神社。
人の世と妖怪の世の狭間に存在するその神社にて、二人の少女が戦っていた。
二人とも、空を飛んでいる。
一人は、黒い帽子で箒に乗っている。
一人は、自らの羽を用いて空を飛んでいる。
名を、それぞれ霧雨魔理沙、射命丸文といった。
「すさまじいものですね」
神社の境内にて、弾幕飛び交うこの戦いを見ていた一人の男がいった。半人半妖のその男は、名を森近霖之助という。ずれた眼鏡をもとの位置に戻すと、顔をあげて空を見ると、再び同じことを口にする。
「それにしても、すさまじいものですね」
「・・・んふっ」
霖之助の隣に座っていた男が、笑った。この男も、眼鏡をかけている。そして、痩せている。まるで骨と皮だけで出来ているというような痩せ見の男なのだが、かもしだす雰囲気には一種独特のものがあり、近寄りがたい禍々しさをかねそなえていた。
魔理沙の手にしていたミニ八卦炉から、一筋の光線が放たれた。一直線に伸びたその光線を、しかし射命丸はギリギリの所でかわすと一気に近づいてくる。その目には狂気の色が浮かんでいた。ものすごいスピード。常人ならばよける隙もない。
だが、魔理沙もまた、常人ではなかった。
箒を操り体を動かし、すんでの所で謝命丸の攻撃をかわす・・・かわしきれなかった金色の髪の毛数本が宙に舞った。
「博麗神社と、守矢の神社」
霖之助は言う。
「どちらも、すさまじいものですね」
「んふっ」
痩せた男が笑った。
笑ってはいるが・・・眼鏡の奥の瞳は笑っていない。真剣なまなざしで、二人の少女を見つめている。
美しい弾幕が空を覆っていた。
その弾幕に触れるか触れないかの刹那の範囲で二人の少女は空を舞っている。時折、弾幕の中から一筋の光線が放たれる。さすがに神社に向かっては打たないが、外の森に放たれたその光線は森の木を文字通り「えぐって」一直線に伸びていった。
「八雲紫、八坂神奈子」
霖之助はいった。
神社の奥で控えていた二人の妙齢の女性が姿を現す。
紫を基調としたゆったりとした服装で身を包んだ女性が、手にした扇で口元を隠しながら答えた。
「なんでしょう?」
「そなたたち」
霖之助は、額に一筋の汗が流れおちるのを感じた。
この、何ともいえない威圧感は何なのだろう?
「いつも、このような戦いをしているのか?」
「所詮、お遊びですわ」
その妙齢の女性、八雲紫はそう答えた。
「弾幕勝負。命と命のやりとりではない、ただのごっこ遊びですわ」
笑う。
霖之助は背中に戦慄が走るのを感じながら、それでも居住まいを正していった。
「ごっこ遊び、か」
「はい」
紫は答えた。
「ずーっと、ずーっと、続く、弾幕遊び。少女たちのほんの戯れですわ」
「ならば」
唾を飲み込む。自らの唾が喉を通る音が聞こえる。
「ごっこ遊びではなく、本気でやりあったとしたら・・・いったいどうなるのだ?」
二人の雰囲気が変わった。空気が重くなる。
息をするのもつらい。振り向くのも怖い。恐ろしい。
外では魔理沙と文の戦いが続いている。
目にもとまらぬ速さ、とはこの二人のことを言うのであろう。二人とも速度自慢な少女である。お互い、自分の速度を最大限に生かした戦い方をしている。単純な速度だけでいえば射命丸の方が早いのだが、その速度の遅れを魔理沙は火力でカバーしていた。
美しい弾幕が広がる。
二人の実力は拮抗していた。
「そこに立たれている閻魔様」
ずっと黙っていたもう一人の女性が口を開いた。
紅い服を着ている。
胸元には鏡をかけており、ゆったりとした姿勢であぐらをかいている。禍々しさというよりも、こちらからは神々しさを感じ取ることができる。
特徴的な髪形。そしてもっと特徴的なのは、背中にしめ縄を背負っていることだ。
その女性、八坂神奈子はちらりと神社の端を見た。
そこには、小さな女性が立っていた。
四季映姫・ヤマザナドゥ
幻想郷の死後の世界を裁く存在でもある。
「閻魔様の定めた不戦の約定さえ解かれたなら」
神奈子は笑った。
「博麗の者など、わが守矢の敵ではありませぬ」
「あらあら」
紫も軽快に笑う。
「神様も、あんまり長く生きると耄碌してくるみたいですわね。なげかわしい。もう少し、自分という存在を客観的に見ることが必要なのではなくて?」
神奈子がきっと睨みつけるのを、「おぉ怖い怖い」といって軽く受け流す。
霖之助は、一か月前のことを思い出していた。
神社の奥深くで、自分と、閻魔と、神主の3人とで話し合いをした時の事を。
■■■■■
「・・・後継者、ですか?」
「んふっ」
神主はんふっと笑うと、手にしていた酒をぐっと飲み干した。神主にかかれば酒も空気と同じようなものだった。みるみるうちに酒が無くなっていく。息をするのと同じように、酒を飲んでいく。
「博麗の者と、守矢の者」
博麗霊夢と、東風谷早苗。
「この二人のうち、どちらかを次代の神主に迎えようかと思ってね」
「しかし・・・」
どちらを選んだとしても、選ばれなかった方の神社は納得しないでしょう。
霖之助はそういった。
二つの神社の確執は深い。今は閻魔の定めた不戦の約定があるので表立った戦いこそ行われてはいないが、だからこそ、両者の間に流れている憎悪の溝は深く激しい。
「ならば」
沈黙を、閻魔が破る。
「その、不戦の約定を、解きましょう」
「しかし!」
そんなことをすれば。
霖之助は焦る。
「二つの神社の間で、争いがおこることは必至です」
「いいではないですか」
閻魔は笑った。
「二つの神社でつぶしあってもらい、残った方を次代の神主の座に据えれば」
「だが・・・」
並の存在ではない。
二つの神社に属する妖怪たちは、ただ一人をとっても幻想郷のパワーバランスを崩しかねないほどの化け物たちなのだ。その化け物たちの総力戦がここ幻想郷で行われると・・・次代の神主どころか、それを統べるべき幻想郷自体が崩壊しかねない。
「んふっ」
その時。
神主が笑い、指を酒がなみなみと満たされていた湯呑の中に入れる。
濡れた指を取り出し、床に、そっと「あるもの」を書いていく。
「10対10」
そこには、そう書かれていた。
「なるほど」
閻魔がほほ笑む。
状況を理解できないのは霖之助だけであった。
「いったい、どういうことなのです?」
「この通りですよ」
閻魔は笑った。
「博麗側で、10人。守矢側で、10人」
ろうそくの炎がゆらめく。炎は閻魔の顔を下から照らす。ろうそくの炎が揺れるたびに、閻魔の表情も変わっていく。
「代表同士で殺しあえば、幻想郷全体に被害が及ぶこともないでしょう」
それに。
閻魔は思う。
集団というものは、頭が弱体化すれば、組織としても弱体化していくものだ。それぞれが超常の力を持つ集団同士。争えばどちらも無事ではすまない。さすれば、後々幻想郷を統治していくのも楽になるのではないか?
「んふっ」
神主が笑った。
同時に、話し合いも終わった。
■■■■■
魔理沙と文の戦いも大詰めを迎えようとしていた。
魔理沙の手にしていた箒が折られ、魔理沙は地面にたたきつけられたのだ。
「あややややや」
笑いながら文が地面に伸びた魔理沙を見下す。
「これでもう空を飛べませんねぇ。残念です」
浮かべた笑いは、鴉の笑いだった。
獲物を食べる直前の鴉の表情・・・すなわち、無表情。
なんの感情もなく、ただ、「食べる」という表情。
「そうでもないぜ」
しかし、魔理沙はまだ諦めてはいなかった。
油断しろ。
油断しろ。
油断して降りてきた所を・・・
「そこまでだ!」
緊張を解いたのは、霖之助であった。
境内から素足で降り立ち、二人の間に割って入る。
「いいものを見せてもらった。神主も大いに喜んでおられる」
「・・・」
「・・・」
魔理沙も、文も、不満そうな表情を浮かべる。
何故、今止める?
もう少しで
(こいつを倒せたのに)
(こいつを倒せたのに)
不満を無視して、霖之助は振り返った。
こほん、と咳払いをした後、閻魔・・・四季映姫・ヤマザナドゥが、口を開いた。
「博麗と守矢、二つの神社の間の不戦の約定を解く」
魔理沙。
文。
神奈子。
紫。
4人の表情が変わった。
「ほぅ・・・」
口元をゆがめたのは紫だった。
「わたしの聞き間違いではありませんよね、閻魔さま」
そして、隣の神奈子を見る。
一目みただけでは、その心中を推し量ることはできない。しかし、おそらく、自分と同じことを考えているだろう。
(これで)
(殺せる)
「博麗霊夢と東風谷早苗」
閻魔がいった。
「この二人のどちらかを、次代の神主の座に据える」
そして、懐から二つの巻物を取り出した。
「ここに、そなたら神社の中でも、選りすぐりの精鋭の名を10人記すがよい」
紫と神奈子に巻物を渡す。
「許す。お互い、殺しあえ」
魔理沙が、隣にいた文を見つめた。
文も笑う。
もっと早く言ってくれていたら、先ほど、こいつを殺せたのに。
はらわたを食らえたのに。
「10人対10人」
閻魔はいった。
「全ての名を消し、この人別貼を私に届けた陣営を・・・」
息を止める。
「次代の神主とする」
■■■■■
しばらく後。
川の傍で、二人の女性が佇んでいた。
八雲紫と、八坂神奈子の二人である。
すでに、霧雨魔理沙と謝命丸文の二人の姿はない。
幻想郷最速を・・・お互いが自分自身だと誇っている二人。
この二人はそれぞれ別ルートから、人別貼を持って自分の帰属する神社へと向かっていたのだ。
早く届けた方が、早く行動を起こすことができる。
早く届けた方が、早く相手を殺すことができる。
早さこそが武器であった。
「まさかこんなことになるとね」
ぽちゃん。
冷たい川の中に足を入れ、八雲紫はそっと空を見上げた。
「さすが。もう二人の姿は見えない」
「紫」
ぽちゃん。
神奈子も川の中に入る。
神奈子は素足だった。
足の下で、小石がじゃりっと動くのを感じる。
「別にあんたに恨みはないけど、次代の神主の座をあげるわけにはいかないねぇ」
腕を組んで、空を見上げる。
遠くを見つめる。
憂いを帯びた表情になる。
「私は、早苗を神主にしてやりたいんだ」
「くっくっく」
紫が笑った。
神奈子が振り向く。
「何がおかしい?」
「いや、ね、あんまり貴女が間抜けなことを言うから」
我慢しきれないというように、紫は腹を抱えて大声で笑い始めた。
「あの小娘を神主にしたいですって!?笑わせるわ。どうしてそんな夢物語がいえるのかしら?」
「・・・」
「だって、ねぇ」
ひとしきり笑った後、紫は懐からあるものを取り出した。
人別貼。
2つ用意された人別貼の、ひとつ。
「どうして!?」
これがそこにある・・・と言いかけて、神奈子は言葉をとめた。
そうか。
そういうことか。
「速さだけなら、うちの魔理沙はあの鴉に勝てないかもしれないけれど」
でも、負けは認めないでしょうけどね。
紫はそう思ったが、口には出さなかった。
「手癖の速さなら負けないのよ」
人別貼を持って旅立つ直前。
魔理沙は文から人別貼を盗み取ると、気づかれないように紫に渡していたのだ。
「魔理沙は、とんでもないものを盗んで行きました」
紫は笑った。
「あなたの鴉、間抜けね。今頃気づいているかしら?それとも気づいていないかしら?どちらにせよ、何も持たずに神社について、どうするつもりなのかしら?」
笑う。
笑う。
笑う。
神奈子が何かを答えようとした時。
「やはり、主が間抜けだと、仕えるものも間抜けになるのかしら」
笑いが止まる。
同時に、神奈子の口元から一筋の血が噴き出した。
「ゆ・・か・・・・り・・・・・・・」
「ほぅら、間抜けなんだから」
すっと表情が冷たくなる。
神奈子の体は、半分になっていた。
腰から下が、ない。
目が。
目が。
目が。
無数の目が、神奈子の腰の下からこちらを見つめている。
スキマ。
「自分は攻撃されないとでも思っていたのかしら?」
スキマが浸食していく。
神奈子の体をスキマが飲みこんでいく。
「神様は殺せないかと思っていたのだけど、案外、案ずるより産むが易しといった所かしら?」
神奈子の内臓が、文字通りスキマの中に吸い込まれて行っていた。
色々なものが引きちぎれる音がする。
噴き出す血も全てスキマの中に吸い込まれていく。
「このスキマ、私のとっておきなの。初めて使うのよ?光栄に思ってね」
哄笑。
嬉しくて嬉しくて、たまらないといった顔だった。
「それは光栄だね」
神奈子も笑った。
すでに首だけしか残っていない。
首から動脈と静脈がまるで一本のチューブのようにだらんと垂れさがっているのが見える。
「油断大敵というやつだ」
「覚えておいてね」
「今、覚えた」
どしん。
突然だった。
紫は背中に鈍い感触を感じた。
振り向いてみると、そこには一本の巨大な御柱が突き刺さっていた。
「な・・・に・・・」
「油断は大敵だなぁ」
神奈子は笑った。
「さっそく、使わせてもらったよ」
どしん。
どしん。
どしん。
宙から更に三本の御柱が飛来してきて、その全てが紫に突き刺さる。
「これであんたが死ぬとは思えない」
神奈子はいった。
「あんたは大妖怪。それは認める」
血を吐く。
「でもねぇ、私も神なんだ」
だらりと血が流れ落ちる。
「私だって、自分が死ぬとは思えなかった。でもねぇ、紫、あんたのこのスキマ、とっておきなんだろ?神だって殺せるぐらいのスキマなんだろ?」
引き込まれていく。
神奈子も。
そして、紫も。
「このスキマ、まだ、隙間があいているよ」
御柱が、4本の御柱が、紫の肉体を神奈子ごとスキマの奥へと押し籠めていった。
「一人じゃさびしいから、一緒に来ないかい?」
「か・・・な・・・こぉ・・・・」
「あら」
神奈子は、笑った。
「あんたも、そんな表情、するんだねぇ」
ごぶり。
その言葉を最後に、神奈子と紫は、スキマの中に引きずり込まれていった。
ぐじゅるぐじゅるぐじゅる。
ぐきゅ。
ぷきゅ。
くちゅちゅちゅちゅ・・・ぐりゅ。
変な音を立てながら。
まるで、スキマが人の口のようで。
中で、何かをこすりつぶし、すりつぶし、噛み砕いているような音を立てながら。
スキマは、閉じられた。
後には、何も残らなかった。
ただ、川の流れる音だけが、さらさらと聞こえてくる。
つづく。
どうなるのかね
やはり最初に死んだのは年寄り2人か。
アスペクト比が狂ってるかと思ったがそうでもなかったぜ
続編を期待しています
この名義の作品が好きだから分けてくれて嬉しい
又、紫が死んだ時点で結界の維持が不可能になるのでは?
途中でスカを入れられないという制限を己に課しているという事なんですね!なのか?
雰囲気がすげえバジリスク
神奈子様かっけええ
そしてその面子の中に含まれているチルノにわくわく
妖精らしく不死な人か!?
しかし原作と違って恋仲の奴がいなさそうだから余計殺伐とした殺し合いになりそうですね……
霊夢と早苗はメンバーに入ってないのか
続きを楽しみにさせていただきます
誰がどのキャラか楽しみです。
うらんふさん名義もどちらも好きなので、最初はなぜ分けるのだろうかと疑問に思っていたのですが
そのようなお心遣いだったとは
>プリンに醤油をたらしたらウニの味がするのと同じくらい当たり前のこと
これはどうなんでしょう?w 自分は失敗だったのですが