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『合成の誤謬4』 作者: マジックフレークス
あれから幻想郷の冬は去り、待ちに待った春が来た。
人里では1人として餓死者を出さず、また食糧をめぐった争いも起こらずに冬を越した。
早速人々は春野菜の栽培に着手、河童達も人里での工事に取り掛かる。住人には活力が戻り、里は去年では予想も出来ない賑わいを見せていた。
ただ1つ例年と違う事があった。それは幻想郷でそれまで流通していたお金を持って行っても人里では買い物が出来ないという事だ。春が来たとはいえすぐに大量の食糧が手にできるわけではなく、前年の大飢饉とも言うべき食糧危機は二次的三次的な産業へもダメージを与えている。
穀物や果物から酒を作る酒造業もそうだし、お茶や煙草の葉を作る農家もやられている。畜産業は次年度以降に繁殖させられる最低の頭数だけを残して全て屠畜処分し、食肉加工してしまった。長雨で餌の稲藁が駄目になったのもあるし、当然食糧を出来る限り確保しようという行為でもある。
故に農産業から派生する形でほぼあらゆる業種に小さくない損害が発生し、かつ今年一杯は去年の飢饉の尾を引き摺る事は予想だに難くない。
その中で人間と河童達は友好関係をより強固なものにする事が出来たが、それ以外の勢力に対する人里の視線は冷たい。
それもそのはず、連中はこの食糧危機に託けて食糧の値段をつり上げ暴利を貪ろうとしたのだ。無事に年を越したとはいえ所詮人外は人外であるとの不信感は拭いようが無い。彼らは多種族の危機に手を差し伸べる事などしないと、当然の事を改めて認識した。
ならば我ら人間は我らの道を行けばよい。誰かが言い出したことではないが暗黙のうちに里は一致協力して不買ならぬ不売運動とでもいうものを始めた。流通通貨での取引を拒否し、物々交換のみを認めたのだ。
これは別段多種族への嫌がらせのみで行われているわけではない。事実天狗達に食糧の対価として里中の金銭を掻き集めて支払ってしまって里にお金が無いのだ。里の中では物々交換をして必要な物を手に入れるより他になくなってしまった。その上食糧価格が高騰を続けていたせいで他の商品の値段をどのように設定して良いか解からなくなってしまったというのもある。
そこで里では貴金属類などの鉱物的・装飾的価値がある物などを媒介にした物品取引の体制を去年のうちからある程度体制化し、一定の基準を設けたシステムとして稼動させている。それぞれの物はその価値に見合った取引を行えるようにした。里の経済は紙幣や貨幣という“価値を保障された紙きれあるいは卑金属”の信用が失墜し、何とも中世的な(これを幻想郷という場所で時代遅れと言って良いのか判断し辛いところだが)万人の認める価値の移動によって再起動した。
ここで面白いのはいざそうしてみると外の妖怪だろうが何だろうが価値ある物を持って物々交換に望んでくれる者達は皆ちゃんとした客になってしまった事だ。里にしてもそれらを十分な量確保しているわけではないから、誰であれ持ち込めば取引に応じる方が得であった。
「それでは取引に応じてもらえるのですね?」
「ええ、私達もいつまでも過去の怨嗟に囚われていないで共に繁栄を目指すべきですね。この取引が未だに両者に残るわだかまりを取り払ってくれる事を期待しますわ」
(業突く張りのさとり妖怪めこっちの足元見やがって3倍近い額を吹っ掛けてきたくせに)
文は心の中で悪態をつくが、さとり妖怪にはそれは届いていない。河童が作った通信機で少し離れた地点から2人は会話しているのだから。
「それでは私達の支払う対価、五千万円は地霊殿の前にお持ちします。さとりさんは………」
「旧地獄の入り口に地底で取れた金銀や宝石類をその分だけ用意する」
「つつがなく」
「お互いに」
「それで地底の連中は?」
「五千万の取引に応じました。ただ以前御報告申し上げたかと思いますが他の勢力も買い付けに動いているらしく、かなり値段はつり上げられましたが………」
「3倍額か、里での金相場もそれくらいの上昇は見せておる、まあ許容範囲だろう。まだ今後の上昇も十分考えられる上、紙くずになるやも知れん紙幣など幾ら持っていても仕方あるまい」
文は雪解けからこのかた地底と山を行ったり来たり往復している。最初は土蜘蛛や橋姫、旧地獄跡の鬼に話を通して度々の進入を見逃してもらうよう交渉し、次に地底から産出する金銀財宝の管理者を聞き出した。
大部分は予想通り地底の貴族階級とも言える地霊殿が一括管理しており、今度は地霊殿のさとりと交渉をするために配下のペット達に話をつけた。相手の警戒感を十分に解いてから文書による交渉からスタート。対等な交渉をするためさとりの了解を取り付けた上で通信機による取引のやり取りを持ちかけ、今しがたそれら全ての努力が報われたところだった。
「あっちの動向はどうなっていますでしょうか?」
「河童達も向こう側の天狗達も動きは見せていない。この事態に多少の混乱をきたしている様だがまだ様子を見ているらしい。今のところお前の計画通りに事は進んでいるな」
「では!?」
「ああ、お前の幹部昇進及び派閥内部での確かな地位を約束しておこう。ウチのほうはすぐにでもお前を抱え上げることは出来るが、山の幹部の地位は連中も含めた全体で決めなければならん。貨幣価値が完全に暴落して連中の発言力が低下してから動議を提出する、それでいいか?」
「勿論です!」
これで文は古参の天狗、生まれながらに支配種族の天狗達と肩を並べる事が出来る。山のカーストの中で平民階級でしかない文、比較的若い方でありその上女性でもある。これ程のハンディを背負って幹部昇進を果たした者はいまだかつていない。
それは文にとっては自身の英雄的貢献の賜物と信じているし、彼女を迎え入れる者達にしてもパフォーマンスとしては十分だ。文に続こうと若い連中がこちら側に付き、奮起してくれるなら申し分ない。また古参の天狗の地位も脅かされることは無い、何故ならそれら若い連中の受け皿としてはこれから追い落とされる向こうの連中の空いた席が幾らでもあるのだから。
「御久しぶりですね霊夢さん。あなたと会うのはこれで三度目でしょうか?」
「最初はあんたンとこのバカ烏が起こした異変、二度目は阿求をあんたに会わせる為に連れてきた冬、今日はあいつから言われてこれを持って来たのよ」
ここは地霊殿客間。文を帰した数日後、霊夢が訪ねてきてこの部屋に通している。文は心を読まれることを懸念してペットに通信機を渡し、最後まで二人は顔を合わせずに交渉を行ったのだが。
霊夢はムスッとしたまま重たそうな鞄をさとりに渡して寄越す。さとりは鞄を開いて中身を確認した。
「確かに御受け取りしました。こちらを阿求さんに御渡し下さい」
さとりも傍に従うお燐に命じて鞄を霊夢に手渡させる。霊夢は鞄を受け取るが中身を見ようとはしなかった。
「確認しないでよろしいのですか?」
「確認も何も私は自分が何をしているのかも知らないし、知りたいとも思わないわ。開けて見たってあいつが欲しいものかどうか判る訳じゃないし」
憮然とした表情のまま霊夢は返し、これで仕事は終わったと踵を返して帰ろうとする。さとりが声をかけて呼び止めた。
「霊夢さん、あなたは人間と妖怪どちらにも加担しない。中立であることを宿命づけられた博麗の巫女です。………何も知らない何も聞かないで用心棒や運び屋に徹する事は、あなたの職に対する筋を通すためですか?」
「………さあ? 私は人間の味方をしてはいけないなんて言われたことは無いわ。今までだって魔除けや攻撃用のお札を売って生活してたし、今回みたいに大事な用事だって言うなら護衛を引き受けたこともある。ただ知らなくて良いんなら知りたくないだけよ。あいつがどんな悪巧みをしてようがなんだろうが、私はこっちから向こうへ言われた物を持って行っただけ。その結果に責任を負うのはあんたたちの役目でしょ」
そういい残して霊夢は地霊殿を後にした。
「ほら、おつかいに行ってきたわよ!」
稗田の屋敷に着いた霊夢は阿求の出迎えも待たずに玄関先に鞄を放り投げる。ドサッっと重い音を立てて鞄は畳の上に落ちた。
「あらあら、早かったですね。それでは直ぐにでも最後のお願いを聞いて頂いても宜しいでしょうか?」
「これで本当に最後なんでしょうね?」
奥から出てきた阿求を霊夢は睨みつけた。阿求はそれを微笑みを持って受け止め、鞄を持って少し引っ込んだ。
「勿論です霊夢さん。これで本当に最後、この鞄と書類と手紙を紅魔館へ持って行ってください」
霊夢が持ってきたときより軽くなった鞄、数枚の書類と手紙を受け取る。
「帰りに貰って帰る物はあるの?」
「いいえ、それら全部を当主のレミリアさんにお渡しすれば結構です。ただちゃんと本人に受け取ってもらって下さい。門番さんやメイドさんに渡しただけという事の無いように。それとこれで全て終わりですから神社にお帰り頂いて結構ですよ。今まで本当に有難う御座いました、博麗の巫女様」
「やめて、私は博麗の巫女として協力している訳じゃないわ。1人の人間として仕事を引き受けただけ、今後もあなたの使いッ走りになる心算もないわ」
そう言って霊夢は阿求の家の前から飛び立ち紅魔館を目指して飛んで行った。
「………仰る通り巫女も人間ですもの、生きていればお腹も空きますわよね」
誰にとも無く呟いた。
紅魔館の門前には妖怪の門番が1人、遠目からでも良く見える。帽子を目深に被って下を向いているところから立ったまま眠っているようであった。
霊夢が紅魔館に近づき、目には見えないある境界を越えたときに全身に其れを感じる。紅魔館の門番紅美鈴が展開している気の障壁、その範囲に入ったことに。
「んぁ?」
間の抜けた声を出して門番が目を覚ました。相変わらず優秀なのか怠惰なのかわからないが、おそらくその両方なのだろう。霊夢はそれらを意にも介さずぐんぐんと館へ接近して行き、美鈴の目の前に降り立つように急ブレーキを掛けて着地した。
「うわっととと!」
寝起きとはいえ既に臨戦態勢を整えていた美鈴は突っ込んできた相手に驚きつつも、それが霊夢であることを確認して少しだけ警戒を緩める。
「なぁんだ霊夢さんじゃないですか。今日はお嬢様に御用でも?」
「まぁそんなところね。通してくれるかしら」
「霊夢さんでしたら無条件でお通ししないとお嬢様に後で何言われるかわかったモンじゃないですよ。ただでさえこの冬は客も無けりゃ宴会も無くて暇を持て余しているご様子でしたから」
そう言って美鈴は門を開ける。別に霊夢は中庭までなら飛んで行けるのだが、門番という役職における儀式的行為だろう。
霊夢もそれを無碍にする気は無く歩いて門を通り過ぎ、中庭を抜けて正面玄関の戸を叩いた。
「久しぶりね霊夢、この冬はなんとも退屈でしょうがなかったわ。そろそろこちらから遊びに行こうかとも考えていたのだけれど、貴女の方から来てくれるなんて思いもよらなかった。とても嬉しいわ」
「そう? 宴会をしたくてもそんな贅沢が許されるような状況じゃなかったからね」
日の当たらないテラスを用意して霊夢をもてなすレミリア。瀟洒なメイドが時間を止めて淹れた紅茶が2人分机の上に置かれている。
「みんなして酷いのよ。パチェは貴女が飢えのあまりに木の皮で取った出汁で入れたスープを飲んでいるだの、土に齧りついているだの言うし、咲夜は革靴を良く煮詰めたものを食べて飢えを凌いでいるか、餓死しているかのどちらかだとか散々な言われようだったんだから。だから私は咲夜に言ってやったのよ。土や枯れ木ならいざ知らず、霊夢は革靴なんていう上等な物は最初から持っていないでしょう? って」
レミリアはそう言って笑い転げた。霊夢は青筋を立てるでもなく静かに目を伏せて溜息を吐いた。
「アッハハハハ、あ〜可笑しい…………。………………怒んないの?」
無言で霊夢は持ってきた鞄と書類を机の上に出す。
「なに、これ?」
「私が今日ここに来た用事、人里から預かってきたものよ。これを全部あなたに渡してくれって頼まれてきたわ」
言われてレミリアは霊夢が寄越すものを見る。なにやら入っている鞄、折りたたまれた手紙、そして数枚の書類。最後のものに見覚えがある。
「まさか………」
霊夢から書類を奪い取って目を凝らす。
「これは人里に貸したお金の!」
言ってからしまったという顔になって霊夢から目を逸らす。しかし霊夢は気にしている様子ではない。
「じゃあ私は用が済んだみたいだから。お茶、美味しかったわ」
「ちょ、ちょっと待ってよ霊夢! これはどういうことなの!?」
レミリアはそそくさと帰ろうとする霊夢の腕を掴んで引き止めた。
「……この契約は里の人間の方から申し入れてきた正式なものよ、あなたの立場や仕事内容を考えたって勝手に反故にしていいものじゃないわ」
「私は何の話か知らないし何も聞いてないの。何を慌てふためいているか知らないけれど私が博麗の巫女の立場であなたに何かするつもりは無いわ」
「ふぇ……?」
そう言われてレミリアは改めて霊夢の持って来たものを見回す。まだ未開封の手紙と鞄があるではないか。
鞄を手に取りファスナーを開けて中を見た。
「札束………お金だわ」
「私は何も見て無い何も聞いて無いわよぉ〜」
「ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ・・・・・・・・・・・・・・・二十。………全部で二千万円、全額返しに来たって言うの……?」
「アーアー何も聞こえナーイ、キコエナイワー」
霊夢は耳に手を当て目を瞑り、頭をフリフリ知らぬ存ぜぬとのたまっている。
「どういうことよ霊夢! 貴女いつから里の人間の味方になったっていうの!?」
「失礼ね! 私は別にあんたら妖怪の味方なんかでもなければ人間の敵でもないわよ! こ、今回のことは何も知らないわ、ただ道中危ない妖怪が出るかもしれないから代わりに持って行ってくれって言われただけよ。良く分かんないけど貸してたお金を返してもらったんでしょ、良かったじゃないの!」
「里じゃあお金での買い物を断っているそうじゃない? お金の価値が無くなったのを見越して返済を済ませようって腹づもりかしら?」
「知らないわよ、本当に知らないの。そんなものを運ばされてたって事すら知らなかったのに。そもそも今はじめて見たわ、一万円札………伝え聞いてはいたけれどこれが伝説の…………」
両者を沈黙が支配した。
霊夢の言葉は言ってはならないものだったのか……。レミリアは問いただそうとする気概が自分の中から完全に消え去っているのを感じた。
「霊夢…………(´;ω;`)ブワッ」
「……もういいでしょ、私は帰るわよ」
「う、うん……」
これ以上引き止めてはいけないような、いたたまれない空気が両者を包んだ。
霊夢は目頭を押さえながら(つд⊂)ふらふらと空を飛んで帰っていった。
「ううっ、グスッ。ズビーーッ さ、咲夜とパチェに相談しなきゃ」
鼻をかんだちり紙をすて、気持ちを切り替えてテラスから館に戻るお嬢様だった。
季節は夏に入り始め、河童達の仕事は着々と完成をみつつある。灌漑やインフラの整備、耕地面積を増やせるように耕作機械の充実、外の文献から着想を得たハウス栽培の共同実地試験施設の建設、葡萄酒の短期熟成が可能なマセラシオン・カルボニック醸造施設の実験的建設。
結果だけ見れば五百万円の仕事などではありえない。河童達は潤沢に用意された予算を基に、共同開発や実験という名義で最終的に二千万から三千万円規模の仕事を行ったのだ。それは人間達に対する河童達なりの支援の形であったのかもしれないし、新技術の開発や応用を研究したい河童達にとっても満足の行く投資となったからかもしれない。
無論その分の資材は天狗達から買って彼らに金を落としているため、冬に彼らが危惧していた相対的な意味での不利益は幻想のものになったわけだ。
去年の天候不順が嘘のように夏は野菜や果実の生産・収穫も滞りなく過ぎ、ある程度里の側も売り物を並べる体制が整いつつあった。実りの秋を迎えれば去年は元より例年よりもずっと多い収穫とそれを基にした酒造量の大幅な増進は約束されたようなものである。
そんな中の里の有力者会議である。昨年末と違って集まった男達の顔に不安や絶望は無くむしろそれなりに満足げな表情であった。
「今回の会議の提案者は稗田阿求殿だ。先ずは阿求殿から当議事に関しての説明を戴こうと思う」
里長が議長を務めて話し合いが開かれる。
「では先ずご報告から致します。先日皆様から徴収させて貰いました装飾品類や貴金属類を地底の豪族、古明地家と取引し五千万円の現金に換えて参りました。取引レートは現在相場の0.8掛け、例年の2.4倍程度の値段での買い上げです。そしてその現金を以て紅魔館の主レミリア・スカーレット嬢から借り受けていた二千万円の全額返済に充てた次第です」
おお〜 と周囲から声が漏れる。前回の議題において里で流通している金銭の代替物や昨年温存していた貴金属類を稗田家が借り受け、それを現金化して借金の返済と貨幣経済への再転換を図る計画が成功したということだ。
「では残りは?」
「昨年の現金支出額と先程の現金化に際する拠出額に基づいて分配させて頂きます。お支払い下さった額の二割弱の払い戻ししか出来かねますが、これにて里内部における補償は終了という形になると思います。ご了承戴きたく存じます」
無事に越冬が出来た場合は誰一人として払ったお金が返ってくるなどと考えていた者はいない。流通させていた貴金属を現金化する際も、里に来る人外の商人相手に急に態度を変えて以前の紙幣・貨幣を買い漁っている事がばれれば高騰していた貴金属相場も急落してしまう。2.4倍の高レートで大量に買い取ってもらえたとなれば大成功と言えるだろう。
「それでは3日後から通貨による決済を再開する旨をビラ等で全員に周知してください。無論里の外から来られる方々にも隠す必要はありません。相場は一昨年以前の所謂通常の価格帯でお願い致します」
「しかしそんなに急に事を進めては不満を持つ相手もいるのではないかな?」
「ええ、おそらくは。そういった方はこの状況を利用して貴金属類を買い占めて値上がりを待っていた者達ということになるでしょうね」
「大丈夫なのか? 河童や天狗、吸血鬼の様な力ある種族の不服を買うようなことになってしまっても」
「河童や天狗は去年に相場の10倍で里からお金を得ています。仮に買占めをしていたとして、今になって貴金属相場が3分の1に暴落しても総合的に見れば得ではないですか? それにいずれは貨幣経済に再転換しなければ我々が彼らに対して不義を働いたも同じ。それも踏まえて金銀を買い漁っていた者達は詰まるところ私達を信頼していなかった、と言うことです」
う〜む と、皆首を捻っている。ようは良くわからないのだ、彼女の言う事が。まあそうなのかな……という認識。今までのことを考えれば任せておけば大丈夫だろうという信頼。
「河童や天狗達にしてみれば去年得た膨大な金銭を通常相場で使用出来るのです。歓迎されこそすれ恨まれる筋合いは無いというものです」
「いやはや感服いたしました阿求殿。昨年からの貴女の施策は見事と言うより他に無い、我々が一人も欠けずに今こうしているのは貴女のおかげです。里を代表してお礼申し上げたい。流石は御阿礼の転生人、阿礼乙女様で御座いますな」
その言葉に阿求はピクリと反応する。だがそれがなんだったのか気づかせることなくいつもの笑顔に戻した。
「いえ、しかしこれを以て私の御役目は全て果たしたと考えます。以降は特に混乱がなければ私が何かする必要はありませんでしょう。今後は里の資産管理は出納係の方に金銭取引に関する事柄は各々方にお任せする様、以前の状態に戻しましてこの立場から身を引こうと思います」
「ではせめて稗田の家が支払ってくれた五千万円分だけでも里から少しずつお返ししたいと思うのだが」
クスリと微笑んで阿求は言う。
「皆さんにお金を持ち寄って頂く為に率先したまでのこと。返して頂いても使う道などありません故不要ですわ。それに………。いえ、何でもありません」
「そう言ってくれるのは里にとってはありがたいことだが……」
「それでは私は失礼致します。それと、慧音さん?」
「な、なんだ?」
急に振られて戸惑ったような返事を返してしまう慧音。寺子屋の教師とはいえ世俗や経済については専門外であり、里を取り巻く周囲の状況を実のところ良く分かっていなかった彼女は、周りの者同様この件から半ば置いてきぼりにされていた。
「今は色々とお忙しいかと思います。ですから来月以降で構いません、お時間が空いたら私の家を訪ねて来てはもらえないでしょうか? 出来れば夕方以降に、夜通しお話が出来ると尚良いのですけれど」
「ああ、構わない。時間が出来たらお邪魔させてもらおう」
年相応の少女の笑みで阿求は尋ね、それに対して慧音も笑顔で答える。
当初こそ彼女の言を信じきれずにいたが今となってはそれすら恥ずべきことであったと思えるほどだ。
慧音は阿求を尊敬していた。彼女が何をしたのかは良く分からなかったが、だからこそその知識と知恵に敬意を抱いている。彼女のお陰で里では餓死者が出ていない。子供たちも元気に畑の手伝いに出て、空いた時間でまた自分が教えてやる事が出来る。
慧音は稗田阿礼を、九代目阿礼乙女を素直に尊敬した。
人里中の商店が現金での取引を再開した―――
この情報は瞬く間に幻想郷中に広がった。
その取引における大まかな相場が一昨年以前の価格帯であることも同時に広まった。これについて里長は立て札で公式の声明と呼べるものを発表している。曰く、
『我々里の人間は昨年の食糧難において他の者達から食糧を融通して貰った。その値段は平時よりもずっと高く、不当な取引であったと考える者も多い。しかし彼らの食糧と河童の方々の手伝いもあり里は復興を果たす事が出来た。里の各商店はこれまでのことを水に流し、彼らに支払った現金での取引を再開するよう通達する。その際の値段は常識的である事を里の代表者として望むものである』
というものだった。
既に会議の内容は口伝えでほとんどの商人は知っている。大きな混乱も不満もなく新体制への移行は進んだ。
この立て札は里の人間に対するものと言うより、里と取引のある外の者達に対して通達しているようなものである。
それを目にした人外がここに1人。
「う………そ………」
里の様子を調べるついでに酒でも仕入れて来ようとしたのだろう。その手には小さな巾着袋が、中には琥珀や翡翠といった産出量が多く比較的安価な宝石が入っていた。手のひらサイズのひとかけらでも現在は5,6升の酒と交換してもらえるはずだった。
ものすごい勢いで飛び上がり、行きつけの酒屋まで直行した。
「ご、ご主人! まだこれでお酒を都合してくれますか?」
ほとんど飛び込むような形で酒屋に入り、宝石を手のひらに出して見せる。
「ああ、一応現金取引は明後日からだからなぁ。でももう里じゃあそういったのは交換に使わなくなっちまうから、“常識的”な相場での取引になるけど。それでもいいか? その大きさの石なら……ほれ、2升。こんなもんだろ」
彼女は唖然として口を大きく開けて硬直している。
「あんたら天狗様か? 里が1億も支払ってんだ、金ならたんまりあるんだろう。今まで使えない状態にして悪かったとは思うが、今年は河童が作ってくれた酒造施設が一月で果実酒を熟成させちまうらしい。秋口以降は酒をたんまり作っておける筈だから………」
相手はもう聞いていない。いつの間にかいなくなっていた。
「ヒィ、ハァ、ハァ―――――」
自身の全力を超える、まさに幻想郷最速のスピードで自宅へと帰った新聞記者射命丸文は息を切らせながら身の回りのものを整理している。
新聞記事を書くためにこの一年近くで調べて回った資料、天狗の幹部会の名簿や自身が入っている派閥の構成員リスト、そして手元にあるだけの金銀宝石。
(何か、何か手はある筈です! こんな……、こんなことって!!!)
ガラガラガラ
戸が開く音がした。
季節は秋にさしかかり里は俄かに忙しくなってきている。それと反比例するように暇な時間を作る事が出来るようになった者もいた。
「御免下さい」
「ようこそおいで下さいました。どうぞお上がり下さい」
「お邪魔させて頂きます」
十三夜、満月の前々夜に彼女は訪ねてきた。満月には僅かに欠けてはいるものの日本では栗名月といい十五夜と同等に月見をする風習がある。
「わざわざご足労頂いて申し訳ありません、慧音先生」
「私にお話とのことですが、私に答えられることであれば何なりと」
慧音は里の子供たちに教養を授けているが、年長組と呼ばれる所謂ローティーンの少年少女はもう働きに出てもいい歳でもある。暇なときならいざ知らず今年の秋は猫の手も借りたいほどの忙しさ、彼らが勉学よりも家の手伝いを優先させるのは慧音にも理解できるため今は時間が空いているのだ。
「とりあえずお茶とお菓子をどうぞ」
「頂きます」
今年の新茶で淹れた緑茶と饅頭が目の前に出される。
慧音はそれをまじまじと見つめてから良く味わった。辛い時期を無事乗り越えたことを噛み締めながら。
「慧音先生は120年前に起きた大飢饉をご経験なさってますよね?」
手が止まる。
「ああ、当時は今ほど妖怪達との関係も良くなかったのでな。かなり酷いことになったが、なんとか乗り越えたという感じだ」
「私の前世、つまり八代目御阿礼は当時転生していたのですよ。去年の飢饉の対応策を模索する一環で前世の記憶をかなり辿ったこともあるのです」
胸が締め付けられるようだ、苦しい。
「私の記憶では稗田家の八代目御阿礼が幻想郷縁起を発表したのは少し後だったと思ったが」
「その通りです先生。当時は御阿礼の転生人であることを知っていたのは稗田の家だけだったでしょう。なにせその年は5歳くらいだったはずですから」
「その歳でのことを憶えていると?」
「ええ、鮮明に。私の能力は“一度見たものを忘れない程度の能力”ですので。魂に刻み込まれた記憶は何度転生を繰り返しても残り続けています。とはいえ全ての記憶が常に頭の中にあるわけではありません。今回飢饉というキーワードで記憶を辿ったように、思い出したい事を決めてから手繰り寄せなければなりませんが………」
動悸が速くなる。
「……なるほど。それで過去の記憶に解決の糸口が見つかったと?」
「いいえ、全く。不思議なことに里の人たちがとても苦労をした記憶はあるのですが、どのように解決したかの記憶が全く無いのです。自然災害としての規模は去年と比べて小さくはない筈なのですが、どのように皆が生き残ったのかという部分が解らない。ただただ大変だった、辛かったというばかりの周囲の大人たち。この時点でおかしいですよね? 皆さん過去形で話されている記憶しかないのですもの」
「…………」
「私の能力は見たものを忘れないという力ですけれど、幾度もの人生を生きていてこのような能力を有していれば読唇術の一つも身に付きます。たとえ器が幼くてもデータの収集装置としての機能は果たしているのです」
「何が言いたいんだ? 遠まわしな言い方をしなくてもいい、はっきり言ってくれ」
睨み付けるように阿求を見据える慧音。不安が確信に変わり、恐怖と戸惑いの気持ちを目の前の少女に対する憤りに変えて自分を保つ。
(そんなことを今更掘り返して一体何のつもりだ)
「では言いましょう、慧音先生はあの時歴史を喰らい、そして創りませんでしたか?」
阿求はやはり最初から変わらない表情で質問した。無表情とも微笑とも取れる顔、相手を馬鹿にしたようなところも見下している感も無い。ただ何を考えているか全くわからせない顔。ポーカーフェイスとはこういうことを言うのだろう。
「ああ、そうだ。阿求殿ほど聡明な方なら里が何をし、私がどのような歴史を喰らったか既に承知しているのだろうな」
吐き捨てる様に言う。
「先程も申しましたが直接の記憶はありません。ですからあくまで他の記憶と生じている齟齬から導き出した予想に過ぎませんが………、口減らしの為の間引きを行ったのではないですか? 働き手には使えない幼い子供たちを殺した、そうではないですか?」
「そうだ、だがそれを貴女が非難する権利は無い! 里の皆で決めたことだし、なにぶん仕方がなかったとしか言いようが無いんだ。私の死後に閻魔が私を裁くと言うならそれを受け入れよう。だが貴方達人間が過去の事を後世の価値観で悪と断罪するなど許される事ではないだろう!?」
「仰るとおりです慧音先生。私は貴方を裁く権利などありはしませんし、そもそもそのつもりもありません。ですが私は知りたいのです、ぜひ教えて頂きたいのです。貴方は何故葬った子供達の生きた歴史を喰らい、彼らが初めからいなかったような歴史を上書きしたのですか? その必要はありましたか?」
「そ、それは…………。それは子供たちを自分勝手な都合で切り捨てた里の大人たちを守るために………」
「では子供達の事は気になさらないと? 自分達の利益の為に彼らの死を望むからこそ、切り捨てた大人達はそれを罪の意識として生涯背負うべきではないのですか? 私には貴方の言は自分の里での立場を守るために行ったことに対して、自己を正当化するための詭弁にしか聞こえませんね」
「わ、わたしは!」
「はっきり言いましょう慧音先生、実のところ私は存在を抹消された餓鬼なんてどうでも良いんですよ。こちとら頭にきてんのは手前の能力そのものなんです。私はただただ幻想郷のことを調べて・記憶して・記録する、それだけのために生まれてきてお勤めが終わったらくたばらなきゃいけないんです。私という人間ははじめから存在せず、阿礼とか言うご先祖様の魂を現世で動かすだけの入れ物の一生を送ることが初めから決められているんです。それだってのに御前は自分に都合よく歴史とやらを消して作ってウザイんだよ!!」
「だ、黙れ! お前みたいな小娘に何が分かる!? 今年こそ貴様は里じゃあ英雄扱いだが、稗田家はいつもいつも傍観者に徹しているだろう。知識や情報を独占管理して超越者面しているじゃないか! 何か起きても我関せずで今まで金ばかり溜め込んできていたんだ、里中が集めて九千万にしかならないのに一族で五千万も持っているのは異常なことだったんだ!」
阿求は慧音を見つめて大きく息を吸い込む。それから目を瞑ってゆっくりと息を吐き出した。
「慧音さん、貴女は自分でこの世から消してしまった子供達のことを、親や兄弟からも忘れ去られていなかった事になっている数十人の子供達のことを憶えていますか?」
「ああ………、長い年月が過ぎた今でも忘れられない。名前も、顔も、勉強の成績も、好きな弁当のおかずも、嫌いな野菜も、あいつらの笑顔も全て憶えている。私にはお前のような能力など無いはずなのに………。私は彼らの生を奪い、さらに死を奪った。この罪と業は永久に私と共にあり私を苛み続けるだろうし、私はそれと共に生き続けなければいけないと思っている。貴女の言う通り私が自分の立場を守るために歴史を喰ったとしたらそれこそ御笑い種だ、そんな下らないものと釣り合う筈が無いのだから」
「良かった、貴女は私の思っていた通りの人でした。私が尊敬して止まない、私が望んだもう1つの生き方。私が出来なかった生き方。私は貴女のように生きる事よりも私の運命に復讐する事を選んでしまいましたから」
阿求のポーカーフェイスが崩れた。
「現在の博麗の巫女、霊夢さんが設けたスペルカードルールによって妖怪と人間は近づきつつあります。決闘での勝利を得ることも出来ますし、暴力でなくとも一泡吹かせることが出来るようになりました。慧音先生の言う通り120年前の先代の時はこうはいかなかったでしょう。妖怪達に関する文献もかなり集まっています。八代にも亘って幻想郷縁起が編纂されてきたのですから」
「あ……きゅう?」
「稗田の一族は傲慢になり過ぎましたし、阿礼乙女や阿礼男の存在もその歴史的使命を終えようとしている。そうは思いませんか?」
「なにを言って…………?」
「後のことはよろしくお願いします。私のこともちゃんと“食べて”下さいね、じゃないと貴女がやった事になるように手を回していますので♪」
ガシャン!
「けーねせんせー、さよおならー」
「寄り道しないで帰るんだぞー、それとお家の手伝いもするようになー」
口の横に手を当ててメガホンを作る。子供達の背中が見えなくなるまで見送った。
寺子屋の前に戻ると新聞が落ちていた。
『人里で出火! 人気の無い古屋敷が全焼し人間一人の死体が発見される。長らく誰も住んでいない筈の家から出た火の気と里で消息不明の人間がいないことなどから外来人が暖を目的に侵入、火の不始末で焼死したと見られる』
近頃は自分の弾幕を撮影しに来た小煩い鴉天狗の姿を見かけない。この新聞も別の天狗が作っているもので、彼女と違って情報が遅い。その火事からとうに一週間以上は経過しているのだから。射命丸とか言うあの天狗について偶々会った白狼天狗に聞いても知らないとの事、噂好きの天狗達が彼女に関して騒ぎ立てていないのだ、たぶん別の場所を飛び回って元気にやっているのだろう。
「けいねせんせい、今日も夕方まで一緒にいていい?」
「ああ、ご両親は今日も遅くまで仕事か。一人だけ居残りで寂しくないか?」
「ひとりじゃないよ、けいねせんせいがいるもん!」
寺子屋の前で待っていた生徒の一人と一緒に小屋に戻る。親御さんが仕事で忙しいから晩まで預かる事にしているのだ。
「お母さんがおべんとうもたせてくれたの、けいねせんせいのぶんもつくったからいっしょにたべてください。ちゃんと言えたよ!」
「そうか、えらいぞ。一緒に食べよう」
風呂敷を広げて中のおむすびを取り出した。
「このおにぎりね、お父さんがつくったお米でできてるの。とってもおいしいよ!」
「ああ……、美味しそうだな。ちょっと厠に行ってくるよ、すまない」
「せんせいおぎょうぎわるいんだ〜」
ケタケタと笑う子を置いて一人廊下を進み厠へ辿り着く。
「………う、おげぇ〜。げほ! ごほ、おぶっ!」
朝食べた胃の内容物を全部吐き出してしまう、これだって相当無理して入れたものだったのに。
「う、ううっ。ひっ、うぐっ………」
私だけが憶えている。子供達が変わらない無垢な笑顔を向けてくれるのが誰のお陰なのか。
私だけが憶えている。誰一人かけることなく里が年を越し、美味しいお米が取れるのが誰の功績によるものなのか。
私だけが憶えている。蜀台を倒し炎の中で楽しそうに幸せそうに笑い舞い続ける彼女の顔を。
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「今回のことは私のミスでした。貴女の記憶の継承が………、いえ人格の継承が不完全であったのを気がつかずに転生させてしまった私のミス。本来霊魂は死人に口無し、しかし今回の事態を鑑み貴女の処遇を決定する前に生前の肉体を与え、その証言を聞かせてもらうことにします」
楽園の閻魔、四季映姫が手にした悔悟の棒で霊体を指し示す。不定形の霊魂が次第に人の形を成してゆく。
「貴女は私が質問をした時は答え、私が意見を求めた時は率直に述べなさい。先ず一つめ、貴女は稗田の阿礼から連なる転生の記憶を有しているがその人格は有していない。正しいですか?」
「はい。私は稗田の転生人としての記憶と能力は引き継いでいますが私の魂は阿礼のそれではありません。誰のものでもない私自身です」
「では今回の転生に際してその能力と記憶を利用し、幻想郷を混乱させた事を認めますか?」
「答えられません。私は能力と記憶を駆使して思うところを成しただけです。幻想郷が混乱したかどうかは知りませんが、だとしたら勝手に混乱しているだけです。知ったことではないですね」
「………では自身の今後についてどう考えていますか? 次代の御阿礼を用意するにしても貴女が家を焼いた上に半人半獣が里の中での貴女の存在を隠匿してしまいました。これも貴女が仕向けた事ですね?」
「ええそうです、私のことはどうぞご自由に。ただ私の魂を残したまま御阿礼として転生させるなんてことはしないで下さいね、焼いても沈めても良いですがちゃんと消して頂きたいものですわ」
「他に希望は? 私に出来る事なら多少の事はして上げれます。この程度が貴女への贖罪になるなどとは思えませんが」
「いずれ上白沢慧音女史がここを訪れたとき寛大なご処置をお願い致します。彼女は善良であり、現世での罪は其の生の中で苦しみぬいてから来られる筈です。外の世界には二重処罰の禁止なる原則があるそうではないですか? 彼女の生前の行いを鑑みた裁定を下す事を約束して頂きたいです」
「心得ました。………貴女の生は言わば私達の手違いで始まってしまったものですが、それでも貴女は自身の人生を精一杯生きるべきでした。そう、貴女は少し命に対して無関心すぎる、他者に対しても自分に対しても。浄玻璃の鏡で視ましたが貴女が里に対して行ったのは貴女の興味を満たすための実験、人間の身で妖怪達を相手に立ち回れるか己の力を試してみたかった。違いますか? 貴女にとっては里の人間を助ける事などどうでも良かった、慧音さんを苦しめつつ自害したのは自分の生ともたらした結果に満足したから。自身の生まれの不幸を他者に転化したかった、それだけではないのですか!?」
映姫の顔に怒りの色が浮かぶ。当初は彼女に対して罪悪感を感じていたが今となってはそれももう必要無い。目の前にいる少女は生と死を冒涜した。閻魔である彼女はそれが許せなかった。
「ええその通りですよ、阿婆擦れ。貴方がなんと言おうと私は私の人生に満足しています。私は定められたクソッタレの御阿礼とかいう他人の人生じゃない、本物の、本当の私の命を生きたんだ、あんたの言う様に精一杯ね。得てして人生とはままならないもの、その中で私は私の魂の求めるままに生き、行動し、そして予定調和の死が訪れる前に私の意思で死んだ! これほど幸せな事は無いでしょう。それと手前の言葉は心に響かねぇんだよ、高い所から何でもかんでも覗いて知った風な口で説教を垂れても聞く奴なんかいないってさっさと気づけ、馬鹿」
「…………」
カーンッ 木槌を打ち鳴らした音が遠く長く響く。
「稗田阿求、貴女に裁定を下します。貴女は―――――」
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「さとりさま、あの強い人間は帰ってしまいましたか? わぁ、これがあの人間の持ってきた宝石ですね〜、綺麗♪ あらら、銀で出来たナイフもありますよぉ、何に使うんでしょうねぇ?」
「ええ、目的を果たしたらそそくさと出て行ったわ。ふふっ、お空が見たらどこかに隠してしまいそうね」
「光もの好きですからねぇ。今回も上の天狗に金銀宝石を売るってのにずっと文句言ってたんですよ、物覚え悪いくせに思い出すたびに不満漏らして。まぁあたいもお空も上の連中、それも山の妖怪共は特に嫌いですけどね。今回は連中を困らせてやったんですよね? 最初は驚きましたよ、傍に居た強い巫女ならまだしも何の力も無い人間の言う事を聞くって言い出すんですから」
「………彼女は自分の全てを私の前でさらけ出してくれましたよ。それはとてもとても興味深いものでした。彼女の提案も右から左にお金を移動するだけで我々に利益が出る話でしたし、傲慢な山の天狗をギャフンと言わせるというのも面白いと思いましたから。なにより彼女は私を恐れずに堂々と心を開きましたもの、とても愉快な方でしたわ」
「あれあれ、さとり様がそこまで言うなんて。人間のお友達が出来るとは思ってもみませんでしたよ、さとり様ったら底意地が悪いんですもん。また来てくれませんかねぇ」
「彼女が望みを叶えたならもう来ることは無いでしょうね。彼女も私と良く似て底意地が悪そうでしたから」
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「と、言うわけで霊夢がお金を持ってきたわ。一緒にあった手紙の内容は借金は返しましたとか下らない事が書いてあったけれど、人間共は普通に持ってきたら私が受け取りを拒否すると踏んでこんな手の込んだ事をしたのよ、どうにかならない?」
「まぁあの後考えたのだけどこのままで良いのではなくて? 紅魔館の資産はなにもお金だけじゃないわ、私が生成した魔法薬やマジックアイテムを売ってお金にしているのだからそっちの価値が上がるのは何れにせよ損じゃないもの。お金の価値が戻れば貸した額は倍になってるし、どちらにせよ現状維持で良いわよ」
「そういえば紅魔館の財政はパチュリー様のお仕事で維持されているのでしたね。お嬢様もこれを契機に何かなさっては? 今回みたいな高利貸しもなかなかいいと思いますよ、悪魔的で」
「ううっ………。だってパチェは私の家に居るんだから家賃くらい納めても良いじゃない! ねぇ、なんで私の扱いはこんななの?」
「作者のせいですね」「作者の演出じゃない?」
「そこはせめて作者の趣味とか言いなさいよ、それなら愛されている感が出てくるのに。ええい、次よ次! 次回作は“かりしゅま☆れみぃ”で作らせなさい!!」
(自分でブレイクしとるがな)「でも次回作はマリアリらしいですわ、残念ながら」
「(´・ω・`)」
(産廃でパチュマリとかやられなくて良かった〜)
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あとがき
先ず始めに合成の誤謬1にて4番目にコメして下さった方の発想を頂きました。事後承諾すみません。咲夜さんはチャップリンの黄金郷時代を見ていたのですよ、きっと。(⇒革靴を煮て食べる)一人部屋でチャップリンを見ながらニヤニヤしている咲夜さん。キッドとか泣き笑いながら見てる。ん、アリだなこれも。
作中でなくあとがきで申し訳ないですが阿求の意図なんかを説明いたします。
阿求:天狗達に取引させるため先に河童と高額取引、利益でしか取引してくれない天狗に対して取引を蹴る不利益をチラつかせ、交渉の成功に導く ⇒ レミリアから借金するもインフレ状態を利用して借金を希釈、返済を容易にしようと金銭取引を禁じ貨幣価値を下げる ⇒ 地霊殿を抱き込み貴金属価値が高騰したタイミングを見計らって里で流通させていたそれらを現金化 ⇒ 借金を完済した後で貨幣価値を強制的に正常化(元々年明け夏以降は供給が安定し、さらに増える見込みがあったのでインフレが続く可能性は無い。むしろ今後デフレに入ると思われ) ⇒ 結果として誰も損はしない
意外かもですが実はそうなんです。作中でも言ってますが天狗河童は前年にかなり儲けを出してますし、レミリアもさとりも利益は出てます。人里は金銭的には損ですが人的損害を出さない事が利益ですので無問題。損をしたとしたら前年に利益を上げていないのに貴金属を買い漁って暴落した者がいればそういう連中、高い食糧を買わされた白玉楼と永遠亭ぐらいでしょうか。
一見幻想郷がものすごい不況に見舞われているように見えますが、阿求の行動により短い期間で大金が動き回っているので名目GDPを算出すれば例年より相当高くなるはずです(まあインフレ分を補正した実質GDPは別ですが)。例えば河童に支払った五千万円というお金が【天狗に材料費で二千五百万、酒代等々で一千万、天狗が受け取り分から五百万使用】と動けば経済効果は計九千万円と計上されます(乗数効果)。まさに“富が経済なのではなく、富の使用が経済なのです”ですね。デリバティブのように度が過ぎるのもあれですが………。
可愛いカワイイ一級フラグ建築士文ちゃんがやった事はことごとく阿求の企みを援護してます。前述のように天狗それ自体はそれほど損はしていませんが、彼女自身が提示したように競争相手がそのままに自分達が損をするというのはマズイでしょうね。某国の経済担当者のように失策で粛清とかマジ怖いです。
あとがきが長くなりすぎましたが、やっぱりこういう風にものを書くのは楽しいですね。その上感想やコメを貰えたり褒めて頂けることもあるとなればこれぞまさにクールってなもんですよ。
以前ハンター作品風に作った事があったので今回はクランシー風に経済情報戦を、と思ったのですが何かの作品を手本にしたって訳でもなければ最終的には全然違う方向にいってしまいました。いずれ映姫様でグリシャム的裁判SSとか書いてみたかったりして。
ここまで読んでくれた全ての方々に感謝を。
マジックフレークス
作品情報
作品集:
16
投稿日時:
2010/05/29 13:54:36
更新日時:
2010/05/29 22:54:36
分類
文
さとり
霊夢
レミリア
阿求
慧音
金は天下の周りモノとはよくいったもの
こう落とすか
なんか俺も阿求にやられた気がします
そしてあやや、あーめん。何気に霊夢も好き
しかし阿求の感情の発露いいなー
阿求の幸不幸は常人の感覚では計れないものがありそうですが
とにかくすげーカタルシスがありました。
供給側がほぼ人里に限定されているってのがミソですね。造幣局にあたる機関はどこに所属してたんだろう
レイレミの崩壊っぷりと腹黒さとりんが素敵でした。
そしておそらくエグいことになってしまったであろう文ちゃんを番外で見たいですw
慧音や映姫のような原作の善キャラに対するアンチって、捻くれてるのかもしれないけど好きです
シリアスな流れの中にあるささやかなギャグもいい清涼剤となりました。
可愛いよおぜうさま。あと文も転げ落ちる様がマジ似合う。
阿求の、映姫に対する啖呵が格好良かった
時間が経つに連れて、普段偉そうな妖怪連中が人間に振りまわされているのをみて
ニヤニヤしていたけど、阿求はこれが目的だったとは。
結局えーき様というか死後の世界の連中の雑な体制が原因だったのね。
阿求についた魂が一泡吹かせてやったのが良かった。
長編ありがとうございます。
前作といいとても楽しませて頂きました。
次はマリアリかあ。
よかったね、あっきゅん。
金の力ぱないぜ!
若者の奮起を望んでいるなら、文を大っぴらな刑に処すことはないだろうけど……
隠匿されるような処刑か、体裁だけ整えた飼殺しか、どちらにしろ産廃的な末路ですねえ
難しいけど面白かった
何と言いますか、綺麗に纏まっていてすっきり納得出来る作品でした。
難解な展開でいて、多数の登場人物の動機や心情にも矛盾が感じられないのは見事と言う他有りません。
取引はまだしも、心情や動機は「いや、その理屈はおかしい」と思わせない様に書くのに私は何時も少ない登場人物でも苦労しますのでw
ハンターは日本語で出ている物はほぼ全て読みましたが、クランシーは日米開戦程度しか読んだ事が御座いませんので、少し読んで見る事に致します。
「むしゃくしゃしてやった、反省はしていない」で結局人里に犠牲は出ませんでしたじゃ阿求ちゃん完全に偽善者カッコワルイ
この阿求は色々と捻じ曲がってて最高だw …いや、むしろ一直線なのかもしれないけど
あと産廃では貴重な慧音いじめ分が補給出来たし良かった
慧音自身は善良なのに不幸な目に会う理不尽さがまさに産廃って感じ
あぁ、この天狗はもらって行きますね
無茶苦茶面白かったです!
他のキャラ達の動向も面白くて終始目が離せませんでした。
自分もこんな魅力的な幻想郷が描けるようになりたいなぁ……
この話を書いてくれてありがとうございました!
お金も、酒も、宝石も、命も、全てが天秤に乗せられ数字による価値で計られる戦場。戦いに挑んだのは、歪んだ運命を背負う人間の少女。彼女はスペルカードによる戦いを挑む事はできないから、種族の力の強さなどでは決まらないこの戦場で、彼女は自分の力を奮った。
結果として、人里の人間に誰も犠牲者を出さないことで半人半獣に勝り、更に過去に犯した罪を上乗せするかのように更に重い十字架を背負わせた。
河童の信頼を得て彼らを従え、利益という光り物に目が眩み人を見下ろす天狗に一泡吹かせて、悪魔の契約すら容易く踏み台にし、足元を見る他の勢力に損害を与え、畏怖の象徴たる地底の妖怪達すら従え、博霊の巫女すら駒として使い、過ちを犯した閻魔に屈することもない。
何が言いたいかと言うと、力なき稗田の少女こそが、幻想郷において頂点を極めていたという構成に非常に感動しました。
ただのバッドエンドではなく、しかしハッピーエンドでは終わらない。本当に素晴らしい作品を拝読させていただいてとても光栄に思います。ありがとうございました。