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『東方スカ娘A『恐怖体験』』 作者: pnp
夏らしい暑さを見せるある日の夜、博麗神社に複数の人影があった。
その者達は、暗い部屋に一本立てた蝋燭を全員で囲い、白黒のエプロンドレスを身に纏う少女が紡ぐ物語に耳を傾けていた。
語り部である少女――霧雨魔理沙――の口調は、普段のそれとは全く異なっている。
しんと静まり返った、蝋燭の小さな炎が唯一の光源である暗い部屋の醸し出す雰囲気に合わせているような小さな、ひそめるかのような声。
ここにいる者以外に聞かれてはならないとでも言いたげな、口調であった。
時計の短針は、もうじき3の数字を指示そうとしていた。
普通の生活を営む者であれば、とっくに床に就いている時間である。
にも関わらず、この異質な空気が支配する部屋に集いし少女達は、眠る事をせず、魔理沙の話に耳を傾けている。
無論、眠気を我慢している者もいる。代表は博麗霊夢だ。
何度かうつらうつらと体を揺らす様が伺えるが、小鬼の伊吹萃香にしがみ付かれている所為で、夢の世界への移動は何度も妨害されている。
一番、この雰囲気に馴染めていない者と言える。
「女の子はお姉さんがいて、二人ともいじめられていたんだ」
勿体ぶった口調で魔理沙が言う。同時に、自身の従者である十六夜咲夜の服を握っていたレミリアの握力が強まった。
特に気にするでもなく、咲夜はレミリアの行為に身を任せていた。
メイド服の握られている部分は、レミリアの手汗でぐっしょりと濡れてしまっている。
「嫌われに嫌われた二人はいじめられ続けた。妹の方に至っては光を奪われた――つまり眼を塞がれたんだ」
正座をしながら膝の上で握り拳を作り、とても真剣な眼差しで話を聞いている多々良小傘。
物語の情景を想像するように、目を閉じて落ち着いた様子のアリス・マーガトロイド。
何故か、話の大まかな流れを素早くメモしている射命丸文。後で新聞にでも載せるつもりなのだろうか。
「そして遂に二人は、心無い人間に生き埋めにされた。しかし後で掘り返して見ると、妹の遺体だけが見つからなかった」
いい加減に眠らせてくれと言わんばかりの博麗霊夢と、その霊夢にしがみ付いている伊吹萃香。
小傘顔負けの真剣な眼差しを送る東風谷早苗。彼女は来る結末に備えていると言うより、しっかり聞いておかないと聞くべき部分を聞き流してしまいそうなのを恐れている。
思い思いの態勢で話を聞いている少女達を微笑ましげに見守る八雲紫。
「で、数日後、ある人間が、妖怪姉妹を生き埋めにした付近を通りかかると、白い髪の少女が立ってんだ。見覚えはない。人間は声を掛ける。『どうしたのお嬢ちゃん』ってな」
話は佳境に差し掛かっている――誰もがそう思った。
知りたいようで知りたくない、聞きたいようで聞きたくない、この悲しく、恐ろしい話の結末。
「女の子は、振り返って、こう言ったんだ」
「鰻の蒲焼、お待たせしました―!」
「ぎゃあああああ!!!!」
最高潮のクライマックスシーンの、全てを締め括る最後の台詞を、ミスティア・ローレライが一瞬でぶち壊した。
魔理沙が言わんとした台詞は出前の到着を告げるハスキーヴォイスに掻き消され、その突然鳴った無関係な声に驚いた吸血鬼や鬼の悲鳴で異質な雰囲気も消えた。
自身の入室と同時に阿鼻叫喚に包まれた室内に、ミスティアはただ首を傾げるばかりだった。
だが、折角皆が『怖い話大会』で盛り上がっているのに、その最中に出前を届けてしまったのだ。こうなるのも無理もない。
何はともあれ、形成されていたそれっぽい雰囲気は、完膚なきまでに壊されてしまった。
「お前も最悪なタイミングでやってきたな」
語り部であった魔理沙は苦笑いした。
だが、結果的に驚いている者も多々いるので、結果オーライだ。
「ぎゃあああ! 霊夢ー! 怖いよー!」
「ひええええん!!」
吸血鬼と鬼が、居眠り寸前の霊夢に飛び付いた。
「じゃ私も、きゃーこわーい」
悪乗りした紫も霊夢に抱きついた。
せっかく眠りかけていたのに、訳の分からない盛り上がり方で小さいの二人と大きいの一人に抱きつかれ、霊夢はまた一気に覚醒してしまった。
眠りを妨げられた霊夢の機嫌は完全に損なわれてしまった。
「ええい鬱陶しい、暑苦しい! 鬼や吸血鬼なんかに抱きつかれる方がよっぽど恐ろしいわ! 散りなさい!」
人間らしからぬダイナミックな動きで三名を吹っ飛ばす霊夢。
アリスは目を開け、大きくため息をついた。中途半端な所で話が途切れたのが気に召さないらしい。
文は霊夢に吹っ飛ばされた三名を見て大笑いしている。酒に酔っているから無駄にテンションが高まっているのだ。
東風谷早苗は、一体どこが怖い部分であったのかを理解できていないらしく、騒ぎ出した周囲を見回して目を丸くしている。
きっと彼女は心霊写真を見せても、霊を見つけるのに人一倍時間が掛かってしまう人間だ。
多々良小傘だけが、さきほどの話の呪縛から解かれていないようで、相変わらず体を強張らせている。
そんな小傘の肩をぽんと早苗が叩き、問うた。
「こ、小傘さん。一体、さっきはどこが怖い部分だったのですか? 全然分からないまま話が終わってしまったのですが」
「え……? あ、えっと……」
情けない話だが、小傘からすれば先ほどの話は怖い所だらけであった。
鬼や吸血鬼も怖がってはいるが、彼女らは酒を飲んで酔ってしまっているのが原因だ。
しかし小傘と言ったら、大して酒も飲んでいない――つまり素で怖がっていたのだ。
お化けが怪談を本気で恐れるなんて馬鹿げた話を蔓延させる訳にはいかないと、小傘は精いっぱい強がって見せた。
「わ、私も分かんなかった! だって全然怖くなかったんだもの!」
「そうなんですか。うーん、どうせなら怖い思いをしてみたかったのですが、一体どこが盛り上がってる部分なのかがさっぱり分からなかったです」
注文された品を取り出しながら、ミスティアは皆が急に騒ぎ出した原因を聞いた。
全てを咲夜が説明すると、なるほどと頷いた。
「怖い話の最中に。どうも失礼しました」
「本当よ! 大迷惑よ! 無駄に驚いちゃったわ!」
レミリアがミスティアを指差して喚く。
「お嬢様、ずっと怖がってたじゃないですか」
「怖がってないわよ!」
「ここ、握ってた部分、手汗でびしょびしょなんですけど」
「咲夜は汗かきね」
「……」
レミリアはあくまで怖がっていなかったと言うのを強調したいそうなので、そういう事にしておいた。
各々の動きを見て、ミスティアも笑顔を見せた。
「一体どんなお話を?」
この問いには語り部の魔理沙が答えた。
ほほう、と、ミスティアは興味深げに呟き、頷いた。
品を全て出し終えた辺りで、騒然としていた面々も落ち着き始めた。
「さて、もう一杯行こうか!」
「何時だと思ってんの」
「まだお酒飲むからこそ、出前頼んだんでしょ」
深夜三時になっても、まだ飲んで起きているつもりの妖怪どもに、霊夢はため息をついた。
ミスティアは邪魔にならぬよう、早々にその場を立ち去ろうとした。
しかし不意に、そうだ、と立ち止り、振り返った。
「さっきの魔理沙さんの怖い話に出てきた子……白い髪と帽子の女の子ですね」
「ああ」
「ここへ来る時、見かけましたよ、それっぽい子」
満面の笑顔で言うミスティア。
しかし逆に一同は表情を失って凍りついてしまった。
「それじゃ、失礼しまーす」
そう言い残し、ミスティアは去って行った。
再び静寂が、少女らを支配した。
そんな最中、
「そうそう。さっきの話、実話に基づいたフィクションだぜ」
魔理沙がぽつんと付け加えた。
*
夜の森で、小傘は人が通るのをじぃっと待っていた。
今日こそ通りすがりの人間を驚かせてやろうと意気込んでいる。
本番のその瞬間の為に、小傘はイメージトレーニングをしてみる事にした。
どんな口調で、どんな動作で、どんなタイミングで姿を現すかを入念にイメージする。
心が体を動かすとは言ったもので、心の持ちようは行動に顕著に表れる。驚かす事に成功し、人間が声を上げて逃げていく未来を想像していた。
その時、僅かだが足音が聞こえた。
「(来た!)」
さっとイメージトレーニングを取りやめ、意識を集中させる。
焦らぬよう気持ちを落ち着ける為、周囲に聞こえない程度に深呼吸をする。私はできる、私はできると自己暗示を掛けた。
精神面はばっちりだ。後は予定通りの行動を取るのみだ。
足音がちょっとずつ大きくなってくる。
その大きさで自身と対象の大体の距離を掴んで、適切と思ったところで迷いなく飛び出す。
一歩、また一歩と大きくなって行く足音。
「(今だッ!)」
思うや否や、小傘が茂みから飛び出した。
「うらめし……ゃ……?」
飛び出すタイミングは完璧だったし、口調も出始めの雰囲気は最高だと小傘は思えていた。
それなのに言葉が詰まってしまったのは、足音の主が視界になかったからだ。
確かに足音が聞こえていた。
しかしそこには誰もいないのだ。
きょろきょろと周囲を見回してみたものの、人影はない。
思い返してみると、足音はすると言うのに、全くと言っていい程気配が無かったような気がした。
そして現に今この瞬間も、周囲に他の生物の気配は感じられない。
僅かに芽生えた薄気味悪さを助長させるように風が吹き、木の葉を揺らしてがさがさと音を立てる。
「はは……し、失敗失敗っと」
気負いしすぎたと自嘲めいた笑い声を絞り出し、恐怖心を払拭させつつ元の位置へ戻った。
「まあこんな事もたまにはあるよね。平気、へっちゃら……っ!?」
戻ってみて、またも小傘は驚愕した。
見知らぬ人物がいつの間にやら自分が元いた場所に蹲っていたのだ。
思わず声をあげそうになったがどうにか耐え抜いた。
その人物は女の子だった。まだ若い。
小傘に背を向け、蹲って忙しく手を動かしていた。頭の傾き具合から、目線は地面へ向けられているのが分かる。
「あ、あの……」
小傘が声を掛けてみたが、女の子は聞こえていないのか、無視しているのか、全く動じずに手を動かし続けている。
何をしているのか小傘には見えない。
しかし風が木の葉を揺らす音の合間に、すすり泣くような声を聞いた。
「どうしたのお嬢ちゃん」
そう問うと、そこ女の子はぴたりと手を止めた。
惰性が全くない、まるでスイッチを切られた機械のように、ピタリと。
小傘は黙って返答を待った。用事がすんだら早くその場所をどいて欲しかった。
「……ん」
「え?」
「おねーちゃん」
確かに女の子はそう言った。
そして、ゆっくりと振り返る。
「――!」
小傘は言葉を失った。その女の子の両目は、縫い付けられて塞がっていたのだ。
大きな縫い針で穿いた穴の縁は血が固まってどす黒く染まっており、そこから出る大きな縫い糸も血が染み込んで黒く変色している。
縫い目は見るに堪えないほど雑で、適当な位置で玉を作って止められている余った糸が、風に揺られている。
「おねーちゃん、このへんに、いるはずなの」
「い、いないよ? ここには、私しか」
「ここじゃないよ」
「は……?」
やはりゆっくりとした動作で人差し指を下向け、女の子は言った。
「つちのした」
小傘は尻もちをついた。
何だか訳が分からないが、とにかくこの状況は危険だと思った。
しかし体は言う事を聞かない。必死に逃げようとしているが、全く後ろへ体が進まないのだ。
女の子がよろよろと歩み寄ってくる。
その動きは緩慢だが、動けない小傘に追いつくなど容易な事であった。
前方から女の子が抱きついてきた。
体温などないように女の子は冷たく、そして異常な腐臭が漂っていた。
「あ……あああ……!」
極度の恐怖で、ついに小傘は失禁した。
薄い青色のスカートにじわりと大きな染みができた。
しかし恥じらいなどこれっぽちもなかった。恐怖が先行していた為だ。
「あなたも、おねーちゃんさがすの、てつだって?」
*
次の瞬間小傘の視界に映り込んできたのは、普段見慣れない天井だった。
誰かが自分の腹の上に足を乗せている。すぐ横には酒臭い女の子が大きな鼾を立てて眠っている。
「ゆ、夢……?」
魔理沙の怪談なんて聞いたのが原因だ――はぁと大きくため息をついた。
だがすぐに彼女は、そんな事どうでもよくなった。
自身の股間の部分が、なんとも気持ちが悪いのである。まるで身に着けている衣服が水に濡れ、しつこく地肌にくっ付いてくるような感じだ。
屋内だから雨かなにかで濡れる事などある筈がない。当然の事ながら、全員が押しあい圧し合い眠っているこの大広間に水道などない。
その瞬間、小傘は先ほどの夢を思い出した。同時に寝惚け気味だった状態が一気に覚醒へと向かった。
もしやと思いそこへ手をやってみると――案の定、びしょ濡れであった。
「……や、やっちゃったぁ……」
夜尿と夢は密接な関係がある。夢の中で用を足すシーンを見てしまうと、大抵現実でも粗相をしてしまっている。
小傘はまさにそれであった。夜尿に伴うかのように、怖い思いをして失禁する夢を見てしまっていた。
人間の実話に基づいた作り話で悪夢を見て寝小便など、唐傘お化けの名が廃る。
おまけに近くには意地の悪い魔法使いや、新聞記者気取りの天狗までいる。このまま朝を迎えてしまったら――
周囲を起こさないよう、そっと立ち上がり、小傘は隠蔽工作を始めた。
股にくっ付く衣服は生温い尿で濡れているので非常に気持ちが悪い上に、機動性を著しく低下させる。
少しガニ股気味に、寝ている者を踏まないように慎重に動き出した。
誰もが過度の酒が入り、ぐっすりと眠り込んでいる。小傘もそれなりに飲んではいたが、酔いなどすっかり覚めてしまっていた。
一先ず廊下に出て、持参していた寝間着から普段着である水色の衣服を身に纏う。下着は昨日身に着けていた物に代えた。宿泊も予定の内であったのに救われた。
誰よりも早く起きておけば、眼が覚めたから着替えて散歩してたとか適当な言い訳も通用する。
汚れた寝間着は見せなければいい。いちいち他者の鞄の中身を詮索するような事はない筈だ。
自身の問題は解決したが、最大の難関が残っている。汚してしまった布団である。
この布団は当然、小傘の物ではない。博麗神社の母屋に置いてあった、霊夢の物だ。
処分する訳にはいかない。だからと言って隠せる程小さなものでもない。そもそも隠せた所で、数が合わなければすぐにばれてしまう。
大体、大部屋に密集して眠っている一同を起こさないように布団を動かすのは至難の業だ。
眠っている者達を眺め、小傘はぽんと手を打った。
「誰かの所為にしてしまえばいいんだ」
そもそも、こんな暑い夏の日に大部屋に密集して寝るに至った理由は、布団の数が足りなかったからだ。
あるだけの布団を寄せ集めて大きな布団とし、皆で眠る事にしたのだ。
この密度であれば、どうにかして誰かの所為にできるかもしれないと、小傘は踏んだ。
恐らく、眠る前に誰がどこにいたかなど誰一人として覚えていない。
何せ酔ったレミリアや萃香が「どちらが霊夢の隣に行くか」で大暴れしたので、寝る直前まで誰もが定位置にいられなかったからだ。
だが、このまま誰かの所為にしようと朝を迎えてしまえば、着替え終わっている小傘が疑われてしまうのは明らかだ。
そこで小傘は、もう一工夫して責任転嫁を進めるべく、洗面所へ向かった。
コップに一杯ぬるま湯を溜めて、汚れた部分に一番近い誰かの股間にそれを掛ける。そうする事で、更にリアリティを持たせようとしたのだ。
しかも一番近くにいるのは魔理沙だった。夜尿する者としては、早苗に次ぐくらいの現実味を持っている。
ここまですればきっと自分が疑われる事はないだろう――そう思い、小傘は心中でほっと安堵していた。
一時はどうなるかと思ったが、無事に解決しそうだと安心していた。
洗面所に着くとすぐに、付近に置いてあったコップに水を入れた。
これをうまい具合に掛けてしまえば全て解決だ――
水道をひねって水を止め、顔を挙げた。視線の先には鏡があった。映っているのは自分の顔。
だけの筈だったのだが。
「え……」
違った。違う何かが映っていた。
長く白い髪を持つ、帽子を被った女の子だった。
小傘の心臓が口から飛び出るのではないかと言う程に跳ね上がった。
魔理沙が話していた怪談に出てきた女の子の特徴を捉えた何者かが、鏡に映っている。
目が塞がれているかどうかは確認できない。帽子でよく見えないし、何より直視することが恐ろしかったから。
鏡に映っていると言う事は、すぐ後ろにいると言う事となる。振り返れば、すぐ後ろに――
コップを持つ手が震え、中の水が小刻みに波を打つ。夏特有の暑さによるものとは異なる汗がじわりと噴き出てきた。
実害のある存在であるか否かは怪談の中で明言されてはいなかったものの、彼女がこの世を恨んでいる事くらい話の内容から容易に察知できる。
それを思わせるような者が真後ろにいる。これほど恐ろしい事も少ない。
鏡に映る女の子は俯いたまま全く動こうとしない。
小傘もまるで蛇に睨まれた蛙のように動けなくなってしまった。
もう隠蔽など諦めてすぐに皆の眠る大部屋に掛け込んでしまいたくなった。そうすれば多くの味方がいる。
しかし動けない。早くこの恐怖から逃れたいと言うのに、振り返って全力で走ると言う動作に踏み切れないのだ。
「あ、あ、あの」
振り返らぬまま小傘はどうにか声を絞り出し、女の子に声を掛けてみた。
しかしやはり女の子からの反応は無い。
これ以上こうしていても埒が明かないと思い、小傘は大きく深呼吸をした。
この謎の脅威から逃れる為、助けを求める為、大部屋に一気に戻る事を決意したのだ。
いち、にの、さんと、心中で唱え、後ろを振り返った。
そこで彼女は再び目を疑った。
「あれ……」
女の子がいなくなっていたのだ。確かに鏡に映っていたのに、そこには何も残っていない。
見間違えたのかと考えたが、それはあまりに軽率だと思えた。それ程さっきの出来事は現実味を持っていた。
だが、いないものは仕方が無い。光の加減や心の状態が、それらしいものを無意識の内に映し出してしまっただけだろうと結論付けた。
計画通りコップに水を入れ、大部屋に戻ろうと歩きだした。
歩いてきた廊下を同じように歩いて戻る。水を零さぬよう、そして足音を立てぬようそろりそろりと廊下を歩む。
何事も無く事は進んだ。最後の直角の曲がり角を曲がって襖を開ければ大部屋に辿り着く。
焦る気持ちを抑えつつ、小傘が廊下を曲がった。
途端、手に持っていたコップが手から落ちた。
ガラス製のコップは粉々に砕け散り、中に入れられていた水もガラスの破片を追うように廊下に飛散した。
それに続いて小傘は腰を落とし、手足をばたつかせて数センチ後ずさった。
叫ぼうと声を開けてみたが、恐怖で上手く声が出てこない。喉の奥で籠った掠れた叫び声が小さく漏れるばかりだ。
先ほど、鏡に映っていた女の子が、曲がり角の向こう側にいたのだ。
膝を抱えて座り込んで大部屋へ入る為の襖をじーっと見上げている。
小傘が腰を抜かしても、コップを落としても、飛散した水の飛沫で衣服が濡れても、やはり女の子は動かない。
だがそれより小傘が疑問だったのは、鏡に映っていたあの状態から、どうやってここまで来たのかだ。
足音など少しもしなかったし、何より小傘は鏡に映っていたこの子を注視していた。気付かない内に移動するなどありえない。
やはりこの子は普通じゃない――小傘はそう確信した。
先ほどは帽子で見えなかった眼が見えるかと思ったが、暗くてそれを確認する事はできなかった。
暗がりの中、全貌を見ていた小傘は、ある事に気が付いた。胸元に何かがぶら下がっているのだ。
丸い物体。そこ管が伸びていて、服の下へと消えている。体と繋がっているようにしか思えなかった。
その謎の物体を注視していると、それが何なのかおぼろげに見えてきた気がした。
「眼……?」
丸い物体は、眼――眼球のように見えた。
ならばこの女の子は目など見えている筈がない。
白い髪の盲目の女の子。
実話を基に作られた魔理沙の怪談と通ずる部分がある。
恐怖に震えている小傘など意に介さず、女の子は相変わらず焦点の合わぬ瞳で襖を見上げ続けている。
暫くすると、そのままの状態で何かを口にし始めた。
「ここはとっても暖かい」
何の脈略も無く女の子の口からこんな言葉が漏れた。
言葉の真意を理解できない小傘は言葉を無視し、恐怖で緊張している体を無理に動かしてどうにかこの異形の存在から逃れようとした。
しかし鏡に映っていただけで恐怖してしまうような者を目の前に、普段通りに動く事などできる訳がない。
自力での逃亡は困難に思えた。だが、助けを呼ぶ事ができない。
そもそもコップが皆が寝静まっている部屋のすぐ傍でコップが落ちて割れたと言うのに、誰も起き出してこない。
恐怖を抑え込み、小傘はやっと声を絞り出した。
「だ、誰か起き……」
「土の下はとっても寒い」
「え?」
小傘はこの言葉を聞き逃さなかった。
愕然とする彼女の前で、尚も女の子は言葉を紡ぐ。
「でもここはとっても暖かい」
少しふらつきながらゆっくりと立ち上がり、うんと腕を広げた。
「お姉ちゃんも暗くて寒い土の下なんかにいないで、ここへ来ればいいのに」
「うわあああああぁぁぁぁぁ!!」
小傘の精神の箍が外れた。
根拠の無いまま抱いていた「静寂を保たなくてはいけない」と言う制約を自ら破り、あらん限りの声を張り上げた。
すると女の子は首だけ回して即座に小傘の方を見た。
だが小傘はもう話しかける事もなく、形振り構わず逃げ出した。大部屋を通り過ぎてしまったが、気付く事はなかった。それほど焦っていた。
小傘が辿り着いていたのは、母屋の玄関だった。
あまりに慌てていた小傘は玄関の段差に気付かず、盛大に転んだ。
頭部を打ったようで頭を摩っていると、
「追いついた」
すぐ後ろで小さな声。
小傘が恐る恐る振り返ると、目と鼻の先に女の子が立っていた。
ひゃあっと、情けない叫び声を上げ、小傘が再びその場にへたり込んでしまった。
女の子は小傘と目線の高さを合わせ、にっこりと微笑んで見せた。
ようやく見れた女の子の顔であったが、涙で滲んだ視界にそれは上手く映らなかった。
「何を恐れているの?」
女の子は笑んだまま問うた。当然、小傘は答える事ができない。
「ご、ごめっ、ごめんなさい」
意味の無い謝罪を口にする。だが女の子の表情は全く変わらない。
「私はただ遊びたいだけ。地上のみんなと仲良くしたいだけなのに」
次の瞬間、女の子の表情は悲しげなものに変わった。
「どうしてみんな私達を嫌がるの? どうして恐れるの? お姉ちゃんもとってもいい妖怪なのに」
女の子は小声でこんな事を言い続けている。
が、そんな事は意に介さず、小傘は魔理沙の語った実話を基に作られた怪談に出てくる人物と瓜二つのこの女の子に、ひたすら謝罪を繰り返した。
まるで彼女を虐げてきた全人類を代表しているかのように。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
「……」
「ごめんなさ……!」
唐突に、女の子が小傘に抱きついた。
耳元に女の子の口が辺り、穏やかな息遣いが耳に入ってくる。
呼吸に伴って漏れてくる生温い吐息は耳たぶにぶつかって言い知れぬ不快感を与えてくる。
同時に、小傘の恐怖は最高潮に達していた。
遂にこの亡霊と思しき女の子が自分の体に触れてきたのだから。
「い、ひぃい……」
「ねえ、私達と仲良くして? 嫌われ者だけど、もっと仲良くしたいの」
「するっ、するから……」
「じゃあ、行こっか」
「はぇ?」
「土の下」
*
少し開いた襖から入り込んだ朝日に照らされ、文が目を覚ました。
酒の影響で酷く痛む頭を抑えながらのそりと起き上がり、洗面所へ向かおうと一歩を踏み出した。
その瞬間、足の裏に異様な冷たさを感じた。
「……ん?」
テーブルやら何やらは昨晩、布団を敷く為に全て側に退かした。故に飲料水や酒の残りなど、水気のある物は全て壁際に退かされている。
ならば布団が敷き詰められているこの一帯で水気を感じるとは、一体全体何なのか。
寝起きで働かない頭で懸命に考えてみたが、これと言っていい答えが浮かび上がってこない。
そんな事は顔でも洗って目を覚ましてから考えようと、襖を開けて一歩を踏み出して廊下を出ると、またもや足元でびちゃりと音が鳴った。
今度は何事だと下を見てみると、割れたコップと飛び散っている水。それを踏んでしまったようだった。ガラスを踏まなかったのは不幸中の幸いと言えよう。
「何なんですか、全くもう」
大した不信感も抱かず洗面所へ行き、顔を洗った。
ようやく目が覚めてきたような気がして、文はうんと背伸びをし、先ほどの異物について思考を巡らせてみた。
「まずどうして布団が濡れていたかですねー。うーむ」
布団以外の物は全て壁際に退けたのに、どうして布団が濡れているのか。
「ああなるほど、おねしょですね!」
真っ先に浮かんだ答えがいきりなり尤もらしかったので、ぽんと手を打った。
しかしそうなると、自分は誰かの小水を踏んだ事になってしまう。
それは嫌なので、慌てて自分で撤回した。
「……そんな筈ないか。あはは」
自問自答で一喜一憂しながら文は大広間へ戻った。
そして布団の濡れていたらしき場所を注視する。
確かに濡れていた。しかも、口を開けたまま寝ていて垂れた涎と考えるには余りに被害範囲が大きい。
もはや寝小便以外の何物でもなかった。
「だ、誰ですか、はしたないっ!」
最悪な一日の始まりに憤慨し、思わず文が声を上げると、眠っていた一同が目を覚ました。
「うるさいわよ文!」
「何時だと思ってるの」
「大声出すのは号外の配布だけにしなさいよね」
「本当だぜ。ついでに号外も止めてしまえばいいのに」
起き出した一同にぼろ糞言われた文だが、そんな事は気にさずに寝小便の部分を指差して怒鳴った。
「これは誰の仕業ですか! 踏んじゃったじゃないですか!」
これと指差されたものを全員が集まって覗きこんだ。
そして同時に皆、自身の衣服を確認した。しかし、誰もが首を横に振る。
「私じゃないみたいだけど」
「私もだ」
「むしろ文なんじゃない」
「違います」
誰もが二日酔いで頭痛がひどいらしく、苛々が加速していく。
そんな中、比較的二日酔いが軽く冷静に周囲を見れていた早苗がふと呟いた。
「小傘さんはどこへ?」
皆が一斉に小傘を探し始めた。
が、ものの数秒で彼女は見つかった。何故か玄関の前で俯せになって気を失っていた。
どう言った訳か寝間着姿から普段着に着替え終わっていて、おまけに小便を漏らして衣服は汚れていて、目には涙が溜まっている。
「……どうしてこうなった」
魔理沙が呟いたが、勿論誰も答えられる筈がない。
とりあえず事情を聞いてみようと霊夢が小傘を揺り起した。
小傘は意識を取り戻すや否や、霊夢に飛びついて叫んだ。
「れ、霊夢さん!! 出ました、出たんです!!」
「出たって、何が? おねしょ?」
「確かにおねしょも出しちゃいましたけど、幽霊です! 幽霊!」
あっさりと自白した。
酷い目に遭ったと文は悪態をついたが、それよりもまず小傘の言う事を聞く事となった。
「幽霊って何よ」
「魔理沙さんの怪談で話してた奴です! 瞳を閉じられて、髪が白くて……」
小傘が昨晩の恐怖体験を語る。それに関わる事全てを話してしまったので、昨晩の隠蔽工作も全て暴露してしまった。
語る終えると、今度は視線が魔理沙に集中した。
魔理沙は暫く面食らったような顔をしていたが、次第に表情が変化していき――
「……くっ」
「?」
「あっははははっ!」
腹を抱えて大笑いを始めた。
何がおかしいのか理解しているのは、霊夢と紫と文くらいなものであった。
真面目に自身が体験した恐怖の話をしたのに笑い飛ばされ、顔を少し赤らめながら小傘が声を上げた。
「な、何がおかしいんですかっ」
笑いを止める事無く、息も絶え絶え魔理沙は説明をする。
「だって、お前、確かにあの話は実在する妖怪と、その過去を基にして作ったけどさ……」
「けどなんですか」
「あくまでフィクションだし、それに、モデルの妖怪は死んじゃいないぜ?」
「え……」
「地底の覚り妖怪の姉妹だよ。妹の方は第三の目を閉じてんだ。お前が眼球だって勘違いした丸い物はきっと第三の目の事だ」
「で、でも、あっと言う間に移動したんですよ!? 超スピードとかそんなものじゃないような移動を!」
「あいつは無意識を操る。お前の意識を失わせて、知らない間に移動したんだろ」
全てが急速に解決してしまい、唖然とする小傘の目の前で、魔理沙は尚も腹を抱えて大笑いした。
立っていられないと廊下に倒れ込み、脚をばたつかせ始めた。
魔理沙が思い付く程度の怪談で怖い夢見て寝小便して、それを隠そうとしてたらいもしない幽霊に出会って恐怖で失禁した――
これほどの笑い話はなかなか無いだろう。しかも不運な事に、目の前には幻想郷で有名な新聞記者がいる。
小傘が気付いた頃には、文はメモ帳にペンを滑らせていた。
「や、止めて! 書いちゃダメ!」
「あーあー大丈夫大丈夫。メモるだけですって」
「嘘ばっかり! お願いだから止めてー!」
文の脚にしがみ付いて懇願する小傘であったが、そんな必死すぎる姿もまたネタになるようで、文はにやにやと笑むばかり。
次第に悪乗りしたレミリアや萃香が小傘を文から引き剥がし始めた。
ずりずりと遠ざけられながら、小傘は恥じらいも捨ててしまったように大泣きし始めた。
早苗だけは彼女を気の毒に思っていたが、何か出来る訳ではなかった。
朝からうるさくなってきた最中、どんどんと玄関の戸が叩かれた。
「おはようございますー。ミスティアです。食器を取りに来ましたー」
昨晩、出前の鰻を運んできたミスティアが、食器の回収にやってきた。
霊夢が玄関の戸の施錠を解き、戸を開けて客人を中へ招いた。
「どうもすいません。朝から賑やかですね」
「ああ、聞いてくれよミスティア! 実はさ……」
「ま、魔理沙ぁ。ぇっく、も、もう、言っちゃいやぁ……」
しゃっくり交じりの小傘の声など無視し、魔理沙がこうなった経緯を説明した。
昨晩の覚り妖怪の姉妹――古明地姉妹――をモデルとした怪談を話したら、小傘がそれに纏わる悪夢を見て寝小便をしてしまった事。
更にそれをどうにか隠そうとしている最中、無意識の内に母屋へやって来ていたらしい妹に遭遇してしまい、恐怖で失禁してしまった事。
涙も枯れ始めて抵抗を止めてしまった小傘の目の前で、魔理沙は全てをミスティアに話してしまった。
ミスティアは苦笑いした。
「それは災難でしたねぇ」
「大体怖がりすぎなんだよ。妖怪なのに」
「だってぇ……」
反論の言葉も消え失せてしまっていた。
誰もが小傘の思い過しとそれによって起こった失敗を笑った。
しかし――
「……ん?」
唐突にミスティアが笑みを止め、顎に手をやって宙を仰ぎ始めた。
どうしたのと霊夢が問うと、ミスティアは真面目な顔をしてこう問うた。
「さっき霊夢さん、私がここへ来た時、玄関の戸の鍵を開けませんでした?」
「開けたけど」
ですよねとミスティアは頷いて答え、言葉を続けた。
「では小傘さんが出会った女の子は、どうやってこの母屋に入り、どうやって母屋を出て行ったのでしょうか」
「どうやってってそりゃ……え、あれ?」
その場にいた者がどれだけ考えても、この疑問を解く事は遂にできなかった。
どうもこんにちは。pnpです。
三度目のスカ娘参加となりました。最初で最後(笑)
夢で一回。それに伴う夜尿で一回。その後のドタバタで一回。
一話で計三回のおもらしが楽しめるお得な作品と言うのがコンセプト。
肝心のシーンはちょっと少なめではありますが。
またタイトルも第一回に似せて考えました。キャラクタが一緒なので。
毎度の事ですが、テンションに任せて書けるのは楽しいです。
ご観覧、ありがとうございました。
+++++++++++++++++++
>>1
スカ作品っぽさが少ないので読み易いのがポイントです。たぶん。
>>2
スカ作品ではギャップを作って萌えさせようと必死なのです。
>>3
どうぞしてあげて下さい。彼女はあまり喜ばないでしょうけど、だがそれがいい。
>>4
よかったです。ありがとうございます。
>>5
夜尿の経験は薄れつつありますが、すごく不快感があったのはおぼろげに覚えているのです。
>>6
寝間着姿は書こうかと思ったんですけど、知識がなくて詰みました^^; 小傘はきっと普通のパジャマだと思っています。
>>7
真面目なキャラもありですよね、みすちーは。
>>8
おねしょは幼さが表せてよいと思います。
>>9
ありがとうございます。書くのはなかなか大変でした。
pnp
作品情報
作品集:
17
投稿日時:
2010/06/11 22:14:16
更新日時:
2010/08/29 11:11:41
分類
東方スカ娘A
小傘
尿
pnpさんのスカ娘☆大好き!いや、本当に大好き!!!!!!!!
つい、何度も読み返してしまいました〜♪
おねしょご馳走様でした!!
みすちーは働き者だ。流石おかみすちー。
小傘ちゃんにニヤニヤですよ〜
状況描写が判りやすくて読みやすかったよ。