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『商品先物取引会社登録外務員霧雨魔理沙 (中編その3)』 作者: カンダタ
胃がキリキリする。
出勤途中に買った栄養ドリンクを一気に飲み込むと、目をつぶった。
身体中が熱くなる。
細胞の隅々にまで、栄養が浸透していっている気になる。
もちろん、それは錯覚なのだろうけど、そうでも思わなければやっていくことが出来ない。
「魔理沙」
隣に座っている霊夢が心配そうに声をかけてくる。
「大丈夫」
わたしはそう言って、笑った。乾いた笑いだったかもしれないけれど。
(嫌なことは、早目に終わらせなければ)
大きく息を吸い込む。
空気がのどをとおって肺に入る。
トウモロコシの相場が反転した。
連日のストップ安で、止まらない。
つい先日、アリスに100万円で取引を始めてもらったばかりなのに、あっという間に50万円の損失だ。
・・・追加証拠金が発生してしまった。
追加証拠金は、通常の場合「追証」と呼ばれている。
これは、相場が思惑通りに動かず、損計算額が発生し、その金額が預託している委託本証拠金の半額を超えた場合、担保補強のために追加で預託しなければならない証拠金のことだ。
簡単にいえば・・・たとえば今回のアリスの取引の場合・・・「100万円で取引を始めてもらいましたが、残念ながら相場が悪くなってしまい、50万円になってしまいました。このままでは取引を継続することができません。方法は2つ。ここで取引を手じまいして、損失50万円を確定させること。もう1つの方法は、追証として50万円を追加してもらうことで、取引を継続して相場が戻ることを待つか?」ということになる。
(それを、アリスに伝えなければならない)
わたしは電話の前で、何度も電話をしようとして、それで、怖くて電話をとることが出来なかった。
どうしてだろう?
追証の催促ぐらい、今まで何度も何度も何度も何度もやってきたのに?
どうして今回のアリスに限って、電話をするのが怖いのだろう?
トウモロコシの値段がだいぶ上がった時に、取引を始めてもらったアリス。
取引を初めてすぐに、値が下がる。
取引を初めてすぐに、追証が発生する。
・・・わたしがだましたも同然だ。
(違う)
騙す気なんてなかった。
ただ・・・・
(何も考えていなかっただけだ)
わたしがアリスに取引をすすめたのは、トウモロコシが上がると思っていたからではなく、ただ単に、わたしの数字をあげたかったからだけなのだ。
別に、トウモロコシでなくても、ガソリンでも、小豆でも、金でも、何でもよかったのだ。
(そっちの方が、騙すより、なお悪いじゃないか)
わたしは、ずっと電話を見つめていた。
あいも変わらず、橙係長の「新規ー!新規ー!」という叫び声が聞こえてくる。
新規。新規。
数字。
大事なものだ。それは分かる。数字をあげない営業なんて、存在している意味がない。
けれど。
(迷っていても、仕方がない)
いつか、連絡はしなければならない。
したくなくても、しなければならない。
迷っていたら、誰か他の人が代わりにしてくれるなんて事はない。
(アリスの笑顔)
一度しか会っていないのに。
ほとんど話をしたこともないのに。
わたしの心は、アリスで占められていた。
どうしてだろう?
こんな気持ちは初めてだ。
・・・そんな相手に、こんな電話をしなければならない。
新規ー!新規ー!新規ー!新規ー!新規ー!新規ー!
分かってる。
うるさい。
わたしは、受話器を手に取った。
■■■■■
アリスの家は、森の奥深くにあった。
可愛らしい一戸建てで、屋根の色は赤い。
家の周りにはたくさんの花が咲いていて、その全てが、毎朝ちゃんと手入れされているのが分かる。
森の匂いは気持ちよかった。いつも会社の中にいると、空気がよどんできているような気がするからだ。
少し、心が洗われたような気がする。
わたしは扉の前にたつと、大きく息を吸い込んだ。
訪問するということは、電話で伝えてある。
あとは、扉を開けて、入るだけだ。
入るだけなのだ。
・・・入るだけなのに・・・
(怖い)
木製の、蒼く彩られた扉に、手書きで可愛らしく「アリス・マーガトロイド」と表札がかけてある。
おそらく、これはアリスの手作りなのだろう。アリスはどんな表情でこれを作ったのかな?と思った。
(よし)
悩んでいても、仕方がない。
わたしは、頬をパンと叩くと、扉をノックした。
「お忙しい処申し訳ございません。お電話させていただいた霧雨魔理沙です」
しばらく、返事がなかった。
わたしはその場で立ち尽くしていた。
空を、鳥が何羽か飛んでいるのが見えた。
「はーい」
中から声がした。
同時に、ぱたぱたぱたと、足音がする。
扉が開かれた。
アリスが立っている。
アリスは、エプロン姿だった。
「ごめんなさい。今ちょうど、お菓子を作っていたところなの」
そういって、笑った。
わたしは思わず息をのむ。
自分がどんな表情をしているのかは分からないが、この時、自分がアリスに恋をしたのだということは分かった。
アリスの傍に、小さな可愛らしい人形がふわふわと飛んでいた。
これもまた手作りであろう可愛らしい服を着せてもらっているその人形は、わたしのほうをチラリと見つめてきた。
「バカジャネーノ?」
そんな目でみていたような気がする。
もちろん、人形はしゃべらないし、口も開かないのだけれど。
(うん。わたしは、馬鹿だ)
そう思いながら、わたしはアリスに導かれながら、家の中に入って行った。
■■■■■
「手仕舞いします」
アリスは迷うことなく、そういった。
「申し訳ございません」
わたしはそう言って、何度も何度も頭を下げた。
「いいのよ」
アリスはそういうと、わたしに向かって、「紅茶、どうぞ」といって紅茶をすすめてくれた。
とてもそんな気持ちにはなれなかったのだけど、アリスが飲んでほしいと思っているのなら、そうしなければならないと思い、紅茶に口をつけた。
「・・・おいしい」
「でしょう?」
本当に、美味しかった。
こんな状況なのに、わたしはぺらぺらと、いかにこの紅茶が美味しいのかを当のアリスに向かって力説していた。
「お菓子もどうぞ」
そういって、テーブルの上に置かれていたクッキーをすすめてくれる。
さきほど、アリスが手作りでつくってくれていたクッキーだ。
容れ物も、可愛らしい。
(これも、アリスの手作りなんだろうな)
そう思いながら、わたしはクッキーに手を伸ばす。
ほんのりとした匂いをかいで、ひょいと口に入れた。
「美味しい」
「有難う」
嘘いつわりのない、正直な感想だった。
「私、お菓子づくりが趣味なの」
そういって、アリスは笑った。
その時、ふよふよとあたりを飛んでいた人形が(名前を上海というらしい。さっき、アリスに教えてもらった)、アリスの方へと飛んできて、まるで非難するように見つめてきた。
「ごめんごめん」
アリスはそういって笑うと、「人形づくりも好きなの」といった。
「・・・いいですね」
思わず、声が漏れた。
「何が?」
アリスが聞いてくる。
「何かを作る、って、いいですね」
私は紅茶を見つめていた。アールグレイ。私の顔が映っている。
「わたしの仕事は、何も生み出さないんです。お客様みたいに、何かをつくって、何かを残す、っていうことがないんです。儲かって、損をして、損をして、儲かって。お金だけはぐるぐる動くんですけど、それで何かを残すといえば、何も残らない」
どうしてわたしはこんなことを言っているのだろう?
どうしてわたしは、アリスに向かってこんなことを言っているのだろう?
どうして?
「申し訳ありません。お客様に、ご迷惑をかけてしまいました」
「うん。迷惑だわ」
「申し訳ございません。取引を初めてすぐに、損失を出させてしまって」
「それはいいの」
アリスは、わたしを見た。
紅茶をすする。
唇が濡れている。
「取引なんだから、損をするのも、儲かるのも、それはどっちでもいいの。そりゃぁもちろん、損をするよりは儲かる方がいいけど・・・そんなことはどうでもいいの」
もう一度、紅茶をすする。
「そんなことよりも、魔理沙が、そんな顔で謝ってくることが迷惑だわ」
「?」
「営業だから、仕方ないんでしょうけど」
そういって、傍でふよふよ浮いていた上海人形の頬にそっと手を触れる。すごく、優しい表情だ。柔らかな・・・まるで、母のような顔。
「魔理沙、あなた、人形みたい」
「え!?」
「わたしの夢は、完全な自立型の人形を作ることなの。自分で考え、自分で行動する人形。そんな人形を作りたいの」
「・・・」
「でも、まだ無理。だけど、わたしはあきらめない。いつかきっと、作り上げてみせる」
「・・・」
「だから、それまでの人形は、全部、生きて動いているように見えても、本当は私が全部動かしているの」
「・・・」
上海人形がわたしに向かってくる。ふよふよと、空を飛びながら。
まるで自分の意思で動いているようにみえるのだけど・・・これも全て、アリスが自分で動かしているということなのだろうか。
とても、そんな風には見えない。生きているように見える。
「魔理沙」
「はい」
「あなたも、人形みたい」
「・・・さきほども言われましたね」
「何度だって言うわ」
アリスは、わたしを見つめてくる。
真剣な、瞳。
「あなたと話していても、あなたと話しているんじゃなくって、あなたの後ろにいる、誰が別の人と話をしているような気分になるの」
「・・・」
「この前の取引の説明の時。あなたの話からは、あなたの気持が伝わってこなかった」
「・・・」
「でも」
「・・・」
「あなたが、本当は素敵な人だってことは、分かるの」
つぅっと。
涙がこぼれた。
どうしてだろう?
「私は人形ばっかり作っているから、人形の気持ちしか分からないの。もっと、人の気持ちを知りたいのだけれど」
そう言いながら、アリスは視線をそらした。窓の外を眺める。外は天気で、陽光が差し込んできていて、その光に照らされるアリスはとても綺麗で。
「わたしの友達は、パチュリーだけ」
きっと、わたしを見つめてくる。
「パチュリーのところには行ったの?」
「それは・・・」
わたしはもごもごしながら、答えた。
「行っていません」
「どうして?」
「それは・・・」
わたしは、パチュリーの担当から、外されたからだ、と答えた。
うちの会社・・・株式会社ボーダー商事では、営業の仕事と管理の仕事とで分かれている。
営業の仕事・・・つまりわたしや霊夢の仕事は、「新規」を取ってくること。
管理の仕事・・・つまり藍課長たちの仕事は、「顧客」に取引をすすめること。
仕事が分かれているのだ。
前回、買い増しの説明でパチュリーの処にわたしが赴いたのは、本当の目的は「新規」の紹介が目当てだった。
「そうなの?」
「そうなんです」
営業がずっと新規を取り続けなければ、「顧客」は増えない。
会社の売り上げの土台となるのは、君たち営業なのだ。だから、頑張ってくれ・・・と、いつも言われている。
自分がとった顧客が、どういう末路になるのかは・・・だから、知らされていない。
わたしたちは鵜飼の鵜のように、新規をとっては、それを上司に吐き出す役目なのだ。
「アリス様は」
「アリス、って、呼び捨てでいいわよ」
「それは・・・」
「そう言って欲しいの。私が」
「・・・アリスは」
わたしは、唾を飲み込んだ。
「相場が高い時に買われましたから・・・すぐに損失になってしまって・・・わたしは・・・」
それが、申し訳なくて。
それが、悔しくて。
「わたしね」
アリスがいった。
「人形づくり、何回も、何回も、失敗してるの」
「・・・」
「でも、その失敗が、無駄だったなんて思わない。全部が経験になって、今の私の中にちゃんと根付いているから」
「・・・」
「だから、魔理沙も」
「・・・」
「泣かないで」
「・・・ごめん」
わたしは、泣いていた。
そんなわたしを、アリスはそっと抱きしめてくれた。
「バカジャネーノ?」
上海人形に、そう言われたような気がした。
うん。
わたしは、馬鹿だ。
でも、馬鹿だと気づけた。
それだけで。
いい。
■■■■■
一昨日も。
昨日も。
今日も。
相場が、下がっていく。
800万で始めた取引が、今は400万になってしまっている。
そのことも辛いけど。
それよりも、何よりも、辛いのは。
(魔理沙が来てくれない)
ずっと、連絡がないことだ。
(追証・・・)
魔理沙の上司、一番最初に取引を始めた時に、一緒にきたあの狐目の女の人、八雲藍という人からは、毎日電話がかかってくる。この人からはかかってくるのに、魔理沙から何の連絡もない。
(入れなきゃ)
追証を入れるか、取引を終えるか。
取引を終えると、もう二度と魔理沙に会えない。
会社に何度電話をしても、取り次いでもらえない。
なら。
(この取引だけが、絆なんだから)
パチュリーは、追証400万を入れるために、自分の口座からお金を引き下ろしていた。
(魔理沙が、取りに来てくれないかな?)
取りにきたのは、藍課長だった。
「このたびはまことに運が悪く・・・ただ、一時的なものだと思いますので、今を我慢していれば大丈夫ですから」
そういって、400万を持っていった。
■■■■■
わたしは、アリスと会う機会が増えていった。
アリスと会っていると、落ち着く。
アリスは私を、優しく包んでくれる。
優しいだけじゃない。
アリスは厳しいことも言う。
というより、基本的には厳しい。
本当は、わたしのことなんて好きじゃないんだろうか?と思う事もある。
そういうと、
「馬鹿ね」
といって、手を握ってくれる。
「魔理沙、最近、頑張ってる?」
アリスはそう聞いてくる。
「もちろん」
わたしは答える。
今のわたしは、本当に勉強をしている。
知らないものを、売るわけにはいかない。
睡眠時間は削られるけど、ずっと、眠いけど。
仕事中に隣の席の霊夢から「起きなさいよ」とつつかれることも多いけど。
それでも、あんな風に、アリスの前で泣いた時みたいに、情けなくなるのは嫌だ。
本気で頑張って失敗するのではなく。
何も知らずに迷惑をかけるのは嫌だ。
「わたしも頑張るから」
新しい人形をつくりながら、アリスは言う。
「一緒に、頑張ろうね」
アリスの手作りの紅茶。
アリスの手作りのお菓子。
わたしは、幸せだった。
■■■■■
2回目の追証が発生した。
「またなんですか?」
電話口で、パチュリーは泣きそうな声をあげてしまった。
「もう相場が回復するから大丈夫だと言ったじゃない」
「回復基調ではなる、と伝えさせていただいてはいたのですが・・・」
申し訳なさそうな声が聞こえてくる。
あんまり大きな声を出すと、小悪魔に気付かれてしまうかもしれない。
それでなくても、最近はこの藍課長からの電話が多いので、取り次ぎの小悪魔も不信そうな眼を向けてくることがあるのだから。
「もう出せません」
パチュリーはそう言って電話を切ろうとした。
しかし。
「では、最初の投資額800万と、前回の追証400万が無駄になりますよ」
と言ってくる。
「確かに今回は、仕手筋が絡んできたので予想外の値動きを見せたのですが、世界的にトウモロコシの需要は間違いなく上がっていますから、今だけ乗り越えれば大丈夫です。今取引をやめられますと、後で必ず後悔されることになります」
電話の向こうの口調が強くなる。
「私は、パチュリー様のことを思って言わさせてもらっているんです。あとで相場が回復した時に、あぁ、あの時、もっと強くお勧めしなかったせいで、パチュリー様にご迷惑をおかけしてしまったと後悔したくないんです。今、私は嫌われてもいい。あとで必ず、あの時の私の言葉が正しかったと気づいてもらえるのですから!」
「もういいです」
パチュリーは電話を切った。
すぐに、電話のベルがなった。
「申し訳ありません。電波の調子が悪いみたいで電話が切れてしまいまして・・・」
「電波の調子がわるかったのではなく、私が切ったんです」
「それでですね」
話を聞こうともしない。
「追証というのは、担保の不足分を補うものですから、相場さえ回復すれば、ちゃんとお返しさせていただく金額なのです。前回の400万も返ってくるんですよ。一時的なものなんです。今、取引を停止することこそが、長い目で見ると一番パチュリー様にとって損になることなんですよ」
「・・・さを」
「はい?」
「魔理沙を出して。私、魔理沙とお話をしたい」
「もちろんです」
電話の向こうの声にはりが出てきたような気がする。
「もちろん、魔理沙もそう望んでいます。今、魔理沙はものすごく頑張っています。うちの課でも一番の売上です。魔理沙は今、うちのエースです。魔理沙はみんなに頼られる存在になっています」
「・・・」
「魔理沙がここまで成長したのは、パチュリー様の取引をはじめてからです。私からもお礼を言わせて頂きます。有難うございます。魔理沙を成長させていただいて」
「・・・」
「それでですね」
「・・・分かったわ」
パチュリーは、折れた。
「本当に、一時的なものなのね?」
「もちろんでございます!私を、魔理沙を、信じてください!」
電話の向こう側で、ざわざわと声がしているのが聞こえる。
(魔理沙の声、聞こえないかな?)
そう思って耳をすましたけれど、残念ながら、魔理沙の声は聞こえなかった。
「では、お手続きの方法として・・・」
電話口ではまだいろいろとしゃべっていたけれど、そのほとんどはパチュリーの耳に入らなかった。
魔理沙に、会いたい。
もう、どれくらいの間、会っていないのだろう?
それが、さびしい。
■■■■■
「どう?」
「あ、こんな所にまで申し訳ございません」
電話を切った藍は、声をかけられて立ちあがった。
そこに立っていたのは銀色の髪を後ろでまとめた八意永琳部長であった。
「まだいけそう?」
「まだまだ大丈夫ですね」
藍はそう言うと、机の上に置かれていた煙草を手に取ると、永琳部長に差し出した。
「どうですか?部長も一本」
「やめておくわ」
永琳は笑った。
「長生きしたいもの」
「また御冗談を」
そう言って、二人で笑う。
「久々の上客ね」
「資金的な余裕はまだありそうです」
藍はそういうと、びっしりと書き込まれたカルテを取り出した。この「カルテ」というのは、顧客の様々な情報が書き込みされているものである。そこにはパチュリーの名前、生年月日、住所はもとより、今までの取引経歴や指向など、ありとあらゆるデータがのっていた。
「ふぅん」
永琳はカルテを受け取ると、何やら考え事をしていた。
その間も、室内はにぎやかであり、いたるところから電話の声が聞こえてくる。魔理沙もその中で働いていた。瞳の色が違う。本当に、最近の魔理沙は生き生きとしている。
「両建てで行きましょう」
「両建て、ですか?」
永琳は笑った。
「履歴をみていると、なんだかんだいって、こちらのいいなりになっているわね」
「ここまで調教するのには時間がかかりました」
「よくやったわ」
「有難うございます」
永琳はカルテを叩く。
「両建てをたててしのぎつつ、混乱した所で向かい玉を立てましょう」
「そこまで行きますか?」
「大丈夫。私の経験を信じれないの?」
「まさか」
藍は笑った。
「八意部長は伝説の営業ですから」
「褒めても何も出ないわよ」
永琳は部屋を見回す。
「みんなを、旅行にでも連れて行きたいわね」
そして、カルテを机に戻した。
「とことんまで絞りなさい。私も、久しぶりに美味しいものを食べたいわ」
■■■■■
「少しの間だけ、少しの間だけだから」
パチュリーはそう言いながら、手にした封筒をぎゅっと握りしめていた。
「誰にも迷惑はかからないから、だから、いいよね」
あたりを見回す。
周囲は薄暗い。
誰も、いない。
紅魔館から出るのは久しぶりだった。
いつもは、ずっと図書室の中にいて、基本的な雑用は小悪魔がしてくれて、食事や洗濯は咲夜がしてくれるから、外出する必要はないのだ。
レミィはふらふらと外に出ることがあるけど、そんな姿を見て、「何が楽しいの?」と尋ねると、「パチェも一緒に出ればいいのに、楽しいから」と言われるのがオチだから何も言わない。
そんなパチュリーが、本当に、久しぶりに外出していた。
藍課長から電話があったのは朝だった。
「お電話です」
といって電話機を渡す小悪魔の目に、さすがに不信感が広がっているのが分かった。無理もない。今までほとんど電話もなにもしていなかったのに、こうも毎日電話をされると自分が逆の立場だったらそう思う。
(もしもし)
(これはこれはお世話になります、パチュリー様)
いつも通りの空虚な挨拶。
別に、この人と話をしたいわけではない。
今日の、藍課長からの話を思い出す。
(両建てをしましょう)
(両建て?)
(トウモロコシの相場が回復するのは間違いないところだと私も確信しているのですが、それでも、今は相場が上がり下がり乱れているのは否定できません)
(また追証?)
(とんでもございません。それよりむしろ、パチュリー様をもっとお助けするいいアイディアがあるのです)
(・・・)
藍課長の話はこうだった。
今、パチュリーは800万のトウモロコシの「買い」をしている。だが、値は上がるのは確信していても、もしもその間に不幸にも下がってしまったらまた「追証」が入ってきてしまう。それは申し訳ないので・・・実は商品先物取引は、「買い」だけでなく「売り」から入ることもできる取引方法なので、ここは今の荒れた相場が収まるまで、「800万の買い」と対になる「800万の売り」という取引をすれば安全になる。
つまり、仮に「買い」で「100万の損」が出たとしても、同時に「売り」で「100万の得」が出てくるので、相場がどちらに転んでもまったく損失が出ない取引方法になるのです!
・・・意味がよく分からなかった。
けれど、何回断ったとしても、どうせずっと否定され続けるのは間違いないのだから、ならばそれを言うのにパチュリーは疲れていた。
(はい。はい)
とだけ生返事を続ける。
するといつの間にか、
(有難うございます!)
と言われて、次に具体的な取引の方法になっていた。
ぼんやりとした頭の中で、「でも、もう、800万なんてお金は用意できないのだから、あきらめてくれるだろう」と思っていた。
当然、藍があきらめるわけがなかった。
色々な提案をしてくる。
(一時的なものですから)
(どこかに現金を持っていませんか?)
(たとえば机の奥とか?)
(銀行には?)
(郵便局には?)
(株券とか?)
(権利書とか?)
次々に問われていくと、つい答えてしまう。
(それで行きましょう!)
いつの間にか、話が決まっていた。
あとはぐいぐいと話を進めてくる。
(ちょうど、うちのグループに金融をしている会社もありまして)
(いやぁ、パチュリー様は運がいい!)
(本来なら審査などかなり厳しいのですが、今回は私が特別に話を通しておきますから)
(なに、一時的なものです)
(後から倍になって返ってくると思えば安心です)
(あ、紙とペンはありますでしょうか?そこまでの行き方を説明させていただきます!)
もう、パチュリーは思考がマヒしていた。
藍に言われるがままに、「はい」「はい」と答えていく。
(西行寺金融)
(それがうちのグループの金融会社の名前です)
(もう、連絡は終わっていますから!)
(あとは行かれるだけで、全部手続きは出来ます)
(いつ行かれます?)
(無事に融資を受けられましたら、連絡をお願いいたします)
(私からも連絡させていただきますので)
(いやぁ)
(お客様は、運がいい!)
そして今。
パチュリーは、誰にも見つからないようにして、そっと紅魔館を抜けだしてきていた。
「少しの間だけ、少しの間だけだから」
パチュリーはそう言いながら、再び、同じことを言った。
「誰にも迷惑はかからないから、だから、いいよね」
少し預かるだけだから。
後でちゃんと返すから。
薄暗闇の中、パチュリーの吐く息が白くなった。
ちゃんと、返すから。
一時的なものだから。
パチュリーは、手にしていた封筒を、ぎゅっと抱きしめた。
中に入っているのは、一枚の紙。
友人の証として、自分を信じてくれた友人から預かった、一枚の紙。
友人の笑顔が浮かぶ。
その友人は、いつも、自分のことを「パチェ」と呼んでくれる。
自分のことを「パチェ」と呼んでくれるのは、世界で一人だけ。
大事な、大事な、友人。
「ちょっとだけだから」
「すぐに返すから」
パチュリーはそう言いながら、歩き始めた。
その手に。
紅魔館の権利書を持って。
つづく
次回、「後編」
その後、「その後」
あと2回で完結予定です。
魔理沙も胃がキリキリしていますが、わたしも胃がキリキリしてきます。
こんな作品ですが、最後まで読んで頂けると、嬉しいです。
有難うございます。
カンダタ
作品情報
作品集:
16
投稿日時:
2010/06/02 23:56:07
更新日時:
2010/06/03 08:56:07
分類
パチュリー
魔理沙
アリス
霊夢
藍
株式会社ボーダー商事
商品先物取引
相場の下落が止まらない
後戻りできない
もうだめだ
パチュリーそれはやっちゃ駄目だあああああああ
読みたいのに読みたくない
こんな気持ちは初めてだ……
パチュリー!これ以上は・・・!これ以上はぁぁぁ!
もう許してぇええ
暴力も言葉責めもないのに、いままで読んできた話で1番怖いわぁ。
しかしアリス素敵な人ね…
被害者増やすのかと思ったら、対比展開とは。
この現実的展開、これは幻想虐めだ。
産廃で言う事じゃないと思うけど夢オチでいいからハッピーエンドにしてほしい…
ここまでくると続きが楽しみで仕方ないな
最初はパチュリーカワイソスとか思ったけどここまで盲目だと虫酸が走るわw
期待うp
計算すればわかるが、絶対に損失が出る
しかもまだ中編・・・
だが読みたい俺がいる!