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『人形の家』 作者: んh

人形の家

作品集: 16 投稿日時: 2010/05/23 14:05:54 更新日時: 2010/05/24 23:31:56
私は雨の中を駆けていた。薄暗い森はゆっくりと障気を増している。

「早くしようぜ。そろそろ日が暮れるからな。」

私の手を引きながら、霧雨魔理沙はその前を駆ける。魔理沙は雨を切るように箒を振り回していた。
私は、繋いだ手を切らさないようにと、息を切らしながら前を行く大きな帽子を追う。
普段外を走ることなどないから、頭はふらふらするし、心臓は張り裂けそうだった。
ただ、この苦痛すら私にとっては新鮮な感覚である。自分がこんなにも速く動けることが信じられなかった。

「ご到着だぜ。おつかれさん」

突然の急停止に対応できず、そのまま前の帽子に体を預けた。その背中の向こうに見えたのは、二階建ての古風な洋館だった。
黄昏の中にひっそりと立つ館は整然としており、家主の几帳面さを写しだしているようだった。

「さて、あいつちゃんと生きてるかな。」

魔理沙はノックもそこそこに戸を開ける。それに続こうとしたその時、なんとなしに二階の窓が目に入った。
隅の部屋にほんのりと光が揺らめいたような気がしたからである。
雨の向こうの人影が私を見ていた、まるでそんな気がした。

「ほら、早く入れよ阿求、風邪引くぜ。」

戸口の向こうで、魔理沙が手招きをする。まるで自分の家に招待するような仕草に私は思わず笑みをこぼす。
彼女の金髪は部屋の光を受けてきらきらと輝いていた。薄暗い森に浮かぶ光の中へ、誘われるまま私は飛び込んでいった。








最近また妖怪が増えて、縁起の編纂も落ち着く気配がない。今日は新しく越してきた命蓮寺の妖怪達の話を聞くために、魔理沙の案内を請うことになった。
幸いさほど危険な妖怪でもなさそうで、適当に書いても大丈夫そうである。細かいところは次の代の稗田に任せることにしよう。
ただ、紅茶が切れたので、そのついでに香霖堂に寄ったのが失敗だった。
店主とあれやこれや話しているうちにすっかり遅くなってしまったのだ。今から森を抜けて里へ帰るのは危険すぎる。
いい機会なので魔理沙の家にでも泊まろうかと思ったのだが、家主曰く「素人が私の家に入ると危険だぜ」らしい。
代わりにその危険な家主の紹介でお邪魔したのが、この洋館だった。

「また何にも言わずにやってきて泊めてくれだなんて、うちをホテルか何かと勘違いしてない?」
「まあそういうな。しょっちゅう泊まってるじゃないか。一人増えただけだ。」

魔理沙と口論する家主の周りで、人形達が紅茶を淹れていた。あけすけのない口論は逆に二人の親密さを感じさせる。
魔理沙は濡れた服を脱ぎ散らかすと、ソファの上でくつろぎながらタオルで頭を拭いていた。

「お?いい匂いだなアリス、今日の晩飯はシチューか?」
「あんたに食わせるものはないわよ、まったくもう。あ、阿求、ちょっと待っててね今お風呂いれてるから。体拭いてお茶でも飲んでて。」

キッチンへ駆けていった者への口調とは打ってかわって、家主であるアリス・マーガトロイドは丁寧な口調で私に話しかける。
家主と通り一遍の挨拶を済ませた私はようやく席に着くことができた。女性だけといえど、二人の前で肌着一枚になってキッチンをあさるほどの度胸はさすがにない。








「アリスさ、おまえホントに人形に人形を操らせるなんてできるのか?」
「当然よ。私がその気になれば人形を操る人形を操る人形を使役できるわ。」
「はっ、ついぞ『その気』とやらになったのを見たことがないがな。」

「あの、盛り上がってるところ済みませんが…本当に泊まっていっていいのでしょうか。ご飯やお風呂まで頂いてしまって…」
「大丈夫だ。私は全く気にしない。」
「あんたいい加減にしないと外に放り出すわよ。」

軽口を叩く魔理沙をひと睨みしてから、アリスは私におかまいなくと言った。流石の人間友好度である。
最初晩ご飯を一緒に、と言われたときは、何が出てくるのかとおっかなびっくりだったが、普通の食事だった。
部屋中に置かれた人形達の視線を受けながら食事をするのも慣れればどうということもない。



「部屋は余ってるから気にせず泊まってってちょうだい。ただコイツとは一緒に寝ない方がいいわ。蹴られるわよ。」

アリスは魔理沙の頭をぽんぽんと叩く。言外の意味を察して、気になるところがあったが追求しないことにした。私はブン屋ではない。

「――ただし、二階の奥の部屋には入っては駄目よ、絶対ね。」

「絶対」という言葉に今までにない語気を感じた私は、反射的に頷いた。そうでもしないと怒られそうな気がしたからである。
いつもなら話に割り込んでくるであろう魔理沙もこの時はおとなしかったので、余計に違和感を感じた。











――ん、んん……

今は何時だろう、方々を歩き回ったせいか、部屋に入るなり寝入ってしまったようだ。外は完全に闇の中だった。
まだ雨が降っているのだろうか、いつもなら顔を見せる月も、今日は夜を照らすことはなかった。
窓がカタカタと小さく音を立てている。嵐にならなければいいが。

喉の渇きを覚えて、部屋を出てキッチンへ向かう。少し呑みすぎたようだ。

魔理沙は肌着のままダイニングのソファで寝ていた。正確には最初はそこで寝ていた、と言った方がいいのだろう。床に転げ落ちたままシーツにくるまっていた。
アリスは私達のせいで放り出したままの実験をしに地下へ降りていった。今夜は手が離せないらしい。
静かな部屋の中で、ひんやりとした闇が酔いの火照りには心地よい。

「さて、寝ますか」

部屋の人形達におやすみを言って、私はダイニングを出た。あくびを欠きながら寝室へ戻る途中、二階への階段が目についた。

「二階の奥の部屋だっけ…」

ふとアリス邸に入る直前のことが私の頭をよぎった。あの微かな光が見えたのは、館の構造から考えてその奥の部屋ではないだろうか?
そういえば先ほどなぜあんなに強く釘を刺されたのだろう?

「うん、まぁ…いいよね?」

アリスとはよく里で会うし、たまにこちらのお願いで人形劇をやってもらったりする仲だったので、彼女の人となりはよく知っているつもりである。
紅魔館や無縁塚ならともかく、彼女の家にそんなたいそうなものがあるとは思えなかった。案外恥ずかしい秘密のコレクションでも隠してあるのかもしれない。
それに万一何かあったとしても、今この家には妖怪退治の専門家が床に転がって寝ているのだ。問題ない、そう結論づける。

音を立てないように階段を上って、廊下を進む。突き当たりのドアはずしりと重く、人を寄せ付けぬ雰囲気があった。
その物々しさに一瞬引き返そうかと思ったが、意を決してドアを開ける。私とて一介の物書きである。好奇心は人並み以上にあるつもりだ。
見た目と裏腹にドアを引く手応えは軽いものだった。鍵はかかっていないのか。







「きゃっ!」

部屋に入ると私は思わず飛び退いた。部屋の真ん中で安楽椅子に腰掛けていた“そいつ”と眼があったからである。
廊下に申し訳程度に掛けてあったロウソクの光も届かないのか、部屋の中は一層暗かったように思えた。

そいつは人形だった。大きさは妖精ほどだろうか。非常によくできた美しい少女の人形だった。黒い長髪を下げ、まとっているのは肌着一枚だけと、アリスの人形にしては珍しく質素ななりだった。
だた、そいつを見て私が驚いたのはそんな理由ではなく、その人形が焼き物ではなく、複雑な組木からできているためだった。
それは以前香霖堂で見た、組木のからくり箱を思い起こさせた。
整然に入り組んだ幾何学模様の継ぎ目が、まるで入れ墨でもしているかのように全身を走り、不気味さと妖艶さをその人形にもたらしている。
その人形はまるで眠っているように、眼を閉じた状態で安楽椅子の上で揺れていた。




じとりとした空気が顔にまとわりつく。

雨戸がしっかりとしているのだろう、窓を揺らす風の音も聞こえなかった。
最初はおののいたものの、よく考えれば人形遣いの家に人形があるだけである、どうということでもない。
少しずつ目が慣れてくると、部屋中に作りかけの人形が転がっていることに気付いた。以前里にあった大きな人形の修理をアリスが依頼されたのに同行したことがあったが、それもこんな感じだった。最初こそ気持ちの良いものではなかったが、慣れれば興味深いものである。

ここに入るな、と言うのもせいぜい制作中の人形を見られたくなかったと言ったところだろう、と会得した私は部屋を軽く探索することにした。他に面白いものでもないかと思ったからである。


「おや、これは面白そうですね」

隅の小さな机の上で私が見つけたのは一冊のノートだった。そこに置いて大分時間が経っているのか、ノートには埃が一面に積もっていた。
私は軽く埃を叩くとノートを開く。
それは制作日誌のようだった。字が掠れたりつぶれたりした跡がかなりあり、相当古いもののように見える。



■月18日
…霖堂で掘り出し物を見つ…る。…トリバ…の作り方…載っている本…………
これ■研究…………なるだろう
今度材料…探しに…………。

■月…3日
近く里………きがあるらしい。八雲紫に頼み込んで、間……にする予定の■■を■人■け■■…………
これで……がそろっ……

…月10日
■■文献……考にコト………をベースに人形に改良…ること………
幸い…料はそろ………る。

9月■■日
完成し………
…の具合もよい。これで自律人…の可能性が……

■月20日
……の稼働は順調。魔力さえ供給………、意思を■■■動……
…………………………
最近右手が重い。疲労…ろうか

■月…1日
体が動…な……なぜだろう?
腹痛がひどい。今……早く寝よう。












やめろやめろやめろやめろやめろ












でていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけでていけ




■月………
■■は中止し…う
あ…は…棄しなけ…………

………あの箱は危…………






























          か え さ な い よ

























「――阿求、なにしてるの?」




ノートに囚われていた私の心を握りつぶすような冷たい、低い声が耳元を撫でた。チリチリとした嫌な寒気が私を襲う。
声の方へゆっくりと振り向くと、地下にいるはずのアリスが私のすぐ後ろに、ぺたり、と張り付くように立っていた。


「はいってはだめっていったじゃない」

アリスの眼は暗い部屋の中できらきらと輝いていた。まるでガラスのようだった。

「ご、御免なさい…」

「わるいこにはおしおきしないとね」

そう言うとアリスは私の腕の掴んで捻りあげた。突然のことに私は声を上げる間もなく床に押し倒される。

「ア、アリスさん、すみません、すみませんでしたから…」

組み倒される最中、あの人形と眼が合った。相変わらず安楽椅子の上でゆらゆら揺れながら、視線をこちらに落としていた。




「あははは」




突然アリスが笑い出す。




「あははははははははは」




何がなんだか判らぬまま、いよいよ薄気味悪くなって彼女の方をにらみあげた瞬間、心臓が凍り付いた。
それは笑い声のせいではない。笑う彼女の口が規則正しく上下に平行運動していたからである。それはまるで腹話術の人形のようだった。
彼女の声に不気味な音が混じる。それは食器を片づけるときのようなカチャカチャとした音、下唇と上唇がぶつかる音だった。


「ひぃっ!!」


恐怖で体のなにかが振り切れたらしい、私はありったけの力でそれを突き飛ばすと部屋を掛けだした。玩具のように吹っ飛んだそれは部屋の隅に転がると、乾いた音を立てながらバラバラに崩れたようだった。
そのことにひとかけらの罪悪感を感じることもなく、自分でも信じられない速さで廊下を抜け階段を駆け下りる。

「はぁっ…はぁっ…はぁ…」

そのままダイニングへ飛び込む。ドアを閉め、急いで鍵を掛けようとノブをまさぐっていると、背中に気配を感じた。恐怖が再びギリギリと私を締め付ける。

「阿求、どうした?」

それは魔理沙だった。私が慌てて駆け込んできたので目を覚ましたようだ。言いたいことは山ほどあるのに、恐怖で声が出ない。

「なんだいきをきらして。すこしおちつけよ」

そういうと魔理沙は私の肩に手を掛ける。腰が抜けた私は支えを求めるように彼女の胸に飛び込んだ。圧し積もった恐怖があふれ出すように、涙が止めどなく流れる。

「こわいゆめでもみたんだな」

魔理沙は私の頭をぽんぽんと叩きながら私を抱き寄せた。魔理沙の肩がそっと頬に当たる。



















肌着で露わになったその肩には球体間接が嵌っていた。




「ゆっクりねむレ。さとニはかわりヲヤるからな」
書いた後思ったけど、この手のものはアリスパチュリーぐらいだったら余裕で解呪できそうだし、むしろ香霖堂あたりに実物が転がってそうな気がする。
んh
作品情報
作品集:
16
投稿日時:
2010/05/23 14:05:54
更新日時:
2010/05/24 23:31:56
分類
阿求
アリス
魔理沙
1. 名無し ■2010/05/23 23:21:24
いくらかわいくても、この人形はいらないな・・・あ、ちょ、やめて、腕掴まないで
2. 名無し ■2010/05/24 00:07:21
クレヨンしんちゃんの劇場版4作目のあのシーンが……トラウマが……!!
3. 名無し ■2010/05/24 00:31:17
ラストでゾクリときたわー。
4. 名無し ■2010/05/24 00:41:37
二人とも人形なのか?
5. ぶーん帝王 ■2010/05/24 01:24:10
怖いwww
6. 名無し ■2010/05/24 02:10:27
定番だが怖いもんはこええよ!w
7. 名無し ■2010/05/24 10:21:44
人形は主があってこそ
自分で動く人形なんて作るもんじゃないな
8. 名無し ■2010/05/26 11:37:16
次の版の幻想郷縁起では魔理沙とアリスを褒めちぎるコメントが載るのか
9. 機玉 ■2010/06/04 22:07:32
最後でさらに落とされましたw
好奇心は猫をも殺すとは正にこの事ですね。
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