てくてくと、私は人里を歩く。十にも届かない子供だからと言って、フラフラなんの理由もなく歩いているわけじゃない。ちゃんとした目的がある。そもそも、私はほかの同じ年頃の子たちよりも頭がいいのだ。きちんと意味を持って行動できる。
母親が物心つく前に逝き、父親もお金をたくさん稼ぐために夜遅くまで働いている。だから、私はいつも一人ぼっちだ。知能が高いといっても、子供は子供。寂しいという気持ちは抱く。
その寂しさを紛らわせるために見つけた趣味が――食べ歩きだ。たくさん店が並んだ通りの中から飲食のできるお店に勘で適当に選んで、そこのお品書きをすべて制覇したら次の店へ。もちろん、子供のお腹に入る量なんてたかが知れているから、なかなかに長く続けられている趣味だ。昨日で三件目の店も制覇したので、今日はまた新しいお店を見つけようとブラブラしているわけだ。さて、どの店に入ろうかな――
「…………んっ?」
ふと、誰かに見つめられているような気がして、勢いよくその方向へと顔を向けた。視線の先に人はいなかったが――妙な店がそこにあった。たたたっと店の前まで走って、看板を見上げた。
『霧雨店』
看板にはそう書いてある。何のお店だろう? 店構えからして、なんとなく飲食店ではない気がするけれど――同時に、なんとなく入らなければいけない気がした。
*
がちゃりと扉を開けた瞬間――圧倒された。そう広くなく薄暗い店内に、ごちゃごちゃと物が大量に積み上げてある。しかもよく分からない物ばかり。まぁ、私にはガラクタにしか見えないものだが……見る人によっては、素晴らしいものに見えるのだろう。
「お、お邪魔します」
深呼吸を繰り返してから、丁寧な挨拶を中に投げる。が、それに対する返事はなかった。誰もいないのだろうか――そう思った瞬間、目の前のガラクタの山ががたがたと崩れだし、中から人影が現れた。
「おや、お客さんか。いらっしゃいませ」
眼鏡をかけた銀髪の青年が、何事もなかったかのように私に声をかけた。まぁ、整理中に積み上がったガラクタが崩れ落ちて埋もれでもしたのだろう。深く触れないことにする。
「さて」
そうつぶやきながら、青年は勘定机の向こう側の椅子にのんびりと座り、こちらをじっと見つめてきた。私も近づいて、適当な箱を動かしてその上にちょこんと座る。机を挟んで近い距離で向き合ってみると、中々整った顔立ちの青年だというのがよくわかる。……心なしか、目が私を見ていない気がするけれど。
「僕は店番の森近霖之助。そしてここは霧雨店。マジックアイテム以外の『不必要な物』なら何でも揃う素敵なお店だ。もちろん、生きていく上では、という修飾語は付くけれど。」
机の引き出しをがらりと開いてパイプを口に咥え、煙を吐き出しながら霖之助とやらが言う。あれ……いま、パイプに火をつけていただろうか?
「さてさて可憐で小さなお嬢さん、いやお客様のご用件はなんでございましょう?」
口調を営業用にでもしたのか、妙な敬語で彼が言った。おいしいご飯を食べに来た、と言ったらどんな顔をするだろう。そんな好奇心が沸いた私が口を開こうとした瞬間――彼はにっこりと笑った。
「それなら良い物がありますですよ、エェ」
……口に出ていた? いや、そんなフザけたことが有り得るだろうか。私が悩んでいる間に、彼はガラクタの山をガチャガチャと漁り、何かを取り出した。あれは、リボン?
「素敵なリボンね。不気味なぐらい」
私の言葉に、彼がにんまりと笑う。
「エェ、エェ。お客様は御目が高い高い、それは良い品でございますですハイ。」
歌うようにおどるように、彼が言葉を、いった。あれ――何故だろう、なんでだろう。彼の顔が、歪んでみえてきたきがする。
「このリボンはですね。お客様にとてもとても良い効果をもたらしてくれることでしょう。それはそれは素敵な効能を」
あぁそうだ。彼が吸っているぱいぷのせいだ。あのパイプから出る煙と、彼の口から出るけむりで視界がゆがんで見えづらいんだ。
「付けてみるといいでございましょう。その金色の髪の毛に、すぐにでも」
でも、あれ? タバコってこんなに煙が残るものだったっけ? 父がすってるたばこのけむりは、すぐにきえてしまうのに。
「おやおやおやおや、お客様。どうもご気分が悪いようで」
彼のいってることばが良くわからなくなってきた。あたまがぐるぐるする。今にもたおれそう、いや倒れ――
「ご安心をば。私がつけておきましょう。お休みなさい、お休みなさい。目が覚めればきっと――素敵で素敵な世界が見えることでしょう」
*
「ん……」
ぱちりと目を見開いて、私はゆっくりと体を起こした。ここは、どこだろう。……あ、見覚えがある――というより、昔、何度も何度も来たことがあるところだ。
人里から少しだけ離れた原っぱ。寂しさで父親に無意味に反抗し、家出を繰り返していた頃に、ここで夜を楽しんだ思い出が頭に残っている。
夜は素敵だ。夕から夜が変わる瞬間の、あの闇が光を喰らい尽くすような感じ。あの壮大さを味わうことで、寂しさを吹き飛ばしたものだ。吹き飛ばしてすぐに家に帰っていたので、おそらく父親は私の家出をまったく知らないだろう。
……ところで、私はなんでこんなところにいるんだっけ? たしか、人里の中をブラブラしていたはずなのに。思い出せないや。まぁ、いっか。既に空は赤い赤い色に染まっている。折角だから日没を楽しんで行こうと、私はゴロリと寝転んだ。だが。
「あれ、なんだろうこれ?」
ふと、頭に何かついているのに気がついた。触ってみると、布の柔らかい感触がする。これは……リボン?
こんなもの、私はつけた記憶はない。さっきからおかしなことだらけ。いったい何が起きているんだろう。不気味だ、やっぱり帰ったほうがいいのかもしれない。そんなことを思いながら私がリボンをはずそうとした瞬間――視界が、輝き出した。
「なに、これ!?」
目の中に痛みすら感じるほどの多量の紅い光が差し込んで来る。太陽? いや、そんな色の明るさじゃない。例えるなら、私の視界に映るすべての物が紅い明かりを発しているかのような――違う。例えなんかじゃない。実際に、目に飛び込んでくる景色を構築するモノたちの一部分が、鮮やかに紅く光っている! 花が、木が、草が、虫たちが――艶やかに艶やかに光輝いている!
私の体は思わずガタガタと振るえ出した。さっきまで普通だったはずのモノたちが光を発しているのが怖いんじゃない。光が――光が、『おいしそうにみえてしまっている』のが怖い! 怖いのに――手が、動いてしまう。手が勝手に、紅く明るく輝くただの草を掴んで地面からもぎ取って光らぬ部分を契って私の口へと運んででででででででああああああああああああああああああああうまいいいいいいいいい!!
何処かで聞いたことがある。すべての物には、至高の味を醸し出す部分があると。ただの噂ですらない戯言だと思っていたそれは、実在していたのだ! あぁ、あぁ! そうだ、きっとこのリボンは、それを教えてくれる『素敵な』リボン!
「おいしい、おいしい! あははははははははははははははは!!」
狂ったように叫びながら笑いながら、私は草の暗い部分を千切って明るい部分を次々に口の中へ放り込む。この世の物とは思えぬ味わいが、口内にじわりと、時にはだらりと広がる。手が、止まらない! 花にかぶりつく。木をしゃぶりつく。虫を舌で転がす。おいしい、おいしい、おいしいおいしいおいしいおいしいおいしい!
食べても食べても食べたくなるからか、口から涎が止まらない。だらだらと垂れ流しながら――ふと、手が止まった。
「暗くなっていく」
ぼんやりと、そうつぶやいた。日没だ。赤い夕焼けを、夜の闇が食いつくしていく。
「きれいな光景、ね」
さっきまでは、光以外何も見えなくなるほどの欲求に脳みそが支配されていたというのに――今は、穏やかさで心が埋め尽くされている。食欲といえど、この壮大さには敵わないということなのだろうか――なんて、ね。
「そんなわけ、ないじゃない!」
大声で笑いたいのを必死で抑える。あぁ、私の心はとても穏やかよ。とても、とてもね。
「だって、慌てる必要なんてないことに気づいてしまったんだもの!」
そう叫んで――私は、『光り輝く紅い闇』に噛み付いた。
*
「――!? ――!! どこにいるんだ!」
遠くで、誰かが私の名前を呼んでいるのが聞こえた。この声は、お父さん? あぁ、そっか。そうなんだ。どうやってかは知らないけど――お父さん、知ってたんだね。私が家出をしてたことと、家出先を。だからこうして、いつまでも帰ってこない私を探しにここまで来れたのね。
「……!? なんだ、これは。まさかこの中にいるんじゃ……」
あれから何時間立ったのだろう。一分かもしれないし、丸一日立ってるのかもしれない。外は明るいのだろうか。それとも、まだ闇が残っているのだろうか。
「クソッ、考えてる場合じゃない! おりゃあ!」
掛け声と共に、『闇の中にいた』私の右腕が掴まれた。あぁ、よく覚えてるわ。これはお父さんの腕。あったかくておおきくて、やさしいやさしいお父さんの腕。それを知っていながら――私は掴まれていない方の腕で、お父さんの心臓を抉り取った。
「がッ!? ……あ、あぁ……ああああああああああああああああ………………『ルーミア』ァ………」
お父さんがどさりと倒れたのも無視して、私は闇を自分の周りから散らした。『明るすぎて見えない』からだ。
「なんだ、まだ夜だったのね。月明かりがとても美しいわ」
闇をたっぷり食べて取り込んだ私は、自由自在に闇を操れるようになっていた。操り方は覚えたわけじゃない。頭が、体が勝手に教えてくれるのだ。でも、油断するとすぐにどこかへ行こうとするのが難点ね。このリボンの裏に、闇が私の周りから動かないよう封印の字でも書いてもらおうか。
あぁ、それにしてもとても素敵。非常食が常に自分にまとわり付いているんだもの。
「それでも、少しは違う物を食べたくなるのが不思議よね」
手に入れた心臓は、明るく鮮やかに艶やかに光っていた。あぁ、よかった。適当にもぎ取ったけど、おいしい部分だったみたいね。
「もっと紅く輝いてちょうだい。おいしそうに、おいしそうに――」
そうつぶやいて、私は心臓にかぶりついた。
先代ルーミアは何処…
おぞましいけど綺麗だった
そしてアリスじゃないだと!?
普通の少女だったルーミアが突然異形に変化してしまうシチュは不気味な魅力がありますね。
御友人の絵も話にマッチしていて素晴らしかったです