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『合成の誤謬2』 作者: マジックフレークス
生命の気配が消えた寂しい林道を湖に向かって歩いて行く一行がある。
夜ともなれば妖怪の出没する危険な道。朝早くから出立し、禿げ上がった木々の間は遠くの空まで見通せる。空を飛ぶ妖怪は距離があっても発見できるし、いたずら妖精達はこの寒さの中、わざわざ数人で行動する人間にちょっかいを出したりなどしない。
だがそんなことは関係ない。彼らは自ら会いに行くのだ、最も恐ろしいとされる妖怪の一角に。祖先から伝え聞いた話では幻想郷中の妖怪を敵に回して戦った事のある者だそうだ。
人の血を吸う鬼、レミリア・スカーレット。
彼らの仕事は彼女との取引。彼女と対等に渡り合う事が求められる。人の運命すらも意のままに操れるとまで言われる相手と取引などできるのだろうか?
「あ、あの咲夜さん!」
紅魔館の門番紅美鈴は館内の掃除をしている咲夜を見かけ、呼び止める。
「あら美鈴、今は門番の仕事中ではないのかしら?」
「それが門前に里の人間が4人来ていまして、お嬢様とお話しがしたいと言って取り次ぐように言われてしまったんです。用件を聞いてもお嬢様に直接言うとかで私には話してくれないし、入れてもらうまでこの場所を動かないとかいってかれこれ30分くらい立ったままにらめっこしてしまいましたよ」
「そう、それは災難ね。私の方からお嬢様に伝えて対応を仰ぐから持ち場に戻って。門に誰もいないのも問題でしょう?」
「それなら大丈夫です。門番隊の2人を呼んで替わってもらっていますから、彼女達はそれなりに腕が立ちますから倍の人数でも強行突破するのは難しいと思いますよ。それに見たところ非武装でしたし」
そういって美鈴は胸を張る。余り仕事をしない妖精メイドたちと違って門番隊はやる気のある妖精を集めて美鈴が指導した者達だ。妖精の体格にあわせて人間で言うところの杖術を仕込み、弾幕もスペカ戦でなければ相手の動きを止められる“痛い”仕様になっている。下級妖怪くらいなら追い払える力はある。
「じゃあ変更ね、あなたもついて来てお嬢様に詳しく状況を説明して貰うわ」
「……面白い、近頃は催し物も無くて退屈していたところだ。そいつらが何しに来たのかも聞かずに追い返してはつまらないわね。よし、ここに通して話を聞くことにしよう。美鈴は持ち場に戻れ、咲夜はパチェを呼んで来て二人で同席しなさい」
「了解しました」
「畏まりました」
咲夜は時を止めて図書館まで移動しパチュリーに事のあらましを伝える。2人が図書館を出てレミリアのいる広間(本来客は応接室に案内するのだが、相手が人間でしかも招いてもいない客ということで広間に通す。そこはRPGのボス部屋の様に入り口から正面奥に2、3段の段差がありその上に豪奢な椅子があった。そこに鎮座しながら相手を見下ろして喋るのがお嬢様のスタイルなのである。うー☆)にやって来たのと、美鈴が玄関を出て人間の男達を中に通し、再度交代した門番隊に案内された人間の男達が広間に通されたのは同時だった。
「用件は何だ?」
館の主は表情を出さずに男達を見据える。最初は知った顔があるかとも思ったがそうではないようだ。妖怪の宴会に参加した事のある者ではないし、妖怪退治を生業としている者でもなさそうである。詰まる所妖怪にビクビクと怯えている普通の人間、仮に以前会った事があるとしても記憶になど残るまい。
暇つぶしに良いかと思っていたレミリアも内心ガッカリする。彼らの表情や仕草からも自身に対する恐怖が見て取れる。それはそれで彼女にとって心地良いものでもあるが、今日はそれよりもっとピリピリした感じが良い。霊夢とお茶をしている時のように。
「はい。単刀直入に申しまして、私共はお金を貸して頂く為にお伺いしたのです」
「ブッ!」
……噴きだしてしまった。
咲夜のほうを見ると主である自分から目を逸らして横顔を晒している。何も見ていないとの意思表示なのだろうが、口の端がヒクヒクと攣り上がりそうになっているのを堪えているのは明白だ。後で覚えておけ、とレミリアは心の中で呟いた。
パチェはというと椅子に座ってこの件には興味無いとでも言うように持って来た本を開いて一人で読書を始めていた。
頼れる者が無くなったところでもう一度申し入れを反芻してみる。
(里の方が深刻な食糧危機という話は知っている。自分達妖怪は時折人間を食べるなりして精神を充足させれば生存に問題はない、方法は違えどそれは妖精メイドも同じ。パチェは捨食の魔法で食事は必要ないから最悪咲夜が食べていくだけの食糧さえあれば良かったからな)
とはいえもとよりそれなりの蓄えのあった紅魔館だ、里からの買い入れがなくなったため妖精メイドの食事こそかなり貧相になったが、保存の利く小麦などはありレミリアやパチュリーのティータイムの軽食はほぼ通常通り出ている。この辺は咲夜の裁量が上手い(レミリアにとって満足のいく状態)という事だろうか。
「それで金を借りてどうするんだ?」
しばしの後、レミリアは尋ねる。それに対して答えるのは先程の発言者、他の者はビクビクとしていて何しにここへ来たのかわからない。
「食糧を買い付ける資金にします」
「幾ら必要だ?」
「1千万円です」
ほう、とレミリアは感心した。これには咲夜も真剣な眼差しで男とレミリアをそれぞれ見据え、パチュリーもゆっくりとした動作で本に栞を挟んで閉じる。
「大金だな。無論私には当然出せる金額ではあるけど……。お前たちに返せる当てがあるとは思えないわね」
ビクッ、と付き添いの男達3人が反応する。代表の男も内心恐れながらも努めて冷静に振舞い話を続ける。
「貸して頂ければ来年の本日、六割上乗せの千六百万円にしてお返し致します」
「ふん! 私はお前たちは返すことは出来ないだろうと言っている。出来る保証も無い大言をほざく奴らに融資してやるほど悪魔との契約は軽いものでは無いと思い知れ!」
ビシィッ! という効果音が聞こえてきそうな程はっきりと言い放つ。決まった……。そしてこの顔である(ご想像にお任せします)
「私たちの命を担保にいたします。ですからもしも返済が出来なかったときは私たちの命を好きなようにして頂いて結構です」
そしてこの顔である……。レミリアはビシィッ! の時の表情で固まっている。
(え、なにそれこわい)
「勝手ながら私たちの命を一人二百五十万、いえ返済時の金額で考えるならば一人四百万で買い上げて頂く契約をしたいのです。勿論、里が借金を完済したときは担保である私たちの命はお渡し出来ませんが」
固まっているレミリアをよそに男は続ける。彼の言葉は冷静に耳を傾けている咲夜とパチュリーには震えているのが分かった。借金を返せないときは、まさしくそのままの意味で煮るなり焼くなり好きにしろと言っているのだ。一生奴隷のように使う事も出来るだろうし、紫からの配給とは別の、例えばパーティーの時などの贅沢な一品にする事も出来る。
「ちょ、ちょっと待った。そんな事をしたら幻想郷の規律と言うか、私が結んだ契約に反するんじゃないのか? べ、別に紫ババアのことなんてちっとも怖くも何とも無いんだからね! 勘違いするんじゃないわよ!?」
「元より我々人間は人食い妖怪の出る危険地域に自ら入って行った場合、その場での命の保証は無い事になっています。これは自分達の目的のために想定しうる危険を犯す人間までは保護しない、と解釈する事もできます。我々は先に述べたような契約のために命を差し出すのであり、無論の事そのための書類や遺書の様な物もしたためて参りました。幻想郷の管理者や他の勢力が納得するかは分かりませんが、これは私達人里からの提案である事と契約の書類があれば問題は無いかと思います」
「ほ、……ほぅ」
レミリアはちらりと横目で従者と友人を見やる。
従者は自分の判断する事でもなさそうなので、主の視線を受け止めた後ゆっくりと主の友人の方を向いた。
「…………」
2人から視線を投げかけられた大図書館は仕方なくといった感じでしばし目を瞑り、短く素早く思考を巡らす。
「とりあえず、その者達の言う通りに契約それ自体は交わしても問題ないと見受けるわ。古来より人間は悪魔に魂を売り渡す契約をし、その都度身の丈に余る“何か”を得ていたのだから」
レミリアに向かって助言を行い、そして件の人間達に向き直る。
「問題はその契約書と遺書の内容ね、契約書は当然だけれどその遺書も見せてもらわなければ。私たちに不利な事が書かれていないとも限らないわ」
「勿論です」
男は即答した。
「それとさっき私は悪魔との契約の話を持ち出したのだけれど、それには今回の契約とを異なる点もあるわ。一つ、求めるものが超常的なものでなくかなり現実的な“金銭”であること。悪魔が何も無いところから金銀財宝を現出させる御話ではなく、あくまで紅魔館の資産の一部を借り受けるという契約内容。二つ、6割り増しで返済したら担保契約も清算されること。まあ、この二つは悪魔の契約ではなく人間それ自身を被担保債権とした普通の借金と考えれば当たり前ね」
すぐさま話を続けず、館の主とその従者を一度見やり話についてきているか確認する。人間達は話をしている一人以外は良く分かっていないようだ。
(担保の数合わせの人間なのか……。怯えてしまってまともに話を聞いたり考えたり出来ていないようね。レミィは………… 大丈夫かしら??)
「コホンッ 最後に私が一番気になる事、悪魔と契約を結ぶ者は必ずと言って良いほどその願いは利己的なもの。普通の人間は寿命を縮めるにせよその間好き放題出来る様な契約を行うわ。これは悪魔にとって契約と言うものが魂の刈り取りであると同時に、この世に邪悪な人間をのさばらせる為に、邪悪な、醜悪な願いを持つ者を所謂勝ち組にすることも兼ねているわ。最終的にそういった者達が破滅するにしても、世の中にはそのような意識が残留することになる。つまり、悪い奴ほど良く眠る……ってやつね」
「今は悪魔が微笑む時代なんだぁ! ということですね」
「「…………」」
「ま、まあそういうことね。とにかく、里を救うとか言う利他的で自己犠牲的な目的を支援するのはレミィの本質からずれているし、そもそも私はそういうことを言い出す人間を根本的に信用できないわ。私が言えるのはそれだけよ、後は自分で考えなさい」
「(´・ω・`)」
レミリアは『ショボーン』とした表情になった。カリスマが10下がった。
顔を引き締め、じっと里の人間達を観察する。
友人の魔女が取引に慎重になるようアドバイスを出した事によって、彼らの表情に明らかな変化が見て取れる。自分達と話している男はショックをうけ、ただの人身御供として連れてこられたであろう3人は何処と無く安堵した表情になっている。
「ふむ、おい貴様。利他的な考えの元に命を賭けるような人間は信用できないと言うのは私も同感だ。取引をしたければ信用に足る証拠を見せろ、悪魔を納得させるような証拠をだ」
低く澄んだ声で要求する。そして館の主は自らの爪に舌を這わせた。カリスマが7回復した。
「……期日までに里はお金を用意してくれます。私達は自分を犠牲にしようなどとは考えてはいません。しかし万が一にも返済が適わなかったとしても、私達の家族は里が面倒見てくれる事になっています。今年の窮状を命を差し出して救った者、そしてその家族となればしばらくはそれなりの待遇を受けるでしょう。それに食糧を確保できなければいずれ…………」
「…………」
レミリアは考える。パチェの言った言葉を、この男の態度と言葉を反芻する。
「よし、金を貸してやってもいい」
情にほだされた? 人里の状況を憂慮した?
「だが契約条件はこちらが指定する」
違う。彼女は幼い容姿をしながらもれっきとした悪魔だ。
「お前たちが必要なのは1千万円という額の金だ、そうだろう?」
その嗜好は残酷であり他者の絶望は蜜のように甘美に感じられる。
「6割上乗せでは駄目だ。……倍返し、それも1年後ではなく半年後」
基本的に人間を見下し、彼らの言うとおりの条件など飲むはずも無い。
「お前達は自分1人の命を四百万と言ったが、私は心優しいからな、5百万で買い上げよう」
そして、悪魔は人間と接触するときは神の如く振舞う。
「当初の通りお前たち4人の命を担保に1千万融資する。だが死にたくなければ半年で倍にして返す事だ」
外で最大派閥の宗教は悪魔の事を自らが神に成り代わろうとして反逆し、堕した天使であると説いている。
「……ああ、最後にもう一つ。5百万ごとに1人ずつ返してやるが、お前は最後だ。2千万円耳を揃えて期日までに返せなければお前を貰う。そっちの3人は食糧にするか妹の玩具にするから一瞬だが、お前は私が直々に可愛がってやろう」
悪魔が要求する対価は等価などではない。むしろ常に不当なものだ。
「今から楽しみで仕方が無い。里では英雄扱いを受けている男がこの館で泣き叫びながら許しを請う様が想像できる。お前は殺さずに何年も何年も生かしてやる、里の者達が感謝を忘れるまで。そうしたら対面させてやるのもいいかもしれないなァ。 クックックッ」
契約は成立した。
「……どう思う?」
互いに契約の書類の確認を済ませ、用の済んだ男達は借りたお金の入った鞄を持って里へと帰っていった。担保とはいえ半年も軟禁するのは世話をする手間を考えても現実的ではない。ここは互いに書類のみに留め、返済が不可能なときに出頭する事で合意した。
「どうもこうも、私は私見を述べただけよ。それを聞いた上で貴女が決断したのだから私にはそれ以上のことは言えないわ。まぁ内容に特別問題も見当たらないし、いずれにせよ損したつもりは無いのでしょう? 人間1人を二百五十万円で買い上げる事も」
「たまにはそういう贅沢も良いとは思っているし値段も妥当だろう、霊夢や他の者と面倒になる事を考えればな。とはいえ最後には私なりにやつらの反応を見たくて脅しをかけたのだがな、随分あっさりと承諾したものだ。……咲夜はどう見る?」
「全員震え上がっていましたから平気ではなかったのではないですか? お金を持ち帰らなければ里にも帰れなかったのでしょう。それよりお嬢様は最後で30ポイントは上昇しましたから、それなりに収穫はあったと思います」
「…………誰にとっての収穫よ。第一下がったら下がったでニヤニヤして眺めているくせに」
「何の話?」
「お嬢様、それより私が気になったのは返済が出来ないときに彼らが逃げる可能性です。命惜しさに逃げ出す事も考えられますし、里が匿って約束を反故にするかもしれません」
契約書には予め彼らが期日に担保を差し出せない場合の対応も書いてあった。返済が延滞するごとに金銭における利息、そして担保の代理、これは4人と違って特定の者ではなく里の人間をいくつかの条件で囲っていた。期日に返せない場合は倍などではすまない法外な利息をそれ以降に支払って落着させるか、債権者が条件内で指定した者を債務者の側が差し出す事になる。
「それこそ愚かな選択であると言わざるを得ないな。悪魔との契約に債務不履行など許されない、かならず取り立てられるものと奴らは知るだろう。奴らも言っていたがこれは向こうが望んだ契約で、私の要求も実に“私らしい”ものだ。幻想郷は私の行為を容認するさ」
まさかこのような事になろうとは。
自分は何もしてはいないのだ。ただ言われた通りの要求を門番に伝え、館の主に伝えただけ、それから図書館の魔女と主の質問に答えただけで全ては終わってしまった。
交渉のために派遣されたはずなのになんら交渉をしていない。相手が出した条件を承諾して契約は成立した。
自分以外の3人は終始恐怖に震えていた。館の主が条件を変えて凄んできた時など失禁してしまうかと思うほどの怯えっぷりだ。
かくいう私も怖くて仕方が無かった。たとえ阿求様に紅魔館の住人達の説明を受けていても、契約の内容と私がすべき事の細かな指示を受けていようとも。
しかしまさかこのような事になろうとは思わなかった。
自分でも信じられない。
これほど全てが上手くいくなんて。
雪の降る大地、その上空を射命丸文は駆ける。雪よりも高い空を。
彼女はダウンジャケットを着てマフラーを羽織っている。前者は幻想入りした外のもの、後者は里で購入したものである。
「人里とうちの取引に関する新聞は作れませんが………、人里の現況と他勢力の動向と言う事で企画を立ち上げましょう。食糧を欲しがっている勢力、売るだけの余裕がある勢力、それぞれ分類・取材・分析しておけば有用な取引材料になるのは間違いなし! 当然私の新聞は幻想郷中の誰も彼もが欲しがる事も間違いなしです!!」
通常山の妖怪達は食糧を人里から購入する側である。彼らは河童の技術によって製作された工業製品と天狗達の新聞と言う情報媒体を売り、酒や食べ物などを買って生活している。
彼らの中の人間蔑視の一つには農業などの1次産業に対して低く見ている部分もあるのだ。工業と情報サービスのような2次3次産業はその数値が表すように上に立つものだと考えている。前者を単純な肉体労働、後者を知的労働と位置づけているからかもしれない。
ただそれだけでは産業規模からして河童の方が天狗より上に位置づけられるため、山では鉱石の産出場所や木材の管理場所は天狗の管理下にあり、下っ端天狗がそれらを採集して河童に売りつけるかたちで体制は維持されている。
「取材の成果如何によっては妖怪の山は他に対して圧倒的に優位に立つ事が出来ます。嘘を書くのは今後の活動に差し障るので出来ませんが………なぁに、私には“報道しない自由”が保障されているのです。発信する情報を取捨選択することで真実のみを報道しつつ情報を操作する事が可能なはずです!」
山の妖怪達は自分達の主幹産業が山の中だけで完結している。そして作られた製品は幻想郷中、とりわけ人里からの購入需要は大きい。製品を販売するだけでは一方的に資産が積み上がっていくのだが、そこはバランスが取れているとでも言うべきだろうか、大酒飲みの天狗達はその殆ど全てを人里で作られた酒を購入する事に使い果たしてしまう。
「情報は多大な利益をもたらし、その情報の命は速さ、そして私は幻想郷最速。これらが導き出す結論は………。やりようによっては幻想郷中の富を私の、いえ私達妖怪の山の下に集める事すらできる。山の英雄になれるばかりか幹部昇進だって夢じゃありません!!!」
誰も聴く者のいない高空を、雪を降らせる雲よりも高い高度を高速で飛翔しながら心の声を口から大きな声で発する。
これは彼女にとってチャンスだった。天狗達は基本的に階層固定の上下関係を前提とした封建社会、まして長命な彼らの出世や降格は数年という“短い”スパンではそうそうおきはしない。例外的に大失態をやらかした上の者の懲罰的降格があったとき、そのポストに最も近しい者が引き上げられることぐらいである。
ならば例外的に山に格別の貢献をした者を特進させる事だって当然あるはずである。
(別に今のポストに不満があるわけじゃありません。新聞の大会だって上下関係は考慮しない事になっています。………だけど)
さっきとうって変わって決意を秘めた瞳に硬く噤んだ口元、自らの心の中の誓いを再確認する。
(印刷所を使用する優先権! 印紙代の特別控除!! 使いっ走りの部下!!! これらを手にする事が出来れば新聞の部単価を下げ、大量に発行する事もできて部数アップ間違いなしです!!!!)
イヤにテンションの高い鴉天狗が誰も見ていない高空でスプリットSを決めて目的地へと飛んでいく。
………考え事をしながら飛んでいたらしく目的地を飛び越してしまったらしい。
ある日一つの新聞が幻想郷中に配られ、そして見たものを一様に驚愕させた。
「お嬢様、今朝方あの天狗が新聞を庭に放っていきました」
咲夜が朝早くから起きて美鈴に軽食の差し入れをしているところに空から新聞が降ってきた。あまり外出しない主の事であるので幻想郷の情報を仕入れるためにも天狗の新聞は定期購読している。が、その内容を全面的に信頼しているわけでもなく、下らない記事はレミリアも読みたくないので咲夜が先に目を通してから主に渡すようにしている。
実際下らない記事ばかりで咲夜の判断により暖炉の薪代わりとなった時でもレミリアはその事を指摘しなかった。つまり新聞の日を忘れていたという事でもあり、その程度のものだったという事でもある。
「どれどれ………」
咲夜は余り感情を出さずに主に新聞を手渡したが、当の主であるレミリアは咲夜の態度に違和感を覚える。その理由は手渡された新聞の一面、その見出しが目に入ったときに理解した。
『物価の異常な高騰!? 食糧価格が例年の20倍以上を記録。更なる上昇の懸念』
センセーショナルな見出しによって読者の視線と意識を釘付けにし、その興味は小さな文字で綴られた本文の内容に向けられる。
『本年の異常気象により人間の里では大規模な不作となり、また例年より早い冬の到来に幻想郷では深刻な食糧難が各地で発生している』
そんな事はとうに分かっている。今までだって度々新聞は発行されてきているし、人里に降りて買い物をした咲夜の報告だって上がってきている。なによりついこの間この館を訪ねて金を借りていった人間がいるのだ。彼らが言っていたようにあれは食料の購入資金に当てるのだろう。
『これを受けて人里や白玉楼、そして近ごろ薬品製造と販売に体制をシフトしつつあった永遠亭は食糧購入に回る可能性がでてきた。今回は永遠亭の主人、蓬莱山輝夜さんに話を伺ってきた』
『そういう指示を出したのは私よ。ちょっと前まで永遠亭の裏庭をつかって野菜の栽培や少量だけれど穀物を作っていたりしたわ。最近まで竹林の外との交流はあまり無かったから全部自給自足していたのよ。だけど幻想郷の他の所と交易するようになってからは永琳の薬が良く売れてお金に困らなくなったの。月都万博展を開いたり盆栽の趣味にお金を使ったりもしたのだけれど、そういうのは一時的なものだから。だから食べ物は里の流通の方に頼んで送ってきてもらっていたのよ。魚とかお米とかはそうやって月一くらいでリヤカー一杯くらい買ってたわ。それで私は今まで耕作地に使っていたところで薬草の栽培をするように指示したの、良く使うお薬の大量生産体勢を整えるってところね』
『食事のレパートリーも増えたしそれなりに上手くいっていたのだけれど、この事態でしょ? いつも買い付けていた方も沈痛な面持ちで謝罪の言葉を繰り返すから恨み言も言えないし………。野菜の栽培はある程度続けているのだけれど、人参や菜っ葉ばっかり食べるのもねぇ。いざとなれば兎鍋でタンパク質を取れるだけでも里よりはだいぶましだとは思うけれど、やっぱりある程度食糧を他から調達しないといけないわね。貯えはそれなりにあるのだし』
『輝夜さんはこのように述べ、この冬は永遠亭の構成員をリストラすることも視野に入れているとの覚悟を話した。これが冗談であるのか本気であるのかの真意は分からないが少なくとも永遠亭は内部留保分の財を放出することを躊躇わないと思われ、更なる食糧価格の高騰が懸念される』
レミリアは驚きながらも記事に目を走らせて読み終える。そしてしばしの間目を瞑って思案し出した。
「………これでは貸し出した一千万など軽く吹っ飛ぶわね」
「選択を誤ったと御思いですか?」
メイドは主が後悔しているのではないかと気遣ってのこの台詞だ、それを見抜いたレミリアは口元に軽い微笑を浮かべて答える。
「別にいい。返せなくなったというのなら命を貰う契約だ、奴らが貸した金をどうしようが勝手だし何れにせよこっちに損は無い。ただこれでさらに食糧価格が高騰すれば十分な量は調達できないだろうから里で餓死者が出ても不思議じゃあない。英雄になるのは無理だろうし、半ば無駄死にという事になるだろうな」
そう言って少女の姿をした吸血鬼は小さく溜息をついた。
「ちょっと! これはどういうことよ!? あの天狗が来たのは製薬体制を整えた永遠亭を取材したいって話だったじゃない。そりゃあ今年の不作についてや永遠亭の食糧自給についても書くかもしれないとは言っていたけれど、インタビュー内容を切り貼りされて報道内容が打ち合わせと完全に違うわよ!」
新聞報道に最も憤っていたのは取材を受けた当人である輝夜だ。文も律儀というか何と言うか、永遠亭にも新聞を配達していたらしい。むしろ彼女はなんら悪い事をしたとは考えていないのかもしれない、何故なら……
「で、ではここに書かれている事は事実無根! 姫様はこのような事はお話になってはいないのですね?」
鈴仙・優曇華院・イナバは新聞を拾ったときにこれを姫に見せるかどうかかなり悩んだ。だが聞きたいこともあったので恐る恐るといった様子で差し出したのだ。
「え? え〜っと……、うん。まあ実際に言ったのは間違いないのだけれど………。でも言ったときの意図とは違うというか、あの場の空気での解釈とは違うはずというか………。言葉が独り歩きしている感じなのよ。発言は事実だけれどこの新聞では切り取られた前後があるはずで、それを考えるとまた違った意味になるというか………。ん? どうしたのイナバ???」
「そ、それはどういうことでしょうか!? 先日までこの価格で良いと仰っていたではないですか!」
「いや〜それがさぁ、この間里や永遠亭の人もうちに買い付けに来てねぇ。これくらいは出すって言ってきちゃったんだよねぇ。うちも今までは白玉楼さんと独占取引してきたけれどね、今度ばかりはあっちも大変そうだし必死になって頼まれちゃってさぁ」
これはウソだ。永遠亭は実のところまだ買い付けは行っていないし、里も稗田家の下に資産を集めてしまって他所との取引はしていない。
「そ、そんなぁ………」
「それにさぁ、妖夢ちゃんのところのお姫様って亡霊でしょ? 妖怪と同じでしばらく食べなくたって死にはしないだろうしさ、っていうか元々死んでるのか。とにかく里の人達も命懸けらしいから無碍には出来ないってわけ。向こうと同じかそれ以上支払ってくれたらあっちだって諦めきれるだろうけれど、安い額で取引したらあっちからどう思われるかわからないんだよ。申し訳ないけれど今回だけだから………」
「幽々子様は餓死しなくても私が食べられて死んでしまうかもしれません!」
妖夢は白玉楼に届けられた新聞をそのまま主に渡して読んではいない。主が読んだか読んでいないか分からないが翌日には焚き火で枯葉と一緒に処分した。
彼女は知らずとも世界は動く。たとえそれが閉じられた世界幻想郷であれ。
あの新聞が配られてから目に見えないところで変化が起き始めていた。不安と呼ばれる心の中に巣食う存在が幻想郷中の商人に取り付いていった。
誰も彼も損はしたくない。売る側は自分が売った後で価格がさらに高騰する事を懸念し、買う側は必死で金を積み上げる。
目端の利く商人は互いに市場価格を調査しあい、じわりじわりと物価は上昇した。
“白玉楼を除くどこも実際に大口の買い付けはしていないのに”である。
射命丸文は新聞記事の件で天狗の幹部会に呼び出されている。彼女にとっては予想していた事態である。
(とは言え、これほどのお歴々の前に座らせられるというのは若輩の私にとっては緊張するものですねぇ)
文は威圧感漂う座敷の下座で皆の視線を受け止めてなお俯かずに胸を張って全員を見返す。それは彼女の自信の表れであり、自分の正義を信じていることでもあり、なによりその場の幹部達には文を厳しく責める意思が感じ取れなかったためでもある。
「今回の新聞報道に関して釈明を希望する者があった」
(たぶんこの間話した交易の担当官の方でしょう。しかし釈明とは……、処罰する前に言い訳はあるか? というより、皆混乱しているから説明しろっていう意味であれば良いのですが)
「わかりました。私自身としてはこの度の報道内容は規約、“意図的に嘘偽りを報道し天狗の新聞の信用を失墜せしめてはならない”にも“報道内容によって天狗及び妖怪の山それ自体に不利益をもたらしてはならない”にも抵触していないと考えます。さらに言えば山と人里との食糧取引についても一切記載していませんし、今後もするつもりはありません。ですので私は私自身の報道に問題があったとは考えていません」
幹部達は小声で互いに文の発言を吟味する。しばらく待って文自身に質問や意見を言う者がいないのを見越して続ける。
「むしろ私はこの報道は我ら天狗に利益を誘導できるものとして発表したつもりです」
「具体的に述べてみろ」
「はい、この報道によって食糧の市場価格はさらにつり上がります。人里が食糧の購入先として我々と取引をする際、この市場価格を元にレートを決めれば相対的に我々が引き渡す食糧の量を減じる事が出来ると思ったのです。人間達が里中からかき集めたお金を全てはたくとして、当初は我々の持つ備蓄食糧を殆ど吐き出す契約を提案してきたそうですが、これにより我々天狗が死なないとはいえ飢えに耐えるなどという無様な姿を晒さずにすむ事になると考えました」
幹部ともなっている天狗達も阿呆ではない。元より文の新聞が波及させる効果も想定できるし、それによって山にもたらされるメリットも事前に把握できている。
「では、そこまで考えて記事を書いたと?」
「そうです」
「今お前は自分の意図したものを実現させるためにこの記事を書いたと言ったな。ではこの記事そのものには本当に問題は無いのか? つまりお前が話を聞いたという永遠亭の姫が実際には話していない事を記事にしていたり、もしくはお前に依頼されたとおりの事を喋っていたりしていないだろうな? どちらにせよ規約違反であるし、お前の意図が何処にあれ我々はそれを罰しなければならないのだ」
「そのどちらでもありません。彼女は私の質問に彼女の意思で答えてくれたのであり、私の記事には彼女の発した言葉以外は載っていません」
また幹部達は隣の者と小声で相談しあう。長方形の机の下座に座る文からは、机の右側と左側でそれぞれ話し合う天狗達が見て取れる。幹部会には大きく分けて2つの派閥があり、明確に敵対しているわけではないにせよ互いに牽制し合っているという話くらいは伝え聞いていた。
「射命丸文に対する沙汰は今後の趨勢を見計らってから決定する。通達があるまでは自重しておれ」
議長がそのように〆の発言をして会議は終了する。
文から見て机の右側に座っていた者達が立ち上がり、文に一瞥もくれずに去っていった。
そして机の左側にいた者達、その中でも最も文の席に近い場所にいた者、つまり幹部の中で一番下に位置する者が文に声をかけてきたのだ。
「幹部連の中でも保守的な派閥は君の事を面倒事を起こした厄介者扱いしているがね。我々は違う、今回の事を契機に我々はもっと我々自身が持っているものを有効に活用していくべきだと考えている。君の話は実験として非常に興味深いのだ、今後幻想郷の情報を一手に握る我々が執るべき道を指し示しているとも言える。他勢力に悟られる事なく進めるためには今回のように派手には出来ないが、ゆっくりと……いずれは幻想郷中を掌握できる日もあろう」
「………もう既に帰られたのは保守的な方々という事ですね。では皆さんの派閥はどのような方々の御集まりという事になるのでしょうか?」
会議室には議長と半分の幹部達が帰った後も残って文を値踏みしている者達がいた。
「我々は変化を疎い前例の踏襲しかする気の無い頭の固い連中とは違う。そうだな、いわば革新だ。新しい方法でより良い未来を追及する、それが今ここに残っている者達のスタンスだ。………人里との取引を君に聞かれたという者、奴は向こう側でな、未だに昔気質の商いを続ける頑固者だ。人間との間にも仁義とやらがあるとかなんとか訳の分からないことを……まあとにかく向こうは君の事を良く思っていないがこちらはそうではない。今後こういう所と関わっていこうと考えているなら憶えておくといい。時が来れば君にも参加して欲しいのだが、出来れば今のうちに返事を聞かせて欲しいね」
「謹んでお受け致します。これからは此度の様な勝手はしないと御約束します、勿論指示を頂ければ従いますが…………」
「いやいや、確かに今回の事は突然でもありいささか派手でもあったがそれを責める気は無い。君のように活力溢れる若い者が志を同じくして動いてくれるだけでも有難い事だ。期待しているよ」
文はすぐさま誘いを受け、それが間違いではない事を確信する。
(どんな組織であれ外から見ているだけでは何も成せない。中に入ってしまえば幾らでも上を目指す方法はある)
当初は幹部連の末席だろうと置いてもらえれば特権を享受できるとの考えであった文も、今は自分の実力で何処まで行けるか、それだけしか考えずに突っ走ってゆきそうな勢いである。まさに若い活力に溢れている訳だ。
夢見る少女の様な、それでいて獲物を見定めた猛禽類のような相反する光を湛えた瞳をした射命丸文は、全員が退席して1人きりになった会議室の中で口元に小さな笑みを浮かべた。
着実に幻想郷の食糧価格は高騰を続け、今や例年の50倍を越す勢いである。天狗の新聞が配られる前と比べるとおよそ5倍。あの報道が無かったとしても価格は上がったであろうが、報道の影響で大きく加速したのは間違いない。
さらに価格が上昇する前に買い込んでおこうとしたのだろう、異常な値上がりが続く中でも取引は盛んに行われた。
いや、だからこそ価格高騰も持続しているのだ。いくら食糧が貴重だからといって誰も買わない価格をずっと提示し続けるなど商人のやる事ではない。
また新聞の情報を得ずに以前の価格で販売していた者などは、それを必要としている消費者より先に目先の利いた商人によって買い取られる。値上がりすればその差額分が儲けになるからだ。
今や食糧取引は消費と供給の健全な関係を離れ、単なる投機材の様相を呈している。
「何故早く買い付けを行わないのです! 今こうしている間にもどんどん値上がりしてますし、こうなってしまえば以前の条件での天狗との取引など不可能に決まっています!!」
その中で一切の取引を行っていない勢力があった。人里、それは全ての“売り側”がその挙動を注視している存在であり、この相場高騰の中で最終的に売り抜けたい者達の垂涎の存在だった。
人里が食糧を買いたがっているという文の新聞は事実ではあったが、実際には買い付けていないというのは商人同士の情報網ですぐ後に確認され共有された情報だ。だがそれを不気味に思っているのは売り側だけでなく里の人間も同じらしい。
「どんどんと物価がつり上がっている今買わねば、得られる食糧は目減りしていくばかりですぞ!」
「何のために里中の金を持ち出したというんだ!」
「聞いた話じゃあ紅魔の館から人の命を担保に金を借りてきたそうじゃないか! 里の了承も得ずに勝手な事をしてくれたな!!」
「返す当てはあるのか!?」
「もう無理だ、今の相場で食糧をかき集めても里中の人間を食わせる事はできない。そうなりゃ体力の無い者からやられてく………なら早めに見限った方が………」
情報に振り回されて感情的に叫ぶ者。悲観的になる者。
里にも賢明な者はいる、長年商売を営んできた者だっている。だが、その年の功とて人のもの。人ではない者、人以上の者と比べようも無い。彼らの取引相手は皆その様な存在だ、食わずとも生きてゆける者からしか食糧は得られそうに無い、そんな年だから。
そしてここにも人以上が2人。
「貴女ならこの状況を解決できるかと一縷の望みを託したのだがな」
「あら慧音先生、あなたまでそんな悲観的になってはいけませんよ。まだこの件は私が御預かりしております故、そのように結論を急がれずとも」
「ほほぅ。今から一発逆転の目があると言われるのか? それはぜひお聞きしたいところだ」
周囲の喧騒もなんのその。この2人の女性は周りの話など入って来ない別の空間で会話しているようだった。互いの声のみが届き、それ以外は唯の雑音と化してしまう空間。その異質さを周囲で感じ取った者から順に言葉が喉から出なくなる。
阿求が慧音を先生と呼んでいるのも含むものを感じさせる。
「他がどのような取引を行おうが関係無いじゃないですか。私達は最初から天狗と取引をする事に決めているのですから」
「これはこれは異な事を言う。叡智の人ともあろう方が知らないわけではないだろう? 天狗達とて相場というものは無視できない、まして彼らに我々を無償で助ける義理などないのだ、利益を提示できなければ取引など出来はしないのではないのか? 商売の素人である私ですらそれくらいは考え至るというものだ」
「さすがです慧音先生、彼らを動かすには利益しかありえません。結局のところ最初から最後までそれしかないのですよ」
そう言って阿求はフフッっと小さく笑う。
いつの間にか周囲は静寂に満ち、阿求を糾弾したり拙速な対応を求めて怒号を上げていた者すらも静かになって目を落としている。
阿求と慧音は対立している訳ではない。2人とも目指すものは同じはずだし、その意味では協力しているはずなのだ。
だがこの空気、この2人の会話には周囲の人間の総毛立たせる寒さが。いや外の世界を包んでいる身を切られるような寒さではなく、体の内側に何者かの手を入れられているような、内臓を冷たい指先で触れられているかのような薄ら寒さを周囲の男達は感じていた。
「貴女には天狗達に利益を提示できると? 今や5分の1にまでなってしまった価値のお金で取引を成立させる見返りを用意していると言うのか?」
「………実のところそれを決めるのはあくまで相手なのです。私は話を提示しただけですし、私には私の考えがあって彼らは受けてくれるだろうとふんでいます。でも天狗の方々が私が思っている以上に愚かだったらこの話はご破算です。それだけの事じゃないですか」
「ならば確信を持って行動しているわけではないと、失敗する可能性もある賭けだったと今更に言うのか!? 勝手に里の人間を4人も人質に足りない分を工面してきたらしいじゃないか? 失敗したときはどう責任を取るつもりなのか聞かせてほしいのだが」
「勿論失敗の可能性は当初からありました。それは皆さんとてご了承のはずですし、これはまぁ当然の事でしょう。もし取引が成り立たなかったら集めたお金の一部で利息分は賄えます。つまり丸々1千万円の損ですけれど、私の家から5千万円を出して河童達に仕事を依頼しているのですからご容赦頂きたいものですわ」
「…………」
「それに私が八方手を尽くしても至らなかったときはその時こそ慧音先生の提案なさる解決策を実行すればいいだけのこと。お金も集めたときに帳簿をつけていますから、天狗以外と小口の取引が行えた後にでも全額ではないにせよ半分くらいは皆さんのもとにお返しできるでしょう」
(最初から………最初から全て考えていたのか。最初から逃げ道は用意されていた、彼女を責める資格などはこの里の誰一人として有していなかったんだ。私達は決断を引き伸ばした挙句に何もしないよりマシだろうと彼女に白紙委任した。その上で彼女は、いや稗田の家は里で最大の“支払い”を既に済ませてしまっている。彼女の言うように資産の半分が返ってきた日には誰も彼女の失敗を責められやしない。そんな資格のある人間はここには1人もいないのだから)
「どうされました? 慧音さん」
(………これほど切れるのなら。御阿礼の子である阿求が“天狗はこの話を受ける”と言っているのなら。もしかしたら本当に成功するんじゃないのか? 彼女が本当に全てを見越しているのなら……)
「慧音さん?」
「私達は貴女に期待するしかないんだ」
僅かに1ヶ月という時間が流れただけ。
だがそれは幻想郷という世界に劇的な変化をもたらした。
雪は山を覆い尽くさんというばかりにその量を日に日に増し、食糧の価格は急騰した。残り少ない食糧は頻繁に取引され、食わずとも死なない種の妖怪は飢えを感じながらも目の前の食べ物の価値が上がってゆく事を幸福に感じている。
もしこれが異変であるとするならば、
何処からが異変だったのだろうか?
誰が起こした異変だったのだろうか?
それともこれは異変などではないのだろうか?
あとがき
この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません。
またこの物語の舞台幻想郷は架空の世界で、現実世界とは異なる社会構造・倫理・道徳観が描かれています。
マジックフレークス
作品情報
作品集:
15
投稿日時:
2010/05/15 13:26:31
更新日時:
2010/05/15 22:28:56
分類
文
レミリア
また、真夜中のデット・リミットみたいな気持ちになるのか・・・
思わずトリックの効果音とbgmを脳内補完しながら読み進めました
今から続きが楽しみです
そしておぜうwww
経済学の単語なんだね・・・勉強になったわ
続き待ってます。
そしてAQNが頼れそうでもあり、不気味でもあり…
第一話のあとがきから見るにそうはいかないんだろうなー
これからどうなるんだろう
外来人の調達とかできないものか。
果たして阿求がここからどのように取引をするつもりなのか非常に興味深いです。
それにしても現代日本においてすら殺人が発生した場合、遺族には被害者を失ったことによる経済的損失を考慮した上で賠償金が支払われるのですから経済とは恐ろしいものです……