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『夏祭り 第壱章』 作者: 原価計算
・・・此処は、何処だ?
僕は、何をしている?
ざらざらした畳の感触。
嗚呼。
何か、聞こえる。
どん、どん、どん。
ずっと遠くだ。
騒がしいな。
どん、どん、どん。
何だろう、この気持ちは。
そうか、これは鼓動だ。
啼いている。
どん、どん、どん。
ぱらぱらと、頁が捲られる音。
どうしたんだ?
どん、どん、どん。
啼かないでくれよ。
嗚呼。
・・・。
静かだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
当夜、幻想郷の最東端に位置する博麗神社は、宴会の為に大変な賑わいを見せていた。この地では大した祝い事が無くとも、気分次第で大勢を集めて催し物をすることが多々あるのだ。今宵の晩餐もそうした少女たちの盛大な暇潰しであった。
「霊夢、霊夢。どうした、あんまり飲んでいないじゃないか」
境内でどんちゃん騒ぎをしている人妖たちから外れて、神社の縁側では弐人の少女が酒を飲んでいた。
黒い帽子を深く被った、奇抜と言えば奇抜な格好をした少女が、隣に座った巫女装束を纏い、黒髪を紅のリボンで結わえている少女に話し掛けた。
「こんな盛り上がり様だというのにお前らしくも無い」
そう言って黒帽子の少女――霧雨魔理沙はグラスに残る温いビイルを呷った。
「こんな夜空の日には、静かに飲むのが好きなのよ」
曇天の、星ひとつ見えない空を仰ぎ、巫女姿の黒髪――博麗霊夢は答える。
「こんな空と言ったかて、雲しか見えないじゃないか」
「だからいいのよ。こんな葬式みたいな空には、葬式みたいな哀しい宴が似合うのよ」
「哀しい宴、ね。何とも矛盾した言い方だなあ」
「だって考えても御覧なさい。私たちだけが空に響くほど笑い合ったところで、空も土も一緒になって笑ってくれやしないのよ。そんな私たちを見て、嘲っているかも知れない、羨ましがっているかも知れない――」
博麗はそこで言葉を切って、紙コップに日本酒を注いだ。そうして、ちびりと少しだけ飲み込んだ。如何ともし難い表情を作って、話を続ける。
「――でも私は神様じゃないし、ただ単にこの神社の神様を祀る巫女でしかないのよ。ちっぽけ矮小な、人間なのよ。だからね、こんな私に出来ることと言えば、何を想っているかも分からぬ形も持たぬ高尚な存在に、畏れを表してあげることだけよ」
彼女はまた物悲しげに、ちびりと酒を口に含む。
黙って聞いていた霧雨は、陰鬱な博麗の気に中てられたか、空のグラスに目を落とした。
グラスの底には、白い泡がこびり付いていて、霧雨は何故かそれが無性に気になった。
博麗は不意に、彼女の横顔を見つめた。
白い肌。
金色のぼさぼさの髪。
目元には影が差して、落ち窪んでいるように見えた。
色の薄いその他のパーツと比較して、唇は異様に紅かった。
妖艶で、しかしどこが病的でもあった。
――あれ?
博麗は、不意に奇妙な感覚に襲われた。
――魔理沙は、こんな顔をしていたっけ?
不可解な、何とも微妙な記憶との差異。
――あれ?
――魔理沙は壱体、どんな顔をしていたっけ?
ずきん、と頭が痛む。
妙な既視感、いや、違う。
何かが、違う。
・・・何だ?
そうか。
既視感じゃない、未視感だ。
だって、
――いや、おかしいわ。
だって、
――馬鹿な・・・。
だって、
こちらを向いた魔理沙の顔には、瞳が無い。
真っ黒な、洞穴のような眼窩。
ずきん。
体が熱い。
頭が痛いわ。
笑っている。
誰なの?
視界が暗転する。
闇。
――何だろう?
――心地いい。
黒い穴から、壱筋の赤。
ぽたり。
グラスに落ちて、白い泡と混ざり合う。
博麗は意識を手放した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――お姉ちゃん。
――お姉ちゃん。
五月蝿いわね。
――お姉ちゃん。僕だよ。
誰よ?
――お姉ちゃん。ここに居るよ。
暗い部屋。
ざらざらした畳の感触。
真ん中に、何か置いてある。
暗くてよく見えない。
ぬるりと、何かが足に触れる。
暖かい?・・・いや、少し冷たい。
――僕だよ。
嫌。
嫌よ。
――お願いだ。
聞きたくない!
・・・。
・・・・。
ぱち、と瞼を開く。
「・・・」
暖かい日差しが顔に当たっている。毛布が体に絡み付いている。暑い。
博麗は気だるげに体を起こし、毛布を蹴り飛ばす。枕元の時計を見る。時刻は午前八時半過ぎ。壱度伸びをして、立ち上がる。縁側に行き外を見ると、昨夜の宴会の面影は無かった。すっかり片付けられているようだ。
とん、とん、とん。
台所から音が聞こえる。包丁が俎板に触れる音と、水の流れる音。心なしか味噌の匂いを感じる。
台所へ向かう。見ると、流し場にはこちらに背を向けて調理をしている霧雨の姿があった。
「・・・ん?おお、霊夢。起きたか」
霧雨は寝ぼけ眼の博麗を見て言う。
「昨日はいきなり倒れたもんだから吃驚したぜ。お前が飲みすぎで倒れるなんて珍しいな。あれ、でもお前昨日そんなに飲んでなかったよな?」
彼女は博麗に背を向けて鮭を捌いている。とん、とん、とん、と規則正しい音が響く。
「・・・私、私昨日どうしたの?」
博麗は硬い木の椅子に座って言う。
「覚えてないか。まあ、酔っ払って気絶した奴ってのは大概記憶が無いからな」
「ええ・・・。全く思い出せないんだけど。そんなに飲んだくれてたのかな」
「私が見てた限り全然だったぜ。まあ、急に倒れたんで急いで永琳に診せたが、大丈夫ってんで私が運んで寝かせてやったって訳さ」
霧雨はキャベツを切っている。
「・・・そう。有り難う。色々気を遣わせちゃったみたいね」
「何、気にするなよ。もうすぐ朝御飯ができるから茶の間で待っててくれ」
「ええ」
博麗は立ち上がり、茶の間に行く。皺だらけの布団を畳んで、押入れに押し込んだ。
座布団に座って外を見る。雲はあまり無い、透き通った空。初夏の生き生きした深緑が、神社を囲んでいる。雀が数羽、飛んでいる。風は無かった。博麗はふと思い立って、立ち上がり賽銭箱まで歩く。中を見下ろすと銀色がちらほら見えた。昨夜の宴会の参加者が、気を遣って入れてくれたのだろう。
茶の間に戻ると、卓袱台には料理が並んでいた。霧雨が座っている。
「できたぜ、霊夢。私も腹が減っていたしな、頂くとしよう」
博麗は霧雨の向かい側に腰を下ろした。
「そうね」
「じゃ、頂きます」
「頂きます」
弐人は言うと、食べ始める。
暫く無言で食べていたが、霧雨がおもむろに話し掛ける。
「なあ、霊夢」
「ん?どうしたの」
「どうせお前今日も暇だろ?」
「まあ、暇と言えば暇ね」
「そうだろうそうだろう。どうだ、後で香霖堂に着いて来てくれないか?」
霧雨は緑茶を啜る。博麗は後頭部の紅いリボンを解くと、少しきつく結び直した。
「ええ、別にいいわよ。そういえばこの前服が破けてしまったから、縫い直してもらおうと思っていたのよ」
「よし。・・・ああ、食器は私が洗っておくよ」
「いや、いいわよ。御飯も作ってもらった訳だし、このくらいはするわ」
「そうか。・・・御馳走様でした」
「御馳走様、美味しかったわ」
博麗は立ち上がり、食器を御盆に乗せて台所へ消えた。
霧雨は茶を飲み干すと、傍に置いていた箒を掴んで縁側に向かった。
数分後、食器を洗って準備を終えた博麗と共に、霧雨は青の天蓋に飛び立った。
上空壱百五拾メエトル程の高さを飛ぶ。
見下せば、永遠に続いているかのような広大な森林。彼方には明るい緑の山が見える。肉体を吹き抜ける風圧が、僅かに瞳を細めさせる。
「随分と天気が好いなあ」
霧雨は陽気に言う。
「私の占いでは今日は雨と出ていたんだが」
「あら、とんだいんちき奇術師ね」
博麗は笑って言う。
「霊夢。私は奇術師じゃあない、魔法使いだ。それにいんちきなのは占術本だ。私はそれに従っただけだからな」
そう言って霧雨もはっはと笑う。
「魔法なんかより、その減らず口を何とかしなさいな」
そんな他愛の無い会話をしている間に、目的地が目視できる距離に迫ってきた。
香霖堂――人間の里の先、魔法の森の入口に位置する古道具屋である。店主の森近霖之助は人と妖怪のハアフで、『道具の名前と用途が判る程度の能力』を持っている。彼は珍しい外の世界の道具やらも仕入れているため、店自体はそれなりに繁盛しているらしい。
「見えてきたぜ」
どん、どん、どん。
「・・・ん?」
どん、どん、どん。
「・・・あれ?」
どん、どん、どん。
「ねえ魔理沙、何か聞こえない?」
「ああ、何だろう、太鼓かな?」
何処か遠くから、太鼓を打つような音が響く。
どん、どん、どん。
「どっかで祭りでもやってんだろうよ」
それは、真夜中にぽたりぽたりと響く雫のように、何故かはっきりと聞き取れた。
鳥の囀りさえ聞こえぬ静かな午前のことだった。
弐人は香霖堂の正面に降りる。
香霖堂は弐階建ての比較的小さな木造建築である。壁は薄い水色で統一され、入口の木製ドアの上に、これまた木製の『香霖堂』と書かれた看板が見えた。筆で書かれてある。森近自身の字だろう、そこそこ達筆であった。正面弐階には窓が設置されており、今は白いカアテンが引かれて奥までは見えなかった。
霧雨が先行してドアを開ける。
かつ、かつと二人分の靴音が店内に反響する。明かりは点いていなかった。博麗はドア横にあるスイッチをぱちん、と押す。弐参度点滅して蛍光灯に光が点る。
店内はそこまで広くは無く、ドアを開けて壱拾メエトル程の突き当たりにレジがある。その奥は霖之助の住居に繋がっている。店の左右には窓が四つ設置されているが、今は全てにカアテンが引かれていた。その為店内は暗かったのである。合計で六つあるショウケエスには雑多な道具が展示され、埃が溜まっていた。
「あれ?香霖は居ないのか?」
霧雨は首を傾げる。店主は大層な読書家で、道具を拾いに行く以外はほとんど外出しない。何時もレジの椅子に腰掛けて文庫本を読んでいるのだ。
「霖之助さーん、居ないのー?」
博麗は呼び掛けるが、返事は無かった。
「でもおかしいわよ。外出するのなら鍵を掛けておく筈でしょう」
博麗はレジに向かう。
「それに、・・・ほら」
博麗は近付いてきた霧雨に白いマグカップを見せる。店主の物だ。中にはなみなみと珈琲が入っていた。アイス珈琲だろうか、カップは冷たかった。
「飲みかけの珈琲、そのままにして出掛けるってことはねえよな」
霧雨は店内をぐるりと壱周する。
「風呂入ってるか、トイレでも行ってんのかもな」
「そうね。少し待ってみましょうか」
弐人はそこらにあったパイプ椅子に腰掛けて、暫し店主を待つことにした。
かくして、参拾分は談笑に興じていたのだが、誰も来る気配無しということで、如何するか思案に暮れる弐人であった。
「どうする、霊夢。私としては家の中に入ってみた方が良いのではないかと思うんだが」
腕を組みつつ霧雨は言う。
「確かにそうね。寝てるのだったら叩き起こしてやればいいのだし」
「ああ、そうだな」
弐人はレジから繋がっている彼の住居に入ることにした。
今度は博麗が開ける。木製の古惚けたドアであった。
入ると、やはり真っ暗であった。弐人は此処には何度も入ったことがある。この部屋は客間。六畳の畳が敷かれた和室で、左手は襖で廊下と繋がっている。右手の壁には窓があり、白いカアテンが引かれている。店主はカアテンが好きなのだろうか。どの部屋の窓も白のカアテンで統一されていた。
霧雨は明かりを点けた。ぱっぱと明滅し、光が眼を満たす。畳は埃が溜まり、少し茶色く変色していた。掃除を怠っていたのだろうか。
弐人は廊下に出る。左側にはトイレがある。一応開けてみるが、誰も居なかった。右手に進むと、右側にドア。客間の横の部屋である。開けてみる。此処も同様に暗い。明かりを点けると、正面に窓。右手は壁で、客間と接する。左手には流し場があり、俎板や包丁が綺麗に整頓されてある。四畳半程で、灰色のカアペットが敷かれた洋室。中央に丸いテエブルが置かれている。キッチン兼ダイニングルウムの、狭い部屋である。
部屋を出て、廊下を進むと右手に階段がある。上は暗く、よく見えない。廊下はこの先で行き止まりで、右、つまり階段の横に風呂場があった。覗くが、何もない。
弐人は階段を上る。段を踏む度に、ぎしぎし軋む。弐人は無言だった。
弐階に上がると、正面の壁には参つの窓が設置されているのが見えた。右手の廊下を進むと、右側に弐つの部屋を見つけた。
手前の部屋に入る。例の如く明かりを点す。無造作に積まれた本。埃を被った本棚。此処は書斎だった。霧雨は興味深そうに見ていたが、博麗は読書などほとんどしないのでさっさと黴臭い部屋を出た。そして、この家の最後の部屋のドアの前に立つ。背後に霧雨の靴音。
博麗はドアノブに手を掛けた。
そうして、何故かふつと背筋が寒くなるような感じを受けた。
そうだ、この巫女の直感はよく当たるのだ――。
――ぎい。
部屋に入って初めに博麗は、何故か納得してしまった。
足の裏にざらざらした感触。
――畳の敷かれた部屋だ。
暗い。
この部屋に入るのは、初めての筈だ。
――私は・・・。
ああ、そうか。
――薄々感づいていたじゃない。
私は。
不意にぬるりと、何かが足の指先に触れた。
暖かい?・・・いや、少し冷たい。
どん、どん、どん。
――何故だか、とてもとても、哀しい。
ぱっぱ。
光が、点る。
どん、どん、どん。
黄ばんだ畳に、赤色はよく映える。
――綺麗・・・。
霖之助さん。
昼寝するなら、お腹出して寝ちゃ駄目じゃない。
孔が見えた。
蜜が溢れるように、綺麗な赤色の雫がとぷん、と流れた。
こぽり、とお腹の上で泡が弾けた。
どん、どん、どん。
――五月蝿いわ。
思わず、駆け出す。
霧雨も隣に居た。
抱き起こす。
彼の躰は、凍えそうな程に冷たかった。
顔を覗き込む。
――洞穴のように深く黒い、眼窩。
――その孔からは、壱筋の血液。
泣いているの?
――泣くだって?
――涙を流す眼さえ、無いじゃないか。
――どん、どん、どん。
何処か遠くで、太鼓を打ち鳴らす音が、鼓動ひとつ聞こえぬ世界に、厳かに響き渡っていた。
初の長編ミステリに挑戦です。
今までは短編しか投稿していなかったので・・・。
ちなみに香霖堂の構造は詳しくは分からなかったので自分なりに構成してしまいました。
まあ、推理ssなんですが、稚拙な文章力と足りない頭を使ってやっていきたいと思います。納得のいくラストにはしたいと思っていますので。
原価計算
作品情報
作品集:
16
投稿日時:
2010/05/23 11:10:46
更新日時:
2010/05/23 21:08:28
分類
ミステリ
霊夢
魔理沙
霖之助
続きも期待してます
一体彼の身に何が起きたのか、続きに期待させていただきます。