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『商品先物取引会社登録外務員霧雨魔理沙 (前篇)』 作者: カンダタ
それは一本の電話から始まった。
紅魔館の奥にある図書館。普段は静寂な室内に、けたたましい電話の音が鳴っていた。
「・・・ゆっくり読書もできないじゃない」
動かない図書館の異名を持つパチュリー・ノーレッジであったが、いくら待っても鳴りやまない電話を放っておくわけにもいかなかった。手にしていた本をぱたんと閉じると、めんどくさそうにゆっくりと歩き出す。
「まったく、こんな時に限って小悪魔はいないんだから」
ぶつくさと文句を言いながら、受話器を手にとった。
「はい・・・」
「もしもし!お忙しい処申し訳ございません!わたし、株式会社ボーダー商事の霧雨魔理沙と申します!突然のお電話申し訳ございません。いま、わたし、資産運用のご案内でお電話させていただいていまして・・・」
けたたましい声が聞こえる。パチュリーは思わず電話から耳を離してしまった。
なんだろうこの電話は?いったい何を伝えようとしているのかも分からない。
困惑するパチュリーであったが、そんなパチュリーを無視して電話の向こうの主は語りまくっていた。
「今の時代、銀行の金利も低金利が続き、資産がどんどん目減りしていっていると思います。そこでわたしが少しでもお客様の役に立てればと思いましてこうしてお電話させていただいているのですが、15分でいいのでお時間いただけますでしょうか?」
「・・・」
「いえいえ、急な話でびっくりされているとは思いますが、そんなに御手間はとらせません。たとえば明日とかご在宅でいらっしゃいますか?」
そもそも、紅魔館に電話がかかってくることすらほとんどないのだ。もしかかってくるとしても、大抵の場合は小悪魔が出てくれるので問題はない。人づきあいの苦手なパチュリーはどぎまぎしてしまい、ついつい相手のペースにのってしまった。
「そんなこと突然言われても・・・」
「分かります。そんなにお時間はとらせません」
「朝とか忙しいですし・・・」
「ならばお昼の12時から13時の間はいらっしゃいますか?」
「一応、いるにはいますけど・・・」
「ならばその時間にお伺いさせていただきます!」
「え・・・」
「ちょうどですね、明日のその時間に近くを回る用事がありましたので、その時によらせていただきます!」
「そんな・・・悪いですから・・・」
「気にしないでください!お客様だけでなく、他にも近くの方を回らせて頂いていますから!そんなに御時間はとらせませんから!」
「・・・は、はぁ」
「ありがとうございます!では明日の12時から13時の間に株式会社ボーダー商事の霧雨魔理沙というものがお伺いいたしますので、どうか宜しくお願いいたします!」
一方的にそう言われて、電話は切られた。
しばらくの間、パチュリーはぼぅっとしていた。今の電話は何だったのだろう?初めての経験だ。
明日来るといっていたけど・・・本当に来るのだろうか?
「パチュリー様」
その時、図書館の重い扉があき、蔵書をたくさん抱えた小悪魔が入ってきた。
「パチュリー様、なにか浮かない顔をされていますが、何かあったのですか?」
「・・・別に」
先ほどの一件を伝えるのも何か気恥ずかしかったので、パチュリーはそれだけ言うと、読みかけだった本に目を戻した。まぁ、気にするほどの事でもないだろう。ただ、ちょっと、明日来客があるだけだ。それに言っているだけで来ないかもしれないし・・・
小悪魔は何か言いたそうな怪訝そうな顔をしていたが、やがて仕事へと戻っていった。
図書館に静寂が戻った。
■■■■■
「アポ一件とれました!」
わたしは大声で叫ぶと、壁にはってあった用紙に大きな文字で「アポ1・・・明日12時」と書き込んだ。
「本当だろうな?」
「大丈夫です!」
「どんな感じだった?」
「押しの弱そうな感じでした」
「よし。まだまだアポが足りんぞ。もっともっと取れ!」
そういうと橙係長は、大きな声で机をたたくと「魔理沙がアポ一件とったぞ!お前らも負けずにとれよ!」と叫んだ。
部屋内にいる30人ほどの営業社員は、「ういーっす」と気のない返事をすると、各自それぞれ電話に戻っていった。
「うまくやったわね」
「あぁ。これで明日、とりあえずは外に出ることができるぜ」
「いいなぁ。わたし全然アポとれないし・・・カラでも一件あげようかな」
「やめといたほうがいいぜ。最近、橙係長、アポの検証するときがあるからな」
「そうかー」
隣の机に座っている同僚の霊夢とひそひそ話をする。わたしはアポが一件とれたから気分がいいのだが、霊夢は朝からずっと電話をかけていてもアポが一件も取れていないのだ。仕方ない。わたしだって、さっきの電話は運がよかった。紅魔館のパチュリーとかいったかな、世間慣れしていない感じだった。あれなら少々強引にいけばなんとかなるかもしれない。
「こら!そこ、何くっちゃべっているんだ!話す暇があれば電話をしないか!」
橙係長の雷が落ちる。
「はい!」
わたしも霊夢もあわてて電話に戻る。
わたしの勤めている株式会社ボーダー商事は、商品先物取引を扱っている会社だ。先物取引とは、一言でいえば「相場をつかったギャンブル」だ。本当は違うのだけれど、わたしのとってはギャンブルにしか思えない。しかも、自分のお金を使わないギャンブルだ。
初任給の高さにつられて入社したのだが、こんなにきつい仕事だとは思わなかった。
毎日、300本は電話をする。これだけ電話をしても、ほとんどがガチャ切りで、まともに話ができるのは10人に1人もいやしない。それでアポがとれるなんて、それこそ1日中電話をして3人とれれば御の字だ。
隣を見ると、霊夢も電話をしている。
(ははーん)
よく見てみると、あれは天気予報のところにかけているんだな。もう名簿にもかけれる相手が残っていないので、とりあえず上司に仕事をしている「フリ」をしているだけだ。
「お忙しい所もうしわけございません!わたし、株式会社ボーダー商事の博麗霊夢と申しまして・・・」
「・・・11時、30分をお知らせします」
「突然のお電話でもうしわけございません!」
「・・・11時、31分をお知らせします」
「実は私、資産運用のご案内をさせてもらっておりまして!」
「・・・11時、32分をお知らせします」
お腹すいたなぁ。
霊夢を横目でみながら、わたしは壁に目を向けた。そこには時計がおいてあり、もうあと30分で昼休憩の時間だと分かった。
(けど)
今日は課全体のアポ件数が少ないから、昼休憩なしになるかもしれないな。橙係長もカリカリしているし。
「新規ー!新規ー!」
そう叫びながら、橙係長は新聞で机を叩いている。
(そんなに言うなら、自分で電話しろよ)
思うが、言わない。言っても意味がないからだ。
「やれやれ」
わたしはため息をつくと、再び電話をかけはじめた。
あぁ、電話は嫌だなぁ・・・
明日は訪問できるから、そこで少し羽を伸ばすとしよう。
■■■■■
ろうそくの炎が少し揺らめいた。
風が入ってくる。パチュリーが振り向くと、そこには小悪魔が立っていた。
「パチュリー様、お客様です」
「・・・お客様?」
「はい。株式会社ボーダー商事の霧雨魔理沙さまという方がおみえです」
「・・・霧雨魔理沙!?」
パチュリーはしばらく考え込んでいたが、やがてはっと思いだした。
昨日の電話だ。すっかり忘れていた。そういえば来るとかいっていたかもしれない。
「どういたしましょうか?」
「・・・こちらへ連れてきて」
せっかく来た人を追い返すのも悪いだろう。少しだけ話をして、それで帰ってもらおう。今読んでいる本がちょうど面白いところだったのが不満なのだけれども、そんなに時間もかからないだろうし。
「お邪魔いたします!」
元気のいい声でにこにこしながらその霧雨魔理沙という女が入ってきた。
「・・・」
パチュリーは何も返事をしなかった。というよりも、圧倒されて言葉が出なかったのだ。
「このたびはお忙しい所、お時間をあけてくださって有難うございます!」
そう言いながら、ずかずかと図書館の中に入ってくる。そんなに急がなくてもいいのに。もしも本が倒れてきたらどうするの?とパチュリーは思った。
「お電話でもお伝えさせていただきましたが、わたし、株式会社ボーダー商事の霧雨魔理沙と申します!」
名刺を差し出してくる。確かに、そこには「株式会社ボーダー商事 第一営業部 霧雨魔理沙」と書かれている。
(あとで栞にでもしよう・・・)
そんなことを考えながら、パチュリーは名刺を受取った。
「それにしても、すごい量の蔵書ですね!これ、全て読まれているんですか!?」
「・・・ええ」
「すごいなー。読書家なんですね、パチュリーさんは!」
初対面だというのに、慣れ慣れしく名前を呼んでくる。手に大きなカバンを持っているのが見えた。中になにが詰まっているのだろうか?
「それで、何の御用?」
「あぁ!申し訳ございません!」
「わたし、忙しいのだけど」
「そうですよね。お電話でもお忙しいと言われていましたよね!」
魔理沙はニヤリと笑った。
「12時から13時の間は御在宅だとお聞きいたしましたので、12時ちょうどにやってまいりました!13時まであと1時間しかありませんもんね!」
「・・・」
パチュリーが何も答えないでいると、魔理沙は持っていた大きなカバンの中から色々と資料を取り出してきた。
「1時間しかありませんから、かいつまんで説明させて頂きます!」
・・・1時間まるまるいるつもりのようだ。
パチュリーはため息をついた。こんなことなら、最初の電話で断っておけばよかった。
「まずは、商品先物取引というものの簡単な説明からさせていただきいます!」
ろうそくの炎が揺れている。はぁ、とため息をつき、パチュリーは話を聞くことにした。
結局、パチュリーが解放されたのは、予定を大幅にすぎた14時であった。
「お忙しい所、今日は有難うございました!もしまた何かありましたら連絡させていただきます!」
「・・・ええ」
疲れ切ったパチュリーは、そう生返事をするしかなかった。
やっと、終わった。
小悪魔を呼んで、魔理沙を送ってもらう。
長かった。
話自体は興味深かった。
商品先物取引。
つまり、「今」のものを買うのではなく、「先」のものを買うという「約束」をする取引だ。
たとえば、今の「プラチナ」が「2000円」だとして、2000円で「買う」約束をして、「先」にそのプラチナが「3000円」になったとしたら、利益が「1000円」出るというものだ。
まぁ、そんなにうまくいくとは思えないのだけれど。
というより、別にお金なんて、あってもなくてもあまり関係はないのだけれど。
(でも、ちょっと、素敵な人だったな)
そう思った。
霧雨魔理沙。
可愛い笑顔。自分にはないものを持っている人。
魔理沙と話をしていると、心が少し、ウキウキしてきたのを感じていた。
けれど。
(まぁ、もう、会うこともないし)
そう思い、パチュリーは紅茶をすすると、中断していた読書を再開した。
この、落ち着いた時間。
これこそが、パチュリーの望む全てなのだから。
少しさびしいけれど、そうなのだから。
■■■■■
「ただいま帰りました!」
わたしはそう言うと、まずは真っ先に橙係長に報告に向かった。
時間は16時。
紅魔館を出た後、1時間ほど近くの喫茶店に入ってさぼっていたのでこんな時間になってしまった。
「長かったな」
「けっこう盛り上がりました」
「どんな感じだった?」
「押せば、いけると思います」
実際、押せば行けそうな感じだった。
よほど世間慣れしていないのだろう。わたしの話をうなずきながら聞いてくれたいた。大抵の客は、訪問しにいったとしてもすぐに追い返されるのが関の山なのに。今回は、「あたり」なのかもしれない。
「紅魔館か・・・」
そう言いながら、橙係長は資料に目を通していた。そして、おもむろに後ろを振り向く。
「藍課長!」
「どうした、橙」
「魔理沙がいってきたこれ、けっこうよくないですか?」
うちの課長である、九尾の狐である八雲藍課長が、顔をあげた。橙係長がわたしの持って帰った資料をもって、藍課長のところにいく。しばらく二人で話し込んだ後、橙係長がにこにこしながら戻ってきた。
「魔理沙、よくやった」
「ありがとうございます」
「これなら、明日のプッシュで落ちるだろう?」
「わたしもそう思います」
わたしも、ニヤリと笑った。
世間慣れしていないこのお嬢さんだ。プッシュすればいけるだろう。
明日が、楽しみだ。
■■■■■
平穏な午後。
おだやかな時間。
パチュリーは紅茶を飲みながら、読書を楽しんでいた。
(そろそろ、咲夜がおやつを持ってくる頃ね)
紅茶をすすり、そう思う。
最近、また咲夜は腕をあげたと思う。今日の紅茶も美味しい。
と、その時。
図書館に、電話の音が鳴り響いた。
パチュリーはびくっとする。
あたりを見回す。今日はちゃんと小悪魔がいる。小悪魔は何も言わなくても電話をとり・・・そして、困惑気味な表情で戻ってきた。
「パチュリーさま、先日来られた霧雨魔理沙さまからお電話です」
「・・・」
心臓が、少しときめいた。
いったい、何の用だろう?
「何と言っているの?」
「じつは・・・」
小悪魔は電話の子機を持ったまま、いった。
「どうしてもパチュリー様に伝えなければならないことがあると言われまして・・・」
わたしに、伝えたいこと!?
うん。
「貸して」
そういって手を伸ばす。
小悪魔から電話をうけとった瞬間。
ものすごい勢いで声が聞こえてきた。
「こんにちは!霧雨魔理沙です!先日はお忙しい所お時間をいただきまして、本当に申し訳ございませんでした!いや実はですね、昨日の今日でお電話するつもりはまったくなかったんですけど、実は物凄いことになっておりまして、これをお伝えしなければとんでもないことになるかと思いまして、失礼かとは思ったんですけどパチュリー様に真っ先にお電話させていただいたんです!!!!」
「・・・」
「実はですね、昨日お話させていただいたトウモロコシの相場がとんでもないことになっておりまして、実はですね、昨日、アメリカで大干ばつがおこってしまって、トウモロコシの相場が朝から急上昇している状態なんです!今取引を初めていただければ確実になる状態ですので、まずは口座だけでも確保していただければと思いまして、お電話させてもらった次第なんです!」
「・・・」
「本来なら300万、400万、あればあるだけ確実に抑えておきたい所なんですけど、まずは100万!100万で確実に口座を作ってはいただけませんか!?」
「・・・あの」
「分かります!昨日の今日でいきなりこんなことになるなんて、わたしだってびっくりしているんです!でも、こんなことって年に一回あるかどうかという事態ですから、この機会を逃してほしくないんです!」
「・・・あの・・・」
「まずは100万!これで押さえておきましょう!わたしを信じてください!」
「・・・切りますよ」
「何をいっているんですか!?わたしはパチュリーさんだからこそ、言っているんです!昨日、お話を聞いて下さって、わたしはとても嬉しかったんです!図書館に蔵書がたくさんあってすごいですね!と言わせてもらった時のパチュリーさんの笑顔、それがあんまり素敵だったから、この人のお役に立ちたいと思って電話させていただいたんです!」
「・・・」
「普通ならわたしだってこんなことは言いません。けれど、今は本当に大変なことになっているんです。アメリカで大干ばつが起こっているんですよ!今、この電話からも音が漏れているかもしれませんが、現場は大混乱しているんです!そんな中、まずはパチュリーさんにぜひともおつたえしなくてはならないかと思いまして、まずは100万でおさえておきましょう!」
「・・・」
「わたしを信じてください!」
「・・・どうすればいいの?」
「有難うございます!有難うございます!なにしろ、現場が大混乱しているので、口座を確実に抑えることができるかどうか分からない状態なのですが、なんとかやってみようと思いますので、しばらくお待ちください!」
それだけまくしたてるように言うと、電話は切れた。
パチュリーはしばらく、ぼぅっとしていた。
意味が分からない。
意味は分からないのだが、何か大変なことが起こっているのは分かった。
昨日来た魔理沙のことを思い出す。
・・・けっこう、素敵な笑顔だったな。
そんなことを思っていると、再び電話がかかってきた。
今回は小悪魔にとらせるのではなく、パチュリー自らが手に取った。
「もしもし・・・」
「あ!パチュリーさん!喜んでください!現場は本当に大変な状況だったんですけど、なんとか、なんとか抑えることができましたので!」
「・・・」
「よかった!本当によかった!では詳しい説明をさせて頂きに今日にでもお伺いできればと思いますので、まずは通帳と印鑑を用意しておいてもらっていいですか?いやぁ、本当によかった!」
後は2〜3の細かいことを言われた後、電話は切れた。
「パチュリー様・・・」
小悪魔が心配そうな顔で見つめてくる。
無理もない。
パチュリーが他人と話をしている姿なんて、ほとんど見ることがないのだから。
「小悪魔」
パチュリーはにこりと笑うといった。
「後で客人が来られるから、お茶の準備だけでもしておいてちょうだい」
パチュリーは、魔理沙のことを思っていた。
そういえば、素敵な笑顔だったな。
あの人、わたしのこと、思ってくれていたのかな?
そう考えると、少し、嬉しかった。
■■■■■
「落ちました!」
「よくやった、魔理沙!」
橙係長はそういうと、わたしの肩をどんどんと叩いた。
「みんな!魔理沙が落としたぞ!もっともっと取れ!」
部屋の中は熱気に包まれていた。
無理もない。
今日は、週に一度の「プッシュデー」なのだ。
「プッシュ」とは、文字通り、「背中を押す」という意味であり、業界用語だ。
訪問して感触のよかった相手に、朝から電話をかけて、「相場が大変なことになっているから契約してください!」とたたみかけることだ。
部屋中で、「今、アメリカで大干ばつが起こって!」という叫びが聞こえる。
30人以上いる営業社員が、立ち上がり、髪を振り乱しながら叫んでいる光景は一種独特なものだ。
もちろん、アメリカで大干ばつが起こっているなんて嘘っぱちだ。
プッシュデーは毎週一回ずつあるのだ。
それなら、年に50回近くもアメリカで大干ばつが起こってしまう計算になる。
そんな馬鹿な話はない。
「新規ーーー!!!新規ーーーーー!!!!!」
橙係長が叫んでいる。
あるものは机の下にもぐりこみ、またあるものは立ち上がったまま叫んでいる。
電話と手をガムテープでくくりつけているものもいる。
どうしてこんなことをするのか?
答えは簡単だ。
「そのほうが、簡単に契約が取れるから」なのだ。
誰だって、いきなり訪問した営業から「儲かりますよ」なんて言われて、すぐに契約するものなんていない。
怪しまれるのも当然だ。
だからうちの会社・・・株式会社ボーダー商事では、営業のやり方をこの「プッシュ営業」にしている。
つまり。
1「テレコール」
2「訪問」
3「プッシュ」
という流れだ。
テレコールというのは、言葉のとおり、「電話でのアポイント取り」のことだ。平均して1日300本は電話をする。相手はさまざまだ。電話帳からかたっぱしに電話をすることもあるし、名簿屋から名簿を買ってくることもある。自分の卒業アルバムなんて、最高の名簿になるのだが・・・これは自分の信用を失いかねないのでおすすめは出来ない。
・・・となると、身内に売ることができないものを売っているのかと非難されるのかもしれないが。
訪問の目的は、「商品先物取引の説明」と「自分を売る」ことだ。説明をちゃんとしておかないと、後でいろいろなトラブルのもとになる。しかし、この訪問で一番大切なのは、「自分」を知ってもらうことだ。見知らぬ相手からは断りやすいものの、一度でも知ってしまうと、なかなか断りにくくなるものだから。大事なのは、訪問から帰る時に、「何かありましたらご連絡させていただきます」と伝えることだ。それが、のちのプッシュの伏線となるのだから。
そして、プッシュ。
これが一番大事な仕事だ。ここで、契約が取れるかどうかが決まるのだから。プッシュはもう、叫べばいい。大丈夫、叫んでいるのは自分だけではなく、課員全員が叫んでいるのだからテンションは自然に上がってくる。言う事は紙に書いているので、あとはただ単に、それを読み上げながら叫び続ければいいのだ。断られても断られても、何度でも何度でも、相手の根が尽きるまで叫び続ければいいのだ。ここに理屈は関係がない。どうせ断られたら二度と電話することなんてないし関係だって切れるのだから、気にすることはない。旅の恥はかきすて、というのと同じ理屈だ。
「いやぁ、それにしても」
プッシュの時間が終わり、壁に張っている営業グラフに自分の数字「100万」を書きこみながら、わたしは笑いながらいった。
「今回のプッシュ、簡単に落ちたぜ」
「魔理沙はいいわね〜」
同僚の霊夢が、ため息をつきながらいった。霊夢もグラフに書き込みをしているのだが、その数字は「30万」でしかない。
「わたしの客なんてケチくさいのよ。100万で押さえましょう!といっているのに、お金がないから、お金がないからって言っているの」
「はっはっは。貧乏人にあたるからだぜ」
「どうせ運がよかっただけでしょ?」
「運も実力のうちだぜ」
わたしは笑った。
自販機からペットボトルのお茶を買うと、「これはおごりだぜ」といって霊夢に渡す。
「たぶん、今日の客、まだまだ出るぜ?」
「どれくらい行きそう?」
「たちまち今日は100万だけど・・・」
そう言いながら、わたしもコーヒー牛乳を飲む。ストローでずずっと吸い込んだ。
「あと300万くらいはいくんじゃないかな?」
「すごいわね」
「300万?」
突然、声をかけられて、わたしと霊夢が振り向いた。
そこには目を細めた上司である八雲藍課長が立っていた。
「300万ぽっちで終わらせるつもりなのか、魔理沙は?」
「い、いえ・・・」
「まだまだだな」
そして、藍課長は笑う。
「チャンスはものにしなければならないぞ」
「でも・・・」
「どうした?」
「自信が・・・」
「まかせておけ」
にぃっと、目を細める。
「今日の夕方、その客のところに行くのだろう?」
「そうです」
「わたしが同行しよう」
「藍課長が!」
「まぁ、見ておけ」
藍課長が、笑った。
「本当の営業というものを、見せてやるから」
■■■■■
パチュリーは、そわそわとしていた。
立ち上がったり、座ったり。
いつもなら本を読んでいるだけなのに、今は本も手に取らない。
おそらく、読んでも今日は頭に入ってこないだろう。
来客が、楽しみになっている。
相場なんていうのは、正直、どうでもいい。
ただ、あの、魔理沙、という営業が、自分のことを気にかけてくれていたのが嬉しかったのだ。
ずーっとずーっと一人ぼっちでいたから、求められるというのが嬉しいのかもしれない。
確かに、小悪魔や咲夜、レミィも顔出ししてくれることもあるが、所詮は「身内」だ。
身内以外のものに、求められるというのは、なにか、自分という存在を認めてもらっているような気がする。
通帳と印鑑は用意した。
小悪魔にも、誰にも内緒だ。
変なものを買って、と言われるのは嫌だから。
100万くらい、どうだっていい。
どきどきしながら、パチュリーは待っていた。
「・・・パチュリー様」
呼びかけられる。
振り向くと、そこに小悪魔が立っていた。
「御来客です」
「そう?」
出来るだけ、平静を装う。
「お通しして」
普通の口調で、言う。
小悪魔は少し困ったような顔をして答えた。
「それが・・・」
「どうしたの?」
「お一人ではないのです」
「?」
その時、図書館の扉が開いた。
ぎぃ・・・ぎぃ
ばたん。
「先日は有難うございました!」
大きな声。
魔理沙の声。
パチュリーは喜びの顔で振り向き、そこで、とまった。
「このたびは、まことに有難うございます」
先頭にたっていたのは魔理沙ではなかった。
そこには、帽子をかぶった、九つの尾をもった、一人の女性が立っていたのだ。
魔理沙は、その女性の後ろに隠れるように立っていた。
「はじめまして」
そういうと、その女性はパチュリーの傍にきた。
「先日、うちの魔理沙がお世話になりました」
ふところから名刺を取り出す。
「株式会社ボーダー商事 営業部課長 八雲藍」
そこには、そう書かれていた。
「お客様は、運がいい」
そういって、藍は笑った。
「わたしにまかせていただければ、確実です」
笑った。
笑った。
笑った。
・・・目は笑っていなかった。
つづく
商品先物取引のこういう営業方法って、インターネットの発達した今ではもはや幻想入りしているのでしょうね。
そんなことを考えながら書きました。
後篇では、「世の中で実際に起こっている、裏側」を書いてみたいと思います。
パチュリー・・・幸せになれよ・・・
カンダタ
作品情報
作品集:
16
投稿日時:
2010/05/27 22:44:09
更新日時:
2010/05/28 07:50:56
分類
魔理沙
パチュリー
株式会社ボーダー商事
商品先物取引
読むのがつらい…
現実絡みのいじめならではだな。
リアルに辛いな
セールスってマジでこういう話し方だよなあ
勧誘の台詞一つ一つ長いのがリアルでいいな、うぜぇけどwww
すごくつらい
と、証券会社勤務の親類を持つ私が言ってみる
書類1枚渡しそびれただけでクビが飛ぶ素敵な会社ですよ
笑顔を絶やさない俺だったが、このリアリティにはくるものがある
パチュリー・・・幸せになれよ・・・
痛みと違っていつか自分に降り懸かるかもしれないっていう緊張感がもうヤバいっすね^^
わかるわ
現実的要素が絡んでくると急に欝になる
普段は首チョンパしろ四肢モゲろと騒いでるのに……
読んでてすごくハラハラする
そしてプッシュうんぬんとかの説明になるほどー状態だった
嫌な予感しかしない……
続きが気になります。
この手の悲喜劇は形は多少変えても人類が滅亡でもしないかぎり
幻想になる日はこないのかもしれない・・・
ナニワ金融道 のあるお話を思い出しました。