きっとこの椛なら「…チッ」、と舌打ちしながらも、抱いてくれ…うわ、なにをすくぁwせdrftgyふじこlp
ダブスポで「文のわんこ」扱いから一気に「白狼」扱いされる機会が増えて嬉しい限りですねぇ。
>>8様
騙されて頂けたならば書いた甲斐が在ったというものです。
また出来るだけ早い内に格好良いと言って頂ける様な椛を書きたいですなぁ…
>>9様
タイトルに「」が付いていたのはまぁそんな訳でした。
確かに、人を刺したフリをして実際に刺したのは自分の手、とかベタっちゃベタですけれどもご容赦をw
今頃書いても、見る人は非常に少ないと思いますけれども、「にとりの友人」が開発していた禁制品は戦術高エネルギーレーザーでした。
薬品類はフッ化水素を生成するのに使用しようと購入した物、という設定でした。
正直、工学も光学も専門外極まりないので、突っ込み所満載でしたら申し訳在りませんが、何卒御見逃し下さい。
山蜥蜴
- 作品情報
- 作品集:
- 15
- 投稿日時:
- 2010/05/09 18:51:11
- 更新日時:
- 2010/10/12 21:35:58
- 分類
- 犬走
- 椛
- 射命丸
- 文
- 川城
- にとり
- 焼き鏝
- 取材
こんな素敵な作品に突っ込みを入れるのもアレだけど…
×川城
○河城
この椛に抱かれたい
DS以降格好いい椛が増えて嬉しいですなぁ。
うわ、この椛かっけえ!
拷問しているようで実は自分の腕を焼いていたってのはn番煎じですが、これはこれで。
なんかスッキリした