幻想ポンジャン紅魔郷

「幻想ポンジャン紅魔郷」発売！
紅霧異変の登場人物を題材とした操牌遊戯がついに登場！
可憐な弾幕少女たちを操り上がりを目指そう！

大晦日の夜、吸血鬼レミリア・スカーレットの私室に四人の人影があった。
猫脚の円形テーブルを囲んで四人の少女が座っている。
蝋燭の明かりに照らし出される端正な顔、顔、顔。
幼いカリスマとその身内たちは、テーブルに置かれた卓を囲んでいた。
少女たちが行っているのはポンジャン、子供向けにアレンジされた麻雀だった。

「ほら、上がりよ」
「むぅ、お姉さまズルイ。絶対にズルしてるでしょ」
「ふふん、証拠もないのに、言いがかりは良くないわ」

右隣に座った妹の抗議に、レミリアは唇を人差し指で隠し、余裕の表情で応える。
レミリアの妹、フランドール・スカーレットはぷっと頬を膨らませ、
虹色の羽をシャラシャラゆらしてむくれていた。

「一巡目で上がってよく言うよ。しかも全部、自分の絵だし。イカサマに決まってるじゃん」
「なんのことかしらね」
「もう！」
「ふふ。ささ、妹様も、次は頑張りましょうね」

レミリアの左隣に座ったメイド長の十六夜咲夜が場をなだめ牌を混ぜる。
再びゲーム開始である。
フランドールは卓を睨みつけ、不正がないか凝視していた。
牌を並べるレミリアの手を、親の仇のように見つめている。
レミリアは自信満々で牌を並べ、手に取った。
勝ち続けているためか、勝者の余裕さえ漂わせている。
そんな姉妹の様子を咲夜は口元に微笑を浮かべながら眺め、
レミリアの対面にすわった中華風の門番、紅美鈴は牌を取りながら、
麻雀だったらいいのに、と口の中でブツブツ呟いていた。
彼女は数あわせで呼ばれたため、たいそう不満だったのだ。

「正々堂々とやるのよ！」とフラン。
「わかったってば」

レミリアは邪魔臭さそうに返事をした。
親のレミリアが一番手に牌を引く。
握られた牌にはフランドールの絵が描かれていた。
真っ赤な背景に狂気の笑顔で微笑む妹の絵。
レミリアにとっては一つも揃っていない不要な牌だった。
レミリアはしばらく牌を摘んで何かを考えていたが、何かを思いついたのか、
一瞬だけにやりと笑った。
レミリアは心底迷惑そうな表情で、フラン牌を「いらないわ」と捨てた。

「あらお姉さま、私を捨てるなんて酷いわ」

皮肉めいた口調で言葉を返すフラン。
だがレミリアは返事をしなかった。
唇を結び、鋭い眼差しで捨牌とフランを交互に睨んでいた。

「……チッ。ほんとに邪魔なんだから」

レミリアはフランを見て、吐き捨てるように小さく呟いた。

「えっ？」

フランは困惑の表情で、姉の言葉を飲み込んだ。
姉はいきなり何を言い出すんだろう、とでも言いたげだった。
気まずい沈黙の中、咲夜が牌を引いた。

「私もこれがいりませんわ」

咲夜はレミリアと同じく、フランドールの牌を捨てた。
捨てるときに小さなため息。
咲夜もなぜか、うざったそうにフランのほうをチラチラ見ていた。

美鈴の番。
美鈴もまた、フランドールの牌を捨てた。
美鈴は始終笑顔だったが、フランに向ける表情は冷笑が混ざっていた。

「これしかないですねー。ハハハ……やれやれ」
「……も、もう、三人とも酷いんだぁ」

フランは取り繕うように笑ったが、誰も返事をしなかった。
みな、ただただフランを見つめていた。

「はぁ……」

このため息は、誰のものだろうか。
少女たちは捨牌置き場と、椅子に座ったフランドールを交互に眺め、首を振ったり、
肩をすくめたり、小さく舌打ちしたりと全身でフランドール本人に対して不満を表していた。

「……」

フランは押し黙った。
ジリジリと伝わってくる不快の意思を感じとり、不安になるフランドール・スカーレット495歳と少し。
いったいこの三人は捨て牌を通して何を想像しているのだろうかと、フランはとても居心地が悪くなった。

「じゃ、じゃあ私の番ね。良いの来ないかなー」

フランドールは無理に笑いながら牌を引いた
フランが引いたのは、自分の顔がかかれた牌。
狂気をはらんだ笑顔の、金髪の少女が描かれた小さな石くれ。

「……ッ！」

フランは呼吸が止まりそうになった。

（何よこれ！）

思わず叫びそうにもなった。
奇しくもフランの手牌には同じ絵柄は一枚もない。
捨てるとしたら当然、一つだけ孤立している自分が描かれた牌である。
フランは椅子の上で固まり、じっと牌を見つめた。
狂気を孕んだ表情が上手く書かれた自分の絵が、とても恨めしく思えた。
フランは嫌だった。
どうしても捨てたくなかった。
ここで自分の牌を捨ててしまうと、自分がいらない子であると認めているように思えた。
それだけは絶対にやりたくない。
硬直したフランの一挙一動を、三人はじっと見つめている。
フランは無言の言葉が聞こえる。
はやく捨てろ。いらないものを捨てろ。誰が不要かお前にもわかるだろう。
どうしようもない役立たずめ……。

（イヤ！　イヤイヤイヤ！）

フランは下唇を噛んで、三人を睨み返した。
絶対に認めない。認めてなるものか。
フランの脳内に、紅魔館から追い出された自分の姿が映る。
館の前に立ち尽くす自分。
惨めに門から追い払われ、数少ない知り合いから邪険にされ、知らない人たちから嘲笑され、
ゴミ溜めの中で紅魔館を思い出す自分の姿がありありと想像できた。
ああ、なんて未来なのよ……。
フランは自分の想像に戦慄する。
ここで捨ててはそうなってしまう気がする。
幽閉されているとはいえ、ぬるま湯のような紅魔館で暮すフランにとって、
絶対に避けなければならない未来だった。
フランは震える指先で、最も敵意を向けてくる姉の絵が描かれた牌を掴む。
力を振り絞り、震える指先で４つ揃ったレミリアの牌を掴み、捨てた。

「ぐすっ。お姉さまなんて……う、う、いらなーい」
「そう、酷いわね」

レミリアは心底残念そうにそう言った。
他の二人も深いため息をついた。
フランは、半泣きになった。
家族のように接していた者たちから、また実姉から向けられる敵意が信じられない。
たかが遊びで、どうして糾弾されなければならないのかとフランは考えていた。
こんなことになるなら、薄暗い地下室に引きこもっていたほうが、どれほど良かったか。
フランは気づかれないよう、卓の下でスカートの裾をぎゅっと握り締めた。
この場にいることが、フランはひたすら恐ろしかった。

レミリアは表情を崩すことなく、再び牌を引き、即座に捨てた。
またしてもフランドールの牌だった。
姉の視線を避け、フランは椅子の上で静かに涙をこぼしていた。
もし誰もいなかったら泣き叫んでいただろう。
続いて咲夜の番。

「あら、余計なものが来ました」

咲夜がそういって捨てた牌には、レミリアの絵が描かれていた。
微苦笑するレミリア。

「ずいぶんな言い草ね、咲夜」
「……」

咲夜は返事をしなかった。
済ました顔つきで、かったるそうに相槌を打っただけだった。

「ん？」

思わぬ従者の反応に、レミリアは戸惑った。
美鈴の番。
美鈴は牌を引くと、人差し指で牌を弾いた。
ピンと指で弾かれた牌は、くるくる回って捨牌置き場に飛んでいった。
くるくるくる、ぱたり。
表に描かれていたのは、不敵に笑うレミリアの絵。
従者たちは顔を見合せ、深いため息をついた。
まるで役立たずの夫を抱えた妻のような表情だった。

「何よ……」

レミリアの背中に冷たい汗が流れた。不興の色が濃くなった。
さきほどまで妹に向けられていた感情が、まさか自分に跳ね返ってくるとは思わなかったのだ。
もちろんレミリアは、妹を不必要だと思っていない。
フランドールをからかうために、冗談でやった行為なのだ。
そう、これはブラックジョーク。
空気の読める従者たちが、主の意図を察したのだと、レミリアは考えていた。
しかし従者たちは、どうも本気らしかった。
咲夜はゴミを見るような目でレミリアを見ており、美鈴はフランに向ける笑顔の下に殺意さえ覗かせている。
レミリアは、口をもごもごと動かし、無意味に翼を羽ばたかせた。
気まずそうに妹のほうを見る。
フランは体を縮めながら、涙目になっていた。
姉の視線を感じたのか、フランは下唇を突き出して、レミリアを睨んだ。
レミリアはきょろきょろと視線を泳がせた後、うつむいて静かになった。

「ささ、次はフランドール様ですよー」

美鈴の軽快な声が、場を動かす。
フランが牌を引くと、それは当然のようにレミリアの絵が描かれた牌。
不敵に微笑むカリスマの姉。

「何よ！　こんなの！」

フランは怒りに任せて、姉の牌を叩き付けた。
弾力のあるマットで跳ね返った牌は、咲夜の胸にぶつかって垂直に落ちた。

「フランドール様、落ち着いてくださいませ」

咲夜は冷静に牌を拾い、ゆっくりと身を乗り出すと、フランドールの捨て牌置き場にレミリアの牌を置いた。

ミシィ……！

緑のマットに牌が半分以上埋まっていた。
咲夜は凄まじい眼力でフランを睨んだあと、自分の席に戻っていった。

「はわ、はわわわわ」
「おいたはダメですよ」
「ひゃい」

フランは口をポカンと開けて、コクコクと頷いた。
悪魔の妹の瞳から、水滴がぽろぽろ零れた。
フランは完全に泣いていた。
レミリアは妹に対する従者たちの態度の悪さに、一言物申そうと顔を上げたが、
どす黒く濁った二人の瞳を見ると、腹の底から恐ろしくなった。
（人殺しよ！　あれは人殺しの目よ！）
頭の中で警報が鳴り響く。
君主危うきに近寄らず。
レミリアは再び顔を下げ、ひたすら従者と目を合わせるのを避けた。
貴族たるもの、わが身を守ることも大切なのである。
遊戯が続く。
従者たちのプレッシャーが吸血鬼姉妹に圧し掛かる。
姉妹は半泣きになりながら、どうしてこんなことになってしまったのかと考え、
機械的に牌を動かしていた。
信頼していた従者たちからの反抗は精神的なダメージを与え、心の傷跡が妖力を奪う。
姉妹はすっかり萎縮していた。

「ぐす、うっ、うううっ、ぐすっ」
「ひっく、ずず、ひっくひっく、ずずず」

人目をはばからぬ泣き声が室内に響いた。
楽しかったあのころは、もう戻ってこない。
ここにあるのは鋼の反抗心で心を攪拌される、哀れな吸血鬼姉妹がいるのみだった。

そんな主の様子を、従者たちは心の中でハイタッチしながら眺めていた。

（咲夜さん、堪んないですねぇ。一年の計は元旦にあり！　素晴らしい新年が見えてきましたよ！）
（ええ、ええ！　お二人とも可愛いすぎますわ！）

アイコンタクトのなかに、愛する主人に対する劣情が言葉となって混ざり合う。
鉄面皮に隠された従者たちの内面に、とうとう最後まで姉妹は気が付かなかった。
ああ、紅魔館の夜が更ける……。
霧の湖に朝日がのぼり、朝ぼらけの光が血なまぐさい湖を照らす。
初日の出はあまねく蒼生を照らし、新年の喜びを隅々まで伝えるのだ。


幻想ポンジャン紅魔郷 　完