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『楽園の果ての素敵な巫女』 作者: 名前がありません号
私と彼女はずっと一緒のはずだった。
いつものように過ごし、いつものように笑い、
いつものように食べて、いつものように寝て、
そんな生活が当たり前のものだと思っていた。
そんな生活が奪われてしまう事など考えもせずに。
楽園の果てで
私はいつものように神社の縁側に座って、お茶を飲んでいる。
いつものこと。そう、いつものこと。
ただ一つ足りないものがあるとすれば、あいつがいないことだ。
まるで心にぽっかり穴が開いたような、喪失感が広がっていく。
いつものお茶なのに、何故かとてもしょっぱい。
何故だろう。わからない。
私は頬に伝うものに気付いた。何で泣いてるんだろう。
お茶を飲んでいると、どうにも気分が落ち込んでしまうので、
境内の掃除をする事にする。箒を手に取り、掃除をする。
大したゴミがあったわけではないけど、なにかしていないと色々なものがこみ上げてきそうだった。
しばらく掃除をしていると、地面に何かが落ちてくる。文々。新聞だった。
ああいう配り方をしなければいいのだけど、改める気はないのだろう。
拾って、軽く流し読みすると相変わらずのくだらない内容だった。
私は新聞とゴミを集めると、まとめて火をつけて燃やした。
ふと、小腹がすいた。
貯蔵庫を見ると、少し食料がきれかかっている。
あとで補充しなければいけないだろう。
気は進まないけど、人里で食料を買ってこないと。
人里に行くと、いつもと変わらない光景があった。
誰とも知れない人の行き交いと、にぎやかさ。
今日はお祭りなのだという。
流石に私は参加したい気分じゃなかった。
すると私の名前を呼ぶ人が居た。
「慧音」
「……随分落ち込んでいるな」
「そんなことはないわよ?」
「そうか……? 気分転換に祭りに参加するのはどうだ?」
「いいわ。そんな気分じゃないから……」
「そうか。お前がそういうなら仕方ないか。だが、調子が悪い時はいつでも言うんだぞ」
「ええ、ありがとう。じゃあね」
「ああ」
私は神社へと戻っていく。
後ろを振り返ると、慧音の心配そうな瞳が見えた。
神社に戻る途中でレミリアに出会った。
「久しぶりね。どう? お元気だった?」
「これが元気に見えるのかしら?」
「ああ、とってもブルーね。真っ青だわ。私の嫌いな色」
「あっそ。それだけ?」
「まぁそれだけでもいいのだけど」
そういうとレミリアは、コインを一枚渡す。
「何これ?」
「硬貨だよ。ただの」
「何のつもり?」
「旅の駄賃には充分だろう?」
くくっとレミリアが笑う。
私はレミリアに掴みかかる。
「ふざけてるの?」
「お前がそんなだからさ。ふざけたくもなるよ」
「殺されたい?」
「冗談。今のお前じゃ私の足元にも及ばないよ」
「……ッ」
私はレミリアから手を離す。
どうも調子が悪い。
直ぐにカッとなってしまう。
ここにいるのは良くないと思い、
私はこの場から離れた。
レミリアはやれやれといった表情で、私を眺めていた。
神社に戻ると、私はいつもの縁側に座る。
よく見ると、部屋ですぅすぅと萃香が寝息を立てている。
起こすのは悪いと、私はそっと台所で料理を作ろうとして、
ちょっとだけ萃香の顔を見た。
涙が流れていた。
そして口が誰かの名前を呟いていた。
しかしあまりにか細い声で聞き取れなかった。
私は聞かなかった振りをして、
料理を作り始めた。
やがて、匂いに釣られたのか、
「おはよー」という、萃香の少し気の抜けた声が聞こえてきた。
「もう三時よ?」と返して、私達は遅めの昼食を取った。
昼食を食べ終えて、夕刻。
萃香はいつのまにやら姿を消していた。
特にする事もなかったので、とりあえずお茶を飲む。
さきほどと違って、しょっぱい味はしない。
いつものお茶の味だった。
夕食を食べ終えた私はふと空を見上げる。
日が沈み、僅かにだが月が見えている。
今日はよく晴れていたから、見えやすかった。
赤い空に浮かぶ月がどこか恐ろしいものに見えて、
私は知らず知らずのうちに震えていた。
怖い。
怖い。
怖いよ。
怖いよ。
助けて、―――。
ふと、眼が覚めると夜になっていた。
どうやら縁側で少し眠っていたらしい。
こんな事は珍しい。
正直、ずっと眠っていたかった。
だって、その方がずっと楽だとわかっているから。
そうすれば、あいつの元にいけるんだから。
「だめよ」
空間が裂けて、中から出てきたのは八雲紫。
「何よ」
「勝手に死ぬことは私が許しません」
「そんなの私の勝手でしょ」
「確かに貴方の勝手よ。でもそれは昨日までの事。今の貴方は博麗の巫女なのよ」
「五月蝿い、そんな事、言われなくても分かってるわよ」
「いいえ、何も分かっていないわ。巫女になった以上、貴方の命は貴方だけのものではないのよ」
「………」
「“魔理沙”が死んだ時、貴方はそう決めたはずよ」
紫はただ、そう私に言い放った。
「………そうね。私が決めたんだものね」
「今更後悔しても、もう遅いわ。これが現実なのよ」
「ええ、“魔理沙”はもう、いないのよね」
紫は何も言わず、ただ空の月を見上げている。
私も同じように、空の月を見上げていた。
気付けば、紫は何処かに消えていた。
博麗神社には、私一人だけがぽつんといる。
私はもう堪える事が出来なくなっていた。
「………霊夢ぅ、霊夢ぅ、霊夢ぅぅぅ!!!」
私は、“自慢の金髪”を揺らしながら、もう帰ってこない親友を思って泣いた。
霊夢はもういない。
幻想郷の何処を探しても、私が知っている霊夢は、もういないのだ。
博麗霊夢が病気になった。
少し調子が悪いと、そんな事を言っていた様な気がする。
私はそんな霊夢を心配するが、当の霊夢はあまり気にかけていなかった。
私も霊夢が大丈夫というなら、多分大丈夫だろうと思っていた。
彼女はそういう点は偽らないだろう、そう考えていたからだ。
そんな見通しの甘さが、あんな結果を招いたのかもしれない。
私は知るのが少し遅かった。
何しろその時の私は、ある魔法の研究をしていたからだ。
成功すれば、私の魔法はさらに一歩前進する。
そんな時、文々。新聞の号外が窓を突き破って、投げ込まれた。
普段なら、目を通さないものの、何故だかその時は吸い込まれるように新聞を手に取っていた。
博麗の巫女が病に倒れた、と書かれていた。
八意永琳が診断するものの、原因は分からなかった。
ただ、その正体不明の病は加速度的に進行しており、
既に、霊夢の身体を著しく侵食しているという事だけは確かだった。
私が霊夢に会いに行ったときには、酷く衰弱していて、
喋る事も出来ないほど、弱っていた。
私は後悔した。
あの時、無理矢理にでも永琳の元に連れて行けばよかったんじゃないのか。
そうでなくても、それとなく誰かに相談するべきじゃなかったのか。
魔法の研究なんかよりも、霊夢の為に何かして上げられたんじゃなかったのか。
そんな事ばかりが、頭をよぎっていく。
すると、霊夢が弱弱しく口を動かして、私に何かを語りかけてくる。
か細く聞き取れない声だったが、口の動きで霊夢が何を言っているのか理解した。
私はもう霊夢を楽にしてやろうと、その手を霊夢の首に掛けて、締め上げた。
霊夢が私を腕を優しく掴んで、少し微笑んだ気がした。
私が聞いた霊夢の最後の言葉は、『ころして』だった。
そんな言葉なんて聞きたくなかったのに。
その後、紫が私の元にやってきた。
紫は私の行為を叱責した。
しかし私には、もう何も残っていない。
最大にして、最高の友人を失った今、私には生きる気力が残っていなかった。
そんな私に紫はある取引を持ちかけてきた。
新しい博麗の巫女が見つかるまでの間、貴方が博麗霊夢となれ、と。
情報操作その他は全て自分が行うから、貴方は博麗霊夢として振舞え、と。
代わりに、博麗霊夢の魂と私の魂を融合させて、霊夢と共に永遠に生きられるようにする、と。
ただし、私。
霧雨魔理沙は幻想郷から消えてなくなる。
魔理沙がこれまで歩んできた道のりも、
魔理沙が必死に手に入れてきたものも、
全て失う事になる。
しかし私は、もう迷う事などなかった。
霊夢の居ない幻想郷で生きていくことなど出来なかった。
その時の私は、魂だけでも霊夢と共にいたかった。
そして、この日。
博麗霊夢は奇跡的に体調を回復する。
しかし誰も彼女の金髪にも、顔立ちにも、誰も不思議には思わなかった。
そして同時に、霧雨魔理沙は、幻想郷で死んだ。
しかし、私は後悔している。
魂を霊夢と共にした事で、私は霊夢と共に居られると思っていた。
でも魂の霊夢は何も語りかけてはくれない。
何も私に教えてくれない。
何も私に答えてくれない。
私はただ、霊夢の名を叫び続ける事しかできない。
この誰も来ない博麗神社で。
この楽園の果てで。
ずっと。
誰にも知られる事なく。
誰にも理解される事なく。
誰にも思い出されないまま。
ずっと。
楽園の果ての神社には巫女がいる。
その巫女は博麗霊夢と呼ばれている。
何故、そう呼ばれているのかわからない。
ただ、彼女が幻想郷という楽園の巫女である事は、
幻想郷の誰もが知っている事実である。
白零零無(はくれいれいむ)。
真っ白で何も無い。
つまり博麗霊夢は、名前ではなく記号でしかない。
その記号に恋をした女は、自分の名前を捨てて、全てを捨てて、真っ白になってしまったのだ。
※ ※
何この電波。
これはひどい。
しかし投稿する。
名前がありません号
作品情報
作品集:
16
投稿日時:
2010/05/24 20:11:07
更新日時:
2010/05/25 05:17:43
分類
楽園の素敵な巫女
さよなら魔理沙
しかし魔理沙が殺さなかったら霊夢はどの道病気で死んだんじゃないの?
眠りの世界に逃避したくなる気持ちも分かる。
しかし幻想郷自体が幻か夢の様なものだと思うんだけどね。