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『商品先物取引会社登録外務員霧雨魔理沙 (後編)』 作者: カンダタ
爪を噛む。
爪を噛む。
爪を噛む。
パチュリーはがたがたと震えながら、爪を噛んでいた。
場所は図書館。いつもの場所なのに、どうしても安心できない。今にも電話が鳴るのではないかと思い、びくびくしていた。
電話を見つめる。
先に小悪魔が電話を取らないように、ずっと見張っていた。もしも小悪魔が電話をとってしまったら、自分が先物取引をしていることがばれてしまうかもしれないからだ。
・・・いや、もう様子がおかしいということは気づかれてしまっているのだろうけれど、それでも、決定的にばれるのは嫌だった。
「レミリア様がお呼びですよ」
小悪魔が声をかけてきた。
「忙しいからいけないと伝えて」
「しかし」
「いいから」
この場を離れるわけにはいかない。
もしも離れてしまった時に、電話が鳴ってしまったら、その電話に小悪魔が出てしまったら。
そのことを考えると、怖くてこの場を離れることはできなかった。
(4000万)
この紅魔館を担保に、借りたお金。
(すぐ返すから)
(大丈夫だから)
そう、自分を納得させる。
いや、納得した、ふりをする。
爪を噛む。
ふと自分の指先を見ると、十指全ての爪がぼろぼろになっていた。
最近、食事もろくにとっていないので、肌も荒れてきているような気がする。
(魔理沙)
そんな時でも、魔理沙のことを思い出した時だけ、ほんの少し、心が落ち着く。
しかし、すぐにまた、電話の方に意識が集中してしまう。
今は鳴らなくても、次の瞬間になるかもしれない。
小さな物音にも鋭敏に反応してしまう。
爪を噛む。
そのうち、爪がなくなってしまうかもしれない。
■■■■■
活気あふれる職場。
営業の叫ぶ声が聞こえてくる。
今日は、週に一度のプッシュデー。
「アメリカで大干ばつが!」
「ロシアで霜がおりまして!」
「アフリカで暴動がおこり!」
ありとあらゆる「嘘」が、迫真の演技で伝えられている。
ガムテープで受話器と手をぐるぐるに巻きつけたものもいれば、机の下に潜り込んで何やら叫んでいる者もいる。係長に後ろに立ってもらって、アドバイスを聞きながら叫んでいる者もいる。
全ての目的は、「客から新規をとる」という一点に絞られていた。
そんな光景を満足そうに眺めていた藍であったが、ふと視線をそらし、ある営業に目を向けると、ぼそっと一言つぶやいた。
「・・・魔理沙のやつ」
全ての営業が叫んでいる中、魔理沙だけが、プッシュをしていない。
机に座り、静かな声で電話をしている。
「新規―!新規―!」
新聞を丸めて机をバンバンと叩きながら、喉をからして叫んでいた橙係長が、藍の視線に気づいて叫ぶのを中断して藍のもとに歩いて行った。
「藍課長」
「・・・なんだ?」
「私から言いましょうか?」
「何をだ?」
「魔理沙にですよ」
そう言って、橙はいまいましそうに新聞紙をぎゅっとひねった。
「一人だけプッシュをせずに和を乱していますから」
「・・・いい」
藍は静かにそう言うと、机の上の新聞紙に目をやった。視線を橙に向けもせずに、新聞を読みながらいった。
「最近の魔理沙、数字はあげているだろう?」
「はぁ・・・確かに数字は上がっていますが・・・一人だけ特別なことを許していたら他のものへの示しが・・・」
「そんなものはどうだっていい」
顔をあげる。
「営業に大切なのは、数字だ。数字さえあげているのなら、それでいい」
「そうですか」
「だから」
笑う。
「数字があがらなくなったら・・・その時は・・・分かっているな?」
「は、はいっ」
答えながら、橙は背筋に寒いものを感じた。
数字があがらなければ、どうなるか?そんなことは、言われなくても分かっている。そして、数字を問われているのは魔理沙だけでなく、自分もだ。
自分だって、数字をあげなければ、何をされるか分からない。そして、この課長は、口だけではなく、本当に、やる。
橙は「有難うございました」とだけいって踵を返すと、さらに大きな声で叫び始めた。
「新規!新規!新規をあげろ!!!!」
数字を、あげなくては。
藍はため息をつく。
新聞を読むふりをしながら、魔理沙を見つめる。確かに、プッシュはしていない。けれど、その表情は真剣だ。
逆に、プッシュをしながらも、どこか目が真剣ではない営業社員は他に山ほどいる。
よく見てみると、魔理沙の目の下に隈があるのが分かる。ほとんど寝ていないのだろう。
(まっすぐに行くのは、つらいぞ)
そう呟きながら、口元をゆがませる。
まぁいい。誰もが、いつかは通る道だ。自分だって、その道を通ろうとしたことがある。しかし、ずっとうまくいくものではないのだ。「テレコール」→「訪問」→「プッシュ」のやり方こそが、一番効率よく新規のとれる方法なのだ。
(しばらく見ておくか)
藍は、そう思った。
どうして魔理沙の行動が変わったのかは分からない。それに、知るつもりもない。ただ、魔理沙が成長してくれることは、結局、課の為にもなり、それがしいては会社の為にもなる。
(昔を思い出すな)
藍は、笑った。
「昔を思い出すわね」
いきなり、声をかけられた。
振り向いてみると、そこには八意永琳部長が立っていた。
「これは」
「ふふ」
腕を組み、じっと課員がプッシュをしている光景を眺めている。
「藍課長」
「はい」
「先日の件、向かい玉はたてた?」
「もちろんです」
藍は答えた。
魔理沙や、橙係長はまだまだひよっこだと思う自分だが、この八意部長にかかれば、自分だってまだまだひよっこなのだ。
せいぜい、お尻に卵の殻をつけたひよこにすぎない。
本物は、本当に自分の力で空を飛ぶ鳥は、その存在自体が違うものなのだ。
「いくらぐらい?」
「まずは、1000万ほどです」
「資金的にはいくらぐらいあるの?」
「西行寺金融からの資料によると・・・」
そういって、引き出しの中から資料を取り出す。
「融資したのは、4000万ということです」
「ならばその4000万が尽きるまでいきなさい」
「全部、ですか?」
「全部じゃないわよ」
永琳は笑った。冷たい笑いだった。
「そのあとも、先まで行くわよ。絞れるだけ絞らないとね」
「・・・はい」
向かい玉。
禁止された行為。
本来、商品先物取引会社は、客からの「手数料」にて利益を得ている。たとえば100万の投資ならば、その手数料である10万が会社の利益になり、その後は客が相場で得をしようが損をしようが関係はない。
だから、商品先物取引会社は、取引を何度も繰り返すことにより、その都度手に入る手数料を手に入れることを目的としているのだ。
だが、向かい玉は違う。
向かい玉とは、文字通り、「向かい」に玉を買うことであり・・・
簡単にいえば、「客のかけた反対側にかける」というものだ。
今回、藍は、パチュリーに新たな取引を持ちかけた。
それは「金」を「1000万」買うというものだった。両建てで混乱しており、もはや藍の言いなりになっているパチュリーは、言われるままに1000万で金の先物を買っていた。
同時に、会社で・・・実際には別人の名義で・・・「金」を「1000万」ほど、「売り」で入ったのだ。
商品先物取引は、「売り」でも「買い」でもどちらでも始めることのできる取引だ。
つまり、「パチュリーの1000万の買い」と「会社の1000万の売り」がちょうど対立していることになる。
こうなればどうなるかというと。
まずは、手数料として「100万」が会社に入る。
それだけでも大きな利益なのだが、向かい玉の場合はさらに先がある。
パチュリーが損をすればするほど、会社が儲かるのだ。
金が下がり、パチュリーの1000万が800万になれば、会社の1000万が1200万になる。さらに金がさがり、パチュリーの1000万が500万になれば、会社の1000万が1500万になる。
つまり、客の負け分がそのままそっくり、会社の勝ち分となるわけだ。
もちろん、相場があがってパチュリーの1000万が1200万になると、会社の1000万が800万になってしまって損をするのだが・・・
そうはさせない。
まだまだ駆け出しの魔理沙や、駆け出しから抜けだしたばかりの橙係長ならともかく、相場に精通している藍や永琳が相場を担当するのだ。
まず、外れない。
それになにより、もし外れたとしても、そこで取引を終わらすことはない。もしも勝てば、その分をさらに取引に突っ込ませる。むしろ勝てばかつほど一回の張りも大きくなっていき・・・いつか負けた時の反動が大きくなる。
よって、会社の勝ち分も大きくなる。
パチュリーが負ければ負けるほど、会社はどんどん儲かっていく。
「全部、いただくわよ」
永琳が笑った。
「はい」
藍も答えた。
そして、電話に手をかける。
本当の意味での相場のプロが、客に負けさせるために全力を尽くす。
この蛇からは、のがれる術はない。
■■■■■
わたしは、日々の生活が充実していた。
朝は早い。
今までよりも、ずっと早く起きている。
勉強できるだけ勉強して、相場も朝から入ってくる外電を全てチェックしている。
夜も遅い。
みんなが帰った後も、客に見せるべき資料を、自分で作っている。
今までは、与えられた資料をそのまま使っていた。その資料も、「どうせ後からプッシュで押すのだから、客に見せるのは適当でいい」という理由で、適当なものだった。
今は違う。
自分で考え、自分で作成し、自分で責任を持つ。
客に伝えるときも、だから、自分の言葉で伝えることができた。
(仕事って、面白いぜ)
最近、私は本当に、そう思っていた。
「効率の悪い仕事しているわね」
霊夢はそう言うけれど、言うだけで、私を非難することはなかった。わたしが本気でやっていることが分かるからだ。霊夢は、そんな女だ。
はっきりとした自分を持っている。わたしも、そんな自分にならなければならない。
客に伝える時も、「必ず勝てる、とは言えません」とはっきり言うようになった。そのかわり、「勝てるように、やります。努力します。頑張ります」とも伝えている。取引をする際の「リスク」についても先に説明している。
追証の話もじっくりする。
追証がかかる可能性は、取引だから常に存在する。だからこそ、「資金に余裕をもって」いっぱいいっぱいの取引をしないためのストッパーにもなっている。
私は、正々堂々とした仕事をしていく。
会社の方針とは違う。
資金に余裕をもって取引させるということは、一気に数字があがるわけではなからだ。しかし、それでいいと思う。
投資はギャンブルではない。ギリギリまで張ると、失敗した時に全てを失ってしまう。
わたしが信頼される仕事をすることで、客から本当の意味の「客」を紹介してもらうこともできる。
会社の方針とは違う。
だからこそ、このやり方を認めさせるためには、わたしが「実績」を出さなければならない。
会社の方針とは違う・・・けれど、会社は「数字」を求めており、逆に考えれば「数字」さえ出せば口出しをしてくることはないのだ。
その為に、数字を出し続けるために、私は必死になって勉強して、必死になって働いた。
疲れる。
疲れる。
本当に、疲れる。
しかし、この疲れは、心地よい疲れだった。
心から働いた疲れだった。
そして、本当に疲れた時には・・・
「アリス」
恋人に、会いに行く。
「魔理沙、疲れたみたいな顔をしているわよ」
「ちっちっち、まだアリスは分かっていないな」
「何がよ」
「疲れたみたい、じゃなくって、疲れているんだぜ」
そういって、アリスに膝枕をしてもらう。
アリスのいい匂いに包まれると、幸せな気分になる。
「あぁ、癒される」
「もう、私を利用して」
「嫌か?」
「・・・嫌じゃない」
アリスはそういうと、ぷいっと外を見つめる。視線をそらす。それが、可愛い。
「最近の魔理沙はよく分からない」
「・・・?」
「わたし、前、人形のことならなんでも分かるって言ったじゃない」
「言ったいった。あの時のアリスの顔、鬼みたいだったぜ」
「もう!」
アリスは私の頭をこつんと小突いた。
「今の魔理沙、人形じゃないから」
「わたしはもともと人形じゃないぜ」
「・・・そうよね」
アリスは、笑った。
「最初から、分かっていたわ」
「本当か?」
「さぁー?どうでしょう?」
穏やかな時間が流れる。
鳥の声がする。
本気で働いているから、こんな時間が本当に大切だ。
アリスがいてくれて、よかった。
そして、アリスにも、わたしがいてくれてよかったと、そう思ってもらいたい。
■■■■■
「どういうこと?」
紅魔館の主であるレミリア・スカーレットは、突然の来訪者にそう語りかけた。
「あらあらあら」
その来訪者・・・西行寺幽々子は、困ったと言った表情を浮かべたまま、もう一度いった。
「見た目は幼いけれど、中身もそのままなのかしら?いけないお嬢ちゃんね。いいわ、もう一度言ってあげる。この紅魔館は、今日から我々西行寺金融の持ち物になったの。出て行ってもらえるかしら?」
「・・・なに?」
「早く出ていけ、と言っているの」
そう言うと、幽々子は傍らにいた従者の妖夢をうながした。妖夢は鞄を開けると、中から一枚の紙を取り出す。
それは、紅魔館の権利書だった。
「見える?」
「・・・目はいいのでね」
レミリアは目をうっすらと閉じると、大きなため息をついた。
「咲夜」
「はい」
権利書が、レミリアの手に握られていた。
咲夜と、呼ばれたメイドの立ち位置が一瞬で変わっている。
「・・・本物ね」
レミリアは再び、大きなため息をついた。
「咲夜」
「御意」
咲夜がそう答えると同時に、権利書が、幽々子の手に戻っていた。幽々子は驚かない。泰然とした態度のままで、じっとレミリアを見つめていた。
「してやられたわね」
吸血鬼は、約束を破らない。
吸血鬼は、約束を破れない。
正式な書類であると確認した今、これ以上話し合いを続ける無意味さをレミリアはさとった。
「この権利書で、いくら融資したの?」
「4000万」
「安くみられたわね」
レミリアは笑った。
「それで、今はいくらになっているの?」
「複利で回させてもらったので・・・今は1億くらいになっているかしら?」
「1億か。それでもまだ安い買い物だったわね」
レミリアは立ちあがった。
「権利書はあなたのものよ。わたしたちは出ていく。それで文句はないでしょう?」
「文句だなんて・・・ただの、正式な取引ですわ」
「パチェ」
びくんと、パチュリーは震えた。
部屋の片隅で、小さくなって、おどおどとしながら立ちつくしていたパチュリーに向かって、レミリアはまっすぐに歩いていた。
紫色の服に身を包んだパチュリーは、まるで小動物のようにおびえて瞳でレミリアを見つめる。
「あ、あのね、レミィ」
「目をつぶりなさい」
ぱしん。
頬が熱い。
パチュリーの右頬に、紅い跡が残る。
平手を打ったレミリアは、じっとその手を見つめていた。
「・・・こっちの手の方が痛いわね」
そうつぶやくと、パチュリーを見つめる。
「わたしが、どうして怒っているか分かる?」
「ごめん、ごめんね、レミィ。勝手なことして、ごめんね、レミィ」
「謝るくらいなら、最初からするな!」
ぱしん。
もう一度、頬がはたかれる。
パチュリーの両頬が、紅く腫れあがる。
「権利書の件はいいの。あれはわたしがパチェにあげたものだから」
(裏切られたとも、思わない)
レミリアの目はそう語っていた。
「わたしが怒っているのはね、わたしはパチェのことを親友だと思っていたのに、パチェはわたしのことをそこまで信用していなかったのか?ということだけよ」
「・・・」
「紅魔館ぐらい、パチェにあげるわ。紅魔館とパチェと、どっちが大切かだなんて、言うまでもないことじゃない」
「・・・レミィ」
「泣くな!」
吸血鬼は、流れ水に弱いんだからね。
「わたしは、この館を出ていく。咲夜はもちろんわたしについてくる。館についていた美鈴はいなくなるし、小悪魔だって契約が切れるからいなくなる」
レミリアは、パチュリーの肩に手を置いた。
「いい?パチェ。あなた、これから一人になるのよ。わたしはパチェを連れていくわけにはいかない。紅魔館から出れば、わたしは他の同胞に狙われる立場だし・・・」
それに。
「これは、けじめだわ」
そして、踵を返す。
「咲夜、行くわよ」
「はい、お嬢様」
その光景を見ていた幽々子は、おっとりとした口調で語りかけた。
「もう少しいてもいいのよ〜。いろいろ準備だってあるでしょう?」
「準備?はっ」
レミリアは笑った。
「わたしを誰だと思っている?わたしの名前はレミリア・スカーレット。永遠に幼き悪魔であり、わたしのいる場所こそがわたしの館であり」
一度だけ、振り向く。
「偉大なる魔女、パチュリー・ノーレッジの親友なのよ?」
こうして、紅魔館は、西行寺金融のものとなった。
■■■■■
「いいのですか?」
しばらく後。
日傘をさしてもらい、レミリアは咲夜だけを連れて歩いていた。
「何が?」
「妹様は?」
「フランなら」
レミリアは大きく肩をすくめた。
「黙っていたって、ついてくるわよ。そしてわたしを狙ってくるわ」
「そうですか」
「そうよ」
歩く。
歩く。
「パチュリー様と別れて、さびしくないのですか?」
「・・・咲夜も、主人に対して遠慮なしに聞いてくるわね」
「申し訳ございません」
「いいわ」
笑う。
「パチェはね、魔女なのよ?」
「・・・はい」
「咲夜、あなたはまだ本当には理解していない」
足を止める。
咲夜に向かって振り向く。
「わたしは、誰?」
「お嬢様は・・・レミリア・スカーレット様でございます」
「そう。わたしの名前を聞いただけで、幻想郷の存在は凍りつくわ・・・恐怖でね」
「はい」
間違いない。
幻想郷の中でも、吸血鬼、という存在はそれだけ異質であり・・・レミリアはさらに、特別だった。
「そんなわたしの親友は、一人しかいないのよ?」
「パチュリー様だけですね」
「・・・なによ、咲夜。その、まるで友達が少ないというような目で見るのはやめなさい」
「申し訳ございません」
「パチェはね」
もう一度、レミリアは言う。
「魔女なのよ」
「存じております」
「いいえ。咲夜。あなたは本当の意味では分かっていない」
レミリアは笑った。
その笑顔は、吸血鬼という属性を存分に含んだ、悪魔の笑顔だった。
「本当の、魔女を」
そして、レミリアは咲夜に背を向けた。再び、歩き出す。
「まずは雨が降っても大丈夫な館を見つけないとね。わたしは館の中にいる住人の許可がないと館に入れないから、まずは許可をもらって、そのあと、館の住人を皆殺しにしましょう。門も必要ね。門がなければ、門番の意味もないもの。地下室もいるわね。妹を閉じ込めないといけないから。それに」
レミリアは、笑った。
「本棚がたくさん入る大きな部屋もいるわね」
レミリアは、笑った。
「また会いましょう。パチェ。今度は本物の悪魔同士で。それがわたしたちの・・・運命なのだから」
■■■■■
パチュリーは佇んでいた。
頬が痛い。
この痛みは、体だけの痛みではなかった。体の痛みなんて、もう引いている。痛いのは、心だった。レミィの笑顔だった。もっと怒られると思ったのに。もっと罵られると思ったのに。いっそのこと、罵られた方がまだマシだった。自分が最低だと思えるから。あんな顔されたら、自分はどうすればいいのだろう?どうしてこんな自分なんかを、まだ親友といってくれるのだろう?心が痛い。心が痛い。心が痛い。
「涙の別れはこれで終わりでいい〜?」
幽々子が笑いながらいった。
しずしずと歩いて、先ほどまでレミリアが座っていた椅子に座る。しばらく座っていたが、「これじゃわたしには小さいわね」といって立ちあがった。
「無駄に過剰な装飾品。わたしには苦手だわ〜。この館、見る分にはいいけど、住む所じゃないわね〜」
そういって、視線を傍らでずっと押し黙ったままで立っている妖夢へと向けた。妖夢はこくんと頷いた。
「・・・こちらが、もう一枚の権利書です」
「あの場でこの話を出すのは、さすがのわたしも心が痛むから言わなかったわよ〜。感謝してほしいわね」
幽々子はそういうと、差し出された紙を見つめる。
「紅魔館は入ったけど、あなたにはまだまだ負債があるんだからね〜」
先物取引でパチュリーは全てを失っているように見えた。
両建てのトウモロコシもいつの間にか手じまいされ、その金でまた別の取引に回され、その後も藍からの電話でうながされるだけうながされてその全てを承諾して、その全ての相場が下落して、パチュリーには何も残らなかった。
違う。
実はまだ、残っているものがあった。
「500万」
それは、借金だった。
「契約書にも書いてあったから覚えているとは思うけど、これは年利29.2パーセントで貸付させてもらっているわ。年間で、利息は146万ね。利息だけで月額12万。でも利息だけ払ってもらっても元本が減らないから、利息以上に払ってもらわないといけないわね」
幽々子は嬉しそうに笑う。
「仮に月に20万返済してもらったとして、そのうち12万は金利に回させてもらうから、残りの8万が元本に回されるわね。とすると・・・あらあら、たったの62カ月で全額返済できるわよ〜・・・実際には元本がどんどん減っていくから、もっと早く返せるわ〜・・・よかったわね〜」
嬉しそうに笑う。だが、目は笑っていない。
先物を進めるときの、あの藍課長のような目だ、と、パチュリーは思った。
「でも、あなた、月額20万なんて返せる?お金、もうないんでしょう?あはははは。お金があったら借金なんてしないわね!これは失礼なことを言ってしまったわごめんなさいね〜」
そう言いながら、再び、幽々子は傍らの妖夢に合図をした。
妖夢は何も言わず、鞄からもう一枚の紙を取り出した。
「これ、最初に契約した時に一緒にかいてあった用紙なんだけど、覚えてる?」
覚えているわけがない。
あの時は、何も分からず、ただ言われるままに「はいはい」と判を押しただけだったからだ。
「わたしたち西行寺金融は、良心的な会社なのよ〜アフターケアもばっちり。死後のアフターケアまでついているけど、それはまだまだ先の話ね」
ひらひらと、契約書をふった。
「まずは、借金返さないといけないもんね。約束だもんね。死ぬのは勝手だけど、借金ちゃんと返してからにしてよね〜」
その間に、妖夢がとことこと扉に向かって歩き始めた。その後ろ姿を横目に見ながら、幽々子が続ける。
「手に何も職のないあなたでも、ちゃんと働いて、早く借金返せるように、うちはアフターケアまでしっかりしているのよ〜。なんて良心的な会社なのかしらね?」
妖夢が歩いていく。扉につく。
「大丈夫。パチュリーちゃんが頑張れば、借金なんてすぐに返せるから!応援しているわ!頑張ってね!」
妖夢が、扉を開けた。
紅魔館の主の扉が開き・・・外から、でっぷりと太った男や、体格のいい男や、老紳士など、10人近い男たちが入ってきた。
「おぉ〜すげぇ館だなぁ」
「こんな所でやれるのか?」
「確か、この館には悪魔がすんでいるという話だったが・・」
「なんでもいいよ。もう俺、二週間も貯めているんだぜ」
「がはははははははは。ためすぎだろ、おめぇ!」
「濃い〜のが出るんじゃないか?」
「お前には負けるがな」
「ぐへへへへへへへへへへへへへ」
口々にそう汚くしゃべりながら、男たちががやがやと入ってくる。
「え・・・」
パチュリーが青ざめる。
「1人2万よ」
幽々子が笑った。
「取り分は・・・半々にしましょうか?」
「え・・・」
わけが分からない。
「あなた、処女でしょ?」
「え・・・」
パチュリーは答えない。
頭も回らない。
なに?
なに?
この人は、いったい、なにを、言っているの?
「分かるわよ〜。そんなの見てみればね♪」
そういうと、幽々子は妖艶に笑って、居並ぶ男たちに声をかけた。
「処女よ。処女を破るのは、特別手当がいるわよ。一番多く出した人にあげるわ」
「おぉぉぉぉぉぉぉぉすげぇ」
「この子の処女かぁっ」
「俺は3万出す」
「俺は4万だ!」
「げへへへへ、俺は7万出すぜ」
「たまんねぇなぁ、おい」
汗の匂いがする。
男の匂いだ。
今まで、男と話をしたこともないパチュリーにとっては、耐えられない匂いだ。
「姉さん、後ろの穴はどうなんだ?」
「そうねぇ〜。もちろん後ろも処女なんだけど、オプションでプラス1万でどう?」
「口は?」
「口はいいわよ」
「後ろの処女も一番出したやつがもらえるのか?」
「そうよ」
「なら、俺は5万出す!」
「お前も好きだなぁ」
「あのきつきつ具合がたまんねぇんだよ!」
頭が痛い。
頭が割れる。
吐きそうだ。
魔理沙にも許していないのに。
最初の人は、魔理沙にって、決めていたのに。
「頑張ってね♪」
幽々子が笑った。
妖夢が、扉を閉めた。
逃げられない。
逃げられない。
逃げられない。
「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ」
逃げられない。
■■■■■
バカンスは海沿いの街だった。
幻想卿には海はないので、社員一同でバスを何台も貸し切っての旅行だった。
「潮風が気持ちいいぜ」
わたしはそういうと、窓を全開にあけた。
びゅぅっと風が入ってきて、髪の毛が乱れた。
「もうっ、魔理沙、閉めてよね!」
「ははっ、アリス、ごめんごめんっ」
非難されて、わたしは窓を閉めた。
楽しい。
社員旅行には、家族を連れてきてもいいことになっている。わたしは独身だから家族はいないのだけれど、そういう場合は恋人を連れてきてもいいことになっている。
わたしは迷わず、アリスを誘った。
アリスは最初、とまどったような顔をしていたのだけれど、やがて頬を赤くして、
「旅行って・・・日帰り?」
と聞いてきた。
わたしは、頭をぽりぽり掻きながら、
「いやー、あのー、そのー」
としばらくごまかした後、
「・・・泊りなんだ」
と伝えた。
「そうなの」
「うん・・・」
沈黙が続いた。
時計の、ちくたくと時を刻む音が、いつもよりも大きく聞こえてきた。
「魔理沙は」
沈黙をやぶったのはアリスだった。
「わたしと、泊りたいの?」
再び、沈黙。
わたしは、胸がドキドキして、呼吸がしにくくて、視線をきょろきょろさせて、上海人形と目が合って、そういえばこの人形、好き勝手動いているように見えて本当はアリスが自分で動かしているんだよなぁ、とそんなことを頭で考えながら、それから答えた。
「うん」
アリスの方に振り向く。
アリスは耳まで真っ赤にしていた。
「わたしは、アリスと、泊りたい」
「えーっと」
今度はアリスが挙動不審になる立場だった。
指をもじもじしながら、恥ずかしそうに、言う。
「泊るのは、ホテル?」
「いいホテルだぜ。パンフレット持ってきたから、後で見ようぜ」
「えーっと・・・」
こんなアリスを見るのは気持ちがいい。
「ベッドは、一つ?」
「・・・うん」
「ということは」
どきどきする。
心臓の音が聞こえてくる。
「わたし・・・魔理沙と・・・その・・・同じベッドで・・・」
「・・・」
窓から風が入る。
ばたんと、窓が音を立てる。
だから、その時、アリスがいった言葉が聞こえなかった。
わたしは「聞こえなかったから、もう一度」と言ってせかしてみた。アリスは、「もうっ」っといった後、小さな声で、けれどはっきりと、いった。
「・・・いいよ」
そして、バスの中。
外は、海。
隣は、アリス。
真面目に働くのって、どうしてこんなに幸せになれるのだろう?
以前なら気がつかなかった幸せだ。
一生懸命頑張るのって、気持いい。
「あなたがアリスさんね」
そういって後ろの席から声をかけてきたのは霊夢だった。
もうすでに酔っている。目をとろんとさせて、手に缶ビールを持っていた。
「噂は聞いているわよ〜」
「噂?」
「わたし、魔理沙の隣の席で仕事してるんだけど、いつもアリスアリスってうるさいのよ〜」
「れ、霊夢!」
「いいじゃない、本当のことなんだから」
「へぇ〜、そうなんですか」
「こら、アリス!聞かなくていい!」
「もっと魔理沙のこと聞きたい?」
「聞きたいです」
「だーかーらー!」
バスは進んでいく。
幸せを運んでいく。
社員旅行。
今回の社員旅行が豪華なものになったのは・・・
藍課長と、永琳部長の手腕によるものだという話だった。
■■■■■
あれからどれだけ経ったのだろう?
今は朝なのだろうか?
それとも夜なのだろうか?
ここはどこなのだろう?
地下室?
部屋?
よく分からない。
何度犯されたのだろう?
もう、数をかぞえるのはやめた。
何も感じない。
何も感じない。
「こいつ、何の反応もしやがらねぇ。面白くねぇ」
今日の客はそういうと、わたしに向かって札を2枚投げだすと、唾を吐きかけて去って行った。
わたしはそれを拾うと、傍らの籠に入れた。
半分はわたしのもの。
半分は会社のもの。
会社?
わたし、働いているの?
わたしは、腕を見た。
針の跡がたくさん。
つらい時、注射を打てば、何もかも忘れることができる。
注射を打った時は、犯されていても、感じることができる。
・・・
最初は無料でくれたのに、今は、お金をとられる。
わたしはお金がないから、そのぶん、売上から引いてくれる。
ありがたい。
ありがたい会社だ。
わたしは、ぼぅっとしていた。
誰かの顔を思い浮かべようとする。
誰だっただろう?
黒い帽子をかぶった、可愛い人。
今のわたしをみても、分かってくれるかな?
あ。
わたしは浴槽に行き、体をそこに乗り出した。
吐く。
吐き気がする。
お腹のなかが、ぐるぐるする。
気持ち悪い。
気持ち悪い。
この気持ち悪さをなくすためにも、お薬、もらわなくちゃ。
吐く。
吐く。
全部、吐きだす。
吐しゃ物を口元につけたまま、わたしは横になった。
乾いた笑い声をあげる。
はは。
はは。
はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは
わたしは知らなかったのだけど。
この時。
わたしのお腹の中に。
誰のものかは分からない、子供が、やどっていた。
つづく
次回で最終回です。
みなさんのコメントに支えられて、書いていくことが出来ます。
有難うございます。
全ての人が、幸せになりますように。
カンダタ
作品情報
作品集:
16
投稿日時:
2010/06/04 23:07:26
更新日時:
2010/06/05 08:07:26
分類
パチュリー
魔理沙
アリス
霊夢
幽々子
レミリア
株式会社ボーダー商事
商品先物取引
消費者金融
楽しい社員旅行
こんな酷い話がフィクションで、本当に良かった!
このままじゃ10000円で抱いてくれるお客さんすら居なくなりますよ。
あなたの借金でしょう。
救いはないんですか
リアリティがやばくても漏れそうです
フランさんに会社ぶっ壊してもらったら解決するかな………
パチュリーの境遇とマリアリの幸せいっぱいな描写の対比がまたきっついなぁ。マジで続きが楽しみだ。
パッチェさんもう魔法使っちゃいなよユー
その点だけは自業自得
てっきり、身内からもボロクソに言われるかとヒヤヒヤしてました
最終回、期待してます
前回の流れからどん底に落ちるかと思ったがしかしこれは親友に絶好されるよりきつい
うう、まじどうなんだろ
魔理沙側も順調すぎて怖い
ア、アバダケダブラー!!!
これ幸せになれるのかよぅ
カリスマ溢るるレミリアが思わせぶりなこと言ってるけど
ぱっちぇさん悲惨すぎて俺は泣いた
それともパチェの子供が魔理沙を刺すかな