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『たかいとりで』 作者: sako
「駄目だご主人、外は猛吹雪でとてもでられそうにない」
探索から帰って来るなりナズーリンが発した言葉はある種、星には予想通りの答だった。
「そう…ですか…せめてこの足が無事なら、私の力で何とかなったかも知れないのに…」
けれど、それでも落胆の色を隠せない。足の酷い痛みに顔をしかめつつ、星はがくりと肩を落した。ナズーリンはいや、それでも恐らく無理だろう、と星を宥めた。
ここは魔界。その一角に聳え立つ狂気の山脈。その中腹、六合目といったところ。切りたった氷河の絶壁に突っ込み大破した第二星蓮船の残骸の中に二人はいる。
正確な位置はナズーリンたちにも分からない。二人は遭難してしまっているからだ。
聖の命で魔界の地方都市エソテリアへ行った帰り、飛び倉の破片、その破片で作られた第二星蓮船は魔界の空の上で急に舵を失った。
狂気山脈に住まうと言われる古の種族の呪いか、はたまた、現実的にエソテリアで仕入れた荷が重すぎたのか、破片の破片では法力が足りなかったのか、兎に角、星蓮船に比べ一回りも二回りも小さい第二星蓮船はナズーリンの必死の操舵の甲斐虚しく、輝くように凍りつく絶壁へと打ち据えられるように不時着…いや、墜落してしまった。
船は無論、航行不能なほど大破。落下の衝撃に耐え、かろうじて生き延びた二人ではあったが、その際、星は足に酷い傷を負ってしまった。荷を積めた木箱の山に押しつぶされてしまったのだ。
有り得ぬ位置で折れ曲がった足は痛々しく、ナズーリンは動けぬ主を何とか無事な船室の一つに運び込むと早速手当を行った。
といってもそれは応急処置の域を出ないものだ。当て木をし、適当な布を破いて作った包帯で動かぬよう固定しただけだ。傷薬や痛み止めは船に積んでいたはずだが、この事故で何処かへ行ってしまった。燃えるような痛みに時折、星は悲鳴を漏らし、奥歯を噛みしめた。
ナズーリンも怪我を負っていたがどれも打ち身や擦り傷程度。これも幸いなことであった。そして、もう一つ幸いなことがあった。
飛び倉の破片の破片で出来たこの第二星蓮船は大破してもまだその法力を失っていないのか、二人が逃げ込んだ部屋は暖かいとは言えないものの極寒の外気に比べれば十二分に耐えれる室温を保っていた。少なくとも今日明日、凍えて死んでしまうという目には陥らなさそうだ。一応、積み込んだ荷の中には暖を取るのに使えそうな毛布もあった。
「聖たち…助けに来てくれるでしょうか」
不安げに呟く星。ナズーリンはその可愛らしい眉を少しだけ潜めると、さて、と返した。
外は吹雪でしかもこの辺りは魔界の住人でも立ち入らないほどの危険区域だとガイドマップには記されている。山の麓も氷河と雪原が延々と続く極寒の地、近隣にはまともな知性を持った存在など住み着いてはいない。昔、ある探検隊がこの山脈に残された遺跡を調査しに出掛け、その大半が戻らず、戻ってきた者も近年の内に発狂死したという醜聞もあるほど。脱出して自力で下山するというのはリストカットやオーバードープ、こめかみに銃口を押し当ててトリガーを絞るのと変らない自殺の手段だ。二人は密室に閉じ込められているのも同然で、救助を待つ以外に手は残されていなかった。
「捜索はすぐに始まるだろうが、果たしてここを見つけることが出来るかどうか…私も、船の体勢を立て直そうとかなり出鱈目に舵を切ったからな。それにこんな危険な空域、探す方も容易に探せないだろう」
悲観的な観測。眼を細め、ナズーリンは自分が捜索隊にいると仮定して考える。けれど、出てきた想像は捜索される側としては嘆きたくなるようなないようだった。
えっ、と面を上げた星の顔には絶望の色がにじみ出ていた。
しまった、とナズーリンは内心で頭を振るう。自分の空気の読めなさを呪いながら。
「ま、まぁ、大丈夫だろうご主人。聖様は大変、徳深い方だ。こんな吹雪ぐらい物ともせずきっと私たちを見つけてくれるさ」
精一杯、励ますような笑みを作って、星を元気づけるように語りかけるナズーリン。そうですね、と星の顔が少しだけほころぶ。これではどちらが上司なのか、とナズーリンは少しだけ笑いそうになってしまった。
「となると…当面の問題は食料だな、ご主人」
そう言ってナズーリンは十畳ほどの部屋を見わたす。
部屋は元船倉で二人を取り囲むように倒れ中身をブチまけている木箱が並んでいる。残念ながらこの木箱の中身は民芸品ばかりで、今のところ、壊して薪の替わりにする以外の使用方法は見あたらない。他の船倉にある物も似たような物だ。そうして、ナズーリンが記憶している限り、今回の荷の中には食料品などは含まれていなかった。
星もそれを承知しているのか、また、不安げな顔を浮かべる。
ナズーリンと星の心の有り様の違い以外に、怪我を負っているという事が星の不安を冗長しているのだ。
「取り敢ず、今度は食料を探してくる、ご主人。なに、多分、ご主人がこっそりおやつに買ったビーフジャーキーぐらいは見つかるさ」
ナズーリンにしては珍しく上司を揶揄するような冗談を飛ばして拾得物を入れるズダ袋を手にナズーリンは避難所を後にした。
「しかしコレは―――不味いな…」
廊下に出てナズーリンもついに不安を口にした。真っ暗な船の廊下。ひび割れた壁からは容赦なく雪を伴った外気が流れ込んできている。その暗さに、ああ、ランプに使う脂も探さなければ、とナズーリンは頭の中の必要な物リストを改めた。
凍える空気に外套代わりに持ってきた毛布を着込み、手近にあった棒きれ…柱の支柱だった物、に包帯を作るときに使った布の余りを巻き付け、ランプ用の缶から手にとって布に擦りつけ、煙管を吸うためにいつも持ち歩いている火打ち石で火をつけた。火事に気をつけなくていいのがせめてもの救い。飛倉の破片の法力はそういったものからも木を守る様になっているのだ。
アレだけの勢いでハードランディングしたのに船体が完全大破していないのもそのお陰だろう。
ナズーリンは篝火を掲げながら。瓦礫を踏み分け探索へと赴いた。
けれど、成果は芳しくなかった。
「クソ…いい皿だったのに」
二つに割れた綺麗に歪んだ瀬戸物を手にナズーリンは毒づく。エソテリアで仕入れたものだった。みんなの食事や参拝客に振る舞う料理を出すときに使おうと思っていたのに、もはや、皿は修復不能なまでに壊れてしまっている。他の木箱の中身も同様だ。瀬戸物やガラス細工を収めた箱を並べてあるこの船倉は素足では立ち入れないほど鋭い破片が散乱していた。靴を履いているとはいえ、とても奥まで進む気にはなれない。それにこんなところに食料はないだろう。ランプの脂も。ナズーリンはため息をついて次の部屋を探索することにした。
次の部屋には散らばった反物が。カラフルな絨緞のようにひかれている。その内の一つ、分厚そうなものを選んで手にズタ袋に入れた。これを床にひけば敷き布団の替わりにはなるだろうと考えたのだ。食料品や脂はなかった。
その次の部屋は扉が開かなかった。見れば木の枠が落下の衝撃で歪んでいたのだ。仕方なくナズーリンは諦め次の部屋に。
次の部屋でも、その次の部屋でもめぼしいものは手に入らなかった。
その次の部屋では、ナズーリンは扉を開けたことを後悔した。
ドアノブに触れたとき、異様な冷たさを覚えた。その時に止めておけば良かった。それでも、一抹の期待を覚え扉を蹴り開けたナズーリンh厚着の瞬間、開け放たれた扉から吹き込んできた猛烈な冷気にその小さな体を晒してしまった。
僅か一秒足らずで体が凍りつく。服に雪が張り付き、容赦なく体温が奪われる。たいまつの火も消え失せてしまった。魔界の冷気は殺意すら持っているようでナズーリンの命を刈り取る死神の鎌を振りかざすように体を凍えさせてくる。
「ッあ!?」
たまりかね、服に張り付いた霜を落としながら、急いで扉を閉める。何とかそれで体は冷気に晒されなくなったが、跳ね根が噛み合わぬほど、ナズーリンの体は冷えきってしまった。
「もももも、戻ろう…」
がちがちと奥歯を鳴らしながらナズーリンは自分の体を抱えながら急いで避難所へと戻った。闇の中、瓦礫が散乱する廊下は危険に満ちており、ナズーリンは体の冷えも相まって何度も転んでしまった。それでもなんとか、ほうぼうの体で避難所へ駆込む。
「お帰りなさ…っ、ナズーリン!? どうしたんです!?」
雪と霜で真っ白になった部下の体を見て、床に寝転がって体力を温存していた星は身体を起こして叫んだ。
「と、とりあえず、火を。ここならたき火しても大丈夫ですから…!」
星は腕を伸ばし、手近に落ちていた木箱を寄せ、力任せにそれを破壊した。適当に空気が入りやすいように木片を組み合わせ、その中心に丸めた新聞紙を突っ込み、自らの法力でもって火を灯した。
ぼうっと炎が燃え上がる。
その間、ナズーリンは震えているしかなかった。
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「…ありがとう、ご主人。助かったよ」
炎の前、三角座りでちろちろと赤い舌を踊らせる炎を前に、それを見詰めたままぼそりとナズーリンが口を開いた。
その格好はドロワーズだけで殆ど裸に近い。上から毛布を羽織って、時折、火の当たる位置を変えながら、放射熱を効率よく体に受けている。着ていた服は雪ですっかり凍っており、今は天井に通したロープに吊らくってある。ぽたり、と溶けた雪が滴となって落ちた。乾かしている服の下には無事だった伊万里の大皿が置いてある。雪解け水を受けるためだ。
「何か言いましたかナズーリン」
ややあってから星が返した。どうやら、半ば眠っていたみたいで虚ろな目をナズーリンに向けている。
ナズーリンはそんな星にうろんげな視線を向け、半開きの眼で、いいえ、と応えた。
また、沈黙の時間が生まれる。
こうなれば、ふて寝するしかないか、とナズーリンはきつく瞼を閉じ、ふん、と鼻から息を吹き出した。
しかし…
「ナズーリン、ちょっとこちらへ」
そうはならなかった。ナズーリンが目を開けると起き上がった星が手招きしているのが見えた。折れた足を投げ出すように、逆の足も同じく、これから風呂上がりの体操でもするかのような体勢だ。
「………」
少しだけ迷った後、ナズーリンは毛布を羽織ったまま星のところへ近づいていった。それから、どうしろと訝しげに眉を潜めるナズーリンに星はここへ腰を下ろせと、自分の足の間を指さした。
言われたとおり、座るナズーリン。これはいったい、どういうことなのだ、と訪ねようと首を後ろに回した所で、
「え?」
羽織っていた毛布がはぎ取られ、星の腕が首に回されてきた。
「寒いでしょう。こうして…くっついていれば多少はマシだと思いますから」
そういって、自分の身体の上から毛布を羽織る星。二人羽織のような形。星はナズーリンの首筋に顔を埋める。
「ご、ご、ご主人、でも、これは…」
しどろもどろに狼狽え、耳まで赤くするナズーリン。確かにこれは人肌の暖かさが伝わって、毛布を被っているより温かいが、必要以上に心臓が跳ね上がってしまう。余計な体力消費だ、とナズーリンの駄目な部分は考える。それに有無を言わさないようにもっと腕に力を込め、星は体の密着度を上げた。ぎゅっとナズーリンの肩胛骨が浮いた背中に布越しではあるが星の薄い胸板が貼付けられる。
「ご主人…」
もう、抵抗はなかった。ナズーリンはされるがまま瞳を軽く伏せ、主人の体温、いや、心のその暖かさを全身で感じ取った。
「ありがとう、ご主人」
顔を綻ばせ、微笑み、ナズーリンは首を動かして、自分の肩口に顔を埋める星にそっと口づけをした。
それから、二人は少しだけ、愛を交わしあった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
次の日の朝…そう思わしき時間、なんとか湿り気を帯びる程度に乾いた服を着てナズーリンは三度目の捜索に赴いた。
魔界のこの地区には朝や昼という概念はないのか、ひび割れた窓から覗く外の世界は昨日と同じく闇に閉ざされていた。これは、捜索が更に難しいものになるな、とナズーリンは黒い闇から吹き付ける嫌らしいほどに白い雪を睨み付けた。
探索の結果は思わしくなかった。二人が必死に逃げ出してきた操舵室まで赴いたが見つけたのは食べかけのビーフジャーキーだけだった。それ以外にめぼしいものはなし。せいぜい、水筒に使える花瓶だけだった。ナズーリンはそれに雪を詰めて避難所へ戻っていった。
その火の夕ご飯は二人で見つけたビーフジャーキーを分けあっただけだった。
次の日と、次の日も捜索に出掛け、ナズーリンはこの船の残骸にはもはや、食べ物などないということを覚った。
後は聖たちが助けに来てくれることを望みに、ただひたすらに耐える手しか残されていなかった。
漢数字の二を描くように船倉で横になる二人。いや、中心にたき火の痕が残っていることを考えると三か。二人は火を絶やさないよう、薪をくべつつ、その体勢のまま、長い時を過ごした。
「お腹すきましたね…」
ぼつりと星が口にする。意図してではなく、自然に漏れた欲求だった。ナズーリンが億劫そうに目を開けると主人は酷く色の悪い肌を貼付けたまま、ぼうっと虚空を眺めていた。
明らかな栄養失調の兆候が現れていた。
怪我をしている分、動き回ったナズーリンよりも体力の消耗が激しいのだろう。このままでは早くに…嫌な想像がナズーリンの脳裏を過ぎる。
「…ナズーリン」
消え入りそうな声で部下の名前を呼ぶ。星がナズーリンが酷く緩慢な動作ながらも、立ち上がろうとしていることに気がついたからだ。
「ご主人、ちょっと出てくる…」
「何処へ…」
もう、トイレに一々、部屋を出て行く体力も二人には残されていないのだ。そもそも、出す物の食べるものがなければ出ないのだが。
「食料を探しに…もしかすると、私が見落としていたかも知れないし」
「あ、ナズーリン…!」
星の制止も聞かずにナズーリンは部屋から出て行った。
もう、一秒だって弱り、死にそうなご主人の顔を見るのが嫌だったからだ。
絶対に死なせないぞ、とナズーリンは決意を新たに、力のこもらない拳をそれでも握りしめた。ふらつく足を壁に手を着いて支え、何とか歩む。それに…当てがないわけではなかった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「………ナズ−、リン?」
自分を呼ぶ声に、気を失うように眠っていた星は瞼を開けた。
いや、その目を目覚めさせたのは声ではなく香りだった。
香ばしい、肉が焼ける匂い。血が泡立ち、脂がはね、筋肉が引き締まるあの香り。ごくり、と喉が鳴り、星は最後の力を振り絞るように体を起こした。
「あ、やっと起きたかご主人。ほら見てくれ、僅かだが食料を見つけてきたぞ」
そういってナズーリンが指し示したのは傘の骨をばらして作った串に刺され、たき火に炙られている何かの肉だった。数は僅かに三つだが、それでも一週間以上、何も口にしていない星にはごちそうに見えた。
「ナズーリン、これは…?」
「向こうの船窓の隅で見つけた…鼠の死骸だ。少し痛んでいたが、危なそうな部分は除けてしっかり火を通している所だから、大丈夫だと思う」
焼いている肉についてそう説明するナズーリン。捌いた結果なのか、串に刺された肉はもう、原形をとどめないほど形を失っていた。串に僅かばかりの肉がこびりついているだけといった感じ。それでも、星は久方ぶりの胃袋の脈動を、口から湧き出る涎をとどめることは出来なかった。
「ほら、ご主人」
しっかり焼けた串の一本を手にそれを差し出すナズーリン。星は一瞥、震える手つきでそれを受け取ると、お菓子を与えられた子供のように一心不乱にむしゃぶりついた。
硬く筋張り半ば焦げ付いた肉。量が少なすぎてまともな味なんてまったくしない。けれど、それは星が長い生涯の中で食べたどんな食べ物より、美味しかった。
「はふ、はふ…美味しい、美味しいです、ナズーリン」
涙を流しながら竹串に染みこんだ肉汁まで啜ろうと串を噛みしめる星。その様子を見てナズーリンは少しだけ笑った。
「ほらご主人、あと二歩あるからコレも食べるといい」
そう言ってナズーリンは残り二本の串を手に、それも星に差し出す。少しだけ胃に物を入れて冷静さを取り戻した星はそれとナズーリンの顔を交互に見比べて、でも…と申し訳なさそうに声を上げた。
「ナズーリン、貴女の分は… いえ、これが貴女の同族の亡骸だと言うことは分かってます、けれど…もう、食べてしまった私が言うのもなんですが、遠慮することは…」
「ハハハ、なんだそんなことか」
うつむき、己の食欲を恥じるようなことを言う星に対してナズーリンはあからさまな笑い声を上げた。
「実はご主人が寝ている間に毒味代わりに先に二匹、戴いているんだ、私は。それに餓えひもじい思いを常にしている鼠が…今更同族食い程度で気に病むものか」
「でも…、あっ、ナズーリン、その手は…」
と、その時、星はナズーリンの串を握っている方とは逆の手、ナズーリンの利手とは逆の手に薄汚い包帯が巻かれていることに気がついた。そこには血が染み出していて、痛々しい様を露わしている。
その手を慌てて後ろに隠すナズーリン。
「ああ、これは恥ずかしい所を見せてしまった。実は調理の途中で指を切ってしまって…まったく、少しでも体力を温存しなければ行けない時なのに。ハハハ、情けない。さぁ、ご主人、間抜けな私は放って置いてこいつを食べてくれ。
………お願いだから」
切実なナズーリンの言葉。断れる道理はなかった。
ありがとう、ナズーリン。
その言葉はもう、星が漏らす嗚咽にかき消され発することは出来なかった。
ぽたぽたと、垢で汚れた毛布の上に涙の染みを作りながら星は二本の鼠の串焼きを噛みしめるように咀嚼した。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ところで、引っ込めたナズーリンの腕に指が付いていないように見えたのは星の見間違いであったのだろうか?
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
それから更に数日が経過したある日。
永久に吹き荒いでいるのではと思える強烈な颶風をものともせぬ巨大な一隻の船が、魔界の分厚い雲海を裂いて現れた。
それは船体の至る所から放たれる慈愛に満ちた温かい光りで降り注ぐ雪を溶かしきると静かにそれでいて素早い動作で垂直にそそり立つ狂気の山脈の絶壁にへと船体を寄せた。
「星! ナズーリン!」
船の切っ先から、縄ばしごを下ろすのももどかしいと飛び降りる影一つ、命連寺宗主、聖白蓮だ。羽毛を思わせる軽やかさで崩れた第二星蓮船の上に降り立つと聖は仲間の制止も聞かずに、船内へと足を踏み入れた。
強化された腕力で容易く瓦礫を取り除き、奥へ奥へ。船のレーダーで一つ、熱源を発見した場所へと足を進める。
「星! ナズーリン! 無事ですか!」
己の内にある不安を拭うよう、最後の扉を大声を上げて開け放つ聖。
果たしてそこには―――荒れ果てた船倉の中央、探し求めていた星とナズーリン、二人の姿が合った。
「あ…聖…」
虚ろげな声で振り返る星。
こけた頬、落ちくぼんだ瞳、荒れた肌、そうして――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――口の周りを汚す、あかいち。
星が顔をあげた元、その膝の先に横たわったナズーリンは聖の来訪にもぴくり共動かなかった。
虚空を見つめる瞳をあらぬ方向へ投げかけ、呼吸もなく、血と汚物に塗れた腑をさらけ出して…
「星…っ」
言葉を失う聖に対し、星は暫く視線を彷徨わせた後、死んだナズーリンの体と驚く聖の顔と血に汚れた自分の手を眺めた。
ナズーリンの体は星が食べていたお腹以外は殆ど五体満足だった。
指もきちんと五本揃っていた。
「ごめんなさい、とても…・お腹が空いていて…」
聖は星に歩み寄るとそっとその頭を抱きかかえた。
ひとしずく、涙を流しながら。
「もういいのよ星―――貴女を、赦しますから…」
ナズーリンは星に、一つだけ嘘をついていた。
それは自分も二匹、鼠を食べたと言うこと。それが嘘だった。ナズーリンが木箱の後ろで見つけた鼠の死骸はただの三つきり。星はそれをそうとは知らずにすべて食べてしまったのだ。
必然、どちらが先に亡くなるかは火の目を見るよりも明らかだった。
こうして、第二星蓮船の難破は、ただの一人も助かることがなかった。
END
やぁ、ひさしぶり。
風邪とスランプで死んでたよ…
sako
- 作品情報
- 作品集:
- 16
- 投稿日時:
- 2010/06/03 17:30:31
- 更新日時:
- 2010/06/04 02:30:31
- 分類
- 星
- ナズーリン
- うみがめのすーぷ
普通に指食ったのかと思った
ナズを食った星を食えば…フフ
とかなんとか錯乱する星ちゃんを
航空機遭難事故は水は在れども肉が無いわりに中途半端に助かってしまうから悲惨だな