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『商品先物取引会社登録外務員霧雨魔理沙(中編その1)』 作者: カンダタ
「霧雨魔理沙・・・」
パチュリーは手にした名詞を何度も何度も見返すと、誰もいない自分の部屋でごろんと横になった。柔らかな白いシーツが気持ちよい。昼の間にメイドの咲夜がきれいに洗濯してくれているからだ。
「もっと、お話、したかったな」
そっと、名詞を胸にやる。
どくん。
心臓の音が少し高まったような気がする。
「魔理沙」
パチュリーは大きなふかふかの枕を抱きしめた。太陽の匂いがする。パチュリーはベッドの隣にある机を見つめた。上等な木で作られたその机は年代もので、名も知れぬ職人の手によって作られたものだ。
その机の上に、書類が置いてあった。
今日契約した、商品先物取引の書類だ。
「あの女の人」
パチュリーは目を閉じる。昼間話をした、細い目をした九尾を持った女性の姿を思い出す。たくさん話をしたのに、何の話をしたのかはよく覚えていない。何か、難しい話をしていたような気がするが、パユリーの意識はその女性の後ろに立ってた魔理沙へと向けられていたからだ。
「・・・どんな関係なんだろう?」
ただの、仕事の上司と部下の関係なのかな?
そんなことを思いながら、パチュリーは横たわり、大きく背を伸ばす。
いろいろあったけど、いい一日だった。
自分が少し、変われるような気がする。
「魔理沙」
小さく、その名を呼んだ。
この日、パチュリーは300万の契約を結んだ。
■■■■■
「有難うございました!」
会社に戻ったのは、日もかなり暮れてからだった。
私はまっさきに今日同行してもらった藍課長にお礼をいった。
「気にするな」
藍課長はそう言うと、そっと私の頭をなでてくれた。
「なかなか頑張ったな、魔理沙」
「・・・そんな、私は何もしていません」
「そうでもないぞ」
藍課長は口元をゆがませた。
笑い顔。
「今日の客、ずっと魔理沙の方を見ていたからな」
「そうですか?」
「魔理沙は気づかなかったのか?」
「一応、気をつけてみてはいたのですが・・・」
そう言いながら、思い出す。
あの時は藍課長の営業テクニックを身に着けようと思って、藍課長に気を向けていたから、お客の顔をよくは見ていなかったのだ。
「おかげで、安心して話をすることができた」
「・・・」
怪訝そうな顔をする私に向かって、藍課長が語りかけてきた。
「よほど、世間慣れしていないんだろうな」
「それは分かります」
「上客だぞ」
「はい!」
私は大きく返事をした。
100万の話を持っていったのに、いつの間にか300万の契約を結んでいた。後ろで聞いていた私ですら、どうやって話を持っていったのか覚えていない。まるで魔法にかけられたかのような気持ちだった。
「さすが藍課長はすごいです」
「何がだ?」
「300万もの契約をとるだなんて」
「ふふ・・・」
藍課長は笑った。私はおかしかった。別に笑うところではないだろう。私はほめただけなのに。疑問に思ったことは聞いてみないと気がすまない。私は思ったことをそのまま聞いてみることにした。
「いったい、なぜ笑われるのですか?」
「分からないか、魔理沙」
「分からないから聞いています」
「そうだな・・・」
そういうと、藍課長は私に向かって振り向いた。私の肩に手をやる。力強く握られ、私は少し肩に痛みを感じた。
「この300万は、終わりではない、始まりだ」
「・・・始まり、ですか?」
「そうだ」
藍課長の細い目が少し開かれる。突き刺すような視線だ。私は思わず身震いをしてしまう。
「もっと、搾り取るぞ」
「・・・」
「後はまかせておけ、魔理沙。お前は私の指示通りに動けばいい」
冷たい視線。狐が、弱った獲物を見つめるような視線。
私は思った。この視線を、向けられる側でなくてよかったと。
もう遅い時間だというのに、会社に戻ると社員が全員残っていた。私と藍課長が部屋に入ると同時に、大きな拍手が沸き起こった。
「おめでとう!」
「さすがだな!」
「新規!300万!」
気持ちがいい。
誇らしい気持ちで自分の席に戻る。
「やったわね」
隣の席に座っていた霊夢が語りかけてきた。私はニヤリと笑って、「楽勝だぜ」と答える。本当はほとんど藍課長に手伝ってもらったのだけれども、数字は私の数字として残るのだから気分がいい。
「魔理沙」
語りかけてきたのは橙係長だった。
ぽんと私の肩に手を置き、「よくやった」と褒めてくれる。
「みんな!今日は魔理沙がやってくれた。しかし、まだまだ課の目標数字までは遠いぞ!気合を入れて明日からまた頑張ってくれ!」
「はい!」
疲れているのに、みんな大きな声で返事をする。
数字があがった日は気持ちがいい。これで数字があがっていなかった日には、どんなに遅い時間であってもアポ取りの電話をしなければならないのだから、その差は雲泥の差だ。
「魔理沙」
今度は藍課長に呼ばれた。
藍課長の席は、少し離れた場所にある。私は急いで立ちあがり、藍課長のもとへと走った。
「そんなに急がなくてもいい」
そう言って笑うと、藍課長は私に一枚の葉書を渡してくれた。
「今夜中に、出しておけ」
「・・・はい!」
それは、お礼葉書だった。
私の会社では、お客様の所に訪問したとき、また契約がなった時、必ず「お礼葉書」を出すようにしている。それも、文面が印刷されたものではなく、基本的に手書きの葉書だ。
もちろん手本はあるので、それを見ながら書くことになる。
お礼葉書の目的は、もちろん言葉どおりの意味である「お礼」もあるのだが、それ以上に戦略的な意味が深い。
営業は、モノを売るのではなく、あくまで自分自身を売るのが目的だ。
手書きの葉書をもらうと、お客様は喜ぶ。そうすれば、次の営業がかけやすくなるのだ。
当たり前のことであるのだが、その「当たり前のこと」をちゃんとする人間は少ない。だからこそ、今の時代だからこそ、こういう「お礼葉書」が役に立つ。
「特に、今日の客には効くと思うぞ」
そういって笑うと、藍課長は「マニュアルの53番を使うように」と指示を出した。マニュアルの53番は、客が営業に好意を持っているときに出すべき葉書のマニュアルだ。
「なかなかの女たらしだな」
「とんでもありません」
私はそういって笑った。
葉書を受け取り、そしてふと疑問がわいてきたので、そっとつぶやいた。
「それにしても・・・」
「どうした?」
「いや、何でもありません」
「気になるな。何でもないわけがないだろう。いいから言ってみろ」
「・・・あのですね」
私は少し口ごもった後、意を決して口を開いた。
「今日の客に、トウモロコシの先物契約300万をしたじゃないですか?」
「そうだな、よくやった」
「・・・あのですね」
少し、節目がちになる。目をそらしたまま、私はいった。
「トウモロコシ・・・本当に相場が上がるのかな、と思いまして」
「・・・魔理沙」
冷たい声だった。私は怖い。こんな声を、聞きたくない。
それでも、藍課長の言葉は止まらなかった。
「お前は、自分に自信のないものを、客に売れるのか?」
「・・・」
「それは、お客様に失礼ではないか?」
「・・・はい」
「だろう?」
藍課長は、ニヤリと笑った。
「だから、相場は上がるんだよ」
説明になっていない。しかし、ここで説明を求めてはいけないのだということくらい、私でも分かる。
「・・・そう、ですね」
今日の客・・・パチュリーといったか・・・その客の笑顔が浮かび、少しだけ心がチクリと痛んだけれど、ふと視線をあげると壁に貼ってある課員の成績のグラフの自分の場所に、今日の数字300万が入ったことによって一気に課で自分がトップになったのを見て、そんな気持ちは吹っ飛んでしまった。
数字をあげるのは、気持ちがいい。
私は机に戻り、ファイルをあけてマニュアルの53番を見ると、いそいそと葉書を書き始めた。
■■■■■
魔理沙が訪問してから、2日目の朝。
いつものとおり朝から図書館で読書をしていたパチュリーに向かって、小悪魔が小走りで走ってくると、手にしていたものを差し出してきた。
「?」
何の気なしに、パチュリーはその差し出されたものを手に取った。
一枚の葉書と、新聞。
葉書をちらりと見た瞬間、パチュリーは自分の胸が「どくん」と音を立てたのを聞いた。
「・・・え・・・嘘・・・」
そこには、差出人「霧雨魔理沙」と書かれていた。
「え・・・わぁ・・・わぁ・・・」
急いで葉書を読む。拝啓、パチュリー・ノーレッジさま・・・
『先日はお忙しいところ、私のためにわざわざ時間をあけてくださり、本当に有難うございます。心から、感謝しております。』
『あの日、私はパチュリーさまに嫌われてしまうのではないかと思い、ドキドキしながら訪問させていただいていました。失礼があってはいけないと思い、ドキドキしながらお話させて頂きました』
『いただいた紅茶の味、とても美味しかったです。パチュリーさまの優しい気持ちが、私の中に入ってきました。いつもこんな美味しい紅茶が飲めるなら、それはなんて幸せなことなのでしょう』
『私は、パチュリーさまに出逢えたことに、感謝しています。世の中にはたくさんの営業がいますが、パチュリーさまの担当に私がなれたことに感謝しています』
『有難うございます。こんな私ですが、これからも精一杯頑張っていければと思いますので、どうかよろしくお願いいたします』
『追伸。季節の変わり目ですが、どうかお体にはお気をつけください。』
パチュリーは葉書を胸に抱きしめると、もう一度、「わぁ・・・」と声を漏らした。
頬が紅い。胸がドキドキする。
葉書をもう一度見返す。筆で書かれたその字体は、決して綺麗な字ではなかったが、この文字ひとつひとつを魔理沙が書いてくれたのだと思うと、それだけで胸がいっぱいになる。
「・・・霧雨・・・魔理沙・・・さん・・・」
パチュリーはにこっと笑うと、再び、葉書をぎゅっと抱きしめた。
そして、大事に大事に机の上に置くと、今度は今日届けられた「文々。新聞」を開いた。
今まで何の気なしに見ていたこの新聞だけど、先日来たあの狐目の女性の説明によると、日々の先物市場の相場がこの新聞に書かれているということなのだ。
ぱらぱらとページをめくり、教えてもらった箇所を見る。
自分の買ったトウモロコシの相場は・・・
上がっていた。
(魔理沙の言うとおりだ)
本当に、自分のことを思って、言ってくれたんだ。
パチュリーはそう思い、心がほわわんと温かくなる。机の上に置いた葉書に目を向ける。そこに書かれていた文面・・・『パチュリーさまに嫌われてしまうのではないかと思い、ドキドキしながら訪問させて頂きました』
(私に、嫌われるかと思ったのに・・・)
(それでも)
(私のことを思って・・・自分が嫌われることを覚悟の上で・・・)
(私のために・・・言ってくれたんだ)
その気持ちを考えると、自然に「感謝」という気持ちがわきあがってくる。
パチュリーが今回、魔理沙と藍のすすめで買ったのは、6ヶ月先のトウモロコシの先物取引だった。
この「先物取引」というのは、文字通り、「先のものを買う」約束である。
今回は300万の取引だが、これは単純に、「トウモロコシを300万で買った」ということではない。
正確には、「6ヶ月先のトウモロコシを買う権利を300万で買った」ということであり、実際には10倍の「3000万円分」のトウモロコシを買っていることになる。
もちろん、実際には6ヶ月先に「売り」と「買い」を逆転させる手続きをとるので、実際に3000万円分のトウモロコシが家に届くというものではない。
ではどうしてこういう取引をするのかといえば・・・目的は二つある。
ひとつ目の目的は「リスクヘッジ」であり、こちらが本来の目的になる。商社などが大量に商品の取引をする場合、天候やその他さまざまな外的要因のために、将来的な損失をこうむることを回避するために、「先に値段を決めて買っておく」のである。こうすることによって、大きな損失を回避することができる。
二つ目の目的は、「投機」である。単純に、安いときに買って、高いときに売ることによって、その差益を利ざやとして手に入れることができる。そして投資金額の10倍の取引ができるということは、それだけ利益も大きくなることになる。
単純に、利益が出ると、10倍の利益になるのである・・・ただし、損失が出るときも10倍の損失になるので、ハイリスク・ハイリターンの取引であるといえる。
・・・ちなみに商品先物取引の会社は「取引の手数料」にて儲けを出している。その手数料は「取引額の10パーセント」であり、今回のパチュリーの取引「300万」でいくと、株式会社ボーダー商事の利益は「30万」になるのである。
・・・
(たった一日で、手数料以上に上がっちゃった・・・)
パチュリーは計算していた。
後は上がれば上がるだけ、利益が上がっていくことになる。
(お金なんてあんまりいらないのだけど)
それでも、お金がないよりは、あったほうがいいに決まっている。
(そうだ)
パチュリーは、いい考えを思いついた。
「小悪魔」
「・・・はい」
忠実な召使である小悪魔が、尻尾と羽をぱたぱたと揺らしながらやってきた。
その姿を見つめると、パチュリーはにこりと笑って、いった。
「紙と、インクを用意してちょうだい」
「・・・紙とインクですか?」
「そうよ」
そして、満面の笑みで答えた。
「魔理沙に、お礼の手紙を出すの。有難うって」
■■■■■
部屋中に声がこだましている。
テレコールの声だ。
橙係長の「新規ー!新規ーーー!」という声が相変わらず響いてくる。
朝からもう100本以上電話をしているのに、今日はまともな会話すらできない。ほとんどの電話で「迷惑だ!」といわれてガチャ切りされる。
「・・・ちくしょう。あんまりひどい断り方をすると、勝手にピザを注文してやるぜ・・・」
とぶつくさとつぶやきながら、私は電話をしていた。
隣を見ると、今日は霊夢の調子がいいようで、もう2件もアポが取れているみたいだ。うらやましい。このまま一日中かけてまともなアポが取れなかったらどうしよう。そうすれば、明日も朝からずっと電話をしなければいけなくなる。
そんなのは、嫌だ。
胃がキリキリする。プレッシャーがひどい。
「名簿が悪いんだぜ」
そういうと、わたしは立ち上がって部屋の片隅にある名簿棚から適当な名簿を二三冊取り出した。ぱらぱらとめくる。どの名前にも、チェックが何個も書かれている。
「あちゃー・・・これはだめだな」
わたしは、ぱたんと名簿を閉じた。これだけ何度も電話している名簿だと、もはや受ける側としても何度も何度も電話を受けているだろうから、無事につながる可能性は少ない。
(やはり・・・あの手を使うしかないか)
そう思い、ため息をつく。
電話アポで一番大切なのは、まっさらな状態の名簿を手に入れることだ。誰も電話をしていない名簿さえ手に入れば、まるで処女雪を踏み込んでいく足跡のように、アポもたくさんとれるというものだ。
わたしはため息をついて、藍課長の所にいった。
「課長、どうしてもアポがとれません」
「とれませんじゃないだろう?アポはとらなければいけないんだ」
「・・・では、少しアポを中断して、名簿取りに回ってもいいですか?」
「そうだな・・・まぁ、よかろう」
そういうと、藍課長は課長専用の電話から電話をはじめた。
少し話をした後、「話はつけたから、FAXの前で待っていてくれ」といってくださった。
「有難うございます」
それだけ言って、私はFAXの前に立った。
しばらく待っていると、やがて何枚かの用紙が流れてくる。
それは、大学や高校の名簿の、1ページだった。
私はそれを持って、自分の机に戻る。
そして自分のファイルを開いた。そこには、今度新しく卒業者名簿を作る大学や高校の名前が載っていた。
もちろん、先ほどFAXしてもらった大学や高校と同じところだ・・・そこをお願いしたのだから、当然といえば当然なのだが。
私はその中で、「名前だけは載っているが、住所が載っていない人間」を探した。
・・・あった。
名前は、リグル・ナイトバグ
名簿に名前だけしか載っていない。
「しめしめ・・・うまい具合にあったな」
そういうと、私はその高校に電話をかけた。
トゥルル・・・トゥルル・・・ガチャ
「もしもし」
「あ、すいません。私、卒業生のリグル・ナイトバグというものですけど・・・」
「これはこれは、どうされました?」
「実はですね、今度、うちの高校で新しい名簿を作ると聞いたんですけど、私、ちょっと前に引っ越したからあて先がないんですよ・・・今回の名簿の話も友人から聞いたもので」
「そうなんですか」
「それでですね、出来上がった名簿を送ってほしいのですが・・・」
「分かりました。ではどこに送ればいいですか?」
「では・・・○○○○の○○○○にまで送ってもらえますか?」
「分かりました」
「有難うございます」
電話を切る。
「ちょろいぜ」
わたしは電話の線をくるくると指で回しながら、そうつぶやいた。
隣で聞いていた霊夢がこっちを見る。
「いいわね。その名簿、出来上がったら私にもちょうだいよ」
「だめだぜ。わたしが頑張ったんだからな」
「ひどい」
「ひどくないぜ」
わたしは気分がよかった。
これでまっさらな名簿が手に入る。そうすれば、片っ端から電話をかけてやる。一冊分電話すればアポもたくさんとれるだろうし、契約だって何件か取れるかもしれない。
「営業は名簿だぜ」
そういって笑う。
と、その時。
「魔理沙」
呼び止められた。
見てみると、橙係長がこっちを見て手招きしている。
「・・・別にさぼっていたわけじゃないぜ」
つぶやきながら、立ち上がる。
最近の橙係長は機嫌が悪い。課の数字があがっていないから当たり前といえば当たり前なのだが、その機嫌の悪さをこっちにふってくるのだけはやめてほしいというものだ。
「はい。霧雨魔理沙、参りました」
「そんなにかしこまらなくてもいい」
そういうと、橙係長は笑った。
「面白いものが来た」
口元がゆがんでいる。
見てみると、橙係長は手に一枚の葉書を持っていた。
「なんでしょう?」
「まぁ、見てみろ」
綺麗な装飾。綺麗な文字。
名前に、『パチュリー・ノーレッジ』と書いてある。
「これは」
「魔理沙、お前、女たらしだな」
そういって、イヒヒと笑う。
わたしは手紙を見てみた。そこには、「この前は有難う。あなたに会えて、嬉しかった」という意味の言葉が書かれていた。
「わざわざ手紙を送ってきたんですか?」
「そうだ」
橙係長は笑った。
「これは、使えるぞ」
そして、振り向く。
「藍課長」
「なんだ?」
「この間の魔理沙の客、わざわざ魔理沙にお礼の葉書を送ってきたんですよ」
「そうか」
藍課長も笑っていた。
橙係長も笑っていた。
なぜだろう?
少し、心が、痛い。
「トウモロコシの相場、今、けっこう調子よくあがっていますよね」
「そうだな」
お茶をいっぱいすすり、藍課長は机においてあった新聞を広げる。
「この間の契約が300万だから・・・今は200万上がって、500万にはなっているな」
「でしょう?ならばそろそろ、買い増しの時期ではないですか?」
「橙係長、私がそれに気づいていないとでも思っていたのか?」
「とんでもないです」
二人の会話を、わたしは黙って聞いていた。
橙係長は、わたしのお客・・・パチュリーから送られてきた葉書を強く握り締めたまま・・・だから、葉書がゆがんでいくのが見えた。
わたしは何も言わなかった。
わたしは何もいえなかった。
買い増し。
先物取引会社の収益は、手数料で決まる。
300万の契約なら、10パーセントで30万。
客が儲かろうが、損をしようが、そんなことは関係ないのだ。
損をした時はどうしようもないが・・・運よく、利益を上げていた場合は・・・
「買い増し」と称して、いったんその契約をすべて売って、その金で再び、もっとたくさんの「買い」に走るのだ。
「今は相場が上がり調子ですから、300万ではなく、これを500万でさらに手広く買えば、もっともっと儲かりますよ?」
と言うわけだ。
もちろん、本当に相場が上がれば、お客さんは得をする。
しかし、相場が下がれば、お客さんは大損をしてしまうことになる。
・・・けれど、お客さんが得をしようが、損をしようが、先物会社には関係がない・・・緒戦「手数料」商売なので、500万の買い増しをすれば手数料「50万」が入ってくるので、それだけで利益が確定するからだ。
(ということは)
(利益が出ている限り買い増しに入るなら)
(相場はずっと上がっていくわけではないから)
(お客様は)
(いつか必ず・・・損をする)
ちくん。
魔理沙の胸が、もう一度、痛んだ。
なんだ?
なんだ?
なんだ、これは?
関係ないじゃないか。
わたしには、関係ないことじゃないか。
(有難う)
(魔理沙に会えて、私、嬉しかったです)
橙係長に握りつぶされている文字が、にじんで見えた。
「・・・」
「・・・さ」
「・・・・・・魔理沙」
「はい!」
考え事をしていた。
橙係長と、藍課長が自分を呼んでいる声が聞こえていなかった。
わたしは急いで、大きな声でもう一度返事をした。
「はい!聞こえています!」
「ぼうっとした顔をしているんじゃないぞ?」
藍課長がそういった。
瞳が、笑っていない。
「今日はまだ、アポがとれていないんだろう?」
「はい」
「ならちょうどいい。私はこの客に買い増しで入るから、魔理沙は紹介に入れ」
「・・・紹介、ですか?」
「そうだ」
藍課長は笑った。
「魔理沙はこの客に気に入られているからな。葉書ももらったことだし、ちょうどいい口実もできたじゃないか。葉書、有難うございます、嬉しかったです、といって、ちょっとこの客の所までいってこい」
「・・・はい」
「今はちょうど相場も調子がいいみたいだし、こんなチャンスはめったにないぞ。一人でも二人でも紹介してもらえ。なに、魔理沙は気に入られているから大丈夫だろう」
「・・・・・・・・・・・・・・はい」
(魔理沙、有難う)
心が、ちくちくする。
■■■■■
夜。
光の差し込まない図書館にとって、朝も夜も関係ないのだけれど、それでも、今は、夜。
パチュリーはぼうっとしたまま、ゆれる蝋燭の火を眺めていた。
自然と、笑みがこぼれる。
「・・・ふふ♪」
顔が、ふにゃぁ、となる。
こんな顔、小悪魔にも、咲夜にも、レミィにも、見せられない。
魔理沙が、来てくれた。
しかも、おみやげまで持って来てくれた。
蝋燭の隣に、小さな花が置いてある。
かわいい花。
今までパチュリーは花になんて興味がなかったのだけど、花は、こんなに心を幸せにしてくれるものなのだとは知らなかった。
「魔理沙」
花びらを、つんと手ではじく。
薄紅色の花びらが、動く。少し指先に花粉がついた。
ぺろりとそれをなめ、パチュリーは再び、笑みをこぼした。
だめだ。
止まらない。
どうしても、頬が緩んでしまう。
今日、パチュリーは買い増しをした。
500万のトウモロコシをいったん全部手仕舞いして、その後、さらに800万のトウモロコシを買ったのだ。
足りなかった分の300万は、パチュリーの貯金から出した。
「この数字って、魔理沙の成績になるの?」
「そうなんです」
「そう・・・なら、500万だけじゃなくって、もっとあった方が嬉しい?」
「それは・・・嬉しいです」
「私も、魔理沙が喜んでくれるなら、嬉しい」
あのとき、魔理沙はちょっと微妙な顔をしていた。
ひょっとして、私、やりすぎちゃったのかな?
魔理沙の気持ちも考えずに。
ごめんね。
でも・・・そうしたかったの。
魔理沙に、笑ってほしかったの。
だから、その後、魔理沙から
「今は本当に調子がいいときですから、パチュリーさんのお友達の方で、大事な方がいらっしゃいましたら、その方を紹介してはくださいませんか?」
といわれたとき、本当はあんまり紹介したくなかったのだけど・・・だって、魔理沙って素敵だから、ひょっとして私なんて気にも留めてくれなくなるかもしれないって思うと気はすすまなかったのだけど・・・
「うん」
と、返事をしてしまった。
そうしたら。
「有難うございます!」
って笑って、手を握ってくれた。
・・・暖かかった。
パチュリーはその時のことを思い出し、自分の手を少し眺めた。
しばらく眺めた後、右手と左手をつなぐ。
暖かい。
けれど、魔理沙の手は、もっと暖かかった。
「魔理沙」
花を見た。
花が揺れていた。
明日、魔理沙に、友人を紹介すると約束をした。
ということは、明日、もう一度、魔理沙に会えるということだ。
友人を紹介するのは気が重いけど、魔理沙に会えるのは嬉しい。
・・・とはいえ。
(私、友人、少ないから)
ずっと図書館に引きこもりだから、パチュリーには友人らしい友人が少ない。
子悪魔は、召使だ。
咲夜は、メイドだ。
レミィは友人だけど・・・館の人間を、あんまり魔理沙に紹介したくはない。
今自分がしている取引は内緒だし・・・それに、館の人間を紹介してしまったら、これから魔理沙が来てくれたときに、私だけに会ってくれるんじゃなくなってしまう。
(友人)
一人の友人の顔が浮かんだ。
私と同じ、魔法使い。
可愛い子だから、あんまり魔理沙に紹介したくはないけれど。
でも・・・魔理沙に・・・会いたいから。
もっともっと、会いたいから。
パチュリーはそっと目を閉じて、魔理沙の笑顔を思い浮かべると、ゆっくりと、しかし確実に、電話に手を伸ばした。
ダイヤルをする。
しばらく、呼び出し音がなる。
相手が、出る。
「もしもし・・・うん」
「そうなの・・・」
「ごめんね・・・こんな時間に、突然電話して」
「実はね・・・・・・・ちょっとお話があって・・・」
「紹介したい人がいるの・・・」
「うん・・・」
「うん・・・・・・」
「・・・・お願い・・・・アリス・・・・」
つづく
薄氷を踏む思い、って言葉がありますよね。
凍った池に落ちるより、落ちる前の方が、私は怖いです。
商品先物取引は、正しい運用をすると、正しい結果が出ると思います。
・・・
ナイフだって、正しい運用をすれば、正しい結果が出ますよね。
使い方をあやまると・・・悪意を持つと・・・違う結果が出ますよね。
人間が一番怖いです。
書いてて、パチュリーが可愛くなって、可愛くなって。
だから。私は。
・・・
ごめんなさい。後編で終わる予定だったのですが、中編になってしまい、その中編ですら最後までかけませんでした。
できるだけ、その時を、引き伸ばしたいのかもしれません。
パチュリー・・・幸せになってほしい・・・のに。
カンダタ
作品情報
作品集:
16
投稿日時:
2010/05/29 15:28:43
更新日時:
2010/05/30 00:28:43
分類
魔理沙
パチュリー
株式会社ボーダー商事
商品先物取引
破滅の足音
いやそれはそれとして読みながら指の皮剥いてたら痛い所にダイレクトヒットした
どうしてくれるんだパチュリー
…でも読みたい。
先読むのが色んな意味で辛い
しかし読まないと気になってしまう面白さだ、ちきしょおめえ!
決められた時に、小まめに出しましょう
だが初めて見たのがこの作品とは……パチュリー……
アリスと聞くと最早死亡フラグにしか聞こえないのだが、もうアリスにすべてを賭けるしかないな
むしろ自分は話が長くなって嬉しいのだが
無理矢理引き延ばしてグダグダなわけでもないしな
続き楽しみにしてます
魔理沙がゴミクズ化を回避出きるかどうか期待大
アリスがどう関わってくるのか……
後編を読むのが怖いです。でも、楽しみです
誰ぞ、この現状を打破出来ぬか
霊夢ーーは会社側……
ゆあきーーーんも会社側……
竹林のプロでもいい……
超・期待しているのでどれだけ長くなってもいいから話の終わりまでは必ず書いてくださいね!
人間の勘って、自分にとって利益になることでも廻りにとって損になることには警鐘を鳴らすものだと思いますが、
それをいかにごまかすかと言う技術こそ都市社会で生きる秘訣と言えなくも無いのだろうな、と読みながら思いました。
個人的には破滅的な倫理観を期待しています。
この魔理沙も自分で気が付かないところで嫌がってるあたり惨事のフラグしか見えぬ。
ぱちゅりーの幸せを願いつつ続編にも期待^^